●行楽日和、なんだけど
弾けるような初夏の浜辺。海鳥の声。天気は快晴、行楽するにはもってこいのぽかぽか陽気。
風は涼しく、木陰が程よく眠気を誘う。波打ち際の海水は若干ぬるく感じられるが、足を浸してみると、波と共に、冷たさが押し寄せては引いていく。
「ではここで写生大会としますですー。始めて下さいですー♪」
マリカ先生(jz0034)は、木陰で日焼けどめクリームを塗りながら、生徒達に微笑んだ。
●早速危険がデンジャラス
(――料理! Q.俺がやらねば誰がやる! A.マリカせんせーだ! それは避けたい! 是非ともっ!)
浪風 悠人(
ja3452)は、スケッチブックを広げ、『浜辺に押し寄せる波とカモメ』を題材にマッハスピードで描き始めた。紙と色鉛筆の摩擦熱で煙が出そうな勢いだ!!
「先生‥‥モデル‥‥で‥‥写生‥‥したい‥‥。‥‥ダメ?」
浪風 威鈴(
ja8371)がちょこちょことせんせーに近づき、可愛くおねだりをした。
大正浪漫な袴姿の深森 木葉(
jb1711)も、同じように続く。
「せんせ〜、絵のモデルになってくださ〜いぃ。課題の絵のタイトルは『波と戯れるマリカちゃんせんせ〜』にしたいのですぅ〜」
「折角いいお天気ですし、浜辺にも来たのですー、景色を描いて下さいですー」
にこにこと断られた。
威鈴は頑張る。上目遣い、あげいん。
「せんせーはBBQを準備するのですー。今すぐ材料を取り寄せますですー」
携帯で、何処かに電話を始めるマリカせんせー。
今のせんせーには、「にく」とか「やさい」しか、聞こえないらしい‥‥。
可愛らしくおねだりを頑張った威鈴の上目遣いは、完全にスルーされてしまっていた。
肩を落とす威鈴に気づき、手を休めて「よしよし」と宥める悠人。
その横では、浜辺に流れ着いた瓶を、一生懸命に描いている月乃宮 恋音(
jb1221)。
簡単そうなモティーフでスピードアップを図るも、瓶の質感を表現するのに苦戦していた。
浜辺に立つ、落ち着いたダンディな雰囲気の紳士、リーガン エマーソン(
jb5029)は良いロケーションを探して動き回っていた。描くモティーフを決めかねて、せんせーに近づく。
「失礼。少々アドヴァイスを頂戴したいのですが‥‥モティーフが決まらないのです。本来であれば先生のようなレディを‥‥」
「あ、風景なら何でもいいのですー。空とかでもいいのですー♪」
心は既にBBQに汚染されている女性教員約1名。
組み立て式のBBQセットの包装を、綺麗に剥がしていく。
空ですか? リーガンは見上げた。いちめんの青。雲ひとつ見当たらない。
‥‥はい、ええ、‥‥どうせよと??
「あおじる〜あおじる〜♪」
水着姿の、歌音 テンペスト(
jb5186)が、空と海と太陽を写生していた。絵の具やパステルの代わりに、青汁で色をつけていく。太陽の描写の細かさは感服もので、黒点やコロナまで綿密に表現されていた。
「良い子は真似しちゃダメよ!」
誰に言ったのかは不明だが、あうるぱわあで目を守りつつ、太陽を凝視する歌音。ついでに、何かをさらさらと書きつけていた。
リオン・H・エアハルト(
jb5611)は(素早く描けるモティーフって何でしょう?)と悩み、自分なりに考えて、やっぱり空を描くことに決めた。
秋津 仁斎(
jb4940)も、ぐりぐりと青い色鉛筆でスケッチブックを塗りつぶしている。
「先生はん、下のモンが上のモンに苦労を掛けるなんて、そないな仁義が立たん真似、ワシゃ死んでも出来まへん。BBQはワシ等に任せてもらいまっせ!!」
ドスのきいた仁斎の言葉にも全然揺るがないせんせー。
「ですですー。せんせーは秋津さんよりずっとずっと年下なのですー。そうでない生徒さんたちも、秋津さんも、みぃんな、撃退士なのですー。せんせーは一般人なので、いつも守ってもらっているのですー。撃退士の生徒さん達にこれ以上の苦労はさせられないのですー。はい、皆さんも、絵に集中するのです〜♪」
するっと切り返された。なんか悔しい。
悔しさをバネにして、皆の写生スピードがあがる。
「せんせ〜。この波の表現は、どうすればいいですかぁ〜?」
「見えたように描けばいいのですー」
「せんせ〜。水面の光の表現がわかりませ〜ん」
「今回は野外写生ですから、表現できないものは無視しちゃっていいのですー。何を一番クローズアップして描きたいかだけ、おさえておけばいいのですー」
木葉の質問ぜめにも屈することなく、BBQセットが着々と、組み上がっていく。
やばい、やばいよ‥‥!! 時間がどんどん、過ぎていくよー!
「久遠ヶ原宅配便でーす」
トラックがやってきたかと思うと、大量のダンボールを置いて去っていった。
箱の横に、「にく」「やさい」「もくたん」と黒マジックで書きなぐられている。
せんせーは1つずつ箱を移動し、中身を確認しながら、開け始めた。
リミットまで、あと少しである!
●いきなり【メタ】な写生競争!
マリカせんせーが箱を開け始めると同時に、写生競争はクライマックスに差し掛かっていた。
以下はそれぞれの写生スピードである。
あとは海鳥を仕上げれば完成の、悠人:14.5。
瓶さえ描き上がれば完成の、恋音:14.2。
画面全体が青汁臭くなっている、歌音:11。
ぐりぐりしすぎて青い色鉛筆を幾つか駄目にしつつある、仁斎:10。
仕方なく、モデル予定だったせんせーを抜きに「海」を描いている、威鈴:9。
仕方なく、途方に暮れつつも「空」を描いている、リーガン:7。
同じく「空」を描いている、リオン:6。
マイペースに先生を質問ぜめにしていく、木葉:5。
「もう少しッ、もう少しで、完成なんだっ!」
「‥‥えぇ‥‥そのぉ‥‥あとちょっと、なのですよぉ‥‥」
悠人と恋音が、ラストスパートをかける。
せんせーは、BBQセットを組み上げ終え。
ダンボールに詰め込まれたままの木炭に、着火器具で直接火をつけようとしていた。
誰か、誰か早く、この危険人物を止めてあげてー!!
●うなれ、撃退士ぱわあ!
写生終了したスケッチブックを持ったまま、悠人は光纏し、全力跳躍を使って、マリカせんせーとダンボール箱「もくたん」の間に、割って飛び込んだ。
「あらあら、綺麗な銀髪を燃やしちゃうところだったのですー、危ないのですー」
マリカせんせーが、ぎりぎりのタイミングで、着火器具から指を外す。
「ま、まさかと思いますけど、せんせー、今、箱に直接、火をつけるつも‥‥りで‥‥した?」
着火器具をさりげなく奪い取って、悠人は木炭入りダンボール箱をも取り上げ、尋ねた。
「はいですー。え、やりかた、違うのですー?」
にこにこにこ。料理音痴を超えた勘違い教師は、極めて正直に答えて、頷いた。
体感気温がさあっと3度くらい下がったように感じたのは、何故でしょう??
恋音も続いて駆けつけ、「‥‥あのぉ‥‥これは、ですねぇ‥‥BBQセットに適量を移してから、火をつけるもの、なんですよぉ‥‥?」と、せんせーに教えた。
スケッチブックと格闘中のリオンも、手を休めて、遠くから声を張る。
「せんせー、火をつけるのは皆が課題を終えて、揃ってからにして下さいねー。折角ですし、BBQの雰囲気を皆で感じたいでしょう?」
「えー」
とっても残念そうに、木炭を見やるせんせー。
(突っ込んでいいのかな、これは俺、突っ込んでいいところなのかな?)
悠人が悩む中、少し遅れて、歌音がせんせーにスケッチブックを提出した。
●思いがけない告白
「うふふ、マリカせんせー、じゃじゃーんですよ! 青汁が織り成す芸術作品の完成なのですっ!」
ポニテ&水着姿で胸を張る歌音。
「あらあら、面白い作品が出来ましたのですー。絵の具じゃないから色がすごーく淡いのですー。顔彩と膠を混ぜると、もっと面白い色合いが出せそうなのですー」
よくできましたですー、と褒めるせんせーに、歌音はもじもじして、「つ、次のページを見て下さい」と続けた。
「? 次のページ、ですー?」
「はいっ! 絵だけでなく、あたしの熱い想いも見て欲しいんですッ!」
せんせーは不思議そうにスケッチブックを1枚、ぱらりとめくった。
マリカ先生、お元気ですか
あたしは、元気です
突然ですが、先生のことが百合的な意味で大好きです
あたし先生に変してる、いや、恋してるんです
こんな不束者のあたしですが、宜しくお願いします
「わかってるんです‥‥これは許されない白線流し的な禁断の愛だとは‥‥でも、先生のこと、本気で愛してしまったんですっ!」
瞳を潤ませ、大きな声で告白する歌音。
その手をやさしく取って、にこにこするマリカせんせー。
「あらあら、光栄で嬉しいのですー。せんせーにも遂にモテ期がきたのですー♪」
無邪気に喜ぶせんせー。
顔を染めて喜ぶ歌音。
「でも、百合とかはさておいて、教師と生徒では色々と不都合ですし、不健全なのですー。ですので、せんせーは、歌音さんが大学部を卒業するまで、待ってるのですー。今は、とにかく、BBQが何よりも優先なのですー、そう、せんせーが夢にまで見たBBQなのですー! この気持ち、歌音さんならきっとわかってくれるのですー!」
えー、色気より食い気とは言うけど、あたしよりBBQなの?
っていうか、大学部卒業まで、お預けなの??
そんなあ〜〜〜!!
歌音は、せんせーから手を放すと、海に向かって叫んだ。
「‥‥うっ、海の、ぶわかあーっ!!!!」
●ピットマスター見参!
仁斎は、事あるごとにせんせーに話しかけて、BBQセットから気を逸らそうと試行錯誤していた。しかし、せんせーはニコニコしながらも、BBQ熱を絶やす気配がない。
(こりゃあもう、さっさと課題を片付けるしかあらへんな)
ぐーりぐりとスケッチブックを青で塗りつぶし、提出する。
「あらあら。青い空のうすーいグラデーションまで、よく描けているのですー」
にこにこ褒めてくれるせんせーの背を押して、BBQセットから離れさせようとする仁斎。
「そらおおきに。さて、ええですか、BBQの調理を統括するピットマスターちう役職は、ワシみたいな男気と筋肉に満ち満ちた者にのみ、許された仕事なんや!! それをせんせーみたいなか弱い女性に任せるっちゅうんは、ワシみたいな男の安いプライドにも関わりますさかい、せんせーはお皿持って待っとって下はい」
(ダンボールごと木炭を燃やそうとしはんのか、このせんせーには、調理どころか、何ひとつ安心して任せられへんわ‥‥)
本音をぐっと押し殺し、ヤクザっぽい顔で、頑張って、爽やかな笑顔を作る。
気を利かせた恋音が、威鈴の用意した紙皿を、せんせーに渡した。
「まぁ見といたってくだはい。テキサス仕込みの調理法、見せたりますわ!!」
「あらあら、テキサスに行ったことがあるんですー?」
「も、勿論やで!」
明らかに嘘っぽいですが、せんせーはすっかり信じたようです。
「酒に軽く漬け込んで揉んだるだけでも、肉の旨味と柔らかさが増すねんで。豆知識やな」
消費期限ぎりぎりの肉を箱から取り出し、切り分け、持参した日本酒で揉み始める仁斎。
「ああっ、せんせーもやりたいのですー」
指を咥えてうるうるしているせんせーを、課題の終わった威鈴が、くいくい引っ張った。
「せんせー‥‥貝‥‥とか‥‥探して‥‥獲って‥‥こようよ‥‥」
「ううっ、せんせーもBBQ、やりたかったのですー、焼き焼き、したいのですー」
「‥‥あんまり‥‥だだ‥‥こねると‥‥吊るしちゃう‥‥よ‥‥?」
さらりと怖い発言をする威鈴。
せんせーは一般人なので、吊るすと死んじゃいますよー?
課題を終えて提出に来たリーガンが、慌ててせんせーを威鈴から引き離す。
「先生の教えて下さった通りに、何を描きたいのかに焦点をあてて描いてみました。如何でしょうか」
「せんせー、これでいいでしょうか?」
スピード勝負に負けてしまい、出遅れたリオンもようやく課題を提出する。
最後に木葉が提出。
全員、BBQに専念出来ることとなった。
●せんせーは食べる係ね
「せんせーには普段お世話になってますし、こうゆう時くらいお礼をさせて下さい! ほら、以前振舞った通り、腕には自信あるんで、おもてなしをさせて欲しいんです! どうか俺に料理をさせて下さい!!」
威鈴を要領よく鎮め、悠人が頭を下げた。
「‥‥せんせーは、悠人先輩がお料理上手なのは、ご存知ですよねぇ‥‥?‥‥私も、食堂で働かせていただいていた事もありますし、他にも、料理上手な方がいらっしゃるみたいですよぉ‥‥?‥‥皆さんのお料理、味わってみたいと、思いませんかぁ‥‥?」
恋音も、せんせーを説得する。
せんせーは、若干不満そうだったが、「じゃあ何か手伝わせて下さいですー」と折れた。
リオンが柔らかな言い回しで、せんせーに指示を出した。
「食べ物に味をつけたり、材料を切ったりするのは、私たちでやりますので、せんせーは椅子などのセッティングをお願いします。お箸とお皿を配るのも、お願いしますね。そうしたら、焼けたらすぐに食べられますから」
「着火すんでー! せぇやぁ!!」
仁斎が、セッティングした木炭に火をつけた。ゴキゲンで、網に肉を広げて焼き始める。
料理班はそれぞれ、下拵えなどに追われ、やがて様々な料理が並ぶこととなった。
「せんせーも、お料理、してみたかったですー。焼くだけなら、出来そうだったのですー」
はふはふウマウマと肉を食しながら、ぼそりとせんせーが呟く。
早速「はい、あーん」を要求する歌音の口に、悠人の焼いたネギまを差し入れる。
「せんせー、せんせー、はにぃって呼んでもいい?」
「うーん、それは歌音さんが大学部を卒業してからにして欲しいのですー。おつきあいは、そこから始めたいのですー」
せんせーはそう言うと、歌音からもらった青汁を飲み干した。
●未来を見つめて
シメの焼きそばと、バナナのシナモン焼きを頬張りつつ、木葉は海を眺めていた。
「おぃ‥‥しぃ‥‥よ?」
横に威鈴が座り、かくりと首を傾げる。
(「火傷に気をつけなさい」と優しく注意してくれたお父さん、お肉を食べやすい大きさに切りながら「お野菜も食べないとダメよ」とほほ笑んでくれたお母さん‥‥会いたいですぅ‥‥)
亡くした両親を思いだし、泣きそうになっていた木葉を、そっとナデナデする威鈴。
お茶を入れた紙コップを渡して、優しく微笑む。
ひとりじゃないよ。
みんな、いるよ。一緒だよ。
威鈴の手のぬくもりに触れ、木葉はそっと涙を拭った。