●森林公園入口付近
朝焼けが、遊歩道のベンチを染める。
白い人影が、ゆっくりと、明るさを増す景色に浮かび上がる。
白い帽子、長袖Tシャツ、ジレ、ハーフパンツにUVカットストッキング、可愛い感じの運動靴。傍らには、お弁当を詰めた、小さなバスケット。
その全てを茜に染めて、アリス・シキ(jz0058)は空を仰いだ。
「ひとりでも、構いませんもの」
黒は蜂を招くと聞いて、白基調の動きやすい服にした。靴だって、前回の教訓を活かした。
芝生をそりで滑るのも、バドミントンも、踏み分け道を歩くのも、何でも出来そうな気がしていた。
だけど。
だけど‥‥。
『おはよう、アリス。所長さんから聞いたよ』
不意に携帯が震えた。恋人の鈴代 征治(
ja1305)からのメールだった。
『8時のフェリーに乗るから、バス停で落ち合おうね。今日はいいお天気になりそうだよ』
●最高の場所
準備班メンバーは、1本前のフェリーで、島外のキャンプ場に到着していた。
「自然豊かでェ、魚の泳ぐ綺麗な河川があってェ、近くで山菜が採れてェ、売店で地域の名産品が買えてェ、キャンプ用品の貸出もあるゥ‥‥最高だと思うのォ♪ あ、利用料は皆で少しずつ負担ですからねェ?」
事前に、雑誌・ネット・その他諸々を駆使し、綿密に施設を選び抜いた黒百合(
ja0422)が、平たい胸を張る。
「ここは、アウトドア設備を貸してくれるところなんですね。お手洗いも、少し離れていますけれど、水洗ですし、いいですね」
純黒の長い髪をさらりとかきあげ、礼野 静(
ja0418)が紺碧の瞳をきらきら輝かせる。
「でしょォ? そこ重要よねェ♪」
黒百合は満足げに微笑んだ。
「遊魚料は人数分支払ってきたぜ」
地堂 光(
jb4992)が、ぶっきらぼうに言いながら、売店から戻ってくる。
「山菜はほどほどに採れば問題ないらしい。だが、調理前に、毒草が混ざっていないか、売店に持ち込んで判断してもらう必要があるそうだ‥‥面倒くせえな‥‥」
一方、買い出しに行った面々は、お米と、バーベキュー&カレーの材料、木炭を入手していた。
「飯盒(はんごう)は、キャンプ場で、借りられるらしい。無理に買う必要はないか‥‥」
前髪の一部が鮮赤の銀髪大学生、神凪 宗(
ja0435)が、折りたたみ式の、大きめのちゃぶ台(展示品につき格安)を抱えていた。
「‥‥実は人参が苦手な人とか、いませんよね?」
神林 智(
ja0459)が、購入したカレーの材料を確認して、こそっと呟く。
「大丈夫だ、問題ない。嫌いでも食わせる」
宗の言葉に、ざわっと何かが空気の色を変えた。
買い物を済ませた皆は、さほど離れていないショッピングモールからバスに乗り、キャンプ場へと戻った。
●キャンプ場へGO!
島内のバス停で落ち合った、紅葉 公(
ja2931)と、ふたば(
jb4841)、征治とアリスは、フェリー乗り場へ向かうバスの中で談笑していた。
「はじめまして、よろしくね! ボクはフタバっていうの、シキ先輩に会えてうれしいな!」
虹色めいて光る金がかった髪を、バスの車窓からの風に靡かせ、ふたばはアメジストの瞳をくりくりさせた。
「お久しぶりです。前回のピクニック、楽しかったですね〜。今回も皆さんと楽しみましょう〜。1年前とはまた違ったピクニックを、楽しんで頂きたいのです〜」
公はおっとりと微笑みを浮かべた。アリスもつられて微笑む。
「はいっ。楽しみですわ!」
そんな中、会話に参加せずに、スマフォでメールを打っている征治がいた。
『アリスさんは身体の接触が苦手なんです。どうしても必要な時は、先に「どこどこを触るよ」って言えば、大丈夫ですよ』
書きあがったメールを、アリス以外の全員に、一斉送信。
公とふたばの携帯が鳴り出し、慌てて2人はメールを確認し、マナーモードに切り替えた。
バス→フェリー→バスと乗り継いで、キャンプ場に着いた4人の見た光景は。
まず、売店。
少し坂を登って、キャンプ場。川のせせらぎがどんどん近くに聞こえてくる。
そこには、準備のために先行してくれた仲間たちがいた。
アウトドア設備を活用して、予め下拵えを済ませたスペアリブを焼いている静。
石でかまどを作り、マニュアル本を片手に、強い直火で飯盒をぐつぐつ吹きこぼしている宗。
慣れた手つきで、カレー用に野菜を切っている智。
宗の用意したカレー用の鍋で、玉ねぎを飴色になるまで確り炒めている光。
早速、川に釣り糸を垂らして「大物がこないかしらァ」とのんびりしている黒百合。
そして、レジャーシートに、ででんと置かれた、大きめのちゃぶ台。
わんすもあ。
レジャーシートに、ででんと置かれた、大きめのちゃぶ台。
――何とも言えないカオスな光景、だが、多分、それがいい。
●皆でお料理
静は後発組の到着に気づくと、スペアリブを火にかけたまま(!)、丁寧に挨拶をした。
「シキ様、どうぞよろしくお願いします。妹達の力を借りて、下拵えをして来ました」
クーラーバッグを開け、肉の入った密閉可能なポリ袋を見せる。
「ウスターソース・ケチャップ・パイナップルジュース・醤油・レモン汁を混ぜた漬け汁に、茹でたお肉を漬け込みました。あと、乱切りにした胡瓜の簡単な浅漬けと、バーベキュー用のたれも幾つか用意しましたよ」
トマトと玉葱とオリーブオイルとチリパウダーとパセリと大蒜で、トマトサルサ。
レモン汁と長葱の微塵切りと塩、胡椒とコンソメ・胡麻油で、レモン塩だれ。
「お、おいっ! 礼野っ、火から目ぇ放すんじゃねえっ!」
もくもくと黒煙が上がり、香ばしい臭いが漂う。光の言葉に慌てて料理を見る静。
スペアリブは、ウェルダンを超えた何か――炭?――に、変貌していた。
そこへ、川魚を詰め込んだびくを持ち、黒百合が戻ってきた。
「あらァ、何だか焦げ臭いわねェ? そこそこ釣れたんで、持ってきたわよォ?」
もう内蔵を抜いて洗ってあるからねェ、と、びくの中身を皆に見せる。
「ふむ。そのびくには氷が入っているのか。用意周到だ。かまどが空いたら、川魚を割箸に刺して塩を振って焼くと美味そうだ」
宗の言葉に黒百合は悪戯っぽく笑った。
「いいわねェ。お酒が欲しくなるわァ♪」
(こ、‥‥これも、野掛け、なんですの?)
屋外で食事を作るという発想そのものが無かったアリスは、呆然と皆を眺めていた。
何となく、昨年と同じようなことをするのだと思っていた。
バスケットの中には、一人分の、小さいお弁当箱が入っている‥‥。
「手伝いますよ〜。あとは何をしたらいいですか〜?」
「ああ、今は肉も野菜も炒め終わって、煮込んでいるところだから、ルゥの準備をしておいてくれ」
光の指示で、公がカレー作りに参加する。
「ボクは野草とか、山菜を採ってくるね! えとえと、摘んだら、あそこのお店の人に、見てもらえばいいんだよね? シキさんも一緒に行こ?」
ふたばが、くいくいとアリスのジレを引いた。
宗が、さりげなくマニュアル本を征治に渡す。一緒に行って来い、という意味らしい。
「あ、あ、私もしゃし‥‥じゃなくって、山菜採りに行きたいです! 紅葉先輩、地堂くん、カレーお願いしますね!」
智がデジタルカメラを抱えて、作りかけの料理を2人に任せた。
(あっ‥‥山菜採り、私もシキさんと行きたかったです‥‥)
おっとり、マイペースに、公はルゥの箱を持ったまま、4人の背中を見送った。
●ちいさな森で
さらさらと、森の中まで、川のせせらぐ音が響いてくる。緑が豊かとは言え、森は比較的小さく、撃退士の足なら、30分ほどで、ぐるっと1周出来そうだった。
鳥の声。川の音。木々の葉擦れ。
不思議な静けさに包まれて、4人は何となく、ぷち森林浴を楽しんでいた。
「今はタラノメやコシアブラがいいようですが‥‥あ、食用の野草も載っていますね」
預かったマニュアルを開き、旬の山菜・野草類を確認する征治。
リボンで括ったポニーテールを揺らしながら、智が周囲の写真を撮り始める。
「実は今年、お花見とか、そういうのに何にも行けなかったので、よければご一緒させて頂けないかなー、なんて、思っちゃったんですよ‥‥えへへっ。あ、シキ先輩は、写真撮っても大丈夫ですか? ふたばちゃんは? 鈴代先輩は?」
さりげなーく聞き出し、デジカメをフルに活用する智。
「あ、ねえねえ、あれ食べられそうじゃないかな?」
ふたばが指差したその先には、
――坂のてっぺんに、毒々しい色の花が咲いていた。
「ボク、採ってくる!」
止める間もなく、ふたばは、花の方向へ、坂を走り登っていった。
「あ、ふたばちゃん! えっと、先輩達は野草か何か、探しておいて下さいねっ」
ポニテを揺らして、ふたばを追う智。
坂を登りきると、ふたばは背を低くして、更に奥へと進んでいた。カメラを抱えて追ってきた智に気づき、唇に指をあてて微笑む。
(しー、だよ?)
(?)
(鈴代さんとシキさんをふたりっきりにしたかったの。付き合ってるって聞いたしね)
(!)
智も思わず姿勢を低くした。
一方、踏み分け道に残されてしまった約2名。
「だ、大丈夫でしょうか‥‥? あれは、食べられそうにないように、思ったのですけれど」
「そうですねえ、ここに載ってはいないかな」
マニュアルを確認し、ははあという表情で感づく征治。
「まあ、食べられる野草でも探しましょうか。おや、こんなところにスカンポが」
道端の雑草の茎を折り、皮をむいてアリスに差し出す。自分も茎の皮をむいて、パクリ。
「‥‥前のピクニックから、一年、経つんですねえ‥‥」
「はい‥‥」
もう、一年。やっと、一年。
永遠のような、刹那のような、不思議な時間は、夕暮れの遊歩道のベンチから始まった。
それまでは漠然としていた、曖昧だった2人の関係が、はっきりと形になったあの日。
「来年も同じことを思うのかな? 長いようで、短いような一年だったね、って」
くるりと振り返り、征治は目を細めて微笑んだ。
「いつもの黒い服もいいけれど、白っぽい服も似合ってるよ」
「あ、‥‥あっ、有難うございますっ」
ここ、これはその、蜂対策でして、と、言い訳のように説明するアリス。
征治の視線が優しかった。
●お食事タイム
「「いただきまーす!!」」
元気のいい声がキャンプ場に響いた。
宗の炊いたご飯は、程よいおコゲ具合で、そのままお醤油をつけたくなる炊き上がりだった。
そして定番のカレーに、バーベキュー。
静のスペアリブは、最初だけ焦がしてしまったが、光が以降、気を配ってくれたお蔭もあり、静本人の注意もあって、美味しく焼きあがっていた。浅漬けは若干薄味で胡瓜の旨さを損なわず、バーベキューのタレも重宝された。
「あ、あの、征治さんは、トマトサルサは、避けたほうが良いと思いますの」
事前に味見をしたアリスが、辛いものが得意ではない征治を気遣い、囁いた。
「美味しーい!」
ふたばが新鮮な魚の塩焼きにかぶりついた。
「ああ、そんな風に食べたら、あちこち汚れますよ」
静が面倒見よく、ふたばの世話を焼いている。そんな皆の和やかな光景を、智がパチリ。
「ツメクサのお浸しも美味しいです〜! スギナのおにぎりも、いけてますよ〜!」
こんな雑草でも美味しく食べられるんですね〜、と、公が感心した。
マニュアル万歳。
さて、レジャーシートにちゃぶ台という、ユニークな光景で食事を終えた皆は、次なる案件、片付けとゴミの分別に取り掛かっていた。
「燃えないゴミはこっちよォ〜♪」
「燃えるゴミはこっちへ、生ゴミはこっちへお願いします」
黒百合と征治がゴミ袋を持って回る。
「何だか息がぴったりだな、お前ら」
光が呟く。よーく考えてみると、2人は誕生日が一緒だった。
片付けの合間を縫い、皆、誕生日話で盛り上がった。
もうひと組、同じ誕生日同士の2人がいたのだ。宗と智である。
「こんなことって珍しいよね? すごいね、2組も重なったんだね!」
ふたばが無邪気にはしゃいでいた。
「紙皿の類は意外と余りましたね。多く用意しすぎたでしょうか?」
「まあ、足りないよりいいだろう」
静と宗も片付けを終える。
虫対策も万全だった静であるが、今度はカメラを持ち出し、智と共に写真を撮りまくり始めた。
「時に‥‥シキ殿?」
黒百合が悪戯心を出さないかと、密かに気にかけつつ、宗はアリスに、お勧めの料理や美味しい紅茶について教えて欲しいと持ちかけていた。
「そうですわね‥‥海苔の佃煮ってございますでしょう? あれを、マヨネーズを塗ったパンに、水気を切った胡瓜と一緒に挟みますと、さっぱり系の紅茶と相性が良いんですのよ。具体的には、ウバ茶などがお勧めですわ〜」
アリスは少し考えて答えた。
「お料理の話ですかぁ? シキ先輩は料理ってよくやるんです?」
「え、あ、はい」
智がにゅっと身を乗り出す。
(シキ先輩、つかぬことを聞きますけど、鈴代先輩とは‥‥)
(えっ)
こそりとあれこれ尋ねられ、真っ赤になってアリスは身を引いた。
●のんびりまったり
黒百合が再び、上機嫌で釣り糸を垂らしている。横には宗の姿も見える。
征治と公は、釣りの邪魔にならないところで、水切り遊びをしていた。征治はズボンの裾を捲って、冷たい水に足を浸している。
「石がうまく投げられなかったら、綺麗な石を探して、磨くともっと綺麗になるよ」
ふたばがアリスに磨いた石を見せて感心させる。
水遊びが終わると、智が白詰草で冠を作ろうとして苦戦したり、オオバコの茎を絡ませ合って引き合う草相撲を提案し、アリスの目を釘づけにしていた。ふたばがツツジを咥えて教えた。
「花の蜜も美味しいよ。あと、押し花にして、栞を作ったりもできるよ」
そんな皆のまったりと寛ぐ様子を、光もカメラにおさめていく。
「そろそろ時間かな?」
日が傾き。
誰ともなく言い始め。
最後の片付けを終えて、皆で記念撮影。
売店の店員に礼を言い、綺麗に洗った借り物を全て返却。
黒百合は「あげるわァ♪」とアリスにミニストラップを買ってあげた。
再び、バス→フェリー→バス、と、乗り継いで島へ帰る。
――ちゃぶ台が大変、邪魔だった。
●またね
学園に到着し、各自、寮に向かって歩き始めた。
「寮まで送るぜ」
茜色の斜光を浴び、心配した光がふたばについて歩き出す。
「所長さんのところまで送りますよ」
アリスの手をとって、征治はゆっくりと歩き出した。
「どうだった、楽しめた? ピクニック――じゃないなあ。完全に、キャンプ、だったね」
思わず苦笑する征治に、「はい」と頷くアリス。
「また来年も、こうして皆で、遊べるといいね」
また、来年も。
その次の年も。
誰ひとり、欠けることなく。
「はい‥‥」
友を、恋人を、危険な戦場へ送り出す立場が、こんなにつらいものだったとは。
楽しかったからこそ、アリスは、自宅で密かに、泣き明かした。