●新学期が始まる
水無月 ヒロ(
jb5185)は、芳賀壮太(はが・そうた)の、中等部からの友人である。
この度はクラス替えで、壮太と同じ高等部1年137組になり、ついでに、席替えでは壮太の隣席に決定した。壮太から見て反対側の隣席に、伊勢田かな(いせだ・−)が座っている。
「そうちゃんお隣同士だね! よろしくね!‥‥どうしたの?」
元気のない壮太の様子に、ヒロは小首を傾げた。
お昼休み。
陽だまりのベンチで、ヒロと壮太は惣菜パンを齧っていた。
そこへ颯爽と現れたのは、フラッペ・ブルーハワイ(
ja0022)である。
「最速の疾風ガンマン、フラッペ参上っ! ソータ、ソータ、依頼ネット見たのだ!」
「えっ、あっ‥‥う、うん」
「ソータの想いはボクが届けるのだ! カナの心に楔があるのなら、それも取っ払って見せるのだ、最速の風に乗せて!‥‥ところで、カナの渾名の『お姉さま』って‥‥えっと『そういう意味』じゃない、よね‥‥?」
フラッペの質問に、壮太は困惑していた。
そういう意味、って、どういう意味だろう?
もう一度、ヒロは小首を傾げた。
「それはさておき、中等部でのカナはどうだったのだ?」
フラッペが壮太に改めて詳細を尋ね、中等部時代にかなとクラスが一緒だった学生を数名つかまえて、徐々にコイバナに焦点をあわせつつ、聞き込んで回る。
(もしかしたら昔、何かあったんじゃないのだ?)
そこへ、かなのバイト先であるアミューズメント施設、AMPウィンタースフィアから戻ってきた、凪澤 小紅(
ja0266)が合流する。
「確かにバイト中ずっと笑顔ではあったが、かなは、何というか‥‥仮面のような笑顔で、奇妙な違和感があったぞ。そっちはどうだ、聞き込みの成果は?」
「はろはろコベニィィ、大好きなのだー!!」
小紅がよろける勢いで、フラッペが抱きついた。同性バカップルらしく、人目をはばからずにイチャイチャとスキンシップをたっぷり交わした後、フラッペが報告した。
「‥‥うん‥‥中等部1年の頃は、カナはもっと笑ったり、泣いたりしていたらしいのだ」
「ほう? それは、興味深い事実だな」
●資料室にて
「芳賀殿の熱い気持ちを伊勢田殿に届ける‥‥というか、気づかせるために、拙者の出来る事をやってみようでござるかね」
雪成 藤花(
ja0292)と、立夏 乙巳(
jb2955)は、パソコンに向かい、過去の資料をあさろうとしていた。
(他人事には思えません。大切な人‥‥恋人に、似ているから。同時に悩ましくもありますが‥‥)
藤花は心の中で呟いた。
かなのアウル覚醒・久遠ヶ原編入時期について探すと、小学校6年の終わりごろに覚醒し、中等部1年から学園に入学した記録が残っていた。
「天魔討伐より、バイト優先、なんですね‥‥ということは、天魔関係かも‥‥」
藤花と一緒に、かなのバイト先へ向かう約束をしている桜花 凛音(
ja5414)が、呟く。
「好意を寄せていた相手を天魔に殺されてしまった、その時の状況など調べて、伊勢田殿の心を解き放つ材料を増やすでござるよ。内容次第では、芳賀殿の伊勢田殿への気持ちを伝える時のアイテムとして、役立つかもしれないでござるからな」
乙巳も、パソコンのモニターを見つめ続ける。
しかし、天魔関係の資料は多すぎた。
膨大な情報の海から、かな関係の事件を絞り込むためのキーワードが欠けていた。
「天魔関係でない資料を探すほうが、簡単でしょうね‥‥」
資料検索の決め手が無い。かなが直接関わっていた事件では無かったようだ。
そこへ携帯電話がぶるると震え、凛音が、ヒロとフラッペからの情報提供を受けた。
「伊勢田先輩の、想い人って‥‥一般人、なんですよね?」
「ええ。そのように、聞いていますね」
おっとりと藤花は頷く。
「‥‥丁度、伊勢田先輩が天魔討伐で出征していた時に、伊勢田先輩の幼馴染の男性が通っていた全寮制の中学校が、天魔に襲われて、生徒・教員他、学校関係者の全てが死亡し、廃校になった、という事件があったそうです。伊勢田先輩の幼馴染の男性と思われる人の名前は、喜多見裕司(きたみ・ゆうじ)さん。年齢も出身地も一緒ですし、小学校も幼稚園も一緒です。襲われた全寮制中学校の名前は、えっと、‥‥(略)」
「有難うございます。すぐに調べます」
「かたじけないでござるよ」
凛音から伝えられた情報をもとに、パソコンの情報を検索する藤花と乙巳。
検索ワードを学校名に絞ると、事件の概要と、その後に、合同葬儀が行われていたことがわかった。だが葬儀の参列者は多すぎて、わからなかった。
しかし、フラッペやヒロから聞けた、かなの変貌時期と、その事件のニュースが流れた時期が、ほぼ一致しているように思えた。
かなの親友だった(過去形)という女子生徒からは、当時、人気のない雨の日の屋上で、かながずぶ濡れになりながら、「私が助けに行けたかも知れないのにっ、私がゆうを死なせたも同然じゃないっ、‥‥わあああっ!」と一人で泣き叫んでいる姿を目撃した、との情報が入っていた。
●ひと休憩
「皆さん、そんなに集中していますと、疲れませんか?」
駿河紗雪(
ja7147)が、のんびりした口調で、お茶を持って、資料室に入ってきた。
藤花も凛音も乙巳も、手を休め、紗雪の差し入れで、ひと休憩することにした。
「んぅー、‥‥そうなのですね」
3人は紗雪に、調査の成果を伝える。
紗雪にも協力してもらい、4人で要点をまとめる。
壮太の依頼に関わっている全員に、共通メールを送る乙巳。
「拙者に出来ることはこれくらいでござるからな。やぁ、恋の話とは、まったくもって、拙者には縁遠い話でござるよ‥‥」
蛇のように先の割れた長い舌をチロチロさせながら、乙巳はスマフォを見つめていた。
●壮太くんにヒトコト
(ふむふむ、なるほどねぇ)
ジェラルド&ブラックパレード(
ja9284)は、乙巳から回ってきた情報にしっかりと目を通すと、ヒロ経由で、壮太に個人的にメールを送っていた。
『やあ、初めまして。ボクは大学四年のジェラルド☆ バーのマスターもやっているから、少しはキミに、アドバイスも出来ると思うよ♪ ちょっとだけ、明日の昼休みに、この場所に来てくれないかな?』
(人は感情を伝え、受け取るために生きていると思う。結果の如何を問わず、伝えてあげたいねぇ‥‥どっちの為にも、さ☆ さてと。ボクはうまいこと、恋の導き手になれるかな♪)
約束の日時、約束した場所に、壮太とヒロが連れ立って現れた。「やあ」とジェラルドが片手をあげて迎える。そこに、ヒロから話を聞いた紗雪、そして、凛音も姿を見せた。
「私たちも壮太さんとお話したくて。いいでしょうか?」
「どうぞどうぞ。歓迎するよ」
ヘラヘラとした印象で、ジェラルドは皆にベンチを勧めた。
「まずは壮太くん、キミが伝えたい思いってのを、教えてくれるかな?」
「は、はいっ!」
緊張した面持ちで、かなへの想いを口にする壮太。告白の失敗談もたっぷり聞けた。
「あー、成程ね‥‥」
ジェラルドが考え込んでいると、紗雪が「失礼いたします」と口を挟んだ。
「壮太さんの、想いを伝えたいという気持ちは、よく分かりました。恋心は内に秘めるには熱く、1人で抱えるには辛いものです。けれど、度重なる告白は、貴方の『好き』を闇雲にぶつけているだけではありませんでしたか? 壮太さんは、かなさんの事情をどれほどご存知でしたか?」
「じ、じょう‥‥?」
目をくりくりさせて困惑する壮太に、紗雪は畳み掛けた。
「んぅーと、ですね。かなさんは、恋愛以外はしっかりもの、という評判ですよね。ということは、何故、恋愛にだけ、疎くなってしまっているのか、という疑問を持つべきです。壮太さんが、自分の気持ちをただ押し付けている関係は、長くはもちません。知る覚悟、受け入れる覚悟、許す覚悟が必要になると思うのです‥‥ゆっくりでも、少しずつでも良いので、理解したいと願う気持ち、寄り添う気持ちを持って伝えてあげて欲しいのです」
「???」
「大丈夫、難しいことではありませんよ‥‥貴方の、作詞作曲まで出来るかなさんへの気持ちは本物でしょう?」
そう締めくくって、にっこり微笑む紗雪。ジェラルドがあとを引き受けた。
「あのさ、これはあくまでも、一般論なんだけど‥‥昔、何かつらい事があった人って、出来るだけ同じシチュエーションは避けるよね?」
「は、はい‥‥」
「何となくだけどさ、彼女は何か‥‥鈍いって感じじゃなくて‥‥一連の行動に理由があるんじゃないかなって、ボクには思えるんだよねぇ‥‥。とはいえ、ボクは彼女の秘密を知らないし、知っていても、キミにここで、教えるわけにはいかない。プライベートなことだからね。でも、その何かをキミなりに察して、言葉にして想いを伝えるってのは、重要だと思うよ‥‥キミにとっても、彼女にとっても、ね」
「事情‥‥秘密‥‥理由、ですか」
壮太は、考え込んだ。
「‥‥どんな事情でも、秘密でも、ぼくは、受け容れたい。一緒に歩きたい。彼女が心に背負う荷を、少しでも引き受けてあげたい、です」
顔をあげて決意を語る壮太は、真っ直ぐな目をしていた。
先輩たちの会話に混ざれずにいた凛音が、おどおどと口火を切った。
「何か、理由があって、自分の心を守る為に、恋愛の存在ごと消してしまって、伊勢田先輩は、気付かないのではなく、気付けないのだと‥‥そう感じました。私は、失恋して吹っ切れた今、思うのは、言葉や物じゃなくて、心そのものを相手にぶつけて、感情を、気持ちを揺さぶる事が、凍りついた心を溶かす事が、大切だったのだと‥‥やっと気づきました。私には、その一歩が踏み出せませんでした。今はその人の心が癒えて、表情がゆるやかに解けていくのを見られるだけで、幸せです」
凛音は、大事そうにラリマーを取り出し、壮太に手渡した。
「『過去のトラウマからの開放、無条件の愛と調和』が、この石の、石言葉です‥‥どうぞ」
「有難う」
「よし。じゃあ、放課後にでもAMPウィンタースフィアに行くといいよ。彼女はそこでバイトをしているみたいだからね」
「はい、知っています。皆さん、本当に有難うございました」
壮太は深々と頭を下げた。
午後の授業の開始を告げるチャイムが、鳴り響いた。
●かなのバイト先へ
放課後、AMPウィンタースフィアにて。
(は、恥ずかしいけど、そうちゃんのためだからっ)
ヒロは、ムーンライトヴァルキリーのファンを装い、かなに色紙とサインペンを差し出していた。
「サ、サイン下さいっ!」
「いいですよ」
かなが微笑で応じる。
「壮太さんと伊勢田さんはお友達なんですかー?」
「さあ?」
「やっぱりムーンライトヴァルキリーにも、恋愛禁止とか、あるんですかー?」
「それは無いですね。はい、どうぞ」
色紙がヒロに返される。そこへインカローズの首飾りをつけた凛音と、アクアマリンのペンダントをつけた藤花がやって来た。2人はパワーストーンの話を、かなに振った。
「伊勢田先輩の好きな石って、何ですか?」
「サンダーエッグです」
「ああ、ジオードとも呼ばれる石ですね?」
「はい。お詳しいですね」
かなの微笑が崩れない。不自然な、そして、仮面のような笑顔。
「私も高校生になったら、こういう所でバイトしたいな‥‥」
「そうですね。わたしも戦闘は苦手です。お客様を癒すのも、立派な撃退士の仕事と思いますよ」
凛音の言葉に藤花が頷く。かなの微笑は崩れない。
癒せない客がいた。
客席に、ニコリとも出来ずに座っている2人組。小紅とフラッペだ。
ショウタイムが終わり、かなは、じっと舞台を睨み続けていた2人組に声をかけた。
「‥‥何か失礼でも?」
「すまないな。天魔に両親を『殺されて』から、笑えないんだ」
小紅は、ぷんすかなフラッペをおさえつつ、淡々と答えた。
「これでもマシにはなった。仲間ができて‥‥『恋人』もできた。こんな笑わない自分を、好きだ、大切にしたいって、必死に伝えてくれた人がいたんだ」
「はあ」
「両親が殺されてから、私はずっと立ち止まっていた。それでも、私を好きになってくれた人に支えられて、歩き出すことができたんだ。だから私は、前に進むよ。ずっと立ち止まっていたら、『死んだ人』が心配で成仏できないからな」
「‥‥」
「次に会う時は『お互い笑顔で』会いたいものだな」
小紅は意味ありげに言葉を連ねて、席を立とうとする。フラッペが勢いよく語りだした。
「ボクだって大切なヒトにサンクスも言えなかった、こんなに大きくなったんだよって報告も出来なかった! 『気持ちを伝えられない』ことの辛さを‥‥カウボーイハットを被ったボクと、恋愛を避けるカナは、他のヒトよりも理解してる筈なのだ! そしてボクは、気持ちが届くことがどれだけ嬉しいか知ってるから‥‥それをカナに伝えたいのだ! そこにボクの気持ちを受け止めてくれた、コベニもいるから!」
怒りと、親近感と、使命感で、フラッペはぐちゃぐちゃになっていた。
「そうだね。思いを伝えられないのは辛いし、その辛さを知っている人であれば、他人からの思いも受け止めてあげたいよね。ボク自身、家族が死去していて、もう何も伝えられないの。その辛さを実感してる分、他人からの思いや気持ちはしっかり受け止めようと思ってるんだ」
色紙を大事に抱え、ヒロがそっと壮太の背を押した。
「結果はどうあれ、想いと覚悟があるなら、やるしかないよね、そうちゃんっ!」
こくりと藤花が頷く。
「もし、想いが通じ、結ばれても、彼女が貴方を喪えば、また逆戻りするかもしれないですし、更に酷いやも‥‥ですが、それらを受け止める覚悟があるのでしたら、この石を差し上げましょう。うまくいきますよう、祈ります。人は傷ついて成長することをお忘れなく」
藤花は紅水晶のブレスレットを壮太に渡した。
「これは恋の石です。貴方に祝福がありますように」
「あー、芳賀殿へ何か助言でも出来たらいいんでござろうが、拙者、自慢じゃないでござるが恋愛にはトンと縁がないのでござる! こんな拙者が、恋愛で悩んでいる若者へ贈れる言葉なんてないのが現状でござるよ!」
乙巳はそう言うと、TVでどの時代劇を見たのか、火打石を鳴らして壮太を送り出した。
フラッペが最後に、かなの手をぎゅっと握る。
「どうかソータの気持ちを、受け止めてあげて欲しいのだ。‥‥大丈夫、ボクがいるからには、キミも、キミの大切なヒトも、二度と死なせやしないのだ!」
皆、気を利かせて、その場から離れ、2人をガラス越しに見守れる席のある、施設内の喫茶店に移動した。
「コベニ、コベニ、ゴハン食べたいのだー!」
既に達成感に浸っているフラッペが、食券販売機の前で迷っていた。
●後日‥‥
水晶やブルーレース・アゲート等を使った小物が、誰かから壮太に届けられた。