●うーみーがーひーろーいーぞー!
見渡す限りの、青。
水平線で分かたれた空の青と海の青が、美しいコントラストとなって、久遠ヶ原島を取り巻いていた。
本土が見えるはずの場所からも、何も見えない。
いちめんの、海、海、海。
「おお、海だー! よーし、泳ぐぞー!」
一番乗りは、小等部6年、外見11歳の緋野 慎(
ja8541)である。
現実の時節的にはまだ少々寒かったはずだが、魔神さんの能力(ちから)なのか、何故かこの世界は、泳ぐのに最も適した天候である。
ぷかぷか水面に浮かびながら、楽しくて楽しくて、慎は大はしゃぎしていた。
「おー‥‥ユメかウツツか‥‥これはもう、遊びとおすしかないんじゃないのだッ!?」
フラッペ・ブルーハワイ(
ja0022)は、大事にしているカウボーイハットを荷物に仕舞いこみ、蒼基調の競泳用水着とゴーグルを装備していた。若干ムネがきつそうだが、心配ない問題ない気にする人も居ない、多分。
ちょっと視線を感じるだけですよ。女性からの。
「‥‥あたしも、水着でも着て来ればよかったかしらね‥‥?」
煙草をぷかぁとくゆらせながら、黒名 明日診(
jb4436)は、フラッペをガン見していた。
はい。フラッペが感じた視線の主は、こちらでございます。
にこにこっとマリカ先生(jz0034)が明日診に近づき、「使って下さいですー」と携帯用灰皿を手渡した。
「折角の海を汚したりしてはいけないのですー。直に届くと言われている美味しくて新鮮なお魚や貝が苦くなるのも、困るのですー。吸殻やゴミはお持ち帰りしましょうですー」
「おっとぉ。灰皿を持っているということは、せんせーも、煙草飲みなの?」
ちちっと指に挟んだ煙草を見せる、明日診。
「いえいえ違うのですー。せんせーは煙草は吸わないけれど、大学部の生徒さんが偶にポイ捨てをしていたりするので、皆さんに配れるよう、持ち歩いているのですー」
マリカせんせーが、若干私利私欲を垣間見せつつ、真面目なこと言ってます。
明日診が、携帯用灰皿をひっくり返すと、裏に謎の印刷が。
『バケツプリン第一号完食者様記念品』
‥‥うん。
最早、何も言うまい。
「使うんなら、貸してもいいのだよ? 要望があれば着るつもりだったんだけど、サイズさえ合えば」
フラッペは、持参したビキニ水着を、明日診に差し出した。
「ま、まあいいわよ。あたしはお酒と煙草があれば、じゅーぶんだから」
「えーーー、マジデーーーー!? この島以外、沈んじゃったの?! それは大スクープだ!! さっそく取材だーーっ!」
市川 聡美(
ja0304)は、非公認新聞部の血が、うずうずと滾っている。
「魔神さん魔神さん、早速ですが、色々とインタヴューさせてもらえますか? あのっ! どんな感じに溺死するのが好きですか!? あと、辞世の句を一句!」
「Σ!?」
魔神さんは、いきなりのトンデモインタヴューに、大変お困りのようです。
「じ、辞世の句!? うーむ、えーと、そうであるな、『もっとひか‥‥』」
「あー、パクリは全面禁止だからねー!」
「ぐあっ!」
魔神さんのMPに、ダメージがごすっと入りました。
さらさらとメモを書き留めながら(内容は不明)、聡美はインタヴューを続ける。
「魔神さんは、今まで何人の女性にフラれてきたんですか?」
「ぐわあああっ!!」
流石は自称ますこみ族の聡美さん、剣よりペンは強し、を、実践しています。
ちなみにきっと武器はクーゲルシュライバーでしょう。持ってないけど。
そんな貴女に、誰かが痺れてみたり、憧れてみたりしちゃうかも?!
でも、魔神さんのMPは、そろそろゼロよっ! 危険域よっ!!
「海だー! 魚だー! 釣りだー!」
ずっと海に憧れていた、我らが学園きっての『THE・不幸』浪風 悠人(
ja3452)が、自前の釣竿を手に、走り出していく。
だってしょうがないじゃない、称号がそう言っているんですもん。
「あっ‥‥バケツ‥‥バケツを、忘れて、いますよ‥‥」
全員に丁寧に挨拶を済ませ、泳ぐために髪をまとめていた、糸魚 小舟(
ja4477)が、すぐに気づいて、悠人におずおずと声をかけた。
「ん、ああっ、有難うございます。お礼に、頑張って大物を釣りあげて、差し上げますねっ」
悠人は軽く頭を下げ、釣りに適したロケーションを探し始めた。
今回こそ、不幸の女神が微笑まないことを祈っております。
APシナリオくらい、幸せだっていいじゃない!
密かに大工仕事も得意な、星杜 焔(
ja5378)が、会場設営に取り掛かっていた。
調理スペース、食事スペース、ごろごろくつろげるスペース、自分で思い思いに焼いて食べられるBBQスペースを確保する。
女性陣(+何故か悠人)の要望により、急遽、簡易更衣室も作られることになった。
「釣ってきたものは、俺に預けてね〜。大物が釣れるといいね〜、応援してるよ〜」
にわか太公望たちに、おっとりと声をかけておく、焔である。
「わわわ、星杜さんが、お料理いっぱい作ってくれるの? こういうのなんて言うんだっけ‥‥えっと、ばいきんぐ? ばーべきゅー? まあ、いっかー、ごはんがいっぱい食べられるなら、あたしは大歓迎だよ!」
みくず(
jb2654)が、会場設営を手伝いながら、わくてかしていた。
そこのマイお箸を持って、そわそわしている女性教師、食べたいなら設営を手伝いなさい。
●泳ぎ放題!
(素敵、です‥‥)
小舟は、浮き輪に座って(=上半身と足を浮き輪にひっかける姿勢で)ぷかぷかと浮かびながら、広い広い海を堪能していた。
(‥‥、本土、見えませんね‥‥。どこまでも、海が続いて、広くて綺麗です‥‥)
海と空の青、波と風の音、海鳥の声しかしない静かな世界を好む小舟である。
この、波に揺られて、どこまでも遠く流されていく感じがたまらない。
(少し‥‥寂しくて、でも、自由を得た感じ、‥‥好きです‥‥)
やさしく照りつける日光を、日焼け止めでブロックし、時折うとうとしながらリラックス。
小舟の日頃の疲れが、ゆるやかに、癒えていくような気がした。
(そういえば‥‥海に沈んだビルとか、海底都市みたいになってるんでしょうか‥‥。‥‥見てみたいですね‥‥)
海辺に戻り、浮き輪を置いて、改めて泳ぎにいく小舟。
「いやっほうー!」
目の前を、ジェットレガースから噴射したアウルパワー全開で、カジキとスピードを競っているフラッペが、イルカのように身をうねらせて海中をぐんぐん泳ぎながら、通過していった。蒼い光の奔流が風の如く体に纏わりついて、海中でも美しく映えて見える。
いや、何というか、カジキとスピードを競っている、というよりは‥‥フラッペが全力でカジキを追い回し、カジキが必死で逃げ惑っているように、見えるのですが、気のせいでしょうか。
うん、きっと気のせいだ。そういうことにしましょう、そうしましょう。
「最初っからクライマックスなのだー!! レディゴーいえーいっ!」
機嫌よく、スピードを上げ続け、飛ばしまくるフラッペ。
「海で最速のカジキにスピード勝負で勝ち、ボクは海をも制した、世界最速の、超クールなガンマンになるのだっ!」
ガンマンと海最速は、あんまり関係ない気がしますが、まあ細けぇことは言いっこなしですね、わかります。
「ねえねえ、筏を作ってみたよ! これで大丈夫か、見て欲しいなあ?」
慎が、適当に材料をかき集めて作った筏を披露する。まだ小等部だけあって、ロープの結び方が間違っており、海上でバラバラになる危険性が高かった。
「ん〜、ちょっと貸してごらん〜?」
にわか太公望たちの収穫を待って、デザートの仕込みをしていた焔が、手を休めた。
一旦、慎の作った筏を解体して、組み直し、ロープを正しく結び直す。
「はい、これで大丈夫のはずだよ〜。波に流されすぎて戻れなくならないように、気をつけるんだよ〜」
「わーい、有難う!」
慎は筏を引きずって、海へと走っていった。
何でも出来ます日曜大工。お役に立ちます日曜大工。焔さんまじ感謝。
ぷかぷかと漂う筏の上で、心地よく日向ぼっこをしながら、慎はそんなことを考えていた、かも知れない。
(海の水はあんまり得意じゃないけど、折角だし、ちょっと遊ぼうかな? 波打ち際に足をひたしたり、波とおっかけっこしたりするくらいなら、大丈夫かな?‥‥)
狐系はぐれ悪魔らしく、水が苦手で、なかなか波打ち際に行けないみくずだったが、様子を見ていたマリカせんせーに手を引かれ、穏やかな波に近づき、静かに水平線を見ていた。
本来見えるはずの本土が、影も形もない‥‥。
「みくずさん、海に背を向けて立ってみて下さいですー。こんな、面白い感触が、味わえるんですー」
言われた通りにすると、引き際に波が、かかと付近の砂をさらっていく。
なんとも不思議な感覚で、みくずはびっくりしてしまった。
「あ‥‥そーだっ、あ、あの、魔神さん?」
みくずは、まだ少しおどおどしながら、勇気を出して魔神に声をかける。
「あの、よければ一緒に遊びませんか? ここに立ってみると、すごく不思議な感じが、するんですよ」
(‥‥魔神さんはきっと寂しがり屋さんなのかも。だから余計に、こういう風にしたんじゃないかなぁ? クタクタになるまで、一緒に遊んだり食べたりして、満足すれば、反応も少し違うかもしれないよね)
その頃の魔神さんは、聡美のインタヴュー三昧に、まだ、捕まっていた。
「ほうほう、魔神さん業界にも色々あるんですねー。やはり魔神さんにも尊敬できる先輩とか、いたりするんですか?」
――魔神さん業界ってそもそも、何?
「尊敬できる先輩というと、やはり、アラビア〜ンなナイ‥‥うむうむ、遊ぶのであるよ〜」
魔神さんが、女性(=みくず)の誘いを断るわけがない。
鼻の下を1光年くらい伸ばして(?)、ホイホイと波打ち際に駆け寄っていった。
「チッ、逃げられたか‥‥」
聡美がエアー・クーゲルシュライバー(!?)の端っこを噛んだ。
「ま、とりあえず海は広大だから、釣りでもしようかな?」
誰のものとも分からないボートで海へ繰り出し、釣り糸を垂れる聡美。
勿論、目的は丁度この時期が旬のヤリイカだが、小ぶりな魚もたくさん釣るつもりで、ホイホイと釣り上げていく。バケツがみるみる、小魚で埋まっていった。
「うわぁぁおおおおお!?」
突然、悠人が大声をあげた。
「何これ、ちょっと、クジラの一本釣りなんてまじ無いだろ? クジラ漁は銛だろ?! ちょ、ちょ、これってどういうことだよ、えええ?!」
APシナリオなんだから、そこ、ツッコまない。
悠人のすーぱー釣り竿(!!)には、次々と大物‥‥を逸した、超大物が、集まってきていた。
クジラにイルカにシャチにサメに‥‥あれ? これ食べるの?? 本当に食べるの???
「‥‥」
黙ってそっと海に帰してあげる悠人である。
但し、マグロ、お前は、お前にだけは、残ってもらうからなっ。
●食べ放題!
「さあて、アテンションプリーズだよ〜。解体ショー始めるよ〜」
泳ぎに飽きた皆が集まったところで、焔がさくさくと超大物たちをさばいていく。
その横でしおらしく手伝う、見慣れない猫耳メイドさんが一人。
‥‥うん、女性には見えないけれど、ちゃんと、女装した男子生徒に見えますよ。
ともあれ。
猫耳メイドさんは、寿司や刺身、カルパッチョ等のナマ物を担当し、その他の海鮮料理は、焔が一手に引き受けた。
小舟が、夢見るような目つきで、飲み物を配って回る。
(海底都市、素敵でした‥‥)
‥‥見てきたんですね、お疲れ様です。
「星杜ぃ、何か、つまみになりそうなの頂戴」
煙草をぷかぁとくゆらせて、明日診が酒を口に運ぶ。
「ほらぁ魔神、あんたも飲みなさいよ。今日はガンガンいくわよー」
「釣ったばかりのイカを七輪であぶるってのがいいのよね。まだお酒飲める年じゃないから、あたしは牛乳でいただくけど、せんせーと、お酒飲める年の方はどうぞー」
牛乳を飲みながら、聡美が新鮮な炙りイカをテーブルに置く。
「鯛めし、ひらめのなめろう、魚介の旨みがたっぷり染み出した味噌汁に、ブイヤベース、定番のエビチリ。学園に来て初めて振舞った思い出のイカスミカレー、夏休みに仲間と旅行した南国で振舞った魚介のケラグエン、歓迎旅行で行った父島で覚えた島寿司‥‥あとは包丁が踊る各種刺身づくりってとこかな〜。見て楽しく、食べて美味しい、がいいよね〜」
次々と焔の作る料理がテーブルに並べられ、すごい勢いで皆の胃袋へと消えていく。
言うまでもなく、みくず(狐耳しっぽモード)とマリカせんせーの胃袋は、底なしだった。
「うふふふふふふふふふふ、おいしーのですー、しあわせなのですー」
‥‥マリカせんせーが珍しく、したたかに酔って、壊れていた。
「ふぅ。美味しいもの食べて、お酒を飲んでまったりして‥‥いい感じよねぇ。でも、あたしには刺激が足りないのよ、刺激が、ね。というわけで、魔神、あたしのシモベにならない?」
明日診が、妖艶なまなざしを魔神に投げた。
魔神は、猫耳メイドさんから、焼いたイカと、マヨネーズに七味唐辛子を混ぜたものに付けて食べるスルメを渡されたところだった。
●こんなことしてていいの?
「ちょっと待って。何か、おかしくないか?」
慎がここへ来てようやく、異変に気づいた。
「‥‥いや、絶対におかしいって! なんで学園の島以外何にもないの!?」
「えー、だって‥‥新鮮な海の幸を、思う存分、提供したかったのであるよー」
超素直に魔神が答えた。
「おー、魔神さんが島をこんな風にしてくれたのだ?‥‥うむ! じゃあ今度はボクが、魔神さんの願いを叶えてあげるのだ! 何がいいのだ? 何でも言うのだ!」
フラッペの言葉に、何故か顔を赤く染める魔神さん。
「な‥‥何でも、よいのであるか?」
「いいわよぉ、あたしのハイヒールで踏まれたければ幾らでも‥‥」
「‥‥い、いや、それは遠慮したいであるよ‥‥」
明日診の言葉に、身を引く魔神さん。
「マッサージしましょうか?」
猫耳メイドさんが触れようとして、更に身を引かれる。
「い、いや‥‥やはりそれなら、女性がいいであるよ‥‥」
注文の多い魔神だな、全く。
「じゃあ、友愛の証として、ぎゅむってしてあげるのだ!」
フラッペの言葉に、「良いのであるか? 良いのであるか?」と念を押す魔神。
「構わないのだ。ほらほら、魔神さんぎゅむー!」
フラッペにぎゅむされて、頬を染めて喜ぶ魔神。
「ん?」
何か突起物がフラッペの手に当たり――ぽちっとつい押してしまい――
全てが、瞬時に、消え去った。
●夢のあと
「あれ? 今まで、何、してたんだっけ?」
慎が、皆が、次々と身を起こす。
いつも通り、見慣れた久遠ヶ原島の某海岸。遠くに本土の影が見える。
世界の異変も魔神も消え、一羽のカモが飛び去った。