●どこか、遠くで。
そこは――何処とも知れぬ場所。
人間の遺体が入ったカプセルを、幾つか物色しながら、彼は思案する。
もっと美しく。
もっと、もっと。
手にしたデジタルカメラには、これぞと思う美女・美少女の画像がみっしり。
彼――傀儡師は、画像を選びながら、次なるカプセルに手を触れた。
●回想
(一難去って又一難‥‥って事になりそうだね‥‥どうも)
如月 敦志(
ja0941)は、農夫家族(?)の異様な雰囲気に、肩を竦めていた。
(明らかに怪しいだろ‥‥なんだよここ‥‥)
(市松人形みてーなかあちゃんと、マリカ先生&某アイドル似の姉妹‥‥ね。いくら何でも普通じゃねぇだろ。マリカ先生が話してた握手会での話と符合が合いすぎるぜ)
小田切ルビィ(
ja0841)が印象的な赤い瞳で、農夫家族(?)を見回す。
(うに、なんだか不穏な感じなんだね)
真野 縁(
ja3294)は、ズルズル引きずる程長い金髪を、丹念にタオルで拭いていた。
髪をギュッと握ると、雨水がぽたぽたしみ出してくる。
大事な棺桶を拭きながら、べべドア・バト・ミルマ(
ja4149)は偽マリカ先生を見上げた。
(ソックリサンはオカシノイエのマジョみたいね)
アイリス・レイバルド(
jb1510)の虹色の鈴が、チリリと鳴った。
(まったく、ここまで露骨に怪しいと、私でなくても夜中に秘密の探索をしたくなるな。淑女的に)
堅く閉ざされた表情からは窺い知れないが、アイリスは探索の虫がうずうずして、実は内心、ワクワクしていた。
(早くパパの所に帰りたいよぉ)
セラフィ・トールマン(
jb2318)は濡れた体を拭きながら、心の中で叫んでいた。
(表情のない3人と、表情のあるお父さんと絵羽さん、か。何だか依頼前のマリカ先生の話といい、関連がありそうだよね)
クリフ・ロジャーズ(
jb2560)は、眼鏡をくいと指で持ち上げた。
不満そうに、アダム(
jb2614)が腕を組む。
(いちごみるくじゃない‥‥)
アダムは、絵羽の運んできたコーンポタージュスープを睨みつけて、心の中で呟いた。
「ん、どうした? 風邪かな? ちょっと来てごらん」
絵羽が微かに震えているのに気づいた敦志は、オーラを出さずに密かに光纏し、絵羽のおでこに手を当てた。
(シンパシー、発動‥‥)
「!!」
それは、嵐が来る前日のこと。
絵羽は農具をしまってある納屋で、
とろんとした表情で、とうちゃんが、
鉈を振るっているのを見てしまった。
納屋の床は真っ赤。
絵羽が大好きだった、色白で優しくて働き者の実母が、
その遺体が、
とうちゃんの鉈によって、少しずつバラバラにされ、
見たこともない、市松人形に似た超美女が、
真っ赤な口紅をさしたように
口もとを赤くして、実母の遺体を、貪り食っていた。
「ドウシタノ」
美女が無表情のまま絵羽を見つめ、
「ワタシガ、アナタノ、オカーサン、ヨ?」
いやああああ
悲鳴をあげ、絵羽は自分の部屋に逃げ帰ろうとして
見知らぬ2人が家の中に現れたことに気づいた。
「アナタノ アネ、ヨ?」
「わ、わたしに、姉はいません!」
「イルノヨ」
「イルノヨ」
「いません!! で、出て行って下さい!」
震えながら絵羽は、精一杯叫んだ。
「ドウシテ? 効カナイワ」
「効カナイワネ」
「タベル?」
「タベル?」
「「オトーサンカラ?」」
やめて
絵羽は納屋の光景を思い出して戦慄した。
従わなければ、父の命が危ない。
「ふむ、少し熱っぽいようだね。はい、ちゃんと薬を飲んでおこうな?」
敦志は柔らかく微笑んで、救急箱から偽薬を取り出し、絵羽に渡した。
(なるほどね、そういうことか‥‥)
●深夜、絵羽との接触
「お、お、‥‥おトイレっ、おトイレっ」
セラフィは、自然に誘われて、飛び起きた。
全員、敦志から絵羽の体験を聞いていたため、警戒して眠りが浅くなっていた。
縁は空腹で眠れず、ルビィに至ってはうっすら微睡んだ程度だ。
「昔観たホラー映画の展開そのまんまってカンジだな‥‥」
ルビィの言葉に、縁が頷く。
「そうだねー、うにうに。縁たちは、飛んで火に入る夏の虫状態‥‥なのかなー?」
自前の棺桶の中で寝たふりをしていたベベドアが、「ワタシも」と扉に向かう。
セラフィと共に扉へたどり着いた瞬間、
施錠の音が響いた。
「やっべ‥‥鍵掛けられるとは思わなかった‥‥」
敦志が顔を覆う。
客人だけでも護ろうとした絵羽の呟きが、扉越しに、セラフィとベベドアの耳に届く。
「待って! あ、開けて! お、お、おトイレ、おトイレなんだよっ」
「えっ」
絵羽の声がして、開錠の音と共に、扉が開かれた。
扉が開いたのを確認し、クリフは、アダムの頭を撫でながら小声で囁いた。
「アダム、起きてー」
「ふえ? くりふ‥‥だっこー‥‥あっ」
眠気が去った瞬間、アダムは尊大な態度で言い訳した。
「べ、別にねぼけてたわけじゃないからな!」
「はいはい、わかったから、お静かにー‥‥な?」
(天魔じゃない、ね‥‥)
トイレに案内されている間に、光纏のオーラを隠して、異界認識で絵羽を見抜くセラフィ。
同じく自然に呼ばれたべべドアと、護衛のつもりで敦志とクリフ、アダムがついて歩く。
客間のすぐそばに、目的の部屋はあり、セラフィとベベドアは、無事に用事を済ませることが出来た。
絵羽、聞こえるか? おれ達は撃退士だ。おれ達、絵羽をまもりたいんだ。
この家で一体何が起こっているのか教えてほしい。あの三人組は一体何者なんだ?
とーちゃんの寝室はどこだ?
廊下で声を出しては響きすぎる。アダムは、暗い廊下がちょっぴり怖かったため、クリフにひっついた状態で、意思疎通を試してみた。
絵羽はすぐには反応を見せなかった。客間へ戻り、扉を閉め、近くのベッドに腰掛けて。
声を押し殺して、泣き始めた。
(なるほど‥‥暗証番号式の南京錠か。番号さえ知られなければ、開けられないな)
アイリスが鍵を調べ終わり、客間全体の調査も終えた。
表情を変えずに絵羽の隣に座り、よしよしする。
クリフがハイドアンドシークで扉の前に潜み、謎の三人組の来襲に備えた。
めいめい、用意した阻霊符を発動させる。
「通報、したかったんです。でも、出来なくて‥‥あいつらが怖くて‥‥」
絵羽は俯いたまま、ぽつぽつ話し始めた。
「わたしにも、何が起きているのかわかりません。あいつらは、でも、あまり頭がよくない感じですから、‥‥この鍵なら、皆さんを守れるかと、思ったんです」
「うにうに、はじめましての縁たちを、守ろうとしてくれたんだねー。絵羽ちゃんは優しい良い子だねー。ありがとうなんだよー」
縁が手を伸ばして、絵羽の頭を撫でた。
「んー、話から推測すると、マリカ先生似とアイドル似は“ドッペルゲンガー”みてぇなモンか?」
ルビィが尋ねる。「ごめんなさい、わかりません」と絵羽は再び、すすり泣いた。
「父は、2階の部屋にいます。本当の母は‥‥母は‥‥ぐすっ」
「‥‥言わなくていい。無理に言わなくていいからな」
アイリスが、敦志から聞いた内容を思い出し、絵羽を止めた。
(子供に、あんな体験をさせるなんて‥‥まだ正体はわからないが、許せないな、淑女的に)
●とうちゃんと、謎の3人組
「セラフィ、行くぞ」
「うんっ」
敦志とセラフィは、絵羽に位置を教わり、父親の部屋へ向かった。
暗い廊下を慎重に移動する。
父親が部屋にいるか、そして謎の3人組が何処にいるか知るため、セラフィは何度か生命探知を使用した。
「‥‥あれ?」
不思議そうに小首を傾げる。
「お父さんは確実に部屋にいるんだけど、ほかに、生命反応が何処にもないよ?」
つまり――あの3人組は、『生きて』いない存在、なのだろうか?
そうっと父親の部屋に侵入する。異界認識で確認すると、間違いなく、人間だった。
「‥‥ん?」
眠っていたはずのとうちゃんが、むくりと体を起こした。
「あんれま、何ぞ‥‥」
「来たれ、睡魔よ!」
敦志の周囲に浮かんだ魔法陣がはじけた。ばたり、と、とうちゃんが意識を失う。
「この方が安全なんでな、悪く思うな」
「よいせ、っと‥‥」
セラフィがとうちゃんを担ぎ上げ、そろりそろりと客間へ戻る。
と‥‥
「ぎゃーっ! で、でたーっ!」
階段を下りたところで、無表情の偽マリカ先生が待っていた。
偽アイドル、そして、かあちゃんも姿を現す。
思わず悲鳴をあげたセラフィに、襲いかかってくる。
悲鳴は屋敷中に反響し、客間にも届いていた。
ぐっすりと眠るとうちゃんを抱え、動きが制限されているセラフィ。
滅煉衝−零式−の構えを取り、立ち塞がる敦志。
そこへ。
「うに、ちょっと曖昧だけど、天魔っぽいんだよー!」
客間を飛び出し、異界認識でかあちゃんを探り、縁は叫んだ。
どこからともなく黒い刃が空中に現れ、ざくざくと偽アイドルを切り裂く。潜行状態のクリフの攻撃だ。ルキフグスの書のページが自動的にぱらぱらとめくれていく。
「黒き光の衝撃波よ!」
ルビィが封砲を放つ。偽マリカ先生とかあちゃんが直線状の衝撃波を受け、よろめいた。
「絵羽は俺が守るから、ここは任せて、みんな行け!」
アダムの言葉に、次々と客間を飛び出す撃退士たち。
「さて、君らの正体を観察させてもらおうか。淑女的に」
アイリスは機械剣を構えて移動した。
べべドアはスクロールで、容赦なく3人組を攻撃する。
「カメラは、カメラは、どうなっている? 誰が持っている?」
ルビィが、現時点で敵に一番近い位置にいる敦志に尋ねた。声が廊下に反響する。
「ないな」
答えて、滅煉衝−零式−を、力の限り、かあちゃんに叩き込む敦志。
「そうか」
ルビィから再び、衝撃波が放たれる。クリフの黒い刃が今度はかあちゃんを切り裂いた。
「‥‥先生もどきも、天魔っぽいんだよー。でも曖昧なんだよ、うにー?」
縁が異界認識で、偽マリカ先生を探る。
「うぅぅ‥‥こ、こっち来ないでくださいよぉ‥‥!」
何とか3人組の包囲網をくぐり抜け、客間へ走るセラフィ。とうちゃんが重い。撃退士といえど、流石に息が切れる。
「まったく、しょうがないな。子供を守るのは親の役目だろうに」
だがこの際仕方がないか、と、アイリスが機械剣を振るう。
ベベドアがセラフィを庇うように前に出る。黒いどろどろとした光がべべドアの全身を覆い、影から泡のようなものが浮き上がっては消え、また浮き上がっては消えていく。
「ケガさせないわ、ゼッタイに」
「うわあっ!」
敦志が肩口をかあちゃんに噛みつかれて、痛みに奥歯を噛み締めた。
切り裂かれて短くなったかあちゃんの髪が、さらりと落ちて、白い襟足が露わになる。
「――!」
全長3センチほどのナニカが、半ば皮膚に埋もれた状態で、もぞもぞと動いていた。
「っ!!」
鈍く、敦志の肩の骨が砕ける音がする。にたあ、と笑うように口を大きく開け、かあちゃん――否、生き人形は、音も立てずに、敦志を嘲笑した。
「肉を喰らうなら獣でもできる。化け物なら恐怖を喰らえ!」
その口に機械剣を突っ込み、貫き、横になぎ払うアイリス。かあちゃんの頭が裂けた。口から上がぼとりと床に落ちる。
だが、半壊した人形は、構わずに今度は爪を立ててアイリスを狙ってきた。人形の動きに合わせ、バックラーを押し付けるようにして、攻撃を受け止めるアイリス。
「首だ、首を狙え!」
敦志は叫んだ。骨折の痛みで脂汗が滲んでくる。
クリフの黒い刃が、かあちゃんだったモノの、首を狙った。
ぷっつりと糸が切れたかのように、がらがら、と、床に崩れる人形のカラダ。
切り裂かれた首から、全長3センチほどのナニカが、這い出してきた。
「天魔だっ! あれが本体だよっ!」
無事に客間にとうちゃんを寝かせ、戦線復帰したセラフィが、異界認識で分析した。
「あんなに小さかったら、確かに、生命探知ではわからないよ‥‥」
ぷちゅっ。
かあちゃん人形を操っていたサーバントは、アイリスによって踏み潰された。
狙うべき部位さえ分かってしまえば、さして苦労する相手ではない。
所詮は、有機体で構成された、肉塊人形である。
問題は。
「‥‥見てくれがせんせーだと、何か、やりづれーな」
偽アイドルを鬼切でぶっ倒し、偽マリカ先生だけが残った状態で、ルビィがぼそりと呟いた。人形たちに遠距離攻撃手段がないとわかって以降、容赦なくスクロールで攻撃を続けていたべべドアも「気にしてはナラナイとワカッテいるけれど、キモチはわかるわ」と同意する。
「早くラクにしてアゲマショウ」
「ちょっと待てよ? 人形と、あのせんせーが、リンクしているとか、無い、‥‥よな?」
絵羽の護衛もそろそろ不要かと思い始めたアダムだが、急に不安を感じた。
ざわっと、緊張が走る。
「確認してみるか」
クリフが携帯を取り出し、学園に電話する。
暫く待たされている間、前戦に居る者は、皆、防御に専念した。
『ちゃおでーす。どーしたのですー?』
甲高く、脳天気な声が返ってきた。
クリフは皆に合図をした。皆で偽マリカ先生を攻撃する。
『ん? そんなに田舎までいってるんですー? 大変そうなのですー。気をつけて帰ってきて下さいですー』
偽先生人形の首がもげても、マリカ先生(本物)との通話は何事もなく続いた。
皆、安心して、3体目のサーバントをひねり潰した。
●学園へ
朝が来て、嵐が去った。
ライトヒールでの回復も済み、とうちゃんの意識も回復し、サーバントからの魅了も無事にとけた。一行は、2人を加え、無人駅でローカル電車を待っていた。
「疲れたわ。やっとカエレルのね‥‥」
べべドアが呟く。とうちゃんと絵羽はべべドアに誘われ、学園まで同行するつもりでいた。
無事に学園に到着し、今回の事件を報告する。
そして、絵羽に、僅かながら、アウル適性があることが判明し、一人だけサーバントの魅了に抵抗できた理由がわかった。
しかし――あのサーバントを作ったのは、誰なのだろう?
カメラも、屋敷の中に、見当たらなかった。
●どこかで、誰かが、
くつくつくつ、と、笑った。
次は、どんな人形を、作ろうか。
美しいのがいい。
もっともっと、そう、今度は、所作まで美しく‥‥。