●作戦会議:某山案内図(転送前)
ラファル A ユーティライネン(
jb4620)は、出立前に山の地図やガイドブックを入手していた。アリス・シキ(jz0058)が居るはずの社は、8合目にある。
「ふむ、高さ的に、丁度雲の中になるのか。ここは一応林道のようだな。7合目から4合目まではアスレチックばりの岩場が続き、3合目は舗装道、1〜2合目は急坂の林道、そこからは長い階段を降りて、麓の神社へ通じているようだ。神社から更に降りるのも階段だな。天候さえ良ければ3〜5時間で登山可能とある。岩場では軍手も必要そうだ‥‥」
「山小屋など、避難できる場所は、どこまで降りればある?」
「ねーな」
天険 突破(
jb0947)はガイドブックを覗き込み、ラファルにさらりと返された。
「逆に、9合目まで登ると、真下に雲海が見えるようです。森林限界も超えますし、急勾配のざらざらした岩場にはなりますが、視界は良好になるのではないでしょうか? 8合目が吹雪だとしても、雲自体を超えてしまえば、天候の影響も無いかも‥‥あ、風がありますか‥‥」
御守 陸(
ja6074)がうーんと首をひねった。
「山は嫌いじゃないけど‥‥雪かぁ‥‥うん‥‥死ねる、軽く三回は死ねるね‥‥! もし自分が遭難したらと思うと‥‥恐ろしい‥‥よし、頑張ろうか」
夏雄(
ja0559)は雪焼け防止に、日焼けどめクリームを丹念に塗ってから、呟いていた。
「春先とはいえ、雪山は厄介ですねぇ‥‥春先だから、とも言えますが」
桂木 潮(
ja0488)が長身を屈めてラファルのゲットしたガイドブックを見つめた。
「シキ先輩、きっと心細いですよね‥‥早く助けてあげないと」
陸の言葉に、恋人である鈴代 征治(
ja1305)が深々と頷いた。
「ガイドブックを見る限り、雪崩の危険は、登山道から外れたりしなければ、大丈夫そうですね」
考えてみれば、あの社。古く、脆そうで、雪崩でも起きようものならあっけなく潰れそうなのに、未だに無事に建っているのは、あの位置には雪崩が起こらないということだ。
地図を見る限り、登山道を外れて沢の方に行かない限り、雪崩の危険は少ないように思えた。
それぞれ必要と思う荷物をまとめ、或いは依頼人から借りて、支度を整え、一行は出発した。
●晴れ時々視界5m
8合目、と彫られた石碑のすぐ横に、社はあった。
「アリス!」
征治が俊足を活かして駆けつける。ガタガタと立てつけの悪い入口を開ける。同時にラファルが覗き込んだ。
金色の光を、蝶の羽状に噴き出しながら、アリスは阻霊符を握りしめて、横たわっていた。
「よくがんばったな、シキは必ず俺たちが連れて帰るから安心しろ」
ラファルの声に、ゆっくりと体を起こすアリス。
何とか、生きていた。
表情を緩めた征治から、用意してきた道具類を渡してもらい、ラファルはアリスの世話を引き受けた。
「大丈夫だ。もう安心していい」
ラファルは、言い聞かせるように、何度も何度も繰り返した。
(ここは、批難めいたことは口にせず、遭難者の精神的安定に気を配るべきだな)
その間、征治はテントを張れそうな場所がないか見て回った。吹雪の勢いは時に激しく、時に不安定で、細い木々が並ぶ急勾配の林道に、なかなかいい場所が見当たらない。やんだと思ったら、数分後にまた雪が襲ってくる。
一方。
アリスを脅かしていたディアボロ、マンタもどきは、吹雪に混じって身を潜ませていた。
「ふーん、そこかい? おいらは押さえに回るよ。誰かトドメはよろしく!」
夏雄が鎖鎌を振り回しながら、細い木々の幹を壁走りで駆け上がり、マンタもどきを見事にふん縛った。鎖鎌をぐいと引き寄せる。と、ぬめぬめしている所為か、ずる、ずると巻き付いた鎖がずれていく。いけない。長くはもたせられない。
「視界が悪い‥‥でも、夏雄先輩が押さえている間に、何とか当ててみせる!」
陸がとにかく鍛え上げたスナイパーライフルCT-3を構え、精密狙撃でマンタもどきを狙う。
「数うちゃ、とも言うもんな。このぉ、喰らいやがれぇっ!」
突破が、視界の悪い中、鎖の位置から推測して、陸の攻撃に重ねるように、飛燕を放つ。
「あ‥‥」
夏雄が呟いた。
「木っ端微塵隠れ‥‥?」
違います。
‥‥マンタもどきさん、合掌。
●言い忘れていた
潮は社のそばで、ディアボロの襲撃を警戒していた。
夏雄と陸と突破によって、脅威が完全に排除されたことを知ると、「ラファル先輩、入っても大丈夫ですか?」と社に声をかけた。
「わたくし、自分で出来ますからっ」
返事の代わりに、何やら、話し声が聞こえる。
「うーん、テント設営に適した場所は、登山道を外れない限り、なかなか見当たりませんね。いっそ9合目まで登りますか。勾配は厳しいでしょうが、雲の上に出てしまえば天気に左右されにくくなるでしょう」
軽く首を振りながら征治が戻ってきて、社内の修羅場を耳にする。
(アリスが人に触られるのが苦手だってこと、ラファルさんや潮君に伝え忘れたっ!)
後悔、役に立たず。
「え、えーと、ラファルさん、潮君。アリスは、『今からここに触りますよ』と言ってから触らないと、びっくりして怖がってしまうんです」
若干の今更感も否めないが、一応、必要な情報を社内に囁いておく征治であった。
「そういうことは、最初に言ってくれ‥‥」
密かに社内で苦労していたラファルが、溜息をついた。
●休息はどこで?
9合目を斥候として見に行くことになった夏雄は、淡々と頷いた。
「うん、いいね。実に忍者らしい役割だね」
自前の防寒着に加えて、借り物の防寒着を着ていることもあり、夏雄は寒さをものともせずに、早速山の上へと登山道を歩みだした。
「夏雄先輩、ひとりで行くのは危ないですよ!」
陸が、「地形把握」「索敵」を駆使しながら追う。
しばらくして、2人は音もなく戻ってきた。
「頂上がとても広々としていて良さそうだったよ。雲海や湖も見えて、気持ちよく晴れていたね。あ、鳥居もあったよ」
「坂はきつめですが、僕たち撃退士には大した距離でもなかったです。敵の気配はありませんでした」
もし、頂上で休むとしたら。
社から現状のまま、アリスを動かせるのか、そこが問題になる。
「立てるか?」
ラファルがアリスに問いかける。
「が、頑張りますわ‥‥」
よろよろと社を出て、膝から崩れそうになるアリス。咄嗟に受け止める征治。
「背負うからしっかり掴まって?」
アリスに背を向ける。
「‥‥俺が背負うつもりだったが、任せていいのか?」
ラファルが背負い紐を取り出しながら、尋ねた。
「彼女さんを運ぶのは、彼氏さんの仕事ですよ。あ、でも、その背負い紐を貸して頂けると、幾らか助かりますが」
ベルトで連結する為のフックロープで互いを繋ぎながら、苦笑する征治。
そしてアリスに向きなおり、小さな頭をそっと撫でた。
「初依頼、お疲れ様。よく頑張りました。大変だったねえ。無事に見つけられて本当に良かった。みんなにも感謝しなくちゃね。あ、依頼人さん達にもね」
「皆様に、ご迷惑をおかけいたしましたの‥‥」
至らない自分を責めて、目もとを潤ませるアリス。
「大丈夫大丈夫。アリスはやるだけのことはやったんだから、今度は僕達の番。僕がアリスのためにすることで、迷惑なことなんて一つもないんだ。さ、背中におぶさって。ちょっと寒いかもしれないけど、こうしていればすぐに温かくなるよ。僕はここにいるよ。アリスもここにいる」
「‥‥イチャつくのは無事に下山してからにしろよ」
手厳しく、ラファルに突っ込まれた。
「よし、じゃあ頂上まで、10分おきに点呼をとりながら行くぞ!」
突破が号令をかけ、夏雄が先導しつつ、未だ吹雪の止まぬ8合目をあとにして、一行は頂上を目指した。
●打って変わって青空
頂上は、青空が突き抜けて見える、とても気持ちの良い場所であった。
陸が用意してきたテントを2つ、皆で手分けして設置する。
「本当に冷え切っちゃったね。あたたかくしておいで」
アリスをテント内に送り込み、ラファルにカイロを幾つか手渡す征治。
紳士の礼儀として、潮と並んで、少し離れた場所で護衛に立つ。
純毛のインナーを取替え、大動脈と表皮が近い場所を選んで、インナーに貼るカイロをぺたぺたとつけていくアリス。
「邪魔そうだから、髪に触るぜ。持ち上げておくからな」
先ほど聞いた注意を思い出し、ラファルも先に触れる場所を宣言してから、着替えを手伝う。
防寒具を何枚も重ね着させた後、毛布で全身をくるむ。
「‥‥待たせたな。シキの着替えは終了だ」
テントから顔を出し、ラファルが男性陣に合図した。当然、出た荷物はまとめ済みだ。
早速、潮が容態を診る。特に四肢の末端を丁寧に。
「凍傷にはなっていないようですね。良かったです」
「シキ君、おにぎりとカロリーブロックは入るかい?」
夏雄が固形食料を差し出してみる。
征治は簡易コンロと固形燃料でコッフェルを熱し、チョコを溶かして、アリスにスプーンで飲ませようとしていた。温めたバナナオレの入った魔法瓶、ゼリー飲料も用意されている。
突破がありったけの食料を運び込んだ。
少食のアリスでなくても、トータルすると、無理な量ですよ、皆さん。
「テントが2つあるなら、一日はここで過ごしてみたいな」
「観光に来たのではないんですよ、先輩?」
ディアボロも倒し、雲を眼下にして、気持ちのよいぽかぽかお昼寝陽気である。つい突破が呟いた言葉を受けて、陸が釘を刺しておく。
「それに朝は下からもやが上がっていくって聞きますし‥‥雪が緩むと雪崩の危険もありますよ!」
アリスの状態が回復したら、名残惜しいものの、下山しようという話でまとまった。
●下山は膝に来る
徐々に体温が戻り、ラファルと潮が、そろそろアリスを動かしても大丈夫だと判断した。
めいめい、寛いでいた仲間たちが、改めて下山に備える。
ラファルがラジオの天気予報を聞き、下山するなら今だと判断した。
「この先、春雷に気をつけるんだね。雷が走ったら、なるべく低く低く、地面に伏せるんだよ。身につけた金属はなるべく捨てて、ね」
夏雄の注意を胸に、互いを突破が命綱で繋ぎ、征治の荷物は全て潮が持ち、征治はアリスを背負い(ここで「歩きます」「無理しない」と軽く揉めた)、陸と夏雄が斥候として、先頭と最後尾を守る。先頭の陸にはラファルがつき従い、ラジオからの天気情報や、ガイドブックで事前に調べていた情報の提供に回る。
「うあ‥‥きつい‥‥」
人間は、重心が前に来るように出来ている。登山は、下山の方が疲れるというのは本当であった。
とは言っても、一般人でも一応、頑張れば日帰り登山のできる山である。撃退士たる6人には、さしたる障害ではなかっ――
「そこっ! 落石来るぞー!」
「ひゃああ、気をつけてください、足元滑りますっ!」
「なあ、雨がぱらついてきてねー?」
――自然って恐ろしい。
特に、アスレチック的要素を大いに含んだ岩場下山ルートでは、アリスを背負った征治の苦労が激しかった。
「わ、わたくし、降りますのー」
「いいからいいからっ」
背中の恋人を庇いつつ、歩を進める。岩に張り付いた湿った苔で、足を滑らせては、命綱に救われる。
(全力跳躍で4合目まで一気に降りられればいいのに‥‥)
大自然はそう甘くはない。
そんな中、夏雄だけは、本物の忍のように身軽にさっさと進みすぎ、本隊を置いていきそうになる。休息ついでに時折立ち止まって、ラファルに手を貸しつつ、偶に遠くの空に光る春雷に気を配っていた。
雷は、遠くで光っているだけで、こちらにきそうにはなかった。
山の天気は変わりやすい。気象情報も刻々と変化する。
ラファルは逐一、ラジオからの情報を皆に伝えていた。
●神社で休憩!
遂に1合目まで降りてきて、急な階段に目眩を覚える。
ここを降りないと、神社に出られない。
ひいては、一般道にも出られない。
「ここを降りたら休憩して、何か腹に入れようぜ!」
ラファルと突破の提案がハモった。
大分ぬるくなったとはいえ、バナナオレが美味しかった。
甘いものが苦手なラファルは、牛乳を飲んでいた。
流石に撃退士6人(+少食1名)ともなると、持ち込んだ食料に手をつけたら早い。
荷物があっさりと軽くなった。
神社を抜け、階段を降りると、そこには救急車が待っていた。
依頼人が、念のため、呼んでおいてくれたのだそうだ。
予想以上に遅い下山だったため、心配していたそうである。
アリスと、付き添いとして征治が乗り込み、救急車は去っていった。
(僕にもいつか、あんな風に守り抜きたい人が見つかるでしょうか‥‥)
潮は遠ざかる救急車を見つめながら、心の中で一句、詠んでいた。
想い風残雪解かし春を呼べ
●有難うをもう一度
アリスは、皆の処置のおかげで、あっさりと退院することができた。
勿論、撃退士としての基礎体力も大きな要素としてあっただろうが、皆が助けてくれたこと、誰も失敗を責めなかったことが、メンタル的にも良い方向に作用していた。
加えて、彼氏さんがずっと付き添ってくれたのである。
「皆様に、お礼に、行きたいですの」
久遠ヶ原に戻ってから、アリスはそう言って、お花屋さんを見て回った。
助けてくれた5人を思い浮かべながら、小さな寄せ植えを1人分ずつ頼む。
潮は、和装で迎えてくれた。
この身長で小等部なんですの? 小柄なアリスは改めて呆然とした。
夏雄は相変わらずだった。人から花を貰ったのは初めてかもね、と、驚いていた。
陸は、わーいありがとーと素直に受け取ってくれた。
突破は、ガラじゃねーよと言いつつ、受け取ってくれた。
ラファルには、「で、これ食えるの?」と尋ねられた。
「征治には、お花は何がよろしいかしら‥‥」
店頭で迷っていたところ、アリスは不意に征治に小さな箱を握らされた。
キョトンとして見つめる。リングボックスだった。
驚いて、何度も驚いて、おずおずと開けてみる。
綺麗な指輪が光っていた。
「と、当日じゃなくてごめんだけど、ホワイトデーのお返しだよ。僕には手作りは無理だったけど、街に行った時に選んだんだ。いつかちゃんとしたものを贈るための練習、かな‥‥」
照れながら征治は頭を掻いた。ぱあっとアリスまで赤くなる。
「あ、有難うございます。大事にいたします‥‥」