●
バレンタインデーを迎え、青春☆胸像からぴんくいオーラが徐々に噴き出し始めていた。
いつもの帰り道に見覚えのない森と林道が生まれ、迷い森の向こうで、学園長の胸像が、虚空に手を差しのべたポーズで、愛の祝福を授ける相手を、今か今かと待っていた。
●
まだ、誰も来ていない胸像の前。
(年末からずぅっとからかわれ続けて、もう限界! 開き直っちゃうんだからね! 大きく息を吸い込んで‥‥せーのっ)
「明くん、大好きーっ! モモ、泣き虫で我侭で甘えん坊で怖がりだけど、ずっとずぅーっと明くんと一緒にいたいよ。だから、モモのことお嫁さんにするって約束、守ってねっ!」
草薙 胡桃(
ja2617)は、ひと足早く胸像にたどり着き、腹の底から声を出して青春☆胸像に祈った。胸像の目が微かにぴんくに輝き、捧げた手から不可視のものが発射された気がした。
(噂通りに、想いが‥‥伝わるといいな‥‥)
祈っているうちに、人の気配がし始め、慌てて胡桃は踵を返した。
●
時刻は夕方、月は‥‥綺麗に見え始めている。
鈴代 征治(
ja1305)はアリス シキ(jz0058)をエスコートするように、林道に入っていた。
放課後の、まだ人目がさほど無い時間。しっかりと恋人繋ぎをして、ぐるぐると森を回る。
突然森がひらけたと思ったら、胸像が待っていた。
何となく2人で胸像に一礼する。そして征治はアリスに向き直った。
「考えてみれば最初に出会って、彼氏さん彼女さんになって、ここまで色んなことがあったね。一連のアリスの家族の事件とか、お祭りや年越しのイベントとか、付き合う前より後の方がすごい大変だった気がする。ケンカもちょくちょくしてるしね」
つい苦笑する征治。「ご、ごめんなさい‥‥」と俯くアリス。
「で、ですが、互いをより深く知るために、ケンカは必要だと思いますのっ。征治は女中崩れのわたくしを、専属メイドではなく、彼女さんだと仰って下さいましたの。ですからその、‥‥し、幸せは2人で紡ぎたいのです。どちらかが我慢したり、犠牲になるのは嫌なのですわ。それに‥‥絶対に仲直りが出来ると信じておりますから、その、ケンカも出来ます訳で‥‥」
『ご命令とあれば、わたくしは、征治専属の従順な女中扱いでも、構わないのです』
アリスが言いかけた言葉は、征治の微笑みの前で、雪が溶けて消えるように、白い吐息になった。
「うん、そうだね。‥‥でね、何十年かして今のことを振り返った時には、きっともう全部良い思い出で、やっぱり僕はアリスと一緒にいるんだと思う。今の幸せがずっと遠くの未来まで続いていると、はっきり分かる。だから、ありがとう。僕を好きになってくれて、ありがとう」
「は、はい。わたくしを彼女さんにして下さいまして、有難うございます」
出会ってから1年4ヶ月。
正式につきあい始めて、もうじき9ヶ月。
「‥‥これからも、もっと、一緒に幸せになろうね」
プロポーズとも取れる言葉に赤面し、もじもじと俯いてしまったアリスに畳み掛けて、征治はそっとキスをした。
ぴんくい光が2人を祝福するように包み込んだ。
●
ゆっくりと日が暮れていく中。月が徐々に自己主張を始めている。
水簾(
jb3042)は水晶(
jb3248)に手を引かれて、森をぐるぐるしていた。
「え、一緒についてきてほしい? まぁ‥‥いいけど‥‥?」
(水晶にもとうとう好きな人ができてしまったのか‥‥嬉しいような‥‥寂しいような‥‥)
ちょっと考えると、手を引かれている自分が水晶の想い人である可能性も高いのだが、水簾はそこには気づかなかった。
「あ、ほら、あったよ! 本当だ、なんとなくあのきょーぞー、ぴんくいね! 多分、僕がたどり着けたのって、りあじゅーの水簾おねーちゃんが一緒にいたからだよね! そうだよね!」
無事に青春☆胸像の前にたどり着けて、はしゃぐ水晶。
(みんな、ずーっと一緒にいれますように!)
まるで神社のお参りのように、水晶はパンパンと柏手を打ち、お辞儀をしてお参りした。
まだまだ「恋愛? 何それおいしーの?」な水晶である。邪な気持ちがないからこそ、胸像は水晶を、その願いを受け入れた‥‥ように見えた。
背後から、遅れてマーシー(
jb2391)がたどり着いた。
「あ、マ、マーシーさん。きき、奇遇だねっ」
水簾が急な恋人の出現に、慌てふためきつつ、なんとか言葉を絞り出した。
「やあ。悪いね水晶君、ちょっと水簾さん借りるよ」
ポーカーフェイスを崩さないマーシー。水晶は、精一杯自然に見えるように携帯を取り出し、時間をチェックする。
「あ、見たいアニメがそろそろ始まっちゃう! 僕もう帰るねー! おにーちゃん、おねーちゃん、まったねー!」
水晶は気を利かせたのか、どう聞いても嘘ですごめんなさいと言い訳したくなる感じで、その場からそそくさと立ち去った。
残された、2人。
沈黙が像の周りを覆った。俯き、はにかんで、立ち尽くす水簾。
マーシーが口火を切った。
「初めて貴女に会ったとき、その凛とした強さに驚いた。
次に貴女に会ったとき、弟を思いやる姉の姿に惹かれた。
貴女に『好きだ』と言われたとき、自分の気持ちを自覚した。
そして今、貴女を何よりも大事にしたい。だから、これからもよろしくね」
驚いて目を見開き、慌てて顔を伏せ、みるみる赤くなっていく水簾。
照れくさいのをポーカーフェイスで誤魔化し続けるマーシー。
「えーと‥‥あ、あたしは貴方を愛し続けたい。側に置いてくれますか?」
「勿論。照れるけど、嬉しいよ。ありがとう」
自然に2人の距離が近づいてゆく。
「‥‥ほっぺ? あー、えーと、唇?」
一瞬何を尋ねられているのか、わからなかった水簾だが、噂を思い出し、恥ずかしそうに「じゃあ‥‥ほっぺに」と目を閉じた。
瞬間的に、唇を奪われた。
(は、恥ずかしいーーー!!!)
マーシーはポーカーフェイスも忘れ、あまりにも照れくさくて、逃げようとしていた。
その腕を掴む水簾。
「ばっ、ばかあ、ほっぺって言ったのにー!」
こちらも赤くなって、精一杯の抗議をする。2人はそのまま、森の奥へと消えていった。
●
時刻は宵の口、月と星がみるみる輝きを増していく頃。
「あの学園長の胸像ねぇ‥‥そこはかとなく、っつーかモロに胡散臭いんだが‥‥」
天河アシュリ(
ja0397)は、余り乗り気でなさそうな彼氏、カルム・カーセス(
ja0429)を引っ張っていた。
「ま、月夜の散歩もたまには悪くないか」
木々の梢越しに見える夜空。電灯はない。最初は意気揚々としていたアシュリだが、月と星の光しかない、鬱蒼とした夜の森の暗がりが怖くて、カルムにしがみついた。恋人の手を取り、「はいはい、怖くない怖くない」と、途中からはカルムが先導する。
「おー‥‥あったな。んで、どうすりゃ良いんだ?‥‥アッシュ?」
青春☆胸像が、2人の前に姿を見せた。
どことなく、ぴんくい光に覆われていて、像の付近だけ微かに明るい。
「あ、あのね。一緒に時間を過ごして1年以上経つのよね。たまには‥‥あなたをどきどきさせてみたくて‥‥」
改めて告白することを決意し、アシュリはするりとカルムから手を放した。
「知ってる? あたし今でも、息が止まりそうになるの。あなたへの思いがあふれそうで‥‥」
そして、一旦放した手をそっと取り、その甲に軽くキスをする。
「体温を感じると安心する半面、全部あたしのものにしたいって、かみつきたいような衝動に襲われるの‥‥」
艶めかしい声で囁き、アシュリは軽く恋人の頬にキスをする。
「スウィーティー、大好きよ。あたしの心も体もあなたのモノ。愛してるわ‥‥。ねぇ‥‥カルムは、どう感じてる?‥‥あたしのコト?」
「‥‥前にも言ったろ? 俺は全部、何もかも全てアッシュのものだ。どんな事でもアッシュの望みのままだ。アッシュの望みはどんな事でも叶えてみせる。その代わり、アッシュの全てが俺のものだ。誰にも渡さない。このキスは魔法使いである俺の契約の印、そして愛の証だ‥‥」
カルムは、恋人を抱きしめると、その唇に永い魔法をかけた。
「愛してる、アッシュ‥‥ずっと‥‥ずっとだ」
(永遠なんか無いと知っている‥‥だが、俺がこの愛を永遠にしてやる!)
胸像から放たれたぴんくい光が、2人を祝福するように包んだ。
●
さほど時間も経っていない頃。
「なんだか素敵な伝説ですね。私も祈りに行っていいですか?」
「いいよ。オブジェ様に、恋人は無理でも家族は欲しいってお願いしたのを思い出すな。まさか叶うなんて思わなかったよ。こういうのってやっぱりご利益はあるのだね。今回も見届けて貰えるといいな」
星と月の明かりだけを頼りに、林道を歩く雪成 藤花(
ja0292)と星杜 焔(
ja5378)。
一緒に歩きながら藤花は思う。
(好きって自覚した時のこと。去年の夏、頑張って告白したこと。‥‥いつも星空の下でした)
月が明るい。
(そう言えば夏の夜の舞踏会、告白したけれど‥‥まだ気づいてもらえてなかったっけ。今なら応えてくれる筈‥‥そうでしょう、焔さん?)
「月と星が綺麗だね。君との距離が近くなる時はいつも星が輝いていたね。騎士と姫のバイトの時は‥‥告白されたのに気づく事ができなかったね‥‥ごめんね‥‥」
焔の言葉に、藤花は驚く。
「‥‥おなじこと、考えていたんですか‥‥?」
心がつながっている。確かにそう感じた刹那、森が開けて青春☆彫像が現れた。
アシュリとカルムは去った後であった。今は誰もいない。
青春☆彫像のぴんくい光に包まれながら、焔はそっと差し出された藤花の手を取り、その手首に優しく口づけした。
「あの時よりもずっとずっと、焔さんのことが大好きです」
「俺も、きみの事がとてもだいすきだよ」
藤花の手首に、その瞳の色と同じ淡い赤紫のリボンを結ぶ焔。
「これからもずっと一緒です」
誓いを口にして、藤花はそっと焔の頬にキスをした。
●
とっぷりと夜の帳がおりた頃。徐々に、青春☆胸像の周りに、人が集まり始めていた。
森田良助(
ja9460)は自分の右手と、黒崎 ルイ(
ja6737)の左手を繋いで、林道をめぐる。
人目なんて気にしない良助。反対に、おどおどきょろきょろしているルイ。
青春☆胸像にたどり着くと、数組のカップルが既に到着していた。
(ここにいる、どのカップルよりもイチャイチャっぷりを見せ付けてやろう!)
良助は何だか燃えていた。
「僕の右手。この手はルイを幸せに導く手にしてみせる」
良助は両手で、ルイの肩を掴む。ルイの顔が赤く染まり、みるみる耳まで真っ赤になった。
「そして僕の左手は、僕自身が幸せを掴む手にしてみせるよ!」
言い切って、ルイを抱き寄せ、唇を重ね合う2人。
体を放してから、急に恥ずかしさがこみあげてきて、2人揃って悶絶する。
腕を組んでやってきた、翡翠 龍斗(
ja7594)と夏野 雪(
ja6883)は、しっかりと良助&ルイのらぶらぶ宣言を目にしていた。
(なるほど、ああいう感じか。伝説に乗るのも一興‥‥かもな)
心を決め、恋人に向き直る龍斗。
「雪、君が己のことを盾と称するならば、俺は矛だ。だから、この場でもう一度宣言させて欲しい。俺は一閃組の矛である前に、牙無き人たちの牙である前に、夏野雪というたった一人の女性の為の矛でありたい。俺に生きる意味‥‥帰る場所の意味を教えてくれた、君の為に」
コホンと咳払いをして、龍斗は続ける。
「だからこそ、言いたいことがあるんだ。今というワケではないが‥‥その‥‥ええと、刻が来たらでいい‥‥その時、君の気が変わっていなかったら、俺と結婚して欲しい‥‥ん‥‥だ」
すうはあ。
どうしてこんなに、息が苦しい?
「‥‥物心付いた頃から、私は盾として育ってきました。守るべき人々と、秩序を守る盾。その為に生き、そして死ぬ、それが私の一生なのだろうと、思っていました」
雪がぽつぽつと語りだす。
「学園に来て、過ごす内に‥‥違う生き方もあるのだと知り、そして‥‥あなたに出会った。何時からか‥‥もう憶えていないけれど、気づいたら、もう好きになっていた。あなたの傍に居られる事が、あなたの盾になれる事が、何よりも嬉しかった」
ひと呼吸おいて、雪が龍斗の瞳を見つめた。
「だから‥‥その答えは『はい』です。私を、お傍においてください」
龍斗の心に、震えが走った。
「雪‥‥口づけをしてもいいか?」
「はい‥‥付き合い始めて‥‥まだ、一度も、です。‥‥ファーストキス、私のはじめて‥‥もらってくれますか?」
「有難う。この世界中の、誰よりも君を愛している」
ぎこちなく口づけを交わした2人に、ぴんくい祝福の光が降り注いだ。
(くっそ‥‥なんか、負けた気がするっ!)
良助は木々の影から見守りつつ、奥歯をぎりりと噛み締めていた。
●
「よー今暇? や、暇じゃなかったらアレだけど、急用的なアレで」
梅ヶ枝 寿(
ja2303)から、フレイヤ(
ja0715)に突然、電話がかかってきた。
かなり遅い時間である。
「ちょっと探し物付き合って欲しーんすけど」
『落し物センターにコールしてみれば?』
「落し物じゃねーけど何つーかこー‥‥とにかく、来てくれよな!」
意図的にそこで携帯を切る寿。
待ち合わせ場所で、フレイヤからの猛抗議を受け流しつつ、寿は林道に向かった。
青春☆彫像は彼らを受け入れた。
集まっているカップル達に、愕然とするフレイヤ。
「寿子に呼び出されてやってきた所はリア充の巣窟でした。まる。ていうかマジで周りにリア充しかいないわけだが、なんだこれ‥‥なんだこれ! こんなトコに何落としたってゆーの、寿子!?」
「いやその‥‥」
「おい‥‥ぼっちな私を殺す気か‥‥」
更なる猛抗議に、頭をぽりぽりしている寿。半ば呆れた様子で、ため息をつくフレイヤ。
「とりま探し物とやらを手伝いましょ。何探してんの? ん? なんか寿君の様子がいつもと違う感じねえ。熱でもあるのかしら、大丈夫?」
いつになく口数の少ない寿を心配するフレイヤ。
ごそごそとバックから、バレンタインチョコを取り出した。
「あ、ついでだから、寿子、ハイ。泣いて喜んでもいいのよ?」
「わーチョコうれしー」
棒読みで受け取り、寿はぴしゃりと自身の頬を叩いた。
「じゃなくて! メールで送ったヤツ、冗談だったとかごまかす気ないんで。念押ししたくて、ですね、アレだ、つまりその‥‥よしこのことが、本気で好きなんで!」
「えっ‥‥ええっ!?」
フレイヤは魔女帽を目深に被って、真っ赤になった顔を隠した。
「ちょ、えーとね、寿君の事は嫌いじゃないし、どっちかといえば好きだよ。でもその好きがlikeなのかloveなのか分かんないの。‥‥だから、ね、おともだちから、始めさせて下さい」
(‥‥寿の、おバカ! 恥ずかしくて、顔、見せられないじゃない!)
「告白おめでとう! お似合いだぜ!」
「こんばんはー」
聞きなれた声に振り向くと、如月 敦志(
ja0941)が栗原ひなこ(
ja3001)を伴って立っていた。
「な、な、なんでここにいるんすか!」
狼狽する寿。
「尾けてきたからに決まっているじゃないか」
しれっと答える敦志。
(梅さんとフレイヤ様、最近仲良いなって思ってたけど‥‥)
好奇心でチラチラ覗いているひなこ。
「ひな泣かしたら、その毛ェごっそり抜くぜ?」
敦志に、躱せる程度の飛蹴りをかまし、寿はキメ顔で自身の狼狽をごまかしにかかる。
「さってと、帰るぜよしこ。送っていくからな」
「送り狼はお断りだからね」
「んなこと、しねーよ」
寿とフレイヤは並んで去っていった。
胸像の前で、ぴんくい祝福を受ける敦志とひなこ。
人目はあるもののそこまで気にはせず、敦志はくすっと微笑んだ。
「既に絆はあると思ってるけど、深まるものはどこまでも深まれば最高だと思わないか?」
不意打ちでひなこのおでこにキスをする敦志。
「唇へのキスは不意打ちじゃ失礼だろうからな?」
にこっと笑い、ひなこの唇に自分の人差し指を当てて、更に優しく微笑んでみせる。
「絆、深まったかな?」
ぽんっ。
そんな音が出そうなほど、ひなこは真っ赤になって固まり、周囲の人目を気にしてハッと我に返り、恥ずかしくて「ばかー!」と思わず叫んでいた。敦志の身体を盾に、人目を避けるようにして「もーもーっ!」と悔しがっていた。
「えいっ」
周囲のカップルさん達がお互いしか見ていない隙に、敦志のネクタイを引っ張り、不意打ち返しに頬に唇を掠める。
「‥‥絆、深まるなら、お互いのが‥‥いぃ‥‥でしょ?」
恥ずかしさに目を潤ませて、ひなこは俯いた。
(いつも翻弄されていて悔しいけど、負けず嫌いで実行しただけ‥‥じゃないから。‥‥この想いが伝わるといいのだけど‥‥)
●
深夜。
秘密基地(部室)でテレビを見てたら、すっかり真夜中になってしまった。
陽波 飛鳥(
ja3599)は、弟の陽波 透次(
ja0280)に「先に帰って良いっていったのに‥‥姉離れできない弟よね、まったく」と肩をすくめていた。
(違う‥‥弟離れ出来てないのは私。
もし私がもっと確りしてたら、透次は今頃別の女の子と歩いていたのかな?
なのに誰にも渡したくないと思ってしまう。許されない甘えだと分かってるのに)
「でも、夜道の一人歩きは危ないし」
そう答える弟、透次もまた、心の中で呟いていた。
(心配し過ぎだろうか。でも姉さん、気が強い割に無防備だから‥‥。
いや、そんな理由じゃなく、僕は許される限り姉さんとこうしていたいのだと思う。
本心は絶対言葉に出来なくても‥‥)
そんな2人は、いつの間にか林道へ迷い込み、深夜の青春☆胸像へたどり着いていた。
「あれ? こんな場所、あったかなあ?」
きょろきょろする透次。
カップル達が集まって、それぞれの世界に耽溺していた。
中でも目を引いたのは、青春☆胸像の前に陣取っている2人、アーレイ・バーグ(
ja0276)と西園寺 櫻(
jb4179)であった。
「西園寺さま、私のことを踏んで下さいませっ!」
「では、ここに跪きなさい」
冷徹な笑みを浮かべて、アーレイの告白を受け入れる櫻。
痛くないように、寧ろ可愛がる感じで、櫻はアーレイを踏みふみしていた。
「あぁっ♪ その人を見下すような目がとても素敵ですぅ♪」
「ふふっ。こうされるのが、お好きなのでしょう?」
「あふぅん♪ もっと踏んで下さいませぇ♪」
いやまあ、これも愛のひとつのカタチなのでしょう。
「あれ? 変なところに来ちゃった。ば、場違いだね‥‥戻ろうか」
透次が苦笑いをすると、きゅ、と袖を姉に掴まれた。
「‥‥姉さん?」
「れ、練習するのよ‥‥あんたに恋人が出来た時の‥‥」
「え‥‥ええ?? あんなふうに踏むの?」
「違ーう! か、勘違いするんじゃないわよ。あんたがいつも引っ付いてるから、私に男が寄り付かないの! ほら、私から卒業する為にもやるっ‥‥! 練習‥‥!」
「わ、わかったよ‥‥」
透次はカチカチに緊張しながら、姉の手を取り、その甲にキスした。
柔らかな手。良い匂い。思わず意識し、自然と胸が高鳴ってしまう。姉と分かっていても。
「3‥‥30点ね‥‥き、緊張し過ぎ」
飛鳥は真っ赤になった顔を隠しつつ、平静を装っていた。
「ね、姉さんだってガチガチじゃないか‥‥」
「く、口答えするなー!!」
飛鳥は、ぽかぽかと照れ隠しに透次の背中を叩いた。
「わ、い、痛いよ姉さん!」
異様なほど仲睦まじい姉弟の背後には、「西園寺さまのお靴、綺麗にさせて頂きますぅ♪」と櫻のスクールシューズにちゅっちゅしているアーレイが居た。
色んなカタチの愛がありますね。
●
春賀 千代里(
ja7029)は、好奇心から、大好きなシィタ・クイーン(
ja5938)と共に林道を歩いていた。
「お友達から、月夜に学園長の胸像へお参りをすると願い事が叶うと聞いたの」
何となく勘違いが含まれているが、そこは気にしない方向で。
「行ってみたいのだけれど、私が一人で夜道を歩いていたら、シィはきっと心配ね? ですから、一緒に探検に参りましょう。ね?」
(噂は信じていないが、千代里が一人で夜に出歩くのは心配だ)
シィタは頷き、2人は仲良く森の中を歩いていた。
道中、シィタがつい癖で煙草をくわえようとするが、取り上げられ、怒られる。
「‥‥シィ、煙草は一日5本までってお約束は?」
「‥‥ゼロの数が足りなくないか?」
「いーえ。5本まで、ですっ」
シィタはすごすごと引き下がった。ただくわえているだけでもよかったのだが、千代里に睨まれると弱く、つい我慢してしまう。
青春☆胸像が見えた瞬間、千代里が少しがっかりと肩を落としたのが見えた。
「‥‥此処が噂の‥‥? 何だか、思っていたものとは違うのね‥‥」
ちょっとしゅんとした様子で、青春☆胸像を眺め回す千代里。
「でも、折角来たのだから、お参りしていきましょう」
手を合わせて、胸像を拝む。
(シィが余り怪我をしないようにお見守り下さいませ。煙草も少し控えて貰えますように‥‥ずっと一緒にいられますように)
「‥‥願い事、というより、私はこの像に誓おうか」
すっとシィタが前に出る。
「どんな戦場に出ようと千代里の元に帰る‥‥減煙は、まあ、努力はする」
最後のほうが自信なさそうな小声になった。
「有難う。シィ、大好きよ」
振り向き、背伸びをしてシィタの頬へキスする千代里。背伸びをする彼女に合わせて身を屈め、腰裏に大切に腕を回して抱きしめ、こめかみに口づけを返すシィタ。
2人をぴんくい祝福の光が包み込んだ。
「お前と散歩が出来ただけでも、良い夜だ。手を、繋ぐか?」
互いに歩幅を合わせて歩きながら、シィタと千代里は手を繋いで並んで歩き、帰路についた。
●
早朝。うっすらと西の空に白い月が霞んでいた。
美森 仁也(
jb2552)は空を確認すると、美森 あやか(
jb1451)に声をかけた。
「あやか、ちょっと一緒に学校へ行かないかい?」
「どうしたの、お兄ちゃん?」
「いいからいいから」
仁也はいつもの通学路へは行かず、森の方に向かった。2人で手を繋いで林道を歩く。
「あれ? そう言えば確かに、そんな噂が‥‥お兄ちゃん、青春☆胸像って、月が出ている時じゃないといけないんじゃないの?」
「空の端、よく見てごらん?」
「あ」
梢の向こう、明るい空に、ぽっかりと浮かんでいる白い月が、あやかの目に留まった。
「暗い時間に森を歩いて何かあったら大変だし、他にも同じ事を考えているカップルは多いと思うんだ。あやか、人目に付くのは嫌だろう?」
こくこく。あやかは頷いた。
「もし、月が出ている時ならいつでも良いとしたら、だけどね。明るくなってからでも、月が見えている時なら、ひょっとしてたどり着けないかと思ったんだ」
仁也の言葉どおり、林道がやがて青春☆胸像へと2人を導いた。
ぴんくいオーラを微かに放っている学園長の像に何となく一礼して、2人は互いを見つめあった。
「俺は悪魔だから一緒に居て気持ちが沈む事もあるかもしれないが、あやかを幸福にする為に最大限の力を尽くすと約束するよ」
仁也が誓う。
「あたしは、お兄ちゃんと一緒に居られるだけで嬉しいから‥‥」
あやかが答えてそっと目を閉じる。仁也と唇を重ねながら、あやかは一心に祈っていた。
(絆は強ければ強いほど嬉しいと思うのです。お兄ちゃんの事は一番信頼して頼りにしているけれど、寿命がいつ無くなってもおかしくない事には感づいているので‥‥どうか、この幸せが、生きてる限り続きますように‥‥)
胸像の目から、ぴんくい光の筋が、つうと頬を流れ落ちた。
穏やかなぴんくい光が2人を祝福して包み込む。
●
月が隠れてしまうと同時に、迷いの森も林道も消えていた。
きっと明日の夜には、月の出と共にまた現れ、カップルさんや未満さんで賑わうのであろう。
ぴんくい光を放つ、異空間のような場所で、青春☆彫像は恋人たちを、そして、恋人にまでは未だなれないでいる未満さんたちを、今日もどこかで見守っていた。
『学生諸君。その身に宿る青春力で、愛しきものを獲得し守り抜きたまえ』
青春☆胸像は、ずっと手を差しのべて祈っている。
『守るべきものがあると、人は強くなれるものなのだよ』