●まずはてっきょー!
北条 秀一(
ja4438)は着々と、島内に点在する像の配置を押さえつつあった。
まず島の白地図を用意し、用務員から学内の像の個数と位置・被害状況、学園外の各担当の割り振りと担当者の名前を聞き出し、学園外の各担当者を回り、配置の個数・位置・被害状況を聞き出し――像の配置図を完成させていた。
同行している陽波 透次(
ja0280)は、像の由来や製作者の意図などを、洗浄ボランティアなどに聞き込んで回っていた。
「それくらいなら、せんせーも協力できるのですー。あ、これ、頼まれていたコピーと、お裁縫用の布鋏ですー。人数分借りてきたので、使って下さいですー」
頼まれていた「苦情を集めた書類」のコピーを透次に手渡し、マリカ先生(jz0034)もドレスをたくし上げて、像の解説に付き合った。
「この像は‥‥どれも全てレプリカですが、有名な古典叙事詩の一部から来ているのですー。ざっくりと分類すると、ギリシア彫刻は女性が着衣で男性が裸像、ローマ彫刻は逆に女性が裸像で男性が着衣になるのですー。ああ、こっちの像は所謂現代アートですー。ここの曲線美を表現するのが一番難しくて、多分作者さんが一番こだわったところだと思うのですー」
学園を出て、子供用の公園に差し掛かる。お母さんたちが輪になって会話を楽しみ、健全化された彫像には目もくれずに、幼い子供たちが遊具で遊んでいた。
「こんにちは。ねえ、これって、見てどう思いますか?」
透次は幼い子供たちのためにしゃがみ、目線を合わせて彫像を示し、尋ねた。
「おれ、のぼってみたい!」
活発な男の子の答え。
「なんかこわい‥‥」
内気そうな女の子の答え。
「オトナのくせにオムツしてるなんてヘン」
健全化に違和感を感じる子もいるようだ。
お母さんたちも集まってきて、「ちょっとこれは見苦しいですよね」と会話に加わった。
「こんなのあったっけ?」
背がまだ低すぎて、彫像そのものに気づいていない子もいた。
『悪影響も何も、彼ら(幼い子供たち)にとっては、関心外である』
透次はメモを取った。
「で、ではここの布は撤去いたすぞ」
『芸術を守る会』という幟を背負った酒井・瑞樹(
ja0375)が、同じ部活の部長である秀一を意識しつつ、女性裸像に向かった。
(知り合いと一緒とは何とも気恥ずかしい‥‥しかも目の前で布撤去とは‥‥)
借り物の裁縫用布鋏で、邪魔な布を、ちょっきん、バッサリ、出たゴミを袋に入れて、ハイ終了。
(あ、相手が像とはいえ、布を剥ぐのは照れるものだな‥‥)
‥‥これは、秀一部長には、絶対に女性裸像を任せてはならぬ。
だって、微妙な気分になってしまうではないか!
「どうした瑞樹、顔が赤いぞ?」
ぐっと拳を固めて決意をしたところで、瑞樹は淡々と秀一に突っ込まれた。
「あたしも手伝うよー! 邪魔な布さん、てっきょてっきょー!」
ソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)が、布鋏をふるって、近くの彫像からゴミを取り除く。
「どうかな? 撤去前のほうが良いかな? それともぱんつ無いほうがいいかな?」
「真鍮っぽい像に白い布をつけるのは不自然で、そっちに目がいってしまって、困ります」
近くで、布撤去を目撃していた人にインタヴューを試みて、反応を調べるソフィア。
さらさらとメモをとって、次なる彫像へゴー!
「ふむふむ。あれだね、本人達はおそらく善意のつもりなんだろうけど、それだけに一層性質が悪いタイプなんだろうね」
彫像によじ登って布をチョキチョキ切り刻みながら、ソフィアは、どう説得するかを考えていた。
(マリカ先生の仰るように、芸術として完成しているものに対しての、あのような行いは断じて許せないと思います。『肉体美』という言葉もありますように、人の身体の美しさを表現する事は、けして不健全な事ではありません)
微風(
ja8893)は、太ももまで届く長い銀髪を結い上げて、ソフィアと共に布撤去に精を出していた。儚げなもやしっ子が彫像によじ登って作業をするのは、ちょっと、見ている分には危なっかしい。しかもスカートである。
「よし、あたしもお手伝い! ばっさりスッキリ撤去しちゃうぞー!」
元気いっぱいに一 晴(
jb3195)が布鋏をふるう。微風が彫像からずり落ちないように、ついでに彼女のスカートの中身がチラリしないように、さりげなくサポートをしながら、男性裸像・女性裸像を問わず、とにかくチョキチョキしまくる。
「ゴミはゴミ袋へ〜! ある意味、ストレス解消活動みたいな感じかも?」
その頃。
鷹司 律(
jb0791)は、「激安何でもお取扱い店」にて、3000久遠以内のパーティ変身グッズを購入していた。
時間は巻き戻り、当日早朝の出来事である。
健全団が夜間に活動をすると聞いた九 四郎(
jb4076)は、目撃者を探していた。
時間帯は、人目に付きにくい深夜・早朝。出勤の早い人、早朝ジョギングをしている人、水商売で朝に帰る人、深夜に遊びまわっている若者、居酒屋店員などがターゲットである。
(健全団の構成とか、わからないっすかね?)
丁寧に聞きこんで回る四郎。結果、以下のことが判明した。
阿修羅、陰陽師、ナイトウォーカー、ルインズブレイド×2、ディバインナイト、ダアト、鬼道忍軍。
‥‥偶然(?)にも、自分たちと同じジョブ構成だということが判明した。
(戦闘になった時に備えて、皆にメールするっす!)
四郎は携帯を取り出し、皆に送信した。
瑞樹からレスが戻ってきた。
RE:(無題)
『芸術を守る会』の宣伝を頼む。
今後は布の撤去にあたり、彼らをおびき寄せるつもりだ。 瑞樹
「おっけーっす!」
四郎は体育会系らしく、携帯に向かって頭を下げ、直ちにネットに接続し、噂として『芸術を守る会』の宣伝書き込みを行った。
RE:(無題)
次はここの布撤去します、とか入れた方がいいっすか? 四郎
RE:(無題)
おっけー! やっちゃえー! 晴
RE:(無題)
いいね! きっと向こうから邪魔しにくると思うし、ナイスだよ! ソフィア
そして、秀一から、戦闘になった場合のことを考え、場所の提案が添付ファイルつきで送られてきた。添付ファイルは地図の一部である。
四郎はそれも、ネットに公開する。
(うーん、果たし状みたいになっても困るっす。噂、噂で済ませられるような書き方をしないとっす‥‥難しいっす‥‥)
その後、律がネットにアクセスし、健全団と戦闘になった際に退路を塞ぐ算段を考えていた。
●この「むっつり」共め!!!
決戦は夜に行われることとなった。
皆、四郎がネットにあげた場所に集結し、無心に(?)彫像からの布撤去を行っていた。
律だけは闇に隠れ、様子を窺っている。
ジョブ構成が同じということは、相手もここの様子を何処かで見ていないとも限らなかった。
「あ、あ、あ、女性像は私がっ! 部長にはあちらの男性像を頼むっ」
瑞樹が顔を真っ赤にして、秀一の背中をずずいと押した。
「失礼するっす!」
四郎は背の高さを利用して、微風を肩車し、高いところに手が届くように手伝っていた。
あらかたここの広場のオブジェが元通りになったかな、というところで、携帯のメール受信音が鳴った。律から、相手の配置が送られてきたのだ。
「‥‥‥‥‥‥」
どれだけ仲のよい団体なのであろうか。
健全団は、ひと塊になって、現れた。(1人だけ姿が見えなかったが‥‥)
代表と思われる、きつめの三角眼鏡をかけたオバサマが、ずいと前に出る。
「彫像と言えど、破廉恥ざます!」
『芸術を守る会』の幟を睨みつけながら、オバサマはきりりと眼鏡をかけ直した。
(‥‥見た目年齢がオバサマなだけで、実は大学部2年生の学生撃退士である)
最初に前に出たのは、透次だった。
布をあてがうことにより、余計に破廉恥に見えて困るという苦情の嵐が吹き荒れていることを、とくとくと語る。
そして、彫像製作者がどれだけの想いをこめて製作したのか、全ての表現には意味があることなど、マリカ先生を始め、色々な人から聞いてまとめた内容を伝える。
「子供さんお母さん達ともお会いして話してみましたけれどね、普通の子供は像とかにあまり興味を示さない印象でしたよ。最近はもっと刺激の強いものも多いですし、むしろ下着なんて付けると子供の好奇心を無駄に刺激しないだろうかと思いますよ」
「性的な物は何でも許さない、みたいなのは健全じゃないよ。美や芸術についてもそうだけど、人は性的な物にも適度に触れておかないと、かえって歪んじゃうんじゃないかな。芸術っていうのは、そういう意味でもいいんじゃないかって思うよ?」
ソフィアが続いて前に出た。
「人はね、真っ白すぎると、おかしな色にも染まってしまいかねないよ? 今はもっと過激なものだっていっぱいあるし。必要なのは正しい知識や、辞書で言うところの『健全さ』じゃないかと思うな」
「自分たちが正しいという確信があるならば、ゲリラ活動ではなく、正規の抗議を行うべきだ。この活動は解散し、納得できないのであれば正規の手順を踏んでほしい」
殴る気まんまんです、というていで、秀一が説得に加わる。
「そうだ。目を覚ませ馬鹿者共! この様な行いで世の中が変わる訳が無かろう!」
同じく殴る気まんまんで瑞樹が前に出る。
微風が儚げな姿で懸命に訴えた。
「芸術品に作者が込めた想いを感じ取るのではなく、邪な妄想を抱いてしまうのは、単にあなた方が欲求不満なだけなのではないでしょうか? 現に、他の皆様方はそのような感想を抱いたりはしていないではないですか‥‥」
「なんですってぇ!? アテクシ達が欲求不満ですと!?」
オバサマ達にざわめきが走る。微風はか細い声で続けた。
「いくら覆い隠そうとしても、それで貴方達の欲求が解消されるなんて事はありません。むしろ、そうする事で本来は自然な形で満たされ解消されるものが、行き場を無くしてしまっているように見えるのですよ」
「そ、そうよ! だって、おかしいじゃない? そりゃ、芸術的な彫像って、まじまじ見ると恥ずかしいけど、さ。ちゃんと芸術として認められてる物は、それが自然な姿なんだよ。まぁ、誰が認めたんだー、とか言われると、ちょっとあたしの知識だけでは困っちゃうんだけど」
晴が微風の後に続いた。
「じゃあ逆に皆さんに聞きたいのだけど、あなた達が健全とする基準は誰が決めたものなの? 半脱ぎと全裸と、どちらがエロチックなのか! 何故着せるなら服を全て着せなかったのか! 何故下着姿を選んだのか! さあさあ! 答えてもらおーじゃないの!」
晴は徐々に赤くなりながら、健全団に詰め寄った。
「例えばあたしが像なら、どの姿を貴方たちは見たいのかと!! それが半裸であれ全裸であれ、そこで求められたものが芸術なのではないかと!! それともあたしにブラをつけたり、ぱんつを穿かせたりするのが、貴方たちのいう健全なのかと!!!」
説得に夢中なのはわかりますが、何故この寒い中で脱ぎだそうとするのですか、晴さん。
慌てて止める女性陣。
今更ながら、自分の言動に真っ赤になって俯く晴。
「誰かが言ってたっす。花が美しいのではなく、花を美しいと思う心が美しいのだそうっす! 美術品の美しさを解さず、不健全とみるお前らの心こそ不健全っす! このむっつり共め!」
健全団は、同時刻をもって、四郎にむっつり認定されました。
す、と闇から律が姿を現した。
そして、手近な像を選び、持参したパーティ変装グッズを着せつけはじめた。
「ぱんつや褌、ブラ姿の方が卑猥です」
芸術的な像に、安っぽい帽子、おもちゃの眼鏡とマスクと安っぽい衣服と軍手を着用させて、律は言い切った。
「これが健全な芸術です!!」
えー。
仲間たちは一斉にそう思った。
ぶらぼー!
健全団の感性は、斜め上を行っていた。もちろん、ある意味予想外の意味で。
「そうざますか‥‥アテクシ達は間違っていたんざますね」
きりり。三角眼鏡が光った。
「隠すべきところを隠すだけでは足りなかったんざます。アテクシ達の活動は、中途半端だったんざますわ。全ての像に完全に衣裳を着せ付けなければ!」
「ちっがーう!!」
晴と四郎と微風で、律のつけた衣裳を剥がす。律は(賭けに負けた‥‥)と項垂れていた。
「ちゃんと見て! 芸術品そのものを! 筋肉の表現、血管の表現、そしてこの表情、全てが一体となってひとつの芸術作品を構成しているの! わからないの?!」
「自分は、健全団の皆さんの裁縫技術も、芸術の域に達していると思うっす! その裁縫の技術をもっと他に活かすっす。皆さんが作った下着だって、彫像につけなくても、十分素晴らしいものなんす! 自分たちで作った作品を見返すっすよ。そうしたら、この像がこれで完成した美術品であることは理解してもらえると思うっす。皆さんだって、1枚のぱんつを作るのに、手間も時間も惜しまないっすよね? 自分達で作ったぱんつを、勝手に他人に作りかえられたら、気分悪くなるっすよね? 彫像を作った人たちも、そうだと思うっす!」
四郎の言葉が、さっくりと効いた。
モノづくりをする以上、完成作品を他人にいじられるのは、気分が悪いものだ。
健全団のメンバーたちは、初めて自分たちが、それを行っていることに気が付いた。
「さあ、解ったすよね? それじゃあ皆で布をや下着をつけた像を綺麗にするっす!」
(健全団も、真の健全を理解してくれれば良いのだが‥‥)
はらはらと心配そうに見守っていた瑞樹は、新たなる展開に、ほっと胸をなでおろした。
●日常へ
「‥‥対外交渉はやはり苦手だ。だが、要らぬ戦闘を回避できたのは何よりだった、か」
部室で呟き、瑞樹の煎れてくれたお茶をすする秀一。
学園の許可を得て、島内全体の彫像からの布の撤去を行う旨と、ゆえに手伝いを募集するポスターを制作し、掲示板に貼り出す微風。
今日も今日とて、出入り口で頭をぶつける四郎。背が高すぎるのも難儀である。
「一さん、ヌードモデルをしたくなったら、せんせーに言ってくださいですー」
「ちちち違いますっ、あれは説得のために言っただけでっ!!」
マリカ先生と晴の間で漫才が行われ。
(この変装グッズ、どうしたら‥‥)
途方に暮れる律が居て。
布の撤去に精を出す透次とソフィア、健全団の皆が居て。
久遠ヶ原島は、今日も、平和であった。