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マスター:神子月弓
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:8人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2011/12/29


みんなの思い出



オープニング

●最高傑作、完成!
 久遠ヶ原学園東地区第三購買部では、厳しい審査を通過した有能且つ職人気質なコックが、生徒たちのお昼をおいしく彩ろうと、日夜努力に努力を重ねていた。
 試食に試食を重ね、遂に完成したのが「恍惚の焼きそばパン」である。
 ただし、この「焼きそばパン」には、重大な欠点があった。
 凝りに凝り過ぎていて、量産できない、ことだ。
 丹精込めて作られるパンは、2桁に満たない。
 当然、店頭に並べた瞬間から消えて行ってしまう。喜ばしいことではあったが、生徒の中から、「食べたいのに食べられない」と不満の声が高まるにつれ、コックの苦悩も深まっていった。
 そこでコックは考えた。
 この「恍惚の焼きそばパン」を、賞品にしてしまおうと。

●怪人蜘蛛男現る
「今日は、今日こそはあの恍惚の焼きそばパンを手に入れてみせる!」
 いつものように、第三購買部へ走る生徒たち。
 たどり着いた第三購買部に売り子の姿はなく、代わりにこんなポスターが貼られていた。

 本日の焼きそばパンを買うためには、怪人蜘蛛男を撃退せよ。
 ただし、戦闘スキルや魔法スキル、ジョブスキルの使用は禁止とする。 
 己が肉体、己が知恵、己が工夫のみで蜘蛛男たちの包囲網をかいくぐれ!

 唖然とする生徒たちの前に、ぞろぞろと蜘蛛男のお面をかぶり、黒い全身タイツに身を包んだ上級生撃退士たちが現れる。
「すまない、これもここのコックさんからの依頼でな」
リーダー格らしい蜘蛛男が、額にずりあげてあるお面をぽんぽんと叩いた。
「っていうか、どうして蜘蛛男の恰好なんですかセンパイ!」
「何をいう。正義のヒーローがまず倒すのは、怪人蜘蛛男と決まっているではないか! 特撮ヒーローもののお約束だろう!」
 噛みつく下級生に、びしっと一斉にポーズを決める蜘蛛男たち。
 ある種の美学を追求した結果、このコスチュームに決まったらしい。まあ、敵味方がわかりやすいといえば、そういうメリットがあるのかも知れない。
「さあ、我々を倒し、見事、恍惚の焼きそばパンを手に入れて見せよ!」
「センパイたちと、闘うしか‥‥ないんですか」
「ない!」

 ひゅう。どこからともなく、風が吹いた。
 人気のない第三購買部カウンター奥の厨房から、おいしそうな焼きそばパンの香りが流れてくる。
 いつも焼きそばパンを買いそびれていた生徒たちは身構えた。
 こんなチャンスを、逃すわけにはいかない。


リプレイ本文

●闘いの序幕〜財布を忘れたリーダー
 ひゅうと風が吹く。何処からともなく、特撮ヒーローものにありそうな音楽まで聞こえてくる。

  ちゃっちゃらちゃっちゃー ちゃっちゃらちゃっちゃー

 テーマ曲は、周囲を囲むダアトの蜘蛛男たちが口ずさんでいるのだ。
 対戦相手の蜘蛛男リーダー(ルインズブレイド)は、独特の奇声を発し、ポーズを決めた。
「さあ、未来のヒーローよ! どこからでもかかってくるがいい!」
「では」
 雫(ja1894)が借りてきたコップを手に、進み出た。手持ちのウォッカを縁ぎりぎりまで注ぐ。そこへ、コインを1枚投入。ウォッカは表面張力でぎりぎり零れずに留まっている。
「交互に、入れて。あふれたら、負けです」
「なッ!!」
 蜘蛛男(リーダー)はぺたぺたと自身の体を触った。全身タイツにポケットがついている訳もなく、お面以外は何も持ってきていない。
「‥‥ま、待て、俺の入れるべきコインが無い、というか、財布を持ち合わせていないのだが?」
「では、私の勝ちです」
 雫はすげなく言うと、リーダーからお面をはぎ取った。
「OH NO!」
 リーダーはがっくりと床に崩れ落ちた。つかつかと雫はお面をカウンターに運び、焼きそばパン引換券と交換した。
(これで、珍しいパンを食べられるし、裏山の神棚に半分供える事もできます‥‥)
 唇が少し動いて、笑みのような形を作った。

●そのお面、貰い受ける!
 続いて現れたのは、阿修羅の蜘蛛男だ。対するは一条 空兎(ja4669)、雫のように何かを手にしているわけではない。
「ほう、1対1でやりあいに来たか」
「おうともさ! オレはヒーローになるんだ! ヒーローたるもの、敵を拉致って改造して味方につけるくらいのことはしないとな!」

 なんか違いません?

「オレの武器はッ、これだあああああー!」
 空兎はぐっと握りしめた拳を突き出した。敵の阿修羅も身構える。
「いくぜ! 叩いて、かぶって、じゃんけん‥‥」

  ぽん!!!

 阿修羅の突き出した拳(グー)に対し、不意打ちのように空兎が出したのは、パー。
 勝負は決した。
 奪ったお面を引換券と交換しながら、空兎は背中越しに語った。
「見せてやったぜ、オレの必勝のじゃん拳をな!!」
「くっ‥‥このグーが、このグーがあああ!」
 センパイは、悔しそうに床をガンガンと叩いた。

●熱血柔軟体操!
「ヒーローが倒すのは、まず蜘蛛男なんて、センパイお約束をわかってますね!」
(先輩の美学に同意! ヒーローを目指すものとして、かっこよく勝っちゃうよー!)
 高瀬 里桜(ja0394)が体操服で進み出る。
「センパイに選ばせてあげます。ブリッジ対戦とY字開脚対戦、どっちがいいですか?」
 一応、礼儀として敬語を使いつつ、ずびしと指を立てる。
「いや、あの、‥‥戦うんじゃないの?」
「これも戦いなのです!」
 言いきられた。

  ちゃらっちゃっちゃらー ちゃらっちゃっちゃらー

 周囲からテーマソングが流れてくる中、時間だけがその歩みを止めた。

 そんな訳で、ブリッジで先に崩れた方が負け、という試合運びになった。お互いに四肢をぷるぷるさせながらじっと耐える。
【5分経過でーす】
 更科 雪(ja0636)がプラカードで時間をカウントする。
【10分経過でーす】
【15分経過でーす】
 試合は終わらないかのように見えた。が、センパイのお面が重力に逆らえず、じりじりとずれていき、やがて雪が次のプラカードを用意している間にぽろりと落ちて、勝負は決まった。
「こんなのって、こんなのって‥‥」
 がんばったセンパイはショックを受けているようだった。
「ふー、頭に血がのぼっちゃったよー。でも、勝負は厳しいものだからね!」
 里桜はお面を拾い上げ、勝者の笑みを浮かべた。

●オトナの勝負はこれだろう
 電子タバコを銜えたおっさん、こと、綿貫 由太郎(ja3564)が前に進み出る。
「どうやら、個人戦を受けてもらえるようだな」
 そしてコートの中から、トランプを取り出す。
「男の勝負ったらこれだろ?」
 蜘蛛男と共にしゃがみこみ、シャッフルしたカードを渡す。
「ポーカーのルールくらい、知っているよな?」
「‥‥ごめんなさい」

 な、な、なんだってえー!?

「じゃあ‥‥ばば抜きか!? ばば抜きなのか?」
「あ、それなら何とか‥‥」
 何故、蜘蛛男に配慮してやらにゃならんのだ。そう思いつつも、聞こえてきた声がどうやら年下の様子だったので、由太郎は譲ってあげることにした。

  ちゃっちゃらっちゃらーちゃっちゃらっちゃらー

 座り込んだ男2人、もくもくと手札を減らしていく。
 ヒーローVS蜘蛛男のテーマソングが似合わない、寧ろ「残り、1分30秒」などの淡々としたアナウンスの方が相応しい一幕。
 出せる札を出し切って、最後の一手に勝負をかける。
 右か左か。どちらかがジョーカー、即ち、敗北。
(ここはイカサマのしどころだが‥‥ポーカーのつもりで用意したからな、ぬう‥‥勘よ当たれ!)
 由太郎は目を閉じ、蜘蛛男の手札から、1枚、引いた。

 勝った。

「今度、ポーカーのルールを、教えてください」
 謹んでお面を引き渡した蜘蛛男に、由太郎は面倒くさそうに振り返った。
「いいぜ、いつでも来な。テキサスポーカーから、インディアンポーカーまで教えてやんよ」

●思わぬじゃんけん必勝法
 もはや、ヒーローチームの勝利は目前だった。
 蜘蛛男たちのハミングするテーマソングにも覇気がない。
 プラカードを用意する雪、喜屋武 竜慈(ja2707)、風見 衣久(ja1030)は、じゃんけんで蜘蛛男に挑むことになっていた。
「インチキは、なしだぜ」
 蜘蛛男が念を押す。
「じゃんけんにイカサマなんて出来るかよ」
「後出しとか‥‥」
「するわけねーだろ」
 竜慈が呆れたように肩を竦めた。
【とにかく、いっくよー!】
 プラカードが、険悪になりゆく空気をぶった切る。

  ちゃっちゃらら ちゃっちゃらら ちゃらっちゃっちゃらっちゃー

 テーマソングがもりあがった。
【最初はグー、じゃんけん‥‥】

「「ぽん!!!!」」

 あ。
 勝負の瞬間、未来の撃退士たちは見抜いていた。
 ぴっちりした全身タイツの所為で、蜘蛛男にはチョキが出せないことに。
 いや、正確には、出せないわけではない。だが、後出しになってしまうのだ。

「勝ちました。約束通り、お面を取らせてもらいますね」
 大変つまらなそうな表情で、衣久が相手のお面をはぎ取る。
「悪く思うなよ。勝負は、勝負だ」
 竜慈がお面の外された蜘蛛男の肩をぽん、と叩いた。
【ところで‥‥】
 引換券を入手した雪は見回す。
 ジェニオ・リーマス(ja0872)の姿が見当たらなかった。

●罠の中を鬼ごっこ‥‥のはずが‥‥
 ジェニオは頑張っていた。黒板消しを扉に挟んだり、借りたロープを廊下に張ったり。
 黙々と罠をしかける作業に打ち込んでいると、携帯が鳴った。
「えー、こちら全員勝利しましたよ。ちゃんと言えば個人戦に応じてもらえました」
 淡々とした口調。衣久の声だった。
「そ、そうなんだ。ありがとう」
 おっとりとした口調で携帯を切る。
 なあんだ、こんなに頑張って罠をしかけたのになあ。
 もったいないけど、皆のところへもどろうっと。

「みんな倒しましたよ! 残るはジェニオさんだけですからね」
 雫がぴらぴらとお面を弄んだ。
 まだ皆、焼きそばパンを手に入れていない。引換券を入手しただけだ。
 パンの焼きあがるいい匂いが厨房の方から漂ってくる。
「ジェニオはどうするんだ? 追いかけっこを敢行するのか?」
 由太郎に言われ、少し悩む。
 1対1で戦えば、痛い目を見ると思っていた。
 じゃんけん勝負やトランプ勝負に応じてもらえるとは思っていなかったのだ。
「さあ、どうすんだ?」
 空兎が勝者の余裕の笑みを浮かべて、ジェニオに詰め寄った。
「僕は‥‥」
 おっとりまったりと口を開く。
「美味しい焼きそばパン、どうにかして一回食べてみたいな。そんなに美味しいのなら、食べないではいられないよ。どうにか、仲間と協力して絶対手に入れたい‥‥入れたい、な」
「そうか、で、どうする?」
 由太郎が電子タバコの吸い口を軽く噛みながら、尋ねる。
「罠だらけの道をひとりで追いかけっこするか?」
 言葉に詰まった。

  ちゃっちゃらっちゃっちゃ ちゃっちゃらっちゃっちゃ

 周囲のダアト蜘蛛男たちが、クライマックスの曲をハミングしている。
「痛いのは嫌だ、ガチでは負ける、なら、勝負は‥‥」
 ジェニオは対戦相手と向き合った。
「雪さん、プラカードを貸してくれないかなあ?」
 じゃんけん勝負ではないらしい。
 勝機、見えたり。蜘蛛男がほくそ笑んだ。
「じゃあ、いくよぉー」

 ジェニオはプラカードを低く横に振りかぶり、対戦相手にひざ裏カックンをかました。
 転倒したところに近づいて、汚れた黒板消しをめいっぱい叩く。何度も、何度も。
「わあああ!」
 黒板消しから、相当な量のチョークの粉が舞いあがる。悲鳴をあげて顔を背けた蜘蛛男から、ぺらぺらのお面をはぎ取る!
「勝負あり、だな」
 竜慈が不機嫌そうに(いや、本当は、全然そうではないのだが)、呟いた。
「ありがとう。皆の協力で、勝つことができたよ」
 おっとりと笑い、ジェニオがプラカードを雪に返す。
「美味しい物を食べる、それだけでこんなに人は協力しあえたり、頑張れたりするんだ!」

  ちゃーちゃらっちゃっちゃらっちゃらー

 無事に引換券を入手し、エンディングテーマのハミングが流れる中、皆は対峙した蜘蛛男と握手を交わしていた。
「本当の勝負はこんなもんじゃないからな。命を大事に、しかし勇敢に、仲間を信じて戦うんだぜ」
 蜘蛛男リーダーは、かっこよくポーズを決めた。
 1着4000久遠のお安い全身タイツでなければ、結構キマっていただろう。
 ちょっと、惜しかった。

●闘いの終幕〜恍惚の焼きそばパン
 厨房から、チン、とパンの焼きあがる音がして、数分が経過していた。

  まーだか〜 まーだか〜 焼きそばパン まーだか〜

 周囲の蜘蛛男たちが声を合わせてハミングする。否応なく期待感が高まる。
 また、この香りがいい感じに腹を鳴らす。
「はい、お待たせ。引換券を持っている人は、白線に沿って並んで。並んで」
 シェフが出てきて、焼きそばパンを奥の棚に置いた。

  匂いだけでも、おいしいわ

 蜘蛛男たちが合唱する。そんな中、見事に試練を乗り越えた8人の勇者が進み出て、引換券をシェフに差し出した。

 恍惚の焼きそばパン、ゲットである。
【とったどー!】
 雪がプラカードで喜びをあらわにする。

「こ、これは‥‥!」
 ジェニオがひとくち齧って、衝撃を受ける。
「‥‥流石だよ、シェフ。僕にはまだ、作れそうにない味だ。隠し味に何を使っているのか全然わからない! 何この、ふわっとして、がっしりして、それでいて焼きそばのほっこりした味わいがパンの甘みを引き出して、且つ喧嘩していないという‥‥」

 感想が長くなりそうなので、次へ行きたいと思います。

(うまい! 確かに滅茶苦茶うまい!! こんな焼きそばパンは初めてです!)
 傍から見ると興味無さそうな衣久だが、パンにかじりつくたびに目がきらきらしていた。
 竜慈はお茶も購買で購入し、噛みしめるように味わって食べている。
 雫は、裏山の神棚に半分供えると言って、出ていってしまった。
「やったー! オレの焼きそばパン! いただきまーす!」
 空兎が超楽しそうにパンにかじりつき、あっという間に平らげてしまう。
「すっげぇな、これ、まじウマイ!!」

 恍惚の焼きそばパンは、賞品になるだけの価値があった。
 絶品、という言葉が似合う、焼きそばパンの最高傑作のひとつであろう。
 それは間違いない。
  
「俺たちの依頼は失敗した。だが、我々は後輩たちに、創意工夫をすることの大切さを教えたのだ! 皆、胸を張っていい!」
「キキー!」
 蜘蛛男たちは購買に背を向け、反省会(?)に勤しんでいた。そこへ由太郎が近づき、リーダーにぽいと焼きそばパンを手渡した。
「お前ら、大体年下だろ? おっさん菓子パンは甘いもの派なんだわ、やるよ」
「あ、あ、ありがとうございます!」
 リーダーはななめ45度に身を折って礼を言った。

 かくして、恍惚の焼きそばパンはリピーターを増やし、今後はますます、争奪戦に拍車をかけるのであった。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:13人

『三界』討伐紫・
高瀬 里桜(ja0394)

大学部4年1組 女 アストラルヴァンガード
Silent Candy Girl・
更科 雪(ja0636)

中等部1年12組 女 インフィルトレイター
星降る夜の願い人・
ジェニオ・リーマス(ja0872)

大学部4年23組 男 アストラルヴァンガード
撃退士・
風見 衣久(ja1030)

大学部1年216組 女 鬼道忍軍
歴戦の戦姫・
不破 雫(ja1894)

中等部2年1組 女 阿修羅
La benedizione del mare・
喜屋武 竜慈(ja2707)

大学部9年308組 男 阿修羅
不良中年・
綿貫 由太郎(ja3564)

大学部9年167組 男 インフィルトレイター
撃退士・
一条 空兎(ja4669)

大学部4年137組 男 阿修羅