●初動8名
「ふえぇ、むにゅう‥‥はっ、寝てませんっ! 起きてます、‥‥ってあれ?」
半分、夢うつつで授業を受けていたところ、ディアボロ襲来の喧騒で目を覚ます氷月 はくあ(
ja0811)。
教室の生徒たちが次々と光纏していく。
その中でもいち早く、はくあ、御影 蓮也(
ja0709)、地領院 恋(
ja8071)、アニエス・ブランネージュ(
ja8264)、浪風 威鈴(
ja8371)、大和田 みちる(
jb0664)、白蛇(
jb0889)、フェンリス・グレイシア(
jb1142)の8名が動いた。
はくあ、白蛇、フェンリスの3名が、即座に阻霊符を発動する。
「授業中って、‥‥まあコイツラに空気を読むことを求めても無駄か。机や椅子でバリケードを作れ。身を守る盾代わりにするのと、逃がさないために」
蓮也が周囲の生徒たちに頼んで、行動を阻んでいる椅子や机を移動してもらう。恋も一緒になって机や椅子を端に寄せ、ついでに窓や扉を閉めた。
「よくもまぁゾロゾロノコノコと出てきやがったもんだ。敵は潰す全部潰す、ここを選んで入ってきたこと、後悔させてやらァ!」
紫の短い髪をかきあげ、まるでスイッチが切り替わったかのように、恋がけらけらと高笑いした。
「訓練、では無さそうね。でも訓練‥‥か。取るべき行動を思い出したの」
フェンリスが手近な生徒を捕まえ、お互いの役割をさらりと確認した。
「夢の中にしては現実感が‥‥? どちらにしても、片づけるだけ‥‥だね」
はくあが伸びをした。と思うと、その手に、エネルギーブレードが現れた。
まずは、器物損壊をしないために、机と椅子の移動を、その他大勢の生徒たちに頼む。
白蛇は召喚獣で、教卓の様子を見て、サソリディアボロの気を引く。
アニエスは銃で通路を塞ぐサソリディアボロを攻撃、蓮也とはくあ、恋もそれぞれの方法で攻撃して通路をあける。威鈴とみちるが先生を助けに行く。
フェンリスは――これが初依頼のため、迷っていた。一応、通路をあける組に加わり、それから状況次第で柔軟に対応することにした。
「先生方は引き続き、窮地のヒロイン担当ヨロシク! 儚い命を散らすとより絵になるかもね」
光纏して、青白い冷気のオーラをまとったフェンリスが、軽い気持ちで冗談を口にする。
「ほんまにピンチやのに、そないなこと言わへんの!」
みちるに釘を刺される。「ただの軽口よ」とフェンリスが肩をすくめた。
だが、教卓内で、座学の先生がパニックを起こした。
一般人である教師2名は、毒液1滴、または攻撃1回で、あっけなく命を落としてしまうのだ。
怯え、泣き、暴れ始めた座学の先生をなだめようと、一生懸命抱きしめるマリカ先生(jz0034)。
「大丈夫、大丈夫ですー。生徒さんを信じ抜くのですー!」
「タイミングが重要だが‥‥いまだ! 白蛇サマ!」
蓮也の合図で、白蛇は、みちるの背に隠れながら、ヒリュウ、もとい、「権能:千里眼の司」を召喚した。召喚時の光でサソリディアボロを刺激しないためだ。発案者の蓮也に心の中で感謝する。
「行けい、我が権能:千里眼の司よ」
光纏した白蛇は蛇の如き目となっており、足元から穢れを示す黒き靄が、吐息から清浄を示す白き靄が生まれる。
そして足袋を脱いで自身の机の上に避難した。
●先生救出作戦
「で、誰が行くんだっけ? 私は教卓までの道を拓く」
フェンリスの言葉に、みちると威鈴が名乗り出た。
威鈴の外見は、一重でタレ目、顎辺りに切り傷があり、左耳にイヤーカフをしている。髪型は、ウルフヘアで襟足を一つに結っている。おどおどしていたが、武器であるショートボウを持った今はどことなく落ち着いて見える。
みちるは、脇の髪を一房、赤いリボンで結んでいる。クセのない腰までの長い黒髪、僅かにおっとりした表情、やや垂れ目。かわいいと言うよりも綺麗系の少女だった。舞い落ちる紅葉の如き紅の光が全身を包んでいる。
フェンリスはというと、蒼い銀髪に切れ長の碧眼、端整な顔立ちに銀のイヤリング。身形は華奢でしなやかな印象である。
「進路は確保する、先生達は頼んだ」
蓮也がカーマインを用意しながら声をかけた。
白蛇のヒリュウ=司は教卓まで飛んでいくと、教卓の上を陣取っているサソリディアボロの周囲を飛び回った。ひたと教卓内部で身を寄せて震えている教師2名の姿も、千里眼能力で白蛇には見える。先生たちは、新手かと不安そうに身を縮めていた。
ヒリュウは、朱色の体表にエメラルド色の大きな瞳を持った小型の竜で、背に二枚のコウモリの物に似た翼がある。他に二本の手と足、一本の尾を持つ。体皮の大部分は朱色だが腹のラインや顎、頬にかけてはクリームイエローの色をしている。朱色の部分はやや硬いが、白黄の部分は柔らかい。首元には白くふわふわとした毛を蓄えている。額から背、尾の中頃までにかけて小さな赤い角を持つ。
――知らなければ、確かに、怖い相手かもしれない。
サソリディアボロは司を威嚇し、ハサミを振り上げ、毒液のしたたるシッポをぐいと持ち上げた。そして毒液を跳ね飛ばす。司は危うく回避した。
「遠距離――ではないか、中距離攻撃は出来そうだね」
アイスブルーの長い髪をさらりと肩に流して、アニエスが机の上にあがり、片メガネを直す。それからショットガンを下向きに撃って、邪魔なサソリディアボロの数を減らしにかかった。硬い甲殻に阻まれてなかなか思うようなダメージは出せないが、かなりの数のサソリディアボロの生命力を削ることに成功した。
恋は蓮也と組んで、通路上のサソリディアボロを駆逐していた。
「アハハハハッ‥‥甘ェよ! アタシの獲物、逃がしゃしねぇッ!」
恋は指先にアウルを集中させ、電流として逃げ出したサソリディアボロに放出した。恋自身の体に紫の魔方陣がいくつも浮かび、麻痺を受けたサソリディアボロにも浮かぶ。
そこへ、全体重をのせてウォーハンマーを振り下ろす。
初撃。
もう一度。
更に、もう一度。
サソリディアボロの殻にヒビが入る。
麻痺が解けて、サソリディアボロが大きなハサミとシッポを振り回せるようになる頃には、ハサミとシッポは重点的にぶっ潰されていた。
反撃手段を失った敵に、今度は無事な胴体に一撃!
釘を打ち込む大工の如く、ウォーハンマーを振り上げ、力の限り振り下ろす恋。
遂にサソリディアボロは耐え切れず、砕け散り、さらさらと灰のように崩れて消えた。
「次に死にてェのはどいつだァ!? アハハハハハッ」
攻撃の手を緩めずとも、高笑いが止まらない恋。
まだ、麻痺を起こす術は、2回分残っている。
「退いてもらうぞ、そして消えてもらう。尾と鋏を拘束すれば動けないだろ、一気に畳み掛けてやるぜ」
蓮也はアウルの力を足に込め、目にもとまらぬ速さでサソリディアボロへ攻撃を繰り出した。同時にカーマインでサソリディアボロのシッポを拘束し、重力と腕力で通路から無理やり退かす。
空いたところをみちると威鈴が走って教卓に向かう。
救助班を見送ってから、蓮也はそのままカーマインで尾を引き斬り、追撃で鋏ごと身体を拘束して(その際は腹の節など甲殻の隙間を狙い)一気に斬り裂く。びちびちと肉のちぎれる音がした。
まるで、エビの身をワイヤーでぶちぶちと切断しているかのような錯覚を覚える。
「教卓の上の大きいのがイチバン邪魔だよね。さぁ、いっくよー‥‥居合一閃っ!!」
はくあが、若草色でウェーブのかかったふわふわしたくせっけを揺らしながら、原初の一矢『陽と月の終わり』で射程を伸ばしたエネルギーブレードを握り締め、教卓上に居座るサソリディアボロを狙う。甲殻の隙間を狙い、力の限り打ち込む。
サソリディアボロは、最期の抵抗か、シッポから毒液をばらまいてから、灰になって消えた。はくあは金色の目を見開いて回避した。飛沫が少しだけ司にかかる。
「痛ッ!」
白蛇が腕を押さえた。
ショートボウで教壇を占拠しているサソリディアボロを、鋭い一撃で打ちながら、じりじりと威鈴は教卓に向かっていた。
「サソリ‥‥意外と‥‥大きいな‥‥先生‥‥たち‥‥を‥‥どうやって‥‥助けよ‥‥う」
教室をざっと見回して、爪をかみながら、逃走ルートを考える威鈴。
「先生、大丈夫‥‥?」
みちるが心配そうに教卓に声をかける。マリカ先生の甲高い声が無事を告げた。
「窮屈かもしれんけど、もう少しここで踏ん張ってください。天魔はうちらが絶対倒します」
怖いのを我慢し、安心させるように優しい声でみちるは先生たちを励ました。そして、札を手近なところにいたサソリディアボロに投げつけ、小爆発を起こして攻撃した。
ハイドアンドシークとサイレントウォークを使用して、いつの間にか教卓に接近していたフェンリスは、威鈴が狙ったサソリディアボロに追撃をかけた。
「さっきは状況を考えずに、軽口叩いちゃって、ごめんね、先生!」
攻撃の手を緩めずに、教卓内で状況がわからないであろう先生方に、現状を説明する。
威鈴の周囲が空く。威鈴は咄嗟に脱出経路をみつけ出し、「‥‥先生‥‥こっち」と2人を教卓から引っ張り出した。フェンリスが水泡の忍術書を使用して、直線移動する水の泡の様なものを作り出し、サソリディアボロを攻撃しているところに、みちるが小爆発する札で追撃する。
「鬼さんやないけど、サソリさんこっちやでー」
手を叩いて気を引き、みちるとフェンリスは、サソリディアボロの毒液とハサミを躱す。そして2人息を合わせて攻撃を叩き込んだ。
「物理的にはその甲殻は硬そうだけれど、魔法攻撃はどれだけ防ぐのかしら?」
勝機を察し、挑発するようにフェンリスが微笑んだ。
威鈴は爪をかみながら、静かに戦況を見わたした。
白蛇が司を操って、時折ブレスで威嚇し、サソリディアボロの気を引いている。フェンリスとみちるの攻撃範囲に誘導して、戦闘エリアに隙間をつくる。
そこをかいくぐるようにして、威鈴は、サソリディアボロのいない、非戦闘エリアに先生方を連れて行き、周囲で見守っている生徒に託した。
マリカ先生は気丈にも、座学の先生を支えて歩いていたが、座学の先生は卒倒寸前だった。
何しろ一般人だ。戦闘に不慣れであれば、ましてこれが初めての体験ともなれば、恐慌状態に陥ってもおかしくない光景であった。
あの、戦闘エリア只中の教卓の中に、今しがたまで、自分たちが隠れていたのだから。
先生方は救出した。
あとはサソリディアボロを掃討するだけだ。
「魔を別て‥‥クラウ・ソラス!」
『儚き聖盾』で防御を固めたはくあのエネルギーブレードに切り裂かれ、蓮也のカーマインに引きちぎられ、アニエスのショットガンを受け、電流で麻痺させられた上に恋のウォーハンマーに叩き潰される。教壇上では、みちるとフェンリスの連携攻撃が行われていた。何とか倒すと、灰のようにさらさらと消えていく。
こうして、教室を襲撃してきたサソリディアボロ6体は、それぞれ、すべてが跡形もなく消えてしまったのであった。
「銃を使うまでもなかったねっ」
用意していたアサルトライフルALを片付けながら、はくあはにこっと笑った。
「すごい‥‥」
威鈴とみちるとフェンリスは、1体を倒すのに2人掛かりで頑張ったことを思い出し、残りを1人1殺どころか、それ以上に倒してくれた仲間たちを、素直に尊敬した。
「大丈夫か?」
ヒリュウの受けた傷は召喚者の傷となる。恋は白蛇に近づくと、救急箱を取り出した。
幸い、じわじわと命を奪っていく毒ではなかったため、腕に軽い火傷を受けただけで済んでいた。
「かたじけないのぉ」
‥‥やはり、どこか偉そうな白蛇であった。
●チャイムが鳴るまでに
こうして、授業中の思わぬ襲撃事件は収束した。
マリカ先生は気丈に振舞っていたが、座学の先生が、安堵の余り泣き出してしまう。マリカ先生が、よしよしと慰めている状態だ。
「ふぅ、残りの授業時間は後片付けだな‥‥」
蓮也が肩をすくめる。
学生撃退士(クラスメイトたちも含めて)は皆、光纏を解き、バリケードにしていた机や椅子を片付け、元の位置に戻した。
「コホン‥‥では。授業の続き、しましょうか。マリカ先生」
スイッチが切り替わったように、冷静に戻った恋が、少し後ろめたそうに席に着いた。
とはいえ。
座学の先生が泣いている状況下で、授業が再開出来る訳もなく。
実技専科のマリカ先生が、皆にお礼をいうことくらいしか、出来なかった。
「どこから‥‥はい‥‥った‥‥のかなぁ‥‥」
爪をかみながら、威鈴は天井を見上げていた。
学園内に、いつものチャイムが鳴り響く。
やっと、教室にも、日常が戻ってきたのだ。