●行ってきます
(紅葉真っ盛りなこの時期に樹木のディアボロぢゃとな? 風情もヘッタクレも無いのう。観光協会もそりゃ困るぢゃろうて。何匹だか何本だかは分からぬが全部ブッ倒すぞよ)
薄めた青ペンキを持参した水鉄砲に入れて、ほくそ笑むネピカ(
jb0614)。
「マリカ先生! 無事敵を討伐してくるので、たき火の用意しといてくださいね! あとパインサラダとステーキもお願いします!」
何故かお芋を抱えて叫ぶアーレイ・バーグ(
ja0276)。
「この依頼が終わったら国に帰ってマリカ先生と結婚するんだ‥‥」
遠い目をするアーレイに、思わず叫ぶマリカ先生(jz0034)。
「女性同士で結婚とかしませんですしー! 焚き火は保護区域なので禁止されてますしー! 先生に料理とか出来ませんしー!」
真面目に答えてしまう先生だが、最後の方は言っていて悲しくなった。
「いや、フラグって乱立させると生存確率上がるとか言いますから」
あっさりと返すアーレイ。だが、焚き火禁止は少し堪えたらしく、持っていこうとしたお芋をやむなくバスに残して出ることとなった。
「一応、皆さんの連絡先、教えてくださいね?」
エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)が、紅葉「刈り」に行く仲間とアドレスを交換した。
●赤と黄色の競演
山の中は、奥へ行くほど、美しい紅葉に囲まれていた。
ただ、さらさらと爽やかな葉擦れの音が、時折どうも、ざわざわと不気味に聞こえる。
不意に振り返ると、同じ場所をぐるぐる廻っているかのように、変わらぬ景色、変わらぬ山道。
普通の人なら、不気味に思ってもおかしくはない。
だが、少しでも経験を積んだ撃退士には、心理的動揺を与えることはなかった。
「‥‥え〜っと、彼らは一体何がしたいんでしょうかねえ? まあ、いくら今のところ実害が出ていないとはいえ、ディアボロなら倒すのみですが」
エイルズレトラがぼそりと呟いた。
「‥‥今回のディアボロは何がしたいのでしょう‥‥」
神城 朔耶(
ja5843)が勾玉を握りしめたまま、同様に呟いた。
(これが、久遠ヶ原学園における紅葉狩り‥‥クレイジーだな。俺の他に男は二名か‥‥気をつけよう)
男性に手を握られると、再び男性に抱きしめられるまで、人格が可愛らしい女性になってしまうという、非常に困った特性を備えた紺屋 雪花(
ja9315)が、仲間を見回して警戒している。
恐らく、樹木ディアボロよりも、雪花にとっては人格変換のほうが脅威であるに違いない。
「何だか景色が変わらないわね?」
弥生 景(
ja0078)の言葉に、ネピカが自作のペンキガンを近くの樹に向けた。
青ペンキを発射する。
びしゃ、びしゃ、びしゃ‥‥
木々に青いマークがついていく中、1本だけ印がつかなかった樹があった。透過したのだ。
「‥‥‥!」
ネピカの合図と同時に、全員が光纏する。
「イッツ・ショウタイム!」
雪花の髪が腰まで伸び、肉体が第二次性徴前の中性的な容姿へと変化し、桜の花弁に似た桜色の炎が噴出し、舞い散る。
突然、首筋を押さえる鬼無里 鴉鳥(
ja7179)。
勾玉が光り、普段閉じていた目が開き、純白の髪と金色の瞳に変わる朔耶。
伐採作業の中心を担う仁良井 叶伊(
ja0618)と鴉鳥、アーレイは先に、先生がスケッチ用に見繕っておいた、拓けた場所へ向かって、山道を外れ、早足で先回りする。
その間に、さも怯えた風を装って、逃げ始める景、エイルズレトラ、朔耶、雪花、ネピカ。
「‥‥‥・・」
樹が聴覚を持っているかはともかく、一応逃げているのだと身振りでアピールするネピカ。
分かれ道でばらばらに散り、撃退士の体力をフルパワーで発揮して、山中を駆け巡る。
ネピカのペンキガンは、目標となる樹に目印を付けるのが狙いで作ったものだったが、逆に色がつかないほうが目標だと知ることができた。
打ち合わせ通りに山中を手分けして走り回り、最初に樹を1本後ろに従えて(?)、伐採予定地に走り込んだのは、エイルズレトラであった。
●伐採という名のフルボッコ
「はい、そっち側に倒しますからね、気をつけてくださいよー!」
事前に掛け声をかけ、叶伊は斧の勢いと体重を利用する為に連続で円運動を行いながら、一点に上から水平にと繰返しV字に斬り込んで行く。
まずは、倒れさせる方向に、小さめに斬り込む。痛覚はあるのか、痛みにのたうち、逃げようとする樹木ディアボロを、鴉鳥、アーレイ、エイルズレトラで足止めする。
「あーれい、斧なんて野蛮な兵器振り回せませんしー♪ か弱い女の子ですから〜♪」
無駄にオーラを立ち上らせながら、薄い本のけしからんページをぱらぱらと風でめくり、アーレイはマジックスクリューに適当なドイツ語名をつけて、小枝を払い落とす。
「伐採はまず小枝から切り落とすのです‥‥というわけで喰らえ! 我が渾身の深紅の大鎌!」
続いて、雪花が2本、景、朔耶、ネピカが1本、走る樹木ディアボロを連れて合流した。
これでこの山に居る樹木ディアボロは、4本だということが判明した。
エイルズレトラが2本の木の影を地面にぬいつけて足止めし、もう1本はアーレイが魔法による電気の力で足止めをかける。
そして‥‥
狙った1本を、全員で囲んで、フルボッコにする。
伐採は主に叶伊に任せ、鴉鳥は大太刀で小枝をなぎ払う。
「……………。」
景は木に登って上からの攻撃を試みる。ネピカも斧を振るっていた。
「へえ、樹木なのに、痛覚はあるんですねー」
苦無で樹皮をがりがりと傷つけ、わななく樹木ディアボロの様子に、エイルズレトラは普段からは想像できない、ダークな笑みを浮かべた。
「結構巨木だけあって、なかなか倒れないな! あとの3本に逃げられたらどうしよう?」
雪花が斧を振るいながら不安を口にすると、朔耶が口数少なく答えた。
『審判の鎖で拘束します。逃がしはしません』
「はい、あと2〜3回打ち込んだら、倒れますよー」
樵仕事に専念していた叶伊の合図で、一斉に離れる。景は跳躍して地面に降り立ち、叶伊の最後のひと振りと、そして足でグッと倒すべき方向に樹木ディアボロを踏みつけるのを見つめた。
樹木ディアボロはゆっくりと、倒れていく。
葉擦れの音が悲鳴に聞こえた。
そして、‥‥光が砕け散るように、消滅した。
「木のまま残るなら解体して薪に担いで下山するつもりでしたし、ある程度の強度が残るなら斧を利用して「紅葉木刀」に加工して見ようと思ったのですが‥‥消えてしまうのですね」
叶伊は少し残念そうに呟いた。
「楽勝でしたが‥‥反撃もして来ない敵を一方的にボコるのは、何というか‥‥こっちが悪者になった気分ですねえ」
エイルズレトラがぽつりと呟く。
そんな中。
(百合業界では木と木は需要がありませんよねぇ‥‥びぃえる界隈の人ならどーにかするのかもしれませんが。例えばエッフェル塔と東京タワーで受け攻めを決められるレベルの貴腐人なら、木2本あればどうにか出来るかも‥‥)
何か別世界に思考が飛んでいるアーレイが居た。
●逃がさない!
大体、樹木ディアボロの詳細がわかったところで、2本目の伐採に入る。雪花は手が空くと、樹木ディアボロをデジタルカメラにおさめていた。
逃げ足は撃退士並みかそれ以上に早い可能性があるが、反撃手段もなく、見た感じ各種抵抗力も防御力もない。巨木らしく生命力(耐久度)がダントツに高いことと、「巨木本体が折れる」ことが消滅条件であることがわかった現在、1本目をフルボッコにするよりも、2本目以降の方がたやすかった。
というわけで、さくっと捕捉していた2本目を切り倒す。1本目相手に、小枝を払っていたメンバーは、攻撃目標を叶伊がつけた幹の切り口へと変更し、集中的に弱点を狙う。
一応、叶伊が斧を振り回して勢いをつけてから攻撃する間は、怪我を貰わないように退避する。そして空いたところへ、鴉鳥が大太刀を振るう。斧のように、伐採に向いている武器ではないが、目的は「巨木をへし折ること」である。幹の傷をより深く出来るなら、問題はない。
葉擦れの音が悲鳴となり、光が散って消滅する。
2本目、終了。
鴉鳥が歯を食いしばり、首を押さえているのが妙に気にかかる。
樹木ディアボロには状況がわかるのか、3本目と4本目は、いつの間にか拘束が解けたらしく、そろそろと逃げ出していた。木を隠すにはなんとやら、森の中へと走り込んでいこうとする。
『無数の彗星よ、あのものへ降り注げ』
無傷の樹木ディアボロたちに目を光らせていたため、異変に気づいた朔耶が、改めて用意していた術を放つ。ダメージと重圧を受けて動きが鈍ったところへ、景が駆け寄って闘気を刃にして放つ。エイルズレトラがトランプを投げ、先回りして足止めをする。雪花がもう1本を足止めする。
2手に分かれてフルボッコ開始。
主戦力の叶伊と鴉鳥が3本目を切り倒す間に、雪花とネピカが4本目の幹に斧を振るい、そこそこの切れ込みを入れていた。
勝手を分かった皆で袋叩きにすれば、あっという間に4本とも消滅させることが出来た。
辛そうに首を押さえていた鴉鳥に、朔耶が駆け寄る。
『お怪我でも? 回復は要りますか?』
「いや‥‥大丈夫だ」
鴉鳥は光纏を解く。そして、何ともなかったように顔を上げた。
●一体、何だったんだ?
「秋の山に、人を追い払うことしかしないディアボロ‥‥この山を拠点にでもするつもりだったのかな?」
一通り伐採できたあとも、まだ何体潜んでるか分からないのだし、山全体も見て回ったほうがいいのでは、と景が提案し、皆でぞろぞろと山を歩き回る。
「あとは何の変哲もない山に、妙なディアボロがいる理由も気になるし‥‥そこも気を付けるべきかなー。まぁ何もなければそれでいいんだけどね」
「‥‥結局、あれらは何がしたかったのだろうなぁ‥‥」
もう首に痛みを感じなくなった様子で、鴉鳥も頷く。
「逃げると追いかけてくる、ねぇ‥‥? 一体何がしたいんだ? 人を追いかけ回すだけで危害は加えない、狩られそうになったら逃げる‥‥あいつら、自分の紅葉を見て欲しかった、とか?」
雪花があちこちを写真におさめながら、頭をひねる。
「焼き芋食べたかったですねー」
あちこちに「自然保護区」「火気厳禁」「ゴミを捨てないで!」の看板が見える。アーレイはバスに残してきた芋に思いを馳せていた。
「大丈夫そうですね‥‥これで安心して紅葉狩りができるのではないでしょうか‥‥」
一通り山を回ってみたが、これといった気配もなく、朔耶はほっと胸を撫でおろして光纏を解き、にこにこと笑顔に戻って呟いた。
一行は、次々と光纏を解き、駐車場で待っているマイクロバスへ戻った。
「紅葉狩り完了っ、スケッチの授業できるぞー、マリカ先生! あー疲れた、梅昆布茶、いい香りだなー。俺にも一杯いただけるかな?」
「お疲れ様なのですー」
雪花がねぎらいの一杯を美味しそうに飲み始める。マリカ先生は他の皆にも「どうぞなのですー」と梅昆布茶を配って回っていた。
その後、順調にスケッチ大会が始まり。
雪花が描いたスケッチには、紅葉に彩られた美しい山の風景の中、無邪気に走り回る4つの樹が描き込まれていたそうである。