●展示ハプニング
選りすぐられた6人の絵の展示が決まった。
御堂・玲獅(
ja0388)の「希望は足元に」。
コニー・アシュバートン(
ja0710)の「こども」。
三神 美佳(
ja1395)の「生きる草花」。
ニナエス フェアリー(
ja5232)の「虹」。
地領院 恋(
ja8071)の「帰る場所」。
嵯峨野 楓(
ja8257)の「彩」。
「水彩画の人は、水張りからきちんと出来ているのですー。先生、感心なのですー」
マリカ先生(jz0034)は丁寧に作品をチェックした。そして美佳の作品に目を留める。
「砂絵ですー? なかなか、面白いものに目をつけたのですー。ということは、この、漏斗みたいに切り開いたストローを持っている女の子は、三神さんなのですー?」
コニーに尋ねる先生。コニーは頷いた。
美佳が砂絵で描いた作品は、以下のような風景画であった。
晴れた青い空のとある町の郊外で、そこには凄まじい熱で溶けてしまった地面があった。
ガラス分が融解し、キラキラと太陽光を反射する幻想的な光景の傍らに、
黄色く小さな草花が咲いている。
「PR文なんですけれど、【天魔との戦いが続き暗く辛い所だけど花はがんばって明るくきれいな花を咲かせてる。私たちもがんばればみんな花の様に笑顔の花を咲かせる事が出来ると思う】というのです‥‥」
おどおどと美佳が続ける。
「‥‥何だか、端のほう、色が混じっていますが、大丈夫ですー?」
マリカ先生がそぉっと額縁を傾ける。
と。
裏の隙間から、砂が漏れ出した。
皆で受け止めようとするが、さらさらとこぼれていくラメ入りの砂はとどまるところを知らない。
慌てて水平に持ち直す。だが、絵は崩れ、時間をかけて織り成した風景は、ぐちゃぐちゃの砂の渦にとけてしまった。
涙を浮かべる美佳。あんなに頑張って完成させたのに‥‥。
「一体何を使って、砂を接着したんですー?」
先生が聞いてみると、おもちゃの砂絵セットについてくる、一般的なグルー(ノリ)を使ったことがわかった。
「砂のように、小さくても重さがあるものを完全に接着するには、もっと強力なノリじゃないとダメなのですー。先生に相談して欲しかったのですー。でも、一瞬だけ綺麗な絵が見られたので、よかったのですー」
先生は、泣き出しそうな美佳に、にっこりと微笑みかけた。
「きっと、次は綺麗な砂絵が作れるのですー」
「じゃあ‥‥先生、今回の点数は‥‥」
「うーん、ノリの選択も画材選択に入りますから、未完成の絵ということになってしまうのですー。でもそれでは可哀想ですので、参加点分くらいは上乗せしましょうー」
掃除用具入れから箒とちりとりを取り出し、素早く片付けをする先生であった。恋が手伝う。
すぐに展示場は綺麗になった。
●「希望は足元に」
漸く掃除も終わり、パネルに並べられた5枚の絵。
玲獅の絵は、タロットの「隠者」を思わせる、ランタンで足元を照らしている自画像であった。
アウトドア用のランタンを使い、何度も美術室の鏡とにらめっこをしながら、透明水彩を幾度も重ねて、深みのある色を出してある。
一見して水彩画とは思えない、重厚な塗りであった。
「光の曖昧さを強調する為、絵の具が乾かない間に次の色の絵の具を塗り重ね、ランタンやその灯り、周囲の闇の濃さ、描いた自分の足や足元がぼやけて見える様、筆遣いと絵の具の溶かし具合での各色の濃淡、色の重ね方の順番等を工夫して、購入したランタンの明るさでは見えない筈の、自分の足や足元を、ぼやけてもはっきり見える様に描き、自分の思う【希望】を完成させました。絵画だからこそ、この構成やイメージを表現できたと思います」
暗がりでのランタンの光の見え方まで研究し尽くして、敢えて、得られたデータを崩して描く。
【不安という暗闇の中、ランタンの灯りで希望を探す。
不安と希望は共にあり、曖昧だからこそ私達はそれぞれの希望を抱く事ができる。
ただ希望は割と自分の足元近くで見つかる事も多い】
添えられたPR文もなかなかの出来栄えであった。
「むむむ、深いのですー。これは高得点なのですー」
遠くから近くから、何度も何度も鑑賞して、先生はうなった。
「ただ、惜しむらくは、丁寧に塗りすぎて、ランタンの明かりが、ほわっと自然に見えてしまっていることでしょうかー。少しだまし絵風に、違和感を覚えるような斬新な筆運びでも良かったように思うのですー」
●「こども」
コニーの描いた絵は、砂絵を地道に作っている美佳を描いたものだった。
「絵を描くの、初めてだから、楽しんで、描いたの。素人が、無理したら、良い作品も、ダメになる、かも?、って」
消しゴムで消してはあるものの、デッサンにこだわって下書きをしたのがよくわかる。絵の具の染み方が既に違う。
「こういう場合は、トレス台を使って別の紙に写し取って、いいのですー。そのまま着色すると、鉛筆の筆圧でできた溝に、絵の具が溜まってしまうことが多いのですー」
マリカ先生は、着色も単調で影もあまり描き込まず、塗り絵のように仕上がったコニーの絵を見つめた。角度によって変わる肌の色も、均一の色で塗られている。
「初めてでこれだけ描けるのなら、きっとどんどん伸びるのですー。どんな絵を仕上げたいか、よくよく考えてみてくださいなのですー。でも、楽しんで描くのが一番なので、これはこれで楽しそうに描けているので、先生はいいと思うのですー」
PR文は、【自分の道を継ぐかも、超えてくれるかも、平和な未来を作り生きてくれるかも。どんな未来かわからないけど、そんな希望になり得る子供たちを守るために、今日も頑張ります】であった。
●「彩」
楓はPR文から先に紹介した。
【蕾が開く瞬間はまさに幻想的ですよね。
か弱いけど、強く生き一瞬の煌めきを経て美しく開花する姿は希望であると思います。
水彩ならではの柔らかで温かみある表現をしました】
描かれているのは、希望という花言葉をもつ、白とピンクのトルコキキョウ。
既に花が開いているものと、蕾のものが、ガラスの細い花瓶に挿してある。
「中央にアップで花開く瞬間をイメージした蕾をメインに、バックには咲いてる方をラフで描いた後細部を記入しました。下書きは練り消しゴムで薄くして、それから色を載せました」
得意げに語る楓。
「水彩色鉛筆の良さを活かすために、光の方向に注意して影を付けながら、下書きの上に新しく描くつもりで描きました。蕾ははっきりくっきりと、開花した花はややピントをずらした風にぼやけるよう意識しました」
はがきサイズの展示品はこれ1作のみだったが、細かいところまで綺麗に描かれている。
「筆の穂先を軽く湿らせて色を伸ばし、乾いたら仕上げに、蕾に線を加え、よりシャープに目立たせて、最後に花瓶部分に青い影をつけて全体を落ち着かせ、背景は橙を淡く塗って暖かみを出しました」
「これは素敵な絵なのですー。画材の使い方がとても上手なのですー。結構、書き慣れてます?」
「いや、この夏に薄い本を少々‥‥アハハ」
楓は笑ってごまかした。
(芸術が「ゲイ術」に脳内変換される段階で、ある意味私って終わっているよね‥‥でも、終わりこそが始まりなのさっ!)
●「虹」
ニナエスのA3作品は水彩画で、色調は全体的に淡く、描線も柔らかかった。背景に薄く自然な風景の色を載せ、中央には、正面を向いて立ち、両手を身体の前で軽く広げている人物の淡い影。その胸を中心に、細めだが大きく鮮明にかかる円形の虹、画面下部にオリーブをくわえて止まる白い鳩。
PR文はこうだ。
【未来への期待や願い、ささやかなそれらを人々は胸にしまい生きている。
迷い、落ち込んだとき、暗闇の中で見失ったとしても、希望は光となって現れ、
私たちを導いてくれる。】
「これはまた‥‥シンボライズな作品なのですー」
マリカ先生が目をパチクリする。
「希望と聞いて、すぐに、撃退士をイメージしました。しかし背負わされるのは重圧でもありますから、描線を減らして、モデルを特定されないようにしました」
とても骨格の綺麗なモデルさんなのですけれどね、と、こそりと呟くニナエス。
ちょっと、フォトコラージュ+フィルタリングで作れてしまいそうなのですー、と考え込む先生。技術的には水彩画に慣れている印象は強いものの、絵ならではのひねりが足りない気がする。
それに、タイトルにもなっている「虹」。
橋。慈悲。完全無欠。平穏。はかなさ。涙。
思いつくだけでも、「虹」の象徴する意味はこれだけある。どのイメージで鑑賞されるのか、「見る人を想定していない」と先生は感じ取った。オリーブと鳩は平和のシンボルだが、中央にある虹の解釈次第では、如何様にも取れてしまう。
例えば、「平和とは、はかないもの」というように。
うんうんうなって、先生は次の作品を見に行った。
●「帰る場所」
画材は珍しく油彩で、仕上げに上からパステルで描き込まれた、何となく懐かしい感じの絵であった。
描かれているのは、なんということもない、家の玄関先。小さな靴が2足並んでいる。
一見すると普通の風景画だが、どうもよく見るとおかしい。
郵便ポストが円筒形だったり、電話ボックスがあったり。
「写真も絵も、どちらも好きだけどな。写真になく絵に出来る表現として、時間軸や季節感を混ぜたりしてるんだぜ」
遠景に新型スーパーの看板が見え、びわが色づき、豆腐屋の自転車が走っている。が、最新流行の服に身を包んだ女性がさりげなく画面端に描かれている。空は青空なのに、家の影は長く、暗がりには街灯が光を放っている。
「希望とは折れない支えで、守るべきもの。アタシにとってはきっと『家族』だろうな。なにせ、長女は弟妹を護るものって信じてきたし、これからもずっとそうだろうから」
恋はPR文を読み上げた。
【希望とは絶望の中でも支えになるもの。
過去を混ぜた構図で時間を表現、これからもずっと守りたい、という想いを込めた。
帰る場所があるから、アタシは何処までも戦える。】
●授賞式
「では、発表しますですー」
遠くから見て、近くから見て、角度を変えて見て、散々真剣に鑑賞していた先生が、すっとシールを取り出す。
「では、銅賞です!」
楓のトルコキキョウの絵の横に、銅賞シールが貼り付けられる。
「続いて銀賞は‥‥」
玲獅の隠者っぽい絵の横に、ぺたり。
「さあ、最後の金賞はッ!」
恋の絵の横に、ぺたりと貼り付けられた。
「続いてPR文賞に移りますですー。本当は、御堂さんにさしあげたかったのですが、84文字だったので、規定文字数オーバーということで、残念賞なのですー。さてさて、選び直したのはこちらですー!」
【天魔との戦いが続き暗く辛い所だけど花はがんばって明るくきれいな花を咲かせてる。
私たちもがんばればみんな花の様に笑顔の花を咲かせる事が出来ると思う。】
しょんぼりしていた美佳だったが、思わぬノミネートに驚き、顔を上げた。
にこにこしているマリカ先生がいる。
「おめでとうございます」
ぱちぱちぱち。先生が真っ先に手を叩き始める。
次第に、拍手が巻き起こった。受賞者への拍手、そして、参加してくれた皆さんへの拍手。
折しも、パネルの向こうの写真展示のほうでも、拍手が起きたところだった。
「見に行ってみようぜ!」
恋がパネルの向こうへ足を運ぶ。マリカ先生も、むむ、という表情でライバルの展示を覗きに行った。
●鉄人対決終了
「くっ‥‥なかなか、写真も、やるのですー。でも絵だって負けてないのですー!」
「いやいや、絵もよかったですよ」
マリカ先生は、ライバル・高柳 基先生(jz0071)と、がしっと手を握り合っていた。
「次は高柳先生がオーケストラか管弦楽、私が合唱で勝負なのですー!」
「えっ‥‥次?」
まだ鉄人対決やる気ですか、この人は。
「勿論ですー! また学生の皆さん、その時は、協力してくださいですー!」
めらめらと怪気炎をあげるマリカ先生に、高柳先生はひたすら苦笑していた。