●冥魔治療院前
ジェルトリュード(jz0379)は撃退士たちを待っていた。
いつもは小生意気な表情を浮かべていたが、今回はマジ顔だ。
依頼内で、既に何度か顔を合わせた者を見つける。
浪風 悠人(
ja3452)。
サガ=リーヴァレスト(
jb0805)。
彼らの顔は、流石のジェルトリュードも、見分けがつくようになってきていた。
しかし、大規模作戦などで会ったものについては、数が多すぎたこともあり、記憶していない。
「あとはあたしにとってはアンノウンな顔ぶれね。これで全員降臨した?」
だから彼女はそう言って、見知らぬ撃退士たちにも視線を送る。
戦姫・雫(
ja1894)。
サイボーグ撃退士・ラファル A ユーティライネン(
jb4620)。
越谷出身の馳貴之(
jb5238)。
女子プロレスラー・桜庭愛(
jc1977)。
「手紙は読みました。自分は上役に従って裏切ると明言しているのに、私達に裏切らない事を証明してくれと言うのは、少々虫が良すぎる気がしますがね‥‥」
一応、中立派の雫だが、これだけは毒づかずにいられない。ジェルトリュードは「それは誤解よ」と唇を尖らせた。
「あたしは、ねーさまのオーダーが出たら、つまり、ケッツァーがあんたたちに宣戦布告したら、ねーさまと共にビトレイアルするわ。そっちから宣戦布告を出してきた場合でも、撃退士はあたしたちをビトレイアルするでしょ? そういう取り決めって聞いたもの、セイムミーニングよ」
「てめぇの大事な主人から持ちかけて来た同盟を受けてやったのに、さらに誠意を見せろたぁ、笑わせるぜ」
嫌悪魔派代表として、ラファルがジェルトリュードに食ってかかる。
「てめえらが約定に背いたとしても、御大がお出ましになる必要はないぜ。俺らの手で、生まれてきたことを後悔するような目に遭わせてやるからな」
「ゲッシュに背くつもりはないわ」
きっとジェルトリュードも、ラファルを睨み付ける。
「あたしもねーさまの取り決めを納得したいの! ねーさまが撃退士と同盟を結ぶ気になった理由を理解したいのよ!」
(越谷も随分‥‥変わっちまったのう)
部分的に可愛く改造されたり、人の手が長く入らず荒れた状態の建物を眺めながら、貴之は失った友人、逃げ延びた家族を想い、胸を痛める。だが努めてポーカーフェイスを貫き、笑顔を浮かべた。
「よう、可愛いお嬢ちゃん。わしは馳貴之や。今日はよろしくな」
「あっ‥‥よ、よろしく。ジェルトリュードよ」
「ほれ、プレゼントや」
怪訝そうな顔をするジェルトリュードに、お近づきの印として、テディベアとマカロン、ねこのしっぽを渡す貴之。
「‥‥なあ、しっぽ、付けてくれん? きっと似合うぞ」
「何でこの邪悪の権現たるあたしが、そんなモノ‥‥ま、まあいいわ、これも恩赦よ、つけてあげようじゃないの!」
撃退士たちなりの道理のひとつかもしれない、と考え直し、ジェルトリュードはねこのしっぽを装着した。
「か〜! カワええわぁ! 惚れちまいそうやで」
「っ、愚かしきロゴスを安易に舌に載せないでよね!」
貴之に褒めちぎられ、真っ赤になるジェルトリュード。
‥‥やっぱり根は単純なのか、チョロい。その場の撃退士たちは全員、同様の感想を抱いた。
「い、行くわよ! 置き去られて迷っても、知らないんだから!」
ねこのしっぽを揺らしながら、ジェルトリュードが先頭に立つ。
ゆっくりと慰霊祭壇に向かって、皆、歩き出した。
●慰霊祭壇
祭壇に花と水を捧げ、真摯に祈るジェルトリュード。
「あたしは、沢山の魂を、死体を貰った。苦しませるような殺し方も出来るだけしなかったわ。でもあんたたちの同種族を大勢手にかけたのは事実。ねーさまのオーダーで沢山拉致したのも事実‥‥」
貴之は静かに亡き友を想い、祈りを捧げていた。
悠人も花束を供えて、鎮魂を祈っている。
「人界にも、鯨神社なるものがあるんでしょ? 牛や豚や魚も、人間は供養してあげてるの?」
ジェルトリュードの素朴な問いに、悠人とサガは頷いた。
「人間は、食事の前に手を合わせて、頂きますと祈る風習があるんです。これは食材に感謝をしてから食べると言う、一種の供養の形を定着させた物です。家畜以外にも、人間と寄り添った生き物――ペットとかですね――は、人間と同じ様に供養している人も居るんですよ」
悠人に続いて、サガも説明を繰り返す。
「そうだ。人間にも同様に、自らの糧となったものに対する感謝を捧げる風習がある。私達の文化にも、食事の前に頂きますと言ってから摂る風習があるが、浪風殿の説明通り、食材となったもの達への感謝を表すのが起源だ」
そして、慰霊碑を見つめ、サガは呟いた。
「確かに糧になったものへの供養と感謝は大事だな。様式は違えど、供養しようというその気持ちに関しては、素直に共感できる」
「くっだらね。鎮魂なんてのは、加害者の自己満足だろうに」
ラファルはケッと肩を竦めた。
「俺は全身の8割を機械化している撃退士だ。面白半分に、名も知らぬ悪魔になぶられて、だ。こんな体にしてくれた悪魔を憎みこそすれ、仲良くする気なんかさらさらねーからな」
「それトゥルース? そんな悪魔いるの? それは流石にアタマに来るわ」
ジェルトリュードはラファルを傷つけたという同族に、怒りを覚えたようだった。
「あんたは、あたしたちを憎んでいい。無力なか‥‥人間に、苦痛を与えていたぶるのは、あたしに言わせればレジェンドオブ悪趣味だもの」
●誠意
「‥‥さて、あんたたちの誠意を、見せて頂戴」
祭壇を後にし、変わり果てた越谷市街で、ジェルトリュードは足を止めた。
サガがジェルトリュードに、「望む誠意の見せ方」を問うた。
「さすがに『死んで償え』等と言うのなら無理だが‥‥出来る事なら応じよう」
「そんな戯言、あたしがほざくわけないでしょ」
「そうか‥‥行動でこう、と言うのは難しいし、せめて腹を割って話させてもらおうか」
サガはつと看板を見上げた。そこには無人ながら、喫茶店があった。
「運命的邂逅ね、おあつらえ向きの場所だわ。容赦ない風が我が身の熱を奪うもの、あそこを借りて話しましょ」
皆、無人の喫茶店に入り、それぞれ席に落ち着いた。
(うーん、3000久遠じゃ、プロレスコスチュームか女子水着は手に入らないかあ‥‥)
愛は、ジェルトリュードに、人界の文化のひとつとして、プロレスを教えたいと思っていた。
だが、総合体育館は見つけたし、マットプロレスなら出来そうだったのだが、肝心のコスチュームと防御パッドが手に入らないのだ。
皆が参拝に行っている間に、総合体育館で備品を見てきたのだが、無いものは無い。買うにしても3000久遠では難しかったし、コンビニ等で簡単に手に入るものでもなかった。
(スマホで動画を見せるくらいしか、出来ないかな?)
折角、赤いワンピース水着姿でやってきたのに、寒いばかりである。
「熱い紅茶を淹れたわよ。あたしがトラスト出来なければ、そのまま飲まずに零して頂戴」
ジェルトリュードは同じポットから、自分を含めた人数分のカップに紅茶を注いだ。
毒見と言わんばかりに、最初に口をつける。
「まず、嫌悪魔派の俺から言わせてもらうぜ」
ラファルが紅茶には見向きもせず、ペンギン帽子に手をかけた。
「俺から示せる誠意はこうだ。
第一に、今この場でお前をぶち殺さないでおいてやっているってこと。
第二に、同盟が有効なうちは、つまり双方が宣戦布告して同盟を反故にしない限りはってことだが、ベリアルとルシファーとお仲間の悪魔(限定)に手を出した人間は、半殺しにした上で人界の法にて裁いてやるって事だ。つまりてめーらを人間扱いしてやるってことだ、ありがたく思いな。
先も言ったが、てめーらと仲良くする気はねー。が、三界の戦力を天秤にかけて、人界の力だけでは勝てない事も解っている。てめーらと同盟を組んだのは利害が一致したからだ」
「同盟締結には半数以上が賛成しましたが、人間は数が多いので、まだかなりの数の人間が不満を抱えています。気を付けてください」
友和派の悠人が会話を引き継ぐ。
「そうですね。今回の一件に賛同していない撃退士も多数います。それ故に過激な行動をとる者達が出てきます。ですから、今はまだ完全に背中を預けない方が良いでしょうね。此方側が、完全に信頼出来る相手では無いという事を話すのは、貴女の言う誠意の証には、なりませんか?」
中立派の雫が続けた。
「先程、貴方が言った、寄って集って攻撃を仕掛けて来たと言うのは事実であり、否定はしません」
雫は敢えて事実を中心に挙げていく。
「ですが、個の力が劣る者が、知恵や数の力を頼って反撃する事は、間違った行為ですか?」
ジェルトリュードは答えられない。間違っているかどうか、よく分からないのだ。
どうも難しいことを考えるのは、苦手である。
「私達は一人一人の実力は小さく、実力のある天魔には遠く及ばない。故に多数で協力し対抗している。大勢で寄ってたかって‥‥確かにその通りではある、が、私達にも護りたい者や場所や生活がある。それは貴殿らも同じだろう? 誰も好んで殺し合いをしたい訳では無い‥‥手を取り合えれば、それに越した事はない」
「仮に、強いものと戦うとき、単体では戦いません。自分より強い相手と闘わなければ、自身の、そして家族の命が損なわれる。ならば、徒党を組んで対処するしかない。あなた方は強く、私たちは弱い。その事をまずご理解ください」
サガと愛が、わかりやすく説明し直した。
「俺は‥‥葉守がまだ人間だった頃、自分が逮捕した事がきっかけで、ヴァニタスになった事と‥‥そのけじめの為に自分の手で殺した事、その罪は一生背負うつもりです」
熱い紅茶を口に含み、悠人は真剣な表情で言った。紅茶の熱が体をじわりと温める。毒などは入っていない。
「悪魔を寄ってたかって攻めた事や死傷させた事は、俺も、事実として認めます」
「葉守は‥‥死んだの? あんたが、殺したの?」
ジェルトリュードは震え、悠人のほうに身を乗り出した。悠人は沈痛な面持ちで、頷く。
徐に席を立つと、太陽剣ガラティンをジェルトリュードの前に突き刺し、一歩下がって片膝を着く形で首を垂れる悠人。
「貴女に命を預ける覚悟があります。最後まで信用が得られなければ、俺の首を刎ねても構わない」
ジェルトリュードは、呆然と悠人を見つめていた。
「人間も戦争したり、他の種族を糧にし土地を奪い支配すると言う、天魔と変わらない行為を犯しています。人間も悪魔と変わらない生き物だと、つまりは手を取り合うことも可能だと俺は信じています」
首を垂れたまま、悠人は続ける。
「自分は人間だけど天魔の血が流れています。大勢のハーフやはぐれ悪魔が人間と寄り添って生活している事、敵対もしましたが、保護や共闘も何度もして来た経験があります。互いに奪い、奪われた事で、それぞれに痛みを抱えていますが、負の感情の連鎖はここで断ち切るべきだと思います」
「おい、やめろ。バカなことはするもんじゃない。お前にも女房がいるだろう」
サガが悠人を止めようとする。
「そうです。貴方や仲間が傷つけられ、殺されたと言いましたが、此方も同じです。結局、私達が行って来た戦いは、生存競争です。これに対して、恨み辛みを言い合うのは不毛だと思います」
雫はジェルトリュードを牽制する。
ジェルトリュードは呆然とガラティンを引き抜き、‥‥悠人に柄を向けて、返した。
ほっと安堵の空気が流れる。
「あんたは葉守のカタキみたいだけど、あたしはねーさまのゲッシュを破らないわ。宣戦布告もなしにビトレイアルするつもりなんて、欠片も持ち合わせてないわよ」
ジェルトリュードは、そう言いながら、ぼろぼろ泣いていた。
「もっと葉守と話しておけばよかった。顔を合わせても、挨拶くらいしかしなかった。ケッツァーの仲間なのに、仲間だったのに‥‥」
「恨みを忘れない、忘れられない‥‥それでも、これ以上更なる恨みや悲しみを作らない為に‥‥同じ様に感情がある相手だからこそ、手を取り合える道もあると、少なくとも私は信じている」
サガは、まるで人間のようだと思いながら、べそべそ泣き続けるジェルトリュードを見ていた。
「形で誠意を証明する、と言うのは、今後を見てもらうしかないが‥‥そういう気持ちで貴殿らと手を組もうと言う者が居る事、それは知っておいてほしい」
「全てを許し合えなんて、口が裂けても言えませんが、誰かが耐えなければ、恨みの連鎖は止まらないでしょうね」
雫が冷淡な口調で続ける。
「少なくとも、この場に来た人達は、恨みを耐え、貴方達が裏切らない限りは、害する事はない筈です」
ずっと黙って、場の様子を窺っていた貴之が、初めてジェルトリュードを睨み付けながら口を開いた。
「お前のゲートのおかげでわしの友人は死んだ。年老いた両親は慣れ親しんだ故郷を追われたんや。他にも、似た境遇のもんは山程おる。共闘が実現するのは、そういったもんらが、自身の感情に蓋をしたからや。だから、わしもお前らに対して感情的になるのはこれで最後にする。‥‥それが、わしの誠意と覚悟や」
「‥‥ごめん」
ジェルトリュードは涙を拭くと、しょぼくれた顔で貴之に謝った。
「知り合い程度の仲間でも、殺されたと聞くだけでこんなに苦しいのね。あたし知らなかった。人間はあたしたちの糧となる家畜だけど、同じように感情があるのね‥‥ごめん」
貴之は、ジェルトリュードの頭をぽんぽんと柔らかく叩いた。
その様子を静かに見ていた雫は、断言した。
「此方側から裏切ると上層部が判断しても、私は、その決定に従わないと明言しておきましょう」
「貴方たちにも絆があるように、私たちにも同じ思いがあるのです」
笑顔を崩さず、愛はジェルトリュードに話しかけた。
「立場、種族、思い。どれも私たちは平行線だと思います。お互いがお互いの文化を知らなければね? これから多くの死闘が私たちと貴女たちにあるでしょう。それはお互いを知るうえで大切な戦いです」
そして、やおらスマホを取り出した。
「ぜひ人の文化に触れてみてください。私が伝えられる文化は、プロレスです」
「!?」
ジェルトリュードはプロレス動画を見せられて、慌てたようだった。
「ちょっと、こっちの、顔腫れてるじゃない。鼻も曲がってるし血も出て‥‥ああ、痛そう! ダメ、蛮族の決闘なんて見ちゃいられないわ!」
回復用のフルートを取り出し、「すぐに治すから、箱の中の人間を外に出せ」と愛に迫る。
愛が、これはただの動画で、プロレスは純然たるスポーツだと説明するが、伝わったかどうかは定かではない。
●終幕
「じゃあの、お嬢ちゃん。ベリアルによろしくな」
話し合いは無事に終わった。
貴之は、去りゆくジェルトリュードを、笑顔で見送った。