●メタな必須パラメータ解説(種明かし)
本来、ヒリュウなどの召喚獣は、個体差関係なく、原則的に種族別の固定値で判定される。
しかし、この「ヒリュウのための障害物レース」は、ヒリュウの個体差に重点を置いている。
従ってこの競技では、以下4つのパラメータを、術者パラメータに置き換えて判定される。
ヒリュウの基礎体力(生命力):術者との訓練の成果、コースを完走するためのスタミナ
ヒリュウの脚力(移動力):術者との訓練の成果、長く速く走る力
ヒリュウの洞察力(魔法防御・受):術者との意思疎通力
ヒリュウの瞬間判断力(魔法回避):術者の指示を守りとおす意志力
その他のパラメータは一切参照されないので、ご留意願いたい。
●術者&競技者入場
運動会の定番曲と呼ばれるような、リズミカルで明るいクラシック音楽が流れ始めた。
術者入場、開始である。
カボチャマスクこそ置いてはきたが、タキシードにシルクハット姿の小柄な少年、エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)。
カチューシャでまとめた銀髪をなびかせ、利き手の左手を大きく振る、Rehni Nam(
ja5283)。
「召喚する時に持っていると気分が乗る」という理由で、本物の髑髏を抱えているイタリア系少女、ベアトリーチェ・ヴォルピ(
jb9382)。
「ふう、あれだけ練習したら大丈夫でしょう。本番では<視覚共有>をしないように気をつけないと、ナチュラルに使いそうで、心配です」
前日まで、ヒリュウと練習に励んでいたらしい、ザジテン・カロナール(
jc0759)。
白い雪のような髪に、手製の鉢巻きが巻かれている。気合満点だ!
「出来れば再召喚なしで、クリアしてみせますよ!」
「フェニックスが僕を守っているんだ! きっとレースでも頑張れるよ!」
トレードマークの赤いマフラーをなびかせて入場したのは、茶髪の少年グレン(
jc2277)。
光纏した途端、髪と目と翼が、フェニックスを思わせるような、鮮やかな赤橙色に変化する。
最後に入ってきたのは、白いリボンが良く似合う、ホワイトブロンドにエメラルドの瞳のお嬢様。
兄を探して三千里、アーシュ・カメリアリア(
jc2425)だ。
術者たちはコースのスタート地点に立つと、光纏を終え、ヒリュウを召喚した。
エイルズレトラだけは、真っすぐに、コース間近の術者席に移動する。
「大佐、君に決めた! のです!!」
青白い靄状の光を纏い、レフニーは呼び出した「大佐」を激励した。
「数々の武勲を立てた(という設定の)貴方なら、きっと大丈夫! この間のお使い大作戦を成功させた貴方に、越えられない試練などないのです!」
「ぎゃうー?」
いかにも「大佐」という名らしく、左目に縦に走る刀傷状の傷痕に、嵌まりすぎる葉巻が特徴的な渋いヒリュウは、召喚者レフニーの言葉に、軽く肩を竦めたような動きをした。
「一位を目指して‥‥楽しむ‥‥ジャスティス‥‥」
ベアトリーチェは、名前のない一般的な外見のヒリュウを呼び出していた。
「それと‥‥ヒリュウの‥‥可愛さ‥‥堪能する‥‥。他の人のヒリュウも居て‥‥沢山‥‥つまり‥‥可愛いに‥‥可愛いがプラス‥‥すなわち‥‥アメージング‥‥」
髑髏を抱えて微笑む少女。
「ふふ‥‥ガンバルゾー‥‥」
海の色と泡のような幻影を纏ったザジテンは、やや小柄な「クラウディル」の頭に、お揃いの鉢巻きを縛っていた。何やら大きなカバンをそばに置いている。
「クラウディル、競技を精いっぱい、楽しみましょうですよ!」
「きゅいー!」
クラウディルは鉢巻きを気に入って、くるくるとはしゃぎ回っていた。
「みんな、ヒリュウに名前を付けているんだね。僕も何か名前を付けてあげたいな」
グレンは、自分の呼び出した、やや赤黒いヒリュウを見つめた。
「僕がグレン、君も赤色だから‥‥「スオウ」でどうかな! うん、かっこいいよ! スオウ、今日はよろしくね!」
スオウは名前をつけてもらったのが嬉しいらしく、キイキイとリスのように嬉しそうな鳴き声をあげた。
白い燐光がアーシュの体を包み、白椿の幻影が周囲に咲き誇り、白いリボンを首の後ろで結んだ、大人しそうなヒリュウが現れる。
「リリ、今日はよろしくお願いいたします」
アーシュはにこっと微笑んだ。
召喚を終えた術者たちは、術者席へと移動する。
スタート地点に、ヒリュウたちだけが残された。
あれ? エイルズレトラのヒリュウがいない!
「予定通りスタートしていただいて、構わないですよ」
余裕の笑みを浮かべて、レース関係者に耳打ちするエイルズレトラ。
「2〜3ターンくらい損してでも、僕にはやりたい演出があるんです」
●1)つるつる板
ぱぁん、と、空砲が鳴る。
一斉に、スタート地点から滑る板の上で奮戦するヒリュウ達。
大きな音に過敏なリリは、術者のアーシュと共に、一瞬放心してしまった。
「基本‥‥ヒリュウの応援‥‥我が組は‥‥自主性に‥‥任せる‥‥戦い‥‥ヨーソロー‥‥」
ベアトリーチェは、名づけていない、自分のヒリュウの姿を目で追った。
「さて、アテンションプリーズです! 僕の愛竜ハートよ、愛くるしく活躍してみせるのです!」
シルクハットから手品のように、ハートを出現させるエイルズレトラ。
現れたヒリュウは、かなり小さかった。
そして、自力で脱げるように工夫した専用の靴とマントを着用させる術者エイルズレトラ。
「可愛いでしょう?」
ハートの可愛さを観客にアピールし、十分にウケをとってから、悠々とスタートさせる。
4ターンほど皆から遅れての、スタートとなった。
(召喚で1ターン、靴とマントをハートに装備させるのに1ターン、観客にアピールで1ターン、コースへ移動で1ターン)
ハートは、エイルズの合図で十分に助走の距離をとり、一気につるつる板を駆ける。
だが、4ターンも開いてしまったハンデは大きい。
可愛らしくつるつるあわあわしながらも、大佐が一番に、つるつる板を走破する。
続いて、名もなきベアトリーチェのヒリュウが駆け抜ける。
つるつる板の終盤では、クラウディル、リリ、スオウがお団子になっていた。
スオウとリリはお腹で滑って、何とかクラウディルを抜こうとする。
一方、クラウディルはつるつるする足場が楽しいらしく、アイススケートの選手のようにつーと器用に滑っていた。
クラウディル、スオウがつるつる板から抜け出し、次の難関へと進もうとする中。
リリは、だいぶ遅れてしまった、最後尾のハートを目に留めて、助けに戻ってしまった。
しかし、リリよりハートのほうが、速い。
ハートを引っ張りに戻ったリリは、逆にハートに引っ張られて、つるつる板部門のゴールへと同時に滑り込んだ。
●2)平均台
ハートとリリがつるつる板部門のゴールに飛び込んだ時、既に大佐は、危なげなく平均台部門のゴールを、余裕でくぐり抜けていた。
「大佐は、召喚獣世界の軍人なのです。それも、一兵卒から、現場叩上げで佐官まで至った、優秀な軍人です。まあ、退役した元軍人、というのが正しいですが‥‥大佐と呼ぶのは、最終階級が大佐だったから、ですね。退役前は他に相棒の召喚士がいて、共に爵位級悪魔を倒す活躍をしたとか。顔の傷は、その戦いの折に悪魔に付けられたものだそうですよ」
レフニーはまるで自分の武勲を語るかのように、大佐の紹介をする。
ほう、へえ、という感嘆の声が、観客席のあちこちからあがる。
「‥‥というストーリーが、初召喚したときに思い浮かびました! 顔の傷と、嵌り過ぎる葉巻の所為です」
しかし、予想外にも、この話にはオチがついていた。
レフニーは大佐について、引き続き、誇らしく語り続ける。
「ちなみに、大佐の名前は、本当は「フェイ」って名付けるつもりだったんです。でも、あまりに外見が大佐っぽい感じだったので‥‥登録名称は「カーネル・フェイ(フェイ大佐)」にしました。‥‥一応」
2位はクラウディルだったが、平均台の半分あたりでバランスを崩し、戸惑っていた。
「羽です、羽でバランスをとるのですよ!」
ザジテンが応援の声を送る。クラウディルはおろおろした様子で、平均台にしがみついていた。
3位はベアトリーチェの名無しヒリュウである。
概ね、ハートとリリが前競技をクリアするのと同時に、平均台を歩き始めたところだ。
「一所懸命な姿‥‥可愛い‥‥健闘ファイト‥‥」
4位以降、ハート、スオウ、リリは、平均台の登り口よりも、コース周辺に敷き詰められた、お菓子や玩具に気を取られてしまっていた。
特に、イタズラ好きで目立ちたがりのハートは、折角穿かせてもらった靴を脱ぎ、器にして、個別包装の飴ちゃんをすくい取るのが、お気に召したようだ。
術者や観客に配ったらきっと喜んでもらえると思ったのか、小さな体躯で戻ってきてしまう。
そして、わざとマントをばさりと翻しては、飴ちゃんをそれこそ雨のように観客席に降らせる。
観客席は大騒ぎになった。小さく可愛いヒリュウのサービスに、皆もつい頬を緩ませてしまう。
だが競技中だ。エイルズレトラの笑顔が無意識にこわばった。
スオウは好奇心旺盛に、使い方の分からない玩具を持って、グレンのもとに運んで来ていた。
「これの使い方は、後で教えてあげるからね。平均台、頑張って!」
グレンは、用意しておいた、良く冷えたスポーツドリンクを飲みながら、大きい声でスオウに再度指示を出した。
「勝っても負けても恨みっこなし! 上手くいかなくてもオールオッケー! だから、目一杯楽しみたいよね。競技を楽しんでおいでよ、スオウ!」
「きゅいー」
スオウは平均台に戻り、再挑戦を始めた。
「さあ、リリも、平均台に戻りますの。落っこちないように、慎重にまいりますのよ」
アーシュはリリから袋に入ったままの棒付きキャンディを渡され、いい子いい子と撫でながら、やさしく競技に戻るように指示した。
●3)ハードル
皆が、それぞれのレーンに設置された平均台と格闘している間に、大佐は難なくハードル部門をクリアしていた。
葉巻をくわえたまま、平然と次の競技に向かおうとする。
続いてハードル部門をゴールしたクラウディルが、思いがけない行動をとった。
まだ、平均台の上をのろのろと這っていた、リリとスオウを助けに、コースをぽてぽてと走って戻ったのだ。
(ふぁいときゅいー)
そんな意味に聞こえる鳴き声を上げ、2匹がしがみついている平均台を、それぞれ、行きつ戻りつ応援するクラウディル。
こんな光景を間近に見せられて、黙って自分だけ先に進める大佐ではない。
ハードル部門のゴールへと、着々と進む名無しのヒリュウ、そしてテンポよく続くハートに、ちらりと目をくれ、クラウディルのもとへ、やはりぽてぽてと走り寄る。
(手間かけさせんじゃないぜきゅいー)
リスのような鳴き声だが、大佐の声はどことなく渋い。
猿山のボスのように面倒見よく、リリとスオウを助けて回る。
「がんばってくださいまし‥‥!」
リリの術者であるアーシュも、祈る気持ちで応援していた。
大佐とクラウディルの助けもあり、平均台をクリアした2匹は、更にハードル競技に挑む。
この様子に、名無しのヒリュウとハートも先へ進みづらく、何となくゴールラインのところで待機していた。
「スオウ、頑張れ!」
「はい、ピョンですわ♪ 次はくぐって‥‥そう、そうですの! よくできましたわ!」
グレンとアーシュの声援が、ひっきりなく飛んでくる。
アーシュは手拍子で、リリにタイミングを伝えているようだった。
こうして全ヒリュウがハードル部門のゴールに到達し、再び横一列に並びなおして、次の競技へと向かうのであった。
●4)網くぐり
続く競技は、ヒリュウの体のあちこちにある角や突起が、簡単に引っかかりやすそうな網が、コース全体に張り巡らされており、その中を匍匐前進して進むものであった。
「こんなこともあろうかと、準備をしてきましたよ。ハート、キャストオフです!」
「きゅい!」
エイルズレトラの号令に、マントをばっと脱ぎ捨てるハート。そして外したマントをごそごそと頭からかぶり、網に角や突起が引っかからないようにして、ゆっくりと匍匐前進を始める。
「網に絡まないように気をつけて‥‥! そうですわ、リリ、ぺちゃんこになるのですわ!」
さりげなく無茶ぶりをするアーシュ、必死にぺちゃんこになろうとする健気なリリ。
しかし、ダントツの勢いで匍匐前進しきったのは、流石、召喚獣世界の元軍人、大佐であった。
ハードボイルドに葉巻をふかし、網の下から抜け出す。網くぐり部門のゴールラインを力強く踏む。
術者席で、レフニーが拳を振り回し、大佐の活躍を讃えている。
続いて、ベアトリーチェのヒリュウが、術者の身振りを真似ながらゴールした。
術者席で、匍匐前進を身振りで表現していた少女は、周囲の微妙な視線をものともせず、再び髑髏を抱えた静かな少女に戻った。
どう見ても言動が不思議ちゃんであるが、本当に不思議ちゃんなのだから、仕方がない。
クラウディルが、ハートに頭ひとつ分差をつけて、ゴールした。
ハートはマントをすっぽりかぶっていたため、自分のレーンを外れて、コース上を斜めに走っていたようだ。
そのままエイルズレトラの指示通りに、脱いだマントを網の下に捨て置いて、足を取られ、ゴールラインを踏んだと同時に、ステンと勢いよく転げた。
すぐ後ろにリリが、そしてスオウが追いつき、それぞれのレーンのゴールラインを踏む。
一位を勝ち取った大佐は、今度は待っている気配はなく、さっさと次の競技へ行ってしまった。
リリとスオウが網からやっと這い出た時には、もうその姿は(段ボール箱に入っていて)見えなくなっていた。
●5)ダンボールかぶり
そろそろ、ヒリュウ達も疲れを感じ始めていた。
6列のレーンそれぞれに、猫なら間違いなく入りたくなるような、何の変哲もない段ボール箱が、逆さになって置かれている。
「大佐、スニークミッションであります!」
レフニーがトップを行く大佐にエールを送る。大佐は段ボール箱に潜り込み、そして‥‥動きが緩慢になった。
冷たい風が吹きつける中、懸命に競技をこなして、慣れない足取りでぺたぺた走って、周囲のお菓子や玩具と戯れるのを我慢して、‥‥伏せた段ボール箱に潜り込む。
ダンボール箱の中で、ヒリュウ達は感じる。
あったかい。
暗い。
‥‥眠い。
「事前に、左右別に指示を飛ばして、ちょっとずつ方向を修正して走る訓練をしてありますからね。この勝負は貰ったも同然ですよ!」
エイルズレトラが勝ち誇る。
ハートの入った箱は、迷走しながらも、指示を受けて、じりじりとゴールラインを目指していた。
だが、何だか動きがふらふらとしていて、緩慢だ。
そして、ゴールラインまであと数mというところで、あちこちから、すやぁという寝息が聞こえ始めてきた。
「大佐、大佐、起きるのです!」
レフニーが慌てて、ぴたりと動かなくなった箱に呼び掛ける。
やっと前競技を終えて、段ボール箱に飛び込んだリリも、すぐに動かなくなった。
「あらら、どちらが前かもわからなくなったのですわね‥‥リリ、うしろですわー。私と自分を信じて進むんですのっ」
しかし、アーシュがどんなに声をかけても、箱が動き出す気配はない。
「これは‥‥寝てしまったのでしょうか?」
「‥‥寝てない‥‥ジャスティス‥‥ゴール、もうすぐ‥‥ファイト‥‥」
ベアトリーチェが、もそもそと動く箱を見つめながら、応援する。
「クラウディル、その調子ですよ!」
ザジテンも愛竜の箱に向かって声援を送る。正直クラウディルが眠ってしまわないか心配だった。
「地面に引いてあるライン沿いに走るんだ、スオウ!」
グレンは的確に指示を飛ばす。
結果。
1位は名無しのヒリュウ、2位にハート、3位にクラウディル、4位にスオウの順でゴールラインを通過した。
残りの2匹は眠気に耐えられず、箱の中ですやすやと眠ってしまっていた。
●インターミッション(再召喚)
ここで、試合開始から2分半が経過した。
段ボール箱の中にいて、外からは見えないものも多いが、ヒリュウ達は次々と異界に戻っていく。
改めてヒリュウを再召喚する術者たち。
ルール上、今度はエイルズレトラも、コース上にハートを召喚しなおした。
異界に一旦還って、リフレッシュしたのか、ヒリュウたちはスタミナを取り戻したようだ。
まだ、段ボールかぶり部門をゴールしていないヒリュウ達は、ぽてぽてと自分のレーンの箱に戻っていった。
●6)風船割り
いよいよ競技も終盤である。
コース上にピンと張られた高さ10mの紐に、膨らませた風船が6つ、並んでいる。
「普段から<爆弾風船>というスキルで、風船を割り慣れているので、多分問題はないでしょう」
エイルズレトラは余裕の笑みである。
ハートはぱたぱたと飛び立ち、難なく風船を割って、ゴールラインを超える。
続くは名無しのヒリュウ、術者席でベアトリーチェが「風船‥‥バーン!」と擬音で指示を出す。
ヒリュウは少し考え込んだようだが、尻尾の角で風船を叩いて、割ることに成功した。
さほど間をおかずに、大佐が風船を割り、ゴールラインへと飛び去る。
クラウディルが追うようにして、風船に脳天からあたっく!
「ふらいあうぇいだ!」
グレンの指示で、スオウが風船に突撃する! だが、風船がぽよんぽよんして、上手く割れない。
スオウは風船がぽよんぽよんするのに目を輝かせた。
もう、レースのことなんて頭から飛んでしまう。
早速スオウは、風船をぽよんぽよんさせて、遊び始めてしまった。
「リリ、思いっきりパーンしてしまいましょうっ! 思いきり飛んだらきっと景気よく割れますの!」
アーシュがリリに声援を送る。
しかし、騒音の苦手なリリは、次々と割られた4つの風船の音で、ちょっと参っていた。
ぽよんぽよんする風船にじゃれるスオウが、リリの目に留まる。
リリはスオウと一緒に、遊び始めてしまった。
●7)人工芝
とうとう、最後の競技である。
チクチク痛い人工芝が一面に敷かれたレーンを、ゴールまで走り抜けるのだ!
「ふっふっふ。ハートは靴を履いているから、痛くないですよ」
エイルズレトラはにやりとほくそ笑んだ。
しかし、ハートをよく見ると、片方しか靴を履いていなかった。
そう言えば、観客にお菓子を振舞う際に、自分で脱いでお菓子をすくうのに使っていた。
あれは何処に落としたのだろう?
先頭のハートが、そろりと人工芝に足を踏み入れる。
「きゅう!」
痛い、と訴えるハート。裸足の片足には、チクチクした刺激が走っている。
逃げ出したいのを我慢して、靴を履いた足でもそろそろと乗ってみる。こちらは痛くない。
「きゅい?」
ハートは考えて、ぴょこんぴょこんと、靴を履いたほうの足だけで、片足跳びを始めた。
片足跳びのハートに迫る勢いで、名無しのヒリュウが追ってくる。
「痛いけど‥‥ツボ、刺激して‥‥健康‥‥。可愛くて健康は‥‥ジャスティス‥‥」
無表情で呟くベアトリーチェ。内心はドキドキだ。
上手くすれば、自分のヒリュウが1位のハートを抜けるかもしれない、そんな緊迫した局面であった。
「ラストスパートです、大佐!」
名無しのヒリュウと僅差で、大佐がぺたぺた走る。足の裏がチクチク痛いだろうに、そんな素振りは全く見せない。
隅々まで、渋い。
少し引き離されて、クラウディルが走っている。そして、足の爪を不意に人工芝にひっかけて、転倒した。
ごろごろごろごろ。勢いよく人工芝を転がり、「きゅいー!」とはしゃいだ声をあげる。
そのあと、クラウディルは走ることを忘れ、コロコロ転がって進み始めた。
クラウディル的には面白いらしい。
「スオウ、ぴょんぴょん跳ねながら、ゴーゴーだよ! かえって痛い?‥‥んーと、気合だー!」
大声を張り上げて、必死に応援しているグレン。かなりクラウディルに引き離されてしまっている。
「うーん、どうしても追いつけそうにないし、一番内側のレーンに寄ってみようか!」
「あと少しですわ! リリ、がんばってゴールして‥‥ぎゅっとさせてくださいな‥‥!」
目もとに涙を浮かべ、アーシュがビリを行くリリを応援する。
最後の直線で、先頭集団が接戦となった。
片足跳びで、本来のスピードが出せないハート。
痛みに慣れてきて、全力疾走しだす大佐と名無しのヒリュウ。
すぐ後ろを、ゴロゴロとボールのようにクラウディルが転がってくる。
そして、目の前に、ゴールテープが近づいてきた。
●ゴール!!
「よく‥‥頑張りましたわね。走るリリを見ていたら、私も頑張らなくてはという気持ちになりましたの」
アーシュは、最後、1匹になっても完走しきったリリを抱きしめて、号泣していた。
頬を流れる涙を舐めて、慰めるリリ。
「競技がおわっても、ふたりで特訓は続けましょうね」
「ビリでもいいんだよ」
ブービーのスオウを抱き上げ、グレンがアーシュに手を差し出した。
「みんなで歌を歌って、どこかの丸一日かけてマラソンする番組みたいな、感動的なゴールを演出出来たから、いいと思うんだ! ビリの特権だと思うんだ‥‥!」
「そ、そうですわよね。リリはちゃんと完走出来たんですもの‥‥! 最後まで、諦めませんでしたもの‥‥」
アーシュはグレンの手をとり、握手した。そして、予め会場に持ち込んだ、よく冷えたスポーツドリンクを差し出した。
「みんな、スポーツドリンクで乾杯しようよ!」
「きゅうー!」
クラウディルはゴール後、魅惑のお菓子ゾーンからマシュマロ(個別包装)をひとつつかみ取り、ザジテンのもとへ飛んだ。
(褒めてきゅいー! 褒めてきゅいー!)
マシュマロを、感涙で三白眼を潤ませているザジテンに渡し、すりすりと体を寄せてくる。
「頑張ったね。すごく、すごく頑張ったね!」
言葉がそれしか出てこない。ザジテンは思いっきりクラウディルを抱きしめて、撫でてあげた。
「お疲れ様ですよ。後でご褒美に、肉の串焼きでも買ってあげましょうね」
レフニーは大佐をねぎらっていた。
大佐は葉巻をふかし、(悪ぃな、一位をとれなくてよ)とでも言いたげな表情を浮かべていた。
「一位が良かったけれど‥‥二位‥‥すごい‥‥頑張った‥‥オールオッケー‥‥」
ベアトリーチェはヒリュウをぎゅっと抱きしめ、優しく撫でた。
とっておきのお菓子を取り出して、ヒリュウがおいしそうに食べる様子をホンワカと見守る。
「偉いし‥‥可愛いし‥‥ジャスティス‥‥」
「ふ、まあ楽勝でしたね」
エイルズレトラはハートをねぎらって、微笑んだ。
「戦闘では常に強敵と、二人一組で連携し合う仲ですからね。これくらいはこなせないと」
(でも、何度もハラハラさせられましたよ。靴も片方失くしてしまうし‥‥まあ、結果オーライとしましょう)
「お疲れ様です。ヒリュウさんたちもどうぞです! お腹すきましたでしょう?」
ザジテンが、おにぎりとお茶を、ヒリュウ達と術者たちに差し入れて回る。
グレンのスポドリで乾杯し、ザジテンのお茶とおにぎりで、ひと息ついている間に、運動場にスタッフが表彰台を設置していた。
●表彰式
♪ぴんぽんぱんぽーん。
1位 ハート (術者:エイルズレトラ)
2位 名無しのヒリュウ (術者:ベアトリーチェ)
3位 大佐 (術者:レフニー)
以上、表彰台までお越しください♪
アナウンスが、3組を表彰台へと導いた。
「ヒリュウだらけの障害物競争運営事務局」から、それぞれにメダルが与えられた。
会場が拍手でわーっと賑わう。
クラッカーを鳴らして祝ってくれる客もおり、運動場はお祝いムードに包まれた。
術者席にも、運営事務局の人が訪れ、参加賞として、残る3組に鉄のメダルを配っていった。
●いつだって、そばにいるよ
表彰式が終わり、閉会式が手短に終わる。
ヒリュウ達が、再び異界へ還る時間が近づいているためだ。
「僕の相棒ハート、またよろしくお願いしますね」
エイルズレトラはハートを見送った。
「今度‥‥名前‥‥カンガエトク‥‥」
最後にもう一度ぎゅっと抱きしめ、ベアトリーチェはヒリュウに囁いた。
「大佐、またですよ」
レフニーは軽く手を振った。
「クラウディル、今夜はゆっくり休んでくださいね」
ザジテンは鉢巻きを取り、ヒリュウの頭をなでて、「有難う」と礼を言った。
「スオウ、頑張ったね。すごかったよ。また遊ぼうね!」
グレンはスオウの手を取り、ぶんぶん振って握手をした。
「リリ、また明日ですの。明日から、特訓しましょうね」
アーシュはリリのリボンを結び直してあげた。
ヒリュウ達は次々と異界へ消えていく。
傾いた夕陽の中、術者たちは相棒たる召喚獣を静かに見送った。
いつだって呼べるから。
そばにいるから。
これからも、よろしくね。
召喚獣を見送ったあとの術者たちにも、観客たちから、あたたかい拍手が送られた。