●
洞穴、いや「ダンジョン」は、うねうねとした広い一本道が、入口から出口まで繋がっている。
その壁面に、レトロなランプを飾りながら、マリカせんせー(jz0034)は雰囲気を盛り上げていた。
「折角、ダンジョンということなので、BGMを流すのはどうでしょうか。曲は国民的RPG「竜の探索」から、状況にあった曲を幾つか選曲してきました」
龍崎海(
ja0565)がせんせーに、音楽プレイヤーとスピーカーを渡す。
「防衛班で連絡を取り合って、劣勢の時はこの曲、優勢の時はこの曲に変えるのも、盛り上がっていいと思います」
「あらあら、有難うございますですー。確かにBGMがあると雰囲気が出るのですー。終わったら返しにきますね〜」
せんせーは海から有難くBGM一式を受け取った。
「せんせー、私からも提案があります」
水無瀬 文歌(
jb7507)が、出口付近を見て回っていた。
「出口のところに、何かお宝を隠しておきませんか? 折角ダンジョンですし、雰囲気アゲアゲですよ!」
「それもいい考えなのですー。何か考えておきますですー」
せんせーは乗り気だ。
こうして「ダンジョン」の準備は、順調に整っていった。
●
一方、仮装のために時間をかけて準備をしているものもいた。
ハロウィン当日まで毎日、放課後に美術室にやってきて、丹念に型に和紙を水ノリで重ね、ハリボテをこしらえているのは、遠石 一千風(
jb3845)だ。
物干しざおを使った本格的な槍、西洋風ファンタジーに出てきそうな、フルヘルムと全身甲冑。仕上げにアルミホイルを丁寧に貼り付けていって、光沢が出るように艶出しを塗って、ぴかぴかに磨き上げる。
「せんせーあのさ、相談なんだけど‥‥」
更に一千風は、二段構えの仮装を考えていた。そのために、マリカせんせーの協力を仰ぐ。
こうして、立派な女騎士が出来上がった。
●
当日放課後。
参加者一行は、「ダンジョン」入り口前に、時間をずらして集まった。
まず、防衛班が集う。
パサランの着ぐるみを着た海。
明らかに手が頭の上まであがらない。
きのこの着ぐるみ着用の、橘 樹(
jb3833)。
同様、明らかに(以下略
「どう見ても動きづらいであるが、なぁに、気にしたら負けだの!!」
「ええとその、わたくし助っ人と伺ったのですが‥‥」
人数調整のために呼ばれたアリス・シキ(jz0058)こと、魔王マントを被った、ばにーすーつ。
首から大きなカギのペンダントを提げているが、恰好が恥ずかしいのか、もじもじしている。
ちなみに、アルビノヒリュウの「えるくん」のために、お揃いのうさぎフードも用意されている。
3人は、ダンジョンの通路を概ね3等分にしたところに、それぞれ配置されることになった。
防衛班が入っていくと同時に、ダンジョン風のBGMが流れ出す。
「思った通り、なかなか雰囲気がでているね」
海は着ぐるみの中で、ほくそ笑んだ。
続いて、探索班が入口に集まってきた。
「あわあわ、ちょっ‥‥!?」
マリカせんせーが慌てるのも無理はない。
この寒空に、佐藤 としお(
ja2489)が、一糸まとわぬ姿、つまりスッパでやってきたのだ。
左側頭部と上半身にたくさん刻まれたタトゥーが、一瞬、肌色の服の模様に見えた。
「あ、カメラアングルは、ウエストアップオンリーでお願いしま〜す」
「そそそ、そういう問題じゃないのですー! とにかく、スッパはくらりん的にも困るのですー! せんせーも怒られたら困っちゃうので、せめてこれをつけてくださいですー!」
そう言って、「いちじくの葉っぱ紐パン」を渡すせんせー。
芸術的ではありますが、余計に、目のやりどころに困ります。
ていうか、どうしてそんなの、持っていたんですか、せんせー?
続いてやってきたのは、パイレーツ姿の文歌だ。
黒地に金の模様入り帽子とブーツ、ピンクのマフラー、へそ出しの青い衣装とふりふりスカートが如何にもアイドルらしく、人妻とは思えない可愛らしさをアピールしている。
「うぐぐ‥‥紙って意外と重いんだな‥‥」
ハリボテ全身甲冑の一千風が、物干しざお、いや、本物そっくりの槍をまるで杖のようについて、周囲を探りながらやってきた。
フルヘルムの視界は狭く、非常に見通しが悪い。
‥‥そこまで忠実に再現しなくてもいいのに。
「私は、探索班として、危険なダンジョンへ財宝を探しに来た、という設定だ‥‥うぐぐ」
「そう、ダンジョンといえばお宝! お宝といえば、海賊だよねっ。だから私は海賊コスだよー♪」
「え、まじ、お宝があるの?」
としおは、文歌の発言で、初めてダンジョンの奥にお宝が隠されていることを知った。
一千風も、自分の仮装の設定のつもりだったのだが、本当にお宝があると聞いて、俄然やる気が出てきた。
「ふふん、お宝、頑張ってゲットしてくださいですー。それでは、皆さん、気を付けて行ってきてくださいね〜♪ ハッピーハロウィーンです〜!」
これ、探索班の、ファイトの順番ですー。公正にくじで決めたのですー。
せんせーはそう言って、醤油をしみ込ませて古紙に見せかけた、メモを渡す。
アウル攻防に巻き込まれないため、一般人のせんせーとは入口でお別れだ。
せんせーは外側からぐるりと回り道をして、出口で待っているという。
探索班は1列に並んで、ダンジョンの入口へと消えていった。
●
第1回戦は、樹VSとしおのFOFだった。
「レッツゴー!」
楽しそうに気合を入れるとしお。
「ふっ‥‥わし渾身のきのこぐるみを披露するときが来たようだの!!」
かっと目を見開き、<明鏡止水>で【潜行】と【覚醒】を得る樹。
そっと道端にたたずみ、着ぐるみで、身も心もでかいきのこになりきっている。
それにしても、でかい。
人間、いや悪魔だが、が、すっぽり入っている大きさなのだ。でかすぎる。
【潜行】してはいるのだが、どことなく潜みきれていない。
「おー、おっきなきのこだなあ‥‥いいダシが取れそうな‥‥」
ラーメン王・としおは、巨大キノコを見て何か違うことを考え始めていた。
「勝負であるのぉぉぉ!」
「うわあぁぁぁ!」
巨大きのこが突然喋ったら、誰だって驚きます。
「ひあああああ! 何じゃあその、おぬしの破廉恥な恰好はの〜!」
出会った先輩が、全裸にいちじくの葉っぱイッチョなら、女子でなくても驚きます。
しかし、きのこもとしおもすぐに気を取り直し、ハリセンとシルバートレイを持ち、じゃんけんの構えをとるところ、歴戦の撃退士と言えるかもしれない。
「最初はグーだの。しかるのち、じゃーんけーん‥‥!」
「漢は黙って〜‥‥!!」
ぽん。
グーとグーで、あいこだった。
「「あーいこーで‥‥!」」
ひたすらグーを出すとしお。
2回目はパーと決めていた樹。
「あーあ、きのこに負けちゃったかあ‥‥」
肩を落としてしょぼーんとする、としお。
負けを認め、支給されたシルバートレイを掲げる。
「きのこに戦闘回避という選択肢はないんだの! ファイトだの!」
「オッケー、こちらもフードは無しだ。勝負!!」
としおの挑発に、ハリセンを一気に振り抜く樹。
「覚悟なんだのおおお!!!」
そのハリセン目がけて、シルバートレイを投げつけるとしお。
<回避射撃>で少しでも狙いを逸らす目的だ。
「ほ、ほむ〜!?」
見事に狙いを逸らされ、更に遠心力にも耐えきれず、着ぐるみごと転がっていくきのこ。
「た、立ち上がれぬ〜。誰か、助けて欲しいのだの‥‥!」
勝負を終えたとしおと樹は、賑やかし要員となった。列の最後尾に並び直す。
「きのこ図鑑」(不思議植物図鑑の×巻)を装備し、きのこをあちこちに飛ばす樹。
「必殺きのこパレードなんだの!」
更に、えのき(鳳凰)を召喚し、やたら神々しいきのこを演出してみせる。
「くくく‥‥不死鳥の加護を受けし、きのこの力を見るがよいの!」
薄暗いダンジョンの中、えのきが神々しく輝いて見えた。
一方、としおは艶めかしく腰をくねくね振りながら、ノリノリで皆を応援していた。
「勝っても負けてもナイスファイト! こういうのは楽しんだもん勝ちだよね!」
●
第2回戦は、海VS文歌のFOFだった。
(きのこが倒されただって‥‥! これは、ここで探索班を食い止めなければ‥‥食い止めなければ‥‥何も起こらないけど、一応‥‥)
BGMを緊迫感あふれるものに取り換え、海はパサランの着ぐるみ内で唇を噛んだ。
探索班が足音を響かせてやってくる。
「とうっ!」
海はパサランのふりをして、一行の前に進み出た。
「む、今度はパサランさんだねっ! 着ぐるみ仮装が流行しているのかな?」
海賊姿の文歌が進み出る。サーベルを抜くような姿勢でハリセンを構え、じゃんけんに備える。
『野生のパサランが現れた』
きゅっきゅっとホワイトボードに書きしるし、海は文歌に見せた。
「お宝のために、がんばりますよ〜。パサランさんには悪いけど、負けてもらうからね♪」
「最初は、グー!」
「「じゃーんけーん‥‥!」」
ぽん。
パサランが出したのはグー。
文歌が出したのはパーだった。
「神速のツッコミハリセンです! ♪マホウ☆ノコトバを唱えよう‥‥きっと大丈夫、一言言えたらまた言えるよ、貴方に伝えたい想いを胸に♪♪」
<マホウ☆ノコトバ>を歌い、ドップラー音を響かせてハリセンを振り下ろす文歌。
シルバートレイを持ったまま、おろおろと、正面をガードしているパサラン。
(というか、手が短くて頭まで届かん!)
すぱーん!!!!
気持ちの良い音が、ダンジョン中に響き渡った。ころころと転げるパサラン。
その後。
パサランは、ごろごろ転がりながら奮戦したのち、何とか自力で起き上がる。
『なんと パサランが おきあがり なかまに なりたそうに こちらをみている!』
ホワイトボードに書かれた一文を見せる海。
文歌さん、なかまにしますか?
>YES
NO
『コンゴトモヨロシク』
こうして、賑やかし要員に混ざることになった2人。
文歌は、得意の歌とダンスで、最終ファイトを盛り上げにかかった!
「今日はアゲアゲでいくよ〜! レッツ・ダンシング・ハロウィン〜♪」
●
第3回戦=最終戦は、一千風VSアリスのFOFだった。
「行くぞ、‥‥と、待て、皆早い」
視界の悪さ、足元の不安定さ、仮装の重さで、騎士らしく皆を率いようと先頭集団に行こうとするが、なかなか追いつけない一千風。
3人目の防衛班が待ち受けているところまでたどり着く頃には、へとへとになっていた。
(我ながら、負荷の高い仮装を作ったものよ‥‥)
ふ、とひとり、胸の中で自嘲してみる。
魔王っぽいマントをかぶり、カギを首から提げ、ばにーすーつで恥ずかしそうに迎えたアリスの姿を見て、女騎士一千風は心を決める。
「ダンジョンの守護者が相手なら、本気を出そう」
「わたくし、守護者でしたの??」
おろおろするアリスの前で、全身鎧の留め金を外し、マイクロビキニに骸骨の特殊メイク(ボディペイント)という、セクシーでホラーな姿を露わにする一千風。
「きゃー! ガイコツさんですの!!」
驚きと恐怖で、マジ泣きしそうなアリス。
ここに立って待っているのも、BGMのおどろおどろしさと相まって、心細かったのである。
「では、ファイトするとしようか」
「ふ‥‥フードですの!!」
うさぎ帽子を被らされた白いヒリュウが飛んできて、一千風にたい焼きを差し出す。
「ぐっ」
ルール上、フードを差し出されたらファイトは出来ない。
しかし、一千風は甘いものが苦手である。
差し出されたお菓子を食べなければいけないというルールはない。が、騎士として、一千風は、涙目のアリスを見て、冷たい態度に出ることは出来なかった。
「じゃ、じゃあ、尻尾の端っこを一口だけ。残りはどうぞ、もうこれ以上は‥‥ほら、私骸骨だし」
あんこの詰まっていない、甘くない皮の部分だけを食べて、一千風はアリスにたい焼きを返した。
●
「で、では、ファイナルイベントに、まいりますわね」
アリスはもじもじとマントで体を隠しながら、皆に問いを投げかけた。
「朝は4本、昼は2本、夜は3本、一体何のことでしょう?」
「「「人間」」」
あまりにも有名なクイズ過ぎた。アリスは皆に即答されたことに驚き、そして頷いた。
ドライアイスが焚かれ、スモークの中から宝箱が出てくる。
アリスがペンダントになっていたカギを差し込むと、箱がぱかっと大きく開いた。
「皆さんに、マリカせんせーから、財宝(参加賞)だそうですの」
箱の中にまでドライアイスが焚かれていて、財宝が何かはよくわからない。
「抜け駆けするな、財宝は私も」
一千風は先陣を切って覗き込む。
勿論、皆、心を躍らせて、宝箱の中を覗き込んでいた。
――そこに眠っていたものは‥‥!!
\金銀財宝大判小判/
‥‥ではなく、カレーパン、コロッケパン、焼きそばパンなどの総菜パンであった。
あんまん、たい焼き、ドーナツ、バケツプリンという、甘味の苦手な学生には地獄の苦しみ。
そんな学生を救おうとする、マリカせんせーの粋な計らいだったのである!!!
「私、実は甘いのダメなんだ、これで生き返れる!」
自らのマイクロビキニを隠すように身を縮め、しかし喜んでいる一千風が天を仰いだ。
「神よ‥‥私は復活せり!」
実は死者設定だった一千風は、コロッケパンを手に取り、滂沱と涙を流した。
●
「FOF、楽しめましたでしょうか〜?」
マリカせんせーが出口から入ってくる。
既に宝箱の中は空っぽ、支給された甘味類も底をついていた。
バケツプリンは、文歌が1人分ずつ、宝箱に収まっていた器に盛り直し、アリスが給仕をして(甘いものが大丈夫な)学生たちに配っていた。
「どうですか?」
海は、たい焼きを二つに折り、せんせーに差し出した。
「遊んだあとのお菓子は格別だの! 疲れが取れるの!」
樹もにこにこして、もちもちドーナツ(黒蜜きな粉味)を食べている。
「せんせーも、イベントは終わったので、余った「フード」を食べてもいいですからね。折角ですし、皆で分け合いましょう♪」
文歌が、せんせーの分のプリンを差し出した。
「財宝っていうからには「死のソース詰め合わせ」等かと思いましたけど、こうやって親交を深められることが、一番の財宝ですね!」
ラーメン王・としおが爽やかな笑顔を見せる。
「取り合えずあなたはマトモな服を着ろ」
「遠石さんだって、凄いマイクロビキニじゃない。変わらない変わらない♪」
葉っぱ全裸とビキニでは、比較になりません。
「そ、その前にジロジロ見るな! これはあくまでも仮装で‥‥」
真っ赤になる一千風。
「そうそう。ボディペイント、大変でしたよね〜」
手伝ったせんせーも頷く。
こうして、学生たちのハロウィンの思い出がまたひとつ、増えたのであった。
ハッピー・ハロウィーン!