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「こちらですの」
アリス・シキ(jz0058)に引率され、アミューズメントランドに到着した一行は、その地味さと醸し出される過疎感に、半ば呆然としていた。
「では2人1組のパスポートとスタンプラリーカードをお渡しいたしますので、お楽しみになって下さいませ」
水鏡 蒼眞(
ja8066)は、ふぁんとむくんを抱いてにこにこしている天月 楪(
ja4449)を見やり、ゆずのお守りじゃしょーがねえなと、アリスの手から奪うようにパスポートを受け取った。
(ゆずの姉貴から寄越されたパーカー、いつも通り青いのはいいが、なんだって猫耳がついてんだ‥‥しかも尻尾まで‥‥脅されたから着るしかねェが‥‥)
仏頂面で楪と共に入場ゲートを入っていく。尚、楪の格好は、白いうさみみフードとうさしっぽが付いた袖なしパーカーと薄い青のロングTシャツで、動く度に被っているフードの耳がぴこぴこしていた。
ファティナ・V・アイゼンブルク(
ja0454)は、妹分のヴィーヴィル・V・アイゼンブルク(
ja1097)が放つ猛烈な石鹸と香水の香りに若干不安を感じつつ、2人で入場ゲートを通っていった。
「ヴィルとこうして遊ぶ機会なんてそうそうありませんので、行く先はヴィルに任せますね。何かしたい事があれば遠慮無く言うんですよ」
「はいっ、お姉さま!」
じゃらじゃらと高価なアクセをふんだんに使用して着飾り、目一杯のお洒落でキメたヴィーヴィルは、頬を薔薇色に染めて、つき従った。
月岡 瑠依(
ja5308)と村沢 昴(
ja5311)の2人は大学生同士、落ち着いた様子でゲートを通過した。入口でさっと地図をゲットする、手際のよい昴。エスコートするように、恋人に手を差し伸べる。軽く思案してからその手を取る瑠依。
「あら?」
アリスは周囲を見回す。参加予定者の水無月沙羅(
ja0670)の姿がない。服部 真夜(
ja7529)と2人、途方に暮れる。
「困りましたわ。2人1組でないと、パスポートをお渡しできませんのに」
「では、シキ殿、我と行かぬか? 遊園地、一度行って見たいと思っていたのだが、今の所、相手がいなくてな‥‥」
アリス自身は最初から1人で待つつもりだったので、近くの喫茶店を調べ、時間潰しのための勉強道具も持ってきていた。しかし、この状況で断れば、真夜も入園できない。
「‥‥わかりましたわ」
逡巡の後、アリスは小さく頷いた。
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「蒼くん! キャラメルポップコーン!」
ジェットコースター近くの屋台前ではしゃぐ楪。
「あ と に し ろ !」
蒼眞がスルーする。ジェットコースターの入口に身長板が置かれていたが、「撃退士の方は身体能力に優れておりますので、無制限でお楽しみ頂けます」との説明が、パスポートに書かれていた。
早速乗り込む2人。独占状態でジェットコースターが動き出す。
「ぎゃー!」
「わー!」
蒼眞と楪が思わず声を上げる。
「な、なんかネジがギシギシ言ってる!! レールがガタガタしてる! ちょ、これ、本当に安全なんだろうな――うぉわぁっ!?」
真夜とアリスの乗った、遠心力で椅子を振り回す絶叫マシンが、ジェットコースターの鼻先を掠めていく。手を伸ばせば届きそうな、錯覚。
絶叫の意味が違う気がした。
蒼眞がぐったりして降りると、係員がスタンプを2人分ぽんぽんと押してくれる。
「あと4つ乗れる? 大丈夫?」
楪は観覧車めざして歩きながら、それこそ蒼白になっている蒼眞を窺った。
「あー、チュロス!」
屋台を見つけて駆けていく楪。意地でも口には出さなかったが、蒼眞は内心(おい‥‥なんだってこんなに絶叫マシンが多いんだよ)と毒づいていた。
「‥‥ふむ。計算された距離感がなかなかだったな」
ベンチで休憩しているアリスとは対照的に、物足りなさそうな真夜。スタンプを貰い、次なる絶叫マシンへと歩を進める。
「ま、まだ乗りますの?」
「うむ。中々面白い」
垂直落下マシンに乗り込む真夜。仕方なくついていくアリス。
再び「こんな程度か」と呟く真夜と、ベンチに座り込むアリスの姿があった。
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ひゅーどろどろな音が微かに聞こえてくるお化け屋敷。
「きゃあああー、お、お姉さまっ!」
ヴィーヴィルが仕掛けに怯えてぎゅむーっとファティナの腕にしがみつく。
ぽろり。
ファティナの腕がもげた。
一瞬固まるヴィーヴィル。続いて、あらん限りの悲鳴。
(やりすぎたでしょうか?)
闇に紛れてマネキンの手を握らせ、自身は仕掛けに隠れてヴィーヴィルの様子を窺っていたファティナは、ちょっぴり申し訳なくなった。お化け屋敷自体は、天魔のほうが余程怖いのでは、というくらい、ファティナにはあっさりしたものに感じられた。
「な、何、いいい今の悲鳴ぃ!?」
同じタイミングで、別のルートを歩いていた瑠依が、ヴィーヴィルの悲鳴を聞いて、昴により一層強くしがみつく。
「昴‥‥お願い‥‥っ。絶対離さないで‥‥っ。離したら本気で別れるから‥‥!」
涙目で訴える瑠依。
「大丈夫大丈夫。俺にまっかせなさ〜い! 何があっても瑠依を守るからさっ」
瑠依の肩を、役得とばかりに、きゅっと抱き寄せる昴。
「つり橋効果だか何だか分からないけど、私には遊園地にお化け屋敷なんてものがある理由が分からないわ‥‥!」
涙目を通り越して、半泣きの瑠依であった。
スタンプを貰い、ほぼ放心状態でベンチに座って、昴にぐったりと寄り掛かる瑠依。
「精神的に疲れた‥‥」
「よしよし。よく頑張りました。偉い偉い」
恋人の頭を撫で、自販機で入手した飲み物を差し出す昴。受け取ろうとした瑠依のこめかみに、すかさず軽くキスをする。無言で放たれた肘鉄が軽く昴の顎にきまった。
「して良いなんて、言ってないからね!」
そっぽを向いて飲み物を口に運ぶ瑠依。昴は顎を摩りつつも嬉しそうに恋人を見つめた。
その様子を、少し離れたベンチから見つめるヴィーヴィル。
(お姉さまとキス‥‥お姉さまとキス‥‥)
もわんもわんと妄想が膨らむ。今日のために5回もお風呂に入ってきたし、心の準備はバッチリである。ファティナお姉さまとあんなことやこんなことをしたいのです! カモンお姉さま!!
「次、何処にいきましょうか」
「観覧車など、いかがでしょう」
空中での2人きりのらぶらぶタイム。お化け屋敷で意地悪したお姉さまですもの、少しくらいいいですよね、とヴィーヴィルの妄想は止まらない。
「すっごい景色がきれいだったね! つぎはミラーハウスだよ、蒼ちゃん!」
観覧車から降りてきた楪&蒼眞とすれ違った。
2人は仲良く、手を繋いでいた。
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絶叫系を全制覇し、ジェットコースターを降りたところで、「ふむ」と真夜は腕を組んだ。
「意外に面白いものだ。わざと軋る音を立てたり、ぶつかりそうな距離に置いたり、不安定な動きをさせたりして、客の動揺を誘うアトラクションなのだろうな」
逆さ吊りマシンで被せられた使い捨て防水ヘアキャップを外し、ぽいとゴミ入れに放り込む。
アリスは無言だった。
「シキ殿、お化け屋敷へ行ってみるか」
‥‥やはり、無言だった。
真夜は判断に迷い、「休憩したほうがよいか?」と提案した。
「いえ。‥‥大丈夫ですわ」
全然大丈夫じゃない様子で、アリスはヘアキャップをゴミ入れにそっと入れた。
「ふむ」
真夜はやや心配に思いつつ、お化け屋敷に入っていった。
「ぎゃー! 死ぬ死ぬ死ぬー!!」
今度は昴が動転する番だった。一応絶叫系マシンには強い瑠依も、ギシギシ、ミシミシと不安な音を立てるアトラクションに、やや動揺していた。
「こっちもかよ! ぶつかるー! うわあー!」
うん。絶叫の意味がやっぱり違います。
ぐで〜となった昴をベンチに寝かせ、膝枕をしてあげる瑠依。恋人の髪を撫でてあげる。
「一気に全部乗ることないのに。全く、こうなるのも当たり前でしょう? 無謀過ぎるんだから」
でも、本当に、安全対策大丈夫なの?、と、思ったりもする瑠依。
これは園長に問いただしてみなければなるまい。
‥‥お化け屋敷から出てきた真夜は、「天魔の恐ろしさには比べようがない」とクールに判断していた。一般人にはそこそこ怖いだろうが、撃退士には何ということも無いからくりだった。
と、思っていた。
早足でお化け屋敷を通り抜け、ベンチに直行して、俯いているアリスを見るまでは。
「シキ殿? どうかしたか?」
「‥‥」
覗き込むと、ぎゅっと口を結んだ状態で、アリスはぽろぽろ涙を零していた。
戦闘経験皆無の彼女には、刺激が強すぎたようだ。
「何でもありませんわ」
さっとハンカチで目元を拭う。その全身が微かに震えていた。
「ふむ‥‥」
真夜は考え込み、お昼休憩をとることを提案した。
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場内に、アナウンスが流れる。
お昼休憩を知らせる、園長の声だった。
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一同はそれぞれのアトラクションから出てくると、中央広場に集まった。
お花見弁当を持参した真夜はそれを黙々と食べている。
「お姉さま、はい、あーんしてください」
ヴィーヴィルがフォークで刺したチキン片を、ファティナは、フォークごと奪い取る。
「お弁当を作ってきてくれるのは嬉しいけれど、私にあーんで食べさせようとは10年早いです。私が食べさせてあげます。ほら、あーん、しなさい」
頬を紅潮させ、目を潤ませて、口を開けるヴィーヴィル。
なんとなく、食べさせる気が失せていくファティナ。
結局、チキンはファティナの口の中へ消えていった。
「ねえね、えんちょうさん。こんなのどうかなあ?」
楪が買ってきたサンドイッチをもぐもぐしながら、園長に提案していた。
「『これで君も撃退士! 天魔降伏ハニートースト!』みたいな名物料理とか。金色のはちみつで天使、濃い紫のベリーソースで悪魔を表現して、あとは飴細工で天使と悪魔の羽をさして‥‥って感じ? カップルで制限時間内に食べきったら、ペアのストラップとかをプレゼントにしたらいいんじゃないかなーって」
「おい、ゆず‥‥そのネーミングセンスはどうにかならないのか?」
「‥‥そんなに名前へん?」
蒼眞のツッコミに、ふぁんとむくんを抱きしめて、小首を傾げる楪。
「っていうかさ、あのお化け屋敷、実戦知ってる奴には温すぎるんじゃないのか?」
寧ろ文句を言う蒼眞。園長は「すみません、すみません」と頭を下げた。
「ストラップは私も考えたのだけれど、お揃いの物をカップルに先着順でプレゼントするのはどう? ストラップなら、遊ぶのに邪魔にならない位の大きさだし」
瑠依がそれこそ、昴に「はい、あーん」で買ってきたお弁当を食べさせながら、提案する。
「恋人同士の集客を考えると、夜の遊園地開園!、なんていいんじゃないか? ライトアップが金銭的に厳しいなら、施設にだけ点灯して、道にはキャンドルとか利用して‥‥」
昴はそう言うと立ち上がり、園長に耳打ちした。
(観覧車から見るとハートマークに見える場所を作ってさ、それが見えたカップルは結ばれるとかっていうジンクスを売り出すのはどうかな。俺達が実験台になってあげるから)
実験台もなにも、すっかりデキてるじゃないですか、お2人様。
しかし、園長がそれを知る訳もなく、「ほぉ」と感心されてしまった。
「学園の生徒を雇ったヒーローショーなど、撃退士方面に特化した遊園地はいかがでしょう。学生を雇用するくらいなら、大してお金もかかりませんし、ヒーローショーが成功したなら、徐々にアトラクションやお土産に投資していく感じで‥‥現実に存在するヒーローを活かさない手はないと思いますし、ヒーローショーを好みそうな撃退士も数多いと思います」
ヴィーヴィルが新たな提案をする。
確かに、遊園地とヒーローショーは割とセットになっていることが多い気がした。
(ご提案と引き換えに、スタンプラリーは少し緩和してくれると嬉しいのですが‥‥お姉さまは絶叫系が苦手なものですから。でも、完走記念コスプレ写真は是非ともしたいですし‥‥)
こちらも、立ち上がって園長に耳打ち。
園長はうんうんと頷いた。
「絶叫マシンをひとつ減らし、『忍者カラクリ迷路』と言う物にしてもよいのではないかな」
真夜も提案する。
「色々と苦手な人も居るようだから、その方が楽しめると思う」
「なるほど‥‥」
園長は部下らしき者にアイデアを色々と書きとめさせると、皆のスタンプカードにぽんぽんぽんとサービススタンプをついた。
「これで完走扱いになりますから。まだ遊び足りないかたは好きなだけ遊んでいってやってください。お疲れのかたは、コスプレと記念写真へどうぞ」
「あの、園長さん。俺達、暗くなってから観覧車に乗りたいんだけど?」
「分かりました」
昴が交渉し、観覧車だけはもう暫く乗れることになった。
(‥‥観覧車‥‥2人きりの密室、そうです、観覧車がまだなのです!)
ヴィーヴィルが何か妄想をたくましくさせながら、お姉さまとのちょっぴりえっちぃひと時を過ごそうと、ファティナの腕を引っ張る。
「疲れましたね。私たちも写真を撮りに行きましょうか」
「う‥‥お、お姉さまのいじわるー!」
妹の想いを知りつつも、華麗にスルーする姉であった。
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めいめい、好きな衣装に着替えて、記念撮影が始まった。
花嫁衣装に始まり、お姫様ドレス、映画俳優が着そうな舞台衣装、二次元作品から作られた衣装など、驚く程沢山の衣装が揃っていた。
ヴィーヴィルは出来上がった記念写真に、専用ペンを使って、花嫁衣装の自分たち2人をハートマークで囲んで、だらしない笑みを浮かべていた。
日が傾き、暗くなるまで、皆は巡っていない施設を回って楽しんだ。
「さて、ご要望にお応えして、最後に観覧車だけ回します。お乗りになる方はどうぞ!」
園長の言葉に、技師がランプを持って、制御室に入っていく。
観覧車がゆっくりと回りだした。
「きれいだねー」
楪と蒼眞が夜景に見とれている。
「ねえ、瑠依、大好きだよ。ずっと、傍にいてほしいんだ」
瑠依の両手を握って、瞳を見詰めて、微笑する昴。
「─―何を今更。昴がどんなにヘタレで打たれ弱くても‥‥この先も、どんなに血に塗れても‥‥家族と同じ位、居心地が良い場所は‥‥」
唇を重ね、微笑して瑠依は続ける。ハート型の光が視界に入った。
「昴。他でもない貴方の傍だけよ」
「お、お姉さま。私は今日この時のために‥‥」
飾りボタンをさりげなく外しながらヴィーヴィルが言いかけたところへ、ファティナが遮る。
「ここから見える景色は素敵ですね。限られた範囲だったとしても、このまま無くなってしまうかも知れないのが惜しく思うくらい‥‥」
「‥‥はい」
ヴィーヴィルは、外ばかり見ていて、隣に座っている自分を見てくれない姉に、唇を尖らせた。
●
やがて。
アミューズメントランドがリニューアルオープンした時には、かつてのように、長蛇の列が出来たという噂が、学園にも流れてきた。