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数時間ほど、時計の針が巻き戻る。
時は、夕暮れ前のこと。
水無瀬 文歌(
jb7507)は、友人であるアリス・シキ(jz0058)を誘い、商店街のおばあちゃんと一緒に、せっせと月見団子を作っていた。
「茹で上がったお団子は、冷水にさらしましてから、バットなどに広げて扇ぎますと、照りが出ますのよ」
おばあちゃんも交え、3人は世間話などもしながら、せっせと手を動かす。
(シキさん、なんだか無理している感じがするよ、大丈夫かな?)
文歌は密かに、終始朗らかなアリスのことを案じていた。
愛する人と入籍し、新たな姓を得た文歌。
大切な人とは、別々の人生を歩むことになり、破局を経験したアリス。
「‥‥手が止まってございますわ。文歌さん、どうかされましたの?」
逆に心配され、文歌は苦笑を浮かべた。
(新しい気持ちに切り替える事も、この宴会の趣旨みたいなので、これを機に、シキさんにも、心機一転して貰えたらいいなって思うよ)
口には出さずに呟くと、文歌は再び団子を丸め始めた。
●
ブルーシートを敷きつめた広い原っぱに、手押し車で、串に刺した団子をどっさり運び込む、文歌とアリス。
文歌は、特別に、12個をバランスよく積んだ団子を、広げた折り畳みテーブルの上に供えた。
「これはお月見泥棒用のものです。学園には子どもがいっぱいいますから」
「泥棒用‥‥?」
宴の主催者である轟闘吾(jz0016)が尋ねる。
「はい。十五夜の夜だけは、子どもたちは、よその家のお供え物を盗って食べても良いとされていたんですよ」
文歌の言葉に、黒百合(
ja0422)が頷いた。
「私も聞いたことがあるわァ。お供え物を盗まれた家では、『月の神様が食べてくれた』『縁起が良い』ということで、歓迎していたそうよねェ?」
「はい、そうですよ」
文歌と喋りながら、黒百合は持参したススキを活ける。秋の七草や秋桜なども添えて活け、旬の野菜と果物・さつまいもを供え、里芋を茹でて剥いて塩を振って食べる「きぬかつぎ」をテーブルに置く。
勿論そばには食卓塩も幾つか置いてある。抜かりはない。
「ススキは『月の神様の依代』と言われているのよォ。鋭い切り口が魔除けになると言われて、お月見が済んだら、軒先に吊るしておく風習もあるそうだわァ」
テーブルに並んだ団子の餡・たれを眺め、すり鉢を取り出したのは、黒井 明斗(
jb0525)である。
まだ夕陽がさしているうちに、持参したクルミをすり鉢で粉にし、クルミ餡を作って並べ、クルミ団子をラインナップに加えておく。
また、自宅から持参した卓上コンロを置き、やかんと水、緑茶の缶をセットした。
「ほう‥‥クルミ餡か。温かい緑茶もいい‥‥まだ冷えるかも知れねぇしな。‥‥気が利くな」
様子を見に来た闘吾に、明斗は銀縁眼鏡を光らせて、にこにこと頷いた。
「お茶は、九州の星野村のものです。一般的に名のある茶ではないのですが、日本有数の茶ですよ。是非轟さんも試してくださいね。クルミ餡も美味しいですよ」
「おう」
言葉少なく、だが楽しみな様子で、闘吾は答えた。
●
団子、たれ等、ソフトドリンク、供え物の準備が済むと、いよいよ酒の出番である。
もう一つテーブルが組み立てられ、各地の地酒、銘酒がずらりと並ぶ。
「おっ、日本全国各地の銘酒。新潟の地酒もあんじゃねえか! 番長、男前だねえ」
鐘田将太郎(
ja0114)がまっしぐらに酒テーブルに向かい、品定めを始める。
「ちょっと誰か手伝ってェ〜♪」
黒百合は、超高級純米大吟醸酒を樽ごと持ち込んでいた。鏡開きの準備も既に整っている。タガ落としまでは済んでおり、あとは有志で木づちを振るうだけだ。
数人で順番に鏡(樽の蓋)を叩く。割れてきたところにバールを入れて、蓋を開け、鏡開き終了である。
その後、酒の表面に浮かんだごみをすくい取って、いつでも飲める状態になった。
「直接、柄杓を入れて飲んでねェ♪」
「杯も枡もありますよ」
豪快な黒百合の発言に、せっせと器を用意する文歌とアリス。
「轟先輩」
文歌は白拍子の装束で、黒百合の持ち込んだ清酒を、柄杓で杯にとった。
上りかけの丸い月が、酒の表面にチラチラと映り込み、揺れる。
思わず闘吾が手を伸ばすが、文歌はやわらかく止めた。
「これは飲むのではないんですよ。平安の貴族達は、月を直接見ずに、池や杯に映った月を愛でたそうです」
「残念だが、俺ぁ貴族じゃねぇ‥‥」
闘吾は揺らぐ月ごと、酒を飲み干した。
「うむ‥‥非常に良い酒だ‥‥皆も飲め」
こうして月見の宴が始まった。
(独り酒もなんだなあ。彼女も来ていないし、寂しいなー。※棒読み)
のんびりとブルーシートに寛いで、羽を伸ばしつつ、佐藤 としお(
ja2489)は枡を傾けた。
「轟さんも一緒にどう? 漢は黙って月をあてに飲んでろとか言わないよね?」
「日本酒には塩が合う‥‥試すか?」
闘吾は「きぬかつぎ」の横に並べてあった食卓塩を少しつまみ出し、枡の角に置いて、としおに勧めた。
「お、こりゃあいい! 辛口の酒に合うね!」
「よお、おまえも一緒に飲もうぜ。何なら飲み比べするか? 日本酒だったら負けねえぜ」
そこへ将太郎も混ざってくる。
「いいでしょう、飲み比べ! 受けて立ちますよ、鐘田さん!」
としおは目をきらきらさせていた。
「俺も‥‥と言いてぇところだが、お焚き上げが残っている。炙り団子がどんどん後回しになっちまう‥‥。すまねぇが、あとでつきあうぜ‥‥」
闘吾はドラム缶のほうに歩き去っていった。
「おっと、俺も黒歴史ノートを燃やすつもりだったが‥‥まあ、酒と団子のあとでいいだろう。まだ火も強くは無さそうだしな」
将太郎はそう言って、としおとの飲み比べを開始した。
●
かまどに改造したドラム缶の中で、炎が赤く踊り狂い、パチパチと火花が爆ぜる。
火が程よい勢いになるのをひたすら待っているのは、雪室 チルル(
ja0220)だ。
(依頼ばっかり出ていて、本業の学業が大変なことになっちゃったわよ! この壊滅的惨状となっている小テストの解答用紙をお焚き上げして、ちょうかしこく証拠隠滅よ! あたいちのーはだわ!)
ついでに、残るとやばい成績表とかも、ドラム缶にポイポイするチルル。
(え? ちったあ反省しろって? こまけえこたあいいんだよ!)
大丈夫、誰もが似たようなものだ。
チルルの次にドラム缶前に立ったのは、目をギラギラさせた、大狗 のとう(
ja3056)である。
「お月見だなんて、風流だな! 雅ってやつだな! いっししし、俺ってば燃やすもの色々あるぜ! そう‥‥この間のテスト、とかな‥‥」
元気いっぱい、いえーいと楽し気に笑顔を浮かべていたその顔に、さっと翳りが差す。
スッ‥‥。
そして、丁寧に紙の紐で束ねられた紙の束を、闘吾に手渡す、のとう。
(何も言うな‥‥言ってくれるな‥‥)
逸らした目には力強いとも思える光が宿っており、あらゆる追及を拒んでいた。
本人にとって遠き過去の遺物が、ドラム缶の中で燃え上がる。
「捨てる機会が無かったのでちょうど良かったです」
明斗は、中等部時代に使っていたノート60冊程を闘吾に手渡した。
出来るだけノートの装丁を外し、空気を含ませながら、丁寧に燃やしていく闘吾。
時折、灰を掻き出して、火の勢いが衰えないようにする。
掻き出した灰は、陶器製の大きな壺にすくい入れていった。
ドラム缶の火で団子を香ばしく炙り、めいめい、好きなたれや餡をつけていただく皆。
素朴なお団子の味が、口いっぱいに広がる。
「まだまだ火種はあるわよォ♪」
黒百合が荷車を引っ張ってきた。
「学園の資源ゴミ置き場の紙類コーナーから、頂戴してきたわァ♪ 学園生の捨てたどんな紙ゴミがその中に混ざっているのかは、私も知らないのォ。なんか、面白い物が発見されないかしらねェ?」
「紙は紙だ‥‥気にせず、くべていいぜ‥‥」
闘吾は豪快にひっつかんで、火加減だけはしっかり見ながら、紙ゴミをドラム缶に投げ入れる。
お菓子や食べ物の箱を潰したもの、雑誌類、広告チラシなどが多かったが、中には破られた手紙なども混じっていた。
「ぱっと見、誰かあてのラブレターみたいねェ?」
興味津々に黒百合が広げるが、マジックでほぼ塗りつぶされていて、解読できなかった。
「おまえは燃やすものはねえのか?」
飲み比べで意気投合した将太郎は、としおに尋ねた。
「燃やすもの? ないよ、黒歴史含めて全部良い思い出だからね!」
としおは即答する。
「いい生き方してんなあ」
将太郎はどこか羨ましそうに見えた。
炙った団子を砂糖醤油でいただきながら、将太郎は闘吾のところへ出向いた。
月見団子など、酒のツマミにはならねえだろう、と最初は思っていたが、どちらも米の旨みがほのかに味わえて、思ったよりいい塩梅だった。
「おう。番長、なかなか火種が尽きねぇようだな!」
地元の酒が入って、懐かしさで陽気になった将太郎は、黒百合の荷車を見やり、闘吾に黒歴史ノートを取り出して渡す。
「これには、俺の恥ずかしい出来事、久遠ヶ原に来てからの黒歴史、忘れたい出来事がビッシリ書かれている。こういうモンは燃やして証拠隠滅だ! さらば、俺の忌まわしい過去! 言っとくが絶対に見るなよ、見るんじゃねえぞ!?」
「‥‥見ねぇよ‥‥」
闘吾は黒歴史ノートをドラム缶にちぎり入れ、焚き上げた。
その火で、皆、順番に団子を炙って食べる。
あまーいきなこや飴、砂糖醤油といった、甘いたれ・餡を中心に食べているのはチルルだ。
黒百合は全ての味を試そうとしている。
同様に、全ての味を網羅し、更にマシュマロを炙ろうとしているのは、のとうだった。
「やー、家でやると、何でか一瞬で燃えて無くなっちまうんだよなー! 不思議だよな!」
笑いながら、ちょっと焦げ気味だが、とろけたマシュマロを闘吾に勧めて、のとう自身も頬張る。
「お酒もちびっと呑むぜ、俺ってば大人だからな!」
「ならいいお酒を教えてあげるわよォ?」
のとうに、枡酒を勧める黒百合。
「ちびっとでいいんだぜ! ちびっとで!」
「このくらいちびっとよォ。とってもいいお酒だから、口当たりもするっとイケちゃうしィ!」
枡になみなみと酒を注いで、悪魔の笑みを浮かべる黒百合であった。
「まぁ、お互いにお酒は飲めないけれど‥‥。せっかくのこういう日だもの、楽しんでいこう」
黄昏ひりょ(
jb3452)は、チルルに炭酸系ジュースをお酌しながら、微笑んだ。
「かんぱーい!」
「あたいも、かんぱーい、だわ!」
ひりょとプラスティックカップの角を合わせあい、そう言えば皆で乾杯の音頭はなかったわね、とチルルが首をかしげる。
「どのたれとかがお勧めかな?」
「あたいは甘いのを全制覇したわよ!」
「どれどれ」
醤油、きなこ、砂糖醤油をメインに、美味しくお団子をいただくひりょ。
「このクルミ餡、いいですね! 美味しい!」
「あっ、有難うございます」
明斗が聞きつけ、ひりょに礼を言った。クルミ餡は評判も上々で、大分なくなっていた。
「良ければ温かいお茶もどうぞ!」
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浪風 悠人(
ja3452)は、ひとり、月を見上げながら酒をいただき、団子を楽しんでいた。
本来なら、隣に寄り添っていたはずの妻に、心の中で語りかける。
(月を見て、ふと狼男の話を思いついたんだ。
満月を見ると、狼になって女性を襲うという話があるけれど、あれは満月が脳に作用して、感情が昂ぶりやすくなり、衝動的な行動をとってしまいやすくなることが原因、と言う説があるんだよ。
男は狼という謳い文句もあるから、男性が満月の日に興奮して女性を襲う様子が、狼男の正体なのかもしれないね‥‥)
そして、伝えたかった言葉を胸にしまう。
(そろそろ、子供が欲しいね、って、本気なのか冗談なのか分からない様子で、急に囁いたら、妻はどんな返事をしてくれたのかな?)
妻はいない。急用で来られなくなってしまった。
(次こそは、きっと2人で‥‥)
世界で一番美しい月を、眺めよう。
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美森 あやか(
jb1451)は、長らく「お兄ちゃん」と呼んでいた夫のため、宴への参加を希望した。
(あたしが作るお月見団子は、芋餡や栗餡入りだし‥‥お兄ちゃんお酒好きだけど、家じゃ殆ど飲まないし。まだ知らないお兄ちゃんの好みのお酒があるかも)
でも、おつまみは月見団子だけ、という事だったので、料理の腕をふるうことにした。
(ナッツ類やするめ、柿ピーとかはお店で買うしかないけれど‥‥鶏の唐揚げは、ホントはアツアツが美味しいんだけど、せめて油を切った温かい物を保温容器に入れて持って行こう。枝豆は親友の家庭菜園から晩生品種の物を貰って茹でて。たこきゅうりに、ぎんなんを電子レンジで火を通して殻が割れた物を爪楊枝に刺して‥‥)
そんな妻、あやかを、夫・美森 仁也(
jb2552)は複雑な想いで見ていた。
(日本酒を揃えているという事から、今回は友人や年少者は誘わず、俺だけを誘ったようだな。
『お酒好きでしょ? あたしは未だ詳しくないし』
って‥‥俺の為に参加、か。発起人が男性なのが正直、気になるところだが‥‥)
あやかがお弁当箱を持っているので疑問に思い、仁也が聞いてみると、手製のお酒のおつまみを詰めてきたのであった。
スルメ、ナッツ、柿ピー等、市販のつまみも持ってきたようだが、折角なので手作りのつまみをメインに、妻の酌で、並んでいる酒を全種類、楽しむ仁也。
月見団子は1本火で炙ったのを食べる程度に抑え、酒のためにお腹をあけておく。
「いい酒ばかりだな」
次から次へと杯を飲み干す夫に、あやかも内心、驚いていた。
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文歌は、月光のもと、白拍子の歌と舞を披露していた。
「私、長く陰陽師もしていますし、嗜みです」
「お月見って、何して良いのかよく分からないんだよな‥‥豊穣への感謝とか謂れは何となく聞いた事あるけど、馴染みがないからなあ。でもこうして歌や舞を鑑賞すると、風流だなあとは思えるね」
としおは文歌の芸に見とれていた。
(さて、やっぱり酒の〆は‥‥月見団子、月見バーガー‥‥月見ラーメン! カップ麺で一杯! これに決まりだね!)
ラーメン王・としおは、醤油味のカップラーメンを、何処からともなく取り出し、卵と箸をも取り出した。
「一体どこから出したんですか?」
驚くひりょに、意味ありげに微笑んでみせる、ラーメン王としお。
「欲しい人はどうぞどうぞー、まだまだ沢山あるからね〜」
としおは、食べたい人に行き渡るように、カップラーメンと卵と割りばしを手渡し、コンロでお湯を沸かし、3分タイマーのスイッチを入れる。
ラーメン王の秘密の鞄には、謎と浪漫(主にラーメン関係の)がいっぱい詰まっているのだ!
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黒羽 拓海(
jb7256)は、まあるい月を見上げた。
「いい月だ。こういう時に飲む酒は普段とは違った美味さがあると聞くが‥‥そういったものを知るのはもう少し先だな。新年を迎える頃には飲めるんだがな。まあ、仕方ない。今はこの景色と雰囲気を、二人で楽しむとしよう」
「いいですね、お月見。こうして月を眺めながらゆったりするのも風情があります。折角だからお酌でもしようかと思いましたけど、思えば拓海もまだ飲めませんでしたね。まあ、気分だけでも味わいましょうか」
「有難う」
義妹兼恋人の、黒羽 風香(
jc1325)が、温かいお茶を煎れる。明斗の持参した星野茶だ。
2人でふうふう吹きながら、お茶をいただき、軽く団子をつまみつつ月を眺める。
「‥‥月が綺麗ですね、とでも言えば様になりそうな雰囲気ですね」
風香の言葉に、苦笑で応える拓海。
「‥‥夏目漱石だったか? 返しは‥‥覚えてないな。期待に沿えずすまん」
「テストじゃないんですから、拓海自身の言葉で良いんですよ」
「そうか。うむ。‥‥団子を持ってこよう」
とりあえず、団子を、幾つか種類を貰ってきて、2人で味比べをする。
軽く炙ったもの、炙らずにたれ等をつけたものなど。
「ん、お月見団子も美味しいですね。そのままでもいいですけど、炙った時の香ばしさも‥‥何ですか? 花より団子とでも言いたげな顔ですね?」
軽く拓海の頬を引っ張る風香。
「ははは。‥‥この先もこんな調子で居られたらいいな」
「‥‥ふふ。こうした他愛のないやり取りを末永く続けられるように、今後ともよろしくお願いします。お団子も堪能しましたし、少し甘えさせて貰いますね」
ゆっくりと体を預ける風香、その頭を撫でてやる拓海。
(人目があるのに珍しいな)
そんなことを思いつつ、軽く戯れあう2人。
明るい月に照らされ、互いがとても綺麗に見えた。
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「お疲れ様」
ひりょは、歌と舞を全て終えた文歌に拍手を贈った。
「入籍も済んだし、少し大人っぽくと思って、演出させてもらったよ。皆さんのお邪魔でなかったらいいな」
文歌はにこにこして、アリスの注いだ冷たいジュースを飲んだ。
「お団子はどうだった? あれね、商店街のおばあさんと、シキさんと私で、3人で作ったんだよ」
「そうなんだね。流石におばあさんは、来られなかったのかな。後でお礼を言いに行こうかな? その際には、今日あった事を話しながら、凄く楽しい一日でしたよって報告したいね」
ふとひりょが見上げると、真っ白な、銀色の、月明かり。
(月は太陽の様に暖かく照らすのではないけれど、でも、俺達をそっと優しく見守ってくれてる存在なのは確かだよな)
雲一つない空に浮かぶ月に、思わず見とれるひりょであった。
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「火の番お疲れだったな、番長」
将太郎が、ドラム缶を片づけている闘吾に声をかけた。
団子はものの見事に終了。たれや餡もほぼ、さらえられている。温かい緑茶も好評だったし、ソフトドリンクも酒もかなりの勢いで減っていた。
だが、黒百合の持ち込んだ樽酒は、流石にまだ3割ほど残っている。
「最後にあれで飲み比べをしねえか? 番長と日本酒で勝負してみてえぜ」
「構わねぇ‥‥が、俺ぁあまり、飲んでねぇぞ‥‥」
お焚き上げで忙しくしていた闘吾は、さほど酒に口をつけている余裕がなかったのだ。
「俺だってまだまだ余裕だぜ! なあ番長、新潟の地酒をチョイスしたのはおまえか?」
「‥‥ああ」
「見る目があるな! 俺は魚沼の出身なんだ!」
「魚沼か‥‥いいコメ、いい酒、いい水の地だ‥‥」
「番長、よおくわかってるじゃねえか!!」
将太郎は、感極まった声を上げると、闘吾と、酒を飲み交わし始めた。
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撃退士は、通常の酒では酔うことはない。
従って、月見の宴にて、飲み比べなどで潰れたり、酔って醜態をさらすような者は皆無だった。
●
将太郎と闘吾が、存分に酒を酌み交わし、酒も底をついた後のこと。
月も西の空に傾きかけている。宴もそろそろ、終幕といったところか。
闘吾は、燃やし残しが無いことを丹念に確認したうえで、ドラム缶の灰を全て片づけ、黒百合の持ってきた荷車を借りて、灰を詰めた大きな壺を運び始めた。
これはもう一度、もっと高温で焼きなおして、畑の肥料にするのだそうだ。
皆で、持ち寄った食品、箸やプラスティックカップ、カップラーメンの容器、杯や紙皿などを回収し、分別して、集める。
折り畳みテーブルを片づけ、レジャーシート代わりに敷いていたブルーシートを掃いたり拭いたりして、綺麗にしてから畳み、持ち運べるように丸めて縛る。
少し、風が強くなってきた。
9月半ばの、残暑の残るこの季節でも、朝晩はやや冷える。
恋人たちは身を寄せ合い、お互いのあたたかさを、わかち合う。
「次は奥様も、来られますように」
「‥‥そうだね」
寂しそうに佇む悠人にアリスが駆け寄り、励ました。悠人は少し寂しそうに微笑む。
「大丈夫ですのよ。きっと、奥様も、ご用事先で同じお月様をご覧になっておられますわ‥‥」
悠人の眼鏡に、大きく丸い銀色の月が映り込んでいた。
●
後日。
ひりょと文歌とアリスは、闘吾とともに、商店街のおばあさんを訪ねていた。
「あの時はお団子、とっても美味しかったです。それに、すごく楽しい宴になったんですよ。本当にお世話になりました! ご馳走様でした!」
「また一緒にお団子を作りましょうね、おばあさん」
ひりょと文歌が、並んで頭を下げる。
おばあさんは、嬉しそうに微笑んでいた。
「文歌さんが、白拍子の恰好で舞と歌を披露してくださいましたのよ。すごく素敵でしたの〜」
アリスも宴の様子を話す。
その笑顔は、とても自然だった。
ほっとして文歌はアリスを見つめた。あの宴をきっかけに、心機一転してくれたのかな、と、そんな風に感じたのだ。
「あんたたち、学園生さんは、みぃんなアタシの孫みたいなもんだからねえ。お酒を飲み過ぎたりはしなかったかい、トドちゃん?」
「「「トド、ちゃん‥‥???」」」
きょとんとしている3人の前で、闘吾は帽子を目深にかぶり、「飲み過ぎてねぇよ‥‥」と呟いた。
「あ‥‥! トドロキさんで、トドさ‥‥ちゃん、なんですね」
ぽむ、と文歌が掌を打つ。
「なんだか海獣のトドみたいだなあ」
「可愛らしい呼び方ですわね」
ひりょとアリスも、率直な感想を口にする。
だが、どうやら本人は、おばあさんのつけたあだ名を、気に入っていないらしい。
「‥‥行くぞ‥‥」
帽子を目深にかぶったまま、足早に店を離れようとする闘吾であった。