●ドク先生の大いなる自信
毒原先生、通称ドクは、轟闘吾(jz0016)を呼び出し、ハイテク仮眠室の安全性テストをするように言いつけた。
「酸素は支燃性が強いけど、酸素そのものは燃えないね。轟くんは成人していたね。寝煙草を、吸わなくていいから、試みてくれないかね」
ドクは自信たっぷりに言い切った。
「カプセル内で、もし煙草に火をつけても、煙草が勢いよく燃え尽きるだけで、安全に問題はないはずね。水素でも混ざったらオオゴトだけど、あり得ないね」
渋る闘吾に、「言うこと聞かないと進級させちゃうね」と脅しをかけ、ドクは無理やり約束をとりつけた。
●おやすみなさーい
「ふーん。どうでもいいけど、疲れてるからあたいもう寝るわ!」
雪室 チルル(
ja0220)は、体を軽く動かして、リラックスしていた。
「たくさんの天魔を、かたっぱしから撃破する依頼を受けたあとだし、あたいさいきょーにものすごーく疲れているのよ」
自宅でお風呂を済ませ、ひんやりするタイプの敷布団、掛け布団、枕の三点セット、睡眠効果抜群のリラクゼーションCDの入ったCDプレーヤーを、持ちこんでいる。
服装は普段通りの青色パジャマで、頭にはナイトキャップも標準装備だ。
ぐっすり眠る準備はバッチリである。
睡眠カプセル内に、愛用の布団を敷き、ヘッドホンを付けて、「誰に何を言われようとも絶対に起きないわよ」及び「朝まで起こさないでね」と何故か怒りながら宣言し、チルルは眠りに落ちる。
「カプセルの中で寝ているだけでいいなんて、簡単なお仕事ね♪ じゃあ、やってみるわ」
藍 星露(
ja5127)はカプセルに入り、鍵を掛け、絶対に外からは開かないことを、念入りに確かめる。
――そして。
ソックスから、その脚線美を抜き取る星露。
スカートもそのくびれた腰から取り払った。
ブラウスに手をかけ、ボタンを一つ一つ丁寧に外し、上半身からゆっくりと剥ぎ取る。
花の刺繍が飾る白い下着姿になった‥‥だけではなく、ブラの拘束から、小玉西瓜の如きサイズの膨らみを解放し、ショーツという最後の砦すら、躊躇なく脱ぎ去って――
やがて、一糸纏わぬ姿で仰向けに寝転がると、胸の双峰がそれでも一切型崩れせず、つんっと上を向いた。
(以上、本人談)
まあ所謂、全裸睡眠美容法というやつである。
(だって、あたし、裸じゃないと寝られないのよ。だから、これは仕方ないこと。おやすみなさいー)
素肌にあたる、お布団のすべすべ感が気持ち良い。星露はすやすやと眠りについた。
天宮 葉月(
jb7258)は依頼書を何度も読み返した。
「寝てるだけでお金が貰えるお仕事と聞いて来ました!‥‥依頼書はちゃんと読んだけど、あくまで仮眠室の試験だよね? いかがわしいお仕事じゃないよね? 大丈夫だと信じて‥‥疲れてるし、寝ます!」
普段使いのパジャマと枕、あとアロマディフューザーを持参し、カプセル内に設置する。
今日は久しぶりに依頼に出て疲れたからラベンダーかな。‥‥狭いから普段よりも量を減らしておこう。
アロマを焚いたら、ぬいぐるみ代わりにケセランを召喚して、と‥‥よし寝よう。
‥‥。
はッ!! 髪の手入れを忘れてた。結ってもいないし‥‥。
彼氏が褒めてくれるから、毎日頑張って手入れしてる髪なのよね。
丁寧にブラッシングして、緩く二つに結って‥‥これでよし。
ちょっと油断するとすぐに傷むから、出来る時はやらないとね。
髪を下敷きにしないようにして‥‥今度こそ、おやすみなさーい。
木嶋香里(
jb7748)は、生花のミニフラワーアレンジメントを、香り重視で作成して持ち込んだ。
「いい体験にしたいですね♪ これも一つの実験になるんですね」
実験終了後に、プチパーティーが出来る様に、人数分の飲み物とお菓子を用意しておいた。
「おしゃれな体験がしたいですね♪」
睡眠用カプセル内に、数個の生花ミニフラワーアレンジメントと、コンパクトにまとめたお泊まりセット、終了後のプチパーティー食材をクーラーボックスと魔法瓶に入れて、出来る限り持ち込んでおく。
「まずは、高濃度の酸素と香りによる疲労回復に対する相乗効果の有無をレポートしないとですね」
真面目に考えながら、ゆっくりと香里も眠りに落ちていく。
「ほんまに疲れたわ〜眠いわ、眠いわ眠いわ‥‥撃退士も大変やわ‥‥」
藍那 禊(
jc1218)は、カプセル内で寝袋をごそごそと広げていた。
「今回の依頼は、寝るだけの簡単な実験言うてたなぁ‥‥ま、他ならぬ安眠のためや‥‥。ひと肌脱いで‥‥ほんで寝間着に着替えて、堪能させてもらいますわ‥‥」
快適に過ごす為に持ち込み可能ね‥‥俺はどこでも寝れる性質やけぇど、今回は全力で寝るさかい‥‥麹菌のコージ君抱き枕は必須やな‥‥あの、人間をダメにする弾力がええのんや。
好きな音楽でもかけて‥‥コージ君に包まれる気持ちになれば、3秒もかからず寝れるやろ‥‥支給品でもろた、門木先生抱き枕も添えとくか‥‥決してそういう趣味やないねんけどな‥‥。
せや、寝る前には水を飲むと健康にもええんやったな‥‥。そいや、おかんから送られて来てたわ、水素水とかいうやつが‥‥また怪しいモンに釣られて‥‥ん?
手紙を見る限り、これは‥‥水やない‥‥な‥‥?
『混ぜたら水素水になるかも』?‥‥またえぇ加減やなぁ‥‥溜息がでるわ。
まぁこれは‥‥折角やから持っておこか。
ほな、おやすみさんや。
「ふぅ‥‥流石に疲れたな‥‥」
御剣 正宗(
jc1380)は、乱れた髪に櫛を入れ、ポニーテールに結い直していた。
「この依頼‥‥寝るだけでいいとか、楽だろう‥‥」
愛用のパジャマを着用し、カプセル内で静かに眠りに落ちる。
闘吾も、自身にあてがわれたカプセルに入り込み、作務衣に着替えて布団に潜り込んだ。
仮眠室は、酸素の供給される微かな排気音が聞こえるのみとなった。
静かになった教室を、月明かりがひっそりと照らす。
●事故だ!
確かにドクの言うとおり、酸素だけなら、安全性に問題は無かった。
問題は、禊のおかんが仕送りしてきたボンベ。
それは何と、水素ボンベだったのだ!
酸素 + 水素 + 可燃物 = \ 爆 発! /
どかーん!!
皆が寝静まった頃。
闘吾が煙草に火をつけようと、マッチを擦った途端、激しい爆発音が教室を揺るがした。
「ぬお!?」
焦げてパンチパーマ状になった髪、焼け焦げた作務衣から、煙を立ち昇らせ、闘吾はカプセルを開けて脱出した。
マッチが火種となり、カプセル内に敷いた布団がごうごうと燃え始め。
一気に煙は教室内に充満し、焦げ臭いにおいが周囲を満たす。
一瞬、飛び起きた禊だが、爆発が起こっても目は開かずに
「なん‥‥や‥‥気のせいかいな‥‥?」
そう呟いて、また寝入ってしまう。
チルルも当然ぐっすりモードだ。
火事が起こり、カプセル内まで多少暑く感じるのだが、ひんやり布団で快適な温度を実現なう。
カプセルの外が燃えていても、全く気にならない様子で眠り続けている。
誰に何を言われようとも、絶対に起きない宣言をした以上、何が外で起きても、意地でも寝てやるという気持ちが強いのだろう。
すっぽんぽんで寝ていた星露だが、異変に気付いて目を覚ました。
(え? 何だか焦げ臭い? まさか火事!?
急いでカプセルから、そうよ、教室からも脱出しないと――
‥‥あ。
カプセルの中に、服も下着も忘れちゃった!?)
酸素たっぷりな教室内で、火の手は勢いを増し、猛威を振るっている。
じりじりと、脱出した自分のカプセルに近づこうとする星露。
(ひ、火の手の中に戻るわけにもいかないけど――
‥‥ぜ、全裸で人前に出るのは、流石に‥‥)
星露、おとめのだいぴーんち、である。
(うぅん‥‥暑い‥‥)
葉月は息苦しさと暑さに気づき、目を覚ました。
(え、何で燃えてるの? 誰かの陰謀!? 天魔の襲撃!?)
まあ、この状況で、パニクらないほうがおかしい。
(とにかく逃げないと!)
葉月は、自分とケセランに<アウルの鎧>を掛け、<ヴァルキリージャベリン>で壁を破って逃げることにした! いや、この場合、壁よりも窓のほうが薄くて破りやすいかもしれない!?
「何が起こったんですか? 爆発? 火事ですか!? ともかく、協力しながら脱出しましょう!」
香里は、落ち着いてまず状況把握を優先し、周囲を見渡した。
正宗はカプセルから<物質透過>で脱出すると、<物質透過>と<陰陽の翼>を使い、教室から一足先に脱出した。勿論、冷静に状況を見定め、酸素のバルブをきつく閉め、火災報知機を叩き鳴らし、防火扉を閉め、火災現場のスプリンクラーが作動するのを見届けてからだ。
香里は私物を手際よく纏めながら、被害軽減の為の対策を模索する。
「有難いです、スプリンクラーの水も使えそうですね♪ 持ってきた飲み物も、出来るだけ毛布を濡らすのに使いましょう。これで少しは耐火装備になるでしょう」
そう言って香里は、見回す。
瞬間的にすっぱだかの星露と、目が合った。
(こ、こういう時は、<忍法「雫衣」>!
これで、ひとまずちゃんと服を着ているようには見えるはず‥‥)
星露は首から下だけ、たぬきの着ぐるみを着た姿に偽装していた。
慌てていて、服を選んでいる余裕などなく、浮かんだのが何となく、たぬきだったのだ。
ふぁんしー。
(で、でも、このスキル、動くと解けちゃう‥‥。
ほ、他の人の視線が離れた隙を狙って動いて‥‥。
誰かの視線がある時は、すがさず止まって、<「雫衣」>で偽装。
それを繰り返して、家まで帰りつく‥‥な、何よ、この超高難度の『だるまさんが転んだ』は!?
無理、絶対無理〜!! 大体あたし、<「雫衣」>、2回しか使えないじゃない!!)
しかし、香里に一瞬、本当の姿(全裸)を見られてしまう。
香里は落ち着かせるような笑みを浮かべて近づき、星露に濡れ毛布を数枚手渡すと、「火傷しないように、これで全身をくるんでくださいね」と言い聞かせた。
「毛布は後で、ドク先生が(強調)弁償しますので、許してください‥‥」
「もぅ〜、早く脱出しないと、<アウルの鎧>が解けて危ないの! 彼氏のために毎日頑張って手入れしてる髪が、焦げちゃうぅ〜!」
葉月が脱出に苦戦しているのを見かねた正宗が、「‥‥手伝おう‥‥気をつけて!」と、外から<スマッシュ>を放つ。
漸く開いた穴から、転び出て、葉月はぺたんと地面に座り込んだ。
「うぅ‥‥煤とか付いてる‥‥またお風呂入らないと‥‥。あ、枕とかも新しいの要るよね。依頼中の事故だから、学園に請求しないと」
月明かりを頼りに、涙目で髪をチェックする葉月。
アフロヘアこそ免れたものの、自慢の髪は傷んでばっさばさだ。
泣ける。超泣ける。
「‥‥同感だ‥‥ボクも、焦げたパジャマ代を請求しないと‥‥」
ぽつりと呟く正宗。
しかし、脱出できた者の中に、チルルと禊の姿が見つからなかった。
「まさか‥‥まだあの中に‥‥?」
正宗の言葉は、その通りだった。
「‥‥睡眠妨害は‥‥世界の敵やで‥‥むにゃむにゃ」
禊の寝言と、チルルの持ちこんだヒーリングミュージックが、微かに聞こえてくる。
「全く、誰の仕業なの!?」
「‥‥俺じゃねぇ、と思う‥‥思うが‥‥」
葉月の怒りの叫びに、ちりちりになった髪をごそごそしながら、しゅおしゅおとまだ煙を上げて焦げた作務衣の闘吾が、呟く。
「‥‥先公の言う通りなら、こんなことにはならなかったはずだ‥‥」
「どういうことなの?!」
葉月にハリセンで詰め寄られ、事情を説明する闘吾。
「轟君か! 出火の原因は轟君か!! このこのっ!!」
「ぬおっ!? 痛ぇな、違ぇよ‥‥!!‥‥多分だが‥‥」
ハリセンで容赦なくベシベシ叩かれ、闘吾の焦げた毛髪がぱらぱら落ちる。
「やめろ! 多分だが‥‥犯人は、俺じゃねぇ、他の奴だ!」
●一方、燃える教室内
禊のカプセルは、炎に包まれていた。しかし、内部までは到達していない。
グッスヤァ。禊は寝たおしていた。
(なんや暑いねん‥‥そうや、ここは南国なんやわ)
夢の中で、禊はトロピカルムードを存分に味わっていた。
カプセルに護られて、スプリンクラーの雨も、夢の中のスコールの音にしか聞こえない。
(ええわあ‥‥天国やん)
起きる気配どころか、禊は夢を堪能する気まんまんで、寝返りを打った。
ころんと、カラになった水素ボンベが転がる。
「起きてください、爆発が続いていて危ないですよ!」
そこへ飛び込んでいったのは、濡れ毛布を巻いた香里だ。
無理にカプセルから引っ張りだそうとすると、禊は寝ボケたまま光纏し、酔拳ならぬ睡(眠)拳を使用してでも抵抗しようとした。
そこで香里が取り出したものは‥‥!
「ほ〜ら、美味しそうに焼け(焦げ)たサーロインステーキですよ♪ 肉汁がたっぷりで、噛むと醤油ベースのソースとの相性がバッチリで‥‥」
解説しながら、禊の鼻先に、香りの強いプチパーティの食材を選んで、次々と持っていく。
「これはあまーい香りのジュースです。美味しそうでしょう。藍那さんは起きないと食べられませんね。食べないんですか? 勿体ないですね、私が食べちゃいましょう♪」
「起きる!!」
禊は食欲に負け、闘争心を失った。手元にあった水素ボンベをドリンク瓶と勘違いし、思い切りあおって、はっと目が覚める。
「あー、水素ボンベなんか持ち込んで、真犯人は藍那くんかぁぁぁー!!!!!」
その後、葉月のハリセン攻撃を禊が一身に受けたのは、間違いない。
一方、チルルはというと。
カプセルを叩いても揺さぶっても、全く反応が無いため、カプセルごと、闘吾が外に避難させていた。
と言ってもカプセル自体、もう燃えまくっており、かなり中は危ない状態と思われた。
だが。
中から出てきたのは、ひんやり布団効果で、涼し気に寝ていた、アフロヘアの少女が一名。
パジャマも布団も焦げ焦げで、あちこちが破れているが、そんなの些細な問題である。
「おふぁよ。もう朝?」
寝ぼけ眼をこすり、チルルは気持ちよーく体を伸ばした。
「あたいはとっても気持ちよく寝ることができたわ。この仮眠室はいいものね!」
「「ちっともよくなーい!!」」
「え?」
チルルの言葉に皆、どっと疲れを顔に浮かべ。
振り向いて、仮眠室の惨状を見たチルルだけが「あれ?」という顔をしていた。
●エピローグ
「というわけで、ハイテク仮眠室企画は凍結、問題の廃校舎は当面閉鎖となります」
事務のお姉さんに冷たく宣言されて、ドクは「そんな、事故なのね、水素ボンベを持ちこむ学生さんがいるなんて、誰も想定しないのね」と泣きながらすがりついた。
「‥‥つきましては、毒原先生の今月以降の給与から、賠償額を天引きさせていただきます」
――ドクにとっての悪夢が始まった瞬間であった。