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「そういうわけですので、現地で失踪事件を調査してくださいませ。近隣の動物園から、6体ものカンガルーが脱走したという報告は、入ってきてございませんわ」
斡旋所バイトのアリス・シキ(iz0058)が、集まった撃退士たちに任務内容を告げた。
この時点では、まだ子供たちが危ないという情報は、わかっていない。
詠代 涼介(
jb5343)はふむと考え込んだ。
「そのカンガルーが、ただの動物だと言われても、納得する方が難しいな。それだけの人数をさらっていくなら、それなりの輸送手段が要るはずだ」
(例えば‥‥あのクジラのような‥‥)
「皆様のご武運をお祈りいたしますわ」
撃退士メンバーに顔を向けて、アリスは頭を下げた。
「何かございましたら、連絡をくださいませ。全力でサポートいたします」
●
転移直後、撃退士たちは、村が騒然としていることに気が付いた。
「子供たちがいないのです!」
親が失踪した子供たちの様子を見に、学校の先生が夕食を持って各自の家を訪れたところ、多くの家が留守であることに気付いたというのだ。
しかし、塾があるわけでもないし、この時間に子供たちが家に帰っていないのはおかしい。
きっと興味本位で、カンガルーを探しに行ったのだ、と先生は考えた。
だが、男の子の夢の話を信じていなかったため、その話はすっかり忘れ、先生には子供たちの行き先がわからなかった。
サガ=リーヴァレスト(
jb0805)が尋ねても、夢の話は出てこなかった。
時刻は日没頃。赤い日差しが、人の、建物の、電柱の影を長く地面に伸ばしている。
じきに周囲は真っ暗になるだろう。
山あいの村ゆえに、平地よりも暗くなるのが早いはずだ。
周囲を囲む高い山々が、太陽を早く隠してしまうのだ。
はたと撃退士たちは気が付いた。やがて訪れる暗闇に対する備えを、用意してきただろうか。
「俺が充電の済んだソーラーランタンを持っている。10時間くらいなら照らせるぜ」
千葉 真一(
ja0070)が名乗り出た。
鈴代 征治(
ja1305)、そしてRobin redbreast(
jb2203)は、4時間灯せるフラッシュライトを装備していた。
だがほかの者は、来たる暗闇に備えていなかった。
行方不明の子供たちが危ない。
下手をうてば、このまま神隠しに遭うかもしれない。
一刻の猶予もない、と、撃退士の勘がそう告げている。
「懐中電灯を調達していく時間はないな。早く子供たちを探そう、急ぐぞ!」
雪ノ下・正太郎(
ja0343)が駆け出す。
その頃、15人の子供たちは、6体のカンガルーに追い回され、徐々に村一番の大きなリゾート施設に近づきながら、散り散りに逃げまどっていた。
カンガルーたちは襲ってはこない。だが、歯をむき出しにされたり、威嚇されると、意外と恐ろしかった。子供たちにとってはカンガルーの大きさも、十分脅威に思えた。
怖くて泣き出す子供たち。失踪した親に助けを求め、何度も何度も、声を上げる。
おかあさぁん。おとうさぁん。助けてー!
山あいに、子供たちの泣き叫ぶ声が響く。その悲鳴が、やがて撃退士たちの耳に届いた。
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最高時速60km/hのカンガルー6体に、絶妙に追い回され、15人の子供たちはすっかり息を切らしていた。
暗くなりゆく悪路を、それでも必死に走る。
逃げなくちゃ。逃げなくちゃ。ああ、カンガルーが追ってくる。まだまだ、走らなくちゃ。
息が切れる。心臓がばくばくして、口から飛び出してきそうだよ。
目の前に、明かりを灯した、村一番の大きなリゾート施設が見えた時、子供たちは、あの中に入れば、カンガルーから逃れられると思った。
その施設が、自分たちを中に入れたまま、まるごと空を飛ぶかもしれないということは、すっかり酸欠になった頭には、思い浮かばなかった。
「子供たちです! カンガルーもいます!」
フラッシュライトを点灯し、全力で追いついた征治が、声を上げる。
すかさず涼介が阻霊符を展開する。
「目の前に大きな施設がありますね。避難場所として適当か判別しますので、子供さんたちは少し待っていてください!」
征治はそう言って、施設に入ろうとする子供たちを制止した。
「あたしがみんなを護るから、みんな、ちょっとだけ待っていてね。悪いカンガルーはひーろーのお兄さんたちがお仕置きしてくれるよ」
ロビンもフラッシュライトで照らしながら、逃げ回る子供たちを手際よく集めていく。
「誰がここの電気をつけたんだろう? 誰か中にいるんですかー?」
征治は施設の扉を開き、中へと入り込んだ。広々とした板張りの空間が見えたと思った瞬間、征治は施設の外へ放り出されていた。
「な? 何が起こったんです!?」
「今、確かに、施設のドアが勝手に動いたように見えた。‥‥これ自体が天魔か?」
サガの言葉に、征治は一瞬の動揺から我に返り、確認のため<中立者>を使用した。
――施設のカオスレートは−1だ。
「この中に入ってはダメです! これは、この施設そのものが、天魔です!」
征治の言葉に、サガが「やはり、な」と、ツヴァイハンダーSBを振りかぶる。
刀身を深い黒に染め直された大剣は、日没後の暗がりに溶けてしまい、良く見えない。しかし振りぬく際には、刀身の端が薄く白色に煌めき、暗闇に白い残影を刻んだ。
施設ディアボロは運搬専用なのか、戦闘能力がないらしく、一切反撃をしてこない。
サガがひとしきり大剣を振るった後には、施設に見えていたものの死骸が残されていた。
慣れ親しんできたリゾート施設が、どんどんと明かりを消していき、最後には真っ暗になり、ぐんにゃりとした肉塊に変わっていく。
暗がりに紛れて、末期の姿が良く見えないのは、子供たちにとっては、幸運だったかもしれない。
●
それでも、カンガルーに囲まれた気配に、子供たちは身を震わせる。
ライトを持ち、皆を護ると宣言したロビンに、抱きついて泣きじゃくる小さな子もいる。
「「変・身っ!」」
真一と正太郎の声がハモった。
「天・拳・絶・闘、ゴウライガぁっ!!」
「我・龍・転・成、リュウセイガーっ!!」
「「参上!!」」
息ぴったりに2人の変身ヒーローは、背を合わせてポーズをとる。
「「カンガルーの皮を被った悪魔め。これ以上は俺たちが許さん!」」
涼介が、預かったソーラーランタンで、2人のヒーローを闇に浮かび上がらせる。
英雄の兜を装備しているリュウセイガ―と征治は、暗闇の中でもうっすらと光り輝いていた。
カンガルーたちは、2人のヒーローと、うっすら光る征治に躍りかかった。
征治はすかさず距離を取り、聖獣のロザリオから無数の光の爪を生み出して、カンガルーに攻撃した。
だがカンガルーは素早く身を躱してしまう。
涼介のティアマットが援護に入った。
「ゴウライパァァンチ!」
ゴウライガーの重たい拳がカンガルーの胴を打ち据える。
しかし、カンガルーも負けてはいない。両腕でゴウライガーを抱え込み、尻尾でバランスを取りながら、両足キックをお見舞いする。
「ぬお!? ふんっ、その程度か‥‥まだまだぁ!!」
しかし、さしたるダメージではない。ゴウライガは、更に鉄拳を打ち込んだ。
「リュウセイガー卍固め!」
襲い来るカンガルーに無理やり足を絡み付け、ぐいとねじ伏せて関節を極めるリュウセイガー。
なかなか人型でない相手ゆえ、思うように技が決まらない。
するりと抜けられてしまい、リュウセイガーは逆に首を押さえられ、カンガルーに手痛い両足キックをお見舞いされた。両足キックは綺麗に決まり、リュウセイガーは蹴られた腹を思わず折り曲げる。
ティアマットは直線状に<サンダーボルト>を放った。
カンガルーたちが、野生の勘のようなものを働かせ、見事に攻撃を躱してゆく。
1体のカンガルーがティアマットにとりつき、両足キックをお見舞いした。
「くっ!」
召喚者である涼介に、ダメージが飛んでくる。かすり傷とはいえ痛い。
手にしていたランタンが揺れる。
光が揺れ、影が揺れて、子供たちの不安が募る。
「ひーろーのお兄さんたち、かっこいいね」
ロビンはおっとりと、しかし積極的に子供たちに話しかけ、疲労と恐怖を取り除こうと試みていた。
「近づくと危ないから、こっちで一緒に見ようよ。いいこにしてたら、あとで握手してくれるって言ってたよ。楽しみだね」
じりじりと戦場から遠ざかりながら、子供たちが散り散りになってしまわないように注意して、ひーろーしょーを一緒に楽しむロビン。
女の子には、<パサラン召喚>をして、心が落ち着くまで、もふもふしていてもらうつもりだ。
光源が乏しいこともあり、ひーろー達は苦戦していた。
カンガルーたちは夜目もきくのか、正確に攻撃をあててくる。1回のダメージは大したことは無いが、蓄積すると結構、痛い。
反撃されない射程位置から攻撃できる征治と、近づかれない様に子供たちを庇いながら、細心の注意を払って位置どりしているロビン、そして施設の討伐に専念していたサガだけが、今のところ、無傷だった。
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上空高く、ヘルくじらの背に乗って、超望遠片眼鏡で様子を見ていたジェルトリュード(jz0379)は、にやりとほくそ笑んだ。
「害虫(=撃退士)って意外と頭が足りないのね。全員夜目が利くのかと思っていたけれど、あたしの思い違いだったみたい。ほら、闇の中で不自由しながら戦うがいいわ、カンガルーは結構手応えあるわよ」
暗闇装備が乏しく、苦戦している撃退士たちの戦いをのんびり観察してから、ジェルトリュードは考える。
「退屈ね‥‥そうだわ、今のうちに、あだで村人をさらえるんじゃないかしら。邪魔者の注意はそれているワケだし。あだ、家畜(=一般人)をいっぱい吸引して戻ってらっしゃい」
それまでカンガルー戦の上空に潜んでいた、あだ5体は、村の中心部へと進路を変えた。
撃退士たちとカンガルーの戦闘は泥仕合にもつれ込んでいた。
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(狙いを定めるのが厄介だな‥‥)
施設ディアボロを討伐し終え、<ハイドアンドシーク>で【潜行】していたサガが、どうにかしてカンガルーたちの動きを止められないかと画策していた。
ひーろー達も、仲間たちも、頑張っている。
ロビンは、上手に子供たちを守り通している。
しかし、暗闇戦闘の備えが足りず、戦況は撃退士たちにとって不利であった。
(さて‥‥まずは動きを止めさせてもらおうか)
征治の十字架攻撃、涼介のティアマットの攻撃を避ける、カンガルーたちの動きをよく見て、味方や子供たちを巻き込まない様に注意を払いつつ、<ダークハンド>で【束縛】を試みるサガ。
続けて、<クロスグラビティ>で攻撃する。闇色に染まった逆十字架がどすどすと空から降ってきて、カンガルーたちに僅かながらもダメージを与えていく。
「ちっ、【重圧】にもならないとは」
サガは呟き、大剣を振りかぶる。白く光る刀身に、カンガルーが寄ってきた。
「ゴウライソード、ビュートモードだ。喰らえっ!」
「リュウセイガー胴締めスリーパー! か・ら・の、ギロチンチョークだっ! 止めにドラゴンスピンを喰らえっ!」
距離を少し取って、蛇腹剣でカンガルーに挑むゴウライガ。
組み技を駆使しつつ、必死にカンガルーに絡みつくリュウセイガー。
<天の力>を使用して、<サンダーボルト>と<インパクトブロウ>を使い分け、応戦する涼介。
敵に有利な暗闇の中、かなり時間はかかったものの、一行はカンガルーたちの撃退に成功した。
その代わり、撃退士たちも蓄積ダメージをそこそこ貰ってしまった。
「怪我はないか、君たち。でもどうしてこんな所まで来ていたんだ?」
ゴウライガが真っ先に、子供たちに声をかける。
躊躇する子供たちに、ニッと笑ってみせるゴウライガ。
「君たちは俺たちに嘘をつく気か? 違うだろう。なら信じない理由はないな」
それぞれ、手持ちの回復スキルを活性化させ、征治とロビンがまず子供たちの怪我を癒してから、互いの傷を、或いは自身の傷を癒す。正義のひーろーゴウライガ――いや真一、そして征治、涼介の持ち込んだ救急箱も、大活躍した。
ふと、暗い空に目を向けると、何か光るものが飛んでいくのが見えた。
あだだ。
見る見るうちに、村のほうに姿を消してしまう。
「黒幕はやつ、か‥‥あの方向は‥‥?」
サガは小憎らしい悪魔小娘を思い出し、嫌な予感にぎりりと唇を噛んだ。
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「学園に避難施設の手配を頼みたい。子供たちの護送はこちらでやる」
正太郎はアリスに連絡を取っていた。
涼介はその後、電話を替わってもらい、行方不明になった人たちの身内に、幼い子供、高齢者、怪我人など、自力で生活できない人がいるなら、急ぎ保護してもらうよう、手配を頼んでいた。
同様に、子供たちの新しい避難場所の確保の為、征治は市役所と連絡を取っている。
しかし電話は繋がらない。時間が遅くなってしまった所為だろうか?
「みんなはカンガルー好き? カンガルーを見に来たのかな」
ロビンは、地面に倒れてぴくりともしないカンガルーたちが、闇に紛れて見えないことに安堵していた。きっと、ひどい光景だろう。子供には見せないほうがいい。まだ、大きくなるまでは。
「カンガルー怖いよ」
子供たちはロビンにくっついていた。
「すごく速く追いかけてくるの。逃げても逃げても、ずっとよ」
「そうなんだね。じゃあ、カンガルーをやっつけた、ひーろーのお兄さんたち、カッコよかったね。みんなはどんなカッコいいのが好きなのかな。空飛ぶロボットとかかな」
「空飛ぶロボットは好きだよ! 空中で合体とかするんだ! こう、ガシャーンって」
男の子が元気を取り戻し、ロビンの周囲をくるくる回った。
「それにしても、真っ暗になっちゃったね。こんなに遅くまで遊んでたら、怒られない? 一緒におうちに帰る?」
「おかあさんも、おとうさんも、いないもの‥‥帰ってこないの」
そう言って小さな女の子が泣きだした。
そしていつしか、子供たちはロビンを取りあうように、話し始めていた。
ある日、畑を見に行った両親が、そのまま消えてしまったこと。役所勤めの親も、農協の関係者である親も、みんな神隠しにあってしまったこと。
今まさに、お腹がすいてたまらないこと。
男の子のひとりが、空飛ぶリゾート施設を夢に見たこと。
「家族や村の人たちは、俺たちが助けると約束するよ」
電話を終え、涼介が子供たち全員と、指切りげんまんをした。
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村の中央に帰った一行は、唖然としていた。殆どの建物が真っ暗だった。村全体が停電でもしているかのように。
カンガルー討伐に撃退士たちが手間取っている隙に、あだが、村の人々をさらっていったのだ。
推定1500人の追加被害だ。
視界不良の戦闘が泥仕合となったため、本来阻止できたはずの被害が発生してしまった。
全員、悔しさに唇を噛んだ。