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マスター:神子月弓
シナリオ形態:イベント
難易度:普通
参加人数:8人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2016/04/11


みんなの思い出



オープニング

※このシナリオはエイプリルフール・シナリオです。
 オープニングは架空のものであり、ゲームの世界観に一切影響を与えません。





 にゃおんがはら島は、ぬこの住む島である。
 この島に住むぬこたちは、とくべつな「ちから」をひとつだけ持って生まれ、ねこではなくぬこと呼ばれて、一般のねこたちからは尊敬の目で見られていた。

 なにしろ、ねこぱんちでは勝てない相手である。ねこはぬこに頭があがらなかった。


 皆さんは、生後3か月の、いたずら盛りのこぬこである。
 こぬこといっても、成猫よりつよい力を持っている。
 ただし、こぬこであるがゆえ、一度「ちから」をつかうと、電池切れ(急な眠気)を起こすという弱点があった。


 ある日のこと、皆さんの前におおぬこさま(長老)があらわれ、夜中にこぬこ会議をひらくと宣言した。
 こぬこたちは、おやぬこと離れて、助け合って、おおぬこさまの待っている原っぱに向かわなければならない。

 原っぱまでの道のりは、こぬこのヨチヨチ歩きでは、1時間はかかるだろう。
 しかも、途中に、にんげんの車がびゅんびゅん走る道路がある。
 そこを渡り終えると、次に、二本丸太の橋のかかった小川を超えないといけない。

 こぬこにとっては、大変な道のりだ。

 しかし、こぬこ会議に何としても出席して、自分の「ちから」をおおぬこさまに披露する必要がある。
 そして認めてもらえなければ、こぬこの「ちから」は失われ、こぬこから、ただのこねこになってしまう。

 こねこになってしまったら、ままぬこ、ぱぱぬこからも、見向きもされなくなってしまう。
 それは大変こわい。おやぬこと離れて生きながらえるこねこは、あんまり多くない。

 かくして、こぬこたちは、原っぱへの道をそろりそろりとたどり始めた。


リプレイ本文

※こぬこの口調は人間のときの設定とは若干違う場合があります。ご了承ください。


●夜の訪れ


 夜、人間たちが寝静まったころ、ぬこたちは行動を開始します。
 おうちをそっと抜け出して、ぬこ会議に出たり。
 恋の相手を探しに行ったり。

 ぬこは自由です。
 いえねこたちよりも、ずっと自由です。

 だって、ぬこには、誰でもひとつ、特別なちからがあるのですから。


●集まった勇者たち


 生後3か月の、やんちゃ盛りのこぬこたちは、いっぱい遊び倒して、キャットタワーやぬこベッドでねむねむしているところを、おやぬこにやさしく起こされました。

 不思議なことに、ぱぱぬこも、ままぬこも、真剣な様子です。
 カーテンごしに入ってくる月の光が、とってもとってもまぶしく感じられます。

 今日は、満月なのです。


「どうしたのォ、なァ?」
 りりい(黒百合(ja0422))が、真っ黒のつやつやの毛並みを整え、金色の瞳をきらめかせます。

 3か月のりりぃは、鳴き声が「にゃァ」ではなく、まだ上手く発声できなくて「なァ」になってしまいます。
 おとなぬこになれば、ちゃんと「にゃァ」と言えるようになるよ、と、りりいのおやぬこたちは、約束してくれました。
 確かに、おとなぬこは、誰でも「にゃァ」と言えます。威嚇用の声「ふゥー!」も言えます。

 でもこぬこは、もっと小さい頃は、「みー」しか言えませんでした。
 今でも、こぬこのなかには、「みー」としか鳴けない子もいます。

 鳴き声にも、日ごろの練習が必要なのです。

 りりいのおやぬこは、真っ黒なりりいの背中をやさしくなめて、「今日は試練の日なんだよ」と告げました。

「みんなと一緒に、おおぬこさまのところへ、いっておいで。りりいはつよい子だから、きっと帰ってこられると、ぱぱもままも信じているよ」


 飼い主さんに「デヒト」と名をつけてもらったこぬこ(龍崎海(ja0565))も、おやぬこにやさしく起こされて、満月の空をガラス越しに見ていました。

 デヒトの海のような青い瞳が、真っ白い毛並みに、綺麗に映えています。
 ごろんとお腹をむき出しにして寝っ転がると、お腹に、星形に黒い毛が生えているのがよくわかるので、飼い主さんは「ヒトデ」という生物から連想して、こぬこに「デヒト」と名付けたようです。

「デヒちゃん、今日は特別な満月の夜。試練の日なのよ」

 デヒトのままぬこも、試練の日の説明をしました。

「この島のこぬこたちは、みんな、生後3か月くらいで試練を受けるんだ。ぱぱもままも、試練をくぐり抜けたんだぞ。デヒトに出来ないはずがないさ」

 ぱぱぬこは、デヒトなら出来ると信じています。

「何しろデヒトは、ぱぱに似て、頭がいいからなあ。慎重に、行ってくるんだよ」


 しずく(雫(ja1894))も、おやぬこに同じ説明を受けていました。

「かぞくがしずくを捨てないって、かくしん出来たら、サボるんですが‥‥」

「しずくちゃん。ままぬこも、ぱぱぬこも、あなたを捨てたいとは思っていないのよ。でも、ぬこのちからをうしなったら、もう一緒にはいられないの」

「誰かがおまえを捨てるんじゃない、ぼくたちも、飼い主さんも、おまえを捨てたいわけじゃないよ。でも、住めるせかいが、全くちがってしまうんだ。試練に負けたり、試練から逃げて受けなかったこぬこは、ただのこねこになってしまうんだぞ」

 ままぬこと、ぱぱぬこが、しずくに一生懸命言って聞かせます。
 だって、ままぬこも、ぱぱぬこも、しずくと一緒にこれからもずっと暮らしたいのです。

「こんなめんどうな儀式なんていらないのに‥‥おおぬこさまをギャフンと言わせてあげるわ‥‥」
 しずくは、なにかを考えているようでした。


「おとうさん、おかあさん、行ってまいります」

 まるでタキシードを着ている様な、白と黒のツートンカラーの毛色をした、美しい小さなこぬこ、マギ(エイルズレトラ マステリオ(ja2224))は、口ひげに見える黒い毛を、よくなめた小さなおててで、ぐりぐりとこすって、毛並みを整えました。

「マギちゃん本当に大丈夫かしら? おかあさん、しんぱいだわ」

 他のこぬこと比べても、貧相な体格、弱い力に、おかあさんぬこが心配して、何度も体当たりをしてきました。
 鼻と鼻をぶつけるようにして、すりすりと頬から脇へと体をすり寄せます。おかあさんぬこの匂いをマギの体にこすりつけているのです。

「でもマギは、その分、すばしっこくて足が速いと思うよ。きっと大丈夫さ、ぼくたちの自慢のこぬこだもの」
 おとうさんぬこが励まします。
「マギは頭もいいし、きっとやり遂げて、無事に帰ってきてくれるさ」


「楽勝〜楽勝〜、これくらいへっちゃらだよ。パパ、ママ、行ってくるね」
 青い瞳が綺麗で、白黒のハチワレ柄のこぬこ、あーにゃ(アーニャ・ベルマン(jb2896))は余裕をみせて、自宅を出ました。

 内心では、(これが失敗したら、パパともママとも、さよならなんだね)と悲しく思うのですが、つとめて顔には出さず、細くて先端が白い尻尾をぴんと立てて、白い手足を潔く動かします。

 まだ成人したぬこに比べれば、ヨチヨチ歩きですが、これでもやんちゃ盛り、音もせずにとてとてと塀を伝って歩いていきます。


「ままやぱぱに会えなくなるの嫌なのですぅ〜。おおぬこさまに認められるように、がんばるのですぅ」
 ルシャ(御堂島流紗(jb3866))は、ままぬこ、ぱぱぬこにすりすり体をすりよせて、別れを惜しみました。願わくば、これが本当の別れになりませんように。そんな願いをこめて、おやぬこたちに、いっぱいいっぱいなめてもらいました。

 真っ白でふわふわの体毛が、綺麗に整えられていきます。
 雑種ですが、長毛種の血が入っているので、もふもふです。毛がからまりやすいのが難点です。
 おやぬこたちに、きれいきれいにしてもらったあと、青い目に決意を灯し、「じゃぁ、行ってまいりますぅ」とルシャはおうちを出ることにしました。


「こぬこたるものでも、いつかは旅立つもの。シズヤは行ってまいります。そして、無事に帰ってくると誓いましょう」
 紫色の目と毛並みをした紫色のこぬこ、シズヤ(鳳 静矢(ja3856))は、親ぬこに別れを告げ、原っぱへ向かおうとします。

 何度も振り返りたくなるのをこらえ、シズヤはおうちから遠ざかっていきます。


 そこでシズヤは、道をきょろきょろしながら危なっかしく渡ろうとしている、れてこ(レティシア・シャンテヒルト(jb6767))に出会いました。
 いえぬことして、箱入りに育てられたれてこは、外の世界を全く知らないようです。
 よく見ると、クリーム&ホワイトの混じったスコティッシュフォールドで、琥珀色の瞳が高貴そうに見えます。

「みー、みいー、あれ、危ないなの?」

 いえぬこのれてこは、車を知りません。怖くなったのか、もう寂しくなったのか、シズヤにくっついてお鼻をすりすりしてきます。

「危ないよ。あれにはねられると、しんじゃうぬこもいるんだよ」
 シズヤは、口酸っぱくおやぬこに脅されたとおりに、答えます。
 本当は、ぬこぱわーがあれば、死ぬことはないのです。

 でも‥‥ねこは、簡単にしんでしまいます。
 もしこの試練をくぐり抜けられなければ、ちからをうしなって、こねこになってしまうので、車にはねられたら、間違いなく死んでしまうのです!


 りりい、デヒト、しずく、あーにゃ、ルシャ、シズヤ、れてこは、とある街灯の下に集まりました。
 あれ? マギの姿がありません。

 マギはどこへ行ってしまったのでしょう?


●颯爽と、車に乗って


 マギはその頃、自分の「ちから」を使って、軽トラックの荷台に乗っていました。

 マギのちからは「まーだだよ」。おとなぬこに言わせると「ハイド・ビハインド」というちからだそうです。
 決めた相手の眼の前で、物陰に隠れてこのちからを使うと、物陰から出ても、相手はマギがまだ物陰に隠れたままだと強く思い込んでしまい、目の前にマギが姿をさらしていても、認識されない、という、ニンジャぬこのようなちからです。

 相手がマギの隠れたはずの物陰を確認するか、マギが相手の前で目立つ行動を取るまで、この効果は続きます。

「このちからを使って、人間の車を乗り継ぎながら、楽々原っぱまで運んでもらいましょう」

 得意そうに、なァ〜、と一声鳴いて、マギは悠々と、にんげんの軽トラックを捕まえました。
 近場のおうちの塀を使って、ぴょんとトラックの荷台に乗り込んで、運転するにんげんが現れるのを待ち、「まーだだよ」をつかいます。

 にんげんは、マギのちからによって、隠れているマギに気づかないまま、トラックのエンジンをかけました。

 しかし、こぬこのちからには代償があります。
 それは反動で「急に眠くなることがある」というものでした。

 マギは、うまく隠れてトラックに乗り込めましたが、そこで眠くなってしまいました。
 うとうと、うとうと。倒れないように懸命に四足を踏ん張ります。

 ああ、でもダメ。
 眠くて眠くて、まぶたが自然にさがってきます。

 ガタガタ揺れるトラックの振動も、眠気に拍車をかけてきます。

 はっと気が付くと、マギの澄んだ瞳を覗き込む、にんげんの姿がありました。
「こぬこが乗り込んでるぞ」
 荷台を覗き込まれてしまったのです。マギは首のたるんだ皮のところをねこづかみされ、ぷら〜んとぶらさげられて、トラックからおろされてしまいました。

「どこのうちのこぬこだ?」

 にんげんは相談して、トラックを、そのまま、どこかのおうちの駐車場に入れて停めました。
 あんまりこぬこが好きな様子ではありませんでした。

 あれ?

 マギは、思いました。ここは、最初にトラックにこっそり乗り込んだ場所に、よく似ていたのです。
 そう、トラックを動かしていたにんげんたちは、ちょっと離れたコンビニまで買い物に行って、Uターンして帰ってきただけだったのです。
「原っぱまで楽々到着、ってわけにはいきませんか‥‥」

 残念に思っていると、トラックからおりてきたにんげんが、もう一度マギをねこづかみして、マギの飼い主のおうちの前まで歩いていくと、塀の内側へぽいとマギを放り込みました。

「いえぬこはいえに帰りなさい」
 にんげんはそう言って、立ち去りました。

 マギはにんげんがいなくなるのを待ってから、そろりそろりと垣根の隙間から這いだしました。
 少し離れた街灯のところに、こぬこたちがたむろしています。

(皆でちからを合わせるしかなさそうですね)

 こうしてマギも、街灯の明かりの中で、途方に暮れているこぬこたちの仲間入りを果たしたのでした。


●住宅地を抜けよう!


 もし次に、マギのように、にんげんに捕まったら、間違いなくおおぬこさまに会えないでしょう。
 そのためにも、早く住宅地を抜けなければなりません。

「わたしのおやぬこからの助言では、住宅地では、物陰や電信柱などの影を利用して隠れながら進むべし、だそうだ。ははさまが言っていたように、柱のかげからいこう」
 紫こぬこのシズヤが言いました。

「私は白いので、こんなに暗いととても目立つのです、だからできるだけ目立たないように、白い壁やコンクリートの壁などを保護色にして、進むのですぅ」
 ルシャがそろそろと歩き出しました。白い毛並みのこぬこたちは、一斉に警戒を始めました。

「私は黒いから、そう言う意味では保護色ねェ。にんげんに見付からない様に十分に周囲警戒しておくわァ」
 りりいが先頭を歩きます。

「夜だから、住宅地には、そもそもにんげんは少ないはずだよ。こぬこでも夜目はきくし、薄暗い場所を選んで移動したほうがいいかも、なァ」
 白い毛並みを気にしながら、デヒトが小さく鳴きました。

「側溝を利用したりして、人目につかないように移動するよ。にんげんの知らないぬこの道だってあるんだから〜」
 あーにゃは、いえぬこの箱入りれてこに教えながら、違う道を歩き出しました。
 れてこは大人しくついていきます。

「垣根や屋根の上を通ったら、にんげんに見つかりにくいかも?」
 しずくは高いところへ飛び上がり、ぴょんぴょんと器用に屋根を渡っていきます。


 こうして、にんげんに見つからないように、こっそりとこぬこたちは、住宅地を通り抜けたのでした。


●車がびゅんびゅん


 住宅地を抜けると、そこは車というおっかない機械がびゅんびゅん通る道でした。
 にんげんが、「高速道路の側道」と呼んでいる道です。

 夜なので、おっきなトラックが、びゅんびゅんすごいスピードで走っています。
 りりいやシズヤが、自分のちからを使って、本気で走った時くらい、スピードが出ています。
 しかも、車がなかなか途切れません。トラックばかり、じゃんじゃん走ってきます。

「普段からくるま自体は知っているよ。急には止まれないけど、一度止まったらすぐには動き出せないので、くるまがよく止まる休憩場所から渡ったらどうかな?」
 デヒトが提案します。

「通りには、ご主人様(飼い主)が、しんごうとかいうのが有ると言っていたのですぅ〜」
「そう、ルシャ、それがくるまの休憩場所なんだよ」

 デヒトの言葉に、ルシャはくるまの休憩場所を探します。

「真ん中の線がある所は安全なんだよ」
 あーにゃもうなずきます。真ん中の線、とは、白いはしごのような模様のことです。

「ここには押しボタン式のしんごうがあるわねェ。これを押すと、くるまが休憩するのよォ」
 りりいが、電信柱にくっついている黄色い箱に気が付きました。

 さて、りりいが、ひょいと黄色い箱に飛び乗ったその時、シズヤは果敢にも、いえ、無謀にも、びゅんびゅん走ってくる車に戦いを挑んでいました。

 タイミングを見て、危うくトラックをかわしながら、道を横断してゆきます。

 このままじゃ轢かれちゃう!
 みんなが目を覆いました。

「ちちさまじきでんの全力ちょうやく、それー!」

 シズヤの声が聞こえ、ぴょーんと、ぶつかりそうになったトラックを飛び越えたのが見えました。

「シズヤ危ないのです!」
 しずくが、ちからを発動させました。

 しずくのちからは、声帯模写。様々な音や声を一鳴き分だけ出せるちからです。
 それで、大きな、ガシャーンという、何かが破裂したような騒音を出して、事故が起きたとトラックの運転手に勘違いさせようとしました。

 タイヤを鳴らしながら、トラックは急停止します。
 あとから走ってきた後続のトラックが、突っ込みます。
 続いてもう1台も。

 玉突き事故が起きてしまいました。


 折しも、りりいの押したボタンで、しんごうの色が丁度よくかわって、車たちが一斉に停まったところでした。

 しっかりと車両の流れを見て、慎重に移動するりりい。
 眠ってしまったしずくとシズヤを、1匹ずつ、くわえて運ぶあーにゃとデヒト。

「誰も怪我がなくてよかったですぅ」
 ルシャは、怖い怖い道路を渡り終えて、ほっとしたようでした。


 こぬこは、とっても強い身体能力を持っています。
 だから、飼い主であるにんげんが、あんまり丈夫じゃないってことは、よくわかっていなかったのでした。


●丸太橋を越えろ


 事故の起きた道路が、騒がしくなっていきます。
 サイレンのような耳障りな音が、いっぱい近づいてきています。

 でも、こぬこたちには、もう、背中の音でした。
 もう危ないあの道は、クリアしたのです。

 あとは、空き地をずんずんと森のほうに進み、小川にかかっている二本の丸太橋を越えれば、おおぬこさまの住んでいる(飼い主さんの)お屋敷が見えてくるはずでした。

 小川は、山からの雪解け水がちょろちょろと流れ込んでいて、とっても冷たそうでした。
 まして夜の川です。きっとしびれるほど冷たいに違いありません。
 ここに落ちたら、大変なことになる、と思い、皆の毛皮がぶるぶると震えて立ち上がりました。

 丸太は川の水にさらされて、すっかり樹皮が剥けていました。
 そこにつやつやの苔がみっしりとはびこって、とてもつるつるして、滑りやすそうです。

「はしはきけんね。つめたいみずにおじけづくみんな、れてこのにくきうでおうえんするから、がんばって!」
 れてこが、ちから「みわくのにくきう!」を使いました。れてこのにくきうにふみふみされて、全員がめろめろになり、こわいこころも、だんだんとすっきりしていきます。

「さあ‥‥渡るわよォ」
「待って、なォ〜」

 苔が少ない場所を見つくろい、ゆっくりと足を運び、落下しない様に少しずつ足を進めようとしたりりいに、デヒトがストップをかけました。

「ねえ、俺たちこぬこには、りっぱな爪が生えているよね。皆で、爪とぎの要領で、橋の表面をずたずたにして滑りにくくして、渡っていくのは、どうだろう?」

「私も賛成です、なァ」
 しずくも頷いて、一声鳴きました。

 あーにゃも、爪を剥き出して慎重に渡るつもりでしたし、ルシャも、同じでした。

 冒険好きなシズヤも、つるつるすべる所は爪をたてながらそっとそっと移動して、もし落ちたとしても根性で小川を泳ぎきるつもりでいました。

 こうして、丸太橋の端から、代わりばんこに爪とぎを始めました。
 マギも加わり、8匹でざくざくと表面をけば立てていきます。
 ばりばり、ばりばり。
 丸太橋は面白いように削れて、8匹のこぬこたちを渡していきます。


 みんなで力を合わせて、ようやくおおぬこさまのもとにたどり着きました。

「よくきたにゃん」
 おおぬこさまは、誇らしげに尻尾を立てる8匹を、出迎えました。
 鳴き声にも威厳が感じられます。

「では、試練を言い渡すにゃぞ。放し飼いのわんこ、ドーベルマンのポチ殿を、1対1で服従させるのじゃ‥‥にゃおうん」


●ポチ殿を服従させろ


 わんこは、ちからをもった「いぬ」です。
 ドーベルマンのポチは、「鼻からレーザーポインターのような光を放ち、こぬこの気を引くちから」を持っています。

 ただ、ぬことわんこが違うのは、ちからの反動の出方です。
 ぬこは、ちからを使うたびに反動が起こって、突然眠くなってしまうことがありますが、わんこにはそれがないのです。
 その代わり、わんこは、ちからの反動で、無性ににんげんの靴を噛みたくなってしまいます。
 
 ポチの小屋にも、飼い主さんの使い古した革靴が、いっぱい置いてありました。
 どの靴も、ポチに噛み噛みされて、ぼろぼろになっています。

 しかし、このお話は、こぬこには知らされていないままでした。


「で、誰から行くかにゃん?」
 おおぬこさまに促されて、8匹は顔を見合わせました。
「見物席はないにゃんよ。垣根の向こうがポチ殿の領域だにゃ。1匹ずつ、無事に戻っておいでにゃん。なぁに、ポチ殿も加減はしてくれるにゃんね」


 その言葉に飛び出したのは、シズヤでした。
「とーつーげーきー! うなぁー!」

 元気いっぱいに走りだし、全身に紫のオーラを纏って、突撃!
 シズヤの超体当たりがポチの脇腹に大ヒット!
 幸い、眠気も来ません。これはラッキー!

 でもポチも負けてはいません。鼻を光らせて、光でシズヤの気を逸らそうとします。
 やんちゃなシズヤはつい、てやてやと光を追ってしまいますが、光がわんこの鼻から出ていることに気づき、鼻に向かって超体当たりを試みます。

 わんこにとって、鼻は弱点でもあります。ポチは悲鳴をあげて、うずくまり、思いっきりぶつけられた鼻を前足でイタイイタイしました。

 シズヤの勝ちです。

 尻尾を立ててどや顔で帰ってきたシズヤを、皆が迎えます。


「次は私がいくわよォ」
 なァ、と鳴いて、りりいがポチに挑みます。

 りりいは、積極的には攻撃せず、ポチがどう出るか観察していました。
 ポチの鼻から、本能的に追いかけたくなるような光が出ることは、よくわかりました。
 だって、体がつい反応してしまうのです。光をつかまえたくてウズウズするのです。

 でも、じゃれている場合ではありません。ポチを服従させないと、試練に失敗してしまうのです。
 ポチは、攻撃らしい攻撃はしてきませんでしたが、甘噛みや、体をぶつけるなどの行動に出ることがわかりました。
 あと、靴をかじることが大好きなことも、わかりました。

 りりいは靴をひとつくわえて、ぽいっと放り出しました。
 思わずジャンプしてキャッチするポチ。
 その足もとに滑り込んで、ジャンプして、りりいはポチの急所にきょうれつな一撃を与えました。

「きゃんきゃん!」
 ポチが悲鳴をあげます。りりいの勝利です。

「大丈夫にゃか?」
 おおぬこさまは、心配して、ポチの様子を見に行きました。
 何しろ、赤ちゃんの時から一緒に育った仲らしいのです。だから、ポチは体を張って、こぬこの試練に協力してくれているのです。

 ポチが元気になると、おおぬこさまは戻ってきて、「次のこぬこは誰にゃ?」と促します。


 マギが進み出ました。
 一度ポチに姿を見せてから、垣根の下の大きな石に隠れ、ちから「まーだだよ」を使います。
 ちからの効いている間に、こっそり高いところに移動しようとしますが、盆栽棚とか、犬小屋くらいしか、乗れそうなところがありません。
 マギを見失ったわんこは、光る鼻をくんくんさせます。石に隠れているようにも思えますが、マギの臭いは別の場所から漂ってきます。
 ポチが、おかしいな、という顔をした時、マギは、盆栽棚から、ポチめがけて、植木鉢を落としました。

「ぎゃん!!」

 植木鉢はポチにあたって割れました。
 ポチはあたまを抱えるようにして、うずくまっています。

 マギの勝利です。ただ、マギはおおぬこさまの元に戻ると、すやすやと反動で寝入ってしまいました。


 続いて、デヒトがポチに挑みました。
「まともに戦えば勝てませんから、距離を取ってビームを撃ちまくるのがいいかな」

 デヒトはごろんと横になりました。そして、ポチにお腹を丸出しにして見せました。
「?」
 いきなり降伏か、と誤解して近づいたポチに、デヒトの星形の模様からビームが出て、直撃しました。

「ぎゃわん!」
 ポチはびっくりと痛みで、悲鳴をあげました。
 容赦なく、へそてんスタイルで、デヒトはビームを撃って撃って撃ちまくります。

 ポチは尻尾をまいて、犬小屋に駆け込みました。


「次いくよ〜」
 あーにゃが進み出ました。
「知ってる、鼻はわんこの急所だね!」

 あーにゃのちからは「わーりゅど」といって、6秒間だけ自分以外の時間を止められます。
 ポチをぴたりと止めて、その体によじ登り、ぴかぴか光る鼻を目掛け、尖った爪でがりがりと容赦なく引っかきます。
 6秒間たっぷり引っかいたと思うと、反動で眠気がやってきました。
 自分の体の毛をむしって耐えようとするあーにゃですが、反動の眠気は強烈です。

「くーん」

 痛そうな声でポチが鳴いています。鼻先からは血がたらたらと流れています。
 少し、やりすぎてしまったようです。


「こぬこたちよ、試練の内容を誤解してはいないかにゃ?」
 心配そうにポチの様子を見に行って、帰ってきたおおぬこさまが、首を傾げます。
「ポチ殿を服従させればよいのにゃぞ? 倒す必要はないのにゃぞ?」


「そういえばそうです」
 しずくが出ていって、ポチの様子を見ました。
 怪我をしている様子はありません。あんなに、あーにゃの爪には血がいっぱいついていたのに。
 しずくは少し考え、おおぬこさまの飼い主さんの声を声帯模写することにしました。

「伏せ!」

 ところが、しずくはまだ生後3か月。おおぬこさまのおうちにくるのは初めてです。
 勿論、おおぬこさまの飼い主さんの声を聞いたことは、ありませんでした。
 でも、こぬこからすれば、「にんげんって大体こんな声」的な感じで、よっぽど特徴がないと、個体差の区別はつきません。

「伏せ!」

 少し声を変えてみて、もう一度命令するしずく。ポチは理解して、素直に伏せました。
 鼻から、光の筋が地面に向かって放たれ、揺れています。しずくは、追いかけたい衝動を抑えるのに必死です。

(そうだ、夜中に起こされた腹いせに、おおぬこ様の家で悪戯をしておきましょう)

 しずくは、思い立つと、レーザーポインター状の光を追いかけて、盆栽棚を走り回り、植木鉢をがしゃんがしゃんと割りまくりました。
「なァ、なァ」
 一生懸命、おおぬこさまの声を声帯模写して、せいいっぱい鳴きわめきます。

(お家のにんげんに発見させて、おおぬこ様にこの罪をなすり付けてあげます)


 鉢の次々と割れる音に気付いたのは、おおぬこ様の飼い主さんより、おおぬこ様のほうが先でした。
 おおぬこ様は、しずくの悪戯の真っ最中に、ポチの庭に入ってきて、しずくに、「どうしてこんなことをしているのにゃ?」と尋ねました。そして、ちから「対象の時間を巻き戻す」で、しずくの悪戯した植木鉢を、次々と直してしまいました。
 ポチの傷をいやしたのも、おおぬこ様のこのちからだったのでしょう。ただ、記憶だけは巻き戻せないようでした。

「しずくは、暴れるほど、夜中に起こされたのがいやだったのにゃ? でもぬこは夜型生活が基本だにゃ、早く慣れるといいにゃ」


 おおぬこさまはしずくの首をくわえて、垣根の隣に連れ帰りました。
 しずくは悪戯をしすぎて、ちからの反動で眠ってしまったのです。


 ルシャがポチにおそるおそる歩み寄ります。

(わんこは怖いけど‥‥なんか、あっちも怖がっている感じかもですぅ)
 鼻から出ている光りに惑わせられながら、ルシャはちから「もふるの我慢できなくなる」を使いました。ポチは術にかかり、「あ、あの‥‥こぬこさん、もふっても、いいかわん?」とおずおず尋ねました。

「では、ルシャに服従すると言ってくださいですぅ」
「もちろんだわん」
「‥‥もふってもいいですぅ。ルシャ、眠くなってきたですぅ〜」

 鼻づらでやさしく、眠ってしまったルシャを撫でるポチ。
 怖い思いをいっぱいしたので、ちょっと怯えていたわんこの心が、少しづつ落ち着いてきます。


 次にポチが出会ったのは、おっとりれてこでした。れてこは、ポチの疲れ切った姿に、疲れて帰ってくるパパさんを思い浮かべました。
 パパさんに、いつもしているみたいに、ポチをふみふみします。
 ちから「みわくのにくきう!」が働いて、ポチはめろめろになり、おびえていたこころも、だんだんと落ち着いて、すっきりしていきます。

「れてこに服従、する?」
「わん!」

 こうして、れてこも無事に、試練をくぐり抜けたのでした。


●ポチ殿、お疲れ様


 8匹とも試練をくぐり抜けると、もう月は山際にかかっています。
 だいぶ時間が経ったようです。

 ちからの反動で眠っていたこぬこたちも、目を覚ましました。

 ポチの傷はおおぬこさまがちからで癒し、ポチは任務を終えたことで、少し安心して、お気に入りの靴をくんくんしていました。
 もう鼻からあの光は出ていません。


「さて、皆をおうちへ帰す頃合いかにゃ。皆、よく試練に耐えたのにゃ。りっぱなこぬことして、これからも飼い主とおやぬこをたいせつにするのにゃぞ」

 おおぬこ様は、そう言って、ポチの背中にしがみつくように、8匹に言いました。
 皆がポチの背に乗ると、ポチは体を伸ばし、風のように走り始めました。


 二本丸太橋を飛び越え、道路を迂回して歩道橋を渡り、住宅地へと、あっという間に戻ってきました。
 まだヨチヨチ歩きのこぬこたちには、あんなに苦労した道のりでしたが、ドーベルマンのポチには簡単なお散歩ルートでした。

 こぬこたちをそれぞれの家の前でおろし、ポチは、「これからよろしくわん。おやぬこさんたちと、おおぬこ様の言いつけをちゃんと護るだわん」と言い含めて、全員、ご挨拶にぺろりとひとなめしてから、去っていきました。


 こぬこたちは、誰ひとり試練に脱落することなく、こうして、おやぬこと飼い主さんのもとに戻ることができたのでした。


(おしまい)


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: 赫華Noir・黒百合(ja0422)
 歴戦勇士・龍崎海(ja0565)
重体: −
面白かった!:4人

赫華Noir・
黒百合(ja0422)

高等部3年21組 女 鬼道忍軍
歴戦勇士・
龍崎海(ja0565)

大学部9年1組 男 アストラルヴァンガード
歴戦の戦姫・
不破 雫(ja1894)

中等部2年1組 女 阿修羅
奇術士・
エイルズレトラ マステリオ(ja2224)

卒業 男 鬼道忍軍
撃退士・
鳳 静矢(ja3856)

卒業 男 ルインズブレイド
キングオブスタイリスト・
アーニャ・ベルマン(jb2896)

高等部2年1組 女 鬼道忍軍
ドォルと共にハロウィンを・
御堂島流紗(jb3866)

大学部2年31組 女 陰陽師
刹那を永遠に――・
レティシア・シャンテヒルト(jb6767)

高等部1年14組 女 アストラルヴァンガード