※こぬこの口調は人間のときの設定とは若干違う場合があります。ご了承ください。
●夜の訪れ
夜、人間たちが寝静まったころ、ぬこたちは行動を開始します。
おうちをそっと抜け出して、ぬこ会議に出たり。
恋の相手を探しに行ったり。
ぬこは自由です。
いえねこたちよりも、ずっと自由です。
だって、ぬこには、誰でもひとつ、特別なちからがあるのですから。
●集まった勇者たち
生後3か月の、やんちゃ盛りのこぬこたちは、いっぱい遊び倒して、キャットタワーやぬこベッドでねむねむしているところを、おやぬこにやさしく起こされました。
不思議なことに、ぱぱぬこも、ままぬこも、真剣な様子です。
カーテンごしに入ってくる月の光が、とってもとってもまぶしく感じられます。
今日は、満月なのです。
「どうしたのォ、なァ?」
りりい(黒百合(
ja0422))が、真っ黒のつやつやの毛並みを整え、金色の瞳をきらめかせます。
3か月のりりぃは、鳴き声が「にゃァ」ではなく、まだ上手く発声できなくて「なァ」になってしまいます。
おとなぬこになれば、ちゃんと「にゃァ」と言えるようになるよ、と、りりいのおやぬこたちは、約束してくれました。
確かに、おとなぬこは、誰でも「にゃァ」と言えます。威嚇用の声「ふゥー!」も言えます。
でもこぬこは、もっと小さい頃は、「みー」しか言えませんでした。
今でも、こぬこのなかには、「みー」としか鳴けない子もいます。
鳴き声にも、日ごろの練習が必要なのです。
りりいのおやぬこは、真っ黒なりりいの背中をやさしくなめて、「今日は試練の日なんだよ」と告げました。
「みんなと一緒に、おおぬこさまのところへ、いっておいで。りりいはつよい子だから、きっと帰ってこられると、ぱぱもままも信じているよ」
飼い主さんに「デヒト」と名をつけてもらったこぬこ(龍崎海(
ja0565))も、おやぬこにやさしく起こされて、満月の空をガラス越しに見ていました。
デヒトの海のような青い瞳が、真っ白い毛並みに、綺麗に映えています。
ごろんとお腹をむき出しにして寝っ転がると、お腹に、星形に黒い毛が生えているのがよくわかるので、飼い主さんは「ヒトデ」という生物から連想して、こぬこに「デヒト」と名付けたようです。
「デヒちゃん、今日は特別な満月の夜。試練の日なのよ」
デヒトのままぬこも、試練の日の説明をしました。
「この島のこぬこたちは、みんな、生後3か月くらいで試練を受けるんだ。ぱぱもままも、試練をくぐり抜けたんだぞ。デヒトに出来ないはずがないさ」
ぱぱぬこは、デヒトなら出来ると信じています。
「何しろデヒトは、ぱぱに似て、頭がいいからなあ。慎重に、行ってくるんだよ」
しずく(雫(
ja1894))も、おやぬこに同じ説明を受けていました。
「かぞくがしずくを捨てないって、かくしん出来たら、サボるんですが‥‥」
「しずくちゃん。ままぬこも、ぱぱぬこも、あなたを捨てたいとは思っていないのよ。でも、ぬこのちからをうしなったら、もう一緒にはいられないの」
「誰かがおまえを捨てるんじゃない、ぼくたちも、飼い主さんも、おまえを捨てたいわけじゃないよ。でも、住めるせかいが、全くちがってしまうんだ。試練に負けたり、試練から逃げて受けなかったこぬこは、ただのこねこになってしまうんだぞ」
ままぬこと、ぱぱぬこが、しずくに一生懸命言って聞かせます。
だって、ままぬこも、ぱぱぬこも、しずくと一緒にこれからもずっと暮らしたいのです。
「こんなめんどうな儀式なんていらないのに‥‥おおぬこさまをギャフンと言わせてあげるわ‥‥」
しずくは、なにかを考えているようでした。
「おとうさん、おかあさん、行ってまいります」
まるでタキシードを着ている様な、白と黒のツートンカラーの毛色をした、美しい小さなこぬこ、マギ(エイルズレトラ マステリオ(
ja2224))は、口ひげに見える黒い毛を、よくなめた小さなおててで、ぐりぐりとこすって、毛並みを整えました。
「マギちゃん本当に大丈夫かしら? おかあさん、しんぱいだわ」
他のこぬこと比べても、貧相な体格、弱い力に、おかあさんぬこが心配して、何度も体当たりをしてきました。
鼻と鼻をぶつけるようにして、すりすりと頬から脇へと体をすり寄せます。おかあさんぬこの匂いをマギの体にこすりつけているのです。
「でもマギは、その分、すばしっこくて足が速いと思うよ。きっと大丈夫さ、ぼくたちの自慢のこぬこだもの」
おとうさんぬこが励まします。
「マギは頭もいいし、きっとやり遂げて、無事に帰ってきてくれるさ」
「楽勝〜楽勝〜、これくらいへっちゃらだよ。パパ、ママ、行ってくるね」
青い瞳が綺麗で、白黒のハチワレ柄のこぬこ、あーにゃ(アーニャ・ベルマン(
jb2896))は余裕をみせて、自宅を出ました。
内心では、(これが失敗したら、パパともママとも、さよならなんだね)と悲しく思うのですが、つとめて顔には出さず、細くて先端が白い尻尾をぴんと立てて、白い手足を潔く動かします。
まだ成人したぬこに比べれば、ヨチヨチ歩きですが、これでもやんちゃ盛り、音もせずにとてとてと塀を伝って歩いていきます。
「ままやぱぱに会えなくなるの嫌なのですぅ〜。おおぬこさまに認められるように、がんばるのですぅ」
ルシャ(御堂島流紗(
jb3866))は、ままぬこ、ぱぱぬこにすりすり体をすりよせて、別れを惜しみました。願わくば、これが本当の別れになりませんように。そんな願いをこめて、おやぬこたちに、いっぱいいっぱいなめてもらいました。
真っ白でふわふわの体毛が、綺麗に整えられていきます。
雑種ですが、長毛種の血が入っているので、もふもふです。毛がからまりやすいのが難点です。
おやぬこたちに、きれいきれいにしてもらったあと、青い目に決意を灯し、「じゃぁ、行ってまいりますぅ」とルシャはおうちを出ることにしました。
「こぬこたるものでも、いつかは旅立つもの。シズヤは行ってまいります。そして、無事に帰ってくると誓いましょう」
紫色の目と毛並みをした紫色のこぬこ、シズヤ(鳳 静矢(
ja3856))は、親ぬこに別れを告げ、原っぱへ向かおうとします。
何度も振り返りたくなるのをこらえ、シズヤはおうちから遠ざかっていきます。
そこでシズヤは、道をきょろきょろしながら危なっかしく渡ろうとしている、れてこ(レティシア・シャンテヒルト(
jb6767))に出会いました。
いえぬことして、箱入りに育てられたれてこは、外の世界を全く知らないようです。
よく見ると、クリーム&ホワイトの混じったスコティッシュフォールドで、琥珀色の瞳が高貴そうに見えます。
「みー、みいー、あれ、危ないなの?」
いえぬこのれてこは、車を知りません。怖くなったのか、もう寂しくなったのか、シズヤにくっついてお鼻をすりすりしてきます。
「危ないよ。あれにはねられると、しんじゃうぬこもいるんだよ」
シズヤは、口酸っぱくおやぬこに脅されたとおりに、答えます。
本当は、ぬこぱわーがあれば、死ぬことはないのです。
でも‥‥ねこは、簡単にしんでしまいます。
もしこの試練をくぐり抜けられなければ、ちからをうしなって、こねこになってしまうので、車にはねられたら、間違いなく死んでしまうのです!
りりい、デヒト、しずく、あーにゃ、ルシャ、シズヤ、れてこは、とある街灯の下に集まりました。
あれ? マギの姿がありません。
マギはどこへ行ってしまったのでしょう?
●颯爽と、車に乗って
マギはその頃、自分の「ちから」を使って、軽トラックの荷台に乗っていました。
マギのちからは「まーだだよ」。おとなぬこに言わせると「ハイド・ビハインド」というちからだそうです。
決めた相手の眼の前で、物陰に隠れてこのちからを使うと、物陰から出ても、相手はマギがまだ物陰に隠れたままだと強く思い込んでしまい、目の前にマギが姿をさらしていても、認識されない、という、ニンジャぬこのようなちからです。
相手がマギの隠れたはずの物陰を確認するか、マギが相手の前で目立つ行動を取るまで、この効果は続きます。
「このちからを使って、人間の車を乗り継ぎながら、楽々原っぱまで運んでもらいましょう」
得意そうに、なァ〜、と一声鳴いて、マギは悠々と、にんげんの軽トラックを捕まえました。
近場のおうちの塀を使って、ぴょんとトラックの荷台に乗り込んで、運転するにんげんが現れるのを待ち、「まーだだよ」をつかいます。
にんげんは、マギのちからによって、隠れているマギに気づかないまま、トラックのエンジンをかけました。
しかし、こぬこのちからには代償があります。
それは反動で「急に眠くなることがある」というものでした。
マギは、うまく隠れてトラックに乗り込めましたが、そこで眠くなってしまいました。
うとうと、うとうと。倒れないように懸命に四足を踏ん張ります。
ああ、でもダメ。
眠くて眠くて、まぶたが自然にさがってきます。
ガタガタ揺れるトラックの振動も、眠気に拍車をかけてきます。
はっと気が付くと、マギの澄んだ瞳を覗き込む、にんげんの姿がありました。
「こぬこが乗り込んでるぞ」
荷台を覗き込まれてしまったのです。マギは首のたるんだ皮のところをねこづかみされ、ぷら〜んとぶらさげられて、トラックからおろされてしまいました。
「どこのうちのこぬこだ?」
にんげんは相談して、トラックを、そのまま、どこかのおうちの駐車場に入れて停めました。
あんまりこぬこが好きな様子ではありませんでした。
あれ?
マギは、思いました。ここは、最初にトラックにこっそり乗り込んだ場所に、よく似ていたのです。
そう、トラックを動かしていたにんげんたちは、ちょっと離れたコンビニまで買い物に行って、Uターンして帰ってきただけだったのです。
「原っぱまで楽々到着、ってわけにはいきませんか‥‥」
残念に思っていると、トラックからおりてきたにんげんが、もう一度マギをねこづかみして、マギの飼い主のおうちの前まで歩いていくと、塀の内側へぽいとマギを放り込みました。
「いえぬこはいえに帰りなさい」
にんげんはそう言って、立ち去りました。
マギはにんげんがいなくなるのを待ってから、そろりそろりと垣根の隙間から這いだしました。
少し離れた街灯のところに、こぬこたちがたむろしています。
(皆でちからを合わせるしかなさそうですね)
こうしてマギも、街灯の明かりの中で、途方に暮れているこぬこたちの仲間入りを果たしたのでした。
●住宅地を抜けよう!
もし次に、マギのように、にんげんに捕まったら、間違いなくおおぬこさまに会えないでしょう。
そのためにも、早く住宅地を抜けなければなりません。
「わたしのおやぬこからの助言では、住宅地では、物陰や電信柱などの影を利用して隠れながら進むべし、だそうだ。ははさまが言っていたように、柱のかげからいこう」
紫こぬこのシズヤが言いました。
「私は白いので、こんなに暗いととても目立つのです、だからできるだけ目立たないように、白い壁やコンクリートの壁などを保護色にして、進むのですぅ」
ルシャがそろそろと歩き出しました。白い毛並みのこぬこたちは、一斉に警戒を始めました。
「私は黒いから、そう言う意味では保護色ねェ。にんげんに見付からない様に十分に周囲警戒しておくわァ」
りりいが先頭を歩きます。
「夜だから、住宅地には、そもそもにんげんは少ないはずだよ。こぬこでも夜目はきくし、薄暗い場所を選んで移動したほうがいいかも、なァ」
白い毛並みを気にしながら、デヒトが小さく鳴きました。
「側溝を利用したりして、人目につかないように移動するよ。にんげんの知らないぬこの道だってあるんだから〜」
あーにゃは、いえぬこの箱入りれてこに教えながら、違う道を歩き出しました。
れてこは大人しくついていきます。
「垣根や屋根の上を通ったら、にんげんに見つかりにくいかも?」
しずくは高いところへ飛び上がり、ぴょんぴょんと器用に屋根を渡っていきます。
こうして、にんげんに見つからないように、こっそりとこぬこたちは、住宅地を通り抜けたのでした。
●車がびゅんびゅん
住宅地を抜けると、そこは車というおっかない機械がびゅんびゅん通る道でした。
にんげんが、「高速道路の側道」と呼んでいる道です。
夜なので、おっきなトラックが、びゅんびゅんすごいスピードで走っています。
りりいやシズヤが、自分のちからを使って、本気で走った時くらい、スピードが出ています。
しかも、車がなかなか途切れません。トラックばかり、じゃんじゃん走ってきます。
「普段からくるま自体は知っているよ。急には止まれないけど、一度止まったらすぐには動き出せないので、くるまがよく止まる休憩場所から渡ったらどうかな?」
デヒトが提案します。
「通りには、ご主人様(飼い主)が、しんごうとかいうのが有ると言っていたのですぅ〜」
「そう、ルシャ、それがくるまの休憩場所なんだよ」
デヒトの言葉に、ルシャはくるまの休憩場所を探します。
「真ん中の線がある所は安全なんだよ」
あーにゃもうなずきます。真ん中の線、とは、白いはしごのような模様のことです。
「ここには押しボタン式のしんごうがあるわねェ。これを押すと、くるまが休憩するのよォ」
りりいが、電信柱にくっついている黄色い箱に気が付きました。
さて、りりいが、ひょいと黄色い箱に飛び乗ったその時、シズヤは果敢にも、いえ、無謀にも、びゅんびゅん走ってくる車に戦いを挑んでいました。
タイミングを見て、危うくトラックをかわしながら、道を横断してゆきます。
このままじゃ轢かれちゃう!
みんなが目を覆いました。
「ちちさまじきでんの全力ちょうやく、それー!」
シズヤの声が聞こえ、ぴょーんと、ぶつかりそうになったトラックを飛び越えたのが見えました。
「シズヤ危ないのです!」
しずくが、ちからを発動させました。
しずくのちからは、声帯模写。様々な音や声を一鳴き分だけ出せるちからです。
それで、大きな、ガシャーンという、何かが破裂したような騒音を出して、事故が起きたとトラックの運転手に勘違いさせようとしました。
タイヤを鳴らしながら、トラックは急停止します。
あとから走ってきた後続のトラックが、突っ込みます。
続いてもう1台も。
玉突き事故が起きてしまいました。
折しも、りりいの押したボタンで、しんごうの色が丁度よくかわって、車たちが一斉に停まったところでした。
しっかりと車両の流れを見て、慎重に移動するりりい。
眠ってしまったしずくとシズヤを、1匹ずつ、くわえて運ぶあーにゃとデヒト。
「誰も怪我がなくてよかったですぅ」
ルシャは、怖い怖い道路を渡り終えて、ほっとしたようでした。
こぬこは、とっても強い身体能力を持っています。
だから、飼い主であるにんげんが、あんまり丈夫じゃないってことは、よくわかっていなかったのでした。
●丸太橋を越えろ
事故の起きた道路が、騒がしくなっていきます。
サイレンのような耳障りな音が、いっぱい近づいてきています。
でも、こぬこたちには、もう、背中の音でした。
もう危ないあの道は、クリアしたのです。
あとは、空き地をずんずんと森のほうに進み、小川にかかっている二本の丸太橋を越えれば、おおぬこさまの住んでいる(飼い主さんの)お屋敷が見えてくるはずでした。
小川は、山からの雪解け水がちょろちょろと流れ込んでいて、とっても冷たそうでした。
まして夜の川です。きっとしびれるほど冷たいに違いありません。
ここに落ちたら、大変なことになる、と思い、皆の毛皮がぶるぶると震えて立ち上がりました。
丸太は川の水にさらされて、すっかり樹皮が剥けていました。
そこにつやつやの苔がみっしりとはびこって、とてもつるつるして、滑りやすそうです。
「はしはきけんね。つめたいみずにおじけづくみんな、れてこのにくきうでおうえんするから、がんばって!」
れてこが、ちから「みわくのにくきう!」を使いました。れてこのにくきうにふみふみされて、全員がめろめろになり、こわいこころも、だんだんとすっきりしていきます。
「さあ‥‥渡るわよォ」
「待って、なォ〜」
苔が少ない場所を見つくろい、ゆっくりと足を運び、落下しない様に少しずつ足を進めようとしたりりいに、デヒトがストップをかけました。
「ねえ、俺たちこぬこには、りっぱな爪が生えているよね。皆で、爪とぎの要領で、橋の表面をずたずたにして滑りにくくして、渡っていくのは、どうだろう?」
「私も賛成です、なァ」
しずくも頷いて、一声鳴きました。
あーにゃも、爪を剥き出して慎重に渡るつもりでしたし、ルシャも、同じでした。
冒険好きなシズヤも、つるつるすべる所は爪をたてながらそっとそっと移動して、もし落ちたとしても根性で小川を泳ぎきるつもりでいました。
こうして、丸太橋の端から、代わりばんこに爪とぎを始めました。
マギも加わり、8匹でざくざくと表面をけば立てていきます。
ばりばり、ばりばり。
丸太橋は面白いように削れて、8匹のこぬこたちを渡していきます。
みんなで力を合わせて、ようやくおおぬこさまのもとにたどり着きました。
「よくきたにゃん」
おおぬこさまは、誇らしげに尻尾を立てる8匹を、出迎えました。
鳴き声にも威厳が感じられます。
「では、試練を言い渡すにゃぞ。放し飼いのわんこ、ドーベルマンのポチ殿を、1対1で服従させるのじゃ‥‥にゃおうん」
●ポチ殿を服従させろ
わんこは、ちからをもった「いぬ」です。
ドーベルマンのポチは、「鼻からレーザーポインターのような光を放ち、こぬこの気を引くちから」を持っています。
ただ、ぬことわんこが違うのは、ちからの反動の出方です。
ぬこは、ちからを使うたびに反動が起こって、突然眠くなってしまうことがありますが、わんこにはそれがないのです。
その代わり、わんこは、ちからの反動で、無性ににんげんの靴を噛みたくなってしまいます。
ポチの小屋にも、飼い主さんの使い古した革靴が、いっぱい置いてありました。
どの靴も、ポチに噛み噛みされて、ぼろぼろになっています。
しかし、このお話は、こぬこには知らされていないままでした。
「で、誰から行くかにゃん?」
おおぬこさまに促されて、8匹は顔を見合わせました。
「見物席はないにゃんよ。垣根の向こうがポチ殿の領域だにゃ。1匹ずつ、無事に戻っておいでにゃん。なぁに、ポチ殿も加減はしてくれるにゃんね」
その言葉に飛び出したのは、シズヤでした。
「とーつーげーきー! うなぁー!」
元気いっぱいに走りだし、全身に紫のオーラを纏って、突撃!
シズヤの超体当たりがポチの脇腹に大ヒット!
幸い、眠気も来ません。これはラッキー!
でもポチも負けてはいません。鼻を光らせて、光でシズヤの気を逸らそうとします。
やんちゃなシズヤはつい、てやてやと光を追ってしまいますが、光がわんこの鼻から出ていることに気づき、鼻に向かって超体当たりを試みます。
わんこにとって、鼻は弱点でもあります。ポチは悲鳴をあげて、うずくまり、思いっきりぶつけられた鼻を前足でイタイイタイしました。
シズヤの勝ちです。
尻尾を立ててどや顔で帰ってきたシズヤを、皆が迎えます。
「次は私がいくわよォ」
なァ、と鳴いて、りりいがポチに挑みます。
りりいは、積極的には攻撃せず、ポチがどう出るか観察していました。
ポチの鼻から、本能的に追いかけたくなるような光が出ることは、よくわかりました。
だって、体がつい反応してしまうのです。光をつかまえたくてウズウズするのです。
でも、じゃれている場合ではありません。ポチを服従させないと、試練に失敗してしまうのです。
ポチは、攻撃らしい攻撃はしてきませんでしたが、甘噛みや、体をぶつけるなどの行動に出ることがわかりました。
あと、靴をかじることが大好きなことも、わかりました。
りりいは靴をひとつくわえて、ぽいっと放り出しました。
思わずジャンプしてキャッチするポチ。
その足もとに滑り込んで、ジャンプして、りりいはポチの急所にきょうれつな一撃を与えました。
「きゃんきゃん!」
ポチが悲鳴をあげます。りりいの勝利です。
「大丈夫にゃか?」
おおぬこさまは、心配して、ポチの様子を見に行きました。
何しろ、赤ちゃんの時から一緒に育った仲らしいのです。だから、ポチは体を張って、こぬこの試練に協力してくれているのです。
ポチが元気になると、おおぬこさまは戻ってきて、「次のこぬこは誰にゃ?」と促します。
マギが進み出ました。
一度ポチに姿を見せてから、垣根の下の大きな石に隠れ、ちから「まーだだよ」を使います。
ちからの効いている間に、こっそり高いところに移動しようとしますが、盆栽棚とか、犬小屋くらいしか、乗れそうなところがありません。
マギを見失ったわんこは、光る鼻をくんくんさせます。石に隠れているようにも思えますが、マギの臭いは別の場所から漂ってきます。
ポチが、おかしいな、という顔をした時、マギは、盆栽棚から、ポチめがけて、植木鉢を落としました。
「ぎゃん!!」
植木鉢はポチにあたって割れました。
ポチはあたまを抱えるようにして、うずくまっています。
マギの勝利です。ただ、マギはおおぬこさまの元に戻ると、すやすやと反動で寝入ってしまいました。
続いて、デヒトがポチに挑みました。
「まともに戦えば勝てませんから、距離を取ってビームを撃ちまくるのがいいかな」
デヒトはごろんと横になりました。そして、ポチにお腹を丸出しにして見せました。
「?」
いきなり降伏か、と誤解して近づいたポチに、デヒトの星形の模様からビームが出て、直撃しました。
「ぎゃわん!」
ポチはびっくりと痛みで、悲鳴をあげました。
容赦なく、へそてんスタイルで、デヒトはビームを撃って撃って撃ちまくります。
ポチは尻尾をまいて、犬小屋に駆け込みました。
「次いくよ〜」
あーにゃが進み出ました。
「知ってる、鼻はわんこの急所だね!」
あーにゃのちからは「わーりゅど」といって、6秒間だけ自分以外の時間を止められます。
ポチをぴたりと止めて、その体によじ登り、ぴかぴか光る鼻を目掛け、尖った爪でがりがりと容赦なく引っかきます。
6秒間たっぷり引っかいたと思うと、反動で眠気がやってきました。
自分の体の毛をむしって耐えようとするあーにゃですが、反動の眠気は強烈です。
「くーん」
痛そうな声でポチが鳴いています。鼻先からは血がたらたらと流れています。
少し、やりすぎてしまったようです。
「こぬこたちよ、試練の内容を誤解してはいないかにゃ?」
心配そうにポチの様子を見に行って、帰ってきたおおぬこさまが、首を傾げます。
「ポチ殿を服従させればよいのにゃぞ? 倒す必要はないのにゃぞ?」
「そういえばそうです」
しずくが出ていって、ポチの様子を見ました。
怪我をしている様子はありません。あんなに、あーにゃの爪には血がいっぱいついていたのに。
しずくは少し考え、おおぬこさまの飼い主さんの声を声帯模写することにしました。
「伏せ!」
ところが、しずくはまだ生後3か月。おおぬこさまのおうちにくるのは初めてです。
勿論、おおぬこさまの飼い主さんの声を聞いたことは、ありませんでした。
でも、こぬこからすれば、「にんげんって大体こんな声」的な感じで、よっぽど特徴がないと、個体差の区別はつきません。
「伏せ!」
少し声を変えてみて、もう一度命令するしずく。ポチは理解して、素直に伏せました。
鼻から、光の筋が地面に向かって放たれ、揺れています。しずくは、追いかけたい衝動を抑えるのに必死です。
(そうだ、夜中に起こされた腹いせに、おおぬこ様の家で悪戯をしておきましょう)
しずくは、思い立つと、レーザーポインター状の光を追いかけて、盆栽棚を走り回り、植木鉢をがしゃんがしゃんと割りまくりました。
「なァ、なァ」
一生懸命、おおぬこさまの声を声帯模写して、せいいっぱい鳴きわめきます。
(お家のにんげんに発見させて、おおぬこ様にこの罪をなすり付けてあげます)
鉢の次々と割れる音に気付いたのは、おおぬこ様の飼い主さんより、おおぬこ様のほうが先でした。
おおぬこ様は、しずくの悪戯の真っ最中に、ポチの庭に入ってきて、しずくに、「どうしてこんなことをしているのにゃ?」と尋ねました。そして、ちから「対象の時間を巻き戻す」で、しずくの悪戯した植木鉢を、次々と直してしまいました。
ポチの傷をいやしたのも、おおぬこ様のこのちからだったのでしょう。ただ、記憶だけは巻き戻せないようでした。
「しずくは、暴れるほど、夜中に起こされたのがいやだったのにゃ? でもぬこは夜型生活が基本だにゃ、早く慣れるといいにゃ」
おおぬこさまはしずくの首をくわえて、垣根の隣に連れ帰りました。
しずくは悪戯をしすぎて、ちからの反動で眠ってしまったのです。
ルシャがポチにおそるおそる歩み寄ります。
(わんこは怖いけど‥‥なんか、あっちも怖がっている感じかもですぅ)
鼻から出ている光りに惑わせられながら、ルシャはちから「もふるの我慢できなくなる」を使いました。ポチは術にかかり、「あ、あの‥‥こぬこさん、もふっても、いいかわん?」とおずおず尋ねました。
「では、ルシャに服従すると言ってくださいですぅ」
「もちろんだわん」
「‥‥もふってもいいですぅ。ルシャ、眠くなってきたですぅ〜」
鼻づらでやさしく、眠ってしまったルシャを撫でるポチ。
怖い思いをいっぱいしたので、ちょっと怯えていたわんこの心が、少しづつ落ち着いてきます。
次にポチが出会ったのは、おっとりれてこでした。れてこは、ポチの疲れ切った姿に、疲れて帰ってくるパパさんを思い浮かべました。
パパさんに、いつもしているみたいに、ポチをふみふみします。
ちから「みわくのにくきう!」が働いて、ポチはめろめろになり、おびえていたこころも、だんだんと落ち着いて、すっきりしていきます。
「れてこに服従、する?」
「わん!」
こうして、れてこも無事に、試練をくぐり抜けたのでした。
●ポチ殿、お疲れ様
8匹とも試練をくぐり抜けると、もう月は山際にかかっています。
だいぶ時間が経ったようです。
ちからの反動で眠っていたこぬこたちも、目を覚ましました。
ポチの傷はおおぬこさまがちからで癒し、ポチは任務を終えたことで、少し安心して、お気に入りの靴をくんくんしていました。
もう鼻からあの光は出ていません。
「さて、皆をおうちへ帰す頃合いかにゃ。皆、よく試練に耐えたのにゃ。りっぱなこぬことして、これからも飼い主とおやぬこをたいせつにするのにゃぞ」
おおぬこ様は、そう言って、ポチの背中にしがみつくように、8匹に言いました。
皆がポチの背に乗ると、ポチは体を伸ばし、風のように走り始めました。
二本丸太橋を飛び越え、道路を迂回して歩道橋を渡り、住宅地へと、あっという間に戻ってきました。
まだヨチヨチ歩きのこぬこたちには、あんなに苦労した道のりでしたが、ドーベルマンのポチには簡単なお散歩ルートでした。
こぬこたちをそれぞれの家の前でおろし、ポチは、「これからよろしくわん。おやぬこさんたちと、おおぬこ様の言いつけをちゃんと護るだわん」と言い含めて、全員、ご挨拶にぺろりとひとなめしてから、去っていきました。
こぬこたちは、誰ひとり試練に脱落することなく、こうして、おやぬこと飼い主さんのもとに戻ることができたのでした。
(おしまい)