●
依頼内容の説明を終え、皆が相談しながら斡旋所を出ていく際、アリス・シキ(jz0058)に歩み寄ったものがいた。礼野 智美(
ja3600)だ。小声で「シキさん」と部屋の隅に招く。
「必要経費以外の報酬はいらない、って出来ないかな? 一般の高校生から報酬貰うって、彼等も懐、厳しいだろうし、他の報酬貰う人達の前で言うと角が立つから‥‥もともと何時か、うちのちび共が行きたいって言っていた所だから、春休みに下見に行くつもりの所だったし‥‥渡りに船な依頼なんだ」
「‥‥よろしいんですの?」
アリスは小首を傾げ、智美は大きく頷く。智美の青い目がじっとアリスを見つめる。
「わかりましたわ」
熱意におされ、アリスは智美の報酬金(必要経費を抜いた分)を学生に返却する手続きをとった。
●
旅行当日。ボストンバッグを抱えた10人の依頼人たちが、ツアーセンター前のバス停で、お喋りをしながらバスを待っていた。
そこへ、撃退士たちも合流する。
合流したのは、護衛の撃退士たちだけではなかった。
最初は、ごく普通のカラスに見えた。しかし、カラスより大きい、そして飛び方が鳥ではない。
「天魔だ!」
黄昏ひりょ(
jb3452)が卒業生たちの前に飛び出して、氷晶霊符を取り出す。
(俺が戦う理由は、仲間を、皆を守りたいから。その笑顔を守りたいから。
その為には、今の自分では成し得ない事もある!
色々考えて、ない知恵絞って考えて‥‥陰陽師というジョブから、皆を守るディバインナイトへのジョブ変更をする決心をしたんだ。
俺にとって、陰陽師科を卒業する、最後のこの機会に、思い出を沢山作っておきたい。
「陰陽師:黄昏ひりょ」がここにいたという、その証を残したい!
親御さんに反対されながらも、自分達で頑張って、この旅行を実行に移した学生さん達。
皆にとっても、心に残る楽しい思い出にしてあげたい!!)
符から直線移動する氷の刃の様なものが現れ、コウモリのような天魔を追いかける。
「俺の名前は引導代わりだ‥‥ってコウモリにゃ言ってもわからないか。まぁせっかくの卒業旅行なんだ、手早くいこうぜ」
素早く前に出たジョン・ドゥ(
jb9083)が、1対のリングを両手に握って活性化する。リングが光り、刃渡り90cmの、夜色に真紅のオーラを纏ったアウルの刃が形成され、1対の双剣となる。
「この『ミッターナハト』に天魔野郎の血を吸わせてやるぜ! たっぷりとな!」
智美はシュティーアB49を構え、10人の卒業生を護衛すべく、穴が無いように立ち回り、コウモリを牽制して近づけさせないようにする。危うく間近まで迫ったコウモリの歯が、鋭く尖っているのが目に焼き付いた。
全長180cmの長大な和弓を引き絞り、コウモリを狙うのは、秋姫・フローズン(
jb1390)だ。
「‥‥邪魔‥‥消えなさい‥‥」
氷の女王めいた雰囲気で呟き、紫電を纏う矢を放つ。
秋姫の隣で、リベリア(
jc2159)は、異国の言語で魔法の呪文が綴られているスクロールを広げた。光の玉が直線移動して、コウモリを追う。
不知火あけび(
jc1857)は前に出ると、<影縛の術>を使い、コウモリの影を縫い留めると同時に、朱漆の鞘の無銘刀とスキルで攻撃した。
天魔コウモリは、ギャッと叫んで、くるくると舞い落ちた。
やっと1体仕留めた。護衛の皆がそう思った時、後ろから野太い声が聞こえた。
「‥‥阻霊符は発動させたか?」
見送りにやってきた轟闘吾(jz0016)の声に、はっとする智美とジョン、あけび。
光纏はしているし、所持もしていたが、非発動の状態のままだった。
阻霊符を展開した途端。
<物質透過>をフル活用し、近くの建物の看板や電柱などに身を隠しながら、攻撃を器用に躱していた天魔コウモリが、皆の連携攻撃を食らい、面白いように次々と息絶えて、ぼとぼと地表に落ちてきた。
天魔の死体を初めて眼前にした、卒業生たちの悲鳴が響き渡る。
「こ、こええ〜〜!! 牙、すごいぜ‥‥これ‥‥」
「ほんとだ‥‥!! でかいし気味悪ッ‥‥!!」
怯えて身を寄せ合う卒業生たちをよそ目に、闘吾は、天魔専門の死体処理業者に、連絡をとっていた。
「大丈夫ですよ。今後、皆さんのことは、ちゃんと守りきりますから」
ひりょは、見たものが安心するようなまぶしい笑顔を浮かべて、そっと額をぬぐった。
「阻霊符の展開をすっかり忘れていたぜ」
ジョンが双剣をリングに戻し、ぽりぽりと頭を掻き、小声でつぶやく。
「お陰で、存外に手こずっちまった‥‥無傷で済んだのは実力差だろーがな」
「さあさあ、バスも来たし、施設までご案内するでござる!」
武者袴のあけびがパンパンと手を叩く。ツアーバスがロータリーに入ってきたところだった。
「私、いや拙者も、この侍魂にかけて、皆の者を護るでござる!」
依頼人達の緊張を解くため、敢えてござる口調で語りかけるあけび。
(早く打ち解けられた方が、護衛もしやすいしね)
「侍というより、忍者っぽかった、ような‥‥?」
こわごわと卒業生から漏れた言葉に、ぴくんと反応するあけび。
「失敬な。拙者は立派なサムライガールでござるぞ! さあ、ずずいと乗った乗った!」
卒業生の荷物を運ちゃんに渡し、バス内に収納してもらいながら、卒業生たちを順次座席へ乗せていくあけび。
「忘れ物はないか? 折角の卒業旅行だ、思い出に残る楽しいものにしたいだろう」
智美が最終確認をし、撃退士メンバーと運ちゃんが乗り込み、バスの扉が閉まる。
「‥‥」
走り出し、遠ざかるバスを無言で見送り、闘吾は帽子を目深にかぶった。
●
秋姫は、バスの中で、卒業生たちに今後の班分けについて、護衛たちの考えを説明した。
「各アトラクションごとに‥‥5人1組のグループを‥‥作成します‥‥。
この籤を引いて‥‥A班、B班に分けます‥‥。
A班、B班に‥‥3人ずつ‥‥護衛として、私たちが‥‥同行します‥‥。
別のアトラクションに移動後は‥‥再び籤を引いて‥‥班分けをします‥‥。
記念撮影等は‥‥10人全員でいたします‥‥いかがでしょうか‥‥?」
秋姫はそう言って、自作の籤を見せた。
「はい、それでお願いします」
学級委員長っぽい女子が、秋姫と護衛の皆に、頭を下げた。
「英夫〜、椎奈と同じ班になれるといいな」
男子の中から、そんな小声があがったのが、何気なく、ひりょの耳に届いた。
(もしかしたら、お互いに気になってる男女のペアなんかも、いるかもしれないんだな)
そう思った途端、ひりょの聴覚が、鋭敏になる。
「椎奈は一流大一発合格だろ。俺、浪人決定だからさ、別に何も言わねーつもりだし‥‥」
「もう二度と会えなくなるかも知れねーぞー? 告っとかねーと後悔するぞー?」
「いいんだよ、うっせーな。最後の思い出が振られましたじゃ、シャレになんねーだろー?」
どうやら、英夫という男子は、椎奈という女子に思いを寄せているらしい。
だが進路という人生の分岐点を迎え、既に告白すら諦めているようだ。
(我ながら、自分の方はからっきしなのに、他の人の恋のフォローはついついしちゃうんだよな。この一割でも自分に気が回ればいいんだろうけど)
内心で苦笑しながら、ひりょは、どう2人をフォローするかを考え始めていた。
(椎奈さん、か。どんな娘なんだろう? 椎奈さんは英夫さんだっけ、あの学生さんをどう思っているのかな。何か2人の力になってあげられないかな?)
「最近、英夫とは話してるの?」
一方、女子組では、あけびが聞き耳を立てていた。
「ううん。なんていうか、英夫が浪人すると思わなかったし‥‥溝ができた気がするし‥‥」
「そう言えば、あんまり一緒にいるとこ見かけないね」
「‥‥うん‥‥」
椎奈と呼ばれた女子は、お菓子の袋を握りしめたまま、食べもせずにうつむいていた。
恋に恋するお年頃のあけびである、当然、他人の恋愛話はつい耳に入ってしまう。
(いいなあ‥‥内心憧れちゃうよね)
「もうさ、きっと逢えないと思うし‥‥正直、この旅行を機に、英夫のことは忘れようかなって」
椎奈の言葉に、あけびは胸中で拳を握る。
(そんなことないって! 会おうと思えば、お互いに生きてさえいればだけど、誰だっていつだって会えるんだよ! ああもう、じれったいなあ!)
「卒業旅行か‥‥」
ジョンはバスに揺られながら、お喋りに夢中な卒業生たちを眺めていた。
時々デジカメを出して、護衛対象たちの笑顔をデータに残す。
(卒業した事が無い‥‥まぁ一応、俺は大学5年だが、経験は無いのでなんだか新鮮だぜ。
それに、自分達で費用を稼いだというのも良い。そういうのは実に良い!
俺的にはすげー好印象だからな! 絶対に護り通して、良い卒業旅行にしてやるぜ)
車窓の景色からはビルが減り、徐々に木々や畑が増えていっている。
やがてバスは、施設名の書かれたアーチをくぐり、専用ロータリーへと滑り込んだ。
●
旅館に着替えなどの大きな荷物を置き、手荷物だけの身軽な恰好になって、皆は時代劇のセット村に足を運んだ。
春の卒業シーズンだからか、そこそこ旅行客は多い。
さほど広くない道の左右には、時代劇に出てくるような建物がずらりと軒を連ねている。
本物の時代劇映画に入り込んだような雰囲気だ。
「町並みが見事に和だな」
ジョンがきょろきょろと周囲を見回す。
「‥‥あれ、なに?」
卒業生たちが籤を引いている間に、リベリアは目に留まった、大きな赤い提灯を指さした。
「ああ、大きく『酒』って書いてあるよね? 赤提灯だよ。居酒屋や、一膳飯屋によく飾られていてね」
元の口調に戻ったあけびが、よどみなく解説する。
「居酒屋や一膳飯屋は、多くが縄のれんをかけていて、縄のれん自体が、居酒屋や一膳飯屋を示す言葉にもなっているの‥‥よ?」
「‥‥尊敬」
リベリアはうっとりとあけびを見つめた。
「‥‥忍びの一族、博識、すごい‥‥」
「いや! だから私は、義理人情を大切にするサムライガールであって〜!!」
「‥‥ニンニン!」
「ちっがーう! いや、違わない気も結構するけど、ええと、あれれ??」
自分でもわからなくなる、あけびであった。
「撮影は‥‥お任せください‥‥」
秋姫が、学生達の思い出を残そうと、ビデオカメラで各所を動画撮影している。
ジョンも、卒業生たちから一歩下がって、デジカメで自然体な皆の様子を写真に撮ることに専念していた。勿論、護衛として、周囲の警戒も怠っていない。
「‥‥次、‥‥どこ行く?」
リベリアは卒業生に混じっていた。あっちこっちへふらふらと、興味をひかれたものに吸い寄せられては、護衛任務を思い出して、戻ってくる感じだ。
「そこの角に歌舞伎座っぽいのがあるぜ。なんか本格的だなあ」
卒業生たちが建物を見上げる。俳優と思しき人名の札が大きく掲げられており、その中に交ざって、浮世絵を思わせる人物画が飾られていた。
「あれが二枚目俳優とか三枚目俳優とかの語源になったんだっけ?」
「そうなんだ‥‥」
卒業生たちも写真を撮りまくる。スマホが、デジカメが、シャッター音のハーモニーを奏でる。
●
さほど広くもない町並みを堪能したところで、コスプレ撮影会に行くことになった。
卒業生たちはまた、籤を引き直してグループを2つにわけ、護衛たちは3人ずつに分かれた。
カップル未満の2人、英夫と椎奈は、同じ班になっていた。
しかし、顔を合わせようとも、話をしようとも、していない。
そこだけ、ちぐはぐな雰囲気が漂っていた。
「わたし、お奉行様になってみたい!」
「俺はやっぱ、素浪人だな」
「お前実際浪人じゃん」
「うっせーな、その浪人じゃねーよ」
騒がしくしゃべりながら、卒業生たちが楽しそうに衣装を選ぶ。
「‥‥高校卒業記念に‥‥全員まとめて‥‥撮りたいんですが‥‥よろしい‥‥でしょうか?」
秋姫が撮影所の人に許可をもらい、ビデオカメラを折りたたみ式三脚にセットした。
「俺はコスプレはパスだ。一応護衛だし、普段着なれていない着物だと、いざという時の立ち回りが‥‥な。代わりに撮影係を引き受けよう」
智美が名乗り出て、ジョンからデジカメを借り受ける。
「あ、俺のデジカメでも、撮っておいてくれるかな?」
ひりょもデジカメを智美に託す。
「お姉さんは着ないの? すごく綺麗なのに」
「そうだよ、折角だしさ、うちらと一緒に撮ろうよ。うちら、撃退士さんと一緒になることなんて滅多にないんだから!」
着替えを済ませた卒業生たちは、秋姫やひりょに声をかける。
秋姫は、更衣室に引っ張り込まれると、あれよあれよと大正袴を着せつけられた。
ひりょは侍の衣装を着ていた。
「俺もたまにはこんな格好をしてみたよ。どうだろうか?」
侍っぽくビシッと決めてみる。流石に撃退士、刀の構えも決まっている。
「いいじゃんいいじゃん、素敵だよ」
卒業生の皆とノリノリでポーズを決めるひりょ。
「似合ってますよ!」
声をかけるあけび。仮装する前から武者袴なので、違和感ゼロである。
元々刀使いの二人だ、2人並んで色々とポーズをとるが、どれも見栄えがする。
卒業生たちは喜び、スマホやデジカメで2人を撮影しまくった。
「ん、コスプレか? あまり興味はな‥‥。だが、強いていうなら、陣羽織なんかを着て、戦場の将軍みたいな格好には興味があるかな」
「将軍コスもありますよ!」
「きっとお兄さんも似合いそうだし、絶対かっこいいですよ! 着ましょうよ、是非!」
ジョンも卒業生たちに更衣室へ引き込まれる。
「なんかテンションあがってきたぁー!」
卒業生たちが、時代劇風の恰好になっていくのを見て、あけびは両拳を握りしめた。
「私が仮装するなら、んー‥‥町娘か舞妓? ウケを狙うならお殿様‥‥ここはお殿様かな!」
ちょんまげカツラに裃を着た、頭の弱そうなお殿様が完成した。
卒業生たちに大うけである。
リベリアは、忍者の恰好で出てきた。
「あー忍者だー、似合っているのに顔も隠しちゃうなんて勿体ないねー。忍者好きなの?」
卒業生に声をかけられ、「‥‥にんにん」と頷くリベリア。
彼女は、外国人が日本の忍者に憧れを抱くように、忍者が好きなのだ。
「よかったらでいいけれど、お願い、うちらにも撮影させてね!」
「‥‥にんにん」
10人+護衛5人で、仲良く記念撮影。
「いいえがおー」
智美がデジカメのシャッターを押す。
「もう一枚、はい、いいえがおー」
ジョンのデジカメからひりょのデジカメに持ち替えて、再度撮影。
秋姫のビデオカメラは、コスプレ撮影所での一部始終を記録していた。
●
「おみやげ‥‥」
衣装を返却し、カメラ類を回収すると、リベリアの姿が消えていた。
一足先に、お土産屋に特攻したらしい。
「名所の資料書‥‥歴史書‥‥忍者全集‥‥全部欲しい‥‥」
目をきらきらさせて、本をレジへ持っていくリベリア。
「お前護衛じゃねーのかよ」
ジョンにつつかれて、「‥‥あ」と我に返るリベリアであった。
「わ‥‥忘れてない‥‥」
「忘れてたじゃん」
リベリアは容赦なくジョンにつっこまれていた。
「忍者の本のせい‥‥まーべらす‥‥」
ここに、お土産を見て悩みこんでいるものがいた。
智美である。
数あるお菓子の箱を睨み付けながら、真剣な顔で悩みこんでいる。
「ん、部活のメンバーに一つずつ、とかなると、お小遣いじゃちょっと厳しい、か」
(兄弟姉妹だけでも3人分だもんなぁ、親友に何も買わないのも嫌だし‥‥)
智美の懐には、報酬を全額返却してしまったので、自分のお小遣い3000久遠しか残っていない。
「この、小さいが数の多い饅頭でも買うか‥‥」
秋姫は、焼き印のついた温泉饅頭を選んだ。
「これに‥‥しましょうか‥‥」
一旦決めてしまうと迷いが無い。長く悩みこむ智美の横を通り過ぎ、レジへ向かう。
「いつも食べ物が土産なのもなんだし、どうすっかな‥‥」
ジョンは、工芸コーナーも覗いていた。
「恋人さんにお土産なんてどうですか?」
「お、なら相談にのってもらおうかな? あけびと同じような、紫の髪の相手に贈りたくてさ」
「じゃあ、簪なんてどうでしょう? これなんていいと思いますよ」
ジョンの恋人を思い浮かべ、あけびはにやにやしながら簪を選んだ。
「簪は詳しくないから助かるよ」
「ふふっ。お揃いで根付も買って、お2人でつけるのもいいと思いますよ」
あけびは簪の飾りとお揃いの根付を探し当てた。
「いいねえ。ありがとよ」
ジョンは勧められた簪と根付を持って、レジに向かった。
「‥‥そうだ、写真用のアルバムってここにねーかな? なきゃ帰ってから買うけどな」
ひりょも学園にいる仲間達にお土産を、と悩んでいた。
「皆は何買ったのかな?」
参考までに、周囲をリサーチしてみる。
お菓子類が圧倒的な人気だった。
男子の中には、レプリカ手裏剣や苦無を手に入れたものもいたようだ。
悩みに悩んで、小さなお菓子が沢山入っているものを選んだ。
これなら、小分けして、仲間たちに配ることが出来る。
買い物を済ませ、ひりょは気になっているカップル未満の2人組、英夫と椎奈の姿を探した。
2人は御土産屋にいたが、別々に品物を選んでいるようだった。
そう言えば、記念写真の時も、離れていた。目も合わせようとしない感じだった。
「2人はあんまり仲が良くないのかな? ずっと不自然に距離を置いているよね」
思い切って、声をかけるひりょ。
「折角の卒業旅行なんだから、楽しみたいよね。何か相談にのれるなら、のるからね」
「余計なお世話だって。どうせ撃退士ってのはリア充ばっかりなんだろ」
英夫にがっつりと反発された。
「すんげえ綺麗な女子とかいるし、強えし、苦労なさそうだよなー」
「それは違うよ。俺らも、皆と一緒だよ。悩みだってあるし、リア充じゃない人も多い。俺も独りものだしね」
ひりょは苦笑した。
そして、皆が土産屋にいる間に、隣の店のベンチで軽く話をした。
英夫には、恋人未満だが気になる相手がいたこと、でも相手は一流大に一発合格し、自分は浪人決定したこと。
進路が分かれたことで、この旅行を最後に、もう会えない覚悟は出来ていること‥‥。
「よぉ、英夫、だっけ?」
ジョンがいつの間にか、あけびと共に、隣に立っていた。
「やりたい事はやっておくといいぜ。脅かす気は全く無いが、明日どうなるかは誰にもわからないんだ。後悔だけは残すなよ」
あけびが、椎奈を連れてきていた。
椎奈は立つ瀬がなさそうに、居づらそうに、うつむいている。
「そんな顔するなよ。お前は大学に受かったんだから、嬉しそうにしてろよ」
仏頂面で呟く、英夫。
「私だって英夫のこと嫌いじゃなかったよ! でも、浪人するなんて思わなかった‥‥。もうきっと会えないから‥‥忘れようと思ったよ! 卒業旅行で一緒になるなんて、思わなかったし!」
声を絞り出すように唸る、椎奈。
「だったら、最後くらい仲良く思い出を作ったらどうなのかな? 会えなくても、思い出は残るよ」
2人の背を押すひりょ。
「椎奈、俺、お前が好きだった」
「‥‥うん。私も」
「だから」
英夫と椎奈は、やっと向かい合って、目と目を合わせた。
「まだ付き合ってもいないけど、でも言わせてくれ。別れよう。今日が最後の日だ。明日から俺は勉強に集中するし、その間にお前には、大学できっといい相手でも見つかるだろ」
「‥‥それでいいの?」
「ああ。いい」
「そっか‥‥」
椎奈はこぼれそうな涙をぬぐい、微笑んだ。
「卒業旅行、もうじき終わるけど‥‥終わるまでは、帰るまでは。親友のままで、いいよね」
「そうだな」
(そっか‥‥2人は会えなくなるんだもんな。英夫さんは勉強があるし、そのままつきあうわけにはいかないんだ)
2人の仲を取り持ちたかったひりょだが、立ちはだかる壁の大きさに気づいて、肩を落とした。
(せめて今日だけでも、2人にとっていい思い出になるといいな)
●
続いて卒業生たちは、からくり忍者喫茶に入っていく。
入口はなく、どんでん返しになっており、店員に案内されて、一人ずつ順番に店内へ。
「からくり屋敷? 実家にあるからなー‥‥毒に慣れて識別する部屋とか、暗号解読の部屋とか、早く脱出しないと水が‥‥もうやめよう、うん。全然違うとはわかってるけど、ここのは何というか、ほのぼのしてるなー」
あけびが障子欄間から店員の視線を感じつつ、のんびりと卒業生たちに交ざる。
「皆は入らないのか?」
智美が尋ねる。リベリアとあけび以外は、外で警備に回るようだった。
少し考えて、智美も警備に回ることにした。
「‥‥」
ぐるぐるぐると、土壁のどんでん返しを回しまくるリベリア。
「‥‥」
脱出口になっている板の間の開閉を繰り返すリベリア。
「‥‥」
隠しハシゴを外したり直したりを繰り返すリベリア。
無言だが、実に楽しそうである。
卒業生たちも、実はからくりに触ってみたかったのか、リベリアの行動に、くすくすと楽し気な笑みを漏らしていた。
「わー! 水信玄餅だよー! おいしそー!」
あけびがお茶と共に出された、透明な和菓子に舌鼓を打つ。
「このぷしゅって口の中で溶ける感触がいいよね!」
からくりも、珍しいお茶菓子も、撮影担当が店内にいかなかったため、記録に残すことは出来なかった。
●
セット村を堪能した一行は、旅館に帰ってきた。
「お茶どうぞ‥‥です‥‥」
秋姫は、女子部屋の皆にお茶を煎れ、ビデオカメラをチェックして、撮影した動画を確認していた。
「疲れましたねー」
「護衛、有難うございます!」
卒業生女子たちも、寛いで、秋姫の煎れたお茶をすすっていた。
部屋に用意されたお茶菓子もいただく。
「あの水信玄餅っていうの、美味しかったですよー! 護衛の皆さんも召し上がればよかったのに」
「‥‥そう‥‥なんですか‥‥?」
「はい! まるで、水がそのままお菓子になったような、お茶菓子だったんですよー」
卒業生女子と会話が弾む。
そのうちお喋りも一段落し、静かになった部屋で、「食事まで‥‥時間がありますね‥‥」と秋姫は時計を見る。
「よかったら‥‥お風呂、行きませんか‥‥?」
「いくー!」
卒業生に交じり、リベリアもお風呂セットを用意した。
頭にタオルを巻いて、準備万端である。
お互いに背中を洗いあったりして、きゃっきゃと女湯がにぎやかになる。
「うわ、すごぉ‥‥」
女子卒業生の数名が、秋姫の見事なプロポーションに目を奪われていた。
「モデルさんみたい‥‥!」
そんな中、ひとり露天風呂につかりながら、手足を目いっぱいのばし、リベリアは「‥‥うーん、ぐれーと」と満足げな笑みを浮かべていた。
男部屋にて。
襖の向こうの女部屋から、人気が減った気配を感じ、ひりょが男衆をお風呂に誘った。
「一日の疲れを取って、リフレッシュしてから、御飯なんてどうかな?」
「いいっすね!」
ジョンに留守番を託し、ひりょは男子卒業生と共に、男湯にむかった。
風呂でたわいない話をしているうちに、自然と背中を流しあう。
「へえ、陰陽師なんですか。お祓いとか出来るんすか?」
「んー‥‥天魔討伐専門、かな? でも、この旅行を最後に、転科しようと思っているんだ」
ひりょは、一緒に風呂に浸かりながら、男子卒業生たちに思いのたけを打ち明けた。
「俺は、皆と共に笑顔で一杯の時間を過ごしたいんだ。だから、もっと皆を護れる科に移ることにした。俺にとって、この護衛任務は、陰陽師としての、最後の依頼。勿論、護衛なんだけど、出来れば皆とも仲良くなって、お互いに良い思い出にしたいと思っているよ」
「オレも撃退士の友達がいたら、心強いですよ。もう友達でいいじゃねーっすか。オレら皆」
「‥‥そうだね」
男子卒業生とひりょは、固く握手を交わした。
風呂からあがるのは、男女ともほぼ同時だった。
旅館の浴衣に着替えて、宴会場に向かう。
大広間が開放され、人数分のお膳がずらりと並んでいる。
男女向かい合う形で適当に座り、幹事の女子学級委員長が挨拶をして、いただきますの声。
デジカメで撮った写真を、食事の合間に皆に回して見せるひりょ。
「楽しい旅行もあっという間でしたよね」
一日の余韻に浸る、卒業生たち。
「いやー、あたし変顔で写ってるー!」
「いいじゃん、ナイスショットじゃねーか!」
「やだあ、撮り直しを要求したい〜!!」
ご馳走もそこそこに、写真を見て盛り上がる卒業生たち。
●
食後。
部屋の襖をあけて男女部屋の区切りをなくし、適当にごろごろしながら、トランプで遊ぶ。
卒業旅行も終わりに近づいている。お互いにスマホで撮りあったり、お喋りしたり、メアドを交換するものもいる。
皆、たっぷり話し込んだ。護衛の6人も自然に交じり、ジョンが普通の高校や学校について尋ねたり、逆に撃退士ならではの話を聞かせたりして、楽しんでいた。
「俺はな、皆のこと、相当買っているんだぜ。親の金じゃなく、自分らで稼いだ金でこうして俺たちを雇い、卒業旅行を実現させたんだ」
ジョンの言葉に、皆、照れくさそうに笑顔を浮かべた。
時計が10時を回るころ、男女を隔てる襖を閉めることとなった。手分けして布団を敷き、シーツを敷いて、枕にカバーをかけ、自分たちの寝床を作る。
ジョンは男部屋で、最後まで起きていた。皆が静かになり、寝息だけが満ちてくると、ゆっくりと体を横たえた。
女子部屋のほうでは、智美が起きていることを確認して、あけびが一人女湯に向かった。
さっぱりして帰ってきて、智美と交代する。
窓の障子を少しだけ開けると、ガラスの外に、月が綺麗に輝いていた。
楽しかった一日を反芻しながら、月を眺め、あけびはそのまま、一晩を明かした。
翌朝、布団を畳んでから、男女を隔てていた襖が開かれる。
「不知火さん、もしかして、寝ずの護衛してた?」
ひりょが労い、熱いお茶を煎れる。
「有難う。帰りのバスでは少し寝かせてもらうかも〜」
あけびは何度か欠伸をして、「何もなくてよかったよ」とにこにこした。
●
バスは、皆の思い出と荷物を乗せて、出発した時と同じロータリーへと滑り込んだ。
勿論、コウモリ天魔の死体は処理されていて、跡形もない。
学生達との別れが近づいている。
「俺にとっても、いい旅行になったよ。ありがとう!」
ひりょは、皆に近づいて、礼を言った。そして、英夫と椎奈に、声をかける。
「出来ればだけど、この先もお2人は、親友同士でいられないかな? お2人とも生活が全く変わってしまうのはわかるけれど、でも、会う気がお互いにあれば、いつでも会えると思うんだ」
こうして、自分たちでお金を稼いで、卒業旅行を実現させたみたいにね。
ひりょはそう付け加えて、英夫の肩をポンと叩いた。
●
後日、斡旋所にて。
「彼らの連絡先は‥‥わかりませんか‥‥?」
撮影したビデオデータをメディアに焼いて、プレゼントしたい秋姫が、訪れていた。
「折角です‥‥記念に‥‥贈りたい‥‥です‥‥」
「俺もさ、貰った報酬でアルバムを買って、撮った写真を纏めたんで、依頼主連中に贈れたらと考えているんだ。送料が必要なら、多少自腹を切っても良いぜ」
ジョンも斡旋所にやってきて、1冊2000久遠もする分厚いフォトアルバムを、どさりと積み上げた。
「わかりましたわ。こちらから郵送手配をさせていただきます。よろしいでしょうか? それから、皆様にメッセージカードなどは、おつけになりますでしょうか? お作りになりますなら、こちらのパソコンを使っていただいて構いませんが‥‥」
アリスの言葉に、秋姫は「‥‥そう‥‥ですね‥‥」と、メッセージカードを作るべく、斡旋所の備品であるノートパソコンに向かった。
「おう、そっちは任せたぜ」
ジョンは手を振って、斡旋所を出て行った。
アリスは、秋姫のメディアと、ジョンのアルバムを丁寧に預かり、秋姫の印刷したメッセージカードを折り込みながら、ひとつひとつ、注意深く梱包した。
●
アルバムとメディアを発送して、数週間後のこと。
斡旋所に、ひりょ宛の手紙が届いた。
差出人は英夫だった。
内容は、椎奈が塾講師のバイトを始め、そこに通うことになった、という報告だった。
2人は親友として、時に講師と生徒として、力を合わせて、英夫の大学合格に向け、頑張っているそうだ。
『黄昏も転科、頑張れよ。あん時は励ましてくれて、有難うな』
手紙はその一言で、締めくくられていた。