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マスター:神子月弓
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
形態:
参加人数:6人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2016/03/16


みんなの思い出



オープニング




 春うらら。強風はわずかに暖かさを内包し、日差しは柔らかく木々を透かす。
 鳥たちがチィチィと鳴く声が、霞んだ青い空に溶けていく。

 ♪せんせーいーありがとーうーこのまなびやにーさよならー♪

 その学校では、校門を挟んで立つ木々の芽がほころぶ中、卒業式が行われていた。
 制服を着た生徒たちが、卒業証書の筒を持って、花束を持って。
 後輩との別れを、同窓生との別れを惜しみながら、何度も何度も立ち止まり、歓談に花を咲かせ。

 なかなか、校門をくぐって去りがたく、何度も振り返っては、母校や恩師の面影を、瞳に焼き付けていた。





 そんな中、仲良しグループ10人で、卒業旅行に行こうという話が持ち上がった。

「私達、もうバラバラになっちゃうじゃん? 私は就職するし、大学に行っちゃう子もいるし、短大決まってるのもいるし‥‥まあ、浪人やるのもいるけどさ」

 軽く苦笑しながら、元学級委員長の女子学生が提案した。

「だから、今のうちに、何かどーんと、思い出を作っておこうよ」

 10人グループは旅行に大賛成だった。行き先で少々揉めたが、プランも概ね決まり、自宅に卒業旅行のプランを持ち帰って親の承諾を得ようという話になった。

 しかし。

「無理です! 許せません」

 反対する親が大多数だった。
 子供達だけの旅行なんて、危なすぎる。今は天魔にいつ襲われるかわからないのに、子供だけで旅行なんて、何かあったらどうするの。
 多くの親がそういう意見だった。

「いいじゃない。高校卒業の思い出を作るくらい‥‥」

「気持ちはわかるけれど、危なすぎます! 思い出を作りにいって、命を落としたらどうするの!」

「保険には入っていくから」
「そういう問題じゃありません!!」

 かくて、10人の旅行プランは、暗礁に乗り上げていた。
 そこで彼らが思いついたのが、撃退士を護衛に雇うというプランである。

「旅行についてきてくれる撃退士さん、いるかなあ? 雇うのってどれくらいするんだろう?」
「とにかく、俺らはバイトを頑張るしかねぇよな。旅費も護衛代も、俺らで賄おうぜ。チクチク親に文句言われたくねーしな」

 10人は意志を統一し、旅行の実現に向けて、出来る範囲で金策に走った。





 轟 闘吾(jz0016)は、久遠ヶ原島のフェリー乗り場で、おろおろしている集団を見かけ、どうしたのかと思い、近づいた。

「あ、あの、撃退士さん‥‥ですか?」
「あぁ?」

 10人組は、おずおずと声をかけてきた。「‥‥そうだが」と言葉少なく闘吾は答える。

「あ、あの、依頼‥‥そう、依頼なんです! 私たちの、卒業旅行についてきてくれませんか?」

「‥‥それが‥‥依頼、か?」
「は、はい! 護衛をお願いしたいんです!! 旅行の、護衛です!」

「‥‥」

 闘吾は黙って彼らに背を向け、「ついてこい」と、斡旋所へ案内した。
 おどおどしながら、10人組は闘吾を追う。





「依頼内容は、卒業旅行の護衛、ですのね。行き先は某県某所でよろしいですかしら? 天魔の襲撃の有無に関わらず、報酬はご用意いただいておりますのね。わかりましたわ、この内容で承ります」

 斡旋所バイトのアリス・シキ(jz0058)が手際よく依頼情報をネットに送り込んだ。

「この学校では、卒業式は春じゃないんですか?」
「はい。久遠ヶ原学園の進級は、秋なんですの」

 10人組+闘吾に、香りのいい紅茶と手製の茶請けを配膳しながら、アリスは微笑んだ。

「護衛を引き受けてくださるかたが、すぐに見つかりますと良いですわね」


リプレイ本文




 依頼内容の説明を終え、皆が相談しながら斡旋所を出ていく際、アリス・シキ(jz0058)に歩み寄ったものがいた。礼野 智美(ja3600)だ。小声で「シキさん」と部屋の隅に招く。

「必要経費以外の報酬はいらない、って出来ないかな? 一般の高校生から報酬貰うって、彼等も懐、厳しいだろうし、他の報酬貰う人達の前で言うと角が立つから‥‥もともと何時か、うちのちび共が行きたいって言っていた所だから、春休みに下見に行くつもりの所だったし‥‥渡りに船な依頼なんだ」

「‥‥よろしいんですの?」
 アリスは小首を傾げ、智美は大きく頷く。智美の青い目がじっとアリスを見つめる。

「わかりましたわ」
 熱意におされ、アリスは智美の報酬金(必要経費を抜いた分)を学生に返却する手続きをとった。





 旅行当日。ボストンバッグを抱えた10人の依頼人たちが、ツアーセンター前のバス停で、お喋りをしながらバスを待っていた。
 そこへ、撃退士たちも合流する。


 合流したのは、護衛の撃退士たちだけではなかった。
 最初は、ごく普通のカラスに見えた。しかし、カラスより大きい、そして飛び方が鳥ではない。


「天魔だ!」

 黄昏ひりょ(jb3452)が卒業生たちの前に飛び出して、氷晶霊符を取り出す。

(俺が戦う理由は、仲間を、皆を守りたいから。その笑顔を守りたいから。
 その為には、今の自分では成し得ない事もある!
 色々考えて、ない知恵絞って考えて‥‥陰陽師というジョブから、皆を守るディバインナイトへのジョブ変更をする決心をしたんだ。

 俺にとって、陰陽師科を卒業する、最後のこの機会に、思い出を沢山作っておきたい。
 「陰陽師:黄昏ひりょ」がここにいたという、その証を残したい!

 親御さんに反対されながらも、自分達で頑張って、この旅行を実行に移した学生さん達。
 皆にとっても、心に残る楽しい思い出にしてあげたい!!)

 符から直線移動する氷の刃の様なものが現れ、コウモリのような天魔を追いかける。


「俺の名前は引導代わりだ‥‥ってコウモリにゃ言ってもわからないか。まぁせっかくの卒業旅行なんだ、手早くいこうぜ」

 素早く前に出たジョン・ドゥ(jb9083)が、1対のリングを両手に握って活性化する。リングが光り、刃渡り90cmの、夜色に真紅のオーラを纏ったアウルの刃が形成され、1対の双剣となる。

「この『ミッターナハト』に天魔野郎の血を吸わせてやるぜ! たっぷりとな!」


 智美はシュティーアB49を構え、10人の卒業生を護衛すべく、穴が無いように立ち回り、コウモリを牽制して近づけさせないようにする。危うく間近まで迫ったコウモリの歯が、鋭く尖っているのが目に焼き付いた。


 全長180cmの長大な和弓を引き絞り、コウモリを狙うのは、秋姫・フローズン(jb1390)だ。
「‥‥邪魔‥‥消えなさい‥‥」
 氷の女王めいた雰囲気で呟き、紫電を纏う矢を放つ。


 秋姫の隣で、リベリア(jc2159)は、異国の言語で魔法の呪文が綴られているスクロールを広げた。光の玉が直線移動して、コウモリを追う。


 不知火あけび(jc1857)は前に出ると、<影縛の術>を使い、コウモリの影を縫い留めると同時に、朱漆の鞘の無銘刀とスキルで攻撃した。
 天魔コウモリは、ギャッと叫んで、くるくると舞い落ちた。

 やっと1体仕留めた。護衛の皆がそう思った時、後ろから野太い声が聞こえた。

「‥‥阻霊符は発動させたか?」
 見送りにやってきた轟闘吾(jz0016)の声に、はっとする智美とジョン、あけび。
 光纏はしているし、所持もしていたが、非発動の状態のままだった。

 阻霊符を展開した途端。
 <物質透過>をフル活用し、近くの建物の看板や電柱などに身を隠しながら、攻撃を器用に躱していた天魔コウモリが、皆の連携攻撃を食らい、面白いように次々と息絶えて、ぼとぼと地表に落ちてきた。

 天魔の死体を初めて眼前にした、卒業生たちの悲鳴が響き渡る。

「こ、こええ〜〜!! 牙、すごいぜ‥‥これ‥‥」
「ほんとだ‥‥!! でかいし気味悪ッ‥‥!!」

 怯えて身を寄せ合う卒業生たちをよそ目に、闘吾は、天魔専門の死体処理業者に、連絡をとっていた。


「大丈夫ですよ。今後、皆さんのことは、ちゃんと守りきりますから」
 ひりょは、見たものが安心するようなまぶしい笑顔を浮かべて、そっと額をぬぐった。

「阻霊符の展開をすっかり忘れていたぜ」
 ジョンが双剣をリングに戻し、ぽりぽりと頭を掻き、小声でつぶやく。
「お陰で、存外に手こずっちまった‥‥無傷で済んだのは実力差だろーがな」


「さあさあ、バスも来たし、施設までご案内するでござる!」
 武者袴のあけびがパンパンと手を叩く。ツアーバスがロータリーに入ってきたところだった。
「私、いや拙者も、この侍魂にかけて、皆の者を護るでござる!」
 依頼人達の緊張を解くため、敢えてござる口調で語りかけるあけび。

(早く打ち解けられた方が、護衛もしやすいしね)

「侍というより、忍者っぽかった、ような‥‥?」
 こわごわと卒業生から漏れた言葉に、ぴくんと反応するあけび。
「失敬な。拙者は立派なサムライガールでござるぞ! さあ、ずずいと乗った乗った!」

 卒業生の荷物を運ちゃんに渡し、バス内に収納してもらいながら、卒業生たちを順次座席へ乗せていくあけび。

「忘れ物はないか? 折角の卒業旅行だ、思い出に残る楽しいものにしたいだろう」
 智美が最終確認をし、撃退士メンバーと運ちゃんが乗り込み、バスの扉が閉まる。


「‥‥」
 走り出し、遠ざかるバスを無言で見送り、闘吾は帽子を目深にかぶった。





 秋姫は、バスの中で、卒業生たちに今後の班分けについて、護衛たちの考えを説明した。

「各アトラクションごとに‥‥5人1組のグループを‥‥作成します‥‥。
 この籤を引いて‥‥A班、B班に分けます‥‥。
 A班、B班に‥‥3人ずつ‥‥護衛として、私たちが‥‥同行します‥‥。
 別のアトラクションに移動後は‥‥再び籤を引いて‥‥班分けをします‥‥。
 記念撮影等は‥‥10人全員でいたします‥‥いかがでしょうか‥‥?」

 秋姫はそう言って、自作の籤を見せた。

「はい、それでお願いします」
 学級委員長っぽい女子が、秋姫と護衛の皆に、頭を下げた。


「英夫〜、椎奈と同じ班になれるといいな」
 男子の中から、そんな小声があがったのが、何気なく、ひりょの耳に届いた。

(もしかしたら、お互いに気になってる男女のペアなんかも、いるかもしれないんだな)
 そう思った途端、ひりょの聴覚が、鋭敏になる。

「椎奈は一流大一発合格だろ。俺、浪人決定だからさ、別に何も言わねーつもりだし‥‥」
「もう二度と会えなくなるかも知れねーぞー? 告っとかねーと後悔するぞー?」
「いいんだよ、うっせーな。最後の思い出が振られましたじゃ、シャレになんねーだろー?」

 どうやら、英夫という男子は、椎奈という女子に思いを寄せているらしい。
 だが進路という人生の分岐点を迎え、既に告白すら諦めているようだ。

(我ながら、自分の方はからっきしなのに、他の人の恋のフォローはついついしちゃうんだよな。この一割でも自分に気が回ればいいんだろうけど)
 内心で苦笑しながら、ひりょは、どう2人をフォローするかを考え始めていた。
(椎奈さん、か。どんな娘なんだろう? 椎奈さんは英夫さんだっけ、あの学生さんをどう思っているのかな。何か2人の力になってあげられないかな?)


「最近、英夫とは話してるの?」
 一方、女子組では、あけびが聞き耳を立てていた。
「ううん。なんていうか、英夫が浪人すると思わなかったし‥‥溝ができた気がするし‥‥」
「そう言えば、あんまり一緒にいるとこ見かけないね」
「‥‥うん‥‥」
 椎奈と呼ばれた女子は、お菓子の袋を握りしめたまま、食べもせずにうつむいていた。

 恋に恋するお年頃のあけびである、当然、他人の恋愛話はつい耳に入ってしまう。
(いいなあ‥‥内心憧れちゃうよね)
 
「もうさ、きっと逢えないと思うし‥‥正直、この旅行を機に、英夫のことは忘れようかなって」
 椎奈の言葉に、あけびは胸中で拳を握る。

(そんなことないって! 会おうと思えば、お互いに生きてさえいればだけど、誰だっていつだって会えるんだよ! ああもう、じれったいなあ!)


「卒業旅行か‥‥」
 ジョンはバスに揺られながら、お喋りに夢中な卒業生たちを眺めていた。
 時々デジカメを出して、護衛対象たちの笑顔をデータに残す。

(卒業した事が無い‥‥まぁ一応、俺は大学5年だが、経験は無いのでなんだか新鮮だぜ。
 それに、自分達で費用を稼いだというのも良い。そういうのは実に良い!
 俺的にはすげー好印象だからな! 絶対に護り通して、良い卒業旅行にしてやるぜ)

 車窓の景色からはビルが減り、徐々に木々や畑が増えていっている。
 やがてバスは、施設名の書かれたアーチをくぐり、専用ロータリーへと滑り込んだ。





 旅館に着替えなどの大きな荷物を置き、手荷物だけの身軽な恰好になって、皆は時代劇のセット村に足を運んだ。

 春の卒業シーズンだからか、そこそこ旅行客は多い。
 さほど広くない道の左右には、時代劇に出てくるような建物がずらりと軒を連ねている。
 本物の時代劇映画に入り込んだような雰囲気だ。

「町並みが見事に和だな」
 ジョンがきょろきょろと周囲を見回す。


「‥‥あれ、なに?」
 卒業生たちが籤を引いている間に、リベリアは目に留まった、大きな赤い提灯を指さした。

「ああ、大きく『酒』って書いてあるよね? 赤提灯だよ。居酒屋や、一膳飯屋によく飾られていてね」
 元の口調に戻ったあけびが、よどみなく解説する。
「居酒屋や一膳飯屋は、多くが縄のれんをかけていて、縄のれん自体が、居酒屋や一膳飯屋を示す言葉にもなっているの‥‥よ?」

「‥‥尊敬」
 リベリアはうっとりとあけびを見つめた。
「‥‥忍びの一族、博識、すごい‥‥」

「いや! だから私は、義理人情を大切にするサムライガールであって〜!!」
「‥‥ニンニン!」
「ちっがーう! いや、違わない気も結構するけど、ええと、あれれ??」

 自分でもわからなくなる、あけびであった。


「撮影は‥‥お任せください‥‥」
 秋姫が、学生達の思い出を残そうと、ビデオカメラで各所を動画撮影している。

 ジョンも、卒業生たちから一歩下がって、デジカメで自然体な皆の様子を写真に撮ることに専念していた。勿論、護衛として、周囲の警戒も怠っていない。


「‥‥次、‥‥どこ行く?」
 リベリアは卒業生に混じっていた。あっちこっちへふらふらと、興味をひかれたものに吸い寄せられては、護衛任務を思い出して、戻ってくる感じだ。

「そこの角に歌舞伎座っぽいのがあるぜ。なんか本格的だなあ」

 卒業生たちが建物を見上げる。俳優と思しき人名の札が大きく掲げられており、その中に交ざって、浮世絵を思わせる人物画が飾られていた。

「あれが二枚目俳優とか三枚目俳優とかの語源になったんだっけ?」
「そうなんだ‥‥」

 卒業生たちも写真を撮りまくる。スマホが、デジカメが、シャッター音のハーモニーを奏でる。





 さほど広くもない町並みを堪能したところで、コスプレ撮影会に行くことになった。
 卒業生たちはまた、籤を引き直してグループを2つにわけ、護衛たちは3人ずつに分かれた。

 カップル未満の2人、英夫と椎奈は、同じ班になっていた。
 しかし、顔を合わせようとも、話をしようとも、していない。
 そこだけ、ちぐはぐな雰囲気が漂っていた。


「わたし、お奉行様になってみたい!」
「俺はやっぱ、素浪人だな」
「お前実際浪人じゃん」
「うっせーな、その浪人じゃねーよ」

 騒がしくしゃべりながら、卒業生たちが楽しそうに衣装を選ぶ。

「‥‥高校卒業記念に‥‥全員まとめて‥‥撮りたいんですが‥‥よろしい‥‥でしょうか?」
 秋姫が撮影所の人に許可をもらい、ビデオカメラを折りたたみ式三脚にセットした。

「俺はコスプレはパスだ。一応護衛だし、普段着なれていない着物だと、いざという時の立ち回りが‥‥な。代わりに撮影係を引き受けよう」
 智美が名乗り出て、ジョンからデジカメを借り受ける。
「あ、俺のデジカメでも、撮っておいてくれるかな?」
 ひりょもデジカメを智美に託す。

「お姉さんは着ないの? すごく綺麗なのに」
「そうだよ、折角だしさ、うちらと一緒に撮ろうよ。うちら、撃退士さんと一緒になることなんて滅多にないんだから!」

 着替えを済ませた卒業生たちは、秋姫やひりょに声をかける。
 秋姫は、更衣室に引っ張り込まれると、あれよあれよと大正袴を着せつけられた。

 ひりょは侍の衣装を着ていた。
「俺もたまにはこんな格好をしてみたよ。どうだろうか?」
 侍っぽくビシッと決めてみる。流石に撃退士、刀の構えも決まっている。

「いいじゃんいいじゃん、素敵だよ」
 卒業生の皆とノリノリでポーズを決めるひりょ。
「似合ってますよ!」
 声をかけるあけび。仮装する前から武者袴なので、違和感ゼロである。
 元々刀使いの二人だ、2人並んで色々とポーズをとるが、どれも見栄えがする。
 卒業生たちは喜び、スマホやデジカメで2人を撮影しまくった。

「ん、コスプレか? あまり興味はな‥‥。だが、強いていうなら、陣羽織なんかを着て、戦場の将軍みたいな格好には興味があるかな」

「将軍コスもありますよ!」
「きっとお兄さんも似合いそうだし、絶対かっこいいですよ! 着ましょうよ、是非!」

 ジョンも卒業生たちに更衣室へ引き込まれる。

「なんかテンションあがってきたぁー!」
 卒業生たちが、時代劇風の恰好になっていくのを見て、あけびは両拳を握りしめた。
「私が仮装するなら、んー‥‥町娘か舞妓? ウケを狙うならお殿様‥‥ここはお殿様かな!」

 ちょんまげカツラに裃を着た、頭の弱そうなお殿様が完成した。
 卒業生たちに大うけである。


 リベリアは、忍者の恰好で出てきた。
「あー忍者だー、似合っているのに顔も隠しちゃうなんて勿体ないねー。忍者好きなの?」
 卒業生に声をかけられ、「‥‥にんにん」と頷くリベリア。
 彼女は、外国人が日本の忍者に憧れを抱くように、忍者が好きなのだ。

「よかったらでいいけれど、お願い、うちらにも撮影させてね!」
「‥‥にんにん」


 10人+護衛5人で、仲良く記念撮影。

「いいえがおー」
 智美がデジカメのシャッターを押す。
「もう一枚、はい、いいえがおー」
 ジョンのデジカメからひりょのデジカメに持ち替えて、再度撮影。

 秋姫のビデオカメラは、コスプレ撮影所での一部始終を記録していた。





「おみやげ‥‥」
 衣装を返却し、カメラ類を回収すると、リベリアの姿が消えていた。
 一足先に、お土産屋に特攻したらしい。

「名所の資料書‥‥歴史書‥‥忍者全集‥‥全部欲しい‥‥」
 目をきらきらさせて、本をレジへ持っていくリベリア。

「お前護衛じゃねーのかよ」
 ジョンにつつかれて、「‥‥あ」と我に返るリベリアであった。
「わ‥‥忘れてない‥‥」
「忘れてたじゃん」

 リベリアは容赦なくジョンにつっこまれていた。
「忍者の本のせい‥‥まーべらす‥‥」


 ここに、お土産を見て悩みこんでいるものがいた。
 智美である。

 数あるお菓子の箱を睨み付けながら、真剣な顔で悩みこんでいる。
「ん、部活のメンバーに一つずつ、とかなると、お小遣いじゃちょっと厳しい、か」

(兄弟姉妹だけでも3人分だもんなぁ、親友に何も買わないのも嫌だし‥‥)
 智美の懐には、報酬を全額返却してしまったので、自分のお小遣い3000久遠しか残っていない。

「この、小さいが数の多い饅頭でも買うか‥‥」


 秋姫は、焼き印のついた温泉饅頭を選んだ。
「これに‥‥しましょうか‥‥」
 一旦決めてしまうと迷いが無い。長く悩みこむ智美の横を通り過ぎ、レジへ向かう。


「いつも食べ物が土産なのもなんだし、どうすっかな‥‥」
 ジョンは、工芸コーナーも覗いていた。
「恋人さんにお土産なんてどうですか?」
「お、なら相談にのってもらおうかな? あけびと同じような、紫の髪の相手に贈りたくてさ」
「じゃあ、簪なんてどうでしょう? これなんていいと思いますよ」

 ジョンの恋人を思い浮かべ、あけびはにやにやしながら簪を選んだ。
「簪は詳しくないから助かるよ」
「ふふっ。お揃いで根付も買って、お2人でつけるのもいいと思いますよ」

 あけびは簪の飾りとお揃いの根付を探し当てた。
「いいねえ。ありがとよ」
 ジョンは勧められた簪と根付を持って、レジに向かった。

「‥‥そうだ、写真用のアルバムってここにねーかな? なきゃ帰ってから買うけどな」


 ひりょも学園にいる仲間達にお土産を、と悩んでいた。
「皆は何買ったのかな?」

 参考までに、周囲をリサーチしてみる。
 お菓子類が圧倒的な人気だった。
 男子の中には、レプリカ手裏剣や苦無を手に入れたものもいたようだ。

 悩みに悩んで、小さなお菓子が沢山入っているものを選んだ。
 これなら、小分けして、仲間たちに配ることが出来る。


 買い物を済ませ、ひりょは気になっているカップル未満の2人組、英夫と椎奈の姿を探した。
 2人は御土産屋にいたが、別々に品物を選んでいるようだった。
 そう言えば、記念写真の時も、離れていた。目も合わせようとしない感じだった。

「2人はあんまり仲が良くないのかな? ずっと不自然に距離を置いているよね」
 思い切って、声をかけるひりょ。
「折角の卒業旅行なんだから、楽しみたいよね。何か相談にのれるなら、のるからね」

「余計なお世話だって。どうせ撃退士ってのはリア充ばっかりなんだろ」
 英夫にがっつりと反発された。
「すんげえ綺麗な女子とかいるし、強えし、苦労なさそうだよなー」

「それは違うよ。俺らも、皆と一緒だよ。悩みだってあるし、リア充じゃない人も多い。俺も独りものだしね」
 ひりょは苦笑した。

 そして、皆が土産屋にいる間に、隣の店のベンチで軽く話をした。

 英夫には、恋人未満だが気になる相手がいたこと、でも相手は一流大に一発合格し、自分は浪人決定したこと。
 進路が分かれたことで、この旅行を最後に、もう会えない覚悟は出来ていること‥‥。

「よぉ、英夫、だっけ?」
 ジョンがいつの間にか、あけびと共に、隣に立っていた。
「やりたい事はやっておくといいぜ。脅かす気は全く無いが、明日どうなるかは誰にもわからないんだ。後悔だけは残すなよ」

 あけびが、椎奈を連れてきていた。
 椎奈は立つ瀬がなさそうに、居づらそうに、うつむいている。

「そんな顔するなよ。お前は大学に受かったんだから、嬉しそうにしてろよ」
 仏頂面で呟く、英夫。

「私だって英夫のこと嫌いじゃなかったよ! でも、浪人するなんて思わなかった‥‥。もうきっと会えないから‥‥忘れようと思ったよ! 卒業旅行で一緒になるなんて、思わなかったし!」
 声を絞り出すように唸る、椎奈。

「だったら、最後くらい仲良く思い出を作ったらどうなのかな? 会えなくても、思い出は残るよ」
 2人の背を押すひりょ。

「椎奈、俺、お前が好きだった」
「‥‥うん。私も」
「だから」

 英夫と椎奈は、やっと向かい合って、目と目を合わせた。

「まだ付き合ってもいないけど、でも言わせてくれ。別れよう。今日が最後の日だ。明日から俺は勉強に集中するし、その間にお前には、大学できっといい相手でも見つかるだろ」

「‥‥それでいいの?」
「ああ。いい」
「そっか‥‥」

 椎奈はこぼれそうな涙をぬぐい、微笑んだ。

「卒業旅行、もうじき終わるけど‥‥終わるまでは、帰るまでは。親友のままで、いいよね」
「そうだな」

(そっか‥‥2人は会えなくなるんだもんな。英夫さんは勉強があるし、そのままつきあうわけにはいかないんだ)
 2人の仲を取り持ちたかったひりょだが、立ちはだかる壁の大きさに気づいて、肩を落とした。
(せめて今日だけでも、2人にとっていい思い出になるといいな)





 続いて卒業生たちは、からくり忍者喫茶に入っていく。
 入口はなく、どんでん返しになっており、店員に案内されて、一人ずつ順番に店内へ。

「からくり屋敷? 実家にあるからなー‥‥毒に慣れて識別する部屋とか、暗号解読の部屋とか、早く脱出しないと水が‥‥もうやめよう、うん。全然違うとはわかってるけど、ここのは何というか、ほのぼのしてるなー」
 あけびが障子欄間から店員の視線を感じつつ、のんびりと卒業生たちに交ざる。

「皆は入らないのか?」
 智美が尋ねる。リベリアとあけび以外は、外で警備に回るようだった。
 少し考えて、智美も警備に回ることにした。

「‥‥」
 ぐるぐるぐると、土壁のどんでん返しを回しまくるリベリア。
「‥‥」
 脱出口になっている板の間の開閉を繰り返すリベリア。
「‥‥」
 隠しハシゴを外したり直したりを繰り返すリベリア。
 無言だが、実に楽しそうである。

 卒業生たちも、実はからくりに触ってみたかったのか、リベリアの行動に、くすくすと楽し気な笑みを漏らしていた。

「わー! 水信玄餅だよー! おいしそー!」
 あけびがお茶と共に出された、透明な和菓子に舌鼓を打つ。
「このぷしゅって口の中で溶ける感触がいいよね!」


 からくりも、珍しいお茶菓子も、撮影担当が店内にいかなかったため、記録に残すことは出来なかった。





 セット村を堪能した一行は、旅館に帰ってきた。


「お茶どうぞ‥‥です‥‥」
 秋姫は、女子部屋の皆にお茶を煎れ、ビデオカメラをチェックして、撮影した動画を確認していた。

「疲れましたねー」
「護衛、有難うございます!」

 卒業生女子たちも、寛いで、秋姫の煎れたお茶をすすっていた。
 部屋に用意されたお茶菓子もいただく。

「あの水信玄餅っていうの、美味しかったですよー! 護衛の皆さんも召し上がればよかったのに」
「‥‥そう‥‥なんですか‥‥?」
「はい! まるで、水がそのままお菓子になったような、お茶菓子だったんですよー」

 卒業生女子と会話が弾む。

 そのうちお喋りも一段落し、静かになった部屋で、「食事まで‥‥時間がありますね‥‥」と秋姫は時計を見る。

「よかったら‥‥お風呂、行きませんか‥‥?」
「いくー!」

 卒業生に交じり、リベリアもお風呂セットを用意した。
 頭にタオルを巻いて、準備万端である。

 お互いに背中を洗いあったりして、きゃっきゃと女湯がにぎやかになる。
「うわ、すごぉ‥‥」
 女子卒業生の数名が、秋姫の見事なプロポーションに目を奪われていた。
「モデルさんみたい‥‥!」

 そんな中、ひとり露天風呂につかりながら、手足を目いっぱいのばし、リベリアは「‥‥うーん、ぐれーと」と満足げな笑みを浮かべていた。


 男部屋にて。

 襖の向こうの女部屋から、人気が減った気配を感じ、ひりょが男衆をお風呂に誘った。
「一日の疲れを取って、リフレッシュしてから、御飯なんてどうかな?」
「いいっすね!」

 ジョンに留守番を託し、ひりょは男子卒業生と共に、男湯にむかった。
 風呂でたわいない話をしているうちに、自然と背中を流しあう。

「へえ、陰陽師なんですか。お祓いとか出来るんすか?」
「んー‥‥天魔討伐専門、かな? でも、この旅行を最後に、転科しようと思っているんだ」

 ひりょは、一緒に風呂に浸かりながら、男子卒業生たちに思いのたけを打ち明けた。

「俺は、皆と共に笑顔で一杯の時間を過ごしたいんだ。だから、もっと皆を護れる科に移ることにした。俺にとって、この護衛任務は、陰陽師としての、最後の依頼。勿論、護衛なんだけど、出来れば皆とも仲良くなって、お互いに良い思い出にしたいと思っているよ」

「オレも撃退士の友達がいたら、心強いですよ。もう友達でいいじゃねーっすか。オレら皆」
「‥‥そうだね」
 男子卒業生とひりょは、固く握手を交わした。


 風呂からあがるのは、男女ともほぼ同時だった。
 旅館の浴衣に着替えて、宴会場に向かう。
 大広間が開放され、人数分のお膳がずらりと並んでいる。

 男女向かい合う形で適当に座り、幹事の女子学級委員長が挨拶をして、いただきますの声。
 デジカメで撮った写真を、食事の合間に皆に回して見せるひりょ。

「楽しい旅行もあっという間でしたよね」
 一日の余韻に浸る、卒業生たち。

「いやー、あたし変顔で写ってるー!」
「いいじゃん、ナイスショットじゃねーか!」
「やだあ、撮り直しを要求したい〜!!」

 ご馳走もそこそこに、写真を見て盛り上がる卒業生たち。





 食後。
 部屋の襖をあけて男女部屋の区切りをなくし、適当にごろごろしながら、トランプで遊ぶ。
 卒業旅行も終わりに近づいている。お互いにスマホで撮りあったり、お喋りしたり、メアドを交換するものもいる。

 皆、たっぷり話し込んだ。護衛の6人も自然に交じり、ジョンが普通の高校や学校について尋ねたり、逆に撃退士ならではの話を聞かせたりして、楽しんでいた。

「俺はな、皆のこと、相当買っているんだぜ。親の金じゃなく、自分らで稼いだ金でこうして俺たちを雇い、卒業旅行を実現させたんだ」

 ジョンの言葉に、皆、照れくさそうに笑顔を浮かべた。

 時計が10時を回るころ、男女を隔てる襖を閉めることとなった。手分けして布団を敷き、シーツを敷いて、枕にカバーをかけ、自分たちの寝床を作る。

 ジョンは男部屋で、最後まで起きていた。皆が静かになり、寝息だけが満ちてくると、ゆっくりと体を横たえた。


 女子部屋のほうでは、智美が起きていることを確認して、あけびが一人女湯に向かった。
 さっぱりして帰ってきて、智美と交代する。
 窓の障子を少しだけ開けると、ガラスの外に、月が綺麗に輝いていた。

 楽しかった一日を反芻しながら、月を眺め、あけびはそのまま、一晩を明かした。


 翌朝、布団を畳んでから、男女を隔てていた襖が開かれる。

「不知火さん、もしかして、寝ずの護衛してた?」
 ひりょが労い、熱いお茶を煎れる。

「有難う。帰りのバスでは少し寝かせてもらうかも〜」
 あけびは何度か欠伸をして、「何もなくてよかったよ」とにこにこした。





 バスは、皆の思い出と荷物を乗せて、出発した時と同じロータリーへと滑り込んだ。
 勿論、コウモリ天魔の死体は処理されていて、跡形もない。


 学生達との別れが近づいている。
「俺にとっても、いい旅行になったよ。ありがとう!」
 ひりょは、皆に近づいて、礼を言った。そして、英夫と椎奈に、声をかける。

「出来ればだけど、この先もお2人は、親友同士でいられないかな? お2人とも生活が全く変わってしまうのはわかるけれど、でも、会う気がお互いにあれば、いつでも会えると思うんだ」

 こうして、自分たちでお金を稼いで、卒業旅行を実現させたみたいにね。
 ひりょはそう付け加えて、英夫の肩をポンと叩いた。





 後日、斡旋所にて。

「彼らの連絡先は‥‥わかりませんか‥‥?」
 撮影したビデオデータをメディアに焼いて、プレゼントしたい秋姫が、訪れていた。
「折角です‥‥記念に‥‥贈りたい‥‥です‥‥」


「俺もさ、貰った報酬でアルバムを買って、撮った写真を纏めたんで、依頼主連中に贈れたらと考えているんだ。送料が必要なら、多少自腹を切っても良いぜ」
 ジョンも斡旋所にやってきて、1冊2000久遠もする分厚いフォトアルバムを、どさりと積み上げた。


「わかりましたわ。こちらから郵送手配をさせていただきます。よろしいでしょうか? それから、皆様にメッセージカードなどは、おつけになりますでしょうか? お作りになりますなら、こちらのパソコンを使っていただいて構いませんが‥‥」
 アリスの言葉に、秋姫は「‥‥そう‥‥ですね‥‥」と、メッセージカードを作るべく、斡旋所の備品であるノートパソコンに向かった。

「おう、そっちは任せたぜ」
 ジョンは手を振って、斡旋所を出て行った。

 アリスは、秋姫のメディアと、ジョンのアルバムを丁寧に預かり、秋姫の印刷したメッセージカードを折り込みながら、ひとつひとつ、注意深く梱包した。





 アルバムとメディアを発送して、数週間後のこと。

 斡旋所に、ひりょ宛の手紙が届いた。
 差出人は英夫だった。

 内容は、椎奈が塾講師のバイトを始め、そこに通うことになった、という報告だった。
 2人は親友として、時に講師と生徒として、力を合わせて、英夫の大学合格に向け、頑張っているそうだ。

『黄昏も転科、頑張れよ。あん時は励ましてくれて、有難うな』

 手紙はその一言で、締めくくられていた。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: 微笑みに幸せ咲かせて・秋姫・フローズン(jb1390)
 大切な思い出を紡ぐ・ジョン・ドゥ(jb9083)
重体: −
面白かった!:5人

凛刃の戦巫女・
礼野 智美(ja3600)

大学部2年7組 女 阿修羅
微笑みに幸せ咲かせて・
秋姫・フローズン(jb1390)

大学部6年88組 女 インフィルトレイター
来し方抱き、行く末見つめ・
黄昏ひりょ(jb3452)

卒業 男 陰陽師
大切な思い出を紡ぐ・
ジョン・ドゥ(jb9083)

卒業 男 陰陽師
明ける陽の花・
不知火あけび(jc1857)

大学部1年1組 女 鬼道忍軍
忍者マニア・
リベリア(jc2159)

高等部3年21組 女 アカシックレコーダー:タイプA