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マスター:神子月弓
シナリオ形態:イベント
難易度:易しい
参加人数:13人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2016/03/09


みんなの思い出



オープニング




「ええ、今回はひな祭りに関するモデルのアルバイトを募集しておりましてね」

 すっかり馴染みの某ホテルオーナー、棚邑(たなむら)が、アリス・シキ(jz0058)がバイトをしている斡旋所に、いつものようにバイトの募集要項を持って、やってきた。

「この度、我がホテルの催し物会場にて、ひな人形を展示販売することになったのですよ。大きな段飾りから、小さな2人だけのケースびなまで、品ぞろえ豊富だそうです」

 棚邑はそこで息を継ぎ、続けた。

「そういたしましたらですね、パンフレットに、普通に人形を撮影して掲載するだけでは面白くない、と先方の人形店様からオーダーがございまして、ひな人形のモデルになって、撮影にお付き合いくださるかたを探しているのです」

 要するに、身も蓋もなく言ってしまえば、ひな人形のコスプレ撮影会のバイトが舞い込んできた、ということだ。

「学園生の皆さまには、出来ましたらば、お内裏様とおひな様のペアを、数組お作りいただき、何枚か撮影させていただきたいのです。勿論、ご希望があれば、三人官女や五人囃子でも右大臣左大臣でもよろしいのですが、ここはやはり華が欲しいところですので‥‥」

 メイク、衣装、かつら、その他小道具は、ホテル側で用意してくれるという。
 撮影スタジオも、ホテル内にあるそうだ。

「あの、天魔さんや、男の娘さんや、体格が独特なかたですとか、色々なかたが学園にはおりますけれど、よろしいんですの?」

 アリスが確認すると、「構いません」と棚邑は頷いた。

「素敵なパンフレットを作りますため、マネキンでは出せない独特な雰囲気を、どうしても撮りたいとのことですので、ご協力いただけますと、大変有難いです。是非、学園生さんにバイトに入っていただきたいのです」

 どうぞよろしくお願いいたします。そう言って棚邑は深々と頭を下げた。

「撮影会のあとは、当ホテルより、アルバイトにお越しくださった皆様のため、ささやかな宴を用意しております。手巻きずし立食会と、和紙人形による流しびなのイベントでございます。こちらは楽しんでいただけましたら十分ですので、併せて、よろしくお願いいたします」


リプレイ本文

※当報告書におきましては、漢字が文字化けするおそれのある用語については、カタカナ又はひらがなで表記しております。


●おひな様になろう


 翡翠 雪(ja6883)、浪風 威鈴(ja8371)、御剣 正宗(jc1380)、櫻木 ゆず(jc1795)の4名は、おひな様のコスプレをすべく、広い更衣室に呼ばれた。

 最初は化粧からスタートだ。顔や襟足の産毛を剃り、眉を抜き、真っ白いおしろいを塗りたくられる。薄くなった眉を、うすめた墨でなぞり、更に額に2つの丸(殿上眉)を描かれる。
 真っ赤な口紅をちょこんとさし、平安美女たちが完成した。

「うっわ‥‥予想より、結構いけてる‥‥ボク‥‥!」
 正宗は、鏡を見て、まるで人形のように仕上がった、タマゴ肌の自分に見とれていた。


 続いて、着付けである。
 ホテルの専属着付け師に混じり、木嶋香里(jb7748)も着付けのお手伝いを始める。

 まず、砧(きぬた)で打ってつやを出した、緋色の長袴を身に着けてもらう。
 次に単(ひとえ)を着て、五布(いつつぎぬ)を重ね、一番上に唐衣(からぎぬ)を纏う。
 そして裳(も)を唐衣の後ろを覆うように重ね、後ろに長く引く装飾的な帯、引腰(ひきごし)をアクセントに垂らす。

 これで、いわゆる十二単、五衣唐衣裳(いつつぎぬからぎぬも)の完成である。

「お、重いです‥‥」
 ゆずが困ったように笑みを浮かべる。
「これから、大垂髪(おすべらかし)に髪を結いますから、じっとしていてくださいね♪」
 香里がゆずの、ひと房だけオレンジ色の髪をさらりと梳いた。

「とは言いましたが‥‥」

 香里は、着付けまで済んだおひな様たちを見ながら、考え込んだ。
 雪はピンク髪、威鈴は銀髪、正宗は金髪、ゆずは茶髪だ。そして皆、当たり前だが、長さが足りない。

「皆さん、黒髪のウィッグでも構いませんか? どうしても自前の髪色で、という希望がある人は、言ってくださいね♪ 足りない髪はエクステで足していきますので、大丈夫だそうですよ♪」


 こうして希望者は、顔の横を膨らませて固め、前髪を上げて結う「おすべらかし」を体験することになった。髪上げ具として使われる金属板「サイシ」を、紫の紐と3本のかんざしで止め、小さな珠を幾つも繋いだヨウラクを、額櫛(ひたいぐし)から下げ、後ろに流した髪は四か所で結ぶ。

 後ろにぞろりと引きずるほどの長い髪が必要とされるため、エクステがかなり必要だった。
 だが、ホテル専属の髪結い師の腕は確かだ。
 見事に4人をのおすべらかしを完成させてしまった。

 手に持つための優雅な扇、檜扇(ひおうぎ)を渡されて、おひな様の着付けは完成である。

(アキラ、どんな顔で見てくれるかな)
 ゆずはパートナーのアキラにお披露目する瞬間を、楽しみにしていた。


●お内裏様になろう


 浪風 悠人(ja3452)、翡翠 龍斗(ja7594)、ユーラン・アキラ(jb0955)、星野 木天蓼(jc1828)の4人は、おひな様たちが着付けをしている間、別の広い更衣室へと案内されていた。

 やっぱり最初は化粧からスタートだ。髭はもちろん、顔や襟足の産毛を剃り、眉を抜き、真っ白いおしろいを塗りたくられる。薄くなった眉を、うすめた墨でなぞり、更に額に小さめの2つの殿上眉を描かれる。
 真っ赤な口紅を上唇にだけちょこんとさし、雅やかな平安貴族たちが完成した。
 この時に、女性とは手順が違い、髪を上げて結ってしまう。

 白い袴を重ね履きした後、シタガサネを着用し、丸襟で唐風の「縫腋ほう(ホウエキホウ)」という装束を身に着ける。後身を長く引くシタガサネの裾(きょ)は、撮影時には畳んで背中にあてるようにおさめるそうだ。飾剣(かざたち)を下げるための平緒(ひらお)を垂らし、革製の石帯を締める。
 結い上げたモトドリは冠の巾子(こじ)へおさめ、ずれないようにコウガイを挿して固定する。冠の後ろにリュウエイという、ぴんと立った羽状の飾りを挿せば、お内裏様、完成である。

 笏(しゃく)を手にし、皆、めいめい自分の姿を鏡で確認する。

「大分イメチェンしてるなあ。ゆず、俺だってわかってくれるかな?」
 不安そうに、アキラは、美白された顔を覗き込む。元が小麦色の肌なだけに、違和感も大きい。

 スタッフに混ざり、手早く着付けに加わっていた香里が、ぱたぱたと速足で次の更衣室へ向かっていく。
「有難うな」
 アキラは香里の後ろ姿に、声をかけた。


●右大臣がふたり


 雪室 チルル(ja0220)と天羽 伊都(jb2199)は、右大臣を希望していた。

 チルルは、右大臣が近衛少将であるという役割を聞いて、各地を旅したどこかのご隠居の連れを思い出したが、細かいことは気にしない方針で行くことに決めた。

 顔と眉と襟足を剃り、おしろいで真っ白になり、眉を薄めた墨でなぞられ、緋色の紅を上唇だけに控えめに挿す。髪は結い上げて男マゲにする。

 2人して、緋色のケッテキノホウを着こむ。ケッテキノホウとは、官人が朝廷に出仕するときに着用する衣服であり、上衣の一つである。袖付けより下側で脇を縫わず、前身と後身が分かれたまま裾(きょ)が縫い合わさっておらず、乗馬等に障りのないよう工夫された衣装だ。

「これが黒いと、左大臣の衣装になるのね。黒のほうが地位が上なのね」
 簡単に説明を受け、チルルは頷いた。

 更に、剣を腰に下げるための帯であり、唐組という豪華な織に緻密な刺繍を施した平緒(ひらお)を垂らし、束帯姿を引き締める。

 警固の任務の際にかぶるケンエイ冠(エイを巻いた冠)をかぶり、オイカケという、耳当てのような馬毛製の装飾をつけて、右大臣完成である。

 刃のついていない儀仗の剣(ぎじょうのけん)、美しい儀仗の弓(ぎじょうのゆみ)、大型の鳥の尾羽で作られた矢羽を渡される。


 早速和弓をもって、鏡に向かってポーズをとってみるチルル。
「結構動きやすいじゃない!」

「化粧が人形みたいだなあ。これはこれで面白いけれどね」
 しげしげと鏡を覗き込む伊都。

「ノンアルコールの甘酒カクテルを用意してありますから、お2人ともどうぞ♪」
 着付けの手伝いをあらかた済ませた香里が、ワゴンを押してきて、各更衣室に差し入れた。


●三人官女になろう


 華桜りりか(jb6883)、稲田四季(jc1489)は、アリス・シキ(jz0058)を加えて三人官女のコスプレをしようと考えていた。
 勿論、専用の広い更衣室に通される。

 他と同じく、産毛を剃って、おしろいで真っ白に化粧をする。
 最年長であるりりかとアリスは、中央のひとりは、眉を剃りお歯黒を塗るのが伝統的、と言われ、驚いていた。

 当然ながら、お断りである。

「んぅ‥‥んむ、あの‥‥えと‥‥んと‥‥う‥‥? さ‥‥撮影というのは少し恥ずかしいのですが、可愛くて綺麗な衣装が着れるのは気になるの‥‥です。お歯黒は可愛くないの‥‥です」

「まあ、現代の感覚では、そうですよね。じゃあ無しにしておきましょうね」
 ホテルのメイク師はそう言って、りりかとアリスのメイクを終わらせた。

 人形のような真っ白いタマゴ肌、薄い墨でなぞった眉、控えめな赤い口紅。

 衣装は、白の小袖に赤い長袴、その上に打掛をかさねて羽織る。
 髪はおすべらかしに結って(ここでもウィッグやエクステを使うか尋ねられた)後ろに流す。

 3人に渡されたのは、長柄(ながえ)という長い柄のある酒器と、島台(しまだい)という祝儀の飾りの置物と、提子(ひさげ)という鍋に似た形の金属製の酒器である。

「3人官女として並んで撮影する時は、左右の端の人が酒器を持って、外側の脚を少し前に出すように立ち、真ん中の人は島台を持って座りまーす。よろしくお願いしますね」
 撮影スタッフから、声が飛ぶ。


「何だか、あたし達、本格的に人形になっちゃたみたいじゃない?」
 四季が鏡を覗き込んだ。丁寧に施したフレンチネイルが、きらりと打掛けの袖から見え隠れする。
「いいなー、お内裏様とお雛様! 男の子、誘ってもよかったんだけどさ、そーゆー関係じゃないのに、カップルに混ざるのって逆に悲しいじゃん‥‥!」

「そうね、‥‥お雛さまも可愛いけど、女の子同士で楽しむのも良いと思うの‥‥。アリスさんと四季さんとご一緒に、三人官女なの。アリスさんとは初めまして、よろしくお願いします、です」

「こちらこそ、よろしくお願いいたします。りりかさん、四季さん」
 りりかの言葉に、アリスはひざを折るようにして挨拶をした。
 頭(おすべらかし)が思ったよりも、重いのである。

「可愛いけど重い衣装は‥‥なんだか修業、です?」
 かくりと首を傾げようとして、りりかも頭の重さにふらついた。

「あーあたしもよろしくね! おんなじシキ同士だよねっ。仲良くしてね!」
「はい、勿論ですわ!」
 四季とも笑顔で挨拶するアリス。

 そこへ香里が、甘酒カクテルのワゴンを持って入ってきた。

「人が足りないと聞いていたのですけれど、三人揃っていますね」
 香里は、人が足りなければ、三人官女に混じるつもりだった。左大臣もいないようなんですよね、と悩み始める。

「やりたいものやったらいいんじゃない? ばらでもいいみたいだし」
「‥‥そうですね♪」

 四季に背を押され、香里も、三人官女の恰好をさせてもらうことに決めた。


●撮影会


 概ね、同じタイミングで、更衣室から皆がスタジオに入っていく。
 お互いの恰好を、初めて目にする瞬間だ。

「もうひな祭りの季節ね! 当然あたいも混ざるべきよね! 右大臣として皆を護るのよ!」

 チルルは、借り物の儀仗の弓を構え、誇らしげに胸を張る。
 勿論、氷結晶の意匠が施された和弓(V兵器)も携帯している。使いこなせているとはまだ言えないが、恰好がいいので撮影に支障はない。
 はずだ。


(着物も中々似合ってるじゃないか)
 悠人は、物陰に隠れてこちらを見ている、愛妻・威鈴の姿を見つけ、手を振って呼んだ。
「素敵だよ威鈴。綺麗だね。緑の目が一層映えて美人に見えるよ。可愛い」

「おひな‥‥さま‥‥? ボク‥‥似合って‥‥る、のかな?」
 恥じらいに白い頬を赤く染め、威鈴はそろそろと物陰から出た。悠人が裾(きょ)を引きながらゆっくりと歩み寄る。

「似合っているよ、すっごく。可愛い可愛いおひな様だよ」
 そう言って妻の頭を撫でようと手を伸ばし、悠人は手をとめた。きっちりと結い上げられた、おすべらかし。撮影前に、これを乱したり崩してはいけない、そう思ったのだ。

 赤くなって俯く威鈴を、そっと抱き寄せる。
「撮影、頑張ろうな」
 うん、と威鈴は小さくうなずいた。


「アキラ‥‥?」
「ゆずか‥‥?」

 おずおずと檜扇で顔を隠しながら近づいてきたおひな様を見て、カチコチに緊張するアキラ。

「い、意外と似合ってるじゃん。綺麗、だよな」
 赤くなってそっぽを向くアキラだが、その袖にはばっちりと携帯が隠されていた。

「ア、アキラだって‥‥!」
 普段とは全く違う、お内裏様の恰好のアキラに、ドキドキするゆず。
 2人、顔を見合わせて、同時に初々しく照れ笑いを浮かべた。

 その瞬間、かしゃん、と音がした。
 アキラの袖から。

「あー! アキラっ! 今、私のこと撮った?」
 慌てふためくゆずを、更に携帯のカメラで撮影するアキラ。

「いいじゃん、綺麗だよ」
「やだぁ、恥ずかしいよお!」

 恥ずかしくて、ゆずが怒ってみせるが、そんなやり取りすらも楽しい2人。
 ゆずも本気では怒れず、つい、笑みがこぼれてしまう。
 そこをまた、アキラが激写。

「んもう! 写真はダメー、ダメダメダメ!」
「でもゆず、俺ら、撮影バイトに来ているんだよな?」
「そ、そ、そうだけど、何か、照れちゃう‥‥よ」

 カチカチに緊張して、隣同士で並んでいた2人だが、この写真騒動で、いつの間にか緊張はほぐれていた。


「ひな祭りのアルバイトも、いいですね。しっかり働いて、後でお約束した、ちらし寿司を食べましょう」
 雪はお雛さまの格好のまま、夫の龍斗を探した。

 龍斗はホテルに来る前から、雪にお願いして、ちらし寿司を作って貰う約束をとりつけていたのだ。
 何しろ、自分で作ると、何故か、食べることの出来ない物体Xが完成してしまうのである!

「雪‥‥すごく似合っています。綺麗です‥‥」
 お内裏様の恰好をした龍斗は、素直に心からそう言って、デジカメを向けた。

「何をなさるんです?」
「邪な気持ちはありません。脳内フォルダよりもデジカメに納めたいんです」

 今という時間を、永遠のものにするために。

 雪は軽く息をついた。
「良いでしょう。そういえば、結婚式は洋式でした。和式の婚礼も興味深いですね。折角ですから、綺麗に撮ってくださいね、龍斗さま」


 正宗は、完璧なおひな様と化していた。何処から見ても、女性にしか見えない。
「まさにボクの為にあるようなバイトじゃないか‥‥ボクの女子力が試される時が来た‥‥」

 すり足で優雅に歩きながら、あちこちに設置されている鏡を見る。

「雛祭りといえばやはりこれだろう‥‥男でもお雛様は出来る‥‥ボクがその証明だ‥‥」
 そして、パートナー、というか、利害が一致した友人、いや師弟か、どっちだ、ともかく木天蓼を探す。

「これはミーの知名度を上げるチャンスじゃないですかにゃ? ミーのかっこよさを存分に発揮させていただきますにゃ! ハーレム計画の第一歩を飾るのですにゃ!」
 鏡に向かって、あれこれとポーズを決めている、猫しっぽのお内裏様が1名、見つかった。

「これとか、かっこよさそうですにゃ‥‥これもいいかもですにゃ‥‥」
「‥‥何をしているんだ‥‥?」

「あ、ブレード先輩、ミーは撮影に先だって、ポーズのレッスンをしていたですにゃ。ミーの魅力を引き出すにはどうしたらいいか、知恵を貸して欲しいですにゃ!」

「‥‥」
 正宗は、黙ってゆっくりと首を左右に振った。


 シャッター音を消し、伊都は密かに周囲のメンバーをデジカメで撮影していた。
(妹は大丈夫かな‥‥今度実家に帰ってみようかな。実家の柏餅も食べたいな‥‥)

 戦闘時とは打って変わって、リラックスした様子で、個人的撮影に臨む。


 四季とりりか、アリスが並んでゆっくりと歩いてきた。
「やっぱりシキ先輩が真ん中で三方だよね。ちょうど三人になるし、美女が増えたら最高の写真になるよ!」
 元気よく喋っているのは四季である。
 りりかは穏やかな笑みを浮かべて、周囲をスマホでぱしゃぱしゃと撮りまくっていた。

「それにしてもこの衣装、きっとおひな様に負けていないぐらい重いよ‥‥! 立っているだけで、肩が凝っちゃいそうだよ‥‥!」
 ちゃっかりと四季は本音を呟いていた。


 撮影会が始まった。
 順番にスタッフに呼ばれ、セットに招かれる。

 アキラとゆずは、すっかり緊張もほぐれたようで、とっても幸せそうな笑顔で写真に納まった。

「いい表情ですね! はい、目線こちらにお願いします!」
 カメラマンのアシスタントが、両手を使い、被写体2人の視線を誘導する。


 何十枚と撮った写真は、すぐにパソコンでチェックして、現像&メディアに焼き込むベストショットを、10枚まで選ぶことが出来る。
 写りの悪い部分にはデジタル修正や補正をかけ、綺麗な肌の質感や、髪の艶感、衣類の豪華さを際立たせることが出来るのだ。


「いっくよー!」
 右大臣・チルルが弓を構える。和弓に構え直して、もう数枚。

 伊都もチルルに影響されて、儀仗の剣をかっこよく構えてポーズをとった。


「どんなポーズがいいのでしょうか?」
 悠人が尋ねると、撮影スタッフは、「お好きなポーズでいいですよ」と微笑んだ。

「まずはお2人で親王台の上にお座りいただいて、ひな人形のようにしていただければ」との注文に、早速応じる、悠人と威鈴。

「多少の絡みが必要でしたら頑張りますが‥‥」
「では、撃退士さんなら出来そうだと思いますので、おひな様をお姫様抱っこして差し上げてください」

 ずしりと重い(衣装が)威鈴を、軽々と抱き上げる悠人。シャッター音が響く。
 その他、2人で見つめあうポーズ、おひな様の頬にお内裏様が軽く唇を触れるポーズなどを撮って、浪風夫妻の撮影は終了した。


 三人官女は、中央のアリスと香里を入れ替えて、2パターン撮ることになった。
 りりかが<鳳凰召喚>を行い、呼び出した鳳凰に用意しておいた花弁を撒かせたり、背景になってもらったりして、幻想的な雰囲気を醸し出す。

「着物で写真も撮れて、お寿司も食べられる! 楽しみー♪ 早く終わらないかなっ」
 四季は、ちょっと疲れたのか、撮影の合間に軽く音をあげていた。


「何で男同士で撮るのかって? 所謂利害一致という奴だ‥‥」
「そうですにゃ。ミー達は悪魔でもお友達ですにゃよ?」

 正宗おひな様+木天蓼お内裏様のコンビは、どちらかというとコミカル路線のポーズを要求されていた。でも、正直、正宗は堂々としていて、本物の女性モデルのようだ。
 今の彼を見て、男だなんて誰が信じただろう。
 男の娘ってすごい。と、撮影スタッフほか、ホテルスタッフは内心、感嘆していた。


●手巻き寿司パーティ


 撮影会は順調に幕を下ろした。
 重たい衣装から解放され、撮影用の厚化粧を落とし、皆、それぞれの私服に着替えを済ませた。
 女子たちは、お化粧直しに時間をかけている。

「やっと身軽になったぁ〜!」
 四季がうーんと伸びをした。くるくると首を回す。


「俺ら、これからデートだから」
 アキラはゆずを連れて、ホテルから出ていった。


「では私はお買い物に行ってきましょう。龍斗さまのため、腕によりをかけて、普通のちらし寿司を作りますよ。‥‥生憎、私の家事スキルは凡庸なので、恐縮ですが」

「そんなことはない。雪の作る料理は、いつも美味しい‥‥」
 少し照れながら、龍斗は雪にだけ聞こえる小声でささやいた。


 スタッフの誘導により、皆はスタジオフロアからエレベーターで移動し、大宴会場に来ていた。
 そこには、手洗い場、お手拭き、アルコール消毒液が完備され、手巻き寿司の準備が整っていた。


 手を清潔にしてから、チルルが宣言する。
「あたい、準備万端よ! これでおもいっきり大きな太巻きにチャレンジするんだから」
 特大サイズの巻きすを用意して、チルルは、海苔を敷き詰め始めた。
 その上に酢飯をひろげ、好きな具材を目一杯詰め込んで、ぎゅうぎゅうに圧縮しながら巻いていく。

「なんか、凄いね‥‥」
 伊都が思わず感想を漏らす。太巻きを超えた直径の物体を完成させると、チルルは「いただきます」と口へ運んだ。

 チルルの好きな具材ばかりが、たんまりと、ぎっしりと、詰め込まれた特大の太巻き。
 それにかぶりついている様子は、恵方巻をもっと激しくしたようだった。

「もごもご‥‥もごもご‥‥もご‥‥!?」

 どうやら、様々な具材が混ざり合い、口の中で不協和音を奏でているらしい。
 だが、そんなことは些細なことだ。チルルは責任をもって太巻きを食べきると、「お茶、お茶〜!」とポットに手を伸ばした。

「気をつけてくださいね、熱いですよ」
 香里がポットからお茶を注いで、湯呑を慎重にチルルに手渡す。

「あち、あち、あち」
 チルルは悲鳴を上げながら、何とかお茶を飲み干した。
「ふー、やっとひと息つけたわ。好きだからって、あれもこれも混ぜるとカオスな味になるのね、あたい覚えた!」

 そこへ木天蓼がしっぽを振りながら近づいてきた。
「はぁい、太巻きのお嬢さん、ミーとデートしませんかにゃ? 連絡用に、メールアドレスも交換したいですにゃ!」

「はぁ?」
 チルルはじと目で木天蓼を見つめた。
「お寿司じゃなくて、あたいの<氷迅『アイシクルブリッツ』>を食らいたいの?」
「け、結構ですにゃ〜!」

 木天蓼はぶるりと全身を震わせ、素直に退散した。


 悠人は新鮮な海鮮ネタを中心に選び、手巻き寿司の巻き方を威鈴に見せながら教えていた。
 威鈴は、何とか綺麗に巻こうと、真剣な目で悠人の手つきを見つめていた。

「はい、これで出来上がり。威鈴、あーんして。はい、ぱくっ」
「ぱく‥‥」

 恥ずかしそうに口を開けて、威鈴は夫の手巻き寿司をいただく。悠人はにこにこしながら、その様子を見ていた。

「美味しい?」
「‥‥うん」

 悠人は、威鈴が自分で綺麗に巻けるようになるまで、辛抱強く教えながら、はいあーんと食べさせてあげていた。

「‥‥羨ましいですにゃ」
 ここでも木天蓼は、威鈴を見つめていた。
「あんな美人に、ミーもあーんしてもらいたいですにゃ」

「うちの嫁に何か用ですか?」
 笑顔に青筋を浮かべ、悠人は指をぱきぱき鳴らしながら近づいてくる。
「こ、こわいですにゃ〜! ちょっと羨ましく思っただけですにゃ、堪忍してくださいですにゃ」
 猫耳の生えた頭を庇い、木天蓼はその場を逃げ出した。


「自分で巻けるのは楽しいの、ですね」
 りりかは、色々な具材を巻いては味見して、手巻き寿司パーティを楽しんでいた。
「これ、美味しいの、です。四季さん、どうぞなの、です」

「すごい種類だよねー! 全部、巻いてみたいよー! あー、もらうもらう、いただいちゃう!」
 ホテルでランチというだけで、テンションMAXの四季である。彼女の言によると、庶民育ちなのだそうだ。
「んー、美味しー! 上等な海苔使ってるよね、絶対! りりかも食べなよー、あたしも巻いてあげるからさー!」

 仲良くお寿司を楽しんでいる2人の肩に、ぽむと手を乗せる木天蓼。

「綺麗で素敵なお嬢さんたち、ミーとも仲良くしてくれないですかにゃ? 一緒にお寿司を食べたいですにゃ」
 下心みえみえの表情で、木天蓼はりりかと四季を口説いた。

「んぅ‥‥んむ、あの‥‥えと‥‥んと‥‥う‥‥?」
 困惑するりりか。

「出来ればメアドの交換もしたいですにゃ、デートとかにも行きたいですにゃ。ミーのハーレムにも来て欲しいですにゃ‥‥ぎに”ゃ”ー!!!!!」

 四季のピンヒールが、木天蓼の靴にめり込んでいた。
 片足をあげ、踏まれた部分を押さえて、ぴょんぴょん跳ね回る木天蓼。

「全く、みっともない‥‥」
 それまで静かに寿司を食べていた正宗がやってきて、涙目の木天蓼の襟首を掴んで、ずるずる引きずって去る。

「完全アルコールフリーの甘酒カクテルはいかがですか♪」
「そこのおねーちゃんも、いつかミーとデートしようですにゃ〜!」
「しつこいぞ‥‥」

 甘酒カクテルを配って回る香里にも、声をかける木天蓼。呆れる正宗。
「ブレード先輩は何もわかっていないですにゃ! ハーレムを作るためには、地道な努力が必要なのですにゃ〜!」


 買い物から戻り、調理室を借りて、雪は夫のリクエストである、ちらし寿司を作っていた。

(花嫁修業、もっとしておくんだった。兄達に混じって、武芸を磨くのに夢中だったからなぁ‥‥。あの頃は、結婚なんて微塵も考えていませんでした。でも今は、あの人がいる。こんなに幸せなことはありません。人の温もりが、こんなに愛おしく感じる日がくるなんて‥‥)

 うちわで扇ぎながら酢飯を混ぜる手に、精いっぱいの愛情をこめて。
 美味しく出来ますように、と祈るような思いが、胸の奥に満ちていく。
 夫が笑顔になってくれると信じて、きゅうりやハムを型抜きし、エビを茹で、錦糸卵を作り‥‥。

 出来上がったちらし寿司を持って会場に入った時には、戦場に征く時のように、ドキドキしていた。

 龍斗はちらし寿司を口に運び、雪の知る中でも、最高の表情を見せた。

「‥‥俺は、雪がいないと‥‥生きていけない、な。矢張り、最高の奥様です」
「そんな。あなたのおかげです。私の幸せに、龍斗さまは不可欠なんですから」

 愛し合う2人の目には、互いの存在しか映らず。

「にゃ〜、料理の出来る女性って、素敵ですにゃ」
 ――木天蓼は、雪に、完全に存在を消されていた。


●流しびな


 立食パーティが終了すると、正宗と木天蓼を残し、皆、去っていった。
 時刻は夕暮れ。そろそろ、足元が危なくなってくる頃合いだ。

「残ったのがブレード先輩だけだなんて、運命は意地悪ですにゃ」

 結局、ハーレム計画の序幕として、可愛い女子とのメアド交換を企んでいた木天蓼だが、その計画は頓挫したらしい。新たにゲットできたメアドは皆無だった。

「ミ、ミーは負けませんにゃ! まだまだチャンスはありますにゃ!」
「‥‥勝手にしろ‥‥」

 盛り上がる木天蓼を放置し、正宗は、ホテルマンの説明を受けながら、しげしげと流しびなの紙人形を見つめていた。
 和紙を折り紙のように畳んで作られたひな人形は、男女そろってかごにおさめられている。
 灯篭の橙色の光を受け、神秘的に見える。

「この紙人形を、体にこすりつけて、災厄を人形に移すのだそうですよ」
 ホテルマンが実演してみせる。
「そして、災厄を移したひな人形を川に流して、穢れを祓い、無病息災を祈るわけです」

「面白そうだ‥‥やってみる‥‥」

 正宗は紙人形でささっと体を払い、かごに戻して、そのまま川に流した。
 人形はかごの中で、流れに揺られながら、下流へと消えていく。

 日が暮れる少し前から、流しびなの行事に参加したい一般人客も、集まってきた。

「よし‥‥帰るぞ‥‥」
「待ってくださいにゃ、ブレード先輩〜!」

 振り返りも、立ち止まりもしない背中を、木天蓼は慌てて追いかけた。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:7人

伝説の撃退士・
雪室 チルル(ja0220)

大学部1年4組 女 ルインズブレイド
おかん・
浪風 悠人(ja3452)

卒業 男 ルインズブレイド
心の盾は砕けない・
翡翠 雪(ja6883)

卒業 女 アストラルヴァンガード
盾と歩む修羅・
翡翠 龍斗(ja7594)

卒業 男 阿修羅
白銀のそよ風・
浪風 威鈴(ja8371)

卒業 女 ナイトウォーカー
『久遠ヶ原卒業試験』参加撃退士・
ユーラン・アキラ(jb0955)

卒業 男 バハムートテイマー
黒焔の牙爪・
天羽 伊都(jb2199)

大学部1年128組 男 ルインズブレイド
Cherry Blossom・
華桜りりか(jb6883)

卒業 女 陰陽師
和風サロン『椿』女将・
木嶋香里(jb7748)

大学部2年5組 女 ルインズブレイド
『AT序章』MVP・
御剣 正宗(jc1380)

卒業 男 ルインズブレイド
撃退士・
稲田四季(jc1489)

大学部1年3組 女 ディバインナイト
華咲く夜をあなたと一緒に・
櫻木 ゆず(jc1795)

大学部1年191組 女 陰陽師
女好きの招き猫・
星野 木天蓼(jc1828)

高等部3年1組 男 バハムートテイマー