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「ぬう」
詠代 涼介(
jb5343)は、最寄りのコンビニで途方に暮れていた。
手には、今回買い足そうと思っていたメモが握られている。
・凍み豆腐か冷凍こんにゃく
・大豆肉
・もち麩
「流石に、コンビニには置いていないか‥‥」
残念ながら、この材料は今回は使えなさそうだった。
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会場の広い厨房から、コック姿のラッコ(着ぐるみ)が出てきた。
鳳 静矢(
ja3856)である。
「キュウ!」
まだいがみ合っている新郎新婦に、軽く手をあげ、ホワイトボードを取り出した。
『お盆の精進料理も、お正月のご馳走も、比較できないほど、どちらも大切なものだ』
ホワイトボードに専用ペンで、カキカキ。
『お盆には精進料理、正月は雑煮にお節‥‥これは、それぞれ季節と共に対になっていると言っても過言ではない』
盆と正月は顔を見合わせ、ホワイトボードを覗き込む。
書き続けるラッコ。
『盆の精進料理は、帰ってくる故人をもてなす為の大事な食事であり、その由来や内容には故人への敬意が込められている、大切な物だ。そして、正月の雑煮には、その年の神へ捧げた餅を割り入れる事で、その年一年を元気に過ごし、豊穣を願うという素晴らしい意味がある』
「そうだ! その通りだ!」
「ラッコさんの言うとおりよ!」
そこへ畳みかけるラッコ。
『しかし、これらはあくまで正月や盆にいただくから、意味があるのであって、結婚披露宴ならば、客に振る舞う料理は、結婚式にそぐう普通の披露宴用のメニューで良いのではないかな?』
うーむ、と悩みこむ新郎新婦。
『晴れて夫婦になる二人だ、これから共に歩んでいくという意味も込めて、新郎新婦の分はお互いの好む料理をそれぞれ用意してはどうだろうか? 正月さんは盆さんの料理を、盆さんは正月さんの料理を、口にしたことがないのだろう? いい機会じゃないか』
ラッコの提案に、苦い顔をする2人。
まだ、喧嘩の残り火が、くすぶっているらしい。
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そこへやってきたのは、サンタ帽にかっぽう着姿の、水無瀬 快晴(
jb0745)である。
「‥‥クリスマスイブ生まれな俺は、自称クリスマスの撃退士だ‥‥! 盆と正月で揉めているのなら、クリスマスの撃退士である俺が‥‥仲裁を買って出る‥‥!」
ででん、と何やら大皿を埋めつくす、真っ赤な塊が、ワゴンに乗って新郎新婦の前に現れる。
「クリスマスといえば‥‥俺の家族の、双子のカマキリという不思議な存在――俺の義姉なんだが、彼女から教わったロストチキンだ‥‥!」
「ロストチキン‥‥? ローストじゃないんだ?」
黄昏ひりょ(
jb3452)は、思わず突っ込んだ。
快晴の目がピカンと光る。
「そう‥‥焼くという意味のローストではない‥‥色々なものをロストしているモノをメインに扱う料理だ‥‥」
ここで使われている食材は、実は『にわとり』だ。
しかし、そのにわとりは、鳴く事も知らず、卵も産まず、にわとりとして生きず、自分は猫か何かだと思いこんで生きてきた、そんな鳥を料理しているのだ。
まさに、人生? に迷った、ロスト(迷子)チキンと言えよう。
「‥‥レシピはともかく、味付けは俺流だ‥‥遠慮なく食べてくれ‥‥」
「そうは言っても、鶏じゃないか。僕は精進料理しか食べないぞ」
盆がまだ意地を張る。
「おいおいおい、何やっているんだ。真っ赤なチキンが出されたと聞いたが、快晴の仕業か」
かっぽう着姿の翡翠 龍斗(
ja7594)が、慌てて飛び出してくる。
「あ、りゅとにぃ、良いところへ‥‥! 俺のロストチキン、味見してもらえないか‥‥? 答えはイエスかはいでよろしく‥‥」
あれ、選択肢がない。
戸惑っている間に、真っ赤なチキンを口に押し込まれ、激辛に悶えつつ口を押える龍斗。
恐る恐る口にしたひりょも、ゴ●ラのように口から炎を吐いている。
嫌がる盆の口にも快晴はチキンを突っ込み、更に正月の唇をタラコにする。
ホワイトボードに『から‥‥い‥‥』と書き、その場につっぷすラッコ。
会場にいた全員が、撃沈した。快晴は惨劇を見届けると、証拠隠滅に取り掛かった。
「あーマリカせんせー(jz0034)、 ケーキのデザインとか見栄えの良さ等について、助言を頼めませんかー? 作った料理が余ったらお礼にあげますので」
廊下で電話中の涼介だけが、難を逃れていた。
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冷たいミネラルウォーターが、皆によって、あっという間に飲み滅ぼされていった。
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(俺の策は決め手には欠ける。だけど、お互いに相手の料理に興味を持って貰う事、お互いを認めようとする心が生まれてくれれば、きっと他の人達の策の助けになると思うから)
漸く味覚を取り戻したひりょが、勇気を出して声をかける。
「盆さんと正月さんの得意料理を用意してもらえますか? お互いが嫌がるほど美味しくないのか、俺が自分の舌で味見させてもらいたいんだ」
正月特製の、雑煮が並ぶ。得意の関東風だ。
その横に、盆特製の料理が並ぶ。赤飯、けんちん汁、漬物、3種の具の煮物、胡麻和え。
(美味しいものを食べる事は好きだ。だから、二人の料理が美味しいって思いをそれぞれに伝えたい。でも、俺はコメンテーターにはなれないから、的確な評価・感想を事細かく言う事は出来ないだろう。出来るだけ、素直な気持ちを伝えたい。「美味しい」って)
ひりょは(本当は口から光が出るくらいのオーバーリアクションで「うまいぞぉぉぉっ」とか言えればいいんだけど)と心の中で付け加えた。
いいのよ、アウルを使って、全身で光り輝いてもいいのよ。
何なら美味しさの表現として、アウルで宇宙まで飛んでくれたって構わないのよ?
(でも、素直な気持ちで盆さん、正月さんの得意な料理を褒めたい! 二人はきっと仲違いしたいわけじゃないと思う。そうなら一緒になろうなんて思わないはずだから‥‥だから、仲違いを解消するためのきっかけを作ってあげたい。俺が料理を褒める事で、相手の料理に興味を持ってもらえたら、と思うんだ。そしてこれが、他の人の策へと繋げる一手になってくれたらいいが‥‥)
「うん、美味しい」
ひりょは、とっても素直に、とっても平凡に、感想を述べた。
「「えっと‥‥それだけ?」」
盆と正月は、もっと激しいリアクションを待っていたようだ。
「あ、ええと‥‥本当に、美味しいとしか表現できないくらい、どちらも美味しいよ」
ひりょは、どう表現すべきなのか、困惑した。
「ほおら、私のお雑煮の良さを分かってくれるものなのよ、普通の人は!」
「何ぃ、僕の料理だって美味しいって言ってもらえただろう!」
新郎新婦のいがみ合いが再び始まろうとしていた。
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「ミチルさん、お久しぶりです‥‥じゃなくて、助けて!」
ひりょは厨房へと逃げ込んだ。
そこでは、涼介と龍斗が、厨房でスタッフに話をしているところだった。
「ああ、これは『けいらん』と言ってね、秋田県鹿角地方に伝わる郷土料理なんだ」
龍斗は、自分では調理道具を持たず、てきぱきと調理スタッフにレシピの指示を出している。
話の切れ目で、ひりょの話を聞いて、ため息をついた。
「何、また諍い始めたか。手間のかかるカップルだ。誰かを好きになる‥‥結婚することは、相手を受け入れる事から始まるものだろうに」
流石に、既婚者の言うことは重みが違う。
龍斗が厨房スタッフに渡したレシピメモには、こう書かれている。
1.もち米粉にぬるま湯を少しずつ加え、耳たぶくらいの固さにこねて白玉餅にする。
2.まるめたこし餡にクルミと胡椒を入れ、餅で包んで鶏卵型にととのえる。
3.たっぷりの湯に入れて茹で、熱いうちに冷水をかけて冷やし、形を整えながら艶を出す。
餅の量が少ないときは蒸したほうが良い。
4.昆布、削り節などで出汁を取る。卵そうめんと舞茸をそれぞれ茹でる。
5.三つ葉をゆでて茎を結んでおく。
6.出汁に薄口醤油と塩で味をつけ、舞茸の茹で汁を加減をみて加え、すまし汁にする。
7.餅を2つずつ入れ、卵そうめん、三つ葉、舞茸などを添え、すまし汁をかける。
「今回はめでたい席のリハーサルなので、餅を紅白に染めてもらったよ」
いつものように目をつむったまま、龍斗は微笑した。
「で、どうだい快晴、恋人との式の下見には丁度いいだろう?」
「りゅ、りゅとにぃ‥‥!?」
現在婚約中の快晴は、真っ赤になった。
「これが‥‥『けいらん』?」
盆と正月は、2人分だけ用意された『けいらん』を前に、キョトンとしていた。
「そうだ。俺の地元の郷土料理の一つだ。精進料理として伝わったものらしいが、正月等の祝いの席でも使われる。まさにお前さんらを象徴するような料理だ」
龍斗はまるで自分が作ったかのように、胸を張っていた。
‥‥自分で作ったら、快晴の料理を笑えないほどの劇物が出来てしまう。それは避けたかった。
「まったく、誰かを好きになるには、相手を受け入れる勇気が必要なことなのにな。お前さんら、意地を張ってはいないか?」
盆と正月は俯いた。
涼介が、『けいらん』の横に、紅白なます・山菜やカボチャ等を使った野菜の天ぷら・唐辛子入りこんにゃくのステーキ・茶碗蒸し等々を用意して、彩りよく並べる。
「これは精進料理ではなく、精進料理風のお節だ。俺が作ってみた。まあ、味わってみてくれ」
盆と正月は、決意して、箸を手にした。
「‥‥旨い」
「‥‥美味しい」
ぽつりと呟く、新郎新婦。
「今回は俺の思いつきで、適当に組み合わせただけだが、2人が協力すればもっと良い物が作れるんじゃないか? 盆料理も正月料理も、昔から愛される素晴らしい料理だ。だがそれは、工夫を重ねながら、少しずつ進化してきた結果なんだ」
涼介が『けいらん』を見やった。
「2人が手を取り合えば、きっと双方の料理の新たな可能性を広げていける。そこの『けいらん』みたいにな。‥‥多分だが」
ぼそりと付け加える涼介。
「2人の用意してくれた料理も食べてみて。本当に美味しかったよ」
ひりょが促し、試食した正月料理を盆の前に、盆料理を正月の前に並べなおした。
「ああ‥‥俺の料理とは違って、それぞれに愛情があれば、‥‥それが一番の料理になるんじゃないかな。‥‥それぞれ、にとって、ね?‥‥」
快晴も箸をつけるよう促す。
おそるおそる、雑煮を口へ運ぶ盆。
同じく、けんちん汁に手を付ける正月。
「‥‥旨い」
「‥‥美味しい」
盆が正月料理を、正月が盆料理を認めた瞬間だった。
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「さて、一番の問題は解決したということで、次なる問題、サプライズケーキなんだけど」
スタッフバイトのミチルが、焼けた巨大スポンジの形を整えながら、途方に暮れていた。
一応全面に生クリームを塗り広げる。
「マリカせんせー案では、マグロの解体ショーとか言われたが、会場が血なまぐさくなるし、持ち帰るにも困るので、却下しておいた」
涼介はさらりと電話の内容を話した。
「まあ、せんせーの結論的には、はちゃめちゃでも何でも良さそうだったし、2人が一緒に料理している姿をモデルにしたマジパン人形を上に乗せるとか、正月と盆をイメージしたデザインにするのも良いかもな」
「キュウ!」
ラッコがホワイトボードにカキカキする。
『マジパンで、お節と白玉団子・そうめん・落雁を模った菓子を作り、デコレーションするのはどうだろうか? まさに盆と正月が一緒に来たような喜ばしい日であるし、文字どおりケーキの上で盆と正月が一緒になる様子を表現してみよう』
「クリスマスの撃退士である俺としては‥‥盆と正月とクリスマスの意味を込めて、下地を3色のトリコロールにしてみるのを勧める‥‥。七福神の落雁を載せた宝船を曳くトナカイの菓子‥‥季節も何もかもごっちゃだけども、気にしない方向で‥‥!」
快晴はまだクリスマスの撃退士(自称)らしい。
「じゃあ、その案全部いただくわよ。白いのを残して、生クリームを赤と緑の2色作ってちょうだい! 急いでね。9分立てでよろしく!」
「了解!」
ひりょが<韋駄天>を使って動作を軽やかにし、ミチルと共にハンドミキサーをふるう。
「盆さん、正月さんが驚くような、見事なウェディングケーキを作るぞっ」
「手の空いている人はマジパンよろ! アーモンドプードルはこっちにあるよ! 粉砂糖はこっち! 卵白は業務用のがこっちにしまってあるから‥‥食紅はこっちね!」
ミチルが指示し、マジパン製作班が結成される。
サプライズ・ウェディングケーキにとりかかり、一変して戦場と化した厨房から、そそくさと逃げ出す龍斗。
彼は危険な調理技能を持っている。その腕は殺人級であり、調理場から隔離されるべきレベルであり、噂では天魔をトイレに長々と閉じ込めておくことも出来てしまうらしい。
そんな龍斗だ、ここで、新郎新婦の大事なケーキを台無しにするわけにはいかない。
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サプライズ・ウェディングケーキが出来上がった。
3色の生クリームが塗り分けられた土台には、輝くようなイチゴとキウイがみっしり並んでいる。中央の白い部分には、マジパンで作られた人形が、アイシングやウェハースなどを駆使して、飾られていた。
ケーキは大中小と3段台に載せられ、それぞれの考えた配置でマジパン人形が飾られている。
盆と正月を取り合わせた飾りの中、1段だけ、クリスマスが混じっているのもご愛敬だ。
ケーキの完成を待たずに、盆と正月は、挙式当日に向けて、仲直りして式場を去っていた。
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斎主と巫女に見守られ、盆と正月の挙式は、しめやかに行われている。
レンタルした五つ紋付羽織袴に白足袋、白草履の盆。
同じくレンタルした白無垢に角隠し姿の、正月。
2人は指輪交換はせず、誓詞奏上で夫婦の誓いを交わした。
そして、同時に、学園への入学手続き書にも署名をし、各種手続きを行った。
披露宴では、正月がレンタルした五つ紋付の黒留袖にお色直しをして、2人でケーキ入刀を行った。
切り分けたケーキは厨房で形を整えられ、帰りに、招待された客人に配られた。
勿論、事前に式の準備を手伝った皆も、招かれている。
(‥‥神前式か‥‥どうしようか‥‥)
快晴は、自分たちがこれから挙げる結婚式について、思いを巡らせていた。
披露宴では『けいらん』が振舞われ、夫婦となった天魔は仲睦まじく寄り添っていた。
「これからは、同じ学び舎の一員ですね。よろしくお願いします」
「よろしくお願いいたします。特に、鳳さん、翡翠さんには、先輩既婚者としての心構えを、教えていただきたく思います。奥方様がたも、ゆくゆくはご紹介くださいね」
準備の時も、ケーキについても、本当に有難うございました。
そう付け加えて、深々とお辞儀をする、新婚夫婦。
皆がお辞儀で返す中、ラッコの着ぐるみが「キュウ!」と両手をあげた。