●こんにちは!
屋内プールは、思いの外、がらんとしていた。水泳部員が25メートルプールで延々と泳いでいる他には、あまり生徒を見かけない。プール開放初日ということで、もっと混んでいるものだと皆思っていた。プリントを見て集まってきた皆は、(今日からでいいんだよね?)と少し不安になっていた。
上はキャミソール、下はショートパンツ、そして更に水泳用レギンスを着用し、徹底的に肌の露出を抑えたアリス・シキ(jz0058)が、ぽつねんとプールサイドに立っていた。
「あー! わーいシキちゃんだー!」
ピンク色のフリルつきワンピースを着た、お菓子部部長の二階堂 かざね(
ja0536)が、抱きつかんばかりの勢いで接近する。
「ぶ、部長さん?!」
思わず反射的に躱そうとするアリス。
(はっ! シキちゃんは抱きつき苦手だっけ!)と気づくかざね。
プールサイドで急ブレーキをかけ、つるっと転びそうになる。
「大丈夫か?」
紺色の短パンに、白のパーカーを羽織った神楽坂 紫苑(
ja0526)が、転びそうなかざねを支えようと片手を伸ばす。が、なんだか足から煙が出そうな勢いで、かざねは大げさに踏みとどまった。
「ふっ、決まったね!」
誰に向けてかわからないが、どや顔でVサインをするかざね。腰にフリルの付いた白のワンピースを着た猫野・宮子(
ja0024)が、おどおどとその様子を見守っている。
「あら、結構広いのね。さすが久遠学園のプールよね。学生以外にも、有料で使わせたら儲けられそうなのに‥‥」
赤チェックのタンキニを着て、カメラ付き防水携帯であちこちを撮影して回る幸月 ひかる(
ja3492)。確りと水泳部の使用領域を確認する。その後は監視員にずばりと時給を聞き、先生たちが交代でやっていると知ると、「代わってあげるから時給払いでどう?」と真剣に交渉を始め、監視員を呆れさせていた。
(‥‥人、少ないです‥‥‥良かったです‥‥‥)
露出の少ないスポーティなタンキニでおずおずと現れたのは、糸魚 小舟(
ja4477)である。プールががらがらなので、ちょっと安心感を持った。
「わあ、プールだぁ〜! すっごいのー、独り占めみたいなの〜!」
子供らしいワンピースを着た清良 奈緒(
ja7916)が、「ひろーい」と声を上げる。
「おおっ、空いてるぅ! これは1日、張り切って、あっそぶぞぉ〜!」
グリーン系のセパレート姿の日比谷陸(
ja8528)が目を輝かせた。
「すっげー! プールって広いんだー! わあー」
スクール水着の緋野 慎(
ja8541)は、初めて見るプールに感動していた。慎自身は田舎育ちで、よく川で遊んだり、魚を手づかみで捕まえたりしていた。勿論、泳ぎにはたっぷり自信がある。
早く遊びたくて、プールにいきなり飛び込もうとして、陸に捕まった。
「ちょっとあなた、まずは、準備運動よ!」
「その前に自己紹介じゃないか? まあ、今日は貸切みたいなものだからな。ここのプールはかなり種類があるんだな。神楽坂だ。よろしくな?」
紫苑の言葉を皮切りに、プールで出会った者同士、挨拶を交わす。
「シキさんは初めましてでよろしくだよ‥‥って、呼ぶのはシキちゃん、の方がいいのかな? 先輩をちゃん付けするのは何か悪い気がするんだけど‥‥」
おどおどと宮子が問う。さりげなく携帯カメラでアリスを撮影しながら、ひかるも尋ねた。
「シキさんとは相互扶助部で一緒だけど、これからはシキちゃんって呼んでもいいのかしら? あと、思い出として残しておきたいから、皆の写真を撮らせてもらうわね」
「構いませんわ」
アリスは微かに頷いた。
「‥‥よろしくお願いします‥‥折角ですし、みんなで‥‥楽しい時間が過ごせると、いいですね‥‥」
小舟が微笑を浮かべた。
「‥‥ボク、泳げないんだ‥‥楽しめるかなぁ」
「だぁいじょうぶ! 奈緒君にも教えてあげるよ! 泳げない人いたら、俺に言ってくれよな!」
不安そうな奈緒に、慎がどんと胸を叩いてみせた。
「ふっふっふ、私の華麗な泳ぎに目を見張るがいいのですよ」
かざねが自信満々に宣言し、皆の期待を盛り上げた。
(この写真、言い値で売れるかしら?)
別の意味で期待している人が、約1名、混じっていた。
●まずは、水かけっこ!
お手洗いは済ませましたね?
シャワーもしっかり浴びましたね?
鼻もかんでありますね?
消毒槽に腰まで浸かりましたね?
では、念入りに、準備体操のお時間です!
(♪ちゃんちゃかちゃん〜と体操の音楽が以下略)
「やっほー! 俺、河童の慎ちゃんって呼ばれてたんだ。飛び込みてー! あの深いとことか、潜りてー!」
慎が、体操を終え、ぱたぱたと最も深いプールに駆け寄り、飛び込もうとした。
「飛び込み厳禁!! ついでに、プールサイドは走らなーい!」
紫苑がびしりと上級生らしく、しかし優しく慎を捕まえる。
「ごめんなさい」と素直に謝る慎。
「うう、うう、お水こわいの‥‥」
奈緒が涙目でしっかと小舟に抱きついている。
「‥‥大丈夫、です‥‥‥つかまって、ください‥‥」
小舟が一緒に水に入ってあげる。しがみつかれても倒れたり溺れたりしないように支えながら、そうっと奈緒から手を離す。一番浅いプール槽に体を沈めると、奈緒の胸の位置くらいまでしか水がない。奈緒は安心して、水面をぱちゃぱちゃし始めた。
皆が集まってくる。
「えーい! あたしも入っちゃうもん!」
かわいらしい声を上げ、陸が浅いプールに体を沈める。
「シキさんも、こっちきてください、こっちこっち!」
「え? は、はいっ」
初等部初級者用の、とっても浅いプール。まるで温泉の浴槽を連想させる。アリスは体を水に慣らすように腰を沈めながら、陸のもとへ移動した。
と。
バシャッ!
「きゃあ!」
不意打ちで水をかけられた。咄嗟に目を庇うアリス。
「真似っ子なの!」
奈緒も、きゃっきゃっと笑いながら、小舟に水をかけた。小舟もお返しをする。
「ボクも‥‥いいかな?」
おどおどと宮子が加わり、いつの間にか全員で水かけっこが始まっていた。
「シキちゃんも水、かけていいんですよ?」
一切反撃をしないアリスに気づき、かざねが顔を覗き込んだ。
「で、でも‥‥」
「ほら、こんな風に! 華麗なるかざねこぷたー応用編、名づけて『かざねスクリュー』!!」
超高速で回転し始めるかざね。
かざねのツインテールが、プロペラの羽のように水面をかき回し、周囲に容赦なく水を撒き散らした。「きゃー」「わー」と皆が楽しく悲鳴を上げる。
「ね?」
いい笑顔でアリスにVサインをするかざね。思わず写真を撮ったひかるは、「動画にしておくべきだったわ」と少し後悔していた。
いや、「ね?」って言われましても、ねえ?
かざねスクリュー、もとい、ツインテールの無限大の可能性を目の当たりにした瞬間であった。
アウルの力ってすごい。
しかし、この場合水の抵抗とかは‥‥考えたら負けですね。
「あー! 私も防水カメラ持ってきてたのです! 楽しい思い出記念、っていうか、プールって楽しいよ!、っていう記憶を思い返せるようにって思ったのですよ」
かざねがプールサイドのマイポーチからカメラを持ってくる。
「シキちゃんも撮っていい?」
「え!」
ちょっと引き気味のアリスだったが、少し考えて、「は、はい」と小さく頷いた。
「隙あり♪」
バシャ! 陸が笑いながらアリスに水をかける。
「かけ返していいんだからね!」
「あ、は、はい‥‥」
おずおずと反撃に出るアリス。だが、やはり遠慮してしまうようであった。
皆は作戦を変更することにした。
●水泳教室!
「‥‥せっかく人数が‥‥集まっているので、みんなで‥‥水に浮かんで‥‥輪を作ってみるのはどうでしょうか‥‥」
小舟がアリスに提案する。
「でもさ、水に浮かぶのって難しいよね! 俺は出来るけど、皆はどうかなあ? 海とかなら誰でも浮けるけど‥‥」
慎が根本的な疑問を投じた。
Q.アウルの力で何とかなりませんか?
A.そこは気合で。
急遽、水泳教室が始まることとなった。
「大丈夫大丈夫、全然怖くないからね!」
プールサイドを持って、まずはバタ足からだよ!、と、慎が張り切る。
めっちゃ真剣に取り組むかざね、そして奈緒。
「焦るなよ? のんびりと、自分のぺースで、やれば良いからな?」
微笑みながら紫苑が見護っている。ひかるは許可をとり、携帯で撮影係に回っている。
「そうそう、そんな感じ! さあ、次は泳いでみよう!」
奈緒の手を引っ張って誘導する慎。アリスはかざねの膝を押さえ、「足を真っ直ぐに。足全体で水を蹴るようにするのですわ。お尻が沈んでしまってはいけませんの」と丁寧に指導している。
「奈緒君、上手上手! すごいよ! さあ、今度は一人で泳いでみよー!」
ちょっと教えるペースが早くないですか、慎くん。
「げほっ、げほっ!」
奈緒は数回水を掻いただけで、足をつけてしまった。水が口に入ったのか、激しく咳き込む。
「大丈夫、かな?」
傍で犬かきをしていた宮子が、奈緒の背を優しく叩く。「ふええ‥‥」と泣きそうになる奈緒。一人で泳いだり潜ったりを楽しんでいた小舟が駆けつけて、慰める。
「お! お! シキちゃん、なんか閃くものがありましたです!」
基本的な型を身につけ、かざねがてくてくと25メートル中等部用プールに歩いていく。
心配でついていく紫苑とアリス。
「こうすれば、前に進むのです! かざねスクリュー!!」
またも、超回転。ツインテールが水をかき回し、そして――真っ直ぐに進み始める!
‥‥足から。
「何というか‥‥海洋生物みたいだな‥‥ホタテとか」
紫苑が悪気なく、感想を呟いた。
「その前に、これ、何泳ぎって言えばいいんだろうか‥‥?」
25メートルを泳ぎきると、かざねは「どやぁ!」とまたもVサインを向ける。
そして、息継ぎをしていなかったことに今更気づき、ぜいぜいと肩を上下させた。
くいくい、アリスの手を引っ張る宮子が居た。
「あ、あの、クロールくらいは出来るようになりたいな‥‥息継ぎができないんだ。なんとかちゃんと泳げるようになりたいところだよ」
「分かりましたわ」
アリスはビート板を借りると、水に顔をつけるタイミング、息を吸うタイミングを丁寧に教え始めた。上腕の動きと息継ぎを連動させることを重点的に教えていく。
「シキちゃんて、優しい顔もするじゃない。1枚撮らせてね」
ひかるが携帯で写真を撮る。横でかざねもカメラを向けた。
●水中鬼ごっこ!
一番浅いプールへ全員が戻る。ひとりで犬かきをしていた陸がプールからあがり、水着のお尻の部分を引っ張って直す。
「可愛い水着なんだけど、泳いでいるうちに食い込んできちゃうのよね」
女子同士ということで、こそりとアリスに振る。アリスは恥ずかしくなったのか、自分の水着が乱れていないか確かめた。
紫苑は持参したスポーツ飲料を皆に紙コップで分けた。皆でお礼を言いながら、有難く飲み干す。
「次は水中鬼ごっこをしよう。じゃんけんで鬼を決め、プールの中を逃げ回って、タッチされたら、負けかな?」
紫苑が「せーの、最初はグー‥‥」とじゃんけんを始める。皆につられて、アリスも手を出した。
きゃっきゃと声を上げながら、鬼になった宮子が皆を追い回し、皆は逃げまわる。宮子はアリスを狙っていたが、思いの外水中歩行に慣れているらしく、なかなか追いつけない。
傍に別のターゲットを見つけた。
「はい、タッチ!」
「えー、私!?」
ひかるが逃げ遅れて、早々と鬼に捕まった。渋々という感じで、ひかるは紫苑に尋ねた。
「仕方がないわね、で、罰ゲームは何?」
「負けた人は皆にお茶でも奢る、とか考えていたんだけど。疲れた後には甘い物が欲しくなるもんだからね」
と、ひかるの体を異変が襲った。
「な、何? 痛い痛い痛い!!」
こむら返りである。皆が慌てて駆け寄る。紫苑がひかるを担ぎ上げてプールサイドへ連れて行き、手当を開始した。
「準備運動、真面目にやらなかったね、子猫ちゃん?」
「‥‥」
ハイそうですとも言えず、ひかるは痛みに耐えていた。
「‥‥ひかるさんが‥‥これでは‥‥罰ゲームとかは‥‥無理ですね‥‥」
小舟が心配そうに口元を押さえる。
「十分罰ゲームだわ」
こむら返りの痛みに、ひかるは毒づいた。
●記念撮影!
ひかるが回復するのを待ち、皆はこれからどんな遊びをしようかと考えていた。
「綺麗な石を沈めて、潜って取るのはどう?」
陸が提案すると、慎が「俺、そういうの得意!」とはしゃぎ始めた。
「まだ、自信ないの‥‥」
やっと今日、水に顔をつけることができた奈緒は、非常に不安そうだ。
「そうだね。ちょっと、難易度が高いかな‥‥」
最年長の紫苑も、うーむと腕を組む。
「最後にどの程度泳げるか、泳げるレベルが同じくらいの人同士で勝負をするのはどうかな。勝った人には賞品が‥‥ないんだけど‥‥」
宮子がおずおず提案する。
それもどうだろうか、と皆で悩んだ。正直、レベル差が大きすぎて、勝負になるかどうか怪しいところであった。
「‥‥あの‥‥みんなで手を繋いで‥‥輪を作ってみるのはどうでしょうか‥‥」
浮けるともっといいのですが、と思いながら、小舟が提案した。
「そっちのほうがいいかもですねえ。手を繋ぐだけなら、溺れる心配もないですし」
かざねがウンウンと賛同した。
「じゃあ、最後の記念撮影として、ひかる、写メお願いするよ」
「あー、私のカメラでも撮って欲しいのです!」
紫苑とかざねが、ひかるに撮影係を託す。
「シキさん、手を出してね」
陸がにこにこして、手を差し出す。奈緒が反対側の手にとりつく。
「シキのお姉さん、ボクも〜」
奈緒が無邪気に、えへっと笑う。アリスは2人に引っ張られるように、手を繋いだ。
「これなら、上の見学室から撮りたいわね。皆、出来るだけしゃがんでくれないかしら」
ひかるが全員入るように画面を調整し、「はい、笑って」と声をかけて何枚か撮った。頼まれたとおり、かざねのカメラでも撮る。
(お金になる可能性としては、このくらいかしら。シキちゃんの水着写真なら買い手がつきそうね)
撮影中もお金の計算を忘れないひかるであった。
●解散‥‥の前に
「今回は楽しかったよ。またご一緒出来たらよろしくね」
宮子が繋いでいた手をぶんぶんと振った。
「久しぶりに楽しんだから、疲れたかもな? また、遊びたくなったら言ってくれ。都合つけるから」
紫苑が微笑む。
「皆とメアド交換をしたいのだけど、どうかしら。写真を送りたいし、また一緒に遊びたいから」
ひかるが言うと、アリスは「わたくし、私用のメアド無いんですの」と項垂れた。
「今日は楽しかった! ありがとうね! また一緒に遊ぼうね!」
奈緒が手を力一杯振る。ぺこりとアリスは頭を下げた。
「ええ。また、機会がありましたら、是非」
彼女は確かに、微笑んでいた。