●第1ターン(騒ぎに気づく)
Rehni Nam(
ja5283)は、ビニールバッグを持って、プールを利用しに来たところだった。
外に繋がる廊下から、女子更衣室のドアを開けると、何やら中の様子がおかしい。
「?」
「いけない、誰か来たよ!」と小さな女子の囁き声。
そこへ、更衣室の外、プール側から、佐村たかしの声が響いた。
「盗っ人達はプールへ全員出てこい! 逃げても隠れても無駄だぞ! お前たちの顔は見たし覚えた! この佐村たかし、喜んで相手になってやる!!」
「泳ぎに来てみれば、噂の窃盗団ですか?! 許せません!」
レフニーは、ビニールバッグと靴をロッカーに押し込むと、水着に着替えずに私服のまま、プールへと向かった。
プールサイドまで到達するには、自動シャワー室や消毒水槽を通り抜けなければいけない。
あれよという間に、履いたままの靴下が、ずくずくに濡れそぼった。
*
「おいっちにーさんしっ」
トレーニングのためにプールに来ていた仁良井 叶伊(
ja0618)は、プールサイドで念入りに準備体操をしていた。
そこへたかしの良く徹る声が響く。
よく響くのだが、屋内プール内にほわんほわんと反響して、場所が特定出来ない。
ざわざわと、プールを利用している大勢の学生たちが、周囲を見回している。
「撃退士になると、調子に乗る馬鹿共がいて困りますね‥‥」
只でさえ、天魔との戦争や、能力者のテロとかでピリピリしているのに、何を考えているやら。
「個人的には、色々な意味で再起不能にしたいところですが、まあ、今回は捕まえるだけにしておきましょうか」
叶伊はよく鍛えられた体を伸ばすと、たかしの声の出処を探った。
目にとまったのは、プール内にも関わらず、服を着たままの女性(レフニー)だった。
*
「男子の方が着替えが早いから、僕はもうひと泳ぎしてからあがるよ」
アリス・シキ(jz0058)の恋人である鈴代 征治(
ja1305)は、そう言って彼女を更衣室に送り出した。
直後にアリスは更衣室から、女子数名と一緒に戻ってきて、征治に「イヤーカフを見ませんでしたかしら?」と問うた。
「えっ、見なかったと思うけれど‥‥」
そこへ、冒頭の、たかしの声が響き渡る。
(盗人とは穏やかじゃないですねえ。確かに最近、窃盗事件が起きていたような‥‥、なるほど)
「事務員さんは今いないみたいだし、アリスは召喚獣に乗って先生を呼んで来て! 僕は窃盗団をなんとかする!」
「はい、わかりましたわ!」
見回すと、たかしの声に反応した学園生たちが、現場を見つけようとキョロキョロしている。
征治は咄嗟に、近くの非常口の戸を開いた。
*
「‥‥泥棒か‥‥何を盗ったんだろう‥‥プールで盗みとか‥‥恥ずかしくないのか‥‥?」
たかしの声に、御剣 正宗(
jc1380)は、メイクを丁寧に直しながら呟いた。
「‥‥今日はメイクしているから、あまり濡れたくないな‥‥」
愛用していたウォータープルーフのマスカラとチークが、切れていたのだ。濡れたりしたら、今の正宗はきっと恐ろしい顔になってしまう。男の娘として自分が許せないくらいに。
「さて‥‥何処から声が聞こえているんだろう‥‥?」
<陰陽の翼>でプールの真上に舞い上がる。人波を見下ろして、初めて、人垣の中で、相撲体型の男子(たかし)が1対4の乱戦状態で奮闘していることがわかった。
場所は、更衣室を出てすぐの、自動シャワー室の中だ。
*
「ここがプールか。幾つもあるんだな。しかも広いぜ。すげーなー」
学園にきたばかりのクロ・カニム(
jc1854)は、普段着である、冥界時代の和服・軽鎧で、見学者用の窓からプールを見下ろしていた。
全面ガラスは厚く、プールの中の喧騒は全く聞こえない。
「あいつら、何やってるんだ?」
人垣に囲われた小さな乱戦を見つけ、興味を持ったクロは、更衣室を通ってプールの中へ見物に向かうことにした。
*
「うわー!」
たかしが、自動シャワールームで、窃盗団員に投げ飛ばされる。
「お前ら、4人がかりは、卑怯‥‥だぞ‥‥」
ぐったりしたたかしにワイヤーを巻きつけ、窃盗団員――スクール水着にパーカー姿の、よくある格好の4人は、「近づくな」と言いながら、じりじりと野次馬の輪を抜けようと試みていた。
●第2ターン(逃走開始1手目)
雫(
ja1894)は、ちょうどプールの建物のそばを通りがかったところだった。
非常口が軋みながら開いたと思うと、濡れ髪のままのアリスが、水着にパーカー姿で出てくるところだった。
「どうしたんです?」
「窃盗団が出ましたの! 今、プールで暴れてございますようですわ! わたくし先生を呼んでまいりますの!」
アリスはそう言うと、真っ白なスレイプニルを召喚し、<クライム>で飛び乗って、急いで駆けていった。
「水着狙いの変態の仕業と思い付いた私は、毒されているのでしょうか‥‥」
十分、毒されていると思います。
ともあれ、雫はアリスの出てきた非常口からプール内に侵入し、もう一つある筈の非常口をおさえることにした。
*
レフニーは私服をびしょびしょに濡らしながら、<天翔金狐>で九尾の狐・ソラを呼び出した。
「走るのは怖いですが、靴下があれば素足よりもマシなはず‥‥」
よく水を吸った靴下は、踏むたびにじゅわ〜と水がしみ出す。1歩ごとにぼちゃん、ぼちゃんと嫌な音を立てている。
そんな状態だったため、床と足の間で滑り、更に足と靴下の間でも滑って、半脱げ状態になってしまった。
つるん、びたん。
プールサイドで転ぶと、本当に痛い。滑り止めのため、床全体がざらざらしているせいで、かなり痛い。
痛みをこらえてゆっくり起き上がると、水を吸った洋服が重く鉛のように全身にのしかかってきた。
*
そこへ。
叶伊が<全力跳躍>で飛び込んできた。着地点には、乾いた足場を狙ったのだが、そんな場所はプール内には一切無い。どこもかしこも濡れて、てらてら光っている。
ずるっと足を滑らしそうになるが、トレーニングの成果で、なんとか持ちこたえる。
「覚悟していただきましょう」
アレスティングチェーンの手錠部分を、見るからに怪しい人物に引っ掛ける。
そう、見るからに怪しい‥‥プール内なのに、服を着たまま入ってきた不審な人物に‥‥。
「違うのです、私は窃盗団ではないのですー! 騒ぎを聞きつけて駆けつけただけなのです!」
手錠を外そうと抗うレフニー。ソラも「そうだそうだー」とばかりに加勢して鳴く。
「や、これは失敬しました。では窃盗団はどこに‥‥?」
叶伊は慌てて手錠を外し、周囲をぐるりと見回した。プールサイドの向こうに、早足で逃げていく、それらしき人物たちの影がある。が、人数がどことなく減っている気がする。
ウエストポーチが、誰かのパーカーの裾から、ちらりと見えた。
*
「よっこいしょ、と。ここまで上がれば大丈夫か?」
クロは、<陰影の翼>で、足もとをキラキラしたアウルで包みこんで、吊り天井近くまであがっていた。
プールが眼下に一望できる。
皆、パーカーと水着、もしくは水着のみで、個人の見分けはつきにくいが、全体の動きを掴むには絶好の場所といえよう。
「ああ、いるな。あそこに、‥‥2人」
プールサイドを移動する2名を確認する。
2人は滑りやすいプールサイドを、ちょこちょこと早足で移動している。人質は、散歩を嫌がる犬のように、いやいやついていく感じだ。何かひも状のもので繋がれているのだろう。
気が逸る。どうにか人質を解放してあげたいが、今はまだその時ではない。
クロはじっくりと機を窺った。
*
征治は非常口からアリスを送り出したあと、聖獣のロザリオを構え、阻霊符を発動し、窃盗団が非常口目指して逃げ込んでくるのを待った。
周囲をよく観察し、誰が窃盗団の一味であるかを、見極めようとする。
人垣に阻まれたのもあり、残念ながら窃盗団員の顔までは、よく見えなかったし、覚えていない。
そして窃盗団は水着にパーカー姿である。ウエストポーチをつけているくらいしか、モブ学園生と見分けがつかない。
「‥‥プールサイドはよく滑るので‥‥走るのは‥‥やめて欲しい‥‥」
正宗が、<陰陽の翼>でプールサイドを低空飛行しながら、呼びかけて回る。
「走っている人がいたら‥‥窃盗団と誤解するかも‥‥だから、攻撃するかも‥‥だよ」
「あの早足の2人は、犯人たちでしょうか?」
征治は反対側のプールサイドに目を凝らした。
「ん‥‥ボクの言葉に従わないなら‥‥そうかもしれない‥‥」
コクリと正宗も頷いた。
●第3ターン(逃走2手目)
2人に減った(ようにみえる)窃盗団員が、征治と正宗の待ち構えるレーンに入ってきた。
滑らない程度の早足で近づいてくる。
「よし、今が好機だ!」
空中から、そうっと窃盗団員に近づいたクロは、奇襲の蹴りをお見舞いした。
「ぶふぉおおぉぉっ!!」
吹き飛んだのは、人質のたかし。
そして、窃盗団員に<スマッシュ>を放とうと近づいていた、正宗だった。
どばーん、どばーんと、2つの水柱が上がる。
「あ、あれ? 狙いがそれちまったか?」
慌てるクロ。
「うああああ‥‥ボクのメイクが‥‥」
水面に浮かび上がり、顔を覆って、絶望に身を投じる正宗。
流れたメイクで、顔が無残なことになっているのは、明白だった。
「あ‥‥そうだ‥‥泳げる‥‥?」
正宗は、浮いてこないたかしに気づき、急いで、縛られたままのワイヤーを取り外しにかかった。
*
征治が守っている非常口の戸が開いて、雫が入ってきた。
「事情はシキさんから聞きました。もうひとつの非常口を確保します」
<神威>で全身に禍々しいアウルを纏わせながら、「で、犯人はどこにいるんです?」と、征治に尋ねる雫。
「多分ですが、あの早足の人たちだと思い‥‥ます?」
征治はそう言って、きょろきょろとプールサイドを見回した。
居ない。
4人とも、消え失せてしまっていた。
*
からくりはこうだ。
前のターンでナイウォの2名は<ハイドアンドシーク>で『潜行』し、現ターンでインフィの2名に<ダークフィリア>をかけて、4人とも『潜行』状態になっていたのである。
更にインフィ2名は<侵入>で自身の足音を消している。
インフィ男子は、たかしを捕まえていたワイヤーをぽいと放し、人ごみに紛れるようにして、プールの出口を目指していた。
通常、無理をしてまで、非常口から出ようとするものは居ない。濡れ水着のまま建物から出れば、却って目立ってしまう。
だから、窃盗団員は、人に紛れ、更衣室を抜けて出て行くという、ごく普通のルートを選択していたのだ。
『潜行』状態を維持したまま、早足で征治の守る非常口を通過し、続いて雫の守る非常口を静かに通り過ぎる。ナイウォ2人の足音は微かに聞こえていたが、水音に紛れてしまっていた。
*
「スズシロさんと、シズクさんが、非常口をおさえてくれているみたいですね」
レフニーは、ずっしりと重いぐしょぬれの体を起こし、スカートの裾をぎゅうぎゅう絞りながら、叶伊に、ここ、更衣室方面を共に守るよう提案した。
「あの2人が守っている限り、あちらから出るのは困難でしょう」
「プールサイドを1周ぐるりと回って、ここへ戻ってくるということでしょうか?」
叶伊の問いに、「ええ、恐らく」と頷くレフニー。
目を凝らして見ても、先程まで早足で歩いていた4人組の姿は、人波にかき消えていた。
相手のジョブはまだ分からないが、何らかのスキルで『潜行』されて、学園生に紛れられては、逃げられかねないと、レフニーは危機感を抱いた。
しかし、水柱が2本立ったのは見えた。あの付近を窃盗団員は移動しているに違いない。
空中から奇襲をかけた、見慣れない軽鎧の者がいたのは見た。
位置関係があっているとすれば、窃盗団員はこちらに向かってきているハズ!
叶伊は男子更衣室入口の前に、レフニーは女子更衣室入口前に立ちはだかった。
召喚獣・ソラを中央に配置して、叶伊は<挑発>を発動させた。
プールを利用していた学園生たちの視線が、一斉に叶伊に集中する。
「ソラ、サムラさんをお願いします!」
レフニーは召喚獣に、プールに叩き落とされたたかしを救出するよう、指示を出した。
●第4ターン(逃走3手目)
ナイウォの足音が消える。<サイレントウォーク>だ。
このターンで更衣室に入られてしまえば、窃盗団員の勝ちだ。
彼らは堂々と着替えて、逃げのびるだろう。
*
レフニーはたかしをソラにくわえさせ、自身の待機する場所まで、ずるずると連行した。
「怪我はないですか?」
ぷよぷよの脂肪系相撲体型のたかしには、ワイヤーのくい込んだ跡が痛々しく残っていた。
水に叩き落とされた際に、鼻に水が入ったのか、やたらと痛がっている。
レフニーは<生命の芽>でたかしの治療に当たった。
そして「サムラさん、犯人の顔は見て覚えていますよね? 見分けが付きますか?」と尋ねた。
皆、叶伊に『注目』して、こちらを向いている。
たかしはじっくりと学園生を見つめると、「こいつらだ!」と4人、指さした。
レフニーはたかしの示した相手をよくよく見る。
確かに、ウエストポーチをつけていた。
*
人の流れを見て、雫と征治は非常口を離れ、大勢でごったがえすプール出口まで移動していた。
「この4人が、犯人に間違いないのですね?」
雫はたかしに念を押した。たかしは頷いた。
「顔はばっちり覚えているよ、間違いない!」
「危ないですから、関係のない人は離れてください!」
征治が野次馬に距離を取らせる。
「さて、申し開きや言い訳は、取りあえず鎮圧してからゆっくりと聞くとしましょうか」
雫は<ダークハンド>で4人を狙った。
「ボクを‥‥こんな顔にしたこと‥‥気絶するまで許さない‥‥」
メイクが流れて恐ろしい顔になった正宗が、鎌で<スマッシュ>を見舞う。
征治も槍で、野次馬との距離を配慮しながら、窃盗団員の足元をすくうように攻撃した。
<手加減>したため、傷を負わせることなく、1人を転倒させる。
「神妙にお縄につきなさい!」
叶伊は素手で団員の関節を極め、激痛を与えて反省を促す。
アレスティングチェーンの手錠を使って、窃盗団員を拘束する。
「おっと、ここは今、通行止めだ」
雫の<ダークハンド>をかいくぐって逃げようとした最後の一人に、クロが奇襲の蹴りを見舞う。
こうして4人は確保され、プールサイド追走劇は幕を閉じた。
●
ウエストポーチの中を改め、エリカにイヤーカフを返す。
窃盗団員と盗品は、アリスに呼ばれて駆けつけた先生に託すことにした。
エリカは「皆さん有難うございました」と頭を下げた。
「よかったね、イヤーカフ、大事にしなくちゃね」
征治がエリカに微笑みかける。
そして寒さに震える恋人アリスに上着を着せかけて労い、抱きしめた。