●
「なんとなく予想はしていましたが、やっぱりあなたたちですか‥‥」
狗猫 魅依(
jb6919)の別人格、仙狸がため息をついた。
「何度か言った気がするんですが、せめて辰巳様にどういうものか事前に聞きましょうか、本当に‥‥」
「パンフレットを持ってきてくれたのは二階堂くんだよ。それに、彼はああ見えて多忙なんだ」
シーツお化けに扮した天使、双貌のドォル(jz0337)は不思議そうに首をかしげた。
「ちゃんとパンフレットは読んだよ。何かぼく達、間違えているかい?」
「どんな人でも、目一杯楽しむ権利は、あります。さて、どう、しましょうか」
アルティミシア(
jc1611)は、イタズラする方もされる方もそれ以外も、納得して楽しめる方法を探そうと、知恵を絞り始めた。
「そうだな。まずあれだ。ハロウィンへの勘違いを正すところから始めようか」
千葉 真一(
ja0070)がドォルに、使徒グウェンダリン(jz0338)とユニコーン型サーバントを、パレードから外れた場所に呼ぶよう提案した。まだ首をかしげている天使を見て、苦笑する。
「心配するな。別に取って喰いやしねぇよ」
「えっと、私も、天使ですから、みんなで仲良くやっていけたらそれが一番だと思うんですぅ〜。それを維持するためにも、やりすぎは良くないのです。それを伝えたいと思うのですぅ〜」
御堂島流紗(
jb3866)が、のんびりまったりとした口調で、穏やかに告げた。
「そうそ。ちっとばかし羽目を外しすぎじゃないかい? イベントは、用法容量を守って正しくお楽しみくださいってね」
天使アサニエル(
jb5431)も頷いた。
「??」
まだよくわかっていない顔で、魔女姿の使徒と、ユニコーンを呼び戻すドォル。
コホン、と真一が咳払いをした。
●
「その1! ハロウィンは、皆で楽しむパーティである。さあ、復唱だ!」
「???」
レクチャーを始めた真一と、更にわからないと言った顔をするドォル。
「パーティって、何だい?」
「そこからかい!」
思わずアサニエルが頭を抱える。ドォルは口を尖らせた。
「仕方がないじゃないか、知らないものは知らないんだ。呼ばれたことだって無いんだから」
「ドォルさんも含めて、皆さんで楽しむこと、ですよ」
川澄文歌(
jb7507)が補足する。
「ドォルさん、先日はごめんなさい。ドォルさんが色々な事に興味がある様に、私もドォルさんの考えに興味がわきました。二階堂さんの事を守ろうとしたドォルさんの事を信じます。私の夢は、天魔も人間も関係なく、共に歌を歌い合える‥‥そんな世界にする事ですから。ハロウィン、一緒に楽しみましょうね」
「そう! 一緒に楽しく過ごすのがハロウィン等イベント系の目的だ。従って、その2! 相手への『お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ!』は、脅しではなく、問い掛けである」
「問いかけ??」
真一のレクチャーに、キョトンとする天使。使徒とサーバントは無表情(?)で大人しく聞いている。
「そうだ。お菓子をくれた相手には、お礼を言って何もせずに退散すること。お菓子をくれなかった相手への悪戯は、相手が嫌がらない程度に抑えること。お前ら、とりあえず悪戯するのに夢中で、相手の反応とか、全く考えてなかっただろ」
「ああ、そう言えば見ていなかったね」
「だろ? それじゃあ、相手が嫌がってるかどうかも判らない。終わった後にお菓子を渡しても、相手が結局パーティを楽しめなかったら、台無しってことだ」
うーん、と天使はシーツの中で腕を組んだ。
「じゃあ‥‥どうやったら、相手が嫌がっているかどうかがわかるんだい?」
「えっと、まずですねぇ〜、ハロウィンにおける悪戯には、この風習における馴れ合いの部分というのがあって、本当に相手が困る悪戯というのは、推奨されないのですぅ〜」
流紗がほんわかと口を開いた。
「元々の起源が、悪霊とかを追い出すお祭りなので、相手を本気にさせてしまうと、追い出されてしますのですぅ〜。ですので、そこを考慮して、『お約束』として、守っていくのがいいことだと思うのですぅ〜」
ハテナ顔のドォルに、精一杯言葉を紡ぐ流紗。
「つまりですねぇ、お菓子をくれた相手もくれなかった相手も尊敬して、このイベントを楽しむ仲間だ、という意識を忘れないことが、重要だと思うのですぅ〜」
「うーん、やっぱり良くわからないなあ。特に、嫌がっているかどうかとか、悪戯の加減とかがね」
ドォルは真剣に考え込んでいた。
「ボ、ボクが体を、差し出しますから、み、みんなに迷惑、か、かけないで、下さい」
おどおどしながら、アルティミシアがドォルのシーツを引いた。明らかにビビっている。
「ボ、ボクは、何をされても、我慢します、ああっ! でも、お手柔らかに、してくれると、有り難いかな、何て、思ったりなんか、あのその‥‥」
「えーと‥‥?」
困惑した顔で、ドォルは撃退士たちの顔をぐるりと見た。
「‥‥この子は嫌がっているのかい? それとも逆なのかい? 何をされても我慢するって言っているけれど、何処までが許されるんだい? この子だけ特別なのかい? ぼくには何だかさっぱりだよ‥‥」
「覚えることは簡単さね。始めにトリック・オア・トリートと伝えること、お菓子を貰ったらその人から立ち去ること、悪戯をするときは物損や障害にならない程度の物に抑えること、以上三つだ。これを護ってもらうよ。これでわかるかい? あとは、イベントの終了時間になったら、悪戯を終了することも忘れないでもらいたいね」
アサニエルがアルティミシアの前に出た。震えながら一生懸命に自分を差し出そうとするアルティミシアの頭を撫でて、落ち着かせる。
「とりあえず、悪戯じゃなくて、お菓子をもらう方がメインですからね?」
仙狸が補足説明を加える。アサニエルも頷いた。
「お菓子のためにお菓子を貰うんじゃなく、思い出のためにお菓子を貰う事が本質なんだよ。まあ、一種の様式さね」
「そうです。多少つまらないかもしれませんが、さっきみたいにしていたら、その気はなくても怪我人が出てしまいますからね。遊びだからこそ、ちゃんとルールを守ってくださいね」
「ルールは守るつもりだよ。けが人だって出したくないさ。さっきまでだって、守っているつもりだったんだよ」
ドォルはどうやら、シーツの中で、しょんぼりしているようだった。
「どこまでしたら人は壊れてしまうのか、とか、何をしたら良くて何がいけないのか、とか、ぼくはわからなくなっちゃった」
子供のまま、精神だけが成長を止めた天使。そんな印象が強く感じられる。
手を差し伸べたのは、文歌だった。
「ドォルさんは、『悪戯する』事が一番の目的です?」
「うん。ぼく達はお菓子はいらないからね。堂々と皆と遊べるんだって、思ったんだ」
「危害を加える気はもともと、無いんですよね?」
「うん」
天使は頷く。
忠実な使徒グウェンダリンも「誰にも怪我などをさせるな、との命を受けています」と証言した。
サーバントも見たところ、ずっと大人しくしている。
「ドォルさんは人に危害を加えないと言っていますし、それが守られ、互いの合意があるなら、大いに悪戯して貰いましょうよ」
「え、いいのかい?」
シーツお化けが顔を上げた。文歌はにっこりした。
「私に考えがあります。実は、アルティミシアちゃんからも、良いアイデアをいただいたんです」
●
アルティミシアの案はこうだ。
会場の一部を、出入り自由な悪戯スペースとして区分けし、天使たちに悪戯されてもいい、若しくはされたい人達を集めるのだ。
その上で、文歌は、パレードの人達の中に、悪戯されたい人がいるかを確認した。
意外にも「怪我をしないなら‥‥」「怖くないなら‥‥」と、手を挙げる者がいた。
中には、好奇心旺盛な子供も結構な数、居た。
「ユニコーンに乗ってみたい!!」
そう言ってサーバントを指す子供は、少なくなかった。
「悪戯されたくない人は、『お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ』と言った人に、必ずお菓子を渡す様にしてくださいね。それとあそこの悪戯スペースには近づかないでください」
文歌とアルティミシアが、着々と会場を設営していく。
「ドォルさん、『お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ』と言ってみて、お菓子をくれる人は、悪戯されるのが嫌な人なんですよ。だから、その人に悪戯してはダメです。でも、このスペースにやって来て、且つ、お菓子をくれない人は、悪戯OKな人なんです。やり過ぎないように気をつけて、このルールを守っていきましょうね」
アイドルの微笑みが、途方に暮れた天使に降り注ぐ。
「あそこのお化けさんや魔女さん、ユニコーンさんに悪戯されてもいいかな〜って人は、ぜひ行ってみてくださいね。きっと楽しい悪戯をしてくれますよ〜。合言葉を言われても、お菓子をあげないことが、ポイントです。付き添いとかで悪戯されるのが嫌な人は、ちゃんとお菓子を渡してくださいね!」
文歌は、撃退士が監視するため、危険がないことを強調しながら、パレードの参加者に声をかけて回った。よく徹る澄んだ綺麗な声が、夕暮れの道の駅に響く。
「なるほどねえ。ちょっとしたアトラクション代わりって訳かい。なら、あたしはサーバントの監視をさせてもらおうか。何、突然動き出したりして、周辺の参加者が怪我しないよう、周辺にいる参加者の整理をしたりとか、あとはサーバントの背中に子供を乗せたり降ろしたりする手伝いをしておくとか、その程度さね」
アサニエルはそう言うと、ユニコーンのそばに控えた。
「変身っ! 天・拳・絶・闘、ゴウライガぁっ!!」
集まってきた子供たちを守るべく、真一は、スーパーヒーロー・ゴウライガに変身した。
子供たちから歓声があがる。
「大丈夫、俺が見守ってる限り危険はないぜ! パーティの平和はこのゴウライガが護る!!」
「あああの、ボ、ボク、少しでもお役に立ててますか?」
ビクビクしながら文歌に尋ねるアルティミシア。
「うん、すごーく役に立っているよ! いいアイデアを有難うね!」
明るい笑顔で、文歌はアルティミシアに微笑みかけた。
「そうですよ。自信を持ってください。イベント会長の方にも掛け合ってみましたけれど、わたし達の監視があればOKだそうです」
仙狸はアルティミシアにそう言うと、外していた枷をはめ直した。
●
流紗が、悪戯スペースに最初に足を踏み入れた。
「まずは一番乗りなのですぅ〜。天使さん、突然ですが、トリック・オア・トリートなのですぅ〜」
合言葉を言う前に、逆に言われてしまい、どうしていいか途方に暮れるドォル。
にへら〜と流紗は笑って、シーツお化けに膝カックンを決めた。
「これくらいの悪戯が丁度良いのですよぅ〜。参考にしてくださいですぅ〜」
ほわほわと笑って、周辺に移動する流紗の言葉に、天使は「えっ」と驚く。
「こんなかるーい程度じゃないと、駄目なのかい? 怪我とか、してしまうのかい?」
「はい、人間はとってもか弱い生き物なのですよぅ〜」
そうなんだ、とドォルは考え込んだ。どうしたら誰にも怪我をさせずに、悪戯ができるのか、悩んでいるようだ。
「トリック・オア・トリートだよ! ミィにお菓子をくれにゃいと、マジックで落書きしちゃうよ!」
魅依は、流紗に続いて悪戯スペースに踏み込んだ。
自ら、悪戯の見本をみせるべく、動揺しているドォルのシーツに、きゅっきゅっと落書きをした。
シンプルだったシーツお化けの顔が、ユニークな芸術作品になった。
「ちにゃみに水性マジックだから洗えば落ちるからね!‥‥あ、シーツだとダメかも?」
膝カックンと水性マジックの悪戯を覚えたドォルは、次にやってきたアルティミシアに反撃を食らわせた。
つまり、ビクビクと己を差し出した彼女の顔中に、思う存分落書きをしたのだ。
勿論、道具は魅依に渡された(押し付けられた)水性マジックだ。
「うう、いっぱいイタズラ、されてしまいました、けど、な、何でしょう、嫌ではありません。むしろ‥‥い、いえいえ! そんな筈は‥‥ボク、おかしいんでしょうか‥‥い、いえ、ボクはノーマルです!‥‥よね?」
公家眉、まぶたに目、鼻毛、ヒゲ、などなどあらゆる顔のパーツを弄られて尚、アルティミシアは物足りない様子で、くねくねと体をくねらせた。
「あれ、まだ足りないのかい? なら、踊らせてあげるよ。怪我をしないように、動きには気をつけるからね」
天使はそう言って、アルティミシアに阿波踊り(完璧な女踊り)を踊らせた。
(わ、勝手に、ボクの体が踊っちゃいます‥‥! わわ、皆さん、見てます‥‥恥ずかしいです‥‥けど、いえ、でも、うう‥‥ボクは、ノーマルのはずで、ええと‥‥)
「こらこら、危険はなくても、変な技は使うなよ! 皆が怖がるだろ!」
正義のヒーロー・ゴウライガが、天使を止めた。
一方、サーバントはというと、主人の命令で、真上に4mゆっくり上昇し、静かに降りるを繰り返していた。
アサニエルが、その背に希望する子供を乗せてやり、振り落とされないようにしっかりタテガミに掴まり、膝をぎゅっと締めるよう、教えていた。
「鞍と手綱の一式でも用意してくれていれば、安全で楽だったろうにねえ」
肩をすくめながらも、危険管理に徹するアサニエル。
子供たちは、初めての乗馬と、思わぬ「高い高い」に、大興奮だ。
「マスターのご命令ですので、失礼いたしました」
魔女に扮した使徒は、すっと希望者の背後を取り、見事に膝カックンを決めてから、ひとりひとりにそう告げていた。
誰もが警戒して、背後を取られまいとするが、いつの間にか後ろに回られている。
そして、膝カックン。
「いやいや、見事なものだねえ」
「お姉ちゃんすごいや!」
一般人も、してやられたという感で、満足そうだった。
●
アナウンスとチャイムが、パレードの終了を告げた。
約束どおり、天使勢は悪戯をやめ、悪戯スペースは皆によって撤去された。
けが人は一切、出なかった。
天使勢の悪戯を受けた人々も、皆と同様、楽しげに帰っていった。
「で、どうだった。ハロウィンは楽しめたか?」
ゴウライガが変身を解きながら、ドォルに尋ねた。被っていたシーツを外した半仮面の天使は、難しそうな顔をしていた。
「違う種族を理解するのは難しいって分かったよ。ぼく達が考えるより、人間はか弱いんだね。同族のつもりで悪戯をしたら、簡単に壊れてしまうんだね。けが人が出なくて本当に良かったと思うよ」
「そうだな。そいつは本当に良かったよな」
ニっと笑い、頷く真一。ドォルは撃退士たちをぐるりと見回す。
「色々教えてくれて有難う。ぼく達が楽しむには少し物足りないところもあったけれど、勉強になったよ。それにやっぱり、人の笑顔は見ていて気持ちがいいね」
そう言い残して、天使と使徒はサーバントに乗り、夜空へ舞い上がり、去っていった。