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秋空に、子供たちの歓声が響く。外出用車椅子のゴムタイヤが大地を踏む。
「うわ〜! 見てみて、林檎がいっぱいだよー!!」
マイクロバスのスロープを慎重に降りながら、目が農園に釘付けになる子供達。
「今日は凄く良いお天気が続きそうです。皆で林檎を沢山採っちゃいましょうね」
<卜占>で今日の天候を占い、華子=マーヴェリック(
jc0898)は雲の薄い青々とした空を見上げた。
広めの通路の両脇に、枝を低く伸ばした林檎の木々が並んでいる。
「林檎狩りは初めてです〜。楽しみなのですよ〜」
大正浪漫な袴姿の、深森 木葉(
jb1711)がにこにこと周囲を見回した。
「わぁ、真っ赤な林檎がこんなに沢山〜♪‥‥これ全部食べてもいいんですか?」
華子が、農園主であるお婆ちゃんに尋ねる。
「どうぞどうぞ。たあんとおあがりくださいねえ」
「林檎狩り‥‥良いですねぇ。秋は果物の美味しい季節ですし、美味しい林檎、いっぱい食べるのです! ところで、林檎そのものや、調理したケーキとか、どれくらい持ち帰れるのでしょう?」
Rehni Nam(
ja5283)は、「林檎の国」と名付けられた故郷、アップフェルラントを思い出しながら、お婆ちゃんに聞いた。
「そうだねえ、林檎は1人につき、1箱(10kg)までなら、持って帰ってくれて構わないかねえ」
入れ歯が微妙に合わないのか、口をもごもごさせて、ゆっくりと話すお婆ちゃん。
農園の入口には、「あなたの100久遠が明日の誰かの足になります」と書かれた貯金箱が飾ってあった。
「ほう、入園料が福祉に使われるのか‥‥。なら、少しばかり貢献しておくか」
ちゃりん。詠代 涼介(
jb5343)と轟闘吾(jz0016)は、100久遠玉を投入した。
他の者も2人に続いて、ちゃりんちゃりんとお金を入れる。
雫(
ja1894)は、闘吾の妹、車椅子の少女モミジに服の裾を引かれて嘆願され、困惑していた。
(私が作ると、甘味系だけは迷走料理になるんですが‥‥)
そこへ、救いの女神、お菓子部部長のレフニーが輝かしく降臨!
「モミジさん、今日は宜しくお願いしますね。私、協力します!」
「ありがとうございます! よろしくお願いします!」
バスケ少女は体育会系らしく、はきはきとお礼を言った。
そして、兄に聞こえていないか慌てて窺う。
「あ‥‥じゃあ私は、轟さんの時間稼ぎのほうを手伝いますね」
(私が御菓子作りを手伝うと危険ですから、って、‥‥自分で思っておいて何ですが、凹みますね)
雫の言葉に、これまた「お願いします」と頭を下げるモミジ。
軍手と小型の植木鋏、カゴが全員に配られ、行き渡る。
「おいモミジ、何している。行くぞ」
闘吾が妹を呼ぼうとするのを制し、涼介が無骨な肩に手を置いた。
「なあゴウよ。食べ放題と言っても、食べられる量には限界があるし、どうせなら美味い林檎の方が良いよな。そこでだ‥‥こっそり探しに行って、上質な林檎を集めて、妹さんたちを驚かせてみないか?」
「さぷらいず、という奴か? ふむ‥‥だが‥‥」
「大丈夫だ。その間の妹さんたちのことは、他のメンバーがみてくれる」
心配そうに闘吾が見ると、車椅子のチームメンバーと、撃退士のお姉さんたちに囲まれて、モミジは楽しそうに林檎狩りを開始していた。
「通路が平らに整備されていて良いですね。これなら、溝に車輪が嵌ったりする心配はないですね」
雫がこくりと頷いた。
「車椅子の皆さんは、低いところの林檎を主に採ると思います。低めの枝の林檎には、小振りな物が多いようですから、背の高い木がある所を探して行ってみませんか? 採る人が少なければ、良く熟した大振りな林檎があるかも知れませんよ」
(‥‥これで上手くいくでしょうか‥‥? 戦闘での心理の読み合いは慣れていますが、今回の様なケースでは、上手く行く自信がありませんね‥‥)
だが、雫の不安は杞憂に終わった。
雫と涼介に説得され、闘吾は「さぷらいず」に興味を示したのだ。
「‥‥なら、その良質な大物とやらを探しに行くぜ。さぷらいず、だな?」
闘吾は窮屈そうに軍手を嵌めた。3人は順路を外れ、農園の奥へと移動を始める。
「ちょっと向こうで依頼の話をしてくる」
涼介は、モミジたちと、行動を共にしている仲間に手を振った。
(妹は兄に内緒で調理。そして兄は妹に内緒で上等な林檎探し。ま、たまにはこういうのも悪くないだろ)
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「枝が低く下げられてるから、ちっちゃなあたしでも届くかな?」
木葉は軍手をした手を木に伸ばした。わざと枝を下げて成長させた木々。
踏み台は要らなさそうだ。すぐに林檎に手が届く。
「出来るだけ美味しい林檎を採るのです。お持ち帰りはOKみたいですし、お姉ちゃんたちの分も貰っていくのですよ〜。さて、どれが甘くて美味しそうでしょうか?」
「ずっしり重くて、全体が赤くてつやつやしていて、お尻のへこみが大きくて、ツルが太いものを選ぶといいですよ。お婆ちゃんの林檎は袋をかけないで育てるので、甘くて香りがいいんです」
農園主の孫、さやかが指導した。車椅子を上手く操り、ちょんちょんと鋏を使って、林檎をカゴに収穫していく。
「ちなみにお土産ですけれど、10kgの箱に詰めると、何個くらいになります〜?」
「30個ちょっとは入りますよ。緩衝材の分、やや少なめになりますけれど」
「30個ですか〜!」
お姉ちゃん達、喜ぶかな? 木葉は頑張って30個採ることを目標にした。
闘吾たちの姿が遠ざかっていくのを確認して、華子はそっとモミジ達に近づいた。
鋏を振るう手は休めず、林檎を厳選して採りながら、「優勝おめでとう〜! 皆バスケットボール上手なんだね〜♪」と話しかける。
「バスケのどこが好きなんです?」
にこにこと華子が笑顔で尋ねると、バスケ少女たちは口々に「シュートが決まった時!」「うまくロングパスが決まった時!」等と答えた。
「あたしはやっぱり、試合に勝てた時かな? でも、負けると悔しいけど、負けても楽しいな!!」
モミジは熱っぽく語った。
「体を動かすの、すごく気持ちいいよ! お姉ちゃん達はスポーツしないの?」
「えーっと‥‥」
華子は言いよどんだ。
学園を通じて天魔退治をしているので、常時、スポーツより遥かに激しく体を動かしているのは事実だが、闘吾の話では、この子達は天魔に襲われて、足を失った子たちだ。天魔の話をしていいものか非常に迷う。
まして、華子自身、天使と人とのハーフである。知られたら嫌われかねない。
「あ、あと2ヶ月で、新年でしょう? だから、競技かるたの練習をしてます!」
ふと思いついて、口にしてから、華子は(あれ? 競技かるたってスポーツかな?)と悩んだ。
華子は「ちょっと天然だね」と言われることが不思議と多い。
でも、車椅子の子供たちは、尊敬の目で華子を見たようだった。
「すごーい! 競技かるたって、難しそうだし、頭も使うし、お姉ちゃんすごいね!」
「え‥‥い、いや‥‥その‥‥あはは?」
困った笑顔を浮かべる華子を助けるように、木葉がにこにこと、林檎でいっぱいになったカゴを見せた。
「これだけ採れたら、そろそろいいと思うのです〜! モミジちゃんたち、小屋でお料理しましょう〜!」
紫の瞳をきらめかせ、黒髪を秋風になびかせて、木葉は小屋を目指した。
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「モミジちゃんの焼き林檎に、あたしのアップルパイと、林檎飴〜♪」
木葉がデタラメソングを歌いながら、小屋に入っていく。よいしょ、と林檎の詰まったカゴを並べて置く。
「というわけで、あたしはモミジちゃんを手伝いながら、アップルパイと林檎飴を作ってみたいのです!! レシピは書き留めてきたのです。ちゃんとメモに‥‥、メモに‥‥、メモ‥‥‥」
懐や袖をがさごそするが、どこで落としたのだろう。紙の類は出てこない。
「あううぅ‥‥メモがないのです‥‥‥しょぼ〜ん。誰か、作り方知ってますか〜。ご教授を〜」
項付近で綺麗な銀髪を纏めたレフニー・ザ・お菓子部部長が、困っている木葉にやさしく声をかけた。
「アップルパイはまずパイ生地の仕込みから始めますから、時間がかかります。林檎飴はすぐにできそうですね。水:砂糖を1:3〜1:4くらいの割合で中火で煮詰め、150〜165度くらいまで加熱して、軽く煮詰まってきたら火を止めて林檎を絡めて、クッキングシート上で冷ますだけですよ」
「あうううぅぅぅ‥‥有難うございます〜」
はい、と調理用温度計まで手渡される。
半べそだった木葉には、レフニーの笑顔が女神に見えたことだろう。
「アップルパイなら、私たちも手伝えますよ!」
「パイ生地は、畳んで冷やして伸ばして畳んでを、繰り返せばいいんですよね?」
車椅子の子供たちが木葉とレフニーに寄ってくる。
レフニーは子供たちに、なるべく手を冷やして生地を扱うよう指導しながら、作り方を教えた。
ボールに小麦粉と強力粉と塩を入れて混ぜ、スクレイパーで無塩マーガリンを1センチ角に切り入れてから、生地を切るように軽く混ぜる。冷水を少し入れて再び切るように混ぜ、だいたいひとかたまりになったらラップに包み、冷蔵庫のチルド室で15分休ませる。
この間に、林檎1〜2個を剥いて16等分し、フライパンで砂糖で煮て、冷ましておく。
強力粉で打ち粉をしてから、生地をラップの上に乗せ、その上に更にラップをかぶせて、のし棒で押さえるように伸ばし、三つ折りを三回行う。
生地を半分に切り、飾り用の半分はチルド室で再度冷やしておく。残り半分を伸ばしてパイ皿に敷き詰める。
中に林檎を敷き詰めたら、チルド室から残ったパイ生地を出し、短冊に切って網目状に乗せ飾る。
切り口を避けて卵液を刷毛で塗り、200度のオーブンで30〜40分、焼き色を見ながら焼きあげれば、完成である。
「手分けしてやればできるよ! みんな、チームワークで頑張るよー!」
「「ふぁい、おー!」」
体育会系のノリで、エプロンを巻き、三角巾をして、調理に挑む子供たち。
薪オーブンの扱いは、慣れているさやかが担当した。
アップルパイは木葉と少女たちに任せられると判断し、「さて」とレフニーはモミジに向き直った。目線の高さを合わせて話す。
「私の知る焼き林檎は、大雑把に3つの作り方がありますが、今回は、あえて一番手間が掛かる物に挑戦してみましょう」
まずは芯をくりぬきます。穴を開けてしまわずに、林檎の底をちょっとだけ残します。
スプーン等で、掘るような感じでやると良いでしょう。
「或いは細い包丁で、上は太く、底の方は細くなるようにくりぬいてから、底を詰める方法もありますが、どっちでやります?」
「え、あ‥‥じゃあ、スプーンで」
慣れない手つきで林檎をくり抜くモミジ。温かく見守りながら、自分も包丁で器用に林檎をくり抜いていくレフニー。
「ちなみにですが、芯くりぬき器、っていう便利なものもありますよ。でも、芯くりぬき器だと穴が真っ直ぐなので、底が抜ける事があってですね‥‥。そうなると詰め物が流れ出ちゃいますからねぇ。その覚悟で使ってみますか?」
「う‥‥スプーンで、頑張ります!」
モミジは一生懸命、林檎と格闘していた。
「さて、砂糖、クリーム、シナモンパウダーを混ぜたもの、バターを詰めて蓋をします。そして、20〜30分ほどオーブンで焼きます」
頑張ってモミジがくり抜いた林檎に、詰め物を詰めて、蓋をするレフニー。
「ああ、焼く時は、直だったり、アルミに包んだりしますが、ここはお好みです。それと、焼く時に、稀に爆発することがあります。串とかでぷすぷす穴を開けておくと防げるので、手間ですがちょっと穴を開けておきましょう」
ぷすぷす。一緒に林檎に串で穴を開けておく。
「あとは焼き上がりを待つだけですよ」
そう言いながら、時々アップルパイ組の様子も、ちゃんと見ているレフニー・ザ・お菓子部部長。
更に、林檎の炊き込みご飯と、林檎入りのカレーも手際よく作っている。
「皆さんきっと喉が渇くのです。あたしがジュースを作るのです!」
木葉は、芯を取った林檎を、皮ごとミキサーにかけ始めた。
「これなら、あたしでも失敗なく作れるのです! アップルパイを手伝ってくれたお礼なのです〜」
華子は、皆がお料理した後に出る林檎の皮や芯などを使い、煮出した湯で紅茶を淹れて、アップルティーを作ろうと頑張っていた。
「クエン酸とお砂糖のバランスに気を遣って、丁度良い味になりますように‥‥ちゃんと出来てるかな?」
「そろそろ、ヨミシロさんのスマホにメール連絡しますか?」
レフニーは愛用のガラケを取り出した。
試合前のように、モミジの顔に、緊張が走った。
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一方、雫と涼介は、闘吾と共に、スマホで美味い林檎の見分け方を検索しつつ、大きめの林檎を探していた。
「ふむふむ‥‥同じ大きさの物でも、比べてみて重い物の方が良いのか。ツルの部分や、お尻のとこの色も判断材料になる、と‥‥よし、それじゃあ、この農園で一番の林檎を探すか」
「結構高めのところにも幾つか林檎がありますね。太陽光を浴びて、真っ赤に熟れています」
雫も良さそうな林檎に手を伸ばす。背の高い闘吾が採ってくれた。
「お」
涼介のスマホが震える。メールが来たのだ。
「よし、そろそろ俺らも休憩するか。これだけ採れば土産には十分だろう」
「‥‥ああ」
カゴには、大きめの林檎が詰まっている。
闘吾も満足したらしく、妹の喜ぶ姿を想像でもしているのか、早足で小屋へ向かった。
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小屋では、アップルパイ、焼き林檎、林檎飴、カレー、林檎の炊き込みご飯、ジュース、アップルティが配膳されていた。
「はい、チーズ!」
華子が皆と料理をカメラに収める。
「おにいちゃん、いつも有難う!」
モミジが熱々の焼き林檎を闘吾に手渡す。闘吾は旨そうに口に運び、妹の頭を撫でた。
「‥‥さぷらいずだ」
闘吾も林檎のカゴを妹に渡す。
「旨い!」
涼介は炊き込みご飯にカレーをかけて、堪能していた。
「このご飯は、おやつ感覚で頂けるのです。カレーとの相性もいいでしょう」
レフニーの言葉に頷く涼介。アップルパイを味わって、つと思う。
(不便ではあるが不幸ではない、だったか。あの子達を見ているとその言葉を思い出すよ)
「あ、余った林檎の皮とかは‥‥」
「アップルティに使ってしまいました」
雫が尋ねると、申し訳なさそうに華子が答えた。2人とも同じことを考えていたのだ。
雫は友であるレフニーと木葉に、真剣に、林檎を使った御菓子の作り方を尋ねた。
「本気でお願いします。もう、レシピ通りに作って、アレンジも加えて無いのに、SAN値直葬の物体は生み出したくないんです」
2人は、すりおろし林檎寒天の作り方を教え始め――。
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「何故、またこうなるのです‥‥?」
――どろどろした茶色い物体が、雫の鍋を埋め尽くしていた。