●行楽日和!
「よく晴れてよかったねえー!」
市川 聡美(
ja0304)がまず、「並んで並んで〜」と、出発時の集合写真を撮る。おどおどしているアリス・シキ(jz0058)に、友人である鈴代 征治(
ja1305)と面識のあるルカーノ・メイシ(
ja0533)が「リラックス♪」と声をかけ、小柄な彼女を前に押し出す。隣に紅葉 公(
ja2931)が並んだ。
ルーネ(
ja3012)はキジトラ柄の雄子猫、ベルを頭の上に乗せ、ほら〜可愛いでしょ、とアリスの緊張をほぐそうと試みる。桜木 真里(
ja5827)と春日 暖陽(
ja7920)も並び、揃ったところでハイ、チーズ!
「あれ? ひとり足りないような?」
――清清 清(
ja3434)は、直前にお腹を壊して欠席だそうです。
「場所は森林公園です。ちゃーんといい景色のところをチョイスしてますさ!」
得意げなルーネの横で、聡美が蚊遣り豚に蚊取り線香を入れている。
「虫除けスプレーです。使ってくださいね」
征治がアリスにスプレーを手渡した。アリスはきょとんとする。
「森林公園、ですの?‥‥噴火中の活火山とか険しい岩山だとネットでは出てきたのですが‥‥」
どういう検索をしたんですかシキちゃん。
「で‥‥やっぱり、シキはその格好なんだよね」
苦笑するルカーノ。アリスは自身の黒ゴスロリを見下ろした。まあ、ゴスロリと一口にいっても形は様々、一応アリスの格好はまだ動きやすそうだった。靴がハイソールでもハイヒールでも無いのがせめてもの救いである。しかし、この娘、パンプスで活火山に登る気だったのか?
無知ってこわい。
●林道
公園は高台にあり、ちょっとした林道が続いている。聡美はルカーノと2人でガムを皆に配る。荷物は男衆が預かり、その中にはソリまで含まれていた。
「シキさんってスキップできる? いやー、あたしは恥ずかしながら小学校高学年までスキップができずに友達と特訓したことがあってさー」
ガムを噛みつつ、楽しそうにスキップをする聡美。
「え、えーと、こうですの?」
それは、ツーステップです。
「小さい頃行った時以来だけど、やっぱ皆で出かけるのは何時でも楽しいよね」
ルカーノが、周囲への警戒を怠らずに、しかしそんな素振りも見せず、話を振った。
「ピクニックなんていつ以来かな。皆でたくさん楽しもうね」
真里がおっとりと殿を務める。
「あ、百舌鳥! 百舌鳥だよー! ああ、こっちに咲いているの、カタクリじゃない?」
植物図鑑や野鳥図鑑を手に、道中も楽しそうな暖陽。あらかたガムを噛み終わったところで、紙に包んで、ルーネの持参したゴミ袋へ回収する。
どさ、っと音がした。
「きゃあああ!」
いきなり頭上から降ってきたものに驚き、アリスは咄嗟に立ち尽くす。すぐ後ろを歩いていた征治に背中がぶつかる。子猫のベルが毛を逆立ててシャーシャー言っている。
にょろにょろとかなり大きい蛇が、地面を這いずっていた。
「シマヘビだね。毒はないよ、大丈夫」
殿から駆けつけ、真里がその辺の枝を使って、ぽいっと林道脇の茂みに蛇を放りこんだ。
「ありがとうございます‥‥ご、ごめんなさいっ」
思わず征治に背を預ける形になってしまい、アリスは慌てて離れようとして、張り出した木の根に躓きかけた。聡美が危うく支えきる。
「やっぱりパンプスだとこの道は歩きづらいんじゃ‥‥スニーカーとかあったらよかったのにね」
心配する暖陽。
「スニーカーに合う私服を、持っておりませんのー」
「ま、まあ、確かに体操着でピクニックはちょっと‥‥だし、ねえ?」
わかるわかるー。聡美、公、ルーネ、暖陽の女性陣は、うんうん頷いた。
「歩きづらいんなら手を貸しますよ。アリスさん、おんぶとお姫様抱っこのどっちがいいですか?」
毒っ気の無い笑顔で征治が究極の二択を迫る。
「だ、だ、大丈夫ですの! ほ、本当ですのよ!」
真っ赤になって、アリスは出来るだけすたすたと歩き出した。
●森林公園〜お弁当編
ルーネ&公イチオシの一番景色のいいところに、レジャーシートを広げて固定する。
皆で持ち寄った飲食物を広げると、人が入れなくなるくらいに沢山並んだ。
「お弁当が作れない人でも、手作り感を味わえるように、手巻き寿司を用意してきたよ!」
聡美が酢飯と、海苔、野菜スティック、卵焼き、肉のそぼろ、スモークサーモン、アボガドが、それぞれ入ったタッパーを開ける。お弁当箱には、卵焼き、タコさんウインナー、うさぎりんごと定番が並ぶ。ルカーノの弁当箱には甘い卵焼き、唐揚げ、そしてシュウマイが入っていた。
「ふふふ、これは厳選食材入りロシアンシュウマイなんだよ! 9個中1つだけ、めちゃめちゃ美味しいのが混ざっているからね!」
「わー、リクエスト聞いてくれてありがとう、メイシ!」
真里が目を輝かせる。
「Judgement!」
ルカーノはサムズアップで真里に応えた。
「私は、オレンジゼリーとプリンを作ってきました〜」
保冷容器をあけて、公が微笑む。
「‥‥わたくし、大したものは作れなかったのですけれど‥‥」
アリスがおずおずとお重をあける。一口サイズのおにぎり、野菜の煮付け、唐揚げ、肉団子、卵焼き、カットフルーツが一段目に。二段目はサンドイッチ主体に、ローストビーフと自家製ピクルス、そして野菜のマリネが、それぞれ内容器に分けられて味が混ざらないように工夫されて入っている。
「すごっ‥‥」
感心する間もなく、割り箸とお手拭き、紙皿を渡され、いざ、お弁当モードに突入!
「これも食べてねー!」
聡美が焼きそばパン、麦茶、カロリーブロックを出す。全員持ち寄った分を出すと、プラス、チョコレートバー3つ、チョコプレッツェルが3つ、ポテトチップスが3つ、コーラ5本、野菜ジュース3本、おにぎり1人前、お花見弁当3つ、お花見スイーツセット1つ、緑茶2本、カフェオレ2本、紅茶3本、牛乳1本、コーヒー2本、サンドイッチ2人前、麦茶2本、舵天照チョコ1つがレジャーシートを埋め尽くした。これだけでもお腹がいっぱいになりそうである。
「甘〜い、うま〜い♪」
真里がルカーノの卵焼きに頬を緩ませている。
「あ、ツナマヨおにぎりですねっ。これ好きなんですよー」
征治がアリスのおにぎりを幸せそうにぱくぱく食べている。
「デザートまであるなんて豪華ですよねー」
ルーネがもぐもぐしながら、幸せそうな笑みを浮かべた。
「皆さん料理上手ですね! それに皆で食べると楽しいです〜。あ、紅茶飲みますか? 意外と料理にも合いますよ」
「わたくし、紅茶は大好きですの。頂戴しますわ」
公は、アリスとにこにこ、紅茶談義をしている。「この時期だと、そろそろウバ茶かアッサムのセカンド・フラッシュが定番ですね〜」と、話も弾んでいるようだ。
「ところで、気になっていたのですが、足は大丈夫ですか?」
公に指摘されて、アリスが自身の足を見ると、見事に靴擦れを起こしていた。救急箱から絆創膏を出し、貼ってあげる公。
「う、ちょっと危ないかも‥‥」
上空を低い位置で鳶が飛んでいる。真里は警戒した。ルカーノが持って行かれても惜しくない食材を近くの木の枝の高いところに結びつけ、「ん〜、これで問題なし‥‥かな?」と様子を見ている。
逆効果だった。
ここに美味しいものがあると学んだ鳶は、今度は皆のお弁当を狙って滑空してきた。
「私の光で目くらましだよっ!」
暖陽が星の輝きで鳶の視界を奪う。その隙に真里がふらふらした鳶を捕まえ、ちょっと痛い目を見せてから逃がしてあげた。これでもう、当面は食事を邪魔されないだろう。
聡美の手巻き寿司1つとオレンジゼリーだけで満腹してしまったアリスだが、いつしか皆と馴染んでにこにこ話を聞いていた。
(あんまり自分のことは話さないのね‥‥)
聡美はデジカメでパシャパシャと写真を撮りながら、聞き役に回っているアリスを観察した。
「さぁさぁ、激うまシュウマイ食べれるのは誰でしょうか〜!」
ルカーノが一人1つずつ、シュウマイを配る。そして当たったのは――
「俺じゃん!!」
――作った本人だった。
まあ、そんなこともあります。
●森林公園〜めいっぱい遊ぼう!
お腹も満足し、あらかた食べ物も無くなった頃。
「丁度いい斜面もあるし、ソリに乗ってみないかい? 気持ちいいよ!」
そのために担いできた備品の4人用ソリを準備しながら、ルカーノが誘った。アリスは戸惑った。
「やりましょうやりましょう」
征治が背を押す。アリスをソリに乗せ、征治と公と聡美も乗り込む。ルカーノが「それっ!」とソリを押し出した。
「きゃあああ」
青々とした勾配を滑走していくソリ。風が気持ちいい、が、ソリにブレーキはない。
「これでも昔は『ソリ乗りの聡美ちゃん』と呼ばれたもんでね!」
聡美が足でうまいことブレーキをかけ、4人は何とかうまく着地した。
「俺も乗るぞー! 気持ちいぃー、って、あばばばぁぁ〜‥‥!」
ルカーノ、暖陽、真里、ルーネが乗り込んだソリは、途中で見事に転倒した。
あはははは、と皆で笑い合う。
「大丈夫ですか? 怪我はないですか?」
公が心配して声をかける。
「見てみて、すごいよ、この、皆の転んだ時の顔!」
デジカメの画面を皆に見せながら、聡美がくすくす笑っている。
「ええ、今の撮ってたの?――あ」
真里は驚いたが、偶然何かを見つけて、拾い上げた。
ソリを引っ張り戻して勾配を登り、真里はアリスに声をかけた。
「シキに幸せが訪れますように」
四葉のクローバーだった。アリスは驚き、そうっと手に持って、「有難うございます」と礼を言った。
続いて、バトミントン大会が始まった。最初は遊びのつもりでのんびり打っていたのが、次第に白熱していく。風でシャトルが流され、茂みを探し回るのも一興だ。
「撃退士だもの、遊びだって、全力出せば白熱します!」
「よーし、じゃあ気合い入れちゃうよー」
ルーネと真里が打ち合っている。気合を入れると言った割に、フェミニストの真里は、無意識に手加減をしていた。相手がチェンジし、征治(=男性)になった途端、全力シャトルが飛んでくる。それを渾身の力を込めて打ち返す征治。
公と征治の対決は、なんとなくのんびりした雰囲気だった。ひたすら、シャッターを切る聡美。
「一緒にやらない?」
暖陽がアリスを誘う。アリスは、真里に貰ったクローバーを、常に持ち歩いている詩集に挟むと、上品な所作で立ち上がった。
「わたくし、運動は得意ではありませんの。お手柔らかに、お願いいたします」
‥‥眠気を誘うような、お正月の羽根つきですかと突っ込みたくなるような、スロウリーなバトミントンが展開された。
続いてバレーボールを使ってトスをつなげる遊びに移る。
天気もよく、風も爽やかで、汗ばんでも気持ちがいい。
体を動かしたあとに飲むジュースやお茶は格段と美味かった。
「良かったら使ってね」
「有難うございます」
「さんきゅー!」
タオルとうちわを皆に配る真里。皆喜んで受け取り、涼んだ。
レジャーシートに横たわり、空を見つめる公。きょとんとした顔でお行儀よく傍らに座るアリス。
「遊び疲れたらゴロゴロするのもいいですね。緑に囲まれた中でただのんびり時間を過ごすのも、時には必要です〜。シキさん、今日は楽しかったですか? よかったらまたピクニック、しましょうね〜」
「はいっ」
アリスはにこっと笑った。聡美のシャッター音が響いた。
(笑うと印象違うなぁ。優しい感じになるね!)
●お片づけ!
「さて、名残惜しいけれど、ちゃんと後片付けをしないとですね。来る前よりも綺麗にして帰る、っていうのがマナーですもの。ピクニックだろうが登山だろうが旅行だろうが」
ルーネがぽいぽいとゴミを分別しながら、片付けていく。
「帰る前には、ちゃんと後片付けをして‥‥家に帰るまでがピクニック。最初から最後まで、仲良く楽しんで行こうねー♪」
暖陽も手伝い、つられて皆で片付けを始める。レジャーシートをよく払って畳む頃には、お日様が西の空に輝いていた。
夏至まで数日。一年でも日が長い頃合いである。
そのオレンジ色の光の中で、聡美はフラッシュを焚き、木の枝にデジカメを固定して、セルフタイマーで皆の集合写真を撮った。
「何枚か撮るからねー。ハイ、チーズ!」
両手でVサインを作る聡美。さりげなくアリスの横に場所を取る征治。
「依頼って聞くと天魔と戦ったりっていうのを想像しちゃうけど、こういうのもあるんだなぁ。シキさんは素敵な依頼をありがとうございます♪」
最後に、暖陽がアリスにぺこりと頭を下げた。
皆、名残惜しそうに、ピクニック跡を振り返りながら、帰路についた。
「‥‥」
征治は、黙ってしまったアリスの表情から察する。
「アリスさん、足が痛むのでしょう? おんぶとお姫様抱っこのどっちがいいですか?」
毒っ気の無い笑顔で、再び究極の二択を迫った。
●解散
「じゃあね! 写真のデータ送ってね!」
「おっけー!」
林道を下り、皆、自分たちの寮に戻っていく。備品を借りた人達は返却手続きのために校舎へと向かった。
「またいつか、ピクニックしましょうね!」
互いに手を振り合い、「また明日ー!」と声が飛び交う。
アリスは、疲れと靴擦れで、ほぼ無抵抗に征治にお姫様抱っこをされていた。
「も、もう大丈夫なんですの、本当ですのよ」
「送っていきますよ」
(それにしても軽いなあ)
征治はすたすたと歩いていき、遊歩道のベンチにアリスを下ろした。その横に座る。
2人の顔が赤らんで見えるのは、夕日の空気の所為だろうか。
「ちょっと、いいですか」
征治は堰を切ったように語りだした。感情が昂って、思いを全部ぶちまけてしまいそうだった。
僕は、変わってやろう、と思ってこの学園に来たんです。そして、怖がりで寂しそうな子を見つけました。その子を明るいところに連れて行きたかったんです。誰かを変えることが出来たなら、僕も変われたと言えそうな気がしたから‥‥その時は僕は、その子の隣にいたいんです。
文化祭で不思議な娘に出会って、最初に握手をしてくれた時にはドキドキしました。
ケーキや僕の好物の苺大福を作ってきてくれたし、部にも来てくれたし。
お花見で和服姿に心を奪われて‥‥転びそうになったアリスさんに一瞬肩が触れた時、もう、ダメだと思いました。
もっと笑顔が見たいと思いました。
こんな、今は何もない僕だけど、‥‥それでもアリスさんが好きです。
アリスさんがいいんです。アリスさんじゃなければ、ダメなんです。
これからは僕が守ります。だから、一緒に、歩いていきませんか?
言った。言ってしまった、全て。
征治は「‥‥へ、返事は今じゃなくても」と慌てて付け加え、手足をガクガクと震わせていた。
そっと小さな手が、触れた。
「はい」
その一言で十分だった。征治は思わず、アリスの細い体を抱きしめていた。