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マスター:神子月弓
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
参加人数:5人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2015/10/07


みんなの思い出



オープニング




 遅くなりましたが、残暑お見舞い申し上げます。

 学園を離れてから、かなり経ちました。
 確か、学園では、そろそろ入学式でしょうか。
 以前通っていた学校と違って、そちらは秋だったような気がしています。

 わたしは元気です。介護のお勉強は、とても楽しいです。
 お年寄りの昔話を聴いたり、一緒に風船バレーをしたりします。
 車椅子でお庭に出ることもあります。
 お食事の補助にも慣れました。

 理事長である二階堂さんの、おばあさまが、施設を離れました。
 そろそろ寿命なのだそうです。
 そういう方は病院の隣にある神殿で、最後のケアを受けます。

 書き忘れましたが、この地区では鎮和教(ちんわきょう)という
 新しい宗教みたいなもの(かなあ?)が、広まっています。
 誰が言い出したわけでもなく、教祖さまもいないんですけれど、
 なんとなく、心が穏やかになれるので、わたしは好きです。
 お布施みたいなものも、本当に無いんです。
 その鎮和教には、教典とか戒律とかすらないんですが、神殿だけあります。
 天に召される直前に、神殿でお清めというか、最後のケアを受けると、
 静かな心で天国に旅立てるそうです。

 二階堂さんのおばあさまも、神殿に行きました。
 神殿に行ったら、お葬式なども一切せず、ケアを受けながら、
 ただ穏やかに天国に召されるのを待つそうです。

 人によっては、神殿入りが決まると、生前葬をなさるかたもいるそうです。
 とうちゃんがそう言っていました。

 この地区は、争いごとも特になくて、すごく皆さん優しいです。
 わたしは、ここに来て、良かったと思います。
 今、すごく幸せです。

  絵羽(えわ)





 二階堂辰巳(にかいどう・たつみ)は、都会の郵便局に向かっていた。
「原磯の位置が知られてしまうと、評判を聞いた生活苦の人が押し寄せますからね。慎重に隠しておかないと」

 面倒をみられる範囲では、苦しんでいる人を助けたい。
 でも、辰巳は、相当な金持ちで地主の御曹司ではあるが、その資産は勿論、有限である。
 様々な勉強をして、お金のやりくりをしているが、原磯地区で保護できる人数にも、限界がある。

「私は神にはなれませんから。せめて、手の届く範囲で、助けられる人を助けたいです」
 善良を絵に描いたような青年は、薄くなってきて気にしている前髪のあたりを、習慣的に掻いた。


 彼のそばに佇んでいるのは、どんよりと濁った瞳が印象的な、赤い着物の女使徒、グウェンダリン(jz0338)。
 そして、上り電車からの車窓風景を、珍しそうに観察している白衣の天使、双貌のドォル(jz0337)だ。

「そう言えば今日は、お月見を兼ねたお祭りが神奈川県某所でありますね。花火もあがるそうですよ。行ってみますか?」
「花火ってなんだい?」

 興味をひかれたように、ドォルが尋ねる。

「火薬を平和利用した、夜空の芸術です。ドォルさんは芸術に興味がおありでしょうから、お気に召すと思いますが」
「ふうん。きみがそう言うなら、よっぽど綺麗なんだろうね?」

 こうして3人は神奈川県某所へと立ち寄ることにした。


● 


 目の前で花火が打ち上がり、腹にまで響く破裂音が、どおんと空気を震わせる。

「これは、信号弾ではないのですか?」

 グウェンダリンが、己のマスターであるドォルを護るように、前に出る。
 ひゅうと空へ舞い上がる花火の音を聞いては、「本当に危険はないのですか?」と何度も辰巳に確認する。

「まあ、花火の破片が飛ぶとか、火の粉が飛び火するとか、そういう危険は稀にありますけれど」
 苦笑しつつ、辰巳は素直に答える。
「基本的に、観客が入れるのは、安全圏と決まっていますから、立ち入り禁止区域に入らない限り、大丈夫ですよ」

「音だけ聞くと、砲撃されているように感じます」
 グウェンダリンは落ち着かないようだった。

 ドォルはというと、夜空を彩る花火の数々に、目を奪われていた。
「やあ、噂通り、綺麗だね。こういう美しいものは、ぼくは好きだなあ」

「ちょっと飲み物を買ってきますね」
 辰巳がテキヤに向かった。ドォルは上空を見上げて花火に見入っている。グウェンダリンも天使のそばについていた。


 そして、辰巳は戻ってこなかった。
 黒い影が、金持ちそうな彼をつけ狙って尾行していた。





 テキヤで「えっ、露店ではカードが使えないんですか」と辰巳が驚いた。
 金持ちに育ったがゆえに、辰巳には、庶民感覚の一部が欠如していた。

「現金で200円ですか‥‥ちょっと待ってくださいね」
 尻のポケットに入れていたはずの、分厚い革財布を探る。

 無い。

 思い起こしてみれば、先ほど、花火の人ごみの中で、不自然にどんとぶつかって来た者がいた。

 空には、中秋の名月が輝き、月明かりはそこそこ。
 オレンジ色の祭り提灯も、あちこちにぶら下がっている。

 それでも、足元など、影になっている部分は真っ暗だ。
 まして、暗い人ごみの中では、どんな風体の者が財布を抜き取っていったのか、分からなかった。

 辰巳はテキヤの店主に謝り、オーダーを取り消して、財布が消えたことを訴えた。

「んー、それなら交番が近くにあるから、そこで言ってくれ。俺に言われても何も出来ねえや」
 テキヤの店主は、水を張った冷却装置に、辰巳が買おうとした缶ジュースを戻した。


 教えられた交番に向かった辰巳だったが、たどり着く寸前に、誰かに後頭部を殴られて昏倒した。
 ずるずると黒い車に運び込まれる。

「あの財布の持ち主はこいつで間違いないか?」
 帽子にマスクの男が確認する。似た風体の男が、財布にしまいこまれていた運転免許証の写真と、気絶中の本人を見比べた。

「間違いない。『極楽園』の理事長だ。見ろ、超高級ブランド財布の中には、札束がいっぱいだぜ。カードもある」
 この金持ちめ。NPO法人などと騙って、利用者を食い物にしているに違いない。

 さて、どれほどの身代金がもらえるだろうか。
 見ただけでも高級なスーツに腕時計、靴、ベルト、そして財布。
 こんな格好でふらっと出歩けるのだから、相当な金持ちなのは間違いない。

「10億はいけるだろうさ」

 しかし、誘拐犯たちは気づいた。『極楽園』の連絡先に電話をすると、辰巳の懐のスマホが鳴ったのだ。
 他に『極楽園』の住所や連絡先を示すものは何も無い。

 辰巳の荷物を荒探しするが、差出人住所のない、未投函の郵便物ばかりだ。

「仕方ねえ」
 誘拐犯たちが偶然手にとったのは、久遠ヶ原学園宛に絵羽が書いた封書だった。
「ここに連絡してみようぜ。理事長と繋がっているなら、案外ガッポリ奪えるかもしれねぇ‥‥」


 誘拐犯たちは、暗がりの中、学園の名前を読み違えていた。
 相手が普通の学校法人だと思ったのだ。

 この時、欲に眩んだ誘拐犯たちの脳裏には、撃退士という存在だけは敵に回してはいけない、という危機感が消失していた。
 ゆえに彼らは、辰巳のスマホを使って、学園に脅迫電話をかけた。





「‥‥随分遅くないかい?」

 花火がフィナーレを迎えて終了し、見物客の洪水が駅に向かって流れていく。
 テキヤが店を畳みだし、提灯の明かりがぽつぽつと消えていく。

 ドォルの問いに「はい」と答えるグウェンダリン。

「何かあったのかな‥‥彼がいないと、色々とこちらも不都合なんだよね」

 探しに行こう。白衣の天使はそう言って辰巳の足取りを追った。グウェンダリンも頷き、マスターに続いた。


リプレイ本文




 斡旋所へ転送された電話に、ボイスチェンジャーで機械的に声を変えた通話が続く。
『身代金は10億だ』

「‥‥わかりましたわ」
 斡旋所バイト、アリス・シキ(jz0058)が集まった皆の反応を見て、了承する。

『えっ、まじ?』
 10億という金額がすんなり通るとは思わなかったのだろう。
 逆に誘拐犯が慌てた様子だった。

『コ、コホン。よし、身代金を持って、某市街の夜景が有名な、峠道カーブに来い。反射板たすきをかけた男に金を渡してすぐに去れ。くれぐれもおかしな真似はするなよ』





 イリス・レイバルド(jb0442)は、浴衣姿の川澄文歌(jb7507)とともに、花火大会会場に来ていた。

 花火は終わり、人波は駅へ向かう。逆行する方向へ、白衣の天使、双貌のドォル(jz0337)とその使徒グウェンダリン(jz0338)が、満月に照らされた空を飛んでいく。行く手には里山がある。

「ドォルさんじゃないですか? こんなとこでどうしたんです?」
「やほやっほ〜お二人さん、こんなとこで会うとはご機嫌麗しゅう」

 イリスと文歌は、ドォル達を呼び止めた。

「花火見に来たんだよね? どうですかな空の芸術ー」
「ああ、うん、なかなか面白かったけれどね」

 ドォルは猛禽類に似た翼を羽ばたかせると、体を2人に向けた。
 忠実な使徒に、先に行くよう合図を送る。

「あ、グウェンダリンちゃん、これあげる! 綿アメですよ〜、金平糖の親戚と思いねえ」
 注意を引こうと、イリスは子供向きのキャラクターが描かれた袋を振り回す。
 グウェンダリンは綿菓子には目もくれずに、里山方向へと消えていった。

(あー、行っちゃった‥‥でもま、主人不在ならグウェンダリンちゃんの誘導は可能だっよね)

 イリスは引き続き、使徒の主人を引き止めにかかる。

「ねえこれ見てよ、花火! ケータイのムービーで撮ったんだけっど、マジ綺麗に撮れてると思わない? それとも記録媒体より、リアル派?」

「うーん、ムービーだと迫力に欠けるね。花火は大きさや音まで楽しむものだと、ぼくは思うよ」
 
「私も、アウルの平和利用で花火を作り出せるんですよ」
 文歌が<ファイアワークス>を上空めがけて放つ。
「どうです? 花火っぽいでしょ?」

 ドォルは喜んで手を叩き、文歌に注文した。

「流石流石。じゃあさ、あの、半円ずつ色がぐるぐる変わって、最後に菊みたいにぱあっと開いて、その後先端がきらきらって点滅して消えるの、やってよ! あれが一番気に入ったんだ」
「そ、そこまで凝ったものは‥‥うぅーん、あ、そうです!」

 突然大声を上げる文歌。

「ドォルさんが阿波踊りの事でご不満だったみたいなので、阿波踊りを学んできたんですよ! 見て下さい」
 <ダンス>スキルも使い、その場で艶っぽく上品に踊り始める文歌。


『お姉ちゃんとはぐれちゃった。知り合いと一緒にもう少し会場捜してみるね』
 イリスは、文歌がドォルの気を引いている間に、事前に決めた暗号文を、携帯で連絡した。
 内容は、使徒を逃したことと、天使とは現在同行している、という意味だ。





 イリスからの携帯を受けたミハイル・エッカート(jb0544)は、ジェラルミンケースのようなカバンを持ち、ダークスーツにワインレッドのネクタイ、サングラス(に見せかけたナイトビジョン)という出で立ちで、転移場所から山頂方面へ、峠道をたどっていた。

 峠道には街灯がない。時折、すごい速度で峠攻めか、もしくは山越えの車が走ってくる。
 ミハイルには、狗猫 魅依(jb6919)、津島 治(jc1270)が同行している。早足で進む3人は、夜の峠道では奇異に見えたことだろう。

「夜景が有名なカーブというと、もう少し上か。犯人が反射板をかけてくれているとは、捕まえてくれと言わんばかりだな」

「何か仕組まれているのかも知れません。慎重に行きましょう」
 魅依の別人格である仙狸が、ぴりぴりと警戒している。
「とりあえずでも、辰巳様が無事ならいいのですが‥‥」

 少し進むと、ゴーグル(ナイトビジョン)をつけた治が、何か大きな生物が飛来し、道より上方の林の中に消えるのを見た。
 さほど時間差なく、ミハイルが、反射板たすきをつけた男を遠目に発見する。

 仙狸は<ハイドアンドシーク>で、治は<明鏡止水>で【潜行】した。
((‥‥!?))

「約束どおり警察には通報していない。辰巳は無事なのか? どこにいるんだ?」
 ミハイルが反射板たすきの男に近づき、声をかける。

 そこにいたのは、反射板たすきをつけた、スーツの男。
 紐で口をくくられており、まともな発声はできなさそうだ。
 両手首にはガムテープが巻かれ、帽子と伊達メガネが付けられている。

 現金の受け渡しに現れたのは、辰巳だったのだ。
 しかし、ミハイルは、辰巳と面識がない。

 辰巳はカバンを受け取り、紐で縛られて不自由な口を精一杯動かして、嗄れたかすれ声で「行っれくらはい」とだけ、返した。

「お前、まさか‥‥辰巳なのか?」
 ミハイルが男の様子がおかしいと気づいた瞬間、1発の銃声がして、バサバサと上方の林の中から鳥たちが飛び立った。





「二階堂さんを何処へ隠しましたか」
 グウェンダリンは、林に潜んでいた男の猟銃を掴み、まだ熱い銃身を空へ向けて固定していた。
 辰巳のスマホは、間違いなくこの男が所有している。

「な、何だお前は‥‥!」
「嫌でも案内していただきます」

 グウェンダリンはそう言うと、猟銃の銃身をくいと捻り曲げ、使用不能にした。
 ひい、と男が腰を抜かす。

「お、俺も知らん!!」
「では文明の利器に頼ってください。仲間と連絡が取れるのでしょう?」

 淡々と男を追い詰めるグウェンダリン。男は辰巳のスマホとは別の携帯を取り出し、仲間に連絡した。

「は、廃工場跡地だ。そこに車を停めたと‥‥」
「本当ですね? 嘘では困ります。あなたも一緒に来てください」

 グウェンダリンは男を容易く抱え上げ、再び空へと舞い上がった。





 <夜の番人>を発動した仙狸、ナイトビジョンで闇を見通せるミハイルと治は、女性の影が誰かを林の中から空中へ連れ去るのを目撃した。

 反射板たすきの男は、「嘘らろ‥‥」と膝から崩れ落ちる。
 ガチャリと音を立てて、隠し持っていたらしいハンドガンが落ちる。
 続いて帽子が落ち、ふさふさの前髪が現れた。
 本物の辰巳は、前髪がだいぶ薄くなっていたはずだ。

「あははは」
 思わず治が笑いだした。
「如何やら、僕等は偽者を掴まされた様だね。エッカートくん、この男は二階堂くんでは無いよ。犯人の一人だろう。人質役とは、見事に裏をかかれたね」

「どうします? 当初の予定通り、眠らせて置きますか?」
 仙狸がミハイルに尋ねる。

 ミハイルは、「面倒だしそうするか」と<スリープミスト>をかけ、眠った人質役を更に拘束して、スーツのポケットから携帯を抜き取り、当人を治に託した。

「麓の交番へ運べば良いかな。用事が済み次第、直ぐに合流するとも」
 治は<陰影の翼>で人質役を抱え上げ、空へ舞い上がった。

「手錠は返却するからな、忘れずに外して持って帰れよ」
 ミハイルは治を見送った。

 そして、人質役の置いていった携帯のデータを見る。
 発信履歴と着信履歴を見て、一番最近使ったものに電話をかける。

 出ない。
 待機音が、鳴り続ける。

 焦りが募り始めたところで、ミハイルのスマホが鳴った。斡旋所からの電話だ。
『その峠道を進みますと、廃工場跡地がございますの。二階堂さんのスマホは現在、その付近にございますわ』
 アリスからの連絡だった。


 ミハイルと仙狸は、全力で峠道を駆け上った。





「‥‥で?」

 文歌の阿波踊りを鑑賞し終え、ドォルは2人にゆっくりと尋ねた。

「きみ達は、二階堂くんを拐かして、ぼくをここに引き止めて、一体何をする気なんだい?」

 縦型ハーフマスクで覆われたドォルの顔。露出した半分は、全く笑っていない。

「返答次第では、きみ達撃退士諸君を、今後、敵対者とみなすことにするけど、どうなんだい?」


「あれ、代表さんとはぐれたんだ? それで見かけないんだね、ボクも代表さん探すの手伝うよ」
 イリスはわざとらしくならないよう気をつけながら、慎重に答えた。

「でも代表さんって護衛いたよね?‥‥いや、グウェンダリンちゃんが護衛だったらありえるかー。あの子実力はあってもどっか抜けてるし、うん、ドォルくんがいるならそっちの護衛優先するよねー。代表さんは真面目に、人間の護衛を常に連れ歩くべきだと思うんだけど、どっかな?」


「‥‥ぼくの問いを無視しないで欲しいね。人を殺すのは好きじゃないし、グウェンダリンにそうオーダーするのも嫌だけど、二階堂くんに何かあったら、ぼくは一切容赦しないつもりだよ?」

 すると、文歌が慌てて声を上げた。

「あの、実は‥‥」
 文歌は、辰巳が悪い人間に誘拐されてしまい、撃退士の仲間が救出に向かっていると話した。

「今の話が嘘じゃないという保証は可能かい?」
「はい」

 力強く文歌は頷く。イリスは「わわ、話しちゃって大丈夫っ?」と慌てていた。

「うん、じゃあ一旦信じよう。もし嘘だったら、ぼくは怒るからね。その後、グウェンダリンに何を命じるか、わからないなあ」

「本当ですから、構わないです」
 ドォルに対して、文歌はもう一度頷いてみせた。


 ドォルはイリスに「きみは飛べるかい?」と確認し、文歌を抱き上げて空へ飛び上がった。
 真っ直ぐに廃工場跡地へ向かう。





 廃工場跡地では、グウェンダリンが、辰巳を拘束していたガムテープを丁寧にはがしていた。
 見事に骨組みしか残っていない、軽自動車の残骸が月明かりに浮かび上がっている。

 誘拐犯の2人は、ミハイルの<スリープミスト>によって眠らされ、拘束されていた。
「いい夢見られるのは今のうちだ。久遠ヶ原と聞いて、普通の学校だと思うほうがどうかしてるぜ」
 ミハイルは、ぼそりと呟いていた。

 天使とイリスと文歌が到着する少し前に、治も合流していた。
「いやはや、随分と派手に暴れたものだね」
 治は苦笑する。
「やあ、グウェンダリンくん。ご機嫌は如何かな? おっと、話している内に主殿もご登場だね」

 ミハイルはやれやれと額を拭った。
「彼女が車を破壊しているうちに、犯人2人を拘束出来たが、‥‥ここで天使のお出ましか」


「どうやら、ぼくは歓迎されていないようだね」
 抱えていた文歌を慎重に地面に下ろし、ドォルは辰巳に向かった。
「二階堂くん、大丈夫かい? 怪我をさせられたりはしていないかい?」

「ええ。グウェンダリンさんが来てくれましたし、ここにいる皆さんも私を助けてくださいました」

 辰巳は撃退士の皆を庇うように、前に出た。
 ミハイルから、「心配をかけたくない」という理由で、ドォルに誘拐事件のことは言わないように頼まれてはいたが、「そちらのほうが余計に心配をかけます」と丁重に断っていた。
 
「一度は、時計やお財布なども奪われましたが、撃退士の皆さんが取り返してくださいましたし、『極楽園』の皆さんから預かった郵便物も無事ですよ」

 辰巳はすっかりガムテープが取れると、べたつく肌をこすりながら、撃退士の皆1人1人の顔を見つめて、「本当に有難うございました」と頭を下げた。

 そしてじっと、深い眠りに落ちている犯人2人を見つめる。
「この方々も、お金に困っていらっしゃるのなら、『極楽園』に引き取れれば良いのですが‥‥」

「辰巳様が望むなら止めることはしませんが、一応、犯罪者として裁かれるべきとは思います」
 仙狸がゆっくりと言葉を紡いだ。


「きみの話は事実だった。疑ったことを詫びるよ。二階堂くんを助けてくれて有難う」
 ドォルは文歌にまず謝り、続いて学園の撃退士たちにも礼を言った。
「でも、ならどうして、ぼくをわざわざ引き止めるような真似をしたんだい?」

「過去の報告書を幾つか見せてもらった。サーバントで人を弄ぶのは感心しないな。正直今回も、犯人の命が危ないと感じたのでね。人間に嫌われて当然のことをしている自覚はあるのか?」

 ミハイルの言葉に、考え込むドォルと、「ドォルさんはそんなことしませんよ」と庇う辰巳。

「いや、二階堂くんは知らないだけだよ。確かにぼくは、人というものを知りたくて、原磯から遠い地区限定だけど、色々と実験をさせてもらっている。それが人間にとって迷惑とは、あんまり思わなかったんだ。本当だよ」

 ドォルは辰巳を止めて素直に認めた。

「これからも、余程のことがない限り、人間を殺めることはしないつもりだよ。だけど、好奇心を殺せって言われても、承服はできないなあ。きみ達は、ぼくにどうしろっていうんだい? 学園に与する、以外の答えを求めるよ」

 途方に暮れた様子のドォルに、問い返された。





「結局、グウェンダリンに全部持って行かれましたね。わたし達の読みが甘かったのでしょうか」
 帰り道、仙狸は反省するかのように呟いた。

「んー、綿アメじゃ、グウェンダリンちゃんの関心は引けなかったかあ。やっぱり金平糖だっね」
 イリスがうむむと腕を組む。
 グウェンが金平糖を気に入った最初の理由は、綺麗だったからだ。
 そういう意味では綿アメは好みに合致しなかったのだろう。

「私も、グウェンダリンさんを引き止めることに関しては、ノープランでした‥‥」
 文歌がしゅんと沈んでいた。
「ドォルさんが止まれば止まると思いこんでいました。既にドォルさん達の間で二階堂さんを探す話は出ていたんですね‥‥」

「まあ、犯人はばらけてくると想定されていたから、取引役、見張り役、運転手役と考えはしたんだが‥‥取引役が、人質に変装してくるとは、俺も予想外だった」
 ミハイルも考え込む。
「考えてみれば、山中の峠道に、軽自動車を停めておける場所なんて限られている。二手に分かれて空から捜索していたら、先に廃工場跡地と車を見つけられたかもしれんな」

「然う云う意味では、僕も甘かったかな。もう少し気をつけて見回れば良かったね」
 治が茶色のシルクハットに、手を添える。
「嗚呼、然う云えば、此れを渡されたよ。二階堂くんからね。イリスくん宛で良かっただろうか?」

 一通の封書をイリスに手渡す治。

 差出人不明の、羽模様のシールで封かんされている封書を、訝しげに開き、徐々に涙目になるイリス。
「絵羽ちゃん、元気でやっているんだあ‥‥!」

「おお、そうか。それは良い報せだ。父親も息災か?」
「そうみたいだっよ! 幸せに暮らしているって!」
「まあ、その手紙が真実なら、だな」

 辰巳や彼の手の者が、改竄しているとは考え難いが、まだあの天使勢に気を許したわけではない。
 喜ぶイリスに、ミハイルはチクリと釘を刺した。


依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: −
重体: −
面白かった!:3人

ハイテンション小動物・
イリス・レイバルド(jb0442)

大学部2年104組 女 ディバインナイト
Eternal Wing・
ミハイル・エッカート(jb0544)

卒業 男 インフィルトレイター
諸刃の邪槍使い・
狗猫 魅依(jb6919)

中等部2年9組 女 ナイトウォーカー
外交官ママドル・
水無瀬 文歌(jb7507)

卒業 女 陰陽師
死の円舞曲を僕と共に・
津島 治(jc1270)

卒業 男 陰陽師