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転移してきた撃退士たちを見つけ、轟闘吾(jz0016)は、暴走するゲンヤじいさんに注意を払いつつ、慎重に皆を呼び寄せた。言葉少なく、今回の計画を問う。
「で‥‥どんな段取りだ?」
雫(
ja1894)が、言葉少なく答えた。
「私はまず<ダークハンド>や<忍法「髪芝居」>を使用して動きを止めます。ゲンヤさんからの攻撃を躱しながら、持っている武器を破壊し、話しかけて落ち着かせるつもりです」
「‥‥うぅん‥‥武器破壊は、御爺さんの安全面を考えますとぉ、リスキーなのですよねぇ‥‥」
月乃宮 恋音(
jb1221)も、自分の考えを述べる。
「‥‥まず、御爺さんの行動を観察しましてですねぇ‥‥ある程度疲弊するのを待つのが、いいと思うのですよぉ‥‥。その後、出来る限り死角に入るように移動しましてぇ‥‥<忍法「髪芝居」>で動きを止めようかとぉ‥‥うぅん‥‥最後の手段としてはぁ、気絶させることも必要かもですねぇ‥‥」
「なるほど、ゲンちゃんの疲弊を待つ作戦もありか」
詠代 涼介(
jb5343)は、淡々と語った。
「俺はゲンちゃんを取り押さえて、話しかけて鎮められないか試すつもりだったんだが‥‥それにしても、想定外の事態になったもんだな」
「藍那さんと田崎さんは、囮になってくれるそうだよ」
黄昏ひりょ(
jb3452)はそう言って、藍那湊(
jc0170)と田崎和哉(
jc1761)の背中を押した。
「俺はこの2人を<韋駄天>でフォローするつもりだ。そしてゲンヤさんの消耗を狙うよ」
「うん。俺は、和哉くんと自分に<風の烙印>を使って、ゲンヤさんを挟むように立ち回るよ。和哉くんと2人で囮になって、ゲンヤさんを徐々に天魔の死体から遠ざけようと思ってる」
おっとりと湊が頷いた。
「俺は<無音歩行>で、じいさんの背後から釘バットを奪いとる作戦だ。成否はさておき、これでじいさんの注意は俺に向くだろう。あとは素早さを活かして、じいさんの気をそらさないような距離で逃げ続けるつもりさ」
今回が初任務の和哉が、先輩たちの助言に従って<無音歩行>を活性化させる。
「‥‥なるほど。まとめると‥‥囮で消耗させ、スキルで動きを止め、その後説得、か‥‥。俺は何をしたらいい‥‥?」
迷う闘吾の肩に手をかけ、涼介が「お前はゴウちゃんでいい」と答えた。
意味がわからないという顔をする闘吾に、畳み掛ける。
「轟は、ゲンちゃんの友人、ゴウちゃんの生まれ変わりだ。今は、そういうことだ。ま、俺たちが爺さんの友人の生まれ変わりなんて絶対にない、ということは誰にも証明できないんだ。こうやって関わるようになったのも、実は前世の因縁かもしれないぞ?」
尤もらしく言い、闘吾が承諾すると、「‥‥なんてな」とこっそり心の中で涼介は付け足した。
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「よし、<韋駄天>をかけるよ」
薄く青いオーラを全身にまとわせ、ひりょは、湊と和哉を範囲内に誘導し、スキルを使用した。
「<風の烙印>をまず和哉くんに」
瞳が金に変色し、頭上に茨状の金の輪を浮かせた湊が、和哉にスキルをかける。続く5秒で自分にも。
「俺は<無音歩行>を使えばいいんだな?」
和哉の言葉に頷くひりょ。
「1つアクティヴスキルを使うのに5秒かかるから、気をつけて」
初陣の和哉を、ひりょは精一杯フォローする。
「海の家ゲンヤ」が見える位置まで移動し、いよいよ作戦開始である。
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和哉はさらさらとした砂浜を、音もなく歩いていく。
目標は、まだミニ天魔の死体をめった打ちにしているゲンヤじいさんだ。
じいさんの背後から手を伸ばし、釘バットをつかもうとする。
しかし。
「てえいい!!!」
破壊衝動にとりつかれているゲンヤじいさんは、釘バットに異常を感じた瞬間、和哉を投げ飛ばしていた。
咄嗟に体をひねり、浜に見事に着地する和哉。撃退士のアスリート能力が無ければ、無様に浜に転がっていただろう。
「あっぶねえ」
和哉は額をぬぐった。戦前世代を舐めてはいけない。まして、アウルに覚醒した今では。
だが、釘バットは奪い取れなかったものの、注意を自分に向けることはできた。
「じいさんこっちだ!」
「ぬおおおおおお!!!!」
和哉とゲンヤじいさんの鬼ごっこが始まる。
そこへ参戦するのは、囮その2である、湊だ。すっと横から現れて、釘バットを奪いにかかる。
ゲンヤじいさんは、戦前教育で鍛えた小ワザを使い、湊を躱す。
「きええええええ!!」
最早、奇声しかあげられなくなっているゲンヤじいさん。
(‥‥うぅん‥‥御爺さん自身が「わしゃあ、どうしちまったんじゃ」と言っている事からぁ‥‥御爺さんは「自分が制御できない状態になっていた事」は理解しているか‥‥話せばその事を理解できる状況と‥‥想定したのですがぁ‥‥うぅん‥‥今は難しいでしょうかぁ‥‥?)
恋音はじっくりとゲンヤじいさんを観察して、現段階で説得が可能なのか、逡巡していた。
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「ゲンヤさーん、こっちだよー」
歩きにくい波打ち際に誘導する湊。猛り狂うゲンヤじいさん。
(この辺でいいかな)
<蜃気楼>で姿を隠し、湊は「あっ、海の家が危ない!」と叫んだ。
そう、一時的に注意を逸らして、ゲンヤじいさんを転ばせる作戦に出たのだ。
(転びそうになったら、受身を取るためにバットを一旦手放すはず‥‥!)
しかし、大暴走中のゲンヤじいさんには、「海の家」という単語すら届かなかった。
湊を見失ったじいさんは、和哉に襲いかかる。
「おいおいじいさん、年寄りの冷や水だろ。その辺にしとけよ」
振り上げられた釘バットをつかみ、ゲンヤじいさんの手から離そうと力を込める和哉。
ひりょが和哉をサポートするため隣接し、<防壁陣>を使用する。
(アウルの暴走‥‥ここまで凄いのか)
ひりょは声に出さずに呟いた。
(俺が力を暴走させた幼き日、あの時は、味方なんて誰もいなかった。ただただ、感情のままに力を暴走させて‥‥悲劇を起こしてしまった。ゲンヤさんには、そんな血塗られた思いはさせない、させたくない!)
波打ち際は足元が不安定だ。
ある意味、コツを身につけている海の男、ゲンヤじいさんより、撃退士のほうが不利だった。
和哉の主武器であるメタルレガースは、脚に装着するもの。
釘バットに対して受け防御を試みるには、海水に洗われるやわらかな砂の上で片足立ちして、バランスを取らなくてはならない。
ガッ!!
和哉のメタルレガースが、釘バットを受け止める!
勢いに、思わずバランスを大きく崩す和哉。
<蜃気楼>で姿を隠したままの湊が、和哉の倒れそうな方向に移動し、受けとめる。
「助かったぜ」
「いえいえ」
軽い受け答えの後、悔しそうに和哉はゲンヤじいさんの釘バットを見つめた。
「受ける勢いではじき飛ばせれば、まだ良かったんだがなあ‥‥」
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波打ち際でゴタゴタしている間に、ミニ天魔の死体は、処理班によって手早く運ばれていった。
今のゲンヤじいさんには、囮役の和哉と、そのサポートをするひりょしか見えていない。
(湊は<蜃気楼>で姿を隠しているため)
奇声を発し、釘バットを振り回しながら、めちゃくちゃに暴れまわっている。
「危ないですから、一般のかたは近づかないでください」
雫はバイトを遠ざけ、ゲンヤじいさんを見つめた。
「落ち着いて下さい。もう、貴方や海の家を荒そうとする者は排除されましたから。貴方は大切な物を護りきったんです‥‥だから、心を落ち着けて力に流されないで下さい」
ゆったりとした口調を心がけて話しかける。しかし、ゲンヤじいさんの様子は変わらない。
「‥‥潮時ですね」
射程範囲まで近づき、雫は<忍法「髪芝居」>を使用した。
たちまち、ゲンヤじいさんが動けなくなる。
「この紺色のオーラの溢れ方でわかります。ゲンヤさんはもう十分疲弊しています‥‥相手がご老体で無ければ、力ずくで鎮圧するのですが‥‥」
「‥‥ですねぇ‥‥うぅん‥‥このままアウルを放出し続けて、アウルが尽きたりしたら‥‥下手をしますと、命にも関わりますねぇ‥‥うぅん‥‥」
恋音は少し考えて、ゲンヤじいさんの体を「海の家ゲンヤ」の休憩所まで運ぶことを提案した。
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「‥‥返してもらう」
動けない状態のじいさんから、釘バットを取り戻す闘吾。
その間に、涼介は、どこか及び腰のバイト5人に、今回の事件の概要を説明していた。
「まず間違いなく、じいさんは俺たちの学園で、あの力の制御について、学ぶことになる。ここを離れざるを得なくなるんだ。だからこの「海の家」の維持について、協力して欲しい。ここはじいさんにとって、思い入れの深い場所なんだ」
ゲンヤじいさんから聞いていた、甘酸っぱい思い出や苦い思い出のあれやこれやを、とくとくと話す涼介。
そんな中、ひりょと雫も話の輪に加わる。
「あの力は強大ですが、制御することで、ちゃんと平和利用ができるんです。海の家に関しては、俺は、バイトの皆さんから、ゲンヤさんに、定期的に近況報告を入れていただく形を取ってみることを提案しますけど‥‥今回の関係者である俺も、海の家維持の為に、何か協力したいです」
「ゲンヤさんが暴走したのは、アウルに覚醒したてであったのと、店や皆さんを護ろうと強く願った為だと思います。決して力に溺れた訳では無いのだと思うので‥‥この先も、今までどおり、怖がらないであげて下さい」
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そうこうしていると、ゲンヤじいさんは漸く正気を取り戻した。
まだ、紺色のアウルが全身を覆っている。混乱しているのか、じいさんは頭をかきむしった。
「何がどうなってしもうたんじゃ? わしゃあ、一体‥‥?」
「落ち着けよゲンちゃん。あんなに暴れたら大事な店まで壊してしまうぞ」
涼介がそう言って、ふと1年前の言葉を思い出す。
「もう台風は無くなった。いつぞやみたいに店が飛ばされることは無い、安心しろ」
「暴れ‥‥た? わしがかの? わしが‥‥確かに、暴れたような‥‥しかし、どこも痛くないのじゃよ、肩も腰も膝も、いやそれより、お前さんらの声がはっきり聞こえるし、目も霞んでおらんのじゃ。わしに何が起きたんじゃろ? わしゃあどうなっとるんじゃ?」
「そのぉ‥‥御爺さんは、‥・自分で自分が制御できない状態になっていた、のは、わかりますよねぇ‥‥?」
恋音がゆっくりと口を開く。
「うぅん‥‥まず、御爺さんの体が大丈夫で、安心しましたぁ‥‥御爺さんを止めようと、手を出してしまった事を、謝罪させてください‥‥」
恋音が続けてゲンヤじいさんの体に起きた異変について説明し、「‥‥これが、アウルに覚醒したということですぅ‥‥」と説明した。
「‥‥このまま、制御方法を学ばないとですねぇ‥‥何かの切っ掛けで先ほどのような状態になり、御爺さん自身の手で海の家を荒らし、破壊する事になってしまう可能性も、非常に高いのですぅ‥‥」
恋音はおずおずした口調で語りかけながら、ゲンヤじいさんの視線から、巨大すぎる胸を隠す。
ゲンヤじいさんを責めるなかれ。恋音の胸の大きさは、常人サイズを遥かに超えすぎており、不慣れな普通の人なら、思わず見てしまうレベルなのだ。老若男女を問わず。
「休日等、ある程度は定期的に、海の家を見に来る事は出来ますのでぇ‥‥最低限、制御が出来る様になる迄の間はぁ‥‥信用できる人に一時的にお店を任せて、学園に来て、制御法を学んで欲しいのですぅ‥‥必要なら学園の方で、海の家管理人を手配しますよぉ‥‥?」
「アウルの制御を学ぶ為に学園に編入する気はありませんか」
「アウルの制御が出来るまで学園で保護してもいいですか」
雫とひりょがハモるようにじいさんに詰め寄った。
「今回は、被害を出さずに事を収められましたが、次も上手く行くとは限らないのですよ? ずっと学園に居ろとは言いません。最低でも暴走をしない為に制御する術は習得するべきです」
堅苦しく説教する雫に対し、ひりょは心に思うことを素直にぶつけた。
「ゲンヤさんに人を傷つけて欲しくないし、傷ついて欲しくないんです。もしアウルの制御が出来ないままだと、同じ事が十分起こりうる‥‥そう、ゲンヤさんの大事な海の家に、被害が出る恐れだって、あるんですよ」
「ゲンヤさんが、暴走してしまうくらいに、このお店を愛しているのは伝わりました。‥‥でも、力を制御できていない以上、あなた自身がお店を‥‥大事なお客さんや従業員まで傷付けてしまうかも」
湊も、じいさんの腕を引っ張った。
「お店を本当に守りたいのなら、目覚めた力を制御できるように、一度学園に来てください。大丈夫です、以前より元気になっちゃったんでしょう? 前よりも張り切って海の家を守れるゲンヤさんに生まれ変わったんですよ。その力を活かせるように訓練して、‥‥また、海の家を続けてください」
ひりょの<治癒膏>でかすり傷を治してもらいながら、和哉が頷く。
「俺だって初心者だ。じいさんと一緒だ。俺も、こんな力が使えるようになったのはつい最近だ。こえーけど、訓練したら自分で制御できるんだぜ? すげーだろ。だから俺たちと一緒に行こうぜ!」
涼介が、しんみりと語った。
「ここは確かに大切な場所だ。でもな‥‥ゲンちゃんが元気でいてくれないと意味がないんだ。安心して皆で笑える場所だからこそ、大切な場所なんだ」
そう言ってゲンヤじいさんを見据える、涼介。
「ゲンちゃん、学園に行こう。思い出の沢山詰まった、この店まで危険に晒すことはない。力を制御できるようになるまでの間だけでも、学園で学ぼう。少しでも早くここに戻れるよう、協力は惜しまない。海の家はしっかりと管理する。バイトにも頼んであるし、ゴウちゃんの生まれ変わりも協力してくれる」
闘吾を天国の友人ゴウちゃんの生まれ変わりだと紹介し、涼介は続けた。
「俺たちもこまめに様子を見に来る。一緒に来たければそれもいいだろう。だから、学園で力の使い方を教わろう」
涼介はゲンヤじいさんに手を差し伸べた。じいさんは、ゆっくりと、しっかりと、シワシワの細い腕で、涼介の手を握り締めた。
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恋音の手続きで、遂に、御年92歳の初等部1年生が誕生することとなった。
「いやあ、学び舎に通うのは尋常小学校以来じゃ!」
初等部の制服を着て、ゲンヤじいさんは、わくわくと学生証の写真を撮影していた。
入学式の始まりを告げる鐘が鳴る。
舞い散る紅葉を踏みしめながら、じいさんは、小さな同級生たちと一緒に、学園の門をくぐった。