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緑から黄色へと変色しつつある稲穂が、ばさばさと、回転するハニワによってなぎ倒されていく。
広々とした田んぼに転移した撃退士たちが、最初に目にしたのは、そんな光景だった。
空へ舞い上がったアルフィーナ・エステル(
jb3702)の目には、まるで、ハニワが田んぼにミステリーサークルを描いているように思えた。
「確かに弱小天魔のようです。撮影、開始しますか」
雫(
ja1894)が、好き放題、田んぼを荒らしているハニワを目で追った。
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時は流れ、久遠ヶ原学園のとある工作室に舞台は移る。
ハニワ討伐、及び、必要な撮影を終わらせた一行は、斡旋所バイトのアリス・シキ(jz0058)を加え、戦闘指南書となるはずの、記念アルバム制作に取り掛かっていた。
「まずシキさんが保存した、依頼要項の画面を印刷して貼りつけよう。作戦卓の様子も必要だな。‥‥お願いできますか?」
礼野 智美(
ja3600)は、高難度の敵を相手にするていで、作戦会議の写真をアルバムに収めることを提案した。皆の了承をもらい、アリスが、全員が画面に収まるように撮影する。
依頼要項の次に貼られた作戦会議の写真には、智美が『難易度が高い敵には作戦を立てる事も必要です。意思の統一や効果的な作戦を、お互いの意見を交換しながら詰めていきます』と説明文を添えた。
続いて智美は、ただただ田んぼが広がっている写真を貼り付けた。
『転移装置は便利ですが、敵のすぐ目の前に現れる訳ではありません。状況によっては敵を捜索する必要があります』
さらさらと説明文を添える。
「おお、新入生用のプローモーションアルバムっぽくなってきたっすね!」
天羽 伊都(
jb2199)が智美の仕事を覗き込んだ。
「‥‥私達が入った時にも欲しかったですね、指南書」
雫も頷く。
「新入生の皆さんに分かりやすい、素敵なアルバムを作るのです!」
アルフィーナが無邪気な天使の笑顔を浮かべる。
ハニワの遠影写真と、阻霊符を発動させた写真を並べて貼り付け、『敵影を捕捉。状況に応じてアイテムを有効に使う事も必要です』と、智美が説明文を加える。
(‥‥そういえば、ごく初期の依頼だと、武器の使い方を良くわかってない人も居たっけ‥‥)
智美は、説明文を書きながら、懐かしく思い出す。
武器を各々構えた所で1枚、智美が撮った写真を貼り付ける。脇に説明文をカキカキ。
『自分の有利不利を、訓練等で良く理解する事が、連携への第1歩です』
ここから、アルバムの内容が戦闘時のものになる。
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戦闘指南の出だしを受け持ったのは、黒百合(
ja0422)であった。
「きゃはァ‥‥私が、全力全開の一撃を叩き込んであげたところねェ? どんな仕上がりになるか楽しみだわァ♪」
楽しそうに黒百合は、まだ白いアルバムを覗き込む。アルフィーナが上空でホバリングして捉えた連続写真が、印刷されて順不同に積み上がっている。その順番を自分で並べ直しながら、黒百合は戦闘を振り返った。
「えぇと、あの時は<闘気解放>してから接敵してェ、<練気>でアウルを練っているところにハニワの反撃が来てェ、<空蝉>でスクールジャケットを1つ失ったのよねェ‥‥」
連続写真が1枚ずつ並べ直されていく。
その後、黒百合は、ハニワの喉にあたる部分に噛み付き、身体を振るって、ハニワを地面に激しく叩き付けていた。噛み付いた口は離さずに、だ。
そのままの状態でハニワをぐいっと押さえつけ、噛み付いたままの口から<破軍の咆哮>による砲撃を撃ち込んだ。高密度に圧縮されたアウルがハニワの表面を貫き、ハニワの空っぽな内部で炸裂する様子が、ばっちりと連続写真に収まっていた。
「きゃはァ、良く写っているじゃないのォ。アルフィーナちゃん、でかしたわァ。普通に戦うより、こうやった方がバケモノらしいでしょォ‥‥あ、まっとーな撃退士はマネしちゃ駄目よォ♪」
コマ撮りの連続写真を正しく並べ直し、黒百合は自分の戦いぶりに、満足そうに笑みを浮かべた。
「これで落ちないなんて、確かに頑丈な相手だったわァ。この程度の攻撃で簡単にダウンされたら、指南書アルバムにもなりゃしないものねェ、きゃははァ♪」
「この、最後の攻撃はオリジナルスキルだね?」
鳳 静矢(
ja3856)が、黒百合の<破軍の咆哮>の写真を示す。
「そうよォ? <風遁・韋駄天斬り>を改良したのォ♪」
「なるほど。あとで、焼き増しした分を、オリスキ特集として、1ページにまとめて載せるのはどうだろうか。授業で習ったものをオリジナルスキル化して、自分だけのスキルに改造できる事も、説明したほうがよいかと私は思う。新入生の期待を少しでも膨らませられる様にな」
そうして静矢はこくこくと頷いた。脳裏に、まだ戦闘の様子が焼き付いているようだった。
「いや、それにしても激しい技だったね。口から砲撃を放つとは意外だったよ」
「褒め言葉と受け取っておくわァ♪」
黒百合は、どこか人外めいた笑みを浮かべてみせた。
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黒百合の次に、アルバムに貼られたのは、伊都の戦闘シーンだった。
「新人さん達には頑張って欲しいっすよね! 自分ら先輩達が、華麗に戦っている所を見て貰って、ヤル気を出して貰わないとね! 自分もああいう技をやってみたい! って思わせたいかな」
こう口にしたとおり、伊都は、凄惨にも見える黒百合の戦いぶりとは逆に、華麗さを意識していた。
アルフィーナが、連続写真の束を手渡す。伊都は戦闘時の様子を思いだしながら、並べ替えてアルバムに貼り付けた。
まずは光纏シーン。伊都の両瞳が金色にうっすらと輝き、装具全体を黒色に変色させ、獅子顔の騎士が顕れる様子を収めた、数枚の連続写真だ。伊都は『黒獅子モード』と説明文に書き付けた。
次は<慧眼>で眼にアウルを集め、眼の色が金色に輝きを増す様子。
<銀獅子化>で、形成した磁場とアウルを衝突させ、銀色の粒子が身体を覆い、外観が白銀色に包まれていく様子。所謂『銀獅子モード』への変身だ。
そして<光焔>で、アウルを輝く焔の様に発光させ、天之尾羽張の刀身に伝わせる様子。
ハニワへの全力移動。
迎えうつように回転して待ち受けるハニワ。
しかし伊都はハニワと適度に距離を取って足をとめ――!
一気に高速突きを繰り出す、その瞬間のショット!!
激しい突きを喰らい、ハニワの表面を、アウルを纏った刀身が貫通する。
「いいっすねえ。どの写真も良く撮れていると思うっすよ。空から撮っているっすから、ハニワとの距離感もわかりやすいっすね」
「有難うございます」
(天羽さんのカッコいいところ、きちんと写真に収められたのですー!)
アルフィーナは心の中でガッツポーズをとった。
(皆さんの写真、頑張って撮ったので、気に入ってもらえると、すごく嬉しいですー!)
伊都は、順番を整えて貼り付けた写真に、解説をかきながら、こくりと頷いた。
「『撃退士にも、こういう技が出せる様になる』って、新人さん達に伝えたいっすよね」
「時に、こちらの各種オリジナル技も、オリスキ特集に組み込んでも良いものだろうか?」
静矢が伊都に尋ねた。
「もちろんっすよ! ここは自分もちょっとビジュアル重視の技を見せつけて、新人さん達のアコガレにならないとっすから!」
伊都はにこやかな笑顔を見せた。
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続いて、カメラ担当を智美に頼んだ、アルフィーナの戦闘シーンとなった。
<光の翼>でハニワを翻弄し、「全身全霊の一撃、です!!」と、最大出力の<エナジーアロー>をぶちかましているシーンだ。
智美は<縮地>と<忍法「高速機動」>を利用し、一番アルフィーナの動きがよくわかる位置取りをして、撮影に臨んだことが、写真からも見て取れた。
曲芸飛行のような軌道を見事に捕捉し、薄紫色の光の矢がハニワを貫く瞬間も、ばっちり撮れている。
「すごいです! 私じゃないみたいです! かっこいい、です!」
アルフィーナは透き通った濃い青の瞳を輝かせ、嬉しそうに写真を並べ直し、しげしげと眺めた。
「私も、最初に学園に来た時は、中々戦闘になじめずにいたこともあって、新入生の気持ちがよくわかるのです‥‥」
ぽつりと呟いたアルフィーナの言葉に、智美も内心で頷いた。
(新人が学園に馴染めなかったら‥‥確かに辛いもんな。俺の親友とか姉上みたいに、戦闘依頼を極力避ける手もあるけど、それでも大規模作戦には参加してるし‥‥あんな辛い思いする子は少ない方が良い‥‥)
その時に、智美の脳裏をよぎったのは、学園に馴染めず去った絵羽(えわ)という少女の他、彼女の怖がりを治そうと、良かれと思って行動して、亡くなった絵羽の友人達だった。
あんな新人を、もう出したくない。それが智美の願いでもあった。
「でも、1人で戦うわけではないのです! 一緒に戦う仲間がいるのです! そのことが分かるように、アルバムにもしっかり書いておきたいのです‥‥『戦うことは大変だけど、仲間がいるから強くなれる』と、です! 例えば、連携の大切さとかを、書いておくのです!」
ぐ、と拳を握り締め、気合いを入れ直すと、アルフィーナは自分の担当ページに、思ったことを丁寧に、わかりやすく書いた。大好きな猫の絵も添える。
「猫さんもきっと、新人さんの不安を和らげてくれるのです!」
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雫が写真の束を手にとった。自分の戦闘時を思い返しながら、並べ直す。
「私はまず基本を、と思いましたが‥‥インパクトから入る指南書というのも、ありでしょうね」
智美がコマ撮りで撮影した連続写真を見ながら、雫が、『攻撃・防御・補助』と項目毎に分けていく。
「私の考えでは、此処に載せるのは、基礎・基本だけの方が良いとは思うのですが‥‥基礎を確りしてから、独自各々の戦い方を編み出すのが最良だと思うのです」
ハニワの大回転体当たり攻撃を躱した写真を「回避」と題して、貼り付ける。
『注意書き:攻撃軌道が急変化する可能性もあるので、体勢を保ち、次の動作がスムーズにできるように』
続いて「受け流し」の実例写真を貼り付ける。
『注意書き:相手との体格差、腕力差を考慮して、不可能と感じたら使用しないこと』
「本当であれば、写真よりも動画の方が判り易かったのですが、コマ撮り写真で代用するほかありませんね。仕方がないです」
そして「戦闘」と題をつけ、<神威>を使用した写真を貼る。全身を循環するアウルが、邪神をその身に宿したかの如き魍魎の様な形を成し、武具に宿った力は禍々しく紅い光を放ち始めている、なかなかにおぞましい写真だ。
確か続けざまに<乱れ雪月花>を放ったはずだ。
「こうして見返しても、私の持つスキルの中で一番見栄えが良いんですよね‥‥」
写真を見ると、アウルがまるで粉雪の様に周囲を舞い、武器に集中された力は刀身を蒼く冷たい月の様に輝かせ、花を舞い散らせるがごとく、ハニワを切り裂いている。
「それにしても、私の<乱れ雪月花>を受けてなお、立っていられるハニワは、かなりタフな天魔ですね」
静矢が穏やかに雫に頼み込んだ。
「オリスキ特集ですか? 構いませんよ」
雫の了承も取れ、早速静矢は必要な写真をその場で焼き増しした。
デジタルカメラは印刷が簡単で、こういう時に便利だな、とつくづく噛み締める静矢であった。
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最後に、静矢が残った写真の束を整理し始めた。今度は雫が撮ったものだ。
静矢が引っ張り出したのは、基本となる3枚。
まずはハニワの攻撃をわざと受けた写真。
次に<護法>を使って刀で受け防御を試みた写真。
最後に、もう一度<護法>を使い、今度は盾を活性化して受け防御を試みた写真だ。
「差があった方が解り易かろうしね」
これを、雫のページの、基本戦闘行動の補足として、余白に貼り付けた。
『普通に攻撃を受けた場合・防御した場合・盾を使った場合』と区別し、説明文を添える。
更に、静矢がハニワの体当たりを真っ向から受けた際に、軽い怪我を負った姿と、智美が<ヒール>をかけた瞬間の写真もあったので、『仲間の援護により回復した場合』という項目も作り出した。
「回復といえば、仲間からの援護だが、自力で回復する場合もあると書いておこう」
そう言って静矢は戦闘時、ハニワの大回転体当たりをわざと喰らいに行った。
更に、自分で自分に手加減をしつつダメージを与え、傷だらけの姿を雫に撮ってもらった。
次に<剣魂>で自己回復するさまを、コマ撮り撮影してもらった。
あちこちに見えていた傷やあざが、魔法のように消えていくさまが、連続写真として残っていた。
「自己回復や支援スキルの資料もあった方が良かろう」
その時の写真を丁寧に並べ、説明書きを添える。
「さて、とどめと行こうではないか」
戦闘時、そう言って静矢は刀を静かに構えた。
「雫さん、ハニワに<紫鳳翔>が飛び向かっていく瞬間を撮影してもらえるだろうか」
「承知しました」
雫はカメラを構え直した。
そして、ハニワが砕けるように割れ、ばらばらになって倒れるさままでを、激写した。
「皆でやり過ぎましたね‥‥倒した姿を載せようかと思いましたが、モザイク無しでは公表出来ませんね」
印刷した写真を見て、雫は呟いた。
アルバムの終盤に、静矢の企画したオリスキ特集ページが挟み込まれた。
その後、伊都の提案により、荒らされた畑を皆で修繕する写真が、大きく載せられた。
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「最後のページとかに皆で一言ずつ新入生に向けた言葉を書くのはどうでしょうか?」
アルフィーナの提案に、伊都は「大賛成っすよ!」と声を上げた。
早速、ペンを走らせる伊都。
『撃退士になったからには、能動的に人助けをしよう!』
「俺等はただ闘うだけじゃダメだよね。人類の希望にならないといけないし、模範的な存在で無ければと思うんだ。仕事だからあれこれするんじゃなく、かく在るべきっていう風に俺らは動いているって事も、伝えていくべきなんだと思うっすよ」
「私は何を書こうかしらねェ‥‥?」
黒百合が悩んでいる横で、雫が『基礎を確り学んでください』と念押しをしていた。
ペンは続いて智美に回り、『不安なことがあれば先輩を頼れ』という一文が書き足された。
悩んだ結果、黒百合は『まっとーな撃退士はマネしちゃ駄目よォ♪』と書き加えた。
確かに大事なことなので2回言うべきだろう。
アルフィーナはペンを受け取り、かわいい猫の絵を書き添えた。
「私にもペンを貸してもらえないだろうか」
静矢は最後のページに、新入生へ向けて、メッセージを書いた。
『ようこそ久遠ヶ原へ。
このアルバムには天魔との戦いの様子を多く収めました。
ですが皆さんは学生です。
天魔の撃退は重要ですが、学生として生活を楽しむ事も忘れないでください。
皆さんの学園生活がより良き物となる事を願いつつ、このアルバムを贈ります』
こうして、天魔との戦闘指南書である【記念アルバム】は、完成したのであった。