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南極カフェ。
マリカせんせー(jz0034)の依頼を聞いた瞬間、皆の脳裏に閃いたのは、様々な「南極」のイメージだった。
「南極気分を味わいたいなら、あたいにお任せよ!」
ウシャンカをかぶり直し、雪室 チルル(
ja0220)が気合いを入れる。
「とりあえず、空調は、最低温度に設定。風力も最大稼働で働かせ、思いっきり講堂を涼しくするわ! 念のため、室外機の冷却効率を上げるために、氷枕もセットするし、扇風機もよそからいっぱい借りてきて、全力稼働させるわよ!」
今のチルルはイヌイットの民族衣装に身を包んで、防寒対策も万全だ。
「空調はとうぜん限界設定まで下げるよ! 扇風機もぶん回すんだから!‥‥これで雪でも降れば完璧なんだけどね‥‥」
「キャハハァ、甘いわねェ‥‥チルルちゃん♪ 南極を再現するとなればァ、温度はマイナス89度、風速は秒速30m以上‥‥南極で観測された最低気温が目標じゃないのォ‥‥♪」
どこかに電話をかけていた黒百合(
ja0422)が、にやりと微笑む。
「降らぬなら、降らせてみせましょ、ほととぎす、だわァ♪ 私たちに不可能はないのよォ♪」
あれ? 黒百合さんの背後で、なんだかいっぱい業者らしき作業着の人がやってきて、講堂を次々と改造していきますよ?
「液化窒素式の空調装置、及び、商業用大出力電源の確保、順調です!」
「講堂外部の空きスペースに、液体窒素貯蔵タンク、及び、空調用室外機の各所設置、完了です!」
「講堂各所に空調用ダクト、送風機、人工造雪機を増設しました!」
「各所の密閉作業、講堂内部の補強作業、保温作業、完了しました!」
「温度センサー、風速センサー、湿度センサー、設置完了です! 今から自動制御回路を組み込んで各種機器の試験運転を始めます!」
ちょ、ちょ、ちょ、待ってくださいなのですー、これってちゃんと以前の状態に修復できるんですー? それに工賃はどうするんですー?
慌てたせんせーが黒百合に尋ねようとした瞬間、講堂がマイナス89度に設定された。
扇風機と送風機と人工造雪機が稼働し、冷たくかき混ぜられた空気が猛吹雪を生み出し、せんせーの口に雪がすごい勢いで飛び込む。
「あァ、工賃はせんせーの後払いにしておいたからァ、無問題よォ♪」
ぴらぴらと請求書を風にはためかせ、黒百合は微笑んだ。
\大丈夫! これコメディだから!/
「寒いのは、むしろ懐かしくて好きだなあ」
半袖半ズボンの藍那湊(
jc0170)が、猛吹雪の中を、気持ちよさそうに堪能している。
「こ、ここまで寒くするなんて、聞いておりませんでしたわ!」
半袖ミニスカートのもこもこ服に、ブーツともこもこ帽子という、あったかそうな見た目に反し、むき出しの手足を凍りつかせている斉凛(
ja6571)が、慌ててアウルを身にまとう。
そう、あうるぱわーで、防寒もバッチリですのよ!
女の子たるもの、可愛いウェイトレス衣装を着こなすためなら、多少の我慢は必要ですわ!
「これなら、本物のかまくらも作れそうだね」
黄昏ひりょ(
jb3452)が苦笑した。
親友の凛に歩み寄る。
「凛さんは普段と服装が違うから、何だか新鮮な感じだね? そういうのも凄く可愛いと思うよ」
猛吹雪の中、白い頬を染めて照れる凛。
逆方向を見ると、そこには、南極と南国をはき違えた格好のせんせーが、氷の彫像のようになっていた。
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「素敵だわァ、これこそ南極って感じよねェ♪」
黒百合が微笑む。
空調試運転は、マイナス89度を観測したところで一旦完了し、通常運転(マイナス20度維持)に戻った。吹き荒れていた人工雪も今は収まっている。
「ここにオーロラの映像を映したら綺麗だろうなあ」
「ですねぇ」
ひりょの言葉に湊も頷く。
講堂の一角、撮影ブースにて、積もった人工雪でかまくらを作りながら、ひりょはペンギンの着ぐるみを着てぬくぬくしていた。
黒百合の設置させた救難所で、防寒服を身につけ、ひりょの用意したふわふわのコートを身にまとい、チルルの温カイロと、凛の紅茶で暖をとり、凍えていたせんせーも、何とかほっと息を吹き返す。
一般人のマリカせんせーには、アウルという最終防寒兵器(注釈:この依頼に限る)はないのであった!
「あたいのぺんぎんさんを貸してあげるわ! その代わり、ばりばり働くのよ!」
ペンギンの着ぐるみを差し出すチルル。
「せんせー思うんですけど、講堂の外に出れば自然にあったかくなると思いま‥‥」
「却下ぁぁ! 折角の南極気分が台無しだよJK‥‥!」
やむなく、有り難くペンギンの着ぐるみを受け取り、防寒着の上から更に装着するせんせー。
「もちろん料理やら、その他を運ぶのもペンギンのお仕事よ! 持ち手がおかしい気もするけど、ペンギンだから何とかなるはず!!」
「えー、せんせーも働くんですー?」
「当たり前よ!」
チルルとそんなやり取りをしていると、黒百合が携帯を残念そうにしまっていた。
「ガッカリだわァ、ホッキョクグマは絶滅危惧種だからァ、貸し出せないんですってェ」
それ以前に、南極にホッキョクグマっているんですー?
ちょう素直にせんせーは思った。
A.いません。(マジレス)
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いよいよ「南極カフェ」開店時間である!
涼を取りたい、暑さで猛烈にうだった人々が、入口に行列をなしている。
お客様をお迎えしたのは、凛の運び込んだ氷の塊と、マイナス20度に設定された寒さだった。
冷たい風がびゅうびゅうと吹きつける中、照明が落とされ、湊の<ダイヤモンドダスト>が細かな氷の結晶を舞い散らせる。
スポットライトが氷の結晶を浮かび上がらせ、神秘的な風景を浮き出させる。
見上げれば、プロジェクターから映し出されるオーロラのカーテン。
人工雪で出来たかまくらに、ペンギンの着ぐるみが何体か、とてとてヨチヨチと歩いていた。
お客様が漸く落ち着いたところで、凛が巨大な氷塊を持って現れた。
「さて、これからご覧に入れますのは、氷の彫刻ショーですわ。完成後には何ができますか、お楽しみくださいませですの!」
(マリカ先生の前で彫刻って緊張しますわね、でもお客様に楽しんでいただきたいですわ)
凛は、美術実技専任教師であるぺんぎん=マリカせんせーを意識しながらも、豪快に彫刻道具とバーナーを振るった。
ダイナミックに空を飛んで、上からがしがし氷を削って行くそのスタイルに、「うわぁ」と思わず湊が赤くなり、顔を両手で覆った。
「あ、あの、ミニスカートが翻って、その」
お色気耐性ゼロの湊である。ひりょは背後から歩み寄り、湊の目をペンギンの着ぐるみの両手で覆ってあげた。
「藍那さん、流しそうめんの台を作るの、手伝いますよ。凛さんの氷塊も余っているみたいだし、本物の氷山で作れそうだしね」
「はっ、はいっ!」
湊は真っ赤なまま頷いて、流しそうめんの土台となる氷山をひりょと共に作り始めた。
「冷やし中華始めました」
南極カフェの入口にビラを貼り付け、チルルは満足そうに頷く。
凍る寸前の、キンッキンに冷えた麺と具材を用意し、冷たいカフェの中でもおいしさを損なわない、ひんやりとした味の実現を目指して作ったものだ。
チルルはカフェ内にも「冷やし中華あります」の札を下げた。
彼女に続いて、皆が用意したお品書きが増えていく。
「南極で実際に食べられているソフトクリームを、可能な限り再現しました。ひんやり甘めでおすすめです!」
「シンプルなソフトクリーム以外にも、パフェ風のソフトクリームも準備しました」
「飲み物は温かいものと冷たいもの、両方とも準備してあります。紅茶、珈琲をどうぞ」
ひりょがペンギン着ぐるみの中から声を張り上げた。
そして、余暇を利用して作ったメニュー板を壁に貼り付ける。
「うき浮きスイーツプレート、浮き輪を模したドーナツとペンギン型クッキーを、粉砂糖を散らしたお皿に乗せた一品ですぅ」
「白玉善哉かんざらし風、長崎ご当地スイーツをヒントに、細かな氷を入れた冷たい善哉ですぅ」
「氷山流しそうめん、氷山にそうめん台をとりつけ、細かい氷と共にそうめんを流していただきます。涼をとりつつ量を食べたい人向けですよぉ」
湊のメニューも、札に書かれて壁に飾られていく。
「さて、出来上がりましたわ。こちらフルーツビュッフェコーナーになりますので、どうぞお近くに寄ってお取りくださいませ」
凛の声がして振り向くと、豪華な氷の城に、ペンギン達が遊んでいる可愛らしい彫刻が出来上がっていた。手に取りやすい位置に、カットしたフルーツを飾り立ててあり、フルーツの取り皿や、フルーツに添えるクリームやソースも数多く用意されていた。
程なくして、「フルーツビュッフェ」の札がメニュー板に飾られる。
「南極に来たなら、もちろん冷たい料理だよね! ほら! 冷やし中華あるよ! 食べた人が凍える? それが南極だ。文句あっか!」
チルルが元気いっぱいに言い張る。
「‥‥みんな、どうしたの? 元気ないわよ?」
うだる暑さからやってきたお客様たちは、あまりの気温差に、凍えていた。
入口で防寒着を渡されるまで、こんなに本格的とは、わからなかったらしい。
ペンギンの着ぐるみで、凛の淹れた紅茶をヨチヨチ運ぶ、マリカせんせー。
茶器を回収しようとして、素でステンと転ぶひりょ。
お客様に和んでもらう作戦は、成功しているようだった。
男子用に改造したメイド服のエプロンを外し、燕尾型のベストを羽織って執事風の装いの湊が、ひりょを手伝って茶器を回収する。
<磁場形成>を使い、氷上を滑るような動きで給仕する湊。慣れた所作に隙がない。
「これでもバイト先のメイドバーで、メイドやってますから‥‥いえ、男ですけど!」
ひりょに褒められて、湊は必死で「男ですけど」を強調する。ひりょは「わかっていますよ」と頷いた。
「えへへ、実は執事っぽいこともやってみたかったんだぁ」
(紳士らしく、きりっと気を引き締めて、頑張るよっ。お客さんだけでなく、ここにいる皆が楽しめたらいいなぁ)
湊は襟を正し、給仕の仕事に戻った。
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お客様が、入れ替わり立ち替わり、喫茶と、ひえひえの南極気分を味わっていると。
「ハァ〜イ♪ これから、南極で観測された最低気温と最大風速を、体感していただくわねェ♪」
講堂内に黒百合の声のアナウンスが流れた。
凍ってはいけないものを、急いで避難させる、南極カフェ・スタッフ。
もちろん、ペンギンの着ぐるみのひりょとせんせー、チルルは、運搬中にもぺたぺた転ぶ。
ぺたぺた転びながらも、お客様に防寒布やコートなどを配るひりょ。
それをスマートに手伝う、ウェイトレス・凛と執事・湊。
そしてやってくる、温度マイナス89度、風速は秒速30m以上の世界。
どよめくお客様。
救難所に走るお客様多数。
外へ逃げ出すお客様も。
「はい、終わりよォ。南極の自然の厳しさを体感していただけたかしらァ?」
アナウンスとともに、空調の最大運転は終了した。
まさか、マイナス20度の世界が、こんなに穏やかだったなんて、誰も思わなかっただろう。
過酷な状況を体感することで、感覚がマヒしていく。
「凄かったですわね」
お客様に温かい紅茶を振る舞う凛。
「これでも使ってあったまるのよ!」
お客様に温カイロを手渡して回るチルル。
救難所に待機し、風圧や暗がり、凍った床で転んだお客様を、<治癒膏>で手当してあげるひりょペンギン。
「実は魔法使いのペンギンさんなのだ!」
小等部のお客様にそう言って、ペンギンの着ぐるみの手をパタパタさせる。
寒さに耐えられないお客様には、ふわふわコートや肌かけ、防寒着を渡し、何くれと世話を焼く。
続いて、かまくら前で、ペンギン着ぐるみのひりょやマリカせんせーと一緒に、撮影会が行なわれた。
バックスクリーンにオーロラが映し出され、湊が<ダイヤモンドダスト>を散りばめる。
(着ぐるみひりょさん、かわいいなー)
「い‥‥一緒に撮ってもらっていいですか‥‥っ?」
勇気を出して湊が言ってみると、ひりょは「どうぞどうぞ」とペンギンの手で招いた。
「鳳凰や、ケセランとも、お写真一緒にできますけど、どうしますか?」
「あ、えっと、俺は‥‥ペンギンさんに囲まれたいから、じゃあ、せんせーも一緒に」
「あら、せんせーもご指名ですー?」
ヨチヨチと歩み寄る、ペンギンの着ぐるみ2人に挟まれるようにして、湊は記念撮影をした。
パシャリ、と耐寒デジカメからいい音がする。
「わーん、ど、ど、どうしましょう」
しっかり者メイド、ウェイトレスと名を馳せる凛だが、弱点があった。
オーダーを取った直後、流し台の奥でべそをかいている。
「どうしたのですー?」
ペンギン着ぐるみのまま、気づいたマリカせんせーが尋ねる。
「こ、珈琲をオーダーされてしまいましたの。わたくし飲むだけでなく、淹れることも出来ませんの‥‥」
「じゃあせんせーが助けるのですー。お湯があれば、インスタント昆布茶が作れるのですー!」
どこからともなく、昆布茶スティックを取り出す、せんせーペンギン。
ひりょが危うく、親友のピンチに駆けつけた。
「せんせー、オーダーは昆布茶じゃないので、珈琲の代わりにはなりませんよ」
「あら、そうなのですー? 昆布茶おいしいのにですー」
しゅんとして去るせんせーペンギンを後に、べそをかく凛をなだめるひりょ。
「大丈夫、凛さん、俺が淹れるから、少し待っていて」
「ありがとうございますですの」
ひりょは、一時的にペンギン着ぐるみの頭を取った。
新鮮な珈琲豆を焙煎して、シナモンローストに仕上げ、ミルで中細挽きにして、オーダーの数だけドリップした。浅煎りなので、ブラックでごくごく味わえる軽さが売りだ。
「この寒さだし、あったかいのをごくごく飲みたくなるよな」
喫茶店部活を手伝っているうちに、身につけたスキルである。
凛はもう一度、恥ずかしそうに照れながら微笑んで、礼を言い、お客様のもとへ珈琲を運んでいった。
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南極カフェも閉店時間となった。
お客様は南極の自然の厳しさを満喫し、喫茶も上々の売れ具合。
冷やし中華もソフトクリームも完売御礼。フルーツも綺麗にはけ、湊の「白玉善哉かんざらし風」も「氷山流しそうめん」も、大いにお客様を喜ばせた。
中でも「うき浮きスイーツプレート」は、唯一の冷たくない一品だったため、お腹を冷やしたお客様に大好評で、売り出すと同時に完売したくらいだ。
頭を下げて、最後のお客様を送り出し、講堂に作業着の業者がやってきて、以下略。
\あら不思議! 講堂が以前の通りに直りました/
「もう南極の自然を体感することはできないけれど、最後に皆で記念撮影をしようよ」
まだ片付ける前の撮影スペースを指し示し、ひりょペンギンが言った。
「「さんせ〜い!」」
皆はカメラに、オーロラの映像と、一番いい笑顔を収めた。