●はじめに
まずは、五月病対策トレーニング? に参加して下さった撃退士の皆さまのご紹介。
「まあ、良いリハビリか?」
気楽な言葉と裏腹に、包帯ぐるぐる巻き。これはミイラですか? 鳳 静矢(
ja3856)。
「5月の病気予防講習……、じゃなかったんだな」
根本から大きく勘違いしての参加は、体育会系さわやかイケメン。宇高 大智(
ja4262)。
「あ、そうだ……。これが終わったらボク、告白しよう」
ストレッチしながら遠い目で、怪しいフラグを絶賛建設中なのは、黒瓜 ソラ(
ja4311)。
「疲れそう……、だな……。無月に……、変わってほしい……」
始まる前からテンションがマイナスなのは、賤間月 祥雲(
ja9403)。
「さあ、頑張ろうか」
ニコリと笑顔で、ストレッチを真面目に行うのは、杉 桜一郎(
jb0811)。
「日頃から鍛えている鋼のサムライ魂を見せつけるでござる!」
あれ? 一人だけ荷物が大きいですけど? 巨大リュックに鉄下駄装備の美少年。草薙 雅(
jb1080)。
「教官殿! 目標時間の変更を求めるのである! あるいはショートカットの許可を求めるのである!」
全力移動でも一時間で36kmが限界。見た目は脳筋だが、自分の移動力を冷静に計算して見せたのは、マクセル・オールウェル(
jb2672)。
「なんか調子が出ないでござる……」
前日から酒断ちで準備万端の予定が、逆に体調不良!? 立夏 乙巳(
jb2955)。
「大恩ある女性に、是非参加する様に勧められたんです」
失うものは何もない。堕天使、ロシールロンドニス(
jb3172)。
「さて……、英雄並の撃退士とはどれほどのものか……」
依頼には自身を鍛えなおすためと、謎の覆面の女性と戦うために参加。プラエスティ(
jb5622)。
以上、十名。
そして、
「よくぞ集まってくれましたわ、諸君!」
覆面の謎の女性。陽の光で目元を覆う覆面がきらりと光る。
さあ、五月病対策トレーニングのスタートだ!
●フルマラソン
始めは意外にも、全員真面目に走り出した。しかし、いきなりペナルティを受けることになった者がいる。マクセルだ。
「吾輩、何か悪いことをしたであるか!?」
自転車で走り出そうとしたのだから、当然だ。
最初のペナルティは火炎放射器である。
「速く走らないとお尻が燃えてしまいますわよ」
このペナルティ、やる気のない者の尻に火をつける、という意味と、
「熱っ、熱いでござる!」
酒屋の前で、大吟醸に見惚れていた乙巳も巻き込まれる。
複数の人間を同時にペナルティできるというメリットがあるのだ。
「な、なんだ!?」
そして、次に巻き込まれたのはプラエスティ。ペナルティが課せられたというより、体力温存のため、本気で走っているふりをしていたら、後ろのペナルティ組に追いつかれた形だ。
「え!? 火! 火ぃいい!」
そして、火にトラウマのある桜一郎も巻き込まれ、
「アイエェェ‥‥アイエェ‥‥ぅげごほっ」
最初は快調に走っていたソラも、巻き込まれ死にかけのゾンビ状態になるのだった。
結局ペナルティを受けなかったのは真面目に走った大智、祥雲、怪我を顧みず爆走した静矢、そしてなぜか巨大リュックを背負い鉄下駄着用の雅だった。雅は一時間以内のゴールはできなかったのだが、
「真面目な人にペナルティはなしですのよ」
とのことらしい。
あれ? そう言えば誰か一人忘れているような……。
「ふう、生き返りますね♪」
水道の蛇口から水をがぶ飲みし、ロシールは満面の笑みを浮かべた。まさしく天使の笑顔。なのだが、
「あっ……」
もちろんペナルティである。
「ひぐぅっ! ごめんなさーい! だ、ダメ……、お尻は駄目なんです! あぎゃああ!」
「こんなところでサボりとはいい度胸ですわね」
覆面の女性による、生尻敲き500回。他のメンバーが休憩している間も、お仕置きは続いたのだった。
●千本ノック
「キャッチする自信はないでざるが、ペナルティは嫌でござるからな」
避けるのは自信あるのでござるが、とすでにガクブルの乙巳。
「ふふふ、やれるものなら、生き残ってみせなさい!」
ノックをする時の言葉とは思えないが、覆面の女性は不敵な笑みを浮かべ、バットを振り抜いた。
殺人ライナーが乙巳の顔面を襲う。これは……、死ぬ!
一瞬でそう判断した乙巳は間一髪で殺人ライナーを避けた。
「ふっ、軌道が手に取るように見えるよ……」
乙巳の後ろに立っていたソラは自分に襲いかかってくるボールを見据え、
「ぶげふっ!」
顔面キャッチを決めた。見えるのと、キャッチできるのとはまた別問題だった。
「す、すまないでござる」
乙巳が謝るが、返事はない。
「こらあ、避けてはいけませんわよ!」
覆面の女性はお怒りのご様子で、更に一球、十球、百球とバットを振り抜く。
「殺気だ……、殺気が来るぞ……」
祥雲は戦々恐々としている。
「こちらに飛んでくることが分かっているなら、後はそこにグローブを構えればいいだけだよね」
桜一郎は冷静に状況を判断し、グローブを構え、吹っ飛んだ。ぐるんぐるんと後方に十回転ほどしてようやく止まる。
「これならどうだ!」
その様子を見て、大智はシールドを展開。
「ぐうっ!」
歯を食い縛り、ボールの衝撃になんとか耐えた大智は驚きの表情を浮かべる。
「まじかよ。これほどの威力、戦場でも数えるほどしか経験したことねえぞ」
だが、殺人ライナーは容赦なく参加者たちを襲ってくる。
「引くという選択肢はないな」
見た目はすでにドクターストップ寸前の静矢は大山祇を装備し、護法使用で球を受け止めてみせる。さすが見た目は血まみれミイラでも、その実力は本物だ。だが、すぐに護法も切れ、青銅盾に装備を替える。
「ぐぬう……!」
しかし、そこで傷口が更に開いた。気絶しそうになるが、根性で復活。更に全力跳躍使用でダイビングキャッチまで決め、
「ごふぁっ!?」
またまた傷口が開き、意識が飛びそうになるが根性で復活。
「ま、まだまだ……、んぬぅっ!?」
満身創痍で立ち上がったところに、殺人ライナーが男の急所にめり込んだ。
『ひいっ!?』
それを見た男子メンバーは思わず内股になるのだった。
「この我が鋼の肉体、そうそう簡単に貫けると思わんのである……!」
「今まで戦場で喰らった敵の攻撃に比べれば……、痛くも無い。まだまだ余裕でござる!」
そんな中、なんとマクセルと雅はグローブすら使わず、己の肉体で殺人ライナーを受け止めていた。なんという肉体、なんという根性。
「気合いが入ってますわね。それならまだまだ!」
そんな二人を見て、覆面の女性は狙いを二人に絞り始める。
すると、プラエスティは後ろの方に隠れる。彼女の目的はあくまでも覆面の女性との手合わせだ。体力を温存できるチャンスはしっかりと利用させてもらう。
と思いきや、それが覆面の女性にばれないわけもなく、
「ペナルティですわ」
「ぴぎゃぁああああ!」
ケツバットを受けたプラエスティは普段から想像できない声を上げた。しかし内心、これが英雄級の本気の一撃なのだな……、と感動。いやもしかして、エから始まってムで終わる新境地を開拓してしまったのかもしれない。
あれ? そう言えばまた誰かの姿がないような……。
「お尻がズキズキです……。千本ノックなんか無理ですよ」
体育倉庫の裏に隠れているのは、もちろんロシールである。
「一度ならず二度までもわたくしのトレーニングをサボるとは、いい度胸ですわね」
「ちょ……、何を……、うぎゃあああああ!」
野球用スパイクを履いた足での電気アンマ。電撃級の衝撃がロシールを襲う。
「これに懲りたら、次は真面目にやるのですよ」
「は、はいです……」
ロシールはピクピクと痙攣しながら、倒れたのだった。
●模擬戦
「最後にわたくし自ら鍛え直してあげますわ」
模擬戦用の剣を構えた覆面の女性の瞳がきらりと光る。
「……てやる、……し、てやる……、ころ……てやる……」
ヤンデレ少女のように、ソラはぶつぶつと何かを呟いている。
「ちょっと、待って……、笹かま、補給……」
笹かまを食べ、ハりセンを構えるのは祥雲。
そんな中、先陣を切って覆面の女性に躍りかかったのは、
「ここからが本番だ!」
プラエスティである。
「ははは! 強者との戦いは楽しいものだな!」
「なかなかやりますわね!」
しかし、二人の戦闘の天秤はすぐに傾き始める。プラエスティはすでに体力を消耗しており、実力の差も大きかった。刃の潰してある剣が、深々とプラエスティの腹にめり込む。だが、倒れたプラエスティは満足そうな笑みを浮かべていた。それは強者と戦えた事への高揚か、或いは先ほど開花させた新境地の賜か。
「次はあなたに相手してもらおうかしら」
覆面の女性が次にターゲットにしたのは大智だった。
「う、うおっと!」
大智はぎりぎりのところで彼女の胴抜きを躱す。
「どうしました、逃げてばっかではわたくしは倒せませんわよ」
それでも大智は防御に徹する。実際問題、防御するのが手一杯で、反撃する余裕がないのだ。
とその時、覆面の女性を遠距離魔法衝撃波が襲った。桜一郎だ。
「甘いですわね」
しかし、あっさりと捌かれてしまう。
「ボクの本能が叫ぶのさぁ! お前をコロせとなぁ!」
そこに特攻を駆けたのはソラだ。完全に目がいってる。
「本当に甘々ですわね」
だが、元が紙系インフィだ。
「我が生涯、一片の……」
あっさり一撃KOにされ、
「え、マジかよ!?」
ついでとばかりに、防御の上から大智を叩き潰した。ちょっとこれ、強すぎじゃないですか……。
「やっぱり無理でしたか」
気づけば桜一郎の目の前にはすでに覆面の女性の姿があり、潔い晴れやかな笑顔を浮かべた。
「ハリセンでも……、問題ない……」
そんな仲間たちの姿を見ても、果敢にハリセンで立ち向かう祥雲。渾身のスマッシュが覆面女性の頭に会心の一撃を与え、スパコンッ、と気持ちよい破裂音が響く。
「ふふふふ」
しかし、当然の如くダメージは皆無で、しかもいつの間にか
「ハリセンはこうやって使いますのよ!」
ハリセンを奪い取られており、
「ぶふふふふふふ、ぐふぇ!」
ハリセンによる超高速往復ビンタをくらい、最後の一撃でぐるぐるぐると宙を舞い、ぴくりとも動かなくなった。
「此処までしないと予防できない五月病とは……、恐ろしい病だったのだな」
ここまで色々ハード過ぎて勘違いしている模様の静矢。しかし簡単にやられる気もない。
大山祇装備で瞬翔閃を使用。神速の一撃が覆面女性を襲う。
「あら? 今回は模擬戦用の武器使用と言ったのを聞いてなかったのかしら?」
こめかみの辺りがピクピクしている。自分の話を聞き流されるのが嫌いなのだ。
「お仕置きですわね!」
覆面女性はハリセンを放り捨てると、素手のまま真っ正面から静矢に立ち向かった。神速同士の、すれ違いざまの攻防。
「ぐふっ……!」
そして断っていたのは、覆面女性だった。
「これでどうやって戦うでござるか?」
銃火器NGということで、水鉄砲を渡された乙巳はもはや諦めモードである。
拙者、忍者でござるからな、とか自分に言い訳し、ここまではこっそり逃げ回っていたのだ。
かくなる上は、
「何卒、命だけは!」
許しを請うしかないでござる!
「その潔さ、気に入りましたわ」
覆面女性はニッコリ笑顔で、
「だが、断る!」
まさしく切り捨て御免。乙巳は地に倒れ伏したのだった。
残るは、
「さあ、来るのである、教官殿ぉぉぉーっ! 」
リジェネレーションで回復し、パンプアップでキレキレのマクセルと、
「うう……、もう帰りたい……」
前後の痛みを堪え、内股でひょこひょこ歩きのロシールだけである。
「これで、どうである!」
マクセルはここぞとばかりに筋肉祭りを使用。流れるようなポージング。
「あ、そういえば!」
そんなマクセルの横で、ロシールは包みを取り出す。大恩ある女性から、困った時に開いて見るようにと渡されたものだ。その中には、脱げ♪と書かれた紙が……。
ロシールは不思議な程穏やかな笑みを浮かべつつ衣服を全て脱ぎ、タウントを使い手を広げた。
うん、完全にこの二人、アウトです。
「……」
覆面女性は無言でヒヒイロカネから鞭を取り出すと、
「さあ、いい声でお泣きなさい!」
何かのスイッチが入ったのか、二人が倒れるまで鞭を振るい続ける。
「時よ止まれ!」
しかし二人の作り出した、最初にして最後のチャンス。雅はフルパワーで木刀を振り下ろした。
木刀は女性の覆面を捉え、一瞬だけ女性の素顔が窺え、
「この瞬間、汝は最も美しい……」
次の瞬間には女性の裏回し蹴りが雅の鳩尾にめり込んでいた。地面に倒れる雅を見て、
「なかなかやりますわね。でも、まだまだ皆さん修行が足りませんわ」
バサリと髪を振り、覆面をつけ直す。立っているのは彼女だけであり、結局、まともに彼女の素顔を見ることができた者はいなかったのだった。
●懇親会
「さあ、どんどん食べるでござる」
そう言ってBBQを焼くのは雅だ。彼がずっと背負っていたリュックにはBBQセットが入っていたのだ。
「適度な運動の後の一杯は良いねぇ」
静矢は最初より更に包帯でぐるぐる巻きになり横になりながら、野菜ジュースをストローでチュウチュウ飲みくつろぐ。
「いやあ、ホントその通りでござるね!」
お酒片手に最高の笑顔を浮かべるのは乙巳だ。禁酒もあって、今日の酒はいつも以上に、体に染み渡る。
「ほら、あんたたちも呑むでござるよ」
「いえ、ボクは未成年ですから」
「俺もソフトドリンクでいい。それより彼女は大丈夫なのか?」
真面目に桜一郎が答え、大智が心配そうな目をある方向に向けた。
「……」
そこに倒れているのは完全にグロッキーのソラである。
「おーい、大丈夫でござるか?」
「……」
普通に返事がない。ただの〜〜のようだ。
「うん……、やっぱり、美味しい」
その横で笹かまを頬張っているのは祥雲だ。どこまでもマイペース。でも幸せそうだから、これはこれでよし。
「いずれ、再度の手合わせを願いたいものだ」
ヤギ餅を食べながら、しきりに覆面女性に話しかけているのはプラエスティだ。
「それは楽しみですわね。次に会う時には、もっともっと強くなっていてくださいね」
その言葉に厭みはなく、二人は握手を交わす。
「さあ、お肉食べてくだされでござる」
そこに雅も加わり、何とも目の保養になる光景だ。そのすぐ近くでは、
「さあ、吾輩の筋肉をとくと見るのである!」
筋肉祭りを使用しているマクセルの姿が。
「……」
注目を集めるはずのそのスキルも、この場では完全無視である。
すると、遠くからすすり泣くような声が聞こえる気がした。まあ、気のせいだろう。
飲み過ぎて傘を杖代わりにお手洗いに向かったロシールが、途中の廊下で転倒し決壊。ひたすら泣きじゃくっている、なんてことはきっとないはずだ。