●
「どうしよう、どうしよう!?」
「やばいって、マジでやばいって」
「二人とも、落ち着けよ!」
少女と赤キャップの少年が取り乱し、金髪の少年が二人を叱責する。だが、金髪の彼もまた取り乱しているのは一目瞭然だ。
「だから俺はやめとこうって言ったんだ!」
「なんだよ、俺のせいっていうのかよ!」
「二人とも、言い争ってる場合じゃないでしょ!」
少女の言葉通り、今は言い争っている場合などではない。
『グヴヴゥ』
「「「……!」」」
三人を取り囲んでいるゴブリンは、じりじりとその包囲を狭めてきている。
場所は、人どころか野良犬すら寄り付かない自動車の廃工場。そして今はゴブリンの住処。
幼い自尊心と興味本位で、そこに忍び込んだ三人は、ゴブリン十体に取り囲まれ、絶体絶命のピンチに立たされていた。
あと一歩で、ゴブリンの攻撃の射程に入る。
ゴブリンが一斉に棍棒を振り上げ、『死』を覚悟したその時、
ドゴォオオンッ――
耳を劈くほどの轟音と共に、土煙を上げ、廃工場の扉が吹き飛んだ。
●
突然の轟音、突然の出来事。
扉を吹き飛ばしたのは桜木 真里(
ja5827)の魔法ライトニングなのだが、そんなこと知る由もない少年たち三人と、ゴブリンたちは惚けたように、そちらへ視線を向ける。
すると、聞こえてきたのは、
『テーテーテテーテテー、テーテーテーテテー』というどこか懐かしの、暴れ過ぎな将軍のテーマ。
「え?」
勇ましく、恰好いいのだが、どこか場違いのそのテーマに、少年たちは更に混乱する。まさか、本当にあの将軍様が助けに来てくれたのか? などと思っていると、
「ちょっと待ったー!」
現れたのはストレイシオンに乗った長幡 陽悠(
jb1350)だった。音楽の出所は背中に隠したラジカセ。音量は最大。インパクトはばっちりなはず。ただ、ストレイシオンの視線が冷たい気がする。
いや、きっと気のせいだ。こっそりラジカセを停止させ、邪魔にならない所に置いて、
「このストレイシオンが相手だ!」
少年たちの前に降り立ち、びしっと陽悠はゴブリンたちに人差し指を突きつける。
「おおーっ!」
なんかよく分からないけど、初めて見るストレイシオンに少年たちは歓声を上げる。こんな廃工場にこっそり忍び込むような少年なのだ。元々の性格はお調子者なのかもしれない。
「あっ、かわいい」
そんな中、少女はぼそりとそんな感想を漏らす。彼女は彼女で、なかなかの強者(つわもの)かもしれない。
それに続いてもう一つの人影。
崩れて穴の空いた天井から覗く満月をバックに、空から舞い降りる。
「我は月夜の影に跳ね、悲しみを斬り払う一匹の黒兎。《夜影跳人》ブラックラビット!」
黒衣を纏った男の背中には不定形の黒い翼。その中で、炎のように揺らめく真っ赤なマフラーが目を引く。インレ(
jb3056)だ。
「あ、悪魔!?」
少年たちは驚きの声を上げる。はぐれとはいえ、本物の悪魔を見るのは初めてだった。
その時、ゴブリンたちを頭上から黒い槍が襲った。壁走りで天井付近に構えていたリョウ(
ja0563)が黒棘槍を放ったのだ。
ゴブリンたちは一歩、二歩と後退する。
リョウは少年たちのすぐ傍に降り立ち、
「これを持って下がっていろ」
護身用にスクールソードとロッドを渡した。
少年たちは呆気にとられながらも、素直にそれを受け取り、指示に従う。突然の事で、事態を呑み込めていないのだろう。
「誰だよ、こいつら?」
「俺が知るかよ」
ひそひそ声で、金髪とキャップの少年が話す。
「でも、私たちを助けに来てくれたのかも」
その隣で、少女が呟く。
「ちっ、余計なお世話だっつうの。撃退士なんてどうせ大した事ねえよ」
金髪の少年が悪態を吐く。彼は気づいていない。先程までは恐怖に震えることしかできなかったのが、彼らの登場によって、そんな悪態が吐けるくらいに、心に安堵を抱いていることを。
●
ゴブリンたちの包囲が緩んだのは確かだが、それでも囲まれている状況に変わりはない。
ゴブリンたちは棍棒を構え直す。目の前に現れたのは敵だと認識したようだ。連携もタイミングも関係なしに、猛然と襲いかかってきた。
「ストレイシオン!」
陽悠の指示で、ストレイシオンは地面が揺れるほどの咆哮を上げる。ストレイシオンに稲妻が収束し、前方のゴブリンへとハイブラストを放つ。
二体のゴブリンを巻き込むが、残りは臆することなく突っ込んでくる。
「行かせない」
遠当てでインレが牽制する。慌てたように二体のゴブリンが足を止めた。
「そこで大人しくしていろ」
そのゴブリンにリョウが黒棘槍を放つ。
しかし、まだ六体のゴブリンが少年たちに向かって襲いかかってくる。
●
「やっぱ駄目じゃんっ!」
目前までゴブリンが迫ってきて、金髪の少年が叫ぶ。
と、その時、少年たちの前にスチャッと、三人の人影が少年たちを囲むように天井から降り立つ。 麻生 遊夜(
ja1838)、ミハイル・エッカート(
jb0544)、柊 夜姫(
jb5321)のインフィル三人組だ。
「久遠々原学園所属、撃退士「ツェペシュ」柊夜姫、参ります」
「ガキ共に手ぇ出すのは感心しねぇな」
「というわけだ。ここからは俺たちが遊んでやるぜ」
夜姫は気丈に、遊夜はキリリと、ミハイルは渋く武器を構えると、ゴブリンたちへと威嚇射撃を行った。ゴブリンたちが驚いて足を止める。
遊夜とミハイルは自分たちを取り囲んでいるゴブリンたちが視界に入るよう、背中合わせになり、無造作とも思える仕草で、銃を連射した。
すげえ……。少年たちは見入るように、その光景を見ていた。適当に撃っているようにしか見えない二人の銃撃は、的確にゴブリンをを捉え、その足を止める。
それでも強引に襲い掛かってきたゴブリンの攻撃を遊夜は銃で受け流し、前蹴りを喰らわす。夜姫にアイコンタクトを送れば、ゴブリンの胸には弓矢が突き刺さっている。
ゴブリンを蹴飛ばし無防備な体勢になった遊夜に別のゴブリンが襲いかかってくれば、目線も向けずミハイルが背中越しにそのゴブリンを撃つ。
「まだまだ遊んでやんぜ!」
「ふっ、その程度か」
遊夜とミハイルの猛攻に、ゴブリンたちは近づくことすら出来ない。
●
確かにこの撃退士たちは強いかもしれない。でも、俺たちだって……。
ゴブリンたちを圧倒する撃退士たちを見て、少年たちは胸の疼きを感じる。リョウに渡された武器に視線を落とし、それを強く握りしめる。
すると、扉の方から二人の人影が駆け込んできた。
「さァてゴブ公共、滅されたい野郎からかかっといで!」
和槍をぶん回す水鏡 響耶(
jb1151)と、
「ヒーロー参上、といったところですかね」
軽い口調とは裏腹に、真っ赤な闘気を身に纏った戸次 隆道(
ja0550)だ。
「うわっ!?」
猛スピードで駆け込んできた二人に、少年たちは思わず声を上げた。
しかし、そんなことは気にせず、水鏡は振り回している和槍の穂先にゴブリンを引っかけぶん投げ、ゴブリンの顔面に炸裂符を張るなど、何というか、危ない人に見える。
な、なんか怖い……。実際、少年たちもちょっと引き気味だ。
そして、もう一人。戸次は走り込んできた勢いのまま、鬼神羅刹でゴブリンの一体を弾き飛ばした。それはまさしく、阿修羅の如し。
なんかこの人も怖い……。そして、水鏡とは違う意味で、戸次も少年たちに怖がられるのだった。
だが実は、怖がっているのは少年たち二人だけで、少女は内心、あの暴れっぷりがしびれるー、と思っているのはここだけの話だ。
●
だが、ぶるぶると震えている場合でもない。まだ残り四体。ゴブリンは少年たちを取り囲んでいるのだ。
「Ashes return to earth,」
その時、扉の近くから、静かな声が聞こえた。そして、パチンと指を鳴らす音と共に火玉が出現するのを少年たちは見る。
「and so shalt you」
宙に浮いていた火玉が炸裂し、ゴブリンたちを焼き払う。
桜木のファイヤーブレイクだ。
「すごい……!」
それに、真っ先に反応したのはキャップの少年だ。自分も炎を操る魔法が使えるからこそ、桜木の実力が分かる。
「安心して、もう大丈夫だよ」
桜木は少年たちに微笑みかけ、桜木も更なる追撃のためゴブリンたちに立ち向かった。
●
ど、どうしよう。タイミングを逃しちゃったよ!
空中で戦闘の状況を眺めながら、赤金 旭(
jb3688)はテンパっていた。
あ、あれカッコイイ! 隆道とかインレみたいに、俺も対術を覚えようかな。こう、敵の動きを利用する、みたいな。
あっ、今のリョウの技、いいなあ! あの技すっごい威力だ! いつの間にか武器を杖に持ち替えてるし。意外に杖もカッコイイかも。
とかやってる内に取り残されていた。
やばい! このままじゃ、出番なしになっちゃう!
ええい、こうなったらやけくそだ!
旭はタイミングも、何も投げ捨て、目についたゴブリンに突っ込んだ。
「おおお、俺のでばぁぁぁぁん!!」
旭は叫ぶ。よく見れば涙目である。
「アサヒ・ザ・ゴージャスレッド、めげず挫けずここに参上!」
勢い任せのむちゃくちゃなパンチが一体のゴブリンの顔面に直撃し、ゴブリンはピンポン球のように吹っ飛んだ。
●
「今度は天使!?」
旭の突然の登場に、少年たちが驚きの声を上げる。
旭は吹っ飛ばしたゴブリンの眼前に炎陣球を生み、
「燃えろお!!」
翼で突っ込むように火球を殴り撃ち出した。
ゴブリンは断末魔を上げ倒れる。登場していきなりクライマックスである。もっと色々カッコイイ所を見せてから倒すつもりだったのだが、勢い任せに倒してしまった、といった感じだ。
うおー、なんかよくわかんねーけど、スゲー、と少年たちはキラキラした目で旭を見ているのだが、
「技名言うの、忘れた……」
そんなことには気づかず、旭は一人凹んでいるのだった。
●
恰好よく倒してくれ、という無茶ぶりがあったにせよ、実力的には余裕のあった今作戦。
気づけばゴブリンの数は残り一体である。
「In the wind shalt thou disappear,」
桜木が風の渦を出現させ、
「in peace」
ゴブリンを巻き込み吹き飛ばした。
狙い通り、ゴブリンは目を回して朦朧としている。
そこに、待ってました、とばかりに武器を構えるインフィル三人組。
効果音をつけるなら、『シャキーン!』といった感じに、夜姫は膝立ちで弓を、遊夜は無駄に肘を上げ、見た目はカッコイイけど普通に考えたら明らかに照準のつけにくそうな構えで、ミハイルは訳もなくサングラスを外し、
「「「It‘s show time!!!」」」
声を揃えて叫んだ。
ストライクショットがゴブリンの眉間、喉、心臓を貫く。
胸を貫いた夜姫の矢が爆発を起こす。別にスキルでも何でもなく、ただの火薬を詰めた袋が爆発しただけなのだが、
「うおー! なに今の!? 必殺技!?」
興奮した声を金髪の少年が上げた。
それを見て、夜姫はこっそり安堵の息を吐く。演出としては成功、ということかしら。
これにて、ゴブリン殲滅は完了である。
●
「痛ってえ!」
戦闘後、そんな声を上げたのは金髪の少年だ。頭をさする。それはキャップの少年と少女も同じだ。
水鏡が三人の後ろ頭を平手で張り倒したのだ。
「何すんだよ!」
金髪の少年が水鏡を睨む。
「無茶ァしてんじゃねェよまったく」
そう言った水鏡の表情は、呆れているような、どこか安堵しているような、そんな表情だった。それを見て、金髪の少年は言葉に詰まる。自分たちに非があることは理解しているのだ。
「まあまあ、そのくらいで許してやったらどうだ?」
インレの言葉に、ふんっ、とそっぽを向き、
「今回はこれで許してやる」
と、ちょっとツンデレっぽい態度で水鏡はそう言った。
「でも今回のことで、力は磨かなければ、天魔を倒すことなどできはしないということは分かっただろ?」
戸次が少年たちに尋ねる。
「……」
少年たちは黙ったままではあるが、素直に頷いた。
「だが、力を犯罪に使わず天魔撃退に使おうとしたなら、見込みがありそうだ」
ミハイルの言葉に少年たちは顔を上げる。
「君達は知らない誰かの為に戦える強さを持ってるんだね」
桜木は褒めるように頭にぽんと手を乗せると、
「それって凄いことだと思うんだ。その強さ、どうか大切に持っていてね」
優しく微笑んだ。
「学園に来たらこんな風に仲間と格好良く誰かを護れるよ、よくないかい?」
陽悠もニッコリと少年たちに笑顔を向ける。
「あなたたちには何もかもが足りないわ。経験も知識も能力も、そして覚悟もね」
夜姫ははっきりと言う。その言葉は冷たいようでいて、本当は夜姫なりの優しさなのかもしれない。
「でも俺はそういう無茶も嫌いじゃないぜ」
遊夜が親指を立て、ニカッと笑う。
「学園に来る事があれば旅団を訪ねて来い。――その時は歓迎しよう」
リョウはそう言って、ロングコートをはためかせた。何気にその仕草が格好良かったりする。
「あれ? そう言えば赤金さんは?」
旭の姿がないことに、ふと遊夜が気づいた。
「赤金さんなら、あそこに」
と指をさしたのは戸次だ。
「何であの時、言い忘れちゃったんだろ……。せっかくカッコいい技名考えてたのに……」
少し離れた所でしゃがみ込み、何かぶつぶつ言っている旭の姿があった。どうやら、まだ凹んでいるみたいだ。
「俺が呼んできますよ」
そう言って、旭の元に駆けだしたのは陽悠である。
せっかく依頼は大成功なのだ。みんな笑顔でラストを迎えたいよね。
「おい!」
そこで、それに気づいたのはインレだった。慌てて呼び止めてやろうとしたが、時すでに遅し。
「うわおっととと」
陽悠は何かに躓いた。だが、そこはさすが撃退士。体勢を立て直し、転びはしなかった。しかし、その代わりに、
『テーテーテテーテテー、テーテーテーテテー』
もう暴れる必要はないのだが、そんな音楽が聞こえてきた。陽悠が躓いたのは、回収し忘れていたラジカセだった。
あーあ……。
全員が心の中で同じ事を思った。
なんか締まらねえ……、と。