●日没前
冷たい空気が、全身を包む。冬の肌寒さは、茨城にある学園のそれと、あまり変わらないようだ。
高知県の山村に降り立った撃退士たちは、すでに傾きはじめている太陽の位置を確認する。日が落ちるまでおよそ一時間。迅速な行動が求められた。事前に話し合ったとおり、まずは住民を避難させるべく、撃退士たちは村の方々へと散っていった。
無明 行人(
ja2364)は、手近な民家の門を叩いた。
「おまさん、なんのようなが?」
薄い白髪の老爺が、警戒した様子で扉から顔をだす。
「久遠ヶ原学園の撃退士です。天魔討伐に参りました」
行人は老爺に答え、戦闘が行われるため、どこか一箇所に避難してもらいたい旨を伝えた。老爺は「そんなら、より所がえいろう」と言って、家の奥にいた妻を呼ぶ。
すでに話が伝わっているらしく、村びとたちは行人らの避難誘導を素直に受け入れてくれた。
より所、すなわち集会所は、村の中央付近にあった。村唯一の憩いの場で、毎日のように人が集まるという。避難してきた女性人が、手馴れた様子で集会所に集まった人たちにお茶をだしていく。
「おい、愚民」
老爺のひとりに、ラドゥ・V・アチェスタ(
ja4504)が声をかけた。長身のラドゥでは、相手を見おろす形となる。言葉遣いは、見おろしていることを配慮したものどころか、見くだしたものだった。
「敵を討つにあたって、足場がよく遮蔽物のない──空き地のような場所が我輩には必要だ。あるのならば、早急に献上するがよい」
「……なんなが、このへごなやつは」
高圧的なラドゥの態度に、老爺は不快感を表すよりも前に、変わったものを見る目を向けた。別の老爺が、横からラドゥのコートの裾をつかむ。
「ゲキタイシっちゅうは、変わっちゅうで」
「なにをする! やめろ、離せっ……ええぇい、人の──いや、吸血鬼の話をきけっ!」
老爺の手をコートからはがすと、ラドゥは地団駄を踏んだ。
一瞬きょとんとしてから、集会所の老人たちは笑い声をあげる。村びとたちに、ラドゥは面白い人間だと認知されたようだ。
「まあまあ、ラドゥ先輩落ち着いて」
苦笑を浮かべながら、遊佐 篤(
ja0628)はラドゥをなだめ、戦闘が可能な空き地について再度たずねなおす。戦闘をより有利にすすめるために。そんなら、と頭のはげあがった老人が、篤の問いに答えた。
教えてもらった場所は、集会所から1kmほど離れた学校だった。その学校はすでに、村民の減少に伴い廃校となっており、教育施設としての機能を停止している。だが、校舎やグラウンドはそのまま残っているという。グラウンドはまさに、足場のしっかりした広い空き地だ。
篤は学校までの道を確認し、仲間の撃退士たちに伝える。ほかの候補地も確認したが、そのほとんどが庭の広い民家で、よほどのことがない限り使いたくない場所だ。
「じゃあ、私はここで待ってるよ」
「おお、頼んだぜ」
竜宮 乙姫(
ja4316)は用心のために集会所に居残り、それ以外のメンバーは、今夜の戦場となる場所へ向かう。
日はもう、山の陰に落ちようとしていた。
●迫りくる闇
日は落ち、辺りを暗闇が支配する。明かりなしでは、隣を歩く者を視認するのがやっとだ。空気はさらに冷たくなり、吐く息が黒の景色に白い色をつけた。
アーレイ・バーグ(
ja0276)たち索敵班はヘッドライトを頭部に装着し、視野を確保する。不恰好なのは、この際気にしていられない。ヘッドライトをつけていても、足元に気をつけないと、危うく水路にはまりかけるほどの暗さだ。
染 舘羽(
ja3692)はしかし、暗さよりも寒さが気になった。もっと言えば、目の前にいるアーレイの服装が気になった。腹部は布に覆われているが、それより上は裸同然の格好だ。
「アーレイさん……寒くないの?」
「日本人は、『武士は食わねど高楊枝』──とか言いませんか?」
コートの襟をにぎりながらきいた舘羽に、さも平然とアーレイが返す。大胆な薄着をする者は暑さ寒さを我慢してこそ、ということらしい。しかし、やはり寒いことは寒いようだ。
「ヌフフ、しかたない、拙者があたためてしんぜようっ」
はおっていたコートをさっと脱ぐと、舘羽はアーレイの背後からそれをかぶせた。ついでに、そのまま手を胸の位置まで持っていって、モノをガッチリつかむ。
「えっ……、あ〜〜んっ」
舘羽の手から溢れるそのモノは、手をぐにぐに動かすと、ほど良い弾力を返してくる。なにこれ。これが人のモノなの。いやいや、そんなはずは。とかなんとか言いながら、手を動かし続ける。
「はーい、ストーップ」
ソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)が、とりあえず舘羽を止めた。
「ほら、行かないと、ね」
ソフィアは、引きはがすように舘羽を連行していく。アーレイは、お返しします、とコートをソフィアへと放った。
索敵は二人一組でおこなうことになっていた。ソフィアと舘羽が夜の闇に消えていき、残されたのはアーレイとずっと笑顔を崩さなかった虎牙 こうき(
ja0879)だ。先ほどまでの出来事を、こうきはニコニコ顔で流していた。なにを考えているのかわからないが、単に人付き合いが苦手なために、反応に困っただけかもしれない。
「こうき様、私たちも行きましょうか」
「はいっす」
こうきは、元気よく答えた。アーレイのヘッドライトに照らされたこうきは、薄着だった。
アーレイたちと別れたあと、ソフィアと舘羽は夜の闇のなかで、迫りきているはずの敵を探していた。冷えたアスファルトに、ソフィアのブーツと舘羽のローファーが音を立てる。それ以外の音は聞こえてこない。怖いぐらいの静寂だった。
「音がないってのも、寒々しいもんだよね」
コートを着なおした舘羽が、ソフィアに言う。ソフィアはこれに頷いて、はたと立ち止まった。つられて舘羽も足を止め、振り返る。
ソフィアはその場でうずくまり、地面に耳をあてた。明かりが、田畑を真横から照らす。目を閉じ視覚を遮断することで、より聴覚に集中した。音が聴こえる。ひとつ、二つ、それ以上。
現在、この村で外を出歩いているのは撃退士と敵だけのはず。そして、撃退士は二人一組で移動している。ゆえに、この足音が誰のものなのか、ソフィアには考えるまでもなかった。
「いたよ。こっちに近づいてきてる」
舘羽はすぐに無線機で仲間の撃退士と連絡を取り、ソフィアは学校までの道のりを頭のなかでシミュレートした。
●戦いの場へ
「げにまっこと可愛いにゃー」
「ほれ、小遣いやお」
「ううん、そんなのもらえないよ」
集会所では、乙姫たちが村びとの相手をしていた。今夜、村のなかで大きな戦闘が起きることを知っていても、集会所の様子は明るい。それというのも、乙姫と行人の二人がつき、護衛兼話し相手として共に過ごしていたからだろう。
そんななか、二人の無線機から、敵発見の報が流れてくる。すべての敵が、一箇所にまとまって現れたという。
「……それじゃあ、行くね」
「ように気をつけちょきよ」
先ほどまでの笑顔とは変わり、老婆が心配そうな顔で乙姫の手をとる。しわがれた手はしかし、血がかよいあたたかく、力のこもったものだった。
「ご安心ください。必ず成敗してご覧にいれましょう」
芝居がかった調子で、行人は構えてみせた。
場で拍手が起こり、掛け声があがる。行人と乙姫はそれを背に受け、廃校となった学校に向かって駆けだした。
一方、学校では今まさに戦闘の火蓋が切って落とされようとしていた。
幸いなことに、空をゆくデーモンバットは、グールたちの進行速度に合わせ飛行していたため、敵のすべてをほぼ同時刻に学校のグラウンドまで誘導することができた。
大きな誤算もなく、ここまでは来ている。なにも問題はない。
「乙姫様たちがまだですが……」
「敵さんたちは、もうやる気満々っすね」
「散々、鬼ごっこにつき合わされてるからな。……っと、あいつらももうすぐ着くみたいだな」
舘羽からの連絡で、まずラドゥと篤組がソフィアたちと合流し、次いでアーレイとこうた組が学校近くで合流した。学校まで全力で走ってきたアーレイの主張部分が、たゆんたゆん揺れていたのは、見てないっす。
グールの一体が、うめき声のような声をだし、こうきたちに迫る。その速度はすばやいものではないが、無視できるものでもない。
グラウンドに入ってくる光を、こうきは目の端で捕らえた。
「そんじゃ戦闘開始ってことで、いいっすか」
撃退士たちは、アウルを発動させ光纏する。各々の手に、天魔討伐を可能にする武器、魔具が呼びだされた。
「うん、イイ感じっす。一番槍、行かせてもらうっす!」
こうきは短い助走をつけ、数歩目で足を踏ん張った。前進するエネルギーを手にした斧に伝え、前方のグールに振りおろす。斧の刃が、グールの腐った右腕を斬り飛ばした。生きている人間ならば致命傷だが、この程度ではディアボロに死は訪れない。
こうきの一撃から戦闘が始まった。片腕をなくしたグールに、篤とラドゥが畳みかける。篤の放った銃弾がグールの右太ももを撃ちぬき、ラドゥは左に回って剣を振るう。剣をすくい上げるようにして斬りつけると、グールの残っていた左腕が宙を舞う。それでも止まらないグールの首元を、行人の大太刀が貫いた。
●明かりある場所
「あはははっ」
戦場を飛び跳ねるように駆けるのは、舘羽だ。瞳をきらめかせ、爪を振る。グールに殴られた場所も気にしない。
対して、こうきは静だ。一定範囲からできるだけ動かず、後ろに位置するアーレイたちへの接近を防いでいた。現パーティで一の生命力と防御力を活かし、敵の攻撃を受け止める。
こうきの背後で存分に集中し、アーレイはロッドの先から魔力弾を射出する。光が暗闇を走り、グールの右肩口を突き抜けた。
「こうき様、大丈夫ですかっ」
「へへ、まだまだ余裕っす!」
きいたアーレイは、肩で息をしている。知識と実戦は別物だと、アーレイは改めて感じていた。
「あっ、くぅぅ……っ」
不快感に、乙姫は思わず耳をふさぐ。まただ。物理的痛みなら、まだ耐えられる。だが、デーモンバットのこの攻撃は、体験したことのない辛さだった。
超音波、すなわち音の衝撃波だ。
グールを優先して攻撃対象にしていたが、デーモンバットからの範囲攻撃は、回復手段を持たない撃退士たちには脅威となった。
たまらず、グールを3体倒したところで、デーモンバットへの攻撃を開始する。飛行する敵への攻撃に、ソフィアたちダアトの攻撃は有効だ。
行人の攻撃に合わせて、はためかせる翼めがけ、乙姫は魔弾を掃射する。高速で動いていた翼を魔弾が弾き、維持されていた高度を下降させる。自由落下に任せた無理やりの体当たりを行人はあえて受け、反動で後ろに戻った敵の体躯を、すばやく両断した。
「やべえっ」
攻撃を集中させたものの、し止めきれなかったデーモンバットが逃走をはじめる。舘羽と篤がそれを追った。退路を限定させ、校舎にぶつかるように敵の左右を併走する。
「落ちろっ!!」
敵が校舎前に達したところで、篤が動きの止まったデーモンバットに弾丸を撃ち込む。衝撃で、敵は高度を保てず、落下する。が、空中で持ち直した。すかさず、舘羽が建物の壁を蹴って飛んだ。敵の高度よりも高い位置から爪をあびせ、身体のバネを使ってはたき落とす。敵は地面に叩きつけられ、短い逃走を終えた。
これでもう、残るは愚鈍なグールのみ。殲滅戦だ。アーレイは、撃退士たちを鼓舞した。
敵は、最後の一体となった。仲間を失ったグールに余裕の表情で近づくと、ふいにラドゥの視界が崩れる。足元に転がったグールの死体につまづき、それに体力の減少が拍車をかけた。
腕がラドゥの前で振り上げられる。まずい! 回避行動をとることもままならず、身体のバランスを保つのがやっとだ。両目を強く閉じ、迫る衝撃に備える。今の体力で耐えられるかは、わからない。
だが、一向に力任せの攻撃はおとずれない。ふさいでいた片目を開くと、頭をぐちゃぐちゃに吹き飛ばされたグールが仰向けに倒れていた。
「やらせるかよ」
リボルバーの先を上に向け、篤は空薬きょうを排出した。
「みんな、無事か?」
篤は、座り込んでしまったラドゥに手をかしながら皆の様子を確認する。大丈夫だ、重傷を負った者はいなかった。
「ったく、世話ねーぜ」
ラドゥに肩を貸して、篤は苦笑した。
「元は人だったろうに……」
地にふしたグールたちの死体を見回り、行人は言葉をもらす。
「でもこれで、村の人たちは安心だね」
一時は。乙姫は、はおった男物の上着をしっかりとにぎり、少なくとも今は、村の人たちを守れたことを報告した。
「お爺ちゃんたちのところに、戻ろっ」
時間は深夜。戦闘が終わり、戻ってきた撃退士たちを、明かりある場所が迎えてくれた。