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マスター:十三番
シナリオ形態:ショート
難易度:非常に難しい
形態:
参加人数:8人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2016/06/28


みんなの思い出



オープニング



 熟れた埃と黴が蔓延する路地裏で、尚も全身の創を庇うように座り込みながら、その使徒は深く息を吐いた。

「まさか、あなたたちに助けられる日が来るとはね」
「元気そうじゃん」
「め、命令だから仕方なく来ただけよ!」

 黒ずくめの使徒――成島(なるしま)と瀬木(せき)は周囲を警戒し続ける。軽く追い払ったとはいえ、追手を完全に振り切れたわけではない。

「とにかく、助かったわ」
「そんなナタにアクラさんから伝言があるんだけどよ」
「伝言?」
「アクラシエル様よ!! あんたごときが勝手に略してんじゃないわよ!?」
「うるっせーんだよドブスが。じゃテメーが言えや」
「手短に」

 瀬木が険しい表情で眼鏡の位置を整える。
 ナターシャは一瞬括目した。瀬木はどうやら入浴を果たせたようで、小奇麗になっている。眼鏡の手垢も完全ではないが払拭されており、黒目がちな両目も確かに見て取れた。そのやや下、鼻から細長い黒が飛び出しているのは見なかったことにする。

「アクラシエル様は、自らの使徒であるあなたが未だ成果を挙げていないことを嘆いておいでだったわ」
「オーバーに言ってるだけだからな。実際は、まーまー本気で心配してたと思うぜ」
「補給路が幾つか断たれ、撃退士の侵入を許している今、手駒を遊ばせているのは愚策の極みよ」
「ほんとなら本陣で防衛に回ってもらいたいところなんだけど、痛手を負ってるなら無理に戻らせるのも危険だろう、って考えなんだと」
「続きは成島から聞くことにするわ」
「なんでそうなるのよ!?」
「人徳だろ」
「一番負けたくないところで……!?」

 それで、とナターシャ。

「私は何をすればいいの?」
「まっすぐ帰ってもいーんだけど……」

 瀬木が表情を曇らせ、成島が目を細めて笑う。

「……成果ゼロじゃ帰りにくいよな」
「何を手伝えと言うの?」
「嫌いじゃないぜ、そーゆーとこ」













 その街に民間人はいなかった。道には乗り捨てられた自動車が連なり、或いは重なっている。民家の軒先には洗濯物が半ばほど干されていた。押し潰されてしまった誰か等が、両手の指を真っ赤に染め、同じ方角を向いて絶えている。

 やがて開けた場所に出た。まだ出勤前だったのか、広い駐車場に車は停まっていない。その代わり――には、到底ならなかったが――、巨大な天魔が佇んでいた。
 巨大である。腕は太く、長く、地面まで届いている。爛々と輝く真っ青な瞳が印象的であった。一見で雑魚でないと理解できる。同時にもう一つの情報が否応なしに手に入った。万全ではなかったのだ。
 どうやら『使いしな』のようで、捩じ切れた右膝を庇うように上体を捻っている。奥に隠れたと思われた左腕は肩から欠損していた。左目は深く斬り付けられ、潰れていた。移動は困難なようだが、依然軽視できないことに変わりは無い。タフネスと一撃が売り、というところだろうか。
 だが、真に問題なのはそこではない。
 頭は背後、3階建ての建造物の屋上にまで届いている。
 元凶は『そこ』にいた。
 屋上の縁に腰掛け、両足を投げ出してぱたつかせている。獣を思わせる両手は顔を覆っていた。残っていた角がなくなった今、衣服さえ一般的なものであったら、遠目には人間に見えたかもしれない。しかし眼下にはディアボロを従えていて、彼女は間違いなく悪魔であった。


「はぁ……」


 熱っぽい吐息を漏らしてから、タリーウは顔を上げた。
 心なし顔色が優れないのは見間違いではあるまい。当然と言えた。幾ら幻術に長けているとはいえ、補給も無しに力を行使し続けて平気でいられる道理はない。それほどまでに収穫に執着する理由は不明であったが、解明したところで被害が抑えられるわけではない。

「……はあ」

 タリーウが立ち上がり、具合を確かめるように両手をゆっくり開閉した。足元でディアボロが低く、低く唸りを上げる。
 どうやら『やる気』のようだ。
 魔勢の収穫、その一端を止める為に、
 ちょこまかと逃げ回っていた悪魔を仕留める為に、
 佳良の状況と言えた。


 ――この時までは。





「おっとー、先越されちまったな」





 突然の声にあなたたちが振り返る。
 駐車場の入口には、3名の黒ずくめが並んでいた。装いは左から、つなぎ、ハイネック、パンツスーツ。

「ああ、もう最悪。目にするだけで吐きそうになるわ」
「てめー発案だろ、ビビんなよ。別に驚かねーけど」
「……ナルは血色良くなったわね。その大怪我でよくやるわ」
「悪魔相手だからな。邪魔すんなよドブス」
「タリーウ、でいいわね」

 ナターシャの青い瞳を、タリーウの赤い瞳が迎え撃つ。

「……使徒が、何か用?」
「『連れ』が世話になったみたいね。加えて熱心に収穫も続けているとか」
「だから?」

 現れた紫色の切っ先が白い喉元に向けられる。

「『資源』をそちらへ渡さない為、そして連れの安全を確保する為、貴方にはここで墜ちてもらうわ」
「……そう」


 関心なさげに呟いたタリーウ。
 ナイフを握る手に力を込めたナターシャ。
 両者の眼差しが流れ、中間に並ぶあなたたちに向けられた。


 それぞれが、それぞれの懸念を抱いていた。


 タリーウにしてみれば、襲撃を受けることは予想できていた。だからこそ、わざわざこんな『拾い物』をしたのだ。相手が撃退士だけであるなら、もしかしたら、なんとかなったのかも知れない。或いは撃退士か使徒、どちらかだけなら気も楽だった。ともあれ、彼女は揺るがない。できることは限られているし、やることは決まっている。
 あなたたちにしても不測の事態である。前門の悪魔、後門の使徒×3。幸い、というべきか、使徒の狙いもタリーウのようである。が、使徒も瀬木を除いてそれなりの深手を負っていたし、無傷である瀬木も愛用していたサーバントを連れていない。危機であり、好機でもあった。
 或いは一時的にでも協定が結べれば、少なくとも背後を警戒する必要は――


「き、共闘なんかナシよ!?」


 あなたたちを指差した瀬木が声を荒げる。

「もう絶対、二度と信用なんかしないんだからっ!!」
「大体同感。あいつら悪魔守っからなぁ?」

 スマホのようなものを胸に抱いた瀬木が下がり、巨砲を担いだ成島が前に出る。

「纏めてやっちまおうぜ。撃退士も、悪魔も、皆殺しだ」
「ムカつくけど援護してあげるわよ! ちゃんと前に出なさいよね!!」

 身構えるあなたたちの前で、ナターシャが僅かに肩を落とした。
 位置取りだけを見れば、まずタリーウと呼吸を合わせて撃退士を叩くのが得策だろう。だがディアボロが邪魔をしない保証も、タリーウが意図を汲む可能性も、成島がタリーウを放っておく見込みも、まるで無かった。


「どうやら、そういうことらしいわ」


 ナターシャが切っ先をあなたへ向ける。
 成島が砲口を上げた。
 瀬木が身を強張らせて更に下がる。
 ディアボロが地鳴りのような声を上げた。
 タリーウがその前に降り立つ。


「皆殺しだよ皆殺し。もう全員殺す!!!」
「あ、あんまり無茶したらダメなんだからね!?」
「準備はいいかしら」
「……面倒」

 天と冥には共通している点があった。
 それは撃退士――あなたたちを一切軽視していないこと。

「殺ぉす!!」
「ああ、もう……!」
「征くわ」
「全く……」

 肌が痺れるような殺意に前後から当てられて、それでもあなたは得物を取り出し、身構えた。


リプレイ本文

●北−1

「タリーウ、と言ったか」

 フィオナ・ボールドウィン(ja2611)が腕を組んで口を動かす。
 青髪の悪魔――タリーウは巨大なディアボロの股に寄り掛かったまま赤い眼差しを向けてきた。

「どうだ、使徒共を潰すまで互いに仕掛けない、というのは。少なくとも、連中は現状我等と貴様両方に明確な敵意を見せている、共通の敵であることは間違いない。
 尤も、連中を潰した後のことまでは保証の限りではないがな。我としては、貴様が退くなら手を出す必要は無いと考えているが……他の者の行動まで制御できんでな」

 タリーウの視線が流れる。使徒に対応すべく動き出す幾人、彼らに一瞥もくれずこちらを見据え続けるフィオナ、それらから付かず離れず、絶好の位置を保ったまま冷えた笑みを向けてくる『角折り』――鷺谷 明(ja0776)。

「どうするかは好きにしろ。拒否なら拒否でこちらの手間が増え、貴様は一度に相手にする敵の数が増えるだけだ」

 明が背後に回した手でフィオナに刻印を撃つ。
 直後、獣じみた腕が持ち上がり、四つ指の手が開かれた。

「触れなさい」
「何?」
「できれば顔、頭がいいわ。それで私は、他の手は出せない」
「我に指図、あまつさえ傅けと言うつもりか」
「『畜生』の言葉を鵜呑みにする趣味は無いわ。私はできることをするだけ」
「王である我の忠告と提案を拒否するのだな」
「私は悪魔。『それ以下』のヒエラルキーに従う道理も無いし、興味も無い」
「そうか」

 切っ先を翳す。続いた言葉は、周囲に展開した幾つもの丸く、重々しい球体と同じ色をしていた。

「では死ね」



●西−1

 得物を肩に担ぎ、首を鳴らして、ひとつ息をつく。地平線を昇り切った太陽は夏の装い。朝の清々しかった大気はちりりと焼かれ、コンクリートの上で陽炎となって身悶える。
 その只中を突っ切ってきた使徒が紫光を投擲してきた。輪郭が酷くはっきりした鋭いそれを、向坂 玲治(ja6214)は長物で打ち落とす。挙動は幾らか大雑把なものとなった。既に使徒が踏み切っていたからだ。
 宙で身を捻りながらナターシャが迫る。手には紫光が一振り。遠心力と体重、そして何より殺意が乗った斬撃を、玲治が構えた太陽を湛える円盾で受ける。

「久しぶりだな。この間の傷は良くなったか?」
「なんなら触れてみる? 指が汚れない保証はないけれど」
「遠慮しとくぜ。その怪我でよくやるよ、実際」
「優しくしてくれてもいいのよ」
「それこそ冗談だろ」

 互いに、同時に弾く。
 それぞれの得物の切っ先が相手の喉元に向けられた。
 玲治は口角を上げ、
 ナターシャはひとつ息をついて、
 同時に駆ける。



●東−1

 山なりに飛来する光の砲弾への対応は三者三様となった。
 翼を広げた斉凛(ja6571)は砲弾とすれ違うようにして空へ退避。エカテリーナ・コドロワ(jc0366)は横へ大きく、狗月 暁良(ja8545)は幾分だけ小さく前へ出た。地面に着弾、爆発する光に手ごたえを感じぬまま、しかし成島(なるしま)は片眉を跳ねさせた。

「来るわよ!!」
「わーってるよ」

 エカテリーナの速射を砲身で受ける。がきん、と硬い音が響いた。衝撃で後退しながらも砲をずらし、上空から飛来した赤褐色の霧を防ぎ切ると、暁良の弾丸を横へ転がって回避した。ここでまた成島の顔が曇る。

「辛そうだな。そのケガでは当然だ」

 鼻を鳴らして銃を向けるエカテリーナ。

「だが手加減はせん。それが撃退士の流儀だ!」
「流儀、ねぇ」

 でも、と成島。

「怪我してんの、こっちだけじゃねーみてーだけど」
「ちっと悪魔を蹴り飛ばして来ただけだゼ」
「マジか。いいとこあるじゃん。ご褒美に手加減してやろうか?」
「ふざけろヨ。それに、どっちかっテーと怪我より、胸が張って痛ェンだよナ……」
「死ね。もぎ取ってやる」
「俺から取っても、自分のにはできネーぞ」
「いらねーよ。ハンバーグの材料にすっから脱ぎやがれ」


 過去縁のある暁良に狙いを定めたのは、エカテリーナの目にも明らかだった。暁良が負っている痛手が不安材料だが、隙ができれば胸の赤を撃ち砕くこともできるかも知れない。
 片や、凛は内心臍を噛んでいた。腐敗を狙った一射は砲に阻まれてしまっている。畳み掛けなくてはならないのだが、背後ではタリーウ、そしてディアボロとの交戦が始まっていた。

(「――旗色は、良くないですわね」)

 ひとつひとつ、片づけていかなくてはならない。
 凛は宙で身を返した。



●南−1

「えーっと……!」

 頭頂部をぼりぼりと掻きながら瀬木(せき)は得物を覗き込み、弄る。
 まずは状況整理。
 タリーウとディアボロには明、フィオナが当たった。ナターシャと玲治がサシで切り結んでいる。成島には凛、暁良、エカテリーナが相対している。
 となれば、成島のサポートに注力するのが最善手だろう。幸い自分はフリーだ。

「……『アレ』は何やってるのかしら」

 瀬木は眉間を狭めて獅堂 武(jb0906)を一瞥、すぐさまスマートフォン状の得物に視線を戻した。ぐい、と顔を寄せて食い入るように見つめる仕草は、彼女が思いも寄らぬ事象から、思いも寄らぬ形で彼女を守っていた。



「だああああ、上手く撮れねぇ!」

 ズームを最大に、手ブレ補正も付けて撮影を試みるも、なかなかカメラに収めることができない。瀬木は得物を極端に顔へ近付けて操作していた。角度を付ければ目視することはできるのだが、これを撮影しようとすると瀬木はぷい、とそっぽを向いてしまう。武の意図に気付いて――ではなく、ただの気まぐれか、ともすれば照れているように見えるのがまたなんとも腹立たしい。
 が、諦めるわけにもいかない。先の斉射を成島が凌げたのは、本人の能力は勿論として、瀬木のサポートが働いている。彼女を止めなくては使徒の連携は崩せない。実力で劣る彼女を崩すのが最も手っ取り早い。
 だから何としてでも、風にそよぐあの鼻毛をファインダーに収めなくてはならないのだ。



●北−2

 球体から射出された赤い光が得物を模してディアボロに突き刺さる。全てディアボロの身体に直撃した。低く唸りながら腰を落としたディアボロはタリーウの全身を完全に覆い尽くしてしまっている。倣うように、明が放った銃弾もディアボロの冗談のように太い腕に直撃してしまう。

「従順なことだ」
「あれは愚直というものだ」

 ディアボロが顔を上げる。じっとりとしたその視線を、明とフィオナは雑に受け流した。これに腹を立てたのか、それとも熱意を増したのか、巨漢は幾らか、前のめりになった。
 凛が照準を合わせ終えたのはちょうどこの時。
 音も無く放たれた深紅の一射がディアボロの左足に直撃する。JとZで組み立てられた音が辺りに鳴り渡り、排水溝のような臭いが辺りに蔓延し始めた。
 振り払うように、畳み掛ける。明の銃弾、そしてフィオナの赤光を受けると、ディアボロは成す術もなく前のめりに倒れた。
 過程の狭間、巨漢の股ぐらからは悪魔の眼差し。
 刹那、フィオナは違和感を覚える。

「ふむ」

 そよ風を受けたような心地だった。現場は無風ではなかったが、自然のそれとは向きが異なる。
 正答は明から。

「今のが幻術だ」

 『感触』が過去受けたものと似ていた。加えて、今の感触に疑問を抱けるのなら術が届かなかった証左と言える。
 ただ、『薄い』。手を抜くような手合いではあるまい。となれば、疲れか、純粋な力の減少か。



●東−2

 凛が視線を逸らした瞬間、成島は次なる一手を打っていた。
 それは移動。
 アスリートのような身のこなしでひらりと跳躍する。ただそれだけであった。
 しかしながら、その効果は絶大であり、

「……チッ」

 暁良は舌打ちを残し、昏睡してしまう。
 力なく前のめりに、成島側へ倒れていく。暁良の具合はエカテリーナも承知している。最悪の展開を阻止するべく、成島の四肢、そして砲に狙いを定める。しかしとうとう、引き金を握ることはできなかった。

「よっ、とぉ」

 成島は左肩に暁良の顎を乗せさせた。垂れた暁良の体が成島の前面を覆ってしまう。
 嫌悪に満ちたエカテリーナの視線。これに構わず成島は砲を体の右側に掲げる。即席のバリケードの完成であった。胸の『華』は未だ健在、隙間はゼロではないが限りなく狭く、突破には飛び切りのリスクが付きまとう。


「貴様――!」
「これが流儀だし、こっちも必死なんだよ。サーバントじゃあるめぇし、考える頭くらいあるっての。
 上手に狙えよ? 『防ぐ』けどな。自信がねぇなら指でもしゃぶってろ」


 『華』を狙ってくるのは想定の内。初手の猛攻を防げたのが瀬木のサポートありき、というところだけは気に入らなかったが、まあ圧倒的優位に立てたので良しとする。ただ持っているだけで相手が手を出せない、最強の盾を手に入れたのだから。顔にこそ出ていないものの、エカテリーナが歯痒んでいるのが手に取るように判る。
 そよ風のような何かが辺りを吹き抜けた。

(「……なんだ? 今の」)


 成島の背筋が粟立つ。
 エカテリーナの銃口が、僅かに流れた。


「構わんぞ。続けろ」
「あ゛?」
「『敵』が自ら纏まってくれたのだ。これが好機でなくて何だと言う?」

 発砲。
 成島が防御するまでもなく、その弾丸は暁良の腹部を食い破り、成島の腿を削り取った。

「主張がブレてねぇか?」
「黙れ。黙って撃たれるが良い、タリーウ様に仇成す敵共め」
「……あー、そゆこと」

 さて、どうしたものか。
 いや、放っておけばいいか。
 それよりも――




 凛が事の異変に気付いたのは、上記のやりとりが行われた直後だった。

「何ということを……!」

 敵が仲間を担ぎ、仲間が仲間ごと撃っている。これを危機と言わず何と言おうか。

「狗月さんの援護を!」

 発すると同時、視界が灼(や)けた。
 視線を流す。鮮烈な光、その奥にはぽっかりと空いた砲口、そして敵意一色の眼差し。

「ウロチョロしてんじゃねぇよ!」
「……っ!!」



 直撃。
 爆発。



●南−2

「おいおい……!!」

 旧知の声と震える空に振り返り、目に飛び込んできた光景に、武の肝は存分に冷えた。
 駆け込み、複雑に揃えた指を衝き出して暁良へ光を送り込む。幾らかは癒えたもののいつまで持つか。
 もう一刻の猶予もあるまい。左手で撮影を試みるが、画面に映ったのは抽象画じみた射線だけ。
 この時、瀬木はふたつの意味でフリーであった。ひとつは前述のとおり攻撃を受けていない点。もうひとつは、サポートが必要な状況にある仲間がいなかった点。要約すれば、手が空いていたのである。

「……ね、ねぇ」

 片手に二刀、片手にスマートフォンを持った武が顔を向けてくる。

「な、何やってるのよ」
「見りゃ判るだろ!?」
「わかんないから訊いてるのよ!?」
「あ、でもいいや。動くなよ」
「ちょ!?」


 パシャッ(回避)


「何撮ってるのよ!?」
「避けるなよ!!」
「だからなんでよ!?」
「だから!!」

 こんなやりとりをしている場合ではない。事は一刻を争う。
 だから。

「てめぇの鼻毛を撮影して見せつけてやろうと思ったんだよ!!」
「え、うそ」



●北−3

 笑みをそのまま、両目を細めて明は身を翻した。言葉は残さない。視線も飛んでこなかった。
 独り、巨体に相対することとなったフィオナは、しかし動じず赤光を放ち続ける。凛が穿ち、蝕んだ表面に、赤い得物は小気味よいほどに容易く、深く突き刺さった。

「先の微風はどうした? よもや種切れではあるまいな」

 巨躯の奥へ言葉を送りながら、三度球体を展開、発現させる。
 慄いたようにディアボロが喉を鳴らした。が、そんなものはフィオナの耳には入らない。

「或いは送り続けなければ用を成さぬか。ならばなんとも、不便極まりないな」

 フィオナが示した方角へ赤の突風が吹き抜ける。ディアボロの体がまた削れた。崩れた。
 ぼとぼと、ばたばたという物音の奥、微かな吐息が耳に届く。

「興味が無い、と言ったな。我もだ。貴様の所感に興味など無い。
 我は王だ。貴様如きが何と抜かそうと変わらぬし、揺るがぬさ。
 先の言葉、その愚、死を以て償え」

 四度目の展開。
 もうやめてくれ、とディアボロが哭いた。



●西−2

 短刀の乱撃と四肢の連撃が絶え間なく押し付けられる。呼吸、瞬きの間を誤れば、次の瞬間には首を落とされるか腸をもぎ取られるかという攻撃を、玲治は懸命に防ぎ、凌いでいた。
 凌ぎながら位置を取る。得物は威力よりも迅さを主眼に、コンパクトに振る。これを避けるナターシャの挙動は大きなものだった。長い金髪が朝日に煌めく。

(「あと半歩、ってとこか」)

 顔面目掛けて衝き出されたナイフを、受けずに屈んで往なす。使徒の眉が歪んだのがはっきりと見えた。
 飛び跳ねるように起き上がりながら、両手で握った槍をナターシャの首元目掛けて衝き出す。
 肩まで痺れるほどの衝撃が返ってきた。
 手応えは絶好、結果も上々。ナターシャは二度受け身を取り、遥か彼方に着陸した。
 得られた猶予は多くて一手。
 肩越しに振り向いた先では、使徒が仲間を担いでいる。



●東―3

 激痛が全身を捻り上げてくる。落ちていく最中、身体を吹き抜けてゆく風の心地よさに、凛は危うく目蓋を降ろしそうになっていた。
 そこへもう一陣の風が届く。それは気ままな朝のそれでも、魂を奪う忌むべきそれでもなかった。
 全身を包み込む柔らかな風が、凛の体の傷をつぶさに癒していく。
 目を見開いた。飛び込んできたのは明の流し目、次いで鼠色の地面。

「……っ!」

 緋色の銃身を抱えたまま、片手と両足で猫のように着地する。位置は成島の正面、エカテリーナの傍ら。

「邪魔臭ぇ……!」
「エカテリーナさん!」
「これで終わりにしてやろう」

 凛の銃口は成島へ。
 成島の砲口は凛とエカテリーナへ。
 エカテリーナの銃口は暁良へ。

「死ね」
「エカテリーナさん!!」

 ドラムマガジンが唸りを上げる。



●西―3

 着地し、顔を上げたナターシャの視界に、否応なく成島周囲の光景が飛び込んでくる。先ほどまで自らと切り結んでいた玲治をはじめとして、多くの撃退士が集結しつつあった。
 成島をこの局面、この場所で、潰されてしまうわけにはいかない。
 跳ぶ。低く、速く。一息であちらへ到着する為に。
 放たれた矢を思わせるような軌道。
 その頂点付近で、

「――っ」

 急遽紫色のナイフを振り下ろした。
 否応なく体重が全て乗った一撃を、両刃の直刀が出迎える。

「……全く――」

 尖らせた眼差しを向ける先で、

「ふむ」

 長いプラチナブロンドが軽やかに流れ、愉悦を含んだ笑みが現れる。

「我が手ずから割るまでも無かったか」
「悪魔の相手はどうしたの?」
「一先ず片は付いたのでな」

 視線を流したナターシャが、事態を把握して舌を打つ。
 フィオナが鼻を鳴らした。

「そんな顔をするな。笑え。まだ始まったばかりではないか」



●東―4

 迫る弾丸を『盾』で防ごうとした成島の前に厚い光が飛び込んだ。光は成島らに届くはずだった衝撃を完全に遮断し、繰り手、玲治に伝搬する。

「あ゛ぁ?」

 声を上げた成島の背に、歪な軌道を描いた雷が直撃した。派手な音が轟いたのはインパクトの瞬間。
 不意の衝撃に身を反る成島。
 勢い、『盾』から生え伸びた彼女の側頭部に、無色透明の矢が激突する。

「ッ゛!!」

 体勢を崩した成島の目に映ったのは、覚悟に染まった凛の眼差しと銃口。

「狙撃メイドが貴方の華を散らせましょう」
「クソが……!」

 発射は同時。
 交錯する砲弾と弾丸。
 砲弾は凛とエカテリーナの中間に着弾、爆発。
 弾丸は凛が狙い澄ました部位へ、吸い込まれるように突き刺さった。


「……ッソォオオオォッ!!」


 ガラスが割れるような音が響き、粉々になった赤が飛び散る。
 成島の脳裏には幾つもの疑問符が踊っていた。絶対的に優位だったはずだ。間違ってなどいなかったはずだ。そもそもどうして強襲を受けた。『報せ』はどうして来なかった。


「さぼってんじゃねぇぞブス! それともなんかされたンか!?」


「うわああああああああ!? やだ、ほんとに出てるじゃない!! ふんっ(ぶち) いっ……たぁ〜〜……ていうかいつから出てたの!? はっ!! もしかしてアクラシエル様とお話した時から!? そうだとしたらどどどどどどどどうしよう、今度どんな顔でお会いしたらいいか……きっとわたしは愛想を尽かされて――いいえ、そんなことない……とは思いたいけど、ていうか全部抜けたかな。
 ねえナル、もう出てない?」


「 殺  す  ぞ  !!! 」


「っ!? 前!!」


「あ!?」


 振り返った成島の顔面を、硬く握られた拳が打ち抜いた。
 本調子でなかったものの威力があり、加えて不意打ちとなった為、成す術もなくごろごろと転がっていく。
 何度か咽込んでから、強く息を吐いて、一言。

「……ったく、最悪の目覚めだナ」
「狗月先輩!」

 武の光を受けると、呼吸は幾らか楽になった。「ドーモ」と手を挙げると、武は破顔一笑、親指を立てて見せてから踵を返し、戻っていく。
 成島が立ち上がった。

「そのザマでまだやろうってか、おぉ?」
「トーゼン」

 暁良が指で招く。

「今度は俺の『流儀』、受けてみろヨ」
「ンにゃろォが……!」

 砲を投げ捨てた成島が、指を鳴らしながら歩いてくる。



●東―5

 五感を根こそぎ奪いそうな爆風の中、エカテリーナは己を取り戻すことに成功する。悪魔が瞬時に拵えた思考の迷路を抜けたのだ。但し迷っていた間の記憶は残らない。故にエカテリーナは幾らか混乱し、それを諭すように、仄かに香る暖かな光が傷を癒していく。

「……凛……」

 申し訳ございません、と、凛は笑んだまま唇を噛み締める。

「……後は……どうか……ご無事で……」

 目を閉じ、力なく伏せる凛。
 暫し見詰めていたエカテリーナが、鋭い眼光で前を向く。
 こちらに背中を向けた暁良が、腰の後ろにハンドサインを示していた。



●北―4

 四肢を漏れなく、頭を半分吹き飛ばされても尚、ディアボロは命令を遂行しようとしていた。しかしそれも束の間、主が自ら、ため息交じりに背に乗ると、ぐしゃりと潰れて崩れてしまう。
 タリーウが確かめるように両手を開閉する。手応えが消えた。どうやら術から逃れられてしまったようだ。まったく、手間を掛けさせてくれる。
 辺りを見渡し、狙いを定める。同じものでいいだろう。
 手を翳す。
 その腕を、
 横合いから飛び込んできた黒い塊がこの上なく強かに打ち払った。


「……はぁ」


 塊はタリーウの目の前で人の形を模した。模して笑った。否、始めから人の形であった。その軌道と、挙動と、雰囲気と、表情が、悪魔である彼女から見ても人間離れし過ぎていた為、誤認したのだ。

「腹が立ったかね。ならば怒って見せてくれ」

 明の指が黝(あおぐろ)い森に踏み入る。

「万が一、再会を喜んでいるのなら、どうか笑って見せてくれ」

 指の先が丸い傷跡に触れる。生乾きだった。

「長い付き合いじゃあないか。そろそろ『その奥』を見せてはくれないか、タリーウ君」
「……貴方にだけは、言われたくないわ」

 タリーウの指が明の頬に触れた。



●西―4

 紫の刃を六度切り払ったところで、フィオナは唐突に得物を降ろした。
 一瞬遅れて追いついたナターシャが短く、強く息を吐き、その様子をフィオナは小さく笑い飛ばした。

「相も変わらず、仲間には恵まれておらんと見えるな」
「住めば都、と言うわ」
「都にも格というものがある」

 上着を翻してフィオナは進み始める。
 入れ替わるようにして、長柄を担いだ玲治が戻ってきた。

「悪ぃ、待たせたな」
「退屈はしなかったわ」
「そいつは何より」

 ナターシャの眼差しは束の間の休息を取る玲治ではなく、この場を離れるフィオナの背に注がれていた。眉が寄る。アレがあちらへ向かうなど、明るい展望を持てるわけがない。
 しかめっ面を圧縮された日光が照りつけた。見れば、随分高くまで昇った太陽の恩恵を一手に受ける矛先が、真っ直ぐこちらに向けられている。

「続きだ。
 言いそびれてたが、行かせねぇぜ」



●南―3

 身を竦ませ、胸の前に得物を抱えて縮こまる。最大限の警戒を続けながら、瀬木は、しかしほんのりと頬を染めていた。

「し、指摘だけは、い、一応、か、感謝しておいてあげる」
「お、おぅ……?」

 武は大いに困惑した。罵られ詰られるものとばかり思っていたのに、まさか感謝されようとは。
 頭を振り、切り替える。
 撮影という目的は果たせなかったが、敵の連携を破り、厄介であった『華』を撃破できたことは収穫と言える。状況はかなり進んでいるが、ここで自分がやるべきことは――

「成したい事を成すが良い」

 腕を組んだフィオナが隣に並んだ。

「コレは我がやってやる」

 武は頷き、駆け出した。
 更に全身を硬直させた瀬木がここぞとばかりに声を荒げる。

「な、なな、何よ!? やろうっていうの!?」
「人形が喚くな」

 フィオナが腕を解き、得物を手にする。
 対して瀬木は、小型のそれを握り締めるのみ。



●東−6

 成島の体術は、技術でも武術でもなく『暴力』であった。感情の赴くまま、有利不利度外視で狙いたいところに打ちたい技を繰り出す、幼く、拙いと言えてしまうものだった。しかし繰り手は使徒、一撃の重さは推して知るべし。
 文字どおり空を切る上段回し蹴りを、暁良は静かに屈んで往なす。後の先を取ることは暁良の十八番、まして狙いが判り易い大振りの相手であるならば、体調を加味しても回避行動は現実的な選択肢だった。
 スライドするように踏み込み、突き上げるようなブローを叩き込む。力が入り切らない腕が歯痒かったが、届いたし、成島も身を捩った。
 が、寸分も怯みはしなかった。目の前で動きだし、振り上げられた膝を暁良は懐に飛び込むことで直撃を避ける。
 そのまま突き飛ばした。立ち合いから、位置を入れ替えた形となる。

「ンの――」

 成島の口が動く前に、
 言葉が喉を昇り切る前に、
 彼女の背中に、ロケット弾のような巨大な光が激突、炸裂した。

「――ッ」

 仰け反る成島を迎えるように暁良が連撃を放つ。迅速な二連の拳は、どちらも体の深い創を捉えた。
 二歩後ずさる成島。その焼けた背にエカテリーナが再び照準を合わせる。


「大人しく死んでおけ。人間でなくなった今、貴様らに、この世に留まる資格はない」


 この言葉に、成島は反応を示さなかった。だらりと両腕を垂らし、ただ佇むのみ。
 しかしこれはエカテリーナの視点であったから。
 正面にいた暁良は、成島の両目が、ある瞬間、まるでサーチライトのようにずるりと背後へ流れたのを確かに見た。


 逃げろ。


 暁良が言うより先に成島は跳んでいた。その軌跡に比べれば、砲撃など児戯と等しかったかも知れない。
 両肩を掴んだ成島が地面へ向けて押し倒してきた。ガン゛、と自身の頭の音を聴きながら、成島の胸の疵口を銃口で抉り上げる。それでも成島は止まらず、顔面に拳を振り下ろしてくる。

「……貴様――」

 発砲、発砲発砲発砲発砲。
 ありったけの光を撃ち込むと、成島が咆えだした。しかしそれはダメージによるものではなく、猛りによるものであった。
 揃えた両膝が振り上げられ、怒号と共にエカテリーナの腹部に突き刺さる。
 くの字に折れたエカテリーナ、その四肢が地面に落ちる。

 成島が立ち上がった。

 暁良が腰を落とす。
 直後、予期していたとおり、あの獣じみた挙動で成島が迫ってきた。否、語弊がある。『突如目の前に現れた』。
 槍のような前蹴りが暁良の腹部に突き刺さる。得られた手応えは絶好のもの。
 鼻を鳴らす成島。
 その視界で、艶やかな唇を赤い舌が慎ましく慰めた。
 直後、成島を拳の乱打が襲う。
 4発、
 全弾、
 胸部に命中
 にも関わらず、いや、だからこそ、暁良は舌を打った。

(「チッ……足りネー」)

 襟首が強く掴まれる。
 溜息を吐いた暁良の顔面に、成島は、自身の額を思い切り打ちつけた。



●南―4

 フィオナは僅かに困惑していた。


「ひゃああああっ!?」


 今自分が相手にしている存在は、本当に使徒なのだろうか。

 牽制のつもりで振った刃は瀬木の二の腕を易々と裂いた。回避は未熟、というより行ったように見えなかった。皮膚も肉も生娘のように柔らかい。付け加えるなら、戦う意志を見せなかった。反撃も、その素振りさえ、無かったのだ。

(「本当に恵まれておらんのだな」)

 振る。斬る。転ぶ。追う。既に討伐の態を成していなかった。
 振る。斬る。転ぶ。追う。まるで狩りという有様だった。
 振る。
 『変更』。
 振り被った得物に厚手の光を覆わせる。
 直後、そこへ『暴力』が激突した。衝撃は凄まじく、その勢いを殺す為、フィオナは4歩の後退を余儀なくされる。
 この間に成島は瀬木の前に滑り込み、フィオナを睨みつけた。心だけは未だ折れず、というのが第一印象。満身創痍の典型のような有様で、それでも両目だけはどうしようもなく燃え滾り続けていた。

「躾がなっていないようだな。貴様らの主も器が知れる」
「……ッ!!」
「なんだ、その眼は。人形が粋がるな」

 瀬木は成島の陰に隠れてしまっている。
 庇うように立ち上がった成島は、かひゅう、と器官を鳴らしていた。



●西−5

 ナターシャの攻めは一層激しいものとなった。振り下ろしたナイフをフォロースルーの途中で逆手に握り直し、突いてくる。玲治はこれに肩を差し出して受け、槍の柄尻での突き上げを試みた。屈んで躱したナターシャが低い姿勢から蹴り上げ、光刃による斬り下ろしのコンビネーション。どちらも受けた玲治は、しかしどちらも耐えきった。踏み込み、渾身の力で矛先を衝き出す。
 額にこれを受けたナターシャが身を反りながら下がっていく。下がりながら両手で投擲してきた。
 スリーマンセルのナイフが腕を交叉させた玲治に左右から襲い掛かる。
 皮が破れる音、肉が裂ける音、骨が削れる音、その3つが同時に、体の6ヵ所から轟く。
 玲治は倒れない。笑みを湛えて顔を上げる。
 ナターシャは肩幅に脚を開き、胸の下で腕を組んでいた。

「正直、落ち込んでいるわ」
「化粧でも乱れたか?」
「これでも、使徒の中ではそれなりのレベルだと思っていたのだけど」

 間が合ったとはいえ、撃退士ひとりに抑え込まれてしまうとは。

「私達の負けよ」
「そうだな」

 駐車場の南では、傷ついた成島と瀬木がフィオナと相対している。
 ナターシャの言葉は続いた。

「見逃してくれないかしら」
「ふざけんな、って言ったら?」
「貴方は今日、死体を3つ持ち帰ることになるわ」

 玲治の笑みの質が変わる。
 申し出を断れば、この女はやるだろう。
 冷静に、念入りに、完璧に成し遂げるだろう。
 例え自分が命を落とすことになろうとも。

「今回だけだ」

 玲治が得物を降ろす。

「万全に治してこい。旧いのも、今日のも。次は万全のお前を止めてやるよ」
「胸が躍るわ」

 溜息を落としたナターシャが、身を翻して同僚の許へ跳び込む。
 成島は服を掴んできた。
 瀬木は背中にすがってきた。
 フィオナは得物をしまい、腕を組んでいた。

「意外ね、行かせてくれるなんて」
「興が冷めたのだよ。
 足手まといなど、金輪際連れ回さぬことだ」

 視線だけで反論してくる瀬木。鬼の形相で睨み返す成島。
 両者を左右それぞれの腕に抱えて、ナターシャは遥か彼方へ跳び去った。



●北−5

 明の頬に触れた指、タリーウの術が放たれる直前で、明の鉄腕が悪魔の腕を打ち払った。がら空きになった悪魔の体を十字の木杭が袈裟懸けに薙ぎ払う。ばっくりと割れた傷口から鮮血が噴き出した。
 タリーウが手を伸ばす。掌が役目を果たすより早く、明が懐に飛び込み、腹部に勢いを乗せた杭を叩き込む。
 深まる笑み。
 陰りもしない瞳。
 明の腕がタリーウのそれを再び打ち払った。強く弾かれた右腕が、中ほどに窪みを抱きながらも三度伸びようとしてくる。愚直であり、純粋なのだろうと、明は笑いを改めて『横へずれた』。
 入れ替わるように前へ出た武が、腹から吼えて双刀を振り下ろす。


 ばんっ


「やり過ぎたんだよ、てめぇの腕は!!!」


 右腕を8割ほど断たれたタリーウは、顔色ひとつ変えずに体二つ分後退した。傷口から零れる血液がばたたたた、と地面を叩く。
 構えを改める武が見つめる先、ぶら下がっている右手の指は動いていない。
 明はタリーウの顔を見詰めて身体を撓ませた。
 悪魔の視線は明でも、武でもなく、遥か彼方を眺めていた。

 一瞬の間。

 顔を伏せたタリーウが両の翼を展開。鳥のような右翼、彩色のひし形が並ぶ左翼を一息で羽ばたかせ、上昇していく。舌を打った武がショットガンの引き金を握った。散弾は悪魔の脚の肉を幾分削ぎ落とす。やはりタリーウの表情は変わらない。
 それは彼女が屋上に至っても同様であった。

「……はぁ……」

 溜息ひとつ、肩越しに振り返る。
 獣のような貌で笑った明が、左翼を掴んで噛み付いた。
 中ほどを噛まれ、拉げた骨格から色とりどりの結晶が落ちて、割れて、砕けた。
 断末魔のような物音、それに紛れるようにして、タリーウは飛び去った。速度こそあったものの、軌道はまるで夕闇の蝙蝠のように歪なものであり、明が覗き込むように目を凝らしたが、やはり表情に変化は見受けられなかった。










●天

「……悪ィ、ウチが手ぶらじゃ帰りにくい、なんて言ったから」
「わ、わたしも、その……」
「とにかく全員傷を治して、アクラシエル様の指示を仰ぎましょう」
「おう」
「ねえ。ナルはどうして使徒になったの?」
「なんだよ、突然?」
「あ、わ、わたしはね――」
「ナルに訊いたのだけれど」
「わたしにも訊きなさいよぉ!!」

 暴れる瀬木を抱え直し、ナターシャは関東の雑踏、その闇に紛れ込み、目前となった横浜を目指す。










●魔

 人を失い、悪魔に蹴散らされ尽くしたその土地に、タリーウは独り、墜落した。


依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: 崩れずの光翼・向坂 玲治(ja6214)
重体: −
面白かった!:4人

紫水晶に魅入り魅入られし・
鷺谷 明(ja0776)

大学部5年116組 男 鬼道忍軍
奇術士・
エイルズレトラ マステリオ(ja2224)

卒業 男 鬼道忍軍
『天』盟約の王・
フィオナ・ボールドウィン(ja2611)

大学部6年1組 女 ディバインナイト
崩れずの光翼・
向坂 玲治(ja6214)

卒業 男 ディバインナイト
紅茶神・
斉凛(ja6571)

卒業 女 インフィルトレイター
暁の先へ・
狗月 暁良(ja8545)

卒業 女 阿修羅
桜花絢爛・
獅堂 武(jb0906)

大学部2年159組 男 陰陽師
負けた方が、害虫だ・
エカテリーナ・コドロワ(jc0366)

大学部6年7組 女 インフィルトレイター