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マスター:十三番
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
参加人数:6人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2016/04/21


みんなの思い出



オープニング

●独白

「こんなもの、かしらね」

 独り呟く。
 久方ぶりに帰還したゲートはそれなりに懐かしくもあり、退屈でもあった。
 消耗していたサーバントを補填し、残存していた収穫物を主の許へ送る。それなりに要した手間の中で、横浜で受けた傷も、その殆どが癒えつつあった。
 外を見遣る。
 収穫が不得手、不慣れ、未経験と言っていた連中は何をしているだろうか。一応伝達は残したものの、素直に従っていると思い込むのは楽観でしかない。成島(なるしま)は悪魔に遭遇して戦闘に突入、傾倒しているかも知れない。瀬木(せき)はアクラシエルへの忠誠が強いので収穫に専念しているかも知れないが、何せ手腕が心許ない。御厨(みくりや)の行動は読めない。何処ぞで野垂れていなければ良いのだが。念の為に言及すれば、彼に対して気遣ったわけではなく、効率が落ちてしまうことを危惧しての思案、危惧だった。気遣うような間柄でも、相手でもない。
 閑話休題。
 向かわなくてはならない。
 新たに収穫を始めるよりは、既に動いている連中に合流した方が手っ取り早いだろうか。いずれにせよ、計り知れない手間であることは疑いようもない。
 溜息を残し、ゲートを飛び出して空を行く。
 頬を光弾が掠めて行った。





 花と人には持って生まれた色がある、と言う。
 つまり、サーバントに追い立てられて怯えているだけだった新米少女が、スナイパーライフルを手にした瞬間狙撃の才能に目覚め、尋常でない威力と命中率を叩き出すようになったことも、充分起こり得る確率の現象なのだ。

「弾幕、もっと厚く! 手を休めず狙撃を続けてください!!」

 イチヤの号令に、彼女に並んでいた狙撃班が攻撃を再開、継続する。青空を貫いていく流星群のような光が、空に浮いた一点――ナターシャ(jz0091)に降り注ぐ。
 舌を打って身をよじり、或いは手にしたナイフで光弾を切り落とすナターシャ。であったが、攻撃は余りにも執拗だった。ひとつ、またひとつと皮膚を掠め、とうとう大腿部に直撃を許し、ナターシャは進路を変更、急降下で眼下の市街部跡地へ降り立つ。
 その直後であった。


「かかれェェェェェエエエエッッッ!!!」


 物陰に潜んでいた撃退士が、それぞれの得物を掲げて、一斉にナターシャへ飛び掛かった。長柄が、刃物が、鈍器が、全方位から高波のように襲い掛かる。

「っ」

 ナターシャは身を屈めてから地を蹴った。爬虫類を思わせる軌道で進み、撃退士を潜り抜け、通路に突入、着地する。
 そこには体格の良いリーダーが待ち受けていた。

「っらああああああああッッッ!!!」
「ッ!」

 撃退士――アザカタ渾身の飛び蹴りが、ナターシャが交叉させた腕に激突する。使徒は靴底をずりながら後退、再び戻された交差点で撃退士の乱撃を受ける。

「続けろ! 仕留めちまえッ!!」
「……調子に――」

 紫色の光が炸裂する。
 光は全て、刃を模していた。それが不規則に、しかし一斉に弾け、取り囲んでいた撃退士に突き刺さる。
 崩れた陣形にアザカタが殴り込む。上から押し込むような一撃を腕を盾に防いだナターシャであったが、次ぐボディブローはまともに受けてしまう。それでも反撃に放った刺突はアザカタのどてっ腹に深く突き刺さったが、アザカタは攻撃の手を休めず、また、周囲の撃退士も立ち直り、両目をギラつかせながら得物を握り直していた。
 ナターシャは判断する。これ以上の戦闘は消耗が過ぎ、且つ、自身には向かうべき場所があり、するべき役割がある。
 アザカタを蹴り飛ばすと、その足でナターシャは地を蹴った。遠く、後方へ飛び退き、鬱蒼とした森の中へ飛び込んでゆく。





「……――」

 ナターシャは注意深く周囲を観察した。迂闊に飛び出せば再び狙撃兵の的となってしまうだろう。彼女にそう思わせるほど、先の狙撃は密度の高いものであった。
 木漏れ日が風に揺れている。
 どこかで小鳥が飛び立った。

「……」

 じっとしていれば追手が駆け付けるかも知れない。繰り返すが、こんなところで浪費できる時間はないのだ。
 踵を返す。
 鋭い光が視界と水平に走った。
 身を反ってこれを躱す。
 木の葉を蹴散らし、後退する間、相手は奇襲の空振りを惜しむ素振りさえ見せず、得物を正眼に構え直していた。

「行くよ」
「迷惑だわ」

 石、木の根、育ちきった草花。紛うことなき悪路を撃退士――ウズナは滑るように進んだ。踏み込んでの唐竹割りは静寂と鋭利の極み。音も無く、定められた道をなぞるように、その剣閃は走った。
 ナターシャは半身で躱す。挙動についていけなかった金色の髪が、ぞり、と悲鳴を上げて草に落ちた。
 低く踏み込んだナターシャの刺突は腰を引いて回避。しかしこれはナターシャも想定の内、跳びながら横薙ぎにナイフを振る。ウズナは仰け反りながら屈んで避けると、そのまま引き気味に刀を振るった。胴を狙ったそれは、しかしナターシャが咄嗟に現したナイフの腹に受け止められてしまう。
 互いに弾き合う。距離は然程開かず、それも長くは続かなかった。
 木の幹を蹴って、ナイフを引いたナターシャが迫る。
 ウズナは上体を反らしていた。が、瞳は粛々と滾りながら使徒を捉え続けていた。

 接近。

 交叉。

 二閃。

 枝を頼りに減速したナターシャが着陸、顧みる。
 ウズナは右手で刀を掲げ、切っ先を使徒の首先に構えていた。左手は自身の首元、深々と切り裂かれた部位を抑え、出血を僅かに遅れさせている。
 ナターシャの頬をそよ風が撫でる。相手程ではなくとも、深い創はすぐに血を溢れさせ、彼女の鎖骨を汚した。
 使徒は三度、地を蹴った。枝を背中に圧し折らせ、唯々、距離を稼ぐことだけを目当てに跳躍したのだ。
 独り残されたウズナは、患部を強く押し込みながら膝を地に突き、笑った。





「仇を討つ、なんて言わないよ。同じことも頼まない。あれはこっちのハナシだからさ」
「雇われだが、意地もプライドもある。余力があったら伝えてくれ。『千葉でこれ以上の勝手は許さねぇ』」
「後はお任せしました、久遠ヶ原の皆さん!!」





 通信を終えたあなたたちの目の前へ、随所に傷を負ったナターシャが着地した。


リプレイ本文

●A

 初手は陽波 透次(ja0280)が取る。まだナターシャがこちらの数を確認している段階で、既に透次は出立していた。
 初速、加速、共に十全。軽やかとさえ表現できる挙動から、同質の斬撃を繰り出す。
 首を強く傾げたナターシャが、現したナイフを以て、胸の位置で刀を受け止めた。強く、硬く、高い音が林に木霊する。

「言伝を、預かっています」

 ――『千葉でこれ以上の勝手は許さねぇ』

「言って聞く相手だと思う?」
「思えません。
 ただ、同感です」

 ここで行かせてしまえば、多くの誰かが収穫の餌食となる。

「ですから、行かせません」

 両者の会話はこれきりだった。
 刀を上に弾いたナターシャが、その位置からナイフを振り下ろす。三日月を思わせる剣閃を透次は半身で回避する。油断はない。彼女の体がまだ動くと言っている。
 低い位置から突き上げるような回し蹴り。顔面を狙って繰り出されたそれを一歩分飛び退いて躱す。
 脚を戻す最中、ナターシャの視線は透次から外れていた。透次は注視する。使徒の手には、数える気にもなれない数の、紫色のナイフが握られていた。
 次の瞬間、それらが彼女を中心に、全方位へ放たれる。
 ナターシャは事態を測り兼ねていた。確かに3名がこの場にいたはずなのに、気配がひとつ足りない。透次の急襲、そして隠れた者の迅速な行動が功を奏した形となる。
 弾丸宛らの速度で迫る刃先の帯。透次はこれを身を屈めて潜るように往なし、向坂 玲治(ja6214)は発現させた光の翼で大半を弾き返し、その衝撃に耐えててみせるという離れ業を見せつけた。

「よう。横浜以来だな」
「そうね」

 言葉に耳を貸しながらもナターシャは洞察、理解する。

(「庇ったわね」)
(「ま、気付くよな……だからどうした。通さねえよ」)

 腹が張るほどの声を出して踏み込んだ玲治が、渾身の力をもって白槍を振り下ろす。気迫が僅かに冷静さを凌駕したか、後退して難を逃れたナターシャであったが、その軸足は半歩分、足元の石砂に取られてしまう。
 すかさず透次が斬り込んだ。振りは中ほど、刃圏に収めながら踏み込まれ過ぎぬ一撃、その切っ先がナターシャの頬を掠め、赤い線を一筋描く。
 ナターシャは即座に反撃に転じた。紫光のナイフを逆手に握り、蛇のような挙動で切り掛かる。
 透次はこれを得物で弾いた。視線は標的――こちらの全体を捉えている。身体の振りは素早く、隙も無駄も無い。そして恐らく、ナターシャからもそう映っていることだろう。相手の総てが補足でき、得られる情報を処理でき、対応できるほど、研ぎ澄まされている。
 瞬間、幾重にも連なる剣閃の激突。煽りを受けた水面が弾け飛ぶほどの熾烈さ。
 得物を握り直した玲治が、ここへ文字どおり横槍を入れる。剛腕をもって脇腹を狙った刺突は、しかしナターシャに伏せられて避けられてしまう。
 続くナターシャの斬撃は攻防を兼ねた。玲治の槍を弾きながら透次への斬撃へ転じる。
 玲治が踏ん張り、透次が下がり、ナターシャが両腕を振った。
 刹那、乱れ飛ぶ紫刃。
 舌を打ち、玲治が広げた光は防御が間に合う。これでもかと続く鋭利な衝撃は玲治の口角を吊り上げさせた。
 対して透次はほぼ密着した状態での対応を余儀なくされる。
 しかし透次には見えていた。此処が、此処こそが機。
 軸足を大きく下げ、往なせぬ一本のみを斬り、弾く。返す身と刀には禍々しくも美しい金色の光が宿った。
 踏み込み、使徒の身を斬り上げる。手応えは一瞬であり、悠久のようでもあった。更に進み、再びの一閃。此度は線どころではない。深々と二度斬り付けられた使徒の創から鮮血が噴き出した。
 玲治の翼を模した光が消え、翼を広げた狗猫 魅依(jb6919)が前へ出る。

「あなたには恨みはないけど……これで堕ちなさい」

 拘束具が砕けると、瑞々しかった指先が艶やかさを帯びた。
 その手が槍を握る。色は黒。冥の力の結晶、打倒の意志の塊。
 放たれる。
 黒槍の先端はナターシャの脇腹に直撃、貫通する。解れた腹から大量の赤が零れ出た。
 玲治の追撃が使徒の背面に決まる。強烈な刺突を受けたナターシャは河川へ転倒、しかしすぐさま立ち上がる。
 追撃すべく動いた透次の前で、ナターシャが両腕を広げ、戻した。
 眉を寄せる透次の目前に切っ先の帯が迫る。身に宿る力を燃やし、透次はこれを間一髪回避。
 同じ攻撃は魅依にも迫っていた。が、これは玲治が広げた右の翼が庇い、防ぐ。

「ありが――」
「まだだ」

 言葉のとおりであった。弾かれた紫の刃は、しかし形をそのままに体勢を持ち直し、再び魅依に迫り来る。
 玲治はこれを読み切っていた。返す左の翼がこれを悉く受け切り、防ぎ切る。蓄積しつつあった負荷が、口に赤と笑みとなって浮かび上がった。

「いいぞ。決めてやれ」

 無言で肯いた魅依の手に再び黒槍が現れる。
 ナイフの追撃を再びアウルを爆発させて透次が進んだ。
 繰り出した鋭い刺突がナターシャの肩を捉える。
 逃れようとするナターシャ、押し込もうとする透次。
 両者の拮抗が産んだ一瞬の硬直。
 これを逃さず、魅依が再び放った黒槍は、宙を貫きながら直進、ナターシャの頭部に直撃する。
 森が竦み上がるような音が弾けた。
 炸裂する黒に押されるように、ナターシャが川の中へ転がってゆく。
 白槍を構えて前へ出る玲治。
 横目に確認しながら距離を測る魅依。
 刀を握り締め水上を征く透次。
 三者の目の前で巨大な水柱が上がった。
 停止は一瞬。柱の奥からナターシャが飛び出したのを見るや、魅依がライフルを、透次が双銃を取り出して射撃を開始する。しかしナターシャの速度は凄まじく、距離的にも直撃させるのは困難を極めた。
 それでも両名は暫く狙撃を続けた。少しでも、僅かでもプレッシャーになれば、と。
 やがて魅依が銃を降ろす。

「逃がしてしまいましたね」
「なに、狙い通りだろ」

 肯く魅依の隣で透次が携帯を取り出した。

「問題なく、そちらへ向かいました。
 後は、頼みます」



●B

「わかりました」

 短く応え、山里赤薔薇(jb4090)は通話を終えた。見上げた先、空には既にナターシャの姿が小さく見えている。歴戦の兵である使徒が、この、逃げも隠れもできない場所へ向かってくるのだ。
 できることを、やらなくてはならない。

「よーう! 待ってたぜ!」

 手を振る赤坂白秋(ja7030)の隣で喉を広げる。

「来い!
 私はここだ、来い!!」

 ライフルの引き金を握ると、銃口から光が飛び出した。未だ距離は充分ではなかったが、それでも赤薔薇は射撃を続け、ナターシャは丁寧に全てを躱しながら一直線に向かってくる。

「使徒め! 私を殺してみろ!」

 射程内に捕らえた直後の一射、銃口から飛び出したのは圧縮した光。それがナターシャの肩を穿つ。ぐら、と揺れたナターシャは、既にその表情が見えるほど接近してきていた。
 体勢を立て直した使徒が腕を連続して振る。一際大きな紫光の刃は、どちらも赤薔薇を目指してきた。

(「っ! このナイフ……!」)

 咄嗟に腕を交叉させる。どす、と重い音を立てて突き刺さるのと、ナターシャが着地するのはほぼ同時だった。
 激痛。

(「痛くない! 痛くなんか……ない!!」)

 赤薔薇が目を剥き、銀色の双銃を抜いた白秋が口笛を鳴らす。
 ナターシャの全身には、仲間の成果、戦果がありありと残されていた。前面、腹部の創はどちらも深く、割れた頭部から零れる赤は顔の半分を真っ赤に染め上げている。ダメージの深刻さはその表情に浮かんでこそいなかったものの、よくよく観察すれば若干、息も上がっている。ただ、両目だけは光を失っていなかった。
 それがじろり、と白秋へ向けられる。

「おっと」

 揃えたふたつの銃口が凄まじい勢いで光を吐き出した。
 高密度で襲うそれを、ナターシャが素早く、最小限だけ切り落とす。
 往なした銃弾が乾いた土を弾き飛ばし、白秋、そして赤薔薇の姿を一時的に隠してしまった。
 ナターシャが両者の姿を捜し、気配を探る。
 どちらの得物も銃だった。それなりの距離を取っているはず。
 意識を伸ばしたのは、それだけ先の攻撃が鮮烈だったからであり、
 だからこそ、法水 写楽(ja0581)の奇襲は成功した。
 つんのめりながら振り下ろした大剣越しに背中を切り裂く感触が伝わる。

「っ」

 肩越しに振り向いたナターシャが見たのは、したり顔で白い歯を零す写楽の姿。
 身体の周りを廻った大剣が黒の双銃と持ち替えられると同時、その姿が土煙と意識の奥に隠れてゆく。
 考察する暇さえ与えられなかった。サイドから光の強襲を受け、ナターシャが顔を向ける。煙に開いた穴の奥、赤薔薇の姿が見えた。はっきりと見えたし、消えることもなく、剥き出しの敵意は増えていく。
 ナターシャが地を蹴った。向けられた銃口、引かれた射線から幾度となく逸れて進み、間合いに入ったところで身を捻る。またあのナイフだろうか。身構える赤薔薇に放たれたのは、小さく跳んだナターシャの膝蹴り。咄嗟に現した障壁でなんとか軽減には成功したものの、その衝撃から赤薔薇は数歩後退させられてしまう。
 睨み付けた先、ナターシャの手には紫の光。
 備えた赤薔薇の吐息が緊張で震えた。
 放たれる。
 腕を交叉させる赤薔薇。
 直撃する、
 その直前、
 横合いから飛来した銃弾がナイフを弾き、砕いた。

「はっはっはァ! してやったぜィ!!」

 写楽の大声とキレのあるポーズにナターシャの意識が流れる。
 次の瞬間、ナターシャが感じたのは片足への痛烈な衝撃。転倒、流転する視界に映ったのは銃を構える白秋の姿。
 受け身を取りながらナターシャは自覚する。冷静になりきれていない。状況に呑み込まれてしまっている。損傷と疲弊が、誤魔化し切れない域にまで達してしまっている。
 だからと止まってやるわけにはいかない。
 次撃に備えた白秋を切っ先の帯が襲う。咄嗟に盾を現して逃れようとするが、密度が濃く、凌ぎ切ることができない。
 同じ攻撃は赤薔薇らにも迫っていた。赤薔薇は意識こそはっきりしていたにせよ、攻撃を受けた箇所は全て酷く傷んでいた。加えて障壁はあのナイフに通用しない。撃ち落とすには余りにも層が厚かった。
 或いは2名で挑めば。
 視線を流した先、写楽がこちらに駆けてくる。
 有り難い、と、構えた得物の前に写楽が躍り出た。
 何を。
 問う前に、写楽の体、その随所に紫の光が突き刺さる。貫通はこれを許さず、赤薔薇に被害は出なかった。

「怪我ァ、無ェかい?」
「……はい」
「そいつァ重畳」

 笑みを浮かべた写楽が目を閉じて倒れてくる。
 開けた視界の先では、仁王立ちのナターシャが、凄惨な眼差しをこちらへ向けていた。


「………………ナターシャぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」


 赤薔薇が真向から応え、前に出る。
 ナターシャも駆け出した。
 赤薔薇が手を衝き出す。空間に生まれた無数の黒刃が縦横無尽に宙を刻んだ。
 中心にいたナターシャは全身のあちこちを深く、何度も刻まれながらも、両腕で顔を覆うようにして突っ込んでくる。
 やがて走り抜けたナターシャが、赤薔薇に飛び掛かった。軽量の肉食獣を思わせるような挙動だった。
 組み合い、掴み合い、交互に馬乗りになりながら転がってゆく。

「なんとも思わないの!?」

 ナターシャの肘を障壁で防ぎ、脇腹へ零距離の雷光を放つ。

「元は人で、人を守る立場だったはず! それなのに今は……今のあなたは!!」
「愚問ね」

 見上げた先、逆光の中、ナターシャが利き腕を振り被る。

「感情も殺せず、何を成し遂げられるの」

 振り下ろされた拳は、
 障壁を砕き、
 赤薔薇の顔面に突き刺さった。
 頭半分ほどめり込んだ赤薔薇、その跳ねた四肢が、やがて力なく垂れて落ちる。
 意識がないことを検めると、ナターシャは立ち上がり、すぐさまナイフを現した腕を背後へ伸ばしながら振り返った。
 自身の頭には銀色の銃口が、
 紫の切っ先は白秋の首に、添えられていた。
 短く口笛を鳴らした白秋が言葉を零す。

「いい女が台無しだな」

 ナターシャは満身創痍という有様だった。顔の半分は黒ずんだ赤に濡れ、頬の創からも同じ色が溢れている。胸の深く大きな傷を筆頭に、万全な部位は何処にも見当たらない。加えて水場に突き落とされ、大地を転がった彼女は肌も衣服も泥に塗れていた。
 懸命に隠そうとしているのだろうが、肩が呼吸に合わせて上下しているのが窺える。それなのにクリアブルーの双眸はギラギラとした輝きを湛えていた。それがすい、と写楽、次いで赤薔薇に流れた後、白秋に向けられる。込められたメッセージは、敢えて語るまい。

「汚い女は嫌い?」
「ゾクゾクするぜ」

 シニカルな笑みを浮かべ、銃を僅かに傾ける。

「話と頼みがあるんだけどよ」

 喉が微かに、楽になる。

「話から聞くわ」
「あんたが天界につく理由を聞かせてくれよ」

 瞳が一回り小さくなった。

「そろそろ認めちゃどうだい、天も冥も勝ち馬じゃない。今後は手を取り合う動きだってある。
 京都の頃とは変わった。この戦いの『先』を見据えて動くってのも、悪かないだろ」

 はぐらかすことは、できた。黙秘することも、無理ではなかっただろう。
 だがそうした時に無事でいられる保証はなく、確実に生き、逃げ果せられると断じることができぬほど、この時のナターシャは痛手を負っていた。

「思い違いをしているわ」
「何……?」
「付き従った先が偶々天だった。それだけよ」
「……の割には、今は横浜の大将の下なんだろ?」
「そうね。受けた恩は、返さないといけないわね」


 ナターシャの視線が地に向けられ、しかしすぐに戻ってきた。


「話はそれだけ?」
「……いや、まだだ。頼みが残ってる」
「聞くだけ聞いてあげるわ」

 白秋は笑みを潜めると、眉間を寄せ、ひどく落ち着いた声で、こう告げた。

「おっぱい揉ませてください」
「『先』が要らないなら、試してみるのね」

 シニカルな笑みを残して、ナターシャは跳び去った。



●C

 敵の姿がないことを確認して、ナターシャは道端に座り込んだ。
 耳障りなほど呼吸が荒い。あまりにも重い攻撃を受け過ぎた。あと少し何かが食い違っていれば、この場所まで辿りつくことも、自分の呼吸を煩いと感じることも、できなくなっていたかもしれない。
 自嘲気味に鼻を鳴らした。
 向かわなくてはならない。
 これ以上のダメージを受けない為に、誰にも見つからぬよう動かなくてはならない。
 広く煩雑な関東で、どこで何をしているかも判らない同僚を探し出して合流しなくてはならない。
 困難を極めるだろう。
 それでも、やらなくてはならない。
 アクラシエルに受けた恩を返すために、
 そして、
 何より――

「……いいえ。まずは、この局面を乗り切らないとね」

 込み上げる思いを押し殺し、ナターシャは独り、林道を静かに進んだ。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: 未来へ・陽波 透次(ja0280)
 崩れずの光翼・向坂 玲治(ja6214)
重体: −
面白かった!:2人

未来へ・
陽波 透次(ja0280)

卒業 男 鬼道忍軍
撃退士・
法水 写楽(ja0581)

卒業 男 ナイトウォーカー
崩れずの光翼・
向坂 玲治(ja6214)

卒業 男 ディバインナイト
時代を動かす男・
赤坂白秋(ja7030)

大学部9年146組 男 インフィルトレイター
絶望を踏み越えしもの・
山里赤薔薇(jb4090)

高等部3年1組 女 ダアト
諸刃の邪槍使い・
狗猫 魅依(jb6919)

中等部2年9組 女 ナイトウォーカー