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マスター:十三番
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
参加人数:6人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2016/04/14


みんなの思い出



オープニング



 ごめんなさい。ごめんなさい。
 どうか。どうか。ご無事で。





 重いまぶたを持ち上げる。永いこと怠っていたその行いは、彼女に軽い眩暈を齎した。もっとも、それは唯のトリガーに過ぎず、主因は他にあった。
 眼下に広がる人、人、人。幾重の声、足音、そして呼吸音。
 羽虫の巣に放り込まれたかのような圧倒的な不快感。

「……はぁ」

 記憶を辿る――というよりは、繋ぎ合せていく。

 『去る一件』であらゆる気力を失くしてからは後輩の外装の上で過ごしていた。何が起ころうが何を言われようが関係がなかった。ただひたすらに目を閉じ続けた。それでも耳だけは、否応なく周囲の音を拾い続けた。
 地球へ。
 お手伝いに。
 目的を。
 やめとけ。
 構わない。
 それ以外にも誰かが何かを言っていた気もするが、気に留めていなかったので思い出せない。
 まずは居場所を理解した。理解した途端、またため息が口をついて出た。
 付きまとっていた後輩はどちらも姿が無い。
 遠くに冥魔のゲートが見える。
 背後には天使のゲートが窺える。
 翼を広げた。鳥のそれに似た禍々しい右翼、装飾が並ぶ幻想的な左翼。

「はぁ……」

 独り呟き、片手を『虫』の群れに翳した。


 ――う゛んっ


 違和感すら覚えない、一瞬の『意思』。
 ただそれだけであったのに、その場にいた人間は全て、時を止められたように動かなくなった。



「向かいなさい」



 そう彼女が呟いた直後、状況は一変した。
 会社に向かっていた男性も、互いに手を取り合っていた母子も、喫煙所で煙草を味わっていた老人も、その全てが、同時に、一斉に、彼方のゲート――つくば市を目指して、全力で走り出した。
 前を行く者を押しのける手間さえ省略して我武者羅に進んだ。
 乗り捨てられた車両に激突してでも最短距離を急いだ。
 転倒した子供を踏みつけてでも先へ先へと向かった。
 踏み潰されて折れ曲がった腕をまるで気にせず駆け続けた。

 確かめるように手を握る。腕に硬く巻かれた黒い布が微かに軋んだ。
 余力は十二分のようだ。技も冴えている。この調子なら、何処の誰かは知らないが、あのゲートの主も――



「なっ……何やってるのよぉぉ!!!」



 せせらぎのように、ゆったりと顔を向ける。
 6本腕の白い巨獣が向かいの屋上に着陸する瞬間だった。
 その背に腰掛ける酷く薄汚れた女が、指を突き立てて喚き立ててくる。

「こ、ここはわたしが先に目をつけてたところなんだからぁっ!!
 それを横取りするなんて、あ、あなた、どういう神経してるのよぉっ!?」

 自然とため息が零れた。視線は背後、彼方のゲートへ。どうやら感じていたとおり、面倒な環境にいるらしい。

「あ、あな、あなた悪魔でしょ!? こ、こいつらだってね、あなたたちに『獲』られるくらいなら、アクラシエル様の御許に下ったほうが絶対に幸せになれるって決まってるんだから!! 邪魔しないでよぉぉ!!」

 赤い双眸が小汚い女――瀬木(せき)を見下ろす。

「貴女も、これらを狙っているのね?」
「そう言ってるじゃないのぉ!! だから――」
「そう」

 悪魔は胸の前で手を打ち鳴らした。


 ぱんっ


 音を聞いた直後――正確には、音が発生した瞬間には既に――、瀬木は息苦しさのようなものを感じた。
 ガラス片を呑み込んでしまったかのような違和感に胸を抑えて、咽込む。
 その拍子に目線を向けた街では、再び状況が豹変していた。


「…………。

 …………。

 …………。

 …………。

 …………。

 …………は?」


 『全てが死んでいた』。

 辛うじてでも生き永らえているものはいない。遅れて倒れるものさえいない。男も、女も、子供も、老人も、犬、猫、果ては鳥、虫に至るまで、等しく折り重なり、積み重なり、もうぴくりとも動かなくなっていた。
 状態には差異が見受けられた。
 見開いた目から血を流している者もいる。
 口から泡を吹いている者もいる。
 胸を抑えて倒れている者もいれば、背中から鮮血を噴き出している者もいた。

「……何を、したの?」
「天使に『盗』られるくらいなら、殺してしまえば面倒もないでしょう。どうせ代わりは幾らでもいるのだし」
「そうじゃなくってぇ!!!」

 冷え切った背筋を冷たいものが伝う。必死に言葉を探したが、見つけられず、質問は同音で繰り返された。

「何を、したの!?」

 悪魔は嘆息。
 説明してやる義理などない。敵方で、ましてや苦手な喧しい手合い。
 解説してやれば退くかも知れないが、その保障は無い。
 加えて、こうして思考することも、この上なく面倒であった。

「な、なんとか言いなさ――ッッ」

 咽た瀬木は、ここでようやく、咳に血が混じっていることに気が付いた。加えて、自身が跨っているサーバントの背にも、深い、大きな裂傷が見て取れる。
 された『何か』。その片鱗を理解すると、血の気がすぅ、と引いていく音が聞こえた。
 それでも瀬木をその場に留まらせたのは、雇い主である天使・アクラシエルに対する絶対の忠誠心。
 指が軋むほど力を込めて、手のひらサイズの得物を操作する。微かな高い音を立てて広がった桃色の環は、無表情で立ち尽くす悪魔をあっさり通過した。
 画面に表示されるデータに目を通す。

「ッ……やっぱり……!」

 強く打った舌で口の中が痺れた。
 思っていた以下のステータスであったが、思っていた以上の練度であった。『これでは弄れない』。

「今のは?」

 悪魔がぽつりと言葉を落とす。

「お、おお、教える義理なんてないわよ!」
「そうね」

 興味も無かった。
 が。

「それで、どうするの?」
「……――や、やってやろうじゃないのよ!!」

 悪魔が何をしたのかは、実際のところまだ判っていない。恐らく精神系の技が得意なのだということは判る。だが、今この場で重要なのは、その真相よりも、それを行使したという揺るがない事実である。
 200でもくだらないのでは、というだけの人間を一瞬にして操り、同じく一瞬にして葬る。
 審議するまでもなく、後者が余りにも危険だ。要するにこの悪魔は、自身が収穫するべき存在を、眉ひとつ動かさずに棄ててしまえる思考の持ち主なのだから。
 サーバントに靴底をぶつけ、威嚇させながらビルを駆け下りさせる。一目で判る速度と破壊力、これであのやる気のなさそうな悪魔が退いてくれればそれが一番楽ではあるが――

「わかったわ」

 ――悪魔は受諾。両腕を広げながら屋上を飛び下り、死屍累々のロータリーに降り立った。
 瀬木は長く深呼吸、悪魔は短く溜息。絶えず視線を注ぎ合う両者の思考は、奇しくもシンクロしていた。


 ここで逃してしまえば、必ず今後の収穫の邪魔になる。






 郊外の都市部にて、悪魔・タリーウと巨大サーバントが戦闘中。
 各員現場へ急行、両名を撃退せよ。


リプレイ本文



 駆け付けたその場所では、あまりに多くの人間が死んでいた。登校前の学生、赤子を背負った母親、死して尚寄り添う年老いた夫婦。つつがなく今日を迎えるはずだった幾多の命が、今はもう、この場所では見る影もない。

「……――何してやがる、テメェっ!!」

 獅堂 武(jb0906)が強く叫んで駆けてゆく。行く先には此度の元凶――黝い髪をした悪魔・タリーウ。その赤い瞳はゆったりとこちらに一瞥をくれて、すぐに余所へ流れた。そこに感情を窺うことはできない。

「何も感じ入る事なく、徒に命を踏みにじったのか………只では済まさんぞ」

 一度深く目を閉じてから、フローライト・アルハザード(jc1519)が黒鎖を手にロータリーへ踏み込む。
 続く鷺谷 明(ja0776)の足取りは、どこか軽やかなものだった。

「一年ぶり、か。久しいね、タリーウ君」

 呟くと、昏い瞳がもう一瞥を送ってきた。





 時同じく、駅に集う撃退士らも行動を開始する。合図は真紅の一瞥。

(「早ク来イ、ってか」)

 狗月 暁良(ja8545)は最短距離を繋ぐ窓を潜り、導線を確保。大きく迂回して狩野 峰雪(ja0345)が走り去った直後、出発した。足場はクリア、加速は充分。
 再び視線が流れてきた。次いで明を視認すると、両目が若干狭まった。

「……はぁ」

 やがて射程内。
 暁良が引き金を握る。
 その直前。


 ――ぱんっ


「ッ」

 タリーウが掌を合わせた瞬間、暁良は腕に痛烈な違和感を覚えた。この一瞬の隙にタリーウはロータリーの端へ低く飛翔、退避、遺体の山へ着地する。
 踵が肉を踏み潰した。ぐちゃり。
 ほぼ同時、タリーウは腹部に些細な感触を覚える。痛みは皆無、射手はこちらを見ず一直線に走り去っていく。
 その代わり――

「目標の悪魔を発見っ!」
「足をどけろ。即刻だ」

 胸元を抑えた武と、額から血を流したフローライトが得物を向けてくる。
 タリーウは再び両手を胸の高さまで上げた。





 悪魔と使徒の戦闘に撃退士が乱入。
 この状況に追いついていない者がこの場に一名だけいた。
 当事者、瀬木である。

(「なんの前触れもなかったじゃないの……!」)

 サーバントへ指示を出すことも忘れ、慌てて得物を操作、桃色の環を放つ瀬木。
 その前にErie Schwagerin(ja9642)が躍り出た。目は線、口は弧。その場違いな表情と甘い林檎の芳香に瀬木が気付くのは一拍遅れてからだったが、待ちかねていたErieの対応は間髪入れずだった。

「瀬木ちゃ〜ん」
「な、何よ……」
「アレどうにかするまで共闘しなぁい?」

 Erieの親指が、背後、タリーウを指す。これを追っていた瀬木の耳には、目標の悪魔を確認、という武の声。

「ダメならダメでも良いけどぉ、その場合は瀬木ちゃんから潰さないとだしぃ……ほら、勝手に体弄られても困るしねぇ」
(「あ……悪魔だけじゃないのね。ま、まぁ当然よね」)

 Erieが笑みを深めると、瀬木は一回り身を縮こまらせた。

「どっちに肩入れしても良いんだけどぉ……」両腕を低く広げて「『こんなこと』されちゃ堪んないのよぉ。それなら、少なくとも人間を殺さずに利用してくれる瀬木ちゃんを手伝った方が、こっちとしても今後都合が良いし……ね?」

 難しい顔をしていた瀬木は、何度か咽て、口から零れるものを拭った。

「っ……わ、判ったわよ……。
 で、でも、勝てるの? っていうか、『これ』は……!」
「見当なら付いてるよ」

 声はサーバントの右前脚の辺りから。
 ぎょっとした瀬木の視線に、峰雪は柔和な笑みで応じる。

「過去の報告と交戦記録から、タリーウが幻術の使い手であること。
 遺体の状況が余りにも多彩過ぎること。
 あなたが器官をやられているのに――」襟を指で下げた。「――僕の首には打撲痕が生じていること」

 続いたErieが頬の傷を撫でる。

「……『思い込まされている』のよぉ」





 意識へ強烈な催眠を捻じ込むことで、肉体にその痛覚を錯覚、自覚させ、肉体へ『反映』させる。餌はおろか敵味方の区別さえ付けられぬ瞬間催眠は、タリーウの奥の手のひとつであった。
 殊更暁良の被害は大きなものとなった。腕の半ばほどがばっくりと割れ、ぼたぼたと赤黒い液体を吐き出している。


 ぱんっ。


 追撃は全く同じ個所に表れる。一段と激しくなった出血に、暁良が舌を打った。

「狗月さん!」

 呼びながら武が交叉させた二刀を衝き出す。送られた光が暁良を包み込むと、目に見えて傷口が浅くなった。

「ドーモ」

 笑みを送る。力強い頷きが返ってきた。
 確かめるように拳を握る。
 帽子の陰から見据えた先、タリーウは暁良と対照的に、開手。


(「まったく、本当に……――」)


 瀬木とタリーウとの決定的な違いは、撃退士との交戦経験の数が挙げられる。
 彼女は知っている。己の術が通用しない者がいる事を。
 そして理解している。そんな小賢しい『害虫』ほど、『この技』に良く耐える事を。
 手を翳した時には、既に準備も、目標も定め終わっていた。『あれになら』間違いなく効く。
 術を――


「そうだ。それを待っていた」


 手首と肘の中点ほどに冷たい感触。
 タリーウはこの傷を目視しない。どうやら裂かれたようだ、という感覚だけで充分。
 但しそのまま捕まるのは拒否、腕を最短距離で振り、体の後ろに回す。その動作が余りに痛みの影響を受けておらず、先読みで峰雪が放っていた弾丸はタリーウの背後、壁を叩くに終わる。そしてこの時、既に術は送り終えていた。





「やらせん」

 フローライトが振るった黒鎖が硬く、高く鳴いて宙を進む。先端の刃がタリーウの脇腹に直撃するが、これを気にする様子は見受けられない。

「さ〜てとぉ……♪」

 Erieが宝石を翳すと、あの涼しげな顔をした悪魔の全身が僅かに、そして、その周囲が明確に歪曲して、タリーウが確かに半歩分よろめいた。

「続けるぞ」
「もちろんよぉ」


「後ろだよ」


 唐突な峰雪の大声、そして、続いた地鳴りに両名が振り返る。
 峰雪は銃を構えたまま駅側へ移動していた。
 彼が陣取っていた場所にはサーバントの脚がめり込んでいる。

「ちょ! な、何やってるのよぉ!?」

 ぺちぺちと胴を叩く瀬木を振り払い、巨獣型が一気に距離を詰め、丸太のような尾で両者を纏めて薙ぎ払った。
 直撃を受けたフローライトは遺体の上を転がり受け身を取るも、その威力から膝を突いてしまう。Erieの被害は更に酷く、両手を衝いて体を起こすのがやっと、という状態。
 赤が混じる咳を打ち、しかしErieは尚も笑う。

「……やってくれるわねぇ……」
「ち、違うのよ!? これは――!」
「悪魔め……形振り構わぬ、ということか」

 瀬木を後ろ足で弾いたサーバントが、その大きな口を開いて詰め寄ってくる。





「エリーさん! アルねぇ!」
「行けヨ」

 拳を打ち鳴らす。

「行ケ」

 もう一度告げると、暁良は振り返らず走り出した。
 正面だけを見据えて進んでいく。赤い双眸がこちらに向いている。構いはしない。
 勢いそのまま、シンプルに、渾身の力を以て拳を打ち出す。
 その速度はタリーウの反応の外。ぞぶ、と音が弾け、白い腹に4本の深い創が刻まれた。
 暁良は踏み止まり、更に攻撃を加えるべく体を捻る。
 目の前には掌が迫っていた。
 舌を打つ。
 視覚外から現れた小型の円が腕を高らかと打ち上げた。
 揃って振り向く。
 物の怪のような笑みを湛えた明が十字の木杭を振り被っていた。

 振り下ろされる。





 尾が力み、しなる。
 両目を見開いたフローライトは、しかし次の瞬間、横合いから思い切り押し飛ばされた。

「フローラ!」

 飛び出したErieに支えられ、フローライトが見上げた先で、
 大蛇のような白い尾を、武が体の正面で受け止めていた。

「……っぐ……!」
「獅堂……」

 尾が離れ、武がよたつく。
 フローライトが支えに向かおうとする――が、それよりも早く武がこちらへ向かってきた。
 そのまま両腕を広げてErie諸共抱きかかえてくる。

「何を……」

 一瞬の逆光。
 直後、


 !!!!!!!!!!!!!!!


 巨獣の口から放たれた魔法弾が武の背面に激突、炸裂、爆発した。
 大きく身を反り、目を閉じて歯を食い縛っていた武が、一転、力なく倒れてくる。

「獅堂」

 揺するが、反応はない。それでも呼吸があることを確認すると、フローライトは武を地面に降ろし、Erieと共に立ち上がった。

「シュヴェーゲリン」
「なぁにぃ?」
「予定変更だ」
「いいわよぉ」
「ちょ、ちょっと!!」

 サーバントの前に瀬木が立ちはだかる。

「や、約束が違うじゃないのよ!?」
「約束ぅ?」

 軽やかに鼻を鳴らしたErieが宝石を翳す。

「あんなの、信じる方がどうかしてるわよぉ」
「……ッ!!!」

 顔を引きつらせる瀬木の後ろで、サーバントがきょろきょろと辺りを見回していた。そこに先ほどまでの敵意は無い。

(「……幻術が解けた、のか?」)

 フローライトが肩越しに振り返る。





「……――呵々」

 明とタリーウは、互いの手を取り合っていた。

「呵々、呵々」

 違う。
 両名の手は、同じ位置にある別の物を、確りと握っていた。

「呵々呵々呵々」

 タリーウが術を中断してでも掴み、今まるで離そうとしないそれは、先の明の一撃に因る成果。

「呵々呵々呵々呵々呵々呵々呵々呵々呵々呵々呵々呵々呵々!!」

 それを無理矢理奪い取り、明は尚も底抜けに笑う。

「判るか、判るだろう、タリーウ君。これが何なのか? 『これが君の何なのか』!!」

 『右側がすっきりとした』タリーウが無言で顔を寄せてくる。

「呵々呵々呵々呵々呵々呵々! 真直ぐ向けているじゃあないか! 重さが変わって大変だろうに! それとも不釣り合いには慣れていたか? 流石に、流石に!!」

 昏い、赤い瞳は見る見る近づいてくる。

「さあ、私『も』成し遂げたぞ。『あの者』もそうしたのだろう?
 ようやく、ようやっと対等になれた。実は、実はね、タリーウ君、呵々呵。私はずっと彼が羨ましかった」

 眼前に右角を衝き出し、高らかに笑った。

「連れて行き給えよ! あれを幽閉していたあの場所へ!!
 見せ給えよ! あれにしか見せなかった貌を!!
 どんな貌をした? どんな貌をする? 何と言葉を紡ぐ? 『こう』された君は『どう』する!?
 見せてみろ!
 見せてくれ!!
 さあ!
 さあ!!!!!!!」

「――っ」

 タリーウの掌底が明の顔面を突き飛ばした。無造作だったようにも、全力だったようにも見えた。
 明は軽々と吹っ飛んでいく。目、耳、鼻、口から血が零れていた。力ではなく技による痛手。それでも笑みは変わらず、どころか更に深まっていた。
 入れ替わるように暁良が前に出る。今なら。今しか。

 ぱんっ

 右腿の裏で肉が裂ける感触。

(「関係ネー」)

 力を込めた脚で地を蹴り、貫通を目指すように突撃、拳を振る。
 得られた手応えは確か――だが、物足りない。見れば、タリーウの右腕は、肘と手首の中ほどが半ばほど千切れていた。
 そこへ遠方から弾丸が届く。ばしゅう、と弾けたそれは患部へ執拗に纏わりつき、ずくずくと泡立ち続けた。


「ふう。今度は当たったね」

 雷光を湛える拳銃を握り、峰雪がより良い射線を確保する。

「遠くからごめんね、僕は支援特化型の純後衛なんだ。本来の君と同じでね」


 タリーウの左手が暁良の顔に伸びる。が、これは駆け付けた明が満面の笑みで殴り飛ばす。次いで鋼糸が患部に絡みつく。タリーウはこれを強引に振り払った。患部はまた一段と細くなった。
 暁良のストレートを肩で受けたタリーウは、ここに来て突如転身、思い出したように姿を消す。
 それぞれの対応は素早く、適切だった。峰雪は高らかと、明は丁度頭があった高さへ飲料を放り、各々の銃器で撃ち抜いた。飛び散った液体が透過したタリーウの体に付着する。量は僅かだったが、目を凝らしていた暁良には十二分な手掛かりだった。
 拳には何度も味わったタリーウの感触が返ってくる。
 そしてこれが最後だった。
 陽を跳ね返す飲料が、ぐん、と高く飛び上がっていく。
 目を凝らしても、気配を探しても、もうタリーウの存在は感じられなかった。





 Erieが呼び出した車輪は蒼雷を纏って回転、巨獣が掲げる中腕に着弾する。続くフローライトの黒鎖も充分に狙いが定められており、ほぼ同じ場所に激突した。
 問題はその威力。
 車輪は玩具のように小さく、鎖の先端に括られた刃はスポンジのように心許ない。
 原因は言わずもがな、中腕の奥で得物を操作する瀬木、その能力にある。

「天使の傀儡風情が……」
「こっちでお話しなぁい?」
「も、もう引っかからないんだからっ!!」

 目の前の2名に集中していた瀬木は、中腕を通して猛烈な揺れを受けてようやく、集中しすぎていたことを自覚した。見上げれば、己を守ってきた中腕が抉れ、ぐずぐずと崩れ始めている。

「あっ、ごめん! そっちに行ったと思って当たっちゃった」
「『それ』もう終わったわよぉ?」
「あ、そうなの? まあ、どっちにせよ、ごめんね」

 目を細めて手を振る峰雪。
 瀬木がタリーウの逃走に気付いたのはこの時で、既に明と暁良もこちらに体を向けていた。

「はて、どこかで見たような……」
「あっ、あなた――!」
「……いや、ないな」
「ちょっとおおおおおおっ!!?」
「てか、さっきからのヒデー臭い、お前か……風呂入っテ出直してこいヨ」
「〜〜〜っ!!」

 瀬木が眼鏡を上げて涙を拭くと同時、サーバントが自身の足元へ光弾を吐き出した。
 巨獣は蛙のような姿勢と挙動で跳躍、一瞬で撤退を成してみせた。





「あらあら、嫌われちゃったかしらぁ?」

 さして興味無さそうに呟き、Erieは膝を折ってその場に座り込む。
 武の頭部をそこへ乗せると、決して刺激しないよう、優しく、埃だらけの黒髪を撫でた。
 屈みこんだフローライト、その光が武の傷を癒していく。これで間もなく、目が覚めるだろう。

「後を頼む」

 フローライトが向かったのは、巨獣の挙動で蹴散らされた遺体の山へ向かう。
 すれ違った峰雪が通話を終え、携帯をしまった。

「警察の人がすぐ来てくれるって。僕はあっちを見るよ」

 視線だけで頷き、フローライトは座り込む。
 黙祷を長く行ってから、遺品へ丁重に腕を伸ばしていく。




「で、ドーする、ソレ?」
「もちろん、持って帰るとも」





 右腕の傷は思った以上に深かった。
 歯と左手で右腕の布を解き、患部に巻き直す。やがて治るかも知れないし、治らないかもしれない。その行く末はどうでもいい。動揺などあるはずもない。

「……」

 動作確認を兼ねて『軽くなった頭』を右手で撫でてみるが、そこにはやはり、あるべきものが無くなっていた。左と異なり、根元から。

「……はぁ」

 髪を掻きあげ、飛び立つ。
 休んでいる暇はない。まだまだ収穫しなければならない。
 飛び、進むと、すぐ適度な群れを発見した。
 掌を翳す。
 万全を期すために左手で放った幻術は、しかし目に見えて精度が落ちていた。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: 紫水晶に魅入り魅入られし・鷺谷 明(ja0776)
 桜花絢爛・獅堂 武(jb0906)
重体: −
面白かった!:1人

Mr.Goombah・
狩野 峰雪(ja0345)

大学部7年5組 男 インフィルトレイター
紫水晶に魅入り魅入られし・
鷺谷 明(ja0776)

大学部5年116組 男 鬼道忍軍
暁の先へ・
狗月 暁良(ja8545)

卒業 女 阿修羅
災禍祓う紅蓮の魔女・
Erie Schwagerin(ja9642)

大学部2年1組 女 ダアト
桜花絢爛・
獅堂 武(jb0906)

大学部2年159組 男 陰陽師
守穏の衛士・
フローライト・アルハザード(jc1519)

大学部5年60組 女 ディバインナイト