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成島(なるしま)が距離を詰めながら放った砲撃は、ドクサに正面から撃ち落とされた。再び交差点で立ち昇る土煙と爆音。これに乗じて逃れられれば何よりなのだが、ドクサはもうそんな甘い希望を持っていない。
互いに正面の相手に熱中していた両者は、揃って乱入への対応が一瞬遅れた。
「あ゛?」
急ブレーキを掛ける成島へ、煙幕を貫いて巨大なミサイルが迫る。
ピンポイントで顔面に迫るそれを成島は砲弾で迎撃、危機を逃れた。
口笛が届く。賞賛ではなく、挑発の音色。
「成島ちゃんよー、また会ったな」
「てめーか、ペンギン帽子」
「今度こそ逃がさねーぜー」
煙の中から現れ、暴力的な笑みを浮かべながら両手の指を鳴らすペンギン帽子――ラファル A ユーティライネン(
jb4620)。
成島の顔がそちらに向いた瞬間を狙い、雪室 チルル(
ja0220)と狗月 暁良(
ja8545)が路面を駆ける。
初手はチルル。
「たあーーー!!」
快活な掛け声と共に放たれた杖に因る打ち払いが成島の横っ面を打ち抜く。
狼のような挙動で懐に潜り込んだ暁良が、姿勢を低く保ったまま成島の脇腹へ掌底に因る中段突きを叩き込んだ。
体を弾かれ、アスファルトを転がってゆく成島――だったが、強引に姿勢を直すと、
「邪魔すんじゃ――!!」
砲を衝き出し、発射。
放たれた緑色の光はうねりながら直進、暁良を捉える。
靴底越しに熱が伝わる。暁良は身を屈めてなんとか減速、停止してから顔を上げた。体の前面を駆け巡る痛みは甘んじて受け入れることにする。自然と口角が上がった。
「こっちゃあ今忙しいんだよ、すっこんでろ、巨乳」
「さテ。『もうひとり』にも訊いてみナ?」
あごで交差点を指すと、ゴーグルの中の瞳が滑った。
その直後。
――!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
成島の死角、側面に、超超特大の光が衝突、爆発した。
威力は筆舌に尽くし難い。タフさに自負のある成島であったが、危うく膝を衝きそうになるほどの衝撃、そして痛手だった。
なのに。
(「……そう。これを耐えるのね」)
射手――ナナシ(
jb3008)は呆れ気味に嘆息。それから膝を伸ばして、ねえ、と声を投げた。
「終わりにしない?」
「……。
は あ ? 」
「今回はあくまでも遭遇戦。たまたま出逢ってしまっただけで、私たちは貴方を殺すのが目的で来たわけじゃ無いから。
この数を相手にして無事で済むはずがないことくらい、わかるわよね?」
「クソ悪魔が何偉そうにぶっこいてくれてんだァァァァアアアアアン゛!?」
成島が砲口を向け、発砲。砲弾は最短距離を走り地面に着弾、その爆発でナナシを呑み込んだ。
「っ」
衝撃はそれなり。しかしここで怯んでしまうわけにはいかない。
ナナシは土煙から飛び出すと、わざとらしく肩を竦めて、来た道――南東のビルの中へ滑り込んでいった。
「さーて、どーすんだ成島ちゃんよー」
軽口を叩きながらも、ラファルは注意深く観察する。成島の顔はナナシを追ったが、砲身は微動だにしていない。
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一瞬で加熱、沸騰したT字路奥。
さりげなく、しかしちゃっかり距離を置いていたドクサは、両手で顔を覆い、ちょっと泣いていた。
「……終わった……めんどくせーシュトラッサーに加えてゲキタイシとか……ドクサ終わったよ……。
やっぱ戻って来るんじゃなかった……」
「興味深いことを言うね」
飛んできた声に反応したドクサが、はっとして顔を上げて、全身を硬直させて身構える。
龍崎海(
ja0565)は小さく鼻を鳴らした。
「目を疑ったよ。二度と来ない、っていう約束を破るなんて、あの時の様子からは想像もできなかったから」
口を曲げたドクサが全身を強張らせたまま、腕の隙間から顔を覗かせる。
「……いろいろ、あんだよ」
「天使の使徒に狙われているあたり、天界に関わること?」
「ドクサがアッチのことなんか知るわけねーだろ」
「ということは、やっぱり魔界で何かあったのか」
ぐぬぬ、とドクサが表情を歪めた。
海は口元を覆って考察する。予想以上に警戒されているようだ。追い詰めてしまえば交渉自体が不可能になってしまうだろう。さてどうしたものか。
同じくドクサも考えを巡らせていた。成島へ4名が相対しているのに対し、こちらへ向いているのは海1名のみ。確かにあちらのほうが数枚上手だろうし、脅威が減ったことは願ってもいないことだ――が、サシで抑え込めると思われているのは、それはそれで腹が立つ。
胸中に発露したこの思いが表情に滲んだのを海は見逃さない。
「大人しくしているなら、少なくとも今は敵対しないよ」
「え、マジで?」
一度開いた両目をすぐさま狭めるドクサ。
「し、信用できねーよ」
「戦うなら対応する。君次第だよ、ドクサ。だからといって一緒に戦え、とも言わないけど。
とにかく、俺はあっちに加わる。詳しい話はその後で聞くよ」
言い切り、海は踵を返す。
軽く顧みると、半信半疑という表情だったが、ドクサは構えを緩めていた。
「あの花は危険だ。距離を取ろう」
ドクサは無言で振り返り、首を捻りながら高度を下げた。
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「マヌケそうな悪魔ね」
思ったままを卜部 紫亞(
ja0256)は口にした。彼女が潜むのは南西のビルの中。ブラインドの降りていない窓を発見できたのは僥倖であった。
組んだ腕を指が絶えず叩いている。海と言葉を交わしている間、一瞬たりともこちらへ意識を向けることはなかった。恐らくあっさりと奇襲できるだろう。もしかすれば、そのまま袋叩きにできてしまったかもしれない。だが、それは事前に定めた手筈ではなかった。
(「ともかく、まずは――」)
降りるドクサを横目に、紫亞は体の向きを変える。見下ろした先、南東のビルから、ナナシは未だ出てこない。
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成島の砲撃は、道の東にある花を砕いた。次の瞬間、粉々となって瞬いた赤い光、その全てが砲口を目指してひた走った。そしてその全てを引き抜くように吸引すると、成島は、南東のビル、ナナシが飛び込んでいった経路の先を目掛けて『種』を放った。
窓を蹴散らし、壁を食い破り、柱を圧し折った種が、一拍置いてから毒々しく咲き誇る。
「横着しやがってよー」
身を反ってから腰を折り、ラファルがトランペットを奏でる。『音塊』が辺りを細かく震わせながらビルの中へ突貫、花を微塵に砕いた。
「狙う相手が違ぇんじゃねーのか」
「間違っちゃいねーさ。お前が目糞か鼻糞なだけだぜー」
余所で暴れればいいものを、わざわざ『ここ』で暴れやがる。迷惑以外の何物でもなく、そんな屑を掃除するのが撃退士。それだけの話。悪魔の手助けをしているつもりは露ほどもない。見逃すつもりも更々ないが、それが成島の得になるのであれば話は変わってくる。
早い話、この『あかんたれ』は心底、気に入らない。
「たーーー!!!」
飛び込んだチルルが杖を振り下ろす。成島は最低限下がってこれを躱す、が、その先には既に暁良の拳が迫っていた。咄嗟に砲身で受け止めるが暁良のラッシュは止まらず、チルルも一気呵成に攻め込んでくる。
「これ以上暴れさせないんだから!」
「どの口で言いやがる」
「ゴチャゴチャと――」
暁良の拳が成島の顔、下半分にクリーンヒットする。
現在、この浮世、夢ノ中。
「ただ、狂オウゼ?」
見上げた成島の顔は憤りに塗り潰されている。
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ビルの脇からすり抜けてきたナナシを確認すると、紫亞もまた路面へと舞い戻った。
「ごめんなさい」
「溜まった憂さは、晴らさないとね」
一瞥もくれず、魔導書を携えて歩いていく紫亞。
颯爽としたその陰の向こうに、ナナシは『友達』の姿を見た。
もう少し頑張らなくてはならない。そうでなくては胸を張れない。
得物の準備を整え、T字路付近を覗き込む。
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チルルの杖術はシンプルであり、パワフルであり、且つ、シャープであった。打つ、払う、突く。対処法が大きく異なる多彩な攻撃が寸分の迷いも無く溌溂(はつらつ)と放たれる。
そこに暁良の打撃が加わるのだから堪ったものではない。こちらは対照的にトリッキーであった。避けた先に、防いだ真向いに、狙い澄まされた打突が『繰り出されている』。
成島の反撃はどうしても不自由になった。虎の子の花はラファルに警戒されている。悩んでいるうちにダメージはどんどん蓄積されてゆく。
「ッ……ッだァァアアッ!!!」
砲身が強引に振り回され、対応したチルルと暁良の手が一瞬、止まった。
今。
砲口は両者の中央、出力最大、充填即時完了。
発射。
その際だった。
「どけっ!!!」
言葉と同時に光刃が奔った。路面を浅く削りながら駆けたそれは、成島の砲を強かに打ち上げた。
かくして起死回生と思われた一射は半ばほど白んだ朝空へ吸い込まれていった。
「ありがとう。下がって」
海がドクサの前に出る。
成島が両腕を降ろした。
今こそ好機とラファルが急降下、仲間の散開を確認してから稼働を認証する。その背後から現れた無数のアームが、それぞれワイヤーを引き連れて辺りを蹂躙しようとする。
成島は顔を上げぬまま、その得物でアームを払った。反撃の兆しはなかった、ように見える。局面は既に次の展開を迎えていた。
硬質な手の雨を、蒼白の腕が突風宛らに貫いた。迷いなく、愚直に成島を目指し、至り、焦がれるように、呪うように、締め上げた。成島の耳には常世のものとは思えない声がゼロ距離で轟いている。だが反応は窺えない。
掛け声と共にチルルが研ぎ澄ました光を放つ。圧縮されたそれは成島の肩を易々と貫通した。
タイミングを合わせた暁良が成島の心臓目掛けて拳を繰り出した。深淵の光を纏ったそれは確実に、完璧に狙い定めた部位を強烈に打ち抜いた。
飛び込んだナナシが、射線に成島を捉えて即、トリガーを握った。再び発生した超超特大の光が、此度は成島の正面に激突、大爆発を巻き起こす。
「まだまだ行くぜー」
規格外六連超高速螺旋錐起動認証。
けたたましい音を立てて回転する6つのドリルは繰り手の表情と同じく凶悪の一言に尽きた。
発進。加速。接近。吶喊。
ローテーションする6基は、その全ての先端が常に成島を捉えていた。がりがりごりがりごり。稼働限界いっぱいまで押し込み、抉り倒し、短く痛烈に笑いながら離脱する。
紫亞が、くい、と揃えた指を上げた。
「ダメ押し、というやつね」
間欠泉のように現れた光の渦が成島を足元から呑み込む。放った紫亞はもちろん、傍目に見ていても十二分の一撃、追撃であった。
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渦が収まりかけた頃、チルルは大きく息を吐いた。
「すごいわね!」
幾重にも連なった仲間の攻撃。一手一手が凄まじい威力を持っており、しかも休む間もなく叩き込まれた。
「すっごく我慢強いのね、あんた!」
『それでも成島は立っている』。
異様な光景だった。先の連続攻撃が痛手であったことは疑う余地がない。縦横無尽に走る体の傷、肩の貫通痕、裂けた頬、割れた腿。どこからも血液が零れ、ぼたぼたと地面を鳴らしている。にも関わらず、成島はよろめきもしない。穴だらけの水風船が中身を零しながらも形状を保っているようなものだ。気絶していないことは、割れたゴーグルから覗く眼光が裏付けている。首から提げられたドッグタグが不自然なまでに煌めいていた。
(「我慢強い、ね。鈍いだけじゃねーの」)
(「私の勘は正しかったわね。この女、生理的に許し難いわ」)
「そうか」
血だらけの指がタグを背後へ回した。
赤い指は、そのまま視線の先、海を示す。
「『はぐれてないのも助けるんだな』」
「そういうつもりでもなかったんだけど、成り行きだよねぇ」
「経緯なんざどーーーでもいーや。やっぱりテメェら邪魔だ、根こそぎぶちのめしてやる」
「ハッタリじゃネーなラ、御仲間同伴でもイーんだゼ?」
暁良が動く。手掛かりは同じ傾向の衣装と現れた時期。
「ナターシャでも――御厨(みくりや)のオッサンでも」
「……吐いた唾飲めねーぞ、巨乳」
不意に蹴飛ばされた成島の得物が立て続けに光弾を二つ吐き出した。その大げさな挙動にそれぞれが気を払う。
光弾は西に咲いていた二輪を砕いた。それらが各々纏まり、光弾の軌跡をなぞるように飛んでいく。その先に、もう成島の姿はなかった。
「大口叩いて、寒い事」
紫亞があてつけのように光を光へぶつけた。赤い光は砂糖菓子のように割れたものの、宙でひと纏まりとなり、使い手を健気に追い駆けていった。
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胸いっぱいに吸い込んだ息を吐き出して、ナナシは軽やかに踵を返した。
「ドクサーーー」
そろーりと離れていた褐色の背が硬直し、止まる。動揺を隠そうとしていたようだが、翼にだけはしっかり現れていた。
ナナシは朗らかな笑みを湛えてドクサに近づいていく。
「久しぶりね、元気してた?」
「あ、お、おん」
チルルが被害の確認に向かい、海が同行する。あの様子なら、情報収集は任せて問題ないだろう。
「何よりね。私の方はもー、ほんとにいろいろあって。どこから話せばいいのかしら」
「え、ちょ、ちょっと待てよ。え、攻撃してこねーの?」
「あ、やる?」
「やらねーよ!!!!」
「冗談、冗談だから」
ラファルが装備を解除、紫亞が一度髪を払い、言葉もなく離れてゆく。念の為と留まる暁良にも、既に緊張の色は無い。
「それで、どうしてこっちに来たの?」
「……い、いろいろあったんだって」
「『あの』ゲート絡み?」
「たぶん、そう……でも、違うんだ」
「どういう事?」
「『あそこにいる方』と一緒には来たけど、『あの方』の下では動いてねーんだ。
……とっ、とりあえず、そういうことだから! じゃな!」
びしっと手を挙げ、ドクサは飛び立とうとする。
待って、と何度か繰り返しながら、ナナシがドクサの足首を握った。
「な、なんだよ」
「何か困っているなら、手を貸すわよ?」
「 は ? 」
見逃してくれるだけでも御の字なのに、助力を申し込まれるとは。
視線を泳がせていると、暁良のそれと交差した。
「……あ」
「ア?」
「……いっこだけ頼みがあんだけど」
「ええ。何?」
「なぁ。アンタさ、『あそこ』でドクサと一緒にいた悪魔、覚えてっか?」
「ああ、両方ナ」
「丸いほう、ペミシエってヤツなんだけどさ、もしどこかで会っても、そいつのことも見逃してやってくれねー?」
「大切な相手なの?」
腐れ縁、とドクサは苦笑い。
「ドクサもそいつも収穫はしねーし、多分そっちの邪魔しねーからさ」
「ペミシエ、ね。覚えておくわ」
「……ドクサが言うのもアレだけど、いいのかよ?」
「貴方がその悪魔のことを思っているのと同じで、私は貴方を友達だと思っているもの」
ドクサは頬を赤らめると、なんだそりゃ、と、歯を見せて笑った。
そして飛び去っていく。
「……今日は、あ、あんがとな!」
「また会いましょうねーー」
ぶんぶんと両手を振るナナシ。
その背後で、暁良は目深に帽子を被り直していた。