.


マスター:十三番
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
形態:
参加人数:6人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2015/12/19


みんなの思い出



オープニング

●2/3

「御厨(みくりや)、でいいかしら」
「なんだい『ナタ公』」
「馴れ合うつもりはないわ」
「慕ってるように聞こえたかい?」

 ため息をひとつ。

「自由が利かない、と言ったわね」
「別に好き勝手したいんでちゅー、ってコトじゃねえやな。会社員だった頃ウゼぇくらい監査されてたんでその反動。青臭ぇ言い方するんなら、必要以上に干渉するな、ってとこですワ」
「あなたを通せば他の2人にも話が付くのかしら」
「『ナル』は付くかもしれねぇけど、まぁ直で言ってくださいや。
 そこのブスは無理だぜ、お互い生理的に無理なんだ」
「あ、ああああなたなんかこここっちから願い下げよ!!」

 瀬木(せき)の顔が一瞬で真っ赤になる。顔の半分を覆う程大きな丸眼鏡は手垢で汚れており、目の色までは窺えない。

「……あなたたちは『何』なの?」
「耳にくらいは入ってるんじゃねぇのかい?」
「詳しく知っておくに越したことはないわ」
「興味を持っていただけた、と」
「仕事に必要な情報というだけよ」
「『外注業者』だ」


 荒事特化の集団だと御厨は言った。
 専門ではない、特化である。
 こと『生け捕る必要のない』仕事に関しては無類の信頼を得ていると御厨は笑った。瀬木が肯く。成島(なるしま)が居れば胸を張ったことだろう。


(「辛うじて紐が繋がっている狂犬の群れ、かしら」)


「てなわけで、諜報関係は期待しないでくんな。尤も、その辺はナタ公の専門分野だろうけどな」
「放っておくのが最も効率的、用があるなら『出向いてやらないこともない』、ということね」
「理解が速くて助かりますワ。長の素質充分だな」

 ちなみに、と、ナターシャ(jz0091)は腕を組んで御厨を見据えた。

「私が徹底的に纏める、と言ったら?」
「俺がロシアンの柔らかさを知るだけだ」


 粘ついた笑みを浮かべてから、御厨は屋上を蹴り、跳び立った。
 ナターシャは動かない。動けなかった。万が一にも負ける気はしなかった、が――


(「迫力でも殺気でもない。何か『ある』わね、あの男」)


 冷える体を鋭い風が薙いで行く。







 救援要請有り。至急現地に向かわれたし。





●埼玉県郊外・民家兼個人事務所

「もうちっと蓄えてるかと思ったら、意外と慎ましい生活でございますなぁ?」

 がさごそと金庫を漁ってはめぼしいものをポケットに押し込んでいく。時折鼻歌が零れた。古い、旧い歌だ。

「お、ヘソクリ発見。そうだよなぁ、今日び金利なんざアテにできねぇもんなぁ?」

 一笑して振り返る。

「なぁ?」


 主人は取り合わなかった。余裕が尽きていた、と表すのが正しい。
 極度に肥満している主人は、夫であった。ふくよかな腹部には妻が横たわっていた。顔の半分は殴打による内出血で赤黒く染まっている。額に浮かぶ汗はそれと、砕かれた両膝の痛みに因るものだろう。
 主人は妻へ懸命に言葉を掛けた。何度も何度も名前を呼んだ。主人もまた右脚の脛と左足の腿をそれぞれへし折られており左手は踏み潰されていた。夏場のような量の汗が氷さながらの冷たさで噴き出している。それでも主人は妻だけを気にかけた。答えが返ってくる気配はなかったが、それでも涙ぐみながら声を掛け続けた。
 御厨が鼻を鳴らし、主人の頭をつま先で小突いた。


「小遣いくれや、父ちゃん」
「……生憎、君のような出来の悪い息子を産んだ覚えはないね」
「あぁ、悪ぃ悪ぃ。『義』の字が必要でしたワ」
「見た所同年代だろう、年齢が合わない。それに、彼女がそんな人間でないことは誰よりも私が知っている」
「仲睦まじいことで」
「金が狙いなら、なぜ僕たちを襲った?」
「誰でもよかったのさ。『お前ら』なら誰でも、な」
「金庫にあるのが全てだ。僕の財布ならあの鞄にあるから持っていくといい」
「厭だね。これからが本番だ。――奥さんを離すなよ?」


 百キロを優に超える主人を、御厨は片手で軽々と持ち上げた。
 出入り口へ歩いていく。妻がこだわりを持っていたガラス張りの扉を壊さなかったのは情けか気まぐれか。


「……何が狙いだ?」
「シュトラッサーの思考なんざ、大方察しが付いてるんじゃねぇのかい?」
「主の『食事』の為、か……? だが、僕たちからは吸収などできない筈だ」
「そうだな。でもハズレだ、お前らは『餌』なんだよ」
「? 何を――」


「久遠ヶ原はいい返事してくれたかい?」


 『まさか』。
 思い至ると同時、主人は振り被られ、投擲されていた。
 叩きつけられるような軌道だったが、背中から落ちることができたのは僥倖と言える。抱える妻に傷が付かなかったからだ。両脚と左手は破裂しそうなほど傷んでいるが、痛がっている場合ではない。この時主人はまだ冷静であった。
 放り出されたのは狭い道だ。その癖永いこと存在していて爪さえ立てられないほど固められている。
 右手には民家が並ぶ。顔なじみのご近所さんは皆逃げ果せたようで、気配が感じられない。
 左手は緑色の針金で編まれたフェンス。道へ被さるように有刺鉄線が設置されていて、内側は近所でも有数の工場だ。紛れ込めばなんとかなるかも知れないが、フェンスのすぐ隣には大業な倉庫が並んでおり、とても自分は通れそうにない。
 背後には異形が2体並んでいた。緑色の皮膚は絶えずぬらぬらと流動している。ひし形をした頭部の中央には真っ赤な瞳がついており、それがこちらを見下ろしていた。通さない、ということなのだろう。
 状況把握終了。主人の冷静さはここまでだった。


「へいへーい」


 声に導かれて自宅を見る。
 玄関先で御厨が半身になって構えていた。
 得物は黒ずんだ緑色の棍。大柄な御厨の背丈の倍ほどもある、というのが主人の認識だった。しかし今御厨が握っているそれはどう見ても1.5メートルほど。別の物ではなく可変した、と考えるのが正しいのだろう。
 構えはそのままゴルフ。
 肩幅に開かれた足の間に空の金庫を見て、主人の冷静さは今度こそ弾け飛んだ。


「待っ――!!」


 打ち出された金庫が高速で回転しながら、地を舐めるような軌道で飛んでくる。
 主人はリボルバーを取り出すと我武者羅に照準を合わせ、発砲した。飛び出した光がなんとか金庫の軌道を逸らす。金庫は妻の髪を掠めながらサーバントの足元に墜落した。

「ちょっとダフりましたワ。何せ久々ですもんで」
「何を考えている!!」
「段々大きく、痛くなるぜ。家財が尽きるかお前が尽きるか、それとも奥さんが先か? んん?」

 奥歯がガチガチと鳴った。どれだけ力を入れても収まらない。

「『ここまで』計画していたのか……? だから敢えて、僕の利き手を――!!」
「俺がそれを肯定して、何か状況変わるのかい?」

 御厨が握るのは傘立て用の陶器の壺。

「ほどほどの戦力、ほどほどの蓄え、ほどほどの善人。『餌』としてうってつけだったぜ、ありがとな。
 祈って耐えろ」

 壺が投げられる。
 撃つ。
 飛び散った破片が妻に零れた。

「お見事お見事。次は机いってみましょうや」
「くっ……ぁぁぁああああああああ!!!」





 並ぶ巨大なサーバントが道を塞いでいる。
 その奥から金属が弾け飛ぶのを確認した直後、ひし形の頭だけがこちらへ向き、真っ赤な瞳があなたたちを捉えた。



●独白

「さてさて、どっちか来てくれりゃあ御の字だが……望み薄かね。誰か来てくれりゃあ良しとしますか。
 さあ来い久遠ヶ原のガキ共。お手並み拝見、だ」


リプレイ本文



「よもや快適な空の旅など望んではおるまいな?」
「叩きつけないでくれれば文句なんかないわよ」
「重畳だ」

 フィオナ・ボールドウィン(ja2611)が手を離す。数十メートルからの落下となったケイ・リヒャルト(ja0004)は、しかし猫を思わせる挙動で着地、2体のサーバントを警戒しながら前方、個人事務所を見定める。
 軌跡を追うようにフィオナが降下、着地と同時に妻の前へ移動する。腕を組み、半ば閉じた両目で見据える先、御厨は蛇のような顔で笑っていた。

「姑息と言うかなんと言うか……」
「く、久遠ヶ原の――」
「呆けている場合か」
「そういうことですワ!」
「合わせて」

 御厨がピッチャーモーションで投擲した鼠色の事務机が斜めに回転しながら迫ってくる。主人が懸命に照準を合わせて放った弾丸を、ケイが放ったそれが追った。立て続けの二射を受けた机は宙で四散、大小様々の鉄礫と変化して尚も襲い来る。妻に降り注ぐ破片はフィオナが片手間に打ち払い、主人へ向かったものは――突如地面から生え伸びた、半壊した、墓標のような大振りの剣が防いだ。

「遅くなってすまない」

 主人が声に振り向く。インレ(jb3056)が地面から上体を現したところだった。

「だが、よく守った。その意志は僕たちが引き継ごう」

 主人が両目を潤ませる。
 事務所側から短い口笛が届いた。

「カーぁッコいいねぇー。次は屋根でも試しましょうや」
「させないさ。させないとも」
「ええ、そうです。次なんかありませんよ」

 御厨の正面、やや距離を置いた所にエイルズレトラ マステリオ(ja2224)が着地する。更に頭上を飛び越えてヒリュウ――ハートが御厨の背後へ。

「お前が遊んでくれるのかい、ぼくちゃん?」
「さて、僕にとっては遊びですが、そちらにとってはどうでしょうか」
「やっすい挑発だが、まあ良しとしますか。付き合ってもらおうじゃないの」

 お手並み拝見。御厨が棍を振り回すと、途端にそれは2メートル程の立派な得物に『成長』する。

(「認めたくはない、というより、ここまでくると不自然でさえありますね」)

 内臓がひっくり返るような威圧感を受けながらも、マステリオは頬を緩め、指で御厨を招いて見せた。





 この間、配置されていた2体のサーバントは道を塞いでいるだけではなかった。
 両個体が見定めていたのは、息を殺して地中を進んだインレでも、上空を通過するケイ、フィオナでもなく、充分な距離を保ちながらこちらを見据えるRobin redbreast(jb2203)であった。これは先行した一団を軽視していたという意味ではなく、Robinから意識を離せなかったという側面が強い。
 特筆すべきは眼であった。Robinの挙動そのものは優雅とさえ言い表せる所作であり、その周囲は宛ら小春日和を纏っているようでもある。しかしその両目だけは、極寒すら及ばない絶対の零だったのである。
 そして遂に狙いが定まる。
 複雑に指を曲げた手を突き出すと、サーバントの間に彩色の爆発が巻き起こった。派手であり、強力であった。どちらもがガクリ、と膝をついて傾く。
 待機していた狗月 暁良(ja8545)が前進、大きく抉れた患部を狙って銃弾をひとつずつ撃ち込む。更に弾けた患部を、サーバントらは互いに撫で、癒し始めた。思わず目を背けたくなるほど醜悪な絵図だった。
 ので、視線を動かす。
 穴の開いた図体の先、御厨とマステリオの距離が狭まっていく。





 先手は御厨。大陸の流派を思わせる構えから強く踏み込み、喉元を狙った突きを放ってくる。マステリオはジャケットを身代りにしてこれを回避。そのままでも躱せると思えたがまだ緒戦、念を入れるに越したことはない。

「伸び縮みするなんて便利な棒ですねえ。一体どんなタネが仕掛けられているんです?」
「教えたって信じやしねえだろ」

 会話に乗った瞬間を突いて指示を出す。
 直後、間違いなく竜の眼光を光らせたハートが御厨の背後へ迫り鋭い爪を振るった。が、御厨はこれを事も無しと紙一重で躱してのけると棍を振り回して即座に反撃に転じた。ハートもまたこれを紙一重で避ける。若干冷えた肝が表情に影響しないのは流石奇術士と言ったところ。

「言った傍からこのエグさ。おじさんビックリですワ」
「ある程度察していたんじゃないんですか?」
「年の功ってやつじゃねえかな」
「大人しくいい子にしていてくれれば、ぼろが出る前に返してあげます」
「無いモンは出ませんワ!」

 二手目は、大気さえ根こそぎ刈り取るような、袈裟懸け気味のフルスウィングだった。
 マステリオは回避を試みることにする。既に二度見た攻撃だ、見切るのは容易い、と。
 だがこの当ては外れる。此度の攻撃は、先の突きよりも、ハートを狙った振り回しよりも幾分迅かったのである。
 それでもマステリオは回避を成した。僅かに散った前髪は気に留めないこととする。
 すぐさま指示を出した。大胆かつ慎重に。
 応じたハートが再び切り掛かるが、御厨は流れるような動きでこれを回避。余裕綽々――のひとつ上、鏡写しのような攻め手であったことを差し引いても尚、まるで予定調和のような挙動と表情であった。
 マステリオが目を見張る中、御厨が二度目のカウンターを放つ。先端が風を切る音、残像さえ浮かびそうな速度、ハートの羽先を掠めた些細な違和感。総括して確信する。先ほどよりも迅くなっている。

(「スロースターター、ですか。さて、底はどこまであるんでしょうね」)

 身構えたマステリオの前で、御厨が背後に棍を振り上げる。その速度はやはり、そして予想以上に鋭くなっていた。





 連れてきたサーバントは防御に特化した個体だった。足止めが目的なのだから適材適所と言える。水準も決して低いものではなかった。それでもどうしようもないものがある。
 とにかくRobinの一手に因る被害が甚大であった。端的に言えば当たり所が最悪であった。片割れが回復に勤しんでも到底補える損害では、なかったのだ。
 指を組んだ両手が突き出される。放たれた意志は砂塵となって現れ、サーバントの全身を滅多矢鱈に切削した。痛覚があれば、過度に日焼けした時のような皮膚のひりつきを感じていたに違いない。
 それでもサーバントは堪えた。ある種のいじらしささえ漂わせたその素振りに、ケイが口角を吊り上げる。

「その調子よ、頑張ってね」

 言動はかい離していた。たわむ背中に銃口を突き付け、トリガーを握る。痛烈な炸裂音が弾けて肉体が爆ぜた。辛うじてつながっていた両の脇腹を銃身で払うと、支えを失った上体が道路に落ち、すぐに下半身も膝を突いて、重なり合ってから崩れて消えた。

「なんだ、『もう』か。
 主人」
「はい」

 預かるぞ。言いながらフィオナは屈み、妻を抱き上げた。こちらも言動がかい離している。酷く億劫そうな口ぶりに反し、所作は繊細であり、何より気品に満ち満ちていた。
 翼を広げたフィオナが飛び上がる。頑強なワイヤーに引っ張られていくような、静かで迷いの、そして妻への負担の無い挙動だった。
 残ったサーバントが仰ぎ見る。すぐさま瞳が更に赤く、強い光を帯び始めた。
 いよいよ発射という寸前のところで、横っ面をケイが狙撃、揺さぶる。飛び去るフィオナの遥か下を粗末なビームが愚直に飛んでゆき、その下をくぐるようにして、主人を背負ったインレが駆け抜けていった。

「少し揺れるぞ」
「減量しておくべきでした」
「彼女と話して決めればいい。お前たちには明日がある。僕が、僕たちが届けてみせる」
「……ありがとうございます」

 後を頼む。
 インレの呟きを受けた暁良は、しかし目配せもせずサーバントへ射撃を行った。眼球を狙った弾丸は、寸でのところで暴れられてしまい目元に着弾する。振り上げられた腕は横に移動して躱す。決して下がらない。これ以上距離を開けない。
 仲間とすれ違ったRobinが三度腕を突き出した。淀んだ昏い光は急降下、一旦地面に染み込むと、やがて黒い蛇を模して生え伸び、サーバントの脚部に噛み付いた。
 否。
 噛み千切った。
 ぐしゃり、と崩れるサーバント。そのこめかみ――に、相当する箇所――へケイが銃口を添えた。
 直後、発砲。
 ひし形の頭部が難解なパズルのように崩れると、残った胴も腕も特に抗うことなく、倒れて動かなくなった。

 帽子を押さえる。『仕事』は片付いた。

 だが、戦いはまだ続いていて、加速度的に激しくなっている。





 止めとばかりに棍が打ち下ろされる。先端からやや空いた位置、最も勢いの乗った部分は、先の一手を受けてよろけるハートの後頭部に直撃した。ハートは、しかしふらつくでも墜落するでもなく、光の粒となって消えてしまう。それはつまり、マステリオの意識が途絶えてしまったことを意味していた。
 膝を突き、路面に伏せるマステリオ。一丁上がり、と御厨は笑う。くるくると得意げに回した棍は、しかしマステリオではなく、猛進してくる暁良目掛けて突き出される。それは音も無く、一瞬で数十メートル先の暁良の許まで伸びた。
 舌を鳴らしたケイが棍の側面を狙撃する。溶解性のそれは直撃するが、深緑の棍はびくともしなかった。だが軌道を逸らすには十二分の一撃であった。
 文字どおり直線的な攻撃を潜り、更に暁良は進む。瞬く間に、という表現が相応しい。迂回して駆け付けたRobinが体の向きを変えるよりも早く、暁良は御厨の目前にまで至っていた。
 Robinの行動は認知している。その先、意図も把握していた。ケイは援護に備えている。拳を握った。自分が行くしかない。自分が行くしか、ないのだ。
 初手は全力と決めていた。腰を落とし、両腕を引き、鋭く息を吐いてからの正中線四連突き。
 御厨の唇が笛のような音を立てた。
 暁良が放った拳、その一発目は御厨に退かれてしまう。暁良は攻撃を止めない。御厨の視線が背後、倒れるマステリオと救助に駆け付けたRobinに流れていたからだ。
 二発目。半身で横に躱されてしまう。
 三発目。再び下がられて拳は空を切った。
 そして四発目。目を見開いて伸ばした腕を掴まれてしまい、そのまま暁良は事務所の奥へ放り投げられてしまった。
 雑多に並ぶ金属製のテーブルに打ち付けられるが、脚が固定されていないことが幸いした。打ち身は愚か切り創さえ受けず暁良は立ち上がる。
 御厨が後ろ手に事務所のドアを締め、伸ばした棍を閂のようにあてがっていた。





 フィオナに遅れること数瞬、主人を背負ったインレが救護班の許へ到着した。手続き等の遣り取りは最小限に済ませ、すぐに肩を並べて来た道を戻り始める。
 その中ほどでRobinとすれ違った。腕に抱えられたマステリオは力なく腕を垂らしている。

「続いているか?」
「行ってあげて」
「頼んだぞ」

 フィオナが二槍を携えて、インレが両手首に布を施して、同時に速度を上げた。
 やがて事務所が見えてくる。閉ざされたガラス製の扉を、ケイが何度も蹴り付けていた。

「何をしている」
「あの厄介な棍に締め出されたのよ」
「破壊するぞ」
「思い入れのある玄関らしいが」
「我の判断だ。従え」

 併せろ。言いながら既にフィオナは振り被っていた。二槍の両矛先が扉に激突する直前、こじ開けるようにケイの弾丸が炸裂し、もう片側の扉へ勢いを満載したインレが背中を叩き付けた。





「凡そあの日の逆になったな」

 慣れた仕草で紙巻を銜える御厨。
 暁良は距離を保ったまま動かない。体の背面がチリチリと、焼け付くように痛んでいる。本能が急ピッチで打ち鳴らす警鐘に他ならなかった。屈する気にはなれない。

「初対面だゼ。名前くらい名乗れヨ」
「追い詰められた景色はどうだい? あの日、あの男が見ていた景色がそれだ」
「こんなくだらネー真似しやがって。何が目的だ?」
「巨乳は感度が悪い、ってのは真実だねえ。
 まあ無理もねーか、もう2年くらい前になるもんなあ。
 さて、どこまでヒントを出せば伝わるんですかいね?」

 逆光に浮かぶ御厨の奥、ケイが懸命に扉を蹴り飛ばしている。

「さっきかラ何を――」
「雪の降る真夜中で、」

 黒一色の人影の中、火種に照らされた黄ばんだ歯だけが浮かび上がる。

「此処が図書館で、」

 暁良の眉が寄る。

「『暁良ちゃん』が手負いで、」

 目を見開いた。

「あのボクちゃんの頭叩き割ってやれば、もう少し気付いて貰えたかね?」

 遠くにフィオナとインレの姿が見えてくる。

「……名乗れヨ」
「御厨喜兵衛。イ、じゃなくてエ、な」
「目的は?」
「暇潰し、かね。今んところは」
「あの豚野郎のツレか?」
「それを言っちゃったらつまんないじゃーん? 精々考えな」


 扉が攻撃を受ける瞬間、棍が消失した――ように見えた。その実、棍は御厨の意志に従い、コイン程度のサイズまで縮んだに過ぎない。
 勢い余って突撃してくるフィオナとインレ。両名の中央を割るように御厨が伸ばした棍を振り下ろす。咄嗟に身を翻した両名は無傷、ともあれ心中は穏やかではない。『避けられる攻撃』だったからだ。殺す、倒す、ではなく、ただ一言、どけ、と言っていた攻撃だったからだ。

「貴様――」
「調子に乗るなよ、小僧」
「乗りたくもなりますワ」

 フィオナが衝打を、インレが手刀を繰り出す。挟み込むように放たれたそれを、しかし御厨は流水のような動きで前に出て往なす。
 向けられた銃口には笑みを返した。ケイがコンマ数秒戸惑う。背後に仲間が重なり合っていた。この僅かな隙に御厨は前に出る。
 振り向いて、ネクタイの先端をシャツの胸ポケットへ入れてから、強く紫煙を吐き出した。

「また会おうや、久遠ヶ原」

 言い残すと、路面が割れるほど強く踏み鳴らし、曇天に跳び去って行った。






 現場からやや離れた建物の陰で、御厨は二本目に火をつけていた。退勤後の会社員のような素振りで煙を味わう。

「いやー、いい勉強になりましたワ。
 あの程度の駒なら瞬殺、あの程度の窮地は軽々、あの程度の急変には余裕で付いてくる、と。
 人生之勉強ですワ」

 振り返りもせずに、

「そう思わねえかい、お嬢ちゃん?」

 Robinは息を殺して姿を潜め続けた。
 救護班へマステリオを託し、戻ろうとしたところで去ろうとする御厨を見かけた。その素振りから何か、少しでも情報を得られればと無理のない範囲で尾行していた。しかしそれもどうやら策の内だったようで、だが、ならば好都合、と、Robinは抱いていた疑問を投げてみることにする。どうやらいろいろ話したがっているようだし。

「目的は何だったの?」
「さっきもあっちで答えたけど、暇潰しだな。小手調べ、でもいいやな」
「そういう命令だったの?」
「今日は珍しく非番なんですワ」
「おじさんは誰の下で働いてるの?」
「ナターシャ(jz0091)ってご存知ですかいね。あいつの命令だよ」
「それ、本当?」
「もちろん、ぜーんぶ嘘ですワ」

 ニタリ、と笑うと、御厨は大通りへ抜けて、雑踏の中に紛れて行った。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: 奇術士・エイルズレトラ マステリオ(ja2224)
重体: −
面白かった!:2人

胡蝶の夢・
ケイ・リヒャルト(ja0004)

大学部4年5組 女 インフィルトレイター
奇術士・
エイルズレトラ マステリオ(ja2224)

卒業 男 鬼道忍軍
『天』盟約の王・
フィオナ・ボールドウィン(ja2611)

大学部6年1組 女 ディバインナイト
暁の先へ・
狗月 暁良(ja8545)

卒業 女 阿修羅
籠の扉のその先へ・
Robin redbreast(jb2203)

大学部1年3組 女 ナイトウォーカー
断魂に潰えぬ心・
インレ(jb3056)

大学部1年6組 男 阿修羅