.


マスター:十三番
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
参加人数:6人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2015/12/12


みんなの思い出



オープニング

●1/3

 関東圏内某所、高層ビルの屋上にて。
 黒い衣服を纏った3名が、特に互いを気にせず過ごしていた。背中合わせに二等辺三角を象っている。黒い長髪の女は漫画を読みふけり、短い赤髪の女はガムを含む口にソーダを流し込み、白髪交じりの短髪の男は煙草と酒を交互に楽しみ、誰も会話を行おうとしなかった。
 冬が混じった鋭い風が吹き抜ける。
 男が肩越しに振り返った。

「ようやくお出ましかい」

 これを受けて漫画が閉じられ、ソーダが飲み干された。思い思いに立ち上がり、向き直る。
 視線の交点に長い金髪の女性が降り立った。奇しくも黒いスーツを着ていた。女性は三方から注がれる色とりどりの視線に痛烈な一瞥で答えていく。

「あなたたちで間違いないわね」
「おう」

 短髪の男が応える。幾らか皺の滲んだ顔に反してがたいが良い。

「御厨(みくりや)だ。こっちの可愛いのが成島(なるしま)で、この気持ち悪ィのが瀬木(せき)」
「どんも」と赤髪がガムを膨らませ、黒髪が舌を打った。
「ナターシャ(jz0091)よ」
「話は聞いてますワ。あのハゲから鞍替えしたそうで」
「大出世じゃん」
「暫定よ」
「て、天に弓引いた、あの天使が、戻ってくると思ってるの?」
「可能性は薄いでしょうね」
「ハッ、髪の毛と一緒じゃんか」
「それじゃゼロになんだろが」

 どっと沸く御厨と成島。
 目を細めたナターシャに瀬木が言葉を投げる。

「それで、あ、あなたが、長になるの?」
「命令は受けていないわ。行動を共にしろ、と言われているだけよ」

 一筋縄ではいかない顔ぶれだ、という印象をナターシャは受けていた。本当のところを話してしまえば以後警戒、下手をすれば反撃も受けかねない。傷を負うようなことは無いだろうが、今、必要以上の面倒は御免だ。
 御厨がまばらな髭を撫でる。

「ほーお。特に指示伝達の類は無し、か?」
「今のところは、だけれど。
 何かあれば招集に応じること。このくらいは認識してくれているのでしょう?」
「アイ、アイ。あんま口うるさいのはナシで頼むぜ。
 じゃ、それまでどうするよ、おっちゃん?」

 そうさなあ、と御厨。

「まあ適当に『お仕事』でいいんじゃないの? 下手にサボりがバレて目をつけられると自由が利かなくなりそうだ」
「アイ、アイ。いつも通り、ってヤツだよな?」
「別にご主人様のメシ集めたっていいんだぜ」
「やったことねーし」
「そうなの?」
「おー。
 ……あー、じゃ先に行くわ」
「精が出るねぇ、若いうちはそうじゃねぇとな。深追いし過ぎんなよー」
「まーかしとけって」

 じゃあな。軽く手を挙げ、成島は隣の建物――と言っても、国道を挟んだ向こう側、元居た場所よりかなり低い――の屋上へ跳んでいった。ナターシャが目で追うが、再び踏み切られるともう米粒ほども姿が残らない。







 救援要請有り。至急現地に向かわれたし。





●埼玉県某市・私設撃退士詰所

「周辺住民の避難は完了、というか、自主的に避難したみたいだ。『彼女』にも連絡が付いたよ」
「そりゃそうよ、あんなぶっ飛んだのが出てくれば誰だって!」

 冷静に告げた青年も慌てふためく女性も、事態の把握に躍起になっていた。久遠ヶ原からの応答を受けひと安心、とはならない。ビル全階へ向けてチャンネルを開き、普段は苦情を警戒して抑える声を力の限り振るった。

「誰か、応答して!!
 イスケ! ローズ!
 ハチ! ニック!!
 ホノちゃん! ヘイタ!!
 誰でもいいから、誰か!!!」

 必死の呼びかけに、しかし答えは返ってこなかった。
 女性事務員の目尻に涙が浮かんでいるのを見て、仕方ない、と男性事務員が眼鏡の位置を直す。

「デスクトップにある『産業生理学』というフォルダを開いてくれ」
「こんな時に何を――!!」
「趣味で仕掛けたカメラから各階の様子を音声付で確認することができるよ」
「……」
「早く」

 憤りで涙を拭いた女性が、手の震えを懸命に抑えてマウスを操作する。胸中にあった恐怖は一旦吹き飛び、この奇異な同僚に向けての怒りが台頭していた。
 だがそれも、画面に映像が飛び出した瞬間、再び恐怖に支配されるまでの束の間。


 2階。

――くっ……起きろ、ローズ……!

 部屋の隅、四つんばいで全身を痙攣させる男が、近く、床に横たわってうなされている女へ懸命に呼びかけている。


 3階。

 恐らく遅めの昼食だったのだろう、コンビニで買ってこられたらしい弁当と飲料が床に散らばっている。その上に男女がどちらも不自然に体を折り、目を閉じて苦悶している。


 4階。

――しっかり、して……ヘイタ!

 窓際、壁に寄り掛かった女が床に倒れた男の体を揺すっている。が、反応は全く無い。



 そして。
 全ての階の中央に等しく、細部こそ違えど、天井に届きそうな高い、朱い花が咲き誇っており、部屋中に光を零している。



「なによ、これ……」

 こみ上げるものを呑みこみ、しかし到底気持ちは保てず、

「……なんなのよ、これぇええええええええええ!!!」



●市街・南

「お、新味出てたんだ」

 レジの傍に万札を一枚置き、ポップコーンの封を切る。適当に指で摘まんで口に運びながら「うまっ」外へ。すっかり静かになった街並みを成島は我が物顔で闊歩する。
 咀嚼しながら眺めるのは十字路に面した貸しビル。2〜4階の窓からは朱い綺麗な光が見える。

「いやー余裕余裕。なまってなくてよかったよかった。狙い良し、効果良し」

 腕時計を一瞥。そう長い事待たずとも良いだろう。片を付けに行かなければならない。担いだ得物を背負い直し、一歩踏み出した、その瞬間だった。


「っ!?」


 咄嗟に突き出した得物に、高い位置から振り下ろされた刃が激突した。ぎんっ、と硬い音がして視界に黒が広がる。成島が力任せに押し遣ると黒は一旦飛び退いた。道路上、やや離れた位置にビルを背負う形で陣取る。

「シュトラッサーね、あなた」

 問い掛けに成島は応えない。落ちたポップコーンを蹴散らし、得物に付いた傷をなぞり、強襲してきた者をじっと見据えていた。

「お前、悪魔か」
「見てのとおりよ」

 我ながら典型的であると悪魔――トナは自負している。黒い肌、蝙蝠のような羽、額から生えた対の角、白一色の瞳。

「外出中で助かっちまった感じか」
「残念だったわね。でも同情なんかしてあげない」
「まーいいか、別にそこまで本気でもねーし、どうしても倒すターゲットなわけでもねーし」
「……? 何を考えているか知らないけれど、私の――」


「喋んな」


 成島が、首に提げたゴーグルを装着する。黄色一色のそれは目元を覆い隠し、それでも、微塵も、滲む意志は霞まなかった。


「のこのこ出てきやがってクソザコが。そのきったねぇ成りを肉も腸も擂り潰してゲロみてぇにしてやる」


 成島が構えたのは、複雑な模様が幾重にも走った白い銃のような何かであった。但し『大きい』。中肉中背である成島の背丈を優に超えている。厚みも幅も、大砲と表現しても差し支えない。その異質さが、あれを銃と断言することを許さない。
 たまらなく不吉な予感を抱きつつも、トナは刀を鞘に戻して腰を落とした。行き場を失くしていた自分に手を差し伸べ、あまつさえ仲間だと言ってくれた者らへの狼藉をどうして看過することができようか。
 例え万に一つも勝ち目がなくとも。


「一手、馳走」
「喋んなって言っただろうが」



●市街・西

 既にこと切れたような街の中で、戦闘音と女性の慟哭だけが響いている。


リプレイ本文

●街道1

 一気に距離を詰めたトナの居合斬りを成島が得物で防ぐ。成島が間髪入れず突き出した喧嘩キックは身を引かれて空を切った。
 刃を鞘に納めたトナが見据える中、成島が僅かにあごを上げている。
 トナは安堵した。間に合った。
 成島へ針のようなミサイルが降り注ぐ。舌を打ち得物を突き出して防御を試みるが腰を落としてようやっと耐えられるか、という状況。
 トナが斬り込む。高く振り被り、抑え込むような一閃。成島が受け、踏ん張る。
 そこへラファル A ユーティライネン(jb4620)が再びミサイルの束を放った。

「くたばりやがれ」

 降下降下降下降下、爆発爆発爆発爆発。加えて捻り斬るような斬撃。
 成島は僅かに顔を歪め、砲口で突き上げてくる。が、ここにエイルズレトラ マステリオ(ja2224)が走り込み、低く跳びながら首元へ神速の斬撃を叩き込むと露骨に挙動が歪んだ。この隙にトナは片足を軸にして難を逃れる。
 マステリオの耳が舌打ちを拾う。次の瞬間には、成島は数十メートル後方に退いていた。

(「身体能力は大したものです、が」)
(「なんとかなりそうじゃねーの」)

 上体を前に倒した成島が集った面々を観察する。

(「残り……いや、援軍、救援か。にしちゃあ――」)
「たった2人なんてナメてんのか、と思いましたか?」

 小さな桃色の竜を指の背で撫でるマステリオ。

「……その通りです」
「――アイ、アイ」

 構えを続けながらもトナは安堵する。

「ありがとう。助かるわ」
「いえいえ」
「おー」

 飄々と返すマステリオに対し、思うところのあるラファルの答えにはやや色が付く。
 トナ本人さえ気が付かなかった些細なそれを、しかし成島は目敏く捉えていた。
 口元を歪め、背筋を伸ばし、ゴーグルを降ろす。



●1F

 ラファルが一手目を打つ少し前、龍崎海(ja0565)はビルの1階に突入していた。
 すぐにチエとリョウヘイが駆け寄ってくる。

「他の階には仲間が向かったから大丈夫。
 ひとりは引き続き監視を、もうひとりは話を聞かせてくれる?」

 肯いたリョウヘイがパソコンの前に戻り、子供のような笑みを浮かべたチエがその場に残った。

「花はどうやって出現したかわかる?」
「大きな爆発音がしたので、その時だと思います」
「阻霊符は使ってたんだよね?」
「いえ、壁から出入りする仲間もいましたから」
「そう」

 不用心な。穏やかでない心中を隠すように腕を組む。
 透過できる場所に物理干渉して突入した、ということは、件の花はサーバントではない、のだろうか。
 もっと情報が要る。加勢に向かった仲間とも連絡が取れない今、総て迅速且つ克明に把握しなければならない。
 だが、海の葛藤はそう長くは続かなかった。リョウヘイが呼ぶ。

「君も向かった方がいい」



●2F

 翼を広げて待機するベアトリーチェ・ヴォルピ(jb9382)の背に一回目の爆発音が当たった。
 ぐっ、と拳を握って飛び上がる。前線に立つ仲間の負担になるような愚は避けなければならない。皆、懸命に抑え込もうとしているのだ。
 事実追撃は訪れず、見られている気配もなかった。自分も役目を果たさなくてはならない。
 要救助者はすぐ視界に入った。加えて、部屋の中央で咲き誇る、血液よりも濃い朱を更に凝固したような色の花も。
 ごくり、と喉を動かす。
 嫌な予感はしていた。倒れている者の様子を見れば判る、凶悪な何かが起こっている。
 だが自分にはこれがある、とベアトリーチェは手を撫でる。その甲には海が宿した刻印が浮かび上がっていた。

「……ガンバルゾー」

 鼓舞するように呟き、ベアトリーチェは壁の穴を飛び越え、部屋の中に入った。
 次の瞬間。


 ぐらり


「……ん……?」


 床が熱された干物のように丸まってくる。
 部屋全体が拗ねたように傾きだす。
 天井がチーズのようにとろけてきた。
 認識できたのはここまで。ベアトリーチェの額に強い衝撃が走る。相手が床だと気付くのには数瞬を有し、思い至った時にはもう、強く重く硬い何かに押し潰されているような心地だった。
 手足は愚か、指も、目さえ動かせない猛烈な倦怠感。
 抗えるようなものではない。

「……ガッデム……」



●4F

 ベアトリーチェとほぼ同時に斉凛(ja6571)も翼を広げて上昇、壁の穴に至り、入室を果たしていた。花から受ける怖気は勿論痛感していたものの、室内の惨状がその挙動を止めることを許さなかった。
 花の光を至近で受けた凛は、むせ返るような息苦しさを覚えながら墜落する。意識だけははっきりしており、幸い受け身が間に合った。
 しかし違和感が無いはずもなく。

「……っ……これは……っ!」

 凛の全身を強烈な痺れが襲い続ける。まるで肉という肉を丸ごと絞り上げられているような、指一本動かそうとするだけで目の裏が弾けそうになる猛烈な痺れが。
 加えてもうひとつ。『茶器』が出ない。出せない。腹の中身に重石を乗せられたような特大の違和感が凛に『力』を使うことを許さない。
 痺れも圧も、まるで抗うことを許してくれそうにない。

「……あれ、を……」

 壁際の天使――ホノカの指が震えながら持ち上がる。

「……お願い……!」

 抱いた思惑は同じであり、凛は既に行動を開始していた。リボルバーを両手で握り締めて腕を持ち上げる。苦しみながらなんとか放った射撃は、しかし震えが酷く花びらさえ掠めない。

「……こんな、ところ、で……!!」

 再びの一射。



●Re:街道

「我慢することねぇよ、ペンギン女。
 その悪魔殺そうぜ」

 おや、とマステリオ。

「悪魔がお嫌いですか」
「ああ嫌いだね。
 てか、正常な思考だと思うんだけど、どうよ?」

 トナは動かず、口も開かない。思う所もあるのだろう。

「つーかよぉ、人間と悪魔が共存できるなんて本気で思ってんのか?」
「っ」

 ラファルは彼女を横目で見続けていた。

「今まで何体のディアボロを見てきたよ?
 どれだけの土地を壊されてきたよ?
 何人殺されたと思ってんだよ?」
「同じことは天使側にも言えますねえ」
「こっちだけ許してくれなんて言うつもりは無ぇよ?
 そういう事実に目を瞑って仲良しゴッコやってんのが一等気分悪ィっつってんの」

 白い得物がトナを指す。

「殺せよ。
 そいつが死んだら退いてやる」

「やなこった」

 ラファルは真っ赤な舌を覗かせた。

「あ゛?」
「まず、お前に指図される筋合いねーから。常識で考えやがれ」
「……他には?」
「頼み方が違うよな」

 白狼が拵えられた柄を顔の横に構える。

「負けそうだから助けてくださいお願いします、だろ」
「まあ、このご時世に種族でひとまとめに語るのは、笑い話にもならないとは思いますねえ」

 というか。

「思考言動から察するに、思ったとおり小物なようで」
「勝手に自己紹介始められても困ンだけど」
「煽りも典型的ですね。せめて一撃決めていただかないと説得力がありませんよ」
「やってやろーーーじゃねーーーかよ、あ゛ぁ゛?」

 ゴーグルが顔の上に戻る。



「……ごめんなさい」
「黙ってろ」

 掛けられた言葉は奇しくも同義。

「あいつブッ飛ばすぞ。いいな」
「……。ごめん」

 もう一度告げて、トナが走る。



●3F

 音もなく壁を駆け登り、見えた窓に手を掛けると鍵は開いていた。これ幸いと紅香 忍(jb7811)は3階に突入する。
 取り出した手鏡を窓の外へ伸ばす。厚い雲のお蔭で陽を反射する心配がない状況は幸いだった。ちょうどラファルの二射目が着弾した折、戦闘が継続している、以外の情報を得られない。そしてそれで充分であった。
 マスクに小さく息を落とし、大きなサングラスを鼻の頭へずらす。部屋の中には倒れている者が2名、息も絶え絶え、と言ったところ。
 すぐに踏み込まなくてはならない――のだが。

(「……静か……過ぎる……」)

 入室前にワンアクションを置いたが故に気付くことができた。3ヵ所同時に向かったことによる収穫、と言い換えても良いだろう。
 2階を担当するベアトリーチェはともかく、4階へ向かった凛ならば声なり何なりをかけるのではないだろうか。
 だが、忍が澄ましていた耳にはすぐさま音が飛び込んできた。
 下からは何度も繰り返しノックする音と呼びかける声。
 上からは銃声。

(「……理解した……」)

 ライフルを構え、扉を蹴破った。
 僅かに腰を落としてトリガーを握る。銃口から放たれた光は花の花弁に直撃、痺れも眩暈も無く、万事滞りない。



●Re:2F

 扉を開けた海は、床に伏せるベアトリーチェを発見して様々を理解した。この部屋に踏み入ってはならない。そしてあの花は、想像していたよりも遥かに凶悪であるのだと。
 魔導書を取り出し、青い宝石の槍を打ち込む。刺さり、亀裂が入ったところを見ると破壊は可能なようだ。如何に強力だとしても反撃手段のないものを放置するとは。余程の自信家か素人か――鼻を鳴らしかけた瞬間、疑問が浮かんだ。

(「何故3輪なんだろう」)

 ビル内に逃げ場が残らないほど設置されていたら、どれほど救助が困難だったことだろう。
 単純に考えれば回数に制限があるか。だが交差点奥の戦闘では朱い光が見受けられない。交戦の可能性を見ていなかったとしても、回数を残さず撃ち切るなど有り得るのだろうか。
 答えより先に結果が出た。二本目の槍が花を打ち砕いたのだ。
 花の形は散って消えて、朱い光だけが部屋の中ほどの揺蕩っている。これを避けながら入室する海の前で、むくり、とベアトリーチェが体を起こした。

「……ソーバッド……」
「怪我はない?」

 気怠さは幾らか残っているものの、外傷も内傷も無いとベアトリーチェは応えた。
 立ち上がる、と同時、同じく復活したイスケが未だ横たわるローズに駆け寄る。ローズは意識が戻っており、応答こそ可能だったものの衰弱が激しかった。助力を要請された海は快諾。

「他の階の様子を見てきてくれる?」
「……了解……行くゾー」

 今度こそ。並々ならぬ意気込みで部屋を出ていくベアトリーチェ。
 横目で見送りローズの負傷を癒す海とイスケ。3名の横で朱い光が揺らいだ。



●Re:4F

 凛の弾丸が遂に朱い花を砕いた。花弁も茎も粉々に散り、残った朱が拠り所を求めるように集い始める。
 破壊達成から一瞬遅れて全身の痺れが和らいでいった。立ち上がればホノカも倣い、ヘイタも意識を取り戻して、調子を取り戻そうと頭を振っている。

「お怪我はございませんか?」

 無い、という答えがふたつ返ってきた。

(「飽く迄動きを止めるだけ、とどめは自らで刺す為の技、ということですか……陰湿な」)

 考察する凛の許へニックを背負った忍が訪れた。凛らよりも一足早く破壊を成していた忍は持ち込んだロープで要救助者の固定を図っていた。そして備えが無ければ、傍目にも精力気力が削ぎ落とされているニックを背負うことは困難だっただろう。ちなみに全く同じ症状のもう一人――ハチは、ベアトリーチェが海の許へ搬送しているとの事。
 凛がニックの様子を観察する。外傷は全く無いが、見るからに衰弱しきっていた。すぐさま茶器を取り出し、口元に添える。
 ホノカとヘイタが状況の説明を求めてきた。

「……救助に来た……」
「今、トナさんがわたくしたちの仲間と戦闘中です。皆様の撤退が完了し次第、連絡を――」

 仲間が交戦中と聞かされた両名は建物の南側、壁の穴に飛びついた。
 心中を察した凛が再び茶器を呼び出す。

(「何故症状にここまで差が……?」)

 忍が腕を伸ばしたのはちょうどこの時だった。

「どうなさいましたか?」
「……朱い光……」

 指の先、表を朱い光が奔り、交戦地を目指していく。
 直後、凛の背後に揺蕩っていた光もまた収束、凝固、結束し、同じ軌道を描いた。



●Re2:街道

 回避に長けたマステリオ、ラファル両名のサポートは、相手取る者にしてみれば厄介以外の何物でもなかった。必ず生じる隙を突いてもさらりと躱されてしまい、間髪入れず攻勢に転じてくる。加えてトナの腕前も特筆に値するものであった。それぞれが個々の持ち味を活かしながら即席で、とても即席とは思えない連携を組んでくるのだからたまったものではない。
 だが成島も雑兵ではなかった。加速を乗せたマステリオのトランプを、ナノマシンを凝縮したラファルの妙手を、隙を埋めるように放たれるトナの斬撃を、成島は悉く防いだ。
 砲を用いた攻撃は射撃の一手。伏せたトナの上を通り過ぎた光弾が路面をごっそり削って爆ぜる。

「こんな街中で暴れやがって」
「当たったら痛そうですねえ……万が一にも当たれば、ですが」
「ぅるっせぇんだよ」

 加えてタフであった。研ぎ澄まされた居合斬り、トランプの爆発、そしてナノマシンの侵食を受けて尚、その動きは微塵も陰らなかったのである。
 転機は不意に、明確に訪れる。
 3つの斬撃を受け止めていた成島が、不意にビル側を仰いだのだ。

「……やってくれたな」
(「気付かれたか……!」)
(「さて、予兆も連絡も無かったはずですが」)
「余所見してんじゃねーよ」

 踏み込む3名を大ぶりな白い得物が強く押し返した。マステリオ、ラファルは後ずさり、トナは勢い余って転倒してしまう。
 それぞれが持ち直す中、成島が構える得物の『口』へ、頭上を越えた朱い光が飛び込んでいった。
 マステリオのポケットの中で救助完了を告げるバイブが鳴る。
 目配せを受けたラファルは、しかし不快な笑みを浮かべる成島から目を離せなかった。

(「ビルに咲いてたっつー花の色、か?」)
「そういうことだよカス共が」

 成島が銃口を空に向け、引き金を握る。
 発射された3つの朱が、鋭い弧を描いて交差点付近に舞い戻ってきた。


「光から離れて」
「下がってください!!」


 不意に届いた海と凛の声。判断している暇は無かった。
 マステリオがハートを連れてビルへ寄る。
 ラファルは未だ立ち直れなかったトナへ手を伸ばそうとして――逆に強く、思い切り突き飛ばされてしまった。


「来てくれてありがとう」
「――ッ」


 トナの付近に朱い光が突き刺さる。これには無傷だったトナは、直後、光が凝固して現れた花、その光を受けるとアスファルトの上に突っ伏した。
 悠々と歩いていた成島が彼女の頭を踏みつける。


「「トナッ!!」」


 友を呼ぶ声の中、忍の放った弾丸が中央の花に亀裂を生む。意図を察したラファルがフィンガーランチャーで加勢した。が、総ての花を破壊するより早く、成島が放った朱い光がトナへ零距離で撃ち込まれてしまう。
 花の破壊が完了。
 路面に打ち付けられ大きく跳ねたトナを、スレイプニルに跨って駆け付けたベアトリーチェが抱きかかえ、成島から距離を取った。
 辛うじてではあったが息がある。一先ずそこに強く安堵してから、ベアトリーチェは仲間と共に成島を睨んだ。
 成島も同じ目をしていた。
 6名を順番に睨み付けてから、成島は大きく後方に飛び跳ねた。
 朱い光が追従し、彼女と共に曇天の彼方へ消えていく。


依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: ペンギン帽子の・ラファル A ユーティライネン(jb4620)
 Lightning Eater・紅香 忍(jb7811)
重体: −
面白かった!:2人

歴戦勇士・
龍崎海(ja0565)

大学部9年1組 男 アストラルヴァンガード
奇術士・
エイルズレトラ マステリオ(ja2224)

卒業 男 鬼道忍軍
紅茶神・
斉凛(ja6571)

卒業 女 インフィルトレイター
ペンギン帽子の・
ラファル A ユーティライネン(jb4620)

卒業 女 鬼道忍軍
Lightning Eater・
紅香 忍(jb7811)

中等部3年7組 男 鬼道忍軍
揺籃少女・
ベアトリーチェ・ヴォルピ(jb9382)

高等部1年1組 女 バハムートテイマー