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残要救助者:10
救助済人数:0
商店街損害:1/12
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日が暮れだした商店街に、火災時に用いられるサイレンが鳴り渡る。
――△△商店街の皆様にお伝えします
大音量で響き渡る、市の職員のアナウンス。
――只今より、救助班が向かいます。指示に従い、焦らず避難して下さい
――繰り返します
向かい合い睨み合う蒼と黄の上で、震えを抑えられない声は続く。
忌々しげに町内放送用のスピーカーを見上げる両者の耳に
「誰かいませんかー?」
店の裏から、機械に濾された與那城麻耶(
ja0250)の声が飛びこんだ。
『ソコ』カ
蒼豹はトンッ、とステップを踏み、黒煙立ち上る車両に向かって跳躍。
下妻笹緒(
ja0544)の放つ光弾は躱され、鳳月威織(
ja0339)とラグナ・グラウシード(
ja3538)の攻撃は届かない。
後ろ足がしなり、乗用車を蹴り上げる。
車は一直線に店を目指し、軒とガラスを粉々に砕きながら店内に放り込まれた。
起こる爆発に片側を照らされながら、蒼豹は気配を探る。
減った。が、先の『ソコ』ではない。
いや、それよりも――
「お楽しみのところ真に申し訳ないのですが……」
陽炎の向こうから――
「今度は此方と踊って頂けませんか」
――3人の撃退士が迫り来る。
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残要救助者:9
救助済人数:0
商店街損害:2/12
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前足を出した黄獅子の影に銃弾が『突き刺さる』。
硬直した獅子に、天風静流(
ja0373)が放った矢が深々と喰らい付く。続けて黒百合(
ja0422)の鋼糸が絡み付き、皮を乱雑に裂いた。おまけと云わんばかりに更科雪(
ja0636)の銃弾が獅子の肉を削ぎ落す。
ガアアアアアアアアアアッ!
咆哮し、拘束を解く。
体のあちら此方から体液を漏らし、獅子は『新たな標的』に向き直った。
「何怒ってるのォ……? そんな資格、あなたには無いわよォ……」
ニタリと笑う黒百合の横から、斧槍を構えた静流が駆けた。
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車が叩き込まれたのは、北西の中央の店舗だった。居るだけで体が焦げそうな熱風が家の窓から噴き出している。
麻耶は拳を固め、手前の家の裏口を叩いた。
「誰か、誰かいませんか!?」
助けて、助けてと屋内から不安定な声。
「動けますか!?」
どたどたと足音が鳴り、手間取ってから裏口が開く。当初は東側に避難してもらう予定だったが、先の天魔の攻撃で封鎖されたも同然だ。
「一旦西に抜けて、商店街の東側を目指してください!」
小太りの女性は何度も頷いてから逃げ出した。
麻耶は低い姿勢で北の通りに面した店へ。何度もドアを叩き、懸命に声を投げる。
弱々しい返事が返るや否や、彼女は裏口を蹴り開け屋内に侵入。すぐ奥でうずくまって震えている老婆を発見した。大丈夫ですか、動けますかと尋ねても回答はない。
麻耶は老婆を抱え裏口から逃げ出した。
「北西の3件……救助……救助、完了です!」
噛みしめた唇から鉄の味が滲んだ。
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残要救助者:7
救助済人数:2
商店街損害:2/12
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「了解した」
無線を受け取る笹緒の前で戦闘は続いていた。
威織とラグナは手を拱きながら、なんとか蒼豹を食い止めていた。
二振りの大剣の間を縫うように跳び回る蒼色は宛ら暴風。
――下妻さん、聞こえるか
「龍崎(
ja0565)か。どうした」
――南西の三棟の生命探知が完了した。どこにも反応は見当たらない。これで西側は無人だ
「だ、そうだ」
「了解です」
「了解だ!」
応え、二人は同時に踏み込んで斬撃を放った。
後方に退いて回避する蒼豹。改めて剥かれた敵意を威嚇する。
そこへ、
「行かせん」
笹緒の放った無数の腕が迫る。それは蒼豹を掴んで絡み付き、その挙動を完全に封殺した。
もがく蒼豹を、左右から同時に斬撃が襲う。どちらも直撃。だが、浅い。
「くそッ、この状態で急所を外したのか!」
「本能、ですか。面白いですねぇ」
「言ってる場合か! 追撃するぞ!」
「人がいないなら、店に押し込んでしまうのはどうですか?」
「駄目だ」と笹緒。
おやおや、と威織は肩を竦める。
「機動力も削げて一石二鳥だと思いますよ」
「徒に被害を広げるわけにはいかん」
コォォォォォォォ……
蒼豹が雨上がりの猫のように体を振るい、自らを拘束していた腕を払った。
「来るぞ!」
ラグナの警告と同時、蒼豹は通りに残っていた2台の自動車を、それぞれ蹴りと体当たりで飛ばしてきた。
飛来するそれをクレイモアとツヴァイハンダーが一刀両断。4つになった車体に笹緒が光弾を放ち、家屋への直撃は辛うじて免れた。
だがその時、蒼豹は既に駆けていた。
このままではいけない、と。
宿敵と決着をつけないまま絶命することだけはできない、と。
「追うぞ。東側にはまだ要救助者がいる」
「私は救助に加勢する!」
言うが早いか、ラグナは背中に羽根を生やし、路地裏に向かって飛び立った。
威織は失笑。
「この展開は……少々頭に来ましたね」
「同感だ。次の一手で仕留めるぞ」
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黄獅子との攻防は撃退士優勢で進展していた。
黒百合の妨害により動けない黄獅子に静流の斬撃と雪の射撃が驟雨の如く叩き込まれる。頭部、胴、四肢に至るまで無傷な場所など最早有りはしない。
だが、それでも獅子は倒れない。それどころか、猛然と牙を剥き、いずれ訪れる反撃に備えて爪を研ぐ。
「まだまだァ、あなたのターンじゃないわよォ」
嘲笑い、放たれる銃弾が再び影を縛り付ける。
憤り一色の咆哮が辺りの大気を震わせる。
その只中を、斧槍を構えた静流が突っ走る。そして渾身の力を込めて、獅子の口内に得物の先端を突き出した。
「黒百合君」
「あはァ♪」
既に彼女は跳躍していた。利き腕には鈍色に輝く蛇の牙。
静流が頬を裂きながらハルバートを引く。
「脳髄ぶちまけ――」
激痛に悶える獅子の脳天に、
「――死に果てろォォォォ!」
黒百合の全体重を乗せた蛇の牙が突き刺さった。
ゴアアアアァァァアアァァアア!!
――が、獅子は倒れない。頭を振り、黒百合を払い返す。
「あらあらァ……無駄にタフねェ……」
顔に付着した体液を拭う黒百合。
「【でも効いてるよー!】」
「そうだな。あと一息――」
踏み出した静流の足が止まる。
正面で沈み行く夕日の中に、しなやかな影法師が浮いていた。
それは徐々に拡大、次第に蒼みを帯び、獅子の背中に着陸した。
コオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
ゴアアアアアアアアアアアアアアアアア!
組み合う蒼と黄。
豹が獅子の首元に噛み付き、食い千切らんと体を振る。
獅子は苦痛に喘ぎながらも、豹を追い払わんと暴れる。
超接近戦を制したのは獅子だった。前足で豹の横っ面に腕を振り抜く。
コォォゥッ!
豹は悲鳴を上げながら南東、西の民家に転がり込み、そのまま裏通りまで吹っ飛ばされた。
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残要救助者:6
救助済人数:2
商店街損害:3/12
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「何? なんなの、今の音は!? ねぇ、今の音は何の音なのよぉぉおぉぉぉ!?」
錯乱する住民の肩を掴み、麻耶は懸命に落ち着かせようとする。
「大丈夫です、今私の仲間が一生懸命化け物を抑えつけてますから」
「でも今凄い音がしたじゃないのおお!!?」
「大丈夫ですから!!」
肩を持つ手につい力が入ってしまい、住人の顔が歪んだ。それを見てはたと我に返る。
「……ごめんなさい。とにかく、ヤツらが来る前に早く非難を。旦那さんも」
「わ……わかりました。ほら、行くぞ」
危なっかしい足取りで裏通りを抜けていく中年夫婦。
彼らが見えなくなるまで見送ってから、麻耶は通信機のスイッチを押す。
「北東の3件、2名避難……完了です!」
言い終わるのを待たず、彼女は店舗の屋根に飛び乗る。
そして眼下に広がる戦場目掛けて大きく跳んだ。
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残要救助者:4
救助済人数:4
商店街損害:3/12
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瓦礫で封鎖された南の通り。蒼豹が突貫したのはそのすぐ脇の店舗だ。
屋内のあらゆる物をみじん切りにしたような、新参者の瓦礫の中から豹は体を起こした。背には体の中央を潰された初老の男性が積み荷のように乗っていた。豹は身を震わせて体中の『塵』を払った。
海は息を押し殺して思考を巡らせる。
寸前で麻耶がよこした通信。残る捜索場所は自分がこれから行こうとしていた南東の3棟のみ。
残救助者数。まだ4名があの奥にいる。
安全な避難経路と想定していた裏通りに姿を現したサーバント。今対応すれば被害が広がることは明白だ。
「(どうする。どうすればいい)」
彼の上を、影が静かに通過した。
それは音もなく店舗の上に降り立つ。そして羽を仕舞うと、無線機を口に押し当てて抑えた声を出した。
「サーバントが移動したら俺が奥の店舗を調べる。龍崎殿は手前の店舗を頼む」
「わかった」
小声で返すと同時、蒼豹が大通りに向かって疾走する。
家財が踏み荒らされる音を叩き付けられながら、海とラグナは住民の救助に向かった。
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満身創痍の獅子の頬を銃弾が掠める。
頭蓋より零れて尚煮え滾る頭を向ければ、白髪の少女がこちらに銃口を向けていた。
その手前には鞭を振り回す黒百合の姿。
力強く向き直る獅子。
彼は決めた。アイツは後回しだ。先ずはこの二人から――
……フ……タリ?
獅子が違和感に気付いた刹那、彼の胴に静流が降り立ち、双剣を深々と突き刺した。
ゴアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッッッ!!
背から腹に抜ける貫通創から間欠泉のように噴き出る体液。
「終わりだ」
金色の体液に塗れ、静流が対の剣を振り抜く。
バコッ、と籠った音を上げ、獅子の胴は上下に両断された。
上体はごろごろと転がり、黒百合の眼前で停止。
「死ねェ」
無慈悲に、そして容赦なく振り下ろされる鞭撃。
「死ねェ。死ねェ、死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねェッ!!」
獅子の頭部が擦り潰れ、跡形もなくなるまで、彼女の攻撃は続いた。
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目の前で真っ二つになった宿敵を目指し、猛然と駆け出す蒼豹。
全身のバネを総動員して跳躍した彼の体に、横から飛んできた無数の腕が絡み付く。
豹は成す術無くアスファルトに押し付けられた。もがき暴れるが腕は離れない。
「行かせんと言っただろう」
続けざまに飛来する無数の光弾。
クゥゥゥゥゥゥゥッ!
続々と直撃するそれらの間から、大剣を構えた威織が跳ぶ。
彼を見上げ吠える蒼豹。
威織は笑みを湛え、豹の胸に大剣を突き立てた。
コアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!
断末魔を上げる豹の頭部に、麻耶の飛び蹴りが炸裂する。
ぶちぶちと肉の切れる感覚を確かめ、しかし彼女は一歩だけ下がり、
「こ……んのおおおおおッ!」
豹の頭部を膝で思いきり蹴り上げた。
クゥー……ッ
「続きはあの世でやりなさい」
言って威織が身を反る蒼豹に大剣を振り下ろす。
頭部を切り落とされた豹は、自身を見下ろす二人を一瞥してから、蒼い光となって霧散した。
●
日は暮れ、商店街は夕闇に沈んでいた。
閑静とは程遠い有り様だった。駆け付けた消防車が振り回す赤い光と、パチパチと燃える店舗。聞こえてくるのは幾つもの罵声と、無数の啜り泣き。
深く息を吐き、海が口を開く。
「……帰ろう。報告をしないと」
下妻は頭を振る。
「できる後始末はしていくべきだ」
「そうねェ。私はけが人の手当てをしてくるわァ」
踵を返した黒百合の前に、顔を強張らせた夫婦が並んで立っていた。
「結構です」
夫の声は震えていた。妻は腕で自身の肩を抱え、俯いている。
「でもォ――」
「化け物を倒してくれた。そのことには感謝している。助かった。だけど……」
「もっとどうにかならなかったんですか」
妻の言葉が通りに落ちた。
「……私たちは、最善を尽くしました」
「じゃあどうして店が燃えてるのよぉっ!!」
叫びながら上げられた妻の顔は、鬼の形相そのものだった。
「どうして人が死んだのよぉ! もっとやり方があったんじゃないの!?
何が最善よ! ふざけるのもいい加減にしてぇっ!!」
夫が彼女を諌め、強く抱きしめる。彼の腕の中で、妻はとうとう声を上げて咽び泣いた。
「さっきも言ったけど、あなたたちには感謝している。あのまま放っておいたら、この辺は瓦礫の山になって、俺たちは全員死んでいたんだから。
でも、被害も出てしまった。とてもじゃないか、今すぐ割り切ることなんてできない。家内も、俺も。
せっかく助けてくれたあんた達に、これ以上あたりたくないんだ。わかってくれ。頼む」
8人はそれきり何も言えず、深く頭を下げて商店街を後にした。
泣きじゃくり、腰が砕けそうになる妻を懸命に抱き締めながら、夫は彼らが見えなくなるまで頭を下げ続けた。
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最終報告
救助成功人数:8名
死亡者:2名
家屋損害:3棟(内1棟は到着前)