●
「それじゃ、よろしく」
雪ノ下・正太郎(
ja0343)が笑みを見せると、同じ表情が返ってきた。
肩の力が緩む。これで集中できる、と、戦斧を握り締めた。
(「大山さんの戦い方は見せてもらった。けど……」)
確かめなくてはならない。
鋭く息を吐いて前に出た。
芝を蹴る、蹴る、蹴る。
そうして間合いに至ると同時、
「たああああっ!!」
力任せの横薙ぎが放たれた。狙いは腹よりもやや下、脚の辺り。軌道は安易、受けるのは容易で、しかし勢いがあった。踏ん張るが『ずらされる』。靴底が幾つもの芝を撒き散らした。
それらを刃が貫く。片手でハルバードを構えた恵がつんのめりながら刺突を放ってきたのだ。
正太郎はこれを半身で回避。頬を掠めたのは斧の刃。間一髪での回避は成った。
(「さあ、どうする?」)
(「えっと――……っ」)
考えた末辿り着いたのは、考えずに振るわれた、最も身に馴染んだ追撃だった。
即ち、止めを狙う斬り降ろし。
(「なるほど、そうか」)
刃は風を切る勢いこそあったが、軌道の先には正太郎の背が辛うじて触る程度。回避は移動で事足りた。正太郎は構わず前に出る。既にその手に斧は無い。
力ませた四肢は得物を制止させられない。ドン、と地面にきりこみが入るのと、正太郎が間合いに踏み込むのは同時。そしてここからは一瞬だった。
助走の乗った右の肘鉄が恵の胸を捉える。間髪放たれた左の掌底は恵のあごを強かに打ち上げた。顔が戻ってくる前に右足で両足を払う。振り戻し、振り被った右脚は、地面と垂直に円を描き、転倒した恵の顔の真横に激突した。
眩暈すら覚えそうな地鳴り。
一本。
「突きの後かな。
斬る、突くだけじゃなくて、引く、殴るとかで相手の得物を奪うこともできるよ。
繋ぎは悪くなかったから、後はバリエーションだね。あ、攻撃の後の隙も意識するといいかも」
「詳しいんだねっ」
「俺もその武器好きだから。今日は俺も、一緒に勉強させてもらったし、もらうよ。
色々教え合おう」
●
「私は、教えれるほど、頭は良くない」
恵の表情が凛としたものに深まっていく。
「上手く伝えられるかは、わからないけど、それでも、何かの役に立つはず」
ヒビキ・ユーヤ(
jb9420)がゆっくりと口の端を持ち上げる。
「……私と遊ぶ時、とか?」
「今日は負けないよっ!」
「ふふ、うふふふ……さぁ、遊ぼう?」
笑みを転がすヒビキと、にこりとして頷いた恵が同時に構えた。
ヒビキの得物は身の丈を越える鉄塊。軽々と頭上で振り回される鉄球には慄かずにいられない。一撃の重さは、自分のそれを優に上回るものだ。
「まずは、小手調べ」
先手を取ったのはヒビキだった。ふわりと僅かに浮かんだ鉄塊が弧を描いて恵に迫る。押し潰されてはかなわないと恵は大きく後方にステップ。
(「この武器の利点は、重量と頑丈さ、そして……」)
(「うぅ、見えなくなっちゃったっ」)
巨大な黒鉄の奥に小柄なヒビキは全て隠れてしまう。
恵は考える。
その思考ごと押し潰すように、実際そうして鉄球が送り出された。ごろごろと転がる度に無数の棘が土を穿ち、撒き散らす。行動と視界の制限、加えて言うなら威圧感が轟音と共に迫りくる。
恵は駆けた。脅威に逆らわず、振り切ることを選んだ。スピードなら幾らか分がある。的確な判断だと思った。
だから、直後、側頭部に訪れた衝撃にはまるで備えることができなかった。
「――っ!?」
突起から激突した物体を恵は捕捉することができない。今日の為に用意した競技用のブーメランは、放たれた時と同様、鉄球の陰、決して恵に見られぬ位置に居るヒビキの手に戻っていた。
動きを鈍らせた恵に鉄塊が迫る。先程よりも幾周りか必殺の色合いを濃くして。
恵の判断に迷いはなかった。他に選択肢が無かったとも言える。踏み切って鉄球の棘目掛けて得物を振り降ろし、更に力を込めて飛び上がった。宙で身を返せば、そこには好敵手の姿。
ヒビキが胸元から500久遠硬貨を取り出す。淀みなく指で弾いたそれを、恵は全力で身を捩り回避する。そのまま攻撃に備えていた。次いで飛来した裁縫針に頬を許す。
声を張りながら放たれる渾身の一撃。
ヒビキは落ち着いていた。想定していたから対処できた。恵との明確な差だった。
片足を軸にひらりと後退、思い切り鎖を引く。振り降ろされた刃が接触した直後、勢いに逆らうでもなく、むしろ利用して絡ませていく。恵からしてみれば踊っているように見えた。あれよと言う間に斧槍はがんがら締めにされてしまう。
恵は得物を離さない。しかし自由も効かない。無理矢理ぐい、と引いた瞬間にヒビキが鎖を手離した。勢い、尻餅をついた恵にヒビキが低く跳びかかる。
柄で防ごうとするが、何もかもが遅かった。
鉄球が消え、遮られていた光が差し込み、ボールペンの先端に煌めく。
それが恵の喉元に添えられた。
「勉強になった?」
かくり、と首を傾げると、恵は困ったような笑みを浮かべた。
●
優雅に一礼し、上体を上げたシェリア・ロウ・ド・ロンド(
jb3671)の手には旋棍が握られていた。
シミュレートは終えている。敢えて不得手な肉弾戦を選んだのは伊達ではない。
(「これは、私の実力を試す機会でもあります」)
覚悟も整った。
「それでは、後衛職なりの戦い方、ご覧に入れて差し上げます」
顔の前に腕を並べる。それでシェリアの目が細まり、恵の顔からも笑みが消えた。
(「懐に入ってくるかなっ……。だったら――」)
仕掛けは恵から。初手は、体の周りを数度巡らせてからの切り降ろし。但し、これまでの斬撃に比べれば幾分コンパクトなそれだった。
シェリアが冷静に右の得物で弾く。キン、と強い音がした。じく、と腕が痛む。だがそれらを噛み締めている暇は無かった。
恵の攻撃は彩りを増していた。『ほじくる』ような斬り返し、捻りながらの刺突、刃の腹に因る殴打。それらが矢継ぎ早に、様々な角度から飛んでくる。やがては柄に因る衝打が繰り出され、両腕で受けたシェリアは数メートル後退させられてしまう。
専門外。鍛錬の最中。
次々に浮かぶ理由はひとつも呑み込めない。
敗北を是とできない性格に加えて、本日の環境に因が在った。
刺突を弾き、斬撃を流し、シェリアは前に出る。恵の多彩な攻めには、付け焼刃故の綻びもあった。その穴へ捩じ込むように振るった旋棍が、遂に恵の腕を捉える。ぐらつく恵。この機を逃さず、逆手に持ち替えた旋棍を右、左と腹部に叩き込む。
数メートル後退する恵。追撃に向かったシェリアに、あの、柄の衝打がノーモーションで放たれた。
歩みを止めたシェリアがこれを後方に弾いて流す。不意を突かれ、つんのめった恵の脇腹に右の旋棍が喰らい付き、高速で回転する右の旋棍が突き上げるように鳩尾へ、めり込むほど突き刺さった。
「――っ!!」
斧槍を落とし、恵は膝から崩れ落ちる。
シェリアは深く、しかし短く息を吐いた。
「ありがとうございました」
●
充分な距離を取って対峙し、月詠 神削(
ja5265)は恵の得物を指さした。
「その武器を使うのには、何か理由があるのか?」
「いろいろ試してみたけど、これがすごくしっくりきたんだよっ」
全然上手く使えないけど。苦く笑って僅かに視線を落とした恵に、神削は短く微笑みかける。
「いや、今までの3戦だけでも目に見えて上達していると思うよ。それは大山さんの気持ちの表れだと思うし……もしかしたら、その武器も、大山さんに握られるのがしっくり来てるのかもな」
嬉しい事を言われて顔を上げると、神削は着々と準備を進めていた。
「きちんと使い込めば、道具は必ず応えてくれる。
俺は最近、この『月輪神布』をよく使うんだ。全身を武器にする特性は他の魔具にはない。なかなか便利なんだ」
言い終わると同時、巻き終えて、構えた。
呼吸が合い、試合が始まる。
恵が走る。両者の間には距離があった。先ずは間合いに入らなくてはならない。
目に映るもの全てが射線になる程の速度。その最中にあっても、神削の得物からは目を離さない――はずだった。
(「あれっ?」)
神削は武器を持っていなかった。
否。
持ってはいた。だが、手首に巻かれた布ではなく、分厚い書物だった。
神削が片手でそれを開く。
直後。
頭上から飛来した光の槍が、恵の脳天に直撃した。
恵は受け身さえ取れぬまま、顔面から芝生に墜落する。
「……実戦だったら、今ので命を落としてたな」
激しい鈍痛と、過度の放心から、動くことができなかった。
「騙す様な真似をして、ごめん。
でも、敵がいつでも正々堂々と戦ってくれるとは限らない。
それを理解していないと、いつか、取り返しのつかないことになる。
大山さんがそういう敵と戦うかどうかは解らないが……できれば、覚えておいてほしい」
取り返しのつかないことになる前に――
●
黒夜(
jb0668)が放った3射を恵は難なく回避した。宣言が置かれていたので当然とも言えたが、目の良さと身のこなしに於けるセンスもあると、ここまでの訓練を踏まえた上で黒夜は判断する。
「じゃ、本番な」
先に5発当てた側の勝利。
黒夜の意図を反映した5回戦のみの変則ルール。
「……他の武器使うっ?」
「使わねーから集中しろ」
「……わかったっ。よろしくねっ!」
「ま、お手柔らかに」
開始。
銃口が光を放った。黒夜の眼差しどおり真っ直ぐ飛んできたそれを屈んで躱し、その姿勢から恵が低く発進する。
表面積が減った手合いに、黒夜は冷静に照準を合わせ発砲。恵はこれを空高くに打ち上げる。
踏み込みからの逆袈裟斬り降ろし。切っ先は下がった黒夜を捉えられず、幾つめか判らない切れ目を創る。
(「得意の大振り。繋ぎはどうする、大山さん」)
恵は『そこから』斧槍を突き出した。加えた捻りが土を掬い、飛礫となって黒夜に降り注ぐ。
(「……そうだ。綺麗に勝つ必要だって、無いんだよ」)
黒夜は片腕で顔を守り、片腕で狙いを定めて発砲。
恵の挙動は回避と攻撃を兼ねていた。回転して背中を通過させ、勢いを全て乗せた一撃を放つ。
ぴくり、と眉を動かして黒夜が紙一重で躱した。顔を向けた先には真顔の恵。肉薄していた。
(「近距離も、『訓練』済み」)
(「腹部は警戒されていますよ?」)
黒夜の視線が横に流れた。
無意識に恵は追ってしまう。
刹那、顔の下で光が生まれ、弾け、腹部に痛みが走る。
1−0。
(「やられた……っ!」)
(「こっちも意地悪するからな」)
リボルバーのグリップがあごを打ち上げるのと、柄の衝打が小柄な体を捉えるのは同時。
2−1。
転倒を繰り返してから黒夜は制止、起き上がるなり右、左、上へと発砲。
意図を測りかねた恵が目で追う。追ってしまった、と理解した直後、肩に射撃を受けた。
3−1。
黒夜が後退しながら射撃を繰り返す。恵は躱し、払いながら前進。
やがて恵の刃圏内。声と同時に放った突きは屈まれる。
銃口が刃に添えられた。弾くのか。ならその勢いを利用(つか)おう。
備えた長柄の下を黒夜が滑り込んでくる。猫のような身のこなしから放たれた水面蹴りが恵の脚を払った。
4−1。
恵は無理矢理着地して、無理矢理斧槍を振り抜いた。軽いが、確かな手応えが返ってくる。
4−2。
追い駆けようと踏み出された恵の足首に、黒夜が吹き飛ばされながら射撃を叩き込んだ。
勝負あり。
省エネ主義である黒夜が柄にもなく奮闘した。その理由が、今、黒夜を抱き留め、肩車に移行する。
「だ、だからやめろって……」
慌てて視線を逃した先で、ほんのり頬を膨らませたシェリアと目が合った。
「千陰様! 私の旋棍術、いかがでしたか!?」
まず笑顔が返ってきた。すぐさま、焦がれた頭なでなでに加えてあごゴロゴロまで受けたシェリアは夢見心地で顔を上げて、ジト目の黒夜と視線を交わした。
混ざってしまいたかった。
笑って飛び込んでしまいたかった。
だができない。できるはずもない。
まだ一勝もできていない。
(「それに――っ」)
何より、振り返った先で、最後の相手――染井 桜花(
ja4386)が準備を終えている。
●
傾けられた斧槍に恵が倣う。
互いの得物が合い、鳴った瞬間、立ち合いが始まった。
双方の得物が何度も激突する。恵のそれは乱打で、桜花のそれは乱舞と呼べた。
甲高い音が激しく鳴り渡る。次第に間隔が詰まり、全てを目で追うことが困難になり始めた。
一度大きく間が空いた。前に出るのは恵。しかしそれも桜花の策の内。
導かれるように振り降ろされた恵の斧槍を、桜花の無骨な斧槍が『引っかけて絡めた』。
恵が踏ん張り、捻り返す。
桜花は得物の流れに逆らわず跳躍、身を捻ってからの浴びせ蹴りを恵の顔面に放った。
やりたかった事のお手本のような動き。
見惚れている暇はなかった。着地した桜花は柄の先端で恵の喉を強かに突く。直前に下がることで威力を減衰させたものの被害は甚大。だが咽る間さえ与えず、桜花が操る黒色が視界の外から強襲、恵の足首をねじ伏せる。
殊更堪えた。しかし射程内に捉える。訓練中身に着けた至近距離の衝打を狙う。が、この時既に桜花の得物は中型の銃に持ち替えられていた。
衝打をすり抜けた銃口が恵の下っ腹を突く。直後、散弾が恵の一点に収束して炸裂した。
「っっっ!!」
恵は倒れない。
目つぶしを狙った我武者羅な蹴り上げ。
「……甘い」
舞い上がった砂と草は、しかし翳した腕に軽々と防がれてしまう。
襟締めからの背負い投げ。
一瞬の呼吸困難を経て放り投げられた恵は受け身に失敗し、得物を手離してしまう。それでもなんとか起き上がる、その最中、視界に図書館が見えた。
背負うように立ち上がる。桜花が目前に迫っていた。
言葉に起こせぬ叫びが上がり、無我夢中の正拳を放つ。
その脇を抜けた桜花が、勢い良く柄を振り上げ、恵のあごを貫いた。高らかと浮く恵を、得物を手離した桜花が壁を蹴って追い駆け、掴む。
「――っ」
「……円舞・奈落」
芝。図書館。空。芝。
目まぐるしく移り変わった恵の視界は、次の瞬間、膨大な衝撃と共に暗転した。
●
確かめるように目を開くと、空をバックにヒビキの顔が見えた。
「ん、気が付いた?」
跳び起きた恵を、訓練を施した一同が取り囲む。
「ご気分はいかがですか?」
「ボク……っ」
「最後頭から落ちたんだよ、おたく」
「……丈夫」
「あー……もう少し言い方が……」
「……頑丈」
これを、と、正太郎がスポーツドリンクを手渡す。
「悪いとは思ったけど、できる部分の手当てをさせてもらったよ」
言われるまま自分を眺めれば、攻撃を受けた部分を入念に白が隠していた。
動き続けた恵を気遣い調節されたドリンクは、小春日和のように生温い。
「訓練終わったから、お風呂、みたい」
「タオル貸してやる。立てるか?」
「その後はティータイムに致しましょう♪」
「ごめんっ」
パン、と元気に拝む恵。
まだ今日のノルマが残っていると言った。
でも、今日は本当にありがとうございましたっ。
後ろ髪を引かれる面々に、恵ははつらつと手を振り続ける。
やがて一同が館の向こうに消えると、ぱたり、と手が降り、顔が下がった。
「ごめんなさいっ」
「いいわよ、このくらい。
暗くなる前に帰りなさい。あ、これノルマにしましょう。オッケィ?」
「はいっ」
千陰が去る。
恵は窓の無い館の陰に移動した。体が痛み、とても時間がかかった。
スポーツドリンクをちび、と舐める。喉を濡らし、腹に至ると、とっくに汗が引いていた頬に一筋が流れた。
大慌てでそれを拭うと、恵は、6つの敗北を順番に深く思い返し始めた。
再びの一筋にも気づかないほどに。
傾き、大きくなり出した黄色い太陽、その中央を強く、真っ直ぐ見据えながら。
●
「――おかえり」
「ちょっと前の凄い音、何?」
「ファンファーレよ」
「――?」
「何それ」
「レベルが上がったの」