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マスター:十三番
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2015/06/22


みんなの思い出



オープニング



 雨がぱらぱらと屋根を打つ音が朝から絶えず続いている。
 窓には薄い波が足早に流れていた。

 天候がこの有り様では、校舎から離れた図書館は宛ら孤島。出る者はなく、訪れる者はいつにも増してまばら。当然仕事も少なく、今日に限って事務仕事も片付いてしまった司書らは――来館者の半数が目を疑ったのだが――読書に没頭していた。

 司書主任の小日向千陰は中2階の小さなテーブルで、天界に関する見解が述べられた古い書物のページを、頬杖をつきながら読みふけっている。この図書館の9割9分は、このような天冥に関する文献が占めていた。
 司書の三ツ矢つづりはカウンターで往年の文豪の代表作に目を走らせる。こちらも蔵書。これら文学作品は彼女とその同僚の進言で、少なからずこのような書籍も置いた方が良いのでは、と提案したことにより寄贈された。
 くだんの同僚、五所川原合歓は持ち込んだ参考書を解いている。仕事さえ済ませてしまえば以降は自由にして良い、という方針に則り、彼女は今日も、尚も自信を高める為に躍起になっていた。

 曇天の暗がりも、文字に没頭するには都合がいい。
 幾多のページが捲られる音が、雨脚に隠れて長いこと紡がれ続けていた。





 つづりがふと見上げると、千陰が立ち上がるシーンだった。

「(一服してくるわね)」
「(わかったー)」

 簡素なジェスチャーで意思の疎通を済ませる。一歩ごとに階段が軋むのは湿気のせいだと思い込むことにした。
 合歓とも同じ会話を交わし、千陰は表に出た。強い雨はまだまだ止む兆しさえ無い。
 館の前に大きな水たまりがあった。芝生に生まれたそれをどう避けて行こうか考えたところではたと気が付いた。傘は事務室に置いたことを、思い出したのだ。
 いくらなんでも来館者のものを無断で借りるわけにもいかない。濡れるのを覚悟すれば喫煙所まで行けないこともないが、彼女のスーツはクリーニングから返ってきたばかりだった。こんな日に着て来るなと言われそうだが、今日はそこそこの規模の会議もあったし、何よりこの、一番お気に入りのスーツの気分だったので仕方がない。
 手間だけど取りに戻るか。
 背中で開けようとした扉はびくともしなかった。


 振り返る。
 つづりと合歓が、全力で扉を内側から封鎖していた。


「(ちょ、何してるのよ!?)」


 千陰の合図に2人は応じない。手を、脚を、肩を、頭をガラスに押し当て、切羽詰まった表情で扉の前から動かない。


「(傘! 傘忘れたのよ! か・さ!!)」
「(無理。やだ。絶対開けない)」
「(なんで!? 快く送り出してくれたじゃない! じゃあせめて持ってきてよ!!)」
「(――開けられないの!)」
「(あんたたちが閉めてるからでしょ!?)」
「(後ろ見てみろよ!)」
「(私? 確かに休憩貰おうとしたわよ。でもこんなイジワルしなくてもすぐに戻――)」
「(なんでここだけピンポイントで伝わらないんだよッ!!)」
「(――う・し・ろ!)」
「(ういろう? まったく伍(ウー)はいっつもお腹ペコペ「(うーしーろ!!!)」

 ああ、後ろ、か。
 千陰が振り向くと同時、




 ッンヴァッシャアアアアアアアアアアアアァァァァッッッ!!!!!!!!




 水たまりが、底に湛えていた泥ごと、まるで千陰を狙ったかのように、凄絶な勢いで押し出された。
 まるで超速でヘアピンカーブを決められたような事態であり、実際ヘアピンカーブは決められていたのだが、もちろん車両ではない。
 つづりと合歓が警戒し、千陰に泥水をぶち撒けた犯人は、両の拳を空に向けて高らかに宣言した。



「雨天(レイニー)だよーーーーーっ!!」



 千陰は無言で眼帯を外すと、両手で顔の泥水を拭った。


「雨だよ司書さんっ!! 遊ぼうよっ!!」


 短い黒髪に手を通すと、じゃり、という感触が幾つも散らばっていた。


「ボク雨の日大好きなんだっ!! だから遊ぼうよっ!!!」


 お気に入りのスーツは、茶色に染まったシャツ共々、今日の雨宛らに水を滴らせている。


「? 雨で聞こえないのかな?
 しーーーしょーーーさーーーんっ!! あーーーそぼーーーうよーーーーーーーーーーっっっ!!!!」


 千陰は頭を振って、猫のように髪のはっ水を済ませると、
 図書館に背を向けて仁王立ち、
 項垂れ、腰に手を当て、深い、長い、永い溜息をついてから――





「遊びましょうかーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」



「いいいいいいいやったああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」



 恵、歓喜す。



「ねっ、ねっ! ねっ!! 何して遊ぶっ!?」
「ちょーどここにショッキングピンクなカラーボールがありやがるわ! これを私がぶん投げるから、できるだけトリッキーにキャッチする感じの技術点と美術点で勝負的な感じなのよ!!」
「承ったんだよっ!!!!」






「いクわよおおおあああああああああ!!!!」(ぽーん)

 だだだだだだだ!(ダッシュ)
 ↓
 たっ!(ジャンプ)
 ↓
 バシャアアーーーーー……っ!(スライディング)
 ↓
 ぱしっ(キャッチ)
 ↓
 だだだだだだだ!(帰還)

「面白かったからもう一回やりたいんだよっ!!」
「ようがす。レディセッ!!」
「御意だよっ!!」


(※まで戻っていただくことで永遠にお楽しみいただけます)



「でも他の遊びもやってみたいかもっ! 司書さん、何かアイデアある?」
「じゃーそーねー、むかーし流行ってた遊びにしましょうか!」


 ――久遠ヶ原式鬼ごっこ・濁流式。


「普通の鬼ごっこと違うのは鬼が交代したり増えたりしないこと。
 私が身も心も鬼になるから恵さんはガチで逃げてね。
 私が降参したと認めるか恵さんが一歩も動けなくなったら終わり。オッケィ?」
「わかったよっ! じゃあボク逃げるねっ!!」

 言うが早いか、雨の中に駆け出していく恵。
 その飽く迄無邪気な背を、


「はっはっはーーーーーーーーー逃げ切れるとか夢見てんなよ、爆弾娘――!」


 クラウチングスタートを切った千陰が猛追する。





「あっぶなー……よかった、図書館無事だね」
「――うん。
 ――あ、すいません、図書館なんですけど、シャワー室か浴場をお借りしたくて……あ、近くが空いてる。じゃあ、はい、お願いします。はい、ありがとうございます、それじゃ(ピッ)」
「入り口とかはあとで掃除するとして、あの2人は連れ戻……さなくてもいっか。ギリ楽しそうに見えるもんね」
「――参(サン)は?」
「あたし雨は前科があるからなー。
 伍は?」
「――お腹すいた」
「うん、だと思った」

 ここまで一気に話をつけると、2人の司書は、みんなもよかったら、と、カウンター奥の扉を指し示した。


リプレイ本文



「あ〜〜、二人とも泥だらけね」
「ありゃあマジだな。あの目は知ってる、落とし穴用意したりこんがり肉食べたりするハンターの目だ」
「恵剥かれますね……」
「濁流式なら大山さんを生け贄に捧げた方が早いかしら?」

 手を振り、ぱたぱたと飛んでいくナナシ(jb3008)を、気を付けてな、と久我 常久(ja7273)が見送る。

「――みんなは?」
「じゃあ、僕はお言葉に甘えさせていただきます」神谷春樹(jb7335)が頬を掻き、
「ん、失礼、します」ヒビキ・ユーヤ(jb9420)がこくん、と頷いた。

 五所川原合歓を先頭に事務室へ進んでいく。春樹、ヒビキ、常久と続いた。
 さらに続こうとした赤坂白秋(ja7030)の服のすそを、無言で三ツ矢つづりが引っ張って止める。





 アクセル全開のオフロード宛らに広場を駆けていく大山恵を、小日向千陰はロケットのような勢いで追っていた。

「……みちゃーん……」

 雨脚は一定の強さを保ち続け、視界はただただ劣悪。

「……恵ちゃーん……」

 恵が足を止めて辺りを見渡す。

「余裕くれてんじゃ――!!」

 速度を更に上げた千陰に、



「あたしもまーーーぜーーーてーーー!!!」



 瀬波 有火(jb5278)がサイドからフライングボディアタックで激突した。
 体を物理的にくの字に折られた千陰は芝生をずさーーーと滑っていく。
 彼女に一切の関心を払わず、有火と恵は共に駆け寄り、軽快なハイタッチを交わした。

「うんっ! 一緒に遊ぼうよっ!!」
「やったーーーーー! 大雨ってテンション上がるよね! ね!!」
「ねーーーっ!!」

 手を取り合って飛び跳ねてから、バク宙とかトリプルアクセルとかを決めまくる。
 大はしゃぎな両名の背後で千陰が立ち上がった。





「ざっと調べて貰ったんだけど、『ただの大雨』みたい」
「そう、か」
「豆腐先輩の心配も判るけどねー。今いろいろ騒がしくなってきてるし。でも大丈夫だから」
「おう……」

 白秋は釈然としないままだった。
 図書館の屋根は全面で雨を跳ね返している。

「……静かだね」
「おう……」

 それらが耳に入らないほど、あごを引き、深く思慮する。
 顔と床の間につづりが躍り出てきた。




「キスとか、する?」
「おおう!?」




 ニシシ、と笑う。

「隙だらけだったから、いつもの仕返し」

 大成功、と両手で指さして扉に向かうつづり。
 その背中が普段よりも一回り大きく見えて、ようやく白秋は、気を遣われたのだと気付いた。

「行こ。コーヒー淹れるからさ」

 つづりがドアノブに手を添えた瞬間、両肩に手が置かれた。
 振り返ると、目の前には白秋の真顔が。


「え――」
「黙れよ。図書館だぜ」





「いえーーーーーい!」
「こっちだよーーっ!」

「ら゛ーーーーーー!」

 恵が周囲を大きくぐるぐる回り、そこを有火が縦横無尽に突っ切ってくる。千陰は翻弄されていた。

「ゎぁぁあああぁぁぃ!(ドップラー的表現)」
「まだまだ捕まらない――」

 得意顔で旋回を続けていた恵の足元に、急降下してきたナナシがスライディングを叩き込む。

「――よっ!?」
「ごめんなさいね、大山さん。なにか早めに終わらせた方が良いような気がするから」

 転倒した恵に千陰が胴回転回し蹴り、しかしこれは恵が横に転がって回避する。舌を打つ千陰の頭上に、ナナシは再び飛び上がった。

「あれ、ナナシちゃん濡れてないの?」
「ええ」
「濡れた方が楽しいよっ!」
「いくよ恵ちゃん!!」

 \せーのっ!!/

 有火らは揃って跳躍、走り回りながらこしらえた巨大な水たまり目掛けてダイブを試みた。
 ナナシは腕を組んで動かない。雨が降ろうが泥が来ようが、全て透過してしまえばいいからだ。
 透過を無効化されてしまっては成す術がなくなるが、だからこそ念入りに警戒していた。

 暗く、厚い波が押し寄せる。
 土砂降りはナナシを無視し続けていた。


「甘いわね。特殊環境下の戦いにおいて、天魔忍軍に隙は無いわ」


 にっ、と口の端を持ち上げたナナシに、泥の波が激突した。
 遠慮なしである。数十メートル離れた校舎の壁にも泥は及んだが、そこにくっきりとナナシの『型』が残る程で、当の本人はエクレアのように前面を泥まみれにしていた。
 阻霊符を使っていた様子はなかったのに。
 絶対大丈夫だと思っていたのに。
 ちょっと痛くてかなりびっくりしたナナシはほんの少しだけ泣いた。

「いえーいだいせいこーう!!」
「続きはグラウンドでだよっ!!」

 あはははははと笑い声を響かせながら地球を一周するくらいの勢いで駆けていく有火と恵。



「手を組みましょう、ナナシさん」



 千陰は阻霊符を握り締めた。



「女にはね、やらなきゃならない時と事があるのよ!」
「全く、全然、微塵も納得できないことがあるけど、いいわ」

 ハンターの双眸がもう一対。

「じゃあ、やっちゃいましょうか」





 窓の外、広場からグラウンドへ向けて爆走する組と猛追する組を見送り、常久は顔を顰めた。
「何が楽しくて雨の中に居るんだかな」
「……何も考えて、ない?」
 だろうな、と常久は苦笑。
「――ごちそうさまでした」
「失礼します。頬にネギが」
「――あ、んー」
 顔を突き出した合歓の頬を春樹がハンカチで擦る。
「――ありがとう」
 近い位置で満面の笑みを見てしまい、あの御祝いの夜の『事件』がフラッシュバックすする。
 慌てて辺りを見渡すと、入口側の棚に、用意していた話題と同じ文字を見つけた。
 許可を得て開く。検定試験の問題用紙には随所に書き込みが散りばめられていた。
 長机に置かれたそれにヒビキも視線を落とす。
「かんしゃくを起こした時の、対応……これで、完璧?」
「――ううん。一例。同じ目線に立って、話を聴くのが一番かな、と思うんだけど……どう?」
 いいと思います。春樹が笑んで頷く。
「頭ごなしに諭したり優しくされるよりは、きちんと会話してくれる先生が好きでしたね」
「ん、体験談?」
 春樹がはにかみ、ヒビキが頷く。
「――どんな子だったの?」
「そう、ですね……やんちゃだったと思います」
「――ちょっと、意外」
「そうですか? ……あぁ、やっぱり難しいですね、こういう話は」
「――質問。男の子って、どうして好きな子にイジワルするの?」
「気を引きたいんだと思います。他に関わり方が判らないんですよ」
「――……経験談?」
「えっ、と……そ、そうだ。小学校低学年位の男の子はヒーローに憧れて無茶をしかねないので、気を付けてくださいね? 僕自身、家出同然で孤児院を飛び出しましたし」
 胸の奥がチクリと痛んだ。
「その決断が自分や周りにどんな影響を及ぼすか、あの時の僕は判っていなかったんです。
 だから――」
「――うん。判った」
「ありがとうございます」
「――優しいね」
 にこりと微笑んで体を傾ける合歓。春樹はそっと俯いて、乾いた口に無理矢理菓子を頬張った。

(「家の子達は、どうしてるかしら?」)

 ヒビキが窓の外を見る。きっと外で遊んで、お風呂に入っているのだろう。おとーさんとおかーさんに、風邪を引かないよう念入りに体を拭かれ、くすぐったそうにしているかもしれない。
 そういう話をしたい。他の事も、判っていると思っていた事も、もっともっと話したい。
 舌の上でゆっくりチョコを溶かしながら、ヒビキは短く、しかし深く頷いた。

(「いい雨じゃねぇか」)

 入り口近くの壁に寄り掛かり、常久は静かに笑みを深める。合歓の、『子供達』のあんな表情が見られたのなら、この悪天候も、まるで悪くはない。この大雨が余計なものまで流してしまわないように祈るばかりだ。
 さて、と視線を流す。

(「……こいつらはいつまで何やってんだ……?」)




「あいつにも随分友達が出来たんだな(胸でかいよな……)」
「そだね(あービックリした! あービックリした!!)」
「やりたい事が出来て、少しずつ友達も増えて……千陰は安心するかな、寂しがるかな(ほんと胸でかいよな……)」
「今更寂しがられても困るって(あのフリから出歯亀のお誘いって何!? 別に期待とかしてないけど!)」
「お前はきっと両方だな、参(胸でけえ……顔うずめてえ……)」
「別に。あたしはあたしで、伍は伍だし(何考えてるんだろほんと……あ、今はおっぱいのこと考えてそう)」
「ほんとマジで胸でかいよな……(ははっ、そんな顔するなっての、参)」
「 図  星  か  い  ! 」

 つづりが全力でドアを開けると、扉の角が白秋の眉間を捉えた。
 黙々と痛がる白秋に舌を出し、全員がぽかん、と口を開けた事務所に入っていく。

「……何事?」
「豆腐が角に頭ぶつけただけ」

 顔を逸らして笑いを堪える合歓。両腕に圧迫された胸部に内心唾を吐きつつ、つづりがコーヒーを淹れ始める。
 さて、と常久が腹を叩いた。

「どれ、ワシもそろそろあいつらと遊んでやるかね」
「ん、私も」
「合歓、お前さんもどうだ? 運動した後のメシはうめぇぞ」
「――(ごきゅり)」
「体冷やさないでくださいね」
「つづりちゃんはどうする?」
「雨は鬼門なんで」

 苦笑してドリップに集中するつづり。表情に差した影を常久は見逃さない。

「『雨』は『雨』だ。あんま考え過ぎるなよ」
「……ウス」

 淹れ終えた一杯目を、横から白秋が掠め取る。

「ん、美味いな。これなら毎日飲めるぜ。いやむしろ毎日味噌汁作ってくれよ参!」
「はいはいおっぱいおっぱい!」

 常久は肩を竦めて事務所を後にした。





 水浸しのグラウンドでは死闘がふたつ繰り広げられていた。

 恵のタックルを紙一重で掻い潜り、ナナシは上空から一気に急降下、水たまりの直上をかっ飛ぶことで水を巻き上げ、それを隠れ蓑に接近する。以下繰り返し。
「手強いねっ!」
「私今本気なのよ、大山さん」

「どーーーん!!!」
 水上スキーのように泥を巻き上げながら突進してきた有火が体当たりを放ってくる。千陰はこれを仁王立ちで迎撃、接触の度に離れた木々がわんと泣いた。千陰が投げようとするが、有火の勢いは軽々には止められない。ずっしゃーーーと滑っていった有火が立ち上がり、疾走して戻ってくる。征く側も守る側も頭からつま先まで泥まみれ。ただ、それぞれの目だけがギラギラと輝いていた。
「どっどーーーん!!」
 飛び込んできた有火の下に身を屈めた千陰が潜り込み、担ぎ、投げ付けた。受け身の間に合った有火だったが、起き上がるより早く千陰が接近。そして

「そぉい!」

 有火のシャツを一息でひん剥いた。
 しかし。

「じゃーん! 濡れてもいいように水着着てきたんだー! やばいあたし天才?」
「チィッ!!」
「司書さんも泥だらけだね! でも泥パック的な感じでいいかも?
 まーあたしはパックなんかしなくてもお肌すべすべぷにぷにぷるんぷるんなんだけどねー」
「擬音が多過ぎっだらぁぁぁ!!」

「有火ちゃんっ!!」

 ナナシが空に向かった瞬間を使い、恵が加勢に駆けてくる。
 迎撃に備えた千陰の腰に有火がしがみつき、踏み切った恵が揃えた足から突っ込んできた。
 千陰は泥を受けながら有火を振り回してドロップキックを回避、そのまま泥の上に抑え込み、腕で頭を極める。それから有火のくびれを両脚でがっちりとホールドした。

「いたたたたたっ!」
「司書さん脚ぷにぷにー」
「ナナシさん!」
「ええ、判ってるわ」

 雨と共に降ってきたナナシ。その傍らには首にプラカードを提げたパサラン。

「さぁ、パサラン。この世の全てを呑み込みなさい!」
「え。ちょ――」


 つるぽんっ


 大口を開けたパサランが、抗議しかけた千陰を含む3名を呑み込んだ。
 ぶるぶると震えること数回、ぺっと吐き出された3名は、もうなんというか、ぐちゃぐちゃ。

「あははははははは!」
「おもしろーい!」
「裏切ったわねナナシさん!」
「二度と阻霊符とか使えないようにもう一度全てを呑み込みなさいパサラン!!」
「や、ほんとごめ――」


 つるぽんっ


 ぶるぶる


 ぺっ


 吐き出された千陰は遮二無二逃げ出した。まだ泥まみれのほうがマシだ、と。
 そうして走った数十歩目、ぬかるみに足を取られてその場に倒れ込んだ。
「っ!?」
 いやに柔らかい地面に首を傾げていると、大きな影が落ちてきた。

「よぉ」
「久我さん……?」
「ホテル久我だ」
「は……!?」
「女性専用ホテルだから安心して泊まんな!!」
「いーーーや! 大丈夫です! 私もうモーテルの774号室にチェックインしてるんで!」
「部屋数多そうね?」

 怒りに震えた声に振り向けば、そこにはナナシとパサランが。

「教えて。どうして阻霊符を使ったの?」
「ほんっとーにごめんなさい!」
「本音は?」
「上手い事一本取れてめっちゃ面白「パサラーーーン!!!」

 三度つるぽんからぺっされた千陰は、ぐったりしているところを常久に掴まり、「ちょーーーーー!!! エキサイティン!!!!」もちもちベアハッグを食らって動けなくなった。


「まだ終わってないよっ!!」
 勢い、飛び出した恵、その顔面を

「ううん、もう、お終い」

 スパアン!!!

 ヒビキにハリセンを振り抜かれ、宙で一回転、あえなく墜落した。
 二勝め、と頷く。

「ん、動ける? お風呂、行こう?」


「お風呂!?」


 合歓に捕縛されていた有火が、その姿勢のままぴょんぴょん飛び跳ねる。


「うん、お風呂、司書さんが、用意してく「行くーーーーーー!!!」





 わー、司書さんおっぱいおっきいねー。それにすべすべー。
 あ、いいなー。ボクもボクもー。
 や、ちょ、そこは、んっ。



「……なーーーんて会話を僅かでも聞き逃さねぇよう聞き耳立てるから静かにしてくれよ!」
 目を血走らせる白秋を一瞥した常久は、無言でいっぱいにした洗面器を5回被った。

「うおおおい!? 参の声がきこえねえだろ!!」

(「ったく、こいつは……」)

 思わず口をついて出そうになった言葉も一気に流していく。





 片や女湯。
 白秋が思い描いていた光景は、一切、さっぱり起こっていなかった。

「やー、雨で冷えた体に染みるぅ〜」
「ん、極楽」
「なんで濡れてないあんたまで入ってるのよ」
「いいじゃん、今日寒いんだし」
「ふぅ……色々な意味で大変だったわ……」

 湯煙の中、人知れず頭を洗い、がっちりタオルを巻いたナナシが湯船に入ってくる。

「雨、止まないわね」
「台風みたいだよねっ」
「帰り、濡れるかも?」
「ちゃんと傘運んできたから」
「それでも濡れそうだけどねー」
「服が乾くまで、まだかかるかしら」
「司書さん、ちゃんとしみ抜きしたー?」
「そういうレベルじゃなかったから新しいの買うわ……」

 そういえば、とナナシ。

「人間界には大雨の神話があったわね……何だっけ、あれ?」
「方舟のお話? 話したら阻霊符許してくれる?」
「雨が上がったら、水に流してあげるわ」

 首まで沈んだ千陰が、昔々、と物語を紡いでいく。





 一足早く浴場を後にした合歓が戻ると、春樹が館の軒下でコーヒーを嗜んでいた。
 歩み寄ろうとした合歓は、玄関周りの泥が綺麗さっぱり落ちていることと、館内にいたはずの春樹の服があちこち汚れていることに気付く。すぐに全てを察した。

「――ありがとう。本当に」
「いえ、ご馳走になったお礼です」
「――じゃあ、そのお礼、行こ?」

 食事会があるのだという。合歓が告げた高級店の名前に、春樹は思わず息を呑んだ。

「いいんですか? その、予算とか……」
「――うん。千陰が出してくれるって。だから――」

 行こう、と、手を差し出す。
 その光景に過去の情景を重ねてしまった春樹は、俯き、はにかみながら手を取った。


 この後、春樹は合歓の食いっぷりに度肝を抜かれ、ごちそうさまの段階で自分の奢りだと常久から聞かされた千陰が今日の天候に負けない涙を流すのだが、それはまた別の話。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:6人

時代を動かす男・
赤坂白秋(ja7030)

大学部9年146組 男 インフィルトレイター
撃退士・
久我 常久(ja7273)

大学部7年232組 男 鬼道忍軍
誓いを胸に・
ナナシ(jb3008)

卒業 女 鬼道忍軍
バイオアルカ・
瀬波 有火(jb5278)

大学部2年3組 女 阿修羅
揺れぬ覚悟・
神谷春樹(jb7335)

大学部3年1組 男 インフィルトレイター
夜闇の眷属・
ヒビキ・ユーヤ(jb9420)

高等部1年30組 女 阿修羅