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マスター:十三番
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2015/06/15


みんなの思い出



オープニング



 埼玉県へ調査隊が派遣された直後、斡旋所の電話が電子音を吐き出した。


 Prrr Prrr


「はい、久遠ヶ原学園です」

――千葉県撃退署の者だ。可及的速やかに協力を願いたい事案がある

「要件を」

――これから伝える位置に、至急救援部隊を派遣していただきたい



●【甲】

 決死の思いで放った正拳突きは、しかし、分厚い純白の表面に拒まれてしまう。まるで手応えを得られなかったことに舌を打った。
 次の瞬間、球を模していたそれの一部が突如生え伸び、アザカタの肩を貫いた。
「ぐ……ッ」
 アザカタは苦痛に顔を歪めながらも、
「……迂闊なんだよ……ッ!!」
 その一部を掴み、手刀にて切断を成す。


 ―――――――――――――――――――――――!!


 微振動と伸縮を繰り返すサーバントを尻目に、アザカタは一時撤退、離れた物陰に身を隠す。
「叫ぶなら口らしいところ見せろってんだよ!」
 強がりは、しかしすぐに激痛に砕かれる。
「っ……クソが! あんなヤツ、ウズナがいりゃあ……!」

 思い出されるのは苦楽を共にした仲間の顔。今ごろ何処に逃げ果せたやら。
 そもそも逃げられたのか。
 自分たちの、各々の役目を果たせているのか。

「……なんて考えてるヒマがあんなら、動けっつったのは俺、だよなァ……ッ!」

 サーバントがこちらを向いた、気がした。






 埼玉県各所でナターシャ(jz0091)が目撃されている件については、管轄下にかの使徒のゲートが存在する我々の許へも流れてきた。
 主が不在であるならば、統率を執る者がいなくなったサーバントの暴走、氾濫が危惧される。
 我々は即座に監視に当たっていた8名に連絡を取ろうとした。
 だが、いずれとも連絡がつかなかった。
 ただの一人とも、だ。




●【乙】


(「あぁあぁあぁあぁ、どうしよう、どうしようー……!」)

 イチヤはバッグを抱え、息を殺して丸まっていた。最も、この行為に意味があると胸を張ることが、彼女にはできなかった。
 理由はふたつある。
 ひとつは、数瞬前、うっかりバッグを落としてしまい、中身の器材が半壊してしまったこと。満足に情報を伝えることはできないかもしれないが、所持している――または、いた――事実が何かの助けになるのでは、と信じ、イチヤは頑なに肩ひもを握り締める。
 もうひとつは、実戦経験が極端に乏しく、この状況を打破する手段が思いつかないこと。
 狼を肥大化させた成りのサーバントは、その背に生えた少年のような『器官』で自分を探している。狼の頭とまるで対称に動いていた。どうやれば倒せるかなど考えるにも値しない。どうやれば逃げ切れるかは経験不足から可能かどうか判断ができない。
 結果、イチヤにできるのは祈ることだけだった。どうか気付かず、何処かに行ってくれますように。
 願いは届かず、狼が一度、短く、強く咆えた。

「ひっ!」

 急いで口を塞ぐが、もう遅い。





 我々は即座に人員を総動員、捜索を開始した。
 だが、現在までに発見できたのはそのうち5名。何れも遺体での発見となった。外傷から、サーバントに襲撃されたものと考えて間違いないと見ている。ゲートや使徒に関する情報は遺されていなかった。何も得られなかったのか、遺す間も無かったのか、遺せないように襲撃されたのかは判らない。
 また、周囲で発見されたサーバントの中に強力な個体が混じっていることも確認されている。非常に攻撃的であり、既に先の懸念が現実のものとなっている恐れもある。

 以上の経緯から、我々千葉県撃退署は、現時刻を以てサーバントの撃退へと目標を変更、並びに、生死と所在不明の調査隊残り3名について、久遠ヶ原への救援要請を決定した次第である。



●【丙】

「そろそろ限界、かな……」

 掌を見る。鍛え抜いたと思っていた皮は大きく赤らみ、ところどころ黒ずんでいた。お気に入りのネイルも剥がれている。これを見たら、イチヤはきっと怒るに違いない。
 だが、現状に負け、諦めでもしたら、アザカタはそれ以上に怒るだろう。

「あんたは逃げ切れたかい、イチヤ」

 ウズナは独断で陽動作戦を遂行していた。敢えて敵を引き付け、その隙に仲間を逃がそう、という策だった。
 概ね上手く運んだのだと、思う。
 どれだけ走ったか判らないが、かなり離れられたはずだ。
 どれだけ倒したか数え切れないが、相当数削ってやったはずだ。
 考えてるヒマがあったら動け。実践した自分を、アザカタは認めてくれるだろうか。
 だが、それを確かめるには生きて帰る必要がある。

 淡く発光した人型のそれが、暗闇から突然視界に現れた。

 ぼんやりした輪郭の癖に、手に持った長物での立ち回りは器用且つ正確、そして強力なものだった。似た得物を使っているだけに腹が立つ。おまけにあの俊敏さ、目ざとさ、そして『特質』。見抜けなかった自分に苛立ちが募る。初めから相手にするべきではなかった。または、真っ先に潰しておくべきだったのだ。

「……よし、考えるの終わり」

 霞む目を擦ってから、刀の柄を握り、物陰から飛び出す。
 直後、サーバントが間髪入れず、得物を振り被って飛び掛かってきた。





「事態の重大性と状況の深刻さを鑑み、今回は電撃救出作戦を敢行します」

 書類を繰るオペレーターの背後で、3つの転移装置が同時に展開された。

「千葉県撃退署よりいただいたポイントへ別々に出立、要救助者を確保してください。
 ここに必ず居る、と断言はできませんが、収集した情報から要救助者が居る――或いは、『居た』――確率はかなり高いと思われます。
 サーバントとの遭遇が予想されますが、今回は救助が最優先である為、討伐は必須ではありません。周辺で確認された個体の情報を添付しておきましたので、方針決定の参考にしてください」

 書類をあなたに渡すと、それでは、とオペレーターは壁際に退いた。


「準備が完了した班から出動してください。
 『仲間』のこと、あなたたちに託します」


リプレイ本文

●甲―1

 怒号を上げてアザカタは飛び出した。真っ直ぐ喉元を狙ってきた攻撃は身を反って躱し、サーバントにアッパーを放つ。バン、と強い音がした。手応えはやはり物足りない。
 攻撃の予兆が見えた。
 腕を交差、全身を強張らせた直後、サーバントの一部が隆起すると同時、飛来した光がサーバントの側面に直撃した。
 あまりに派手な音と衝撃にアザカタが顔を逸らす。その先では只野黒子(ja0049)が金色のトランペットを手に提げていた。
 黒子が最低限の挙動で意思を伝えてくる。アザカタは頷きもそこそこに一時退却、詰まれた丸太の奥に隠れる。

 ようやく持ち直したサーバントに、炎の塊が上方から激突した。

「コッチよ、まん丸! アンタの相手は私がしてやるわ」

 護符を構えて睨みを効かせる六道 鈴音(ja4192)に、サーバントがゆったりと振り返る。



●乙―1

 『少年』が笑って指さし、『狼』が首を持ち上げる。
 イチヤは口を抑えて涙を堪えて祈り続けていた。だがやはり、それは届かない。
 全身を捻った『狼』が、強く咆えながら、積み上げられた廃車に肩から体当てを放った。

 現場の目前に差し掛かっていた雨宮アカリ(ja4010)、エルネスタ・ミルドレッド(jb6035)両名は顔を見合わせて加速。 エルネスタが先行し、アカリが彼女の背に銃口を向けた。
 結われた長い赤髪の下に手の甲が滑り込む。そこへ狙いを定めた。
 着弾を確認してアカリは銃を仕舞い、エルネスタが軽く手を挙げる。労いで、合図だった。
 道を分かつ。崩落する鉄の山を大きく迂回して目指すアカリ。その軌道を隠すように、エルネスタは直進、紅蓮の槍を大袈裟に振り回した。

(「Mors certa hora incerta」)

 錆び付いた屋根を蹴り、飛び込む。
 『少年』と目が合った。



●丙―1

 ウズナは後方から接近してくる気配に気づいていた。
 新手でないことを願いながら回避に徹する。幾多の相手を切り結んだ手のひらは限界に達しつつあったが、相棒であり唯一の頼みである刀を離すことだけはない。
 発光する似た得物が鼻先を掠めた。意識して大きく退く。狙い易いように、そして対応し易いように。
 後者は杞憂。
 弾丸宛らの速度で飛び込んできた黒百合(ja0422)が、携えた槍の矛先からサーバントの肩に直撃する。ぼん、と湿った音を残して発光体の肩はその大部分が爆ぜた。
 サーバントの対応は素早かった。半壊した腕の得物を即座に持ち替え、背後に回った黒百合目掛けて振り上げるが、影に退かれ空を切るに終わる。
 未練は無い。サーバントはすぐにウズナに振り返る。
 その側頭部に、『本物の』黒百合が放った弾丸がぶち当たった。
 頭部が確かに大きく欠けたのを、ウズナも黒百合も、彼女に追い付きつつあった月詠 神削(ja5265)も目撃していた。
 だが、サーバントが上体を戻した時には、頭部も、先の肩も、綺麗さっぱり、元通りになっていたのである。

「超反応に超回復、ねェ……」
「こんな相手を単独で抑えていたのか……」

 緑色の弓を構え、神削が喉を張る。

「撤退だ、ウズナさん! 他の仲間の許にも救助班が向かってる!」

 有難い。何よりだ。
 ウズナは神削の言葉に従おうとした。
 だが、その進路を断つように、サーバントが再び横薙ぎに得物を振る。



●乙―2

 内臓にまで響く咆哮に身を強張らせて倒壊した廃車の山を探ること数瞬。
 頭を抱えて蹲り、がたがたと震えている女性を発見した。

「こちらブラボー、『お客』を発見したわぁ」

 胸元に備えたマイクに最小限の声量で告げ、アカリはとかげのように素早く隙間に入り込む。
「怪我は無い?」
 優しく声を掛けると、イチヤはばっと顔を上げた。
「こ、これを!」
「ありがとう。でも静かにねぇ?」
 突き出された荷物を受け取り、続いて手を取る。
「怪我は?」もう一度問うと、イチヤは首を振った。「何よりだわぁ。それじゃ、退くわよぉ」
 顔を上げた先、土埃の中で、青白い異形と、細雪を纏う鮮烈な赤が戯れていた。


 狼は一気に距離を詰めてきた。鋭い牙が並ぶ口で噛み付きを放つ。エルネスタは槍で車体を突き、反動を利用してこれを回避、アカリが居る場所から離れようとする。

(「雑兵ではないわね」)

 懸念はもうひとつ。『少年』は接触時以降、こちらに意識を向けていない。あどけなさの残る仕草でイチヤを探して辺りを見渡している。
 もっと離れなくてはならない。まだまだ躱さなくてはならない。

「未だよ」

 胸元に備えたマイクに最小限の声量で告げる。
 踏むように襲ってきた両の前足を飛び退いて往なす。迎撃の一突は身体を傾けられて躱された。


「ひ、退くって……あの……」
「彼女はあなたを救う為にアレを引き付けているのよぉ。そしてあなたを無事に逃がすのが私の仕事。
 安心なさい、こう見えて私は実戦経験だけは豊富なのよ」
 強くはないけれど、と肩を竦めておどける。イチヤは困ったようにはにかんだ。
「走れる?」
「は、はい」
「未だダメよぉ。身を低くして、急な動きはせずに気配を殺すのよ」
「はい……」
「OK。私の後ろにしっかり付いてねぇ」
 アカリが見守る中、また一回り狼が小さくなった。少年はこちらを見ている。
「Stand by……」
 その視線が、狼に引かれて車に遮られた瞬間。

――今よ

「Go!」


 少年が狼の背を叩くと、巨体はぐるりと踵を返した。狙いは飽く迄イチヤ。この期に及んでもそれは変わらない。
 追撃に備えた狼は、しかし動くことがなかった。
 腹の下、土から生え伸びた太い蔦が、一瞬で全身を縛り上げていたのだ。

「もう辿り着けないわ、あなたは」

 深紅の刀身が、遂に狼の身体を捉えた。


「あの、あ、あなたたちは?」
 アカリは短く笑い飛ばしてから、
「久遠ヶ原所属の撃退士よ、ご同業さん」



●甲―2

「そうか、あんたらを頼ったのか」
「『他の2箇所』にも久遠ヶ原の撃退士が向かっています」
「……。悪ぃ、もうひとつ貰えるか、傷が深ぇ」
 言われるがまま、手を翳して光を送る。再び光に包まれた肩の貫通痕は、今度こそ塞がった。
 その奥、調査隊長の双眸は見開かれ、血走ったまま、彼方、白球と鈴音の戦闘を睨みつけている。


 符を挟んだ二指で十字を描くと、土から無数の蒼白い腕がぐいと伸び、サーバントを包み込むようにしがみついた。
「よし!」
 拳を握る鈴音。その二の腕を、青い腕の隙間から伸びてきた白が抉る。苦悶の表情を浮かべるが、一瞬のこと。黒子の癒しの光が間髪入れず届いていた。
(「こいつ、予備動作がまるで無い……!」)
 備えはあった。符を挟んだ二指で十字を描けば、鈴音の周囲を厚い風が取り囲む。再び伸びてきた白い突起は、これに逸らされ通過していく。
 機に乗じて前に出た。符を握った拳に雷が迸る。

「くらえ、六道鬼雷撃!!」

 振り抜いた拳、その軌跡をなぞるように放たれた雷光がサーバントに直撃する。白色は律儀にも、ぶるぶると仰け反り、びりびりと震えた。
「やるじゃねぇか、姉ちゃん!」
 飛び出したアザカタが急接近、拳を叩き込む。大きく陥没した患部に黒子の『伴奏』が乗った。
「ダアトは近接戦闘もどんと来いよ!」
「もういっちょ頼むぜ!」
「六道鬼雷撃ぃ!」


(「拘束することもダウンさせることも可能。あの攻撃さえ見切ることができれば戦い易いと見る事もできます。
 或いは防御に徹しているのでしょうか。徹した先に打つ手があるということでしょうか」)


 黒子が金管に口を添えて立ち上がる。
 異変が起こったのはその直後だった。



●丙―2

 砂利に抱き付くように身を伏せる。頭のすぐ上を歪な得物が通過した。
 視界の端で不吉に輝く光は、黒百合の影によって一度、地面へ強かに叩きつけられる。だがすぐさま起き上がると、四肢を振り回して反撃に転じた。これを躱した影が微かに透けていたのを、ウズナは見逃さなかった。
 サーバントの背面に黒百合の弾丸、そして神削が放った矢が突き刺さる。穴が空き、ぐらついたのも一瞬、砂利を蹴散らし踏み止まった発光体は『元通り』。
 状況は常に変化していた。
 ウズナが神削らに向かって一気に駆け出す。全速力と形容できた。
 だが距離は広がらない。サーバントは俊足を以てウズナを追い立てる。黒百合の影が懸命に追走した。

「黒百合さん」

 得物を持ち替える神削に促され、黒百合は目を凝らした。
 体勢と、辛うじて窺える表情から全てを察する。

「……きゃはァ♪」

 つい、とあごを上げ、取り出したのは漆黒の巨槍。体の周りで弄ぶと、傍らをウズナが駆け抜けていった。
 刹那、サーバントが迫る。小石を蹴散らし、至ったのは黒百合の間合い。

「耐えてみせなさいよォ……♪」

 股ぐらを狙って黒槍を振り降ろす。大腿部を削られるも、サーバントは跳んでこれを回避、しかしてそこまでは黒百合の狙い通り。
 邪悪とさえ表現できそうな笑みの中央、ぱっくりと開いた口から、超々高密度の光弾が発射、サーバントの半身を一発で消し飛ばした。
 片手脚を失った発光体はそれでも反撃に転じた。鞭のようにしならせた脚で蹴りを放つが、これは黒百合が残したジャケットを切り裂くに終わる。
 ウズナが手を使ってブレーキを掛け、踵を返した。

「届け……!」

 黒百合の影がサーバントの胸を背後から貫く。串刺しになり一瞬硬直する発光体、その顔面に、神削が打ち放った拳状の光が直撃した。
 もぞり、と蠢くサーバント。
 その、辛うじて繋がっていた腰を、駆け抜けたウズナが一閃、切り払った。

(「どうだ……!」)

 足を縺れさせ、転倒するウズナ。
 彼女の背後で、サーバントはさらさらと、砂のように零れて崩れ果てた。



●乙―3

 廃車場が摘めるほどの距離に至ると、再びイチヤが声を投げてきた。
「あのっ! もう、大丈夫なんじゃ……」
 確かに、とアカリは足を止めて振り返る。サーバントの追撃はない。そして今またひとつ、廃車の山が崩れ落ちた。
「行ってあげて、ください。お二人のおかげで、私は大丈夫ですから」
「……判ったわぁ。決してここを動いてはダメよぉ?」
 来た道を戻ろうとしたアカリは、あ、と短く呼び止められた。
「もし撃破に至らなくても、絶対に追撃しないでください」
「あら、何故?」
「ナターシャ(jz0091)のゲート周辺には、ここ数日、配置されているサーバントの数が増え続けていたんです」

 不意に混ざったその名前に、アカリは頬を強張らせる。

「アザカタ隊長やウズナさん、他のみんながたくさん倒してくれましたけど、まだまだいて……このままじゃ、いつ援軍が来るか……!」
「諒解よ、有り難う」
 踵を合わせ、額に手を添えてから、アカリは走り出した。


「こちらブラボー、撤退は完了したわぁ。今からそちらへ――」
――いえ、大丈夫よ

 予想外の返答にアカリは首を傾げる。だって今、またひとつ崩れたのだ。何も終わってなどいない。

――心配しないで。あなたは救助者の護衛をお願い
「……寂しくなったら呼びなさい。三等兵が駆け付けるわぁ」
――殊勝なのね


 厚い埃の中、蠍の紋章が赤い尾を引く。
 サーバントの攻撃は激化していた。攻撃は四肢のみによるそれから、辺りのギミックを用いた乱戦へと昇華していた。
 それでもエルネスタは傷一つ負うことはなかった。紋様を浮かべた瞳で情報を収集、予測して身を翻す。爪を、牙を、廃車を躱しつつアカリらから遠ざけ、且つ、少なくない攻撃を積み重ねていた。
 やがて機が訪れる。強引な後ろ蹴りは、エルネスタへ車体を飛ばすと同時に、狼の身にも鉄の雪崩を齎した。無論、傷を負うようなことはない。だがそれでも、少年と狼が鬱陶しそうにそれらを払う瞬間、確かにエルネスタから意識は逸れた。
 矛先を土に突き立てる。
 サーバントが認識したときにはもう遅い。するすると伸びた蔦は、瞬く間に、再び、巨躯をきつく縛り上げた。
 咆える狼。ぐずる少年。
 どちらにも最早用は無く。

「valete」

 静かに告げてその場を離れる。瞳の蠍は消えて久しい。



●甲―3

 白球がぶるり、と震えたのは全員が目撃した。だがその直後、爆発したように突起を全面へ一斉に突き出す様は、誰の目にも留まることの無い神速、一瞬の出来事だった。
 粉っぽい樹木の香りに満ちていた一帯に、苦味を帯びた鉄の匂い、そして不吉な赤が零れる。
 咄嗟に身を隠した黒子は攻撃から僅かに逃れることに成功、抉られた腕に目もくれず、飛び跳ねる木材を掻い潜り状況の確認に移る。
 仲間はどちらも苦悶の表情を浮かべていた。

「っ……コイツ……!」
「くっそォ……!」

 肩口を抑える鈴音の額には汗が滲んでいる。脇腹を抱えたアザカタは蹲って起きられない。
 ここまでだ。
 半歩踏み込んでトランペットに息を吹き込む。飛び出した、白を帯びた『音塊』はサーバントに激突、工場の中まで白球を押し出した。
 黒子が予想外だったのは、この攻撃により、白球に亀裂が走った点、
 そして、それをアザカタが見ていた点だった。
 立ち上がる挙動はスタートを兼ねた。猛然と駆けたアザカタが組んだ拳を振り降ろすと、亀裂は割れ目に転じた。

「決めてくれ!」

「こんの……まん丸ぅ!!!」

 鈴音が叫びながら腕を振る。生み出された、一際大きな火球が、鋭い弧を描いてサーバントの患部に激突した。
 鮮烈な光と強烈な爆音。
 一同が見守る中、中央から割れたサーバントは、地面に落ち、じゅるじゅると溶けて、地面に染み入った。

「感謝する、仇が取れた」
 頭を垂れたアザカタは再び蹲ってしまう。
 鈴音を手招いた黒子が三者を光で包み、傷を癒した。
「強いな、あんたら。これならあの使徒のゲートも落とせるかもな」
「あの使徒、って、ナターシャのことですか?」
「主が不在の間なら、チャンスがあるかも知れねぇぜ。
 まっ、期間は短けぇし、俺は調査隊だから戦線には加われねぇだろうが――」
 お待ちを。黒子が言葉を遮る。
「期間が短い、とは?」
「……そうか、イチヤにも救助隊が向かったんだったな。
 ゲート付近にサーバントが集まり出してな、様子を見に行ったときに聴いたんだ。
 ナターシャは数週間のうちに戻るらしい」
「聴いた……? 独り言でも言ってたんですか?」
「いや、会話だった。相手は判らん。仲間が何か見たかも知れねぇが……」



●丙―3

 神削が、何度もウズナを背負い直しながら悪路を進んでいく。
 黒百合が周囲を警戒しながら寄り添っていた。

「……な……」
「あら、なぁにィ?」

 警戒を続けながら歩み寄り、耳を傾けると、ウズナは改めて言い直した。

「ゲートに近づくな」

 神削が視線だけで振り返る。黒百合と目が合った。


「見たんだ……ナターシャと接触した……天使……桃色の、髪の……」


「桃髪の天使ィ……?」
「……レギュリア、か……?」
「……――きゃはァ♪」


 風に木の葉がさざめく。それはまるで、心底慄いているかのようだった。
 何についてかは、今はまだ、誰にも判らない。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: 燐光の紅・エルネスタ・ミルドレッド(jb6035)
重体: −
面白かった!:10人

新世界への扉・
只野黒子(ja0049)

高等部1年1組 女 ルインズブレイド
赫華Noir・
黒百合(ja0422)

高等部3年21組 女 鬼道忍軍
魂繋ぎし獅子公の娘・
雨宮アカリ(ja4010)

大学部1年263組 女 インフィルトレイター
闇の戦慄(自称)・
六道 鈴音(ja4192)

大学部5年7組 女 ダアト
釣りキチ・
月詠 神削(ja5265)

大学部4年55組 男 ルインズブレイド
燐光の紅・
エルネスタ・ミルドレッド(jb6035)

大学部5年235組 女 アカシックレコーダー:タイプB