●
そういえば、とRehni Nam(
ja5283)が隣を見る。
「お付き合いを始めて暫くして、流星観測デートしましたね。ちょっと懐かしいのです」
そうやねえ、と亀山 淳紅(
ja2261)が目を細めた。
「その前は、自分一人で行ったこともあったな。懐かしいなぁ」
Rehniが頬を膨らませる。
「私もそこにいたかったのです」
言葉と同時に漏れた吐息は、雪を思わせるほど白かった。
淳紅が半歩寄る。2人の肩がくっついた。
はっとして振り向いたRehniの首に長いマフラーが巻かれる。それでまた、Rehniの顔はもっと赤くなった。
「レフニーが編んでくれたこのマフラー、一人で巻くにはちょい長めやしなー!」
フェンスに寄り掛かり、夜空を見上げる。
●
(「……何故だろうな、導火線が恋しい」)
何かを感じ取っていた赤坂白秋(
ja7030)は、しかし頭を振って街中を進んでいた。
身を切るような寒さの中、背中に光を感じる。振り向いた先、小ぶりなスクーターと小柄な運転手が見えた。逆光、且つ、運転手は防寒具でもっこもこだったが、イケメンとは女性を見間違えないものである。
「よお、参(サン)」
手を挙げる。三ツ矢つづりも左手を挙げてきた。目の前で停車する。
「あけましておめでとう」
「うん、あけましておめでとうー」
「今年は何を着てくれるんだ? あ、セリフも考えとかねえとな……」
「着る前提で進めんな!」
「今日は1人か?」
「ってわけでもないんだけど……」
自宅には行ってきた。役目も済ませてある。あとは向かうだけ、なのだが。
「今、ヒマ?」
白秋が眉を上げると、つづりがニヤリと笑った。
「ちょっと付き合ってよ」
●
宮鷺カヅキ(
ja1962)は合わせた手に息を吹き掛けた。
「冷える……」
呟きに浪風 悠人(
ja3452)が視線を伸ばしてくる。
「ヒーターの設定、上げましょうか?」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」
柔らかく口角を上げた悠人が五平餅を返す。コンロの傍で作業しきりの悠人の額には汗が浮かんでいた。
「拭いてやろうか?」
正面から由野宮 雅(
ja4909)が茶化す。悠人は一瞥を送っただけで調理を続け、雅もそれ以上は何も言わず、先に注文していたホットドリンクを傾けた。
引き戸を開けてルナリティス・P・アルコーン(
jb2890)が入店してくる。鼻をくすぐったのは焼ける米の香りと、煮込まれた野菜の匂い。そのどちらにもに表情の異なる味噌の香りが乗ると、無視することなどできなかった。
「ひとつずつ貰えるか。あと、温かい飲み物を」
「ありがとうございます。今なら焼き立てをお渡しできますよ」
「豚汁にフタはお付けしますか?」
「頼む」
畏まりました、とカヅキが大鍋を混ぜる。豚肉、人参、大根、ネギと器によそい、煮込んで小さくなった里芋を狙って掬って盛り付けた。頃合いは万全、煮込みも充分だ。
「お待たせしました」
「ありがとうございました」
差し出された品物に満足そうに頷いて、ルナリティスは店を後にする。さっそくペットボトルの蓋を外し、お茶を含みながら夜空に昇った。
「中々に良い夜だ。静か……では無いか」
視線は眼下の人だかりへ。
●
再び売店内。
「中々いけるだろ?」
「ああ、美味いな」
「ピークにはまだ時間がありますね……」
和気藹々と会話や食事に花を咲かせる面々の中、月詠 神削(
ja5265)ひとり浮かばぬ顔をしていた。
五平餅の売れ行きは良い。雅が率先している所為もあるが、口コミで広がっている点も大きかった。カヅキが提唱した豚汁はかなりの好評を得ている。
一方、神削の牛串は思うような成績を出せずにいる。様々な要因が交錯した結果なのだが、神削は不振をマーケティング不足だと断じた。
「ちょっと、客引きをしてくる」
ジッパーを挙げながら神削は店を後にする。
「私も、そうしようかな?」
呟くカヅキの視線の先には、折り畳まれた毛布の山。
●
防寒具でもっふもふになった黒夜(
jb0668)がてくてく近づいていく。
「よ、よぅ」
「こんばんは。黒夜さんも天体観測?」
「あぁ……小日向は?」
「後輩にお星さまのお話をしてたのよー」
ぎゅう、と抱き締められた。
「あったかいわー」
体に抵抗がかかった。千陰の悪ふざけ、だと思った。しかし見上げた先では、五所川原合歓が頬を膨らませ、近寄りがたいオーラを漂わせながら、文字通りの圧を掛けてきていた。
一瞬睨み合う2人だったが、千陰が黒夜の温もりを求めてかいぐり、久我 常久(
ja7273)が合歓の頭を小突くことでこの小さな戦争は終結を迎える。
「一緒に聞けばいいじゃねえか」
苦笑いで常久が諭すと、合歓は渋々圧を緩めた。
すみません、と千陰の口が動く。
「それで、続きは?」
声に振り向くと、車の屋根に、分厚いダウンコートでふっかふかになったナナシ(
jb3008)がちょこんと座っていた。
「続き」
「大したのじゃないわよ?」
「いいんじゃねぇか」
「ウチも聞きてー」
「はいはい」
●
「まさか新年早々タカられるとは思わなかったぜ……」
「寒かったんだもん」
ごちそうさま、と言ってつづりはあんまんを頬張る。
絶対今年も何か着せてやる。強く心に誓い、白秋は缶コーヒーを煽った。
「んで?」
「あげないよ」
「馬ー鹿。どこ向かってたんだ?」
駐車場で千陰らが待っている、と告げられた。急がなくていいのかと問うが、まあいいんじゃない、とあんまんに口を運び、愚痴を始めた。まずまずの内容で退屈とは無縁だったが、白秋はまるで別のことを考えていた。
(「これ、デートなんじゃねえか……?」)
コンビニの自動ドアが開く。トリップした白秋を余所に顔を向けたつづりは、店を出てきた人物を見て表情を明るくした。
「こんばんわー」
「よォ、お二人サン」
狗月 暁良(
ja8545)が軽く手を挙げて合流する。
「……お邪魔かナ?」
「全然大丈夫ですよ」
「お姉さんならいつでも歓迎だぜ!」
大きめに一口を頬張るつづり。
「ふゥん……?」
暁良の視線は彼女が跨り続けているスクーターに注がれた。
「つづりの?」
「そーーーなんですよーーー」
「へェ……イイじゃン♪ 今度ツーリング行こうゼ」
「ツーリング、ってことは――」
「ソレ、俺の愛車」
暁良が指さした先には大型のオンロードが停まっていた。暗がりながら隅々まで手入れが施されているのが判り、つづりが気遣って距離を開けていたものだ。
「カッコいいー!」
「乗ってミるか?」
「んー、もうちょっと自信ついてからで」
目の前の光景に目を細める白秋。その背に再び電子音が当たる。
「あ、こんばんはー」
「ドーモ」
「やあ、これはお揃いで」
雪代 誠二郎(
jb5808)が歩み寄ると、白秋が低い位置からガンを飛ばてきした。
「悪いな、定員3名の駐車場だ」
構わずつづりに歩み寄る誠二郎。彼女の顔に己のそれを寄せて
「あれね、気に入って貰えたよ」
「よかった……おめでとうございます」
「いや、此方こそ」
「あ゛!? なんの話だ俺も混ぜろ!!」
(「……やっぱお邪魔だった、かナ?」)
それはそうと、と誠二郎。
「こんな時間になんの集まりかな? ……映画でも見るのかい?」
「さあ……あ、それじゃあ」
みんなで一緒に行きませんか。
つづりは丘の上の駐車場を顧みた。
●
駐車場に辿り着いた藤井 雪彦(
jb4731)は安堵の息を漏らした。時間に間に合ったようだ。それでも早足な者が降ってきているかもしれない、と空を見上げて進んでいると、すぐ隣から吐息が漏れた。
見れば、駿河 紗雪(
ja7147)が両手を擦り合わせて背中を丸めている。この冷え込みだ、アップリケの付いたカーディガンは助力を求めているようにも見えた。
「これも巻いて〜☆」
何よりも凍える彼女を見ていられなくて、雪彦は巻いていたマフラーを紗雪の首に回した。
紗雪の頬がほんのり赤くなる。
「んぅー、ありがとです。……でも、雪君寒くないですか? 半分いるです?」
「……それじゃ、一緒にね♪」
もう片側を自分の首に戻した。
ふたりの横を深森 木葉(
jb1711)が走っていく。
「うわぁ〜。きれいなのですぅ〜」
「あまり急ぐと躓いてしまいますよ」
ミズカ・カゲツ(
jb5543)に諌められ、足を止めるが、未だ興奮は覚めず。
「だってだって、こんなにきれいなのですぅ〜」
「暗いのですから、用心しないと」
言葉は途中で遮られる。木葉のお腹がくぅ、と鳴ったのだ。照れから垂れた木葉の頭にミズカがそっと手を置く。
「何か軽食を買ってきます」
お先にどうぞ。告げてミズカは木葉と共に売店を目指す。
「んぅ……?」
紗雪が見上げてくる。
雪彦は一瞬、唇を噛み締めてから、
「行こっ♪」
紗雪の手を取った。もう片側の手は緊張から拳を作っている。
「うん。心配しなくても、暗いからと迷子にはならないですよ?」
握り返してくる。
迷子になんか絶対にさせない。決意を笑みで隠し、雪彦は手を引いていく。
●
剣崎・仁(
jb9224)はデジカメの設定に余念がない。試写と調整を繰り返す。寒さでかじかむ指を摩擦で鼓舞し、最適解を求めて励んでいた。
「広角側のF値は……3.5か」
ふと、カメラを降ろした。
真っ暗な空に無数の星が浮かんでいる。何万、何億という時を経て今ここへ辿り着いた、遥か彼方の光。
或いはそれは、この星が生まれた頃からの当たり前の事象なのだろう。だがそれでも、改めて目の当たりにし、噛み締めていると、その神秘と凄絶さを感じずにはいられない。
「あの」「っ」
不意の声に仁はその場から飛び退いた。宛ら急襲を受けたかのようである。無論、そうではなかった。
「……お邪魔してしまいましたか?」
置き去りにした荷物の向こうで、カヅキが申し訳なさそうに俯いている。
「……何か、用か?」
「はい、あの……」
よろしければ、とカヅキが差し出してきたのは、器に入った豚汁と、毛布だった。売店の賑わいがひと段落した頃合いを見計らい、寒空の下で撮影に勤しんでいる面々へ差し入れすることを思い立ったのだ。
「……済まない」
「そんな。突然すみませんでした」
「そこに……置いて、もらえるか」
「はい。また何かありましたら」
畳んだ毛布の上にプラスチックの器を置き、箸を添えてカヅキは立ち去る。彼女の背が充分に小さくなってから、仁は置かれたそれらの許へ歩み寄った。
自責の念から、どうしようもなくため息が漏れてしまう。謹んで口に運んだ豚汁は、いつまでも温かかった。
次にカヅキが向かったのは、駐車場のほぼ中央、やはりカメラの隣に佇む桐咲 梓紗(
jb8858)と、その様子を眺めていた鑑夜 翠月(
jb0681)の許だった。
「こんばんは。豚汁と毛布はいかがですか?」
「わ〜、ありがとうございます」
「助かるよー、今日寒いからねー」
快く受け取る両名に、カヅキはそっと胸を撫で下ろしていた。
「んー、お野菜の甘みが沁みるよー」
甘味が沁みる、と梓紗はメモを取る。手元を照らす懐中電灯の光は、赤いフィルムで濾されていた。
なんだろう、と一瞬濁した表情を翠月が拾う。
「赤い光は、普通の明かりよりも目に負担をかけないんですって」
「そうなんですか」
「久々の夜間観測だからねー、本気でいくよー」
にはは、と笑った梓紗が悪戯っぽくライトを回す。
「大三角形が綺麗だねー」
「六角形もはっきり見えますよ。うさぎ座も、あんなにくっきり」
「うさぎ座?」
「オリオンに追われてた獲物だよー」
「明るい星がなくて目立たないですけど、ほら、あのあたりに」
言葉を紡ぎながら線を引いていく。確かに象られる控えめな星座に、カヅキは暫し、仕事を忘れて見入っていた。
●
「ご清聴ありがとうございました」
千陰が頭を垂れると、取り囲んでいた面々が拍手を打った。間延びした殆どの中に、ひとつだけ遮二無二連打されたものが混ざっている。
草薙 タマモ(
jb4234)はひとり輪を外れ、ただただ感心していた。
(「なるほど。そういう風に夜空の星を見てるんだね」)
体得した技術から、どれがどの方角を示す星かは理解できる。だが今空を見上げている面々は、そこに名前を付け、絵を浮かべ、物語を紡ぎ、想いを馳せている。どれも、タマモの今までには無かったものだ。
(「やっぱり、天界がこの世界の人達をどうこうしようってのは、おかしいよ」)
ぎゅ、とセーターの袖首を掴む。
どれだけ遠くから訪れていようが、どれほど眩しく輝いていようが、紺碧の空に散りばめられたあれらは、ただの光である。だが彼らにはただの光ではないのだ。
(「……うん、私もこの星の星座、覚えておくかな」)
記憶を手繰り寄せながら光を結んでいく。確かもう一つ、と指を泳がせた時、眼下、遥かから強い人工の光が坂道を登ってきた。
暁良とつづりは坂道を登ってすぐ、林側にライトを向けるようにしてそれぞれ停車した。やがて徒歩でやってきた白秋、誠二郎と合流し、千陰らの環へ向かう。
「はい、伍(ウー)」
「――ありがと……!」
ぽーん、と放られる黒い包みに、真っ先に反応したのはナナシ。
「夜空を撮影するの? 経験は?」
「――……ない……」
「むむむ。小さいデジカメだと結構厳しいけど……何とかやってみましょうか」
それよりも、と、いつの間にかナナシの横を占拠していたルナリティスがダウンコートをぱんぱん叩く。
「聞き漏らしたところがある。こいぬ座、とやらはどれだ?」
「うー……ちょっと待ってね、時間が迫ってるから」
「時間?」
「小日向さん、もう一度説明頼める?」
「いいわよー」
「む、すまない」
「三脚持ってきた? 無いなら私のを貸すけれど」
「――! お、お願い、します……!」
「セツメー?」
暁良が目を丸くする。
「センセーが? 星の?」
「そうよー。それなりに好評なんだから」
「……似合わネー……」
「ほらー! やっぱり似合わないんだって」
「 そ ん な こ と あ り ま せ ん っ ! 」
突然の大声にそれぞれが振り向くが、とりあえず、誰の姿も見当たらない。
思わず声を荒げてしまったニット帽+フレーム眼鏡の少女――シェリア・ロウ・ド・ロンド(
jb3671)は、車の陰に隠れて息を潜めていた。
(「とんでもない。とんでもないです。星と千陰様……ベストマッチです!
ああっ、星に詳しい千陰様、なんと素敵な……できることならこのまま夜明けまで――」)
「なにしてるの?」
夜空からタマモが降りてくる。
「せっかくだから一緒に聴かない?」
「え!!?? いや、その、あの……!」
躊躇うシェリアを余所に、タマモは彼女が着込んだ厚手のコートを掴んでぐいぐいと引っ張り、千陰の傍まで連れて行ってしまう。
「あ、やっぱりシェリアさんだったのね」
「!? 気付いて――!?」
もちろん、と千陰は胸を張る。
「もしかして聴きほれちゃってた? なんて」
「は……はい! もちろんです!!」
「シェリアさん……!」
千陰が髪や顔を撫で回す。冷え切った指先が火照ったそれらに心地よい。
「それよりも」と、タマモ。「もういっかい聴かせてくれない?」
「後発組の俺達にもお願いできるかな? 折角の星空だ、可憐な女性の声で眺めたい」
「そうだ。こいぬ座はどれだ?」
「お願いします、千陰様!」
「ウチも聞く」
千陰の視線が黒夜に落ちる。彼女は頑なに千陰の隣を動こうとしない。
「あんまり変わり映えしないわよ?」
「いーんだ。聴くんだ」
「俺としては、伍が写真撮影、って方が珍しく思えるな……」
つづりの頭に腕を置いた白秋が問いかける。
「文通相手に贈るんだってさ。本土の孤児の女の子」
答えは真下から。
「ほーお。よーし、それじゃあ俺の事書いて良いぜ。学園には、こーんなイケメンがいて惚れちゃいそうだってな!」
「てか重いんだけど」
「なら、なおさら頑張らないとね」
「リキむとブレちまうぞ? テキトーにな」
常久とナナシの指導を受け、着々とセッティングを進める合歓。そのお腹が、くぅぅ、と鳴った。
割と鮮明な音で、彼女を取り囲んでいた者にも、千陰の語らいを聞いていた者にも、マーケティングに勤しんでいた者にも、確りと届いていた。届いてしまっていた。
「うっふぉ♪」
神削が現れた。
全身を銀色の宇宙人らしい着ぐるみに包んでおり、無駄に質感のいい銀色が暗闇のなかでロボットのようにカクつく。それぞれの頭部よりもまだ大きいぎょろりとした目が月と星を無闇に反射していた。
おまけに、
「サア、オイシイヨー。
キャトルミューティレーションゴダケドオイシクイタダケルヨー」
機械に濾された声で言いながら、中身をくり貫かれてしまったうしさんに見えなくもない牛串を勧めて来る。
もうホラーである。
半泣きの黒夜とシェリアが千陰に抱きつき、彼女は神削から身を呈してふたりを庇った。タマモは唖然、暁良は目を丸くして、白秋、常久、つづりは呆れ顔。ルナリティスが怪訝げな表情で睨みつけ、ナナシと誠二郎は黙殺した。
そして標的にされた合歓は――ガン逃げ。
「何故逃げる!?」
「いや逃げるって」
「待ってくれ、俺オススメの食い物があるんだ!」
「そのオブジェのことかい?」
「食い物に見えねえから逃げたんじゃねえか……?」
つづり、誠二郎、白秋のツッコミを受けながら、しかし神削は相変わらずカクカクした動きのまま合歓を追い立てた。この所業が後にオーナーにばれ、若干の減給処分を受けたことをここに記しておく。
「アイツ、ああいうヤツだったか?」
暁良の問いに小首を傾げるナナシ。
「まあ、ハメを外したくなる時もあるわよ」
「去年の春から外してることになるわね――っと」
腕時計を確認して、空を指さす。
「はーい、ちゅーもーく!!」
●
「これくださいですぅ」
「それから、豚汁とみたらし団子を2つずつ」
「ありがとうございます。豚汁に蓋はお付けしますか?」
「いえ、結構です」
「お待たせしました」
「ありがとうなのですぅ」
品物を受け取った木葉とミズカが並んで店を出ていく。入れ替わるようにして雪之丞(
jb9178)が入店してきた。
「冷える……」
腕を撫でながら店の中を見て回る。流石に疲労の色が浮かんだ悠人が不意に溜息を打つと、喫煙所、紫煙の向こうから雅の笑みが飛んできた。
「手伝おうか?」
「結構ですよ。どうぞごゆっくり」
「繁盛何より」
雪之丞がカウンターに商品を置く。慣れた手つきで会計を行う悠人に、突然問いが飛んできた。
「いやに賑やかだが……」
「ああ、もう直ですからね」
応えたのは雅。灰皿に紙巻きを押し込み、首に一眼レフを提げ直す。
「直、とは?」
「見に行きますか?」
雅の指は頭上を示していた。
●
「あー」
「わ〜」
「おぉ……」
同じ空を眺めていた3名は、それぞれの感嘆を漏らした。夜を光が走ったのだ。
「撮れたかなー。撮れてるといいなー」
「あ、また流れましたよ」
今日は当たりですね。翠月が微笑み、豚汁を一口運んだ。
その香りが、カヅキをはたと我に返した。
「そうでした、もう行かないと……」
「お仕事お疲れ様です」ごちそうさまでした、と翠月。
名残惜しそうに見上げたカヅキに、梓紗がひらひらと手を振った。
「写真が欲しかったら、後で焼き増しするよー。自慢の魚眼レンズが火を噴くねー」
「ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げ、カヅキはその場を後にする。
店に向かう道中、そういえば、と顔を向け、すぐに戻した。
やはりあちらには立ち入れそうにない。
●
「ほら、また流れた」
「何処? 判らなかったわ」
頭を預けたまま、カルラ=空木=クローシェ(
ja0471)は頬を僅かに膨らませた。
すぐ隣からドニー・レイド(
ja0470)の慰めが飛んでくる。
「きっとすぐ次が流れる。ほら、シリウスの左下に」
「見えなかったわ」
「今じゃない」
苦笑いを浮かべて、そうだ、と提案する。
「寝転がればいい。より広く見られるぞ」
貸してやる、と言ってドニーが腿を叩く。意図を理解したカルラは顔を赤らめたが、やがて頭をそちらへ滑らせた。
パノラマで広がる星を散りばめた夜空。隅にはドニーの表情も見える。何も言うことはなかった。
最愛の者の手は自身の頭に置かれていたが、眼差しは絶えず空に向けられていた。言うべきことが見つかった。
「ねえドニー……私と星、どっちが好き?」くすり、と笑いを添えて。
「ん、お前に決まってんだろ」
間髪入れずにカウンターを決められ、カルラは轟沈。ぷしう、と頭から煙を昇らせる。
「そのまま眠ってしまっても構わないぞ? ちゃんと連れて帰ってやるから、な」
火照った額に唇を添える。
「……も、もう、嫌よ……寝ちゃうなんて、勿体ないもの……」
そのまま暫し見つめ合い、やがて互いに、迎えに行く。
「ねえ、続きを聴かせて」
「いいぞ。何度だって聞かせてやる」
吸い込まれそうな星空を見上げ、ドニーの語りに耳を傾け、指を追う。
夢見心地のカルラの瞳に、一際大きな流星が映った。
●
「んぅー、降る様な星。本当に降ってきましたね」
「そうだね〜♪」
思わず零れた溜息が溶けていく。
「んぅ、おかわりいるです?」
「ありがと♪」
差し出されたポットにカップを潜らせる。紗雪が淹れてきたココアがなみなみと注がれた。喉へ送り、ほっと一息。
「温かいな☆ 紗雪ちゃんみたい♪」
笑顔が傾く。
「何か願えた?」
「んぅー、はいー」
明日も笑っていて欲しいと。
「雪君は?」
「えっと……内緒、です」
ずっと傍にいられますように。
きっと互いの願いは叶うだろう。
後押しするように星が流れる。一緒に呟いて、指で追った。
●
Rehniは覆い被さりながら、淳紅は覆い被されながら、同じ空を見上げる。
「ね、ジュンちゃん」
「んー?」
「天魔との戦いが終わったら……何をします?」
「音楽、歌関係の学校とかお仕事、っていうのは知ってますけど、詳しく聞いた事はなかったなー、って」
「戦いが終わったら、か……。
自分は、母さんの手伝いしながらオーディション受けまくる日々かなー。
世界に行くんも夢やけど、争いが終わったこの国を、歌で支えてくんもええ気はしてるんや」
「ふぅーん……」
「レフニーは?」
「私? 私は、お料理か音楽を、もっと勉強しようか迷い中です」
「そっか」
「そういえば、こないだ見た夢でも、同じことをしてたです」
「夢?」
「はい。アウルのない世界で、音楽学校に通ってる夢を見たんです……」
「……会えたんはこんな争いばっかの世界のおかげやけど、その世界なら、また自分らも会えてたんかも知れんね」
「はい。きっと」
言葉は尽きず、距離は離れない。
●
「なあ、導火線か爆弾か火薬か引火物か燃料持ってねーか」
「頭に星でも落ちた?」
「私から見れば、白秋とつづりも充分爆破に値する間柄だがな」
「今日の俺は気分がいい。許すぜ、全てを」
「それより見てって! ほら、また流れたー!」
語らう面々の許に牛串を咥えた合歓がダッシュで戻ってくる。
「――ごめん……(もっもっ)」
「結局食べるのかね、あれを」
こめかみを抑える誠二郎の隣から、早く早くとナナシが手招く。
「セッティングしておいたわよ。流星が映るかどうかは運だけど、最悪黒夜さんに貰えばいいわ」
「見るか? ほら、ここのが流れ星だ」
環に入っていく合歓を見守ってから、常久は千陰に視線を流す。あちらも気付いて、一歩寄ってきた。
「いい夜じゃねえか。『一年前』とは真逆だな」
困ったような笑みが返ってくる。「ありがとうございました。さっきも、伍を」
「文通相手、だったか……大丈夫なのか?」
「大丈夫ですよ。身元がはっきりしている相手ですから」
相手に限っては、の話だが。
「もう成人ですし。やりたいことは全部やらせてあげたいんです」
「取って付けたような理由はいらねぇよ。
ばら撒けとは言わねぇが、抱え込むんじゃねぇぞ。その結果どうなるか、もう判ってるだろ」
「……はい」真っ直ぐ見つめてくる。「ありがとうございます」
「ったく、馬鹿野郎が」
「オリオンってさそりに刺されちゃったんだ」
「ですから、夏に浮かぶさそり座のほぼ対極に位置しているんですって。千陰様がおっしゃっていました」
「そのクセ呑気にПлеядыを追い回ス。星座の神話ってワクワクするよナ」
「ふむ。知らない星座ばかりだが、中々に興味深いものだ」
一際多くの星が流れた。暁良とシェリアが息を呑み、タマモが興奮して両腕を広げる。
「おわぁ、これは綺麗だね〜」
「この国では、流れ星に願いを託すのだったな」
「それじゃあ、えーっと……うん、みんなが今年、幸せな一年でありますようにっ!」
「もっとマシな装備を購買で通常販売しろ……戦争に勝つ気があるならば……」
「それぞれ、ですね」
シェリアが笑みを傾けた。
デジカメの画面を確認し、ナナシはふふん、と胸を張った。
「よし、撮影成功したわ」
中々の見栄えである。満足げに見返していると、肩をがくがくと揺らされた。
「――と……撮れた!」
「おー、おめでとう。よかったわねえええ」
「――ありがと……!」
がっくんがっくんと喜び合う両名の許へ常久がやってきて、どれどれ、と合歓の画面を覗き込む。興奮が頷けるほどの一枚が、そこには映し出されていた。
「上手いじゃねぇか! こりゃ将来はカメラマンだな!」
半分茶化して、半分冗談で告げると、合歓――と、ナナシ――の動きがピタリ、と止まった。
「――違うよ」
いつになく真面目な表情に、常久とナナシは思わず顔を見合わせる。
「違う、って……まだ子供でいたいかも知れねぇが……」
「――違う、よ」
「じゃあ、何?」
「――……秘密」
それきり、合歓は撮影を再開してしまう。
「店員さんに毛布お借りしてきました。使ってください」
「やあ、これはどうも。気を遣わせてしまったかな」
「いつもお世話になってるので。もう一枚使いますか?」
「いや、これで充分。彼に掛けてやったらどうかな」
誠二郎が手で示した先で、白秋が星を見上げている。
常久と千陰の会話を漏れ聞いていた白秋は物思いに没頭していた。あれやこれやと巡る考察が彼の時を止めてしまう。その腰につづりがミドルキックを叩き込み、強引に時計の針を動かした。
「何か願い事?」
見上げてくる顔には、隠したつもりの心配が滲み出ていた。同じ轍は踏めない、と笑みを浮かべる。
「ああ、願ったぜ」
皆の願いが叶いませんように。
「だからもし叶ったら、それを叶えたのは誰でもない、自分自身の力だ」
「先輩の願いを聞いてくれないかもしれないじゃん」
「俺程のイケメンになると、流れ星にも惚れられちまってな」
「にも」
「あんだよ」
「べっつに。いいんじゃない、らしくって」
「ったく。
……ところで、参」
「ん?」
「星が、綺麗だな」
「うん」
黒夜が向かうと、千陰は笑顔を浮かべた。
「写真見せてくれる?」
「ああ……ほら」
「……うん、綺麗に撮れてる。上手ね」
髪を撫でられた。そこに感じた落ち着きで確信した。
幾らかの沈黙を噛み締める。やがて心の準備が整った。
「ウチ、姉って言葉、嫌いだろ」
千陰は相槌も打たず、じっとしている。
「最近気付いた。姉の存在が嫌じゃなくて、ウチが姉になることが怖かったんだって」
くん、と顔を上げて。
「小日向のこと、お姉ちゃんみたいに思っていいですか?」
言い切ったと同時、くしゃくしゃと髪を混ぜられた。思わず目を閉じ、開くと、隣には千陰の顔が。
「いいわよー。うーんと甘えてきなさいね」
今またひとつ流れた星を指さして。
「ね、撮影するところ見せてよ。一緒に撮りましょ?」
「……今はダメだ、手が震えてる」
カメラを握り締める両手を、千陰がそっと、包み込むように握り締めた。
●
売店のカーテンを閉めれば、とうとう世界に光は星の海に沈む。
「ほら、また流れましたよ」
「ふふふ、自分にも見えたぞ」
「私も。大きかったですね」
「撮影できたか?」
「もちろん」
ほら、と悠人にカメラを傾ける。それきり、雅は一眼レフを構えようとしなかった。
「星を見るのはいつぶりだろうか。いつもは本の中でしか見てなかったから、懐かしさすら感じる」
「自分もだ」
雪之丞がアルコールの入った盃を傾ける。故郷の景色よりは広く、少しだけ近い。
「いい時、いい酒、いい夜だ」
「本当に。こんなに綺麗に見えるなら、寮監仲間も誘って来ればよかった」
何度も見上げた空に手を翳す。見上げる度に表情を変える今宵の空を、きっと仲間も見上げている。
「おぉ〜。また流れたですぅ〜。つかまえるのですよぉ〜」
ひとつ、またひとつ星が走る度に、木葉も走り回り、飛び跳ねる。短い手が光に届くことはない。しかし添えることはできる。そして木葉は、それを心底楽しんでいた。
ミズカは改めて諌めない。紺の水底で、景色と、泳ぎ回る木葉に見入っていた。
「成る程。話には聞いていましたが、確かに綺麗なものです」
穏やかな笑みの上で、対の白がぴこぴこと揺れている。
和やかな情景を一瞥し、仁は自身の器材に視線を戻した。撮影はまだ終わらない。だが心配もなかった。梓紗を初めとした心得のある者たちが率先して観測に相応しい環境を作っているからだ。
だから、懸念は突然の来訪者くらいで。
「うっふぉ♪」
「……敵、か?」
「オイシイギュウクシアルヨー」
「生憎、腹は満ちている」
告げて豚汁を平らげる。
「こんなにたくさんの方のお願いを聴くなんて、お星様も大変ですね」
「でもあんなに友達いるしー、ひとつくらい引っかけて届けてくれるよー」
「……そうですね。そうだといいです、本当に」
微笑む翠月の隣で梓紗がきひひと笑う。今のは見出しに使えるかも知れない。
より良い言葉と景色を目指して、梓紗は再び、魚眼レンズを付けた相棒を夜空に向けて構えた。
あちこちに星を振りまく夜空は、それぞれの眼差しの先で、どこまでもどこまでも広がっている。