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その、敵意と表すには余りに鋭利で濃密な気を受け、陸は口角を上げた。
彼は目を見開いて立ち上がり、刀を抜く。
「敵襲だ! 出会え!」
咆え、全速力で駆ける。飛来した、下妻笹緒(
ja0544)が放つ光の玉を潜り抜け、天風静流(
ja0373)が投擲したナイフを弾き、一目散に『標的』を目指す。
「シィッ!!」
激突する二振りの蛍丸。
始めこそ拮抗したものの、陸が体重を乗せて振り抜くと綾川沙都梨(
ja7877)は大きく後ろに押し返された。
「くっ!」
受け身を取り体勢を立て直した彼女に、陸が切っ先を向ける。
「貴様のような者を求めていた。嬉々として戦場に立つ者を。
決闘だ、女」
無言で、頷きもせず刀を構える沙都梨。
真一文字に結んだ口の端が微かに痙攣していた。
「綾川君!」
「わっ! 弐、あのパンダしゃべったよ!」
声に振り返れば、ビルの入り口には弐と、彼の首にしがみついた参がいた。
「馬鹿! 黙って背後から襲えって言われてただろうが!」
眉を寄せる静流の隣で、笹緒が丸っこい手をわなわなと震わせる。
「貴様ら……何故リーゼントではない? 改造学ランはどうした? 化粧が控えめ過ぎるぞ!」
「なにあのパンダ。おもしろーい!」
ひょいと跳び、笹緒の前に立つ参。あどけなさの残る顔の前で二丁の銃がくるくると舞う。
「ね、モフモフさせてー!」
「なんと凡庸な口調だ……」
スクロールを展開する笹緒。
「私の期待を裏切った罪は重いぞ!」
「っつーことで、アンタの相手はオレだ、姉ちゃん」
頭二つ分ほど大きい男が静流の前に立ちはだかる。笹緒と参は彼の陰に隠れて見えない。沙都梨は背後、遠方だ。
「これが貴様らの戦い方か」
「オレらは言われたことをやるだけだ」
はにかみ、弐は得物を取り出す。右手に釘バット、左手には鈍色のシールド。
「ここは通さねえ!」
「やってみろ」
二刀を携え、静流が疾走する。
●
舞草鉞子(
ja3804)が扉を蹴破り二階へ侵入、遊佐篤(
ja0628)が続き、やや間を置いてからアニエス・ブランネージュ(
ja8264)も足を踏み入れた。
彼らの右手には上下階に続く階段が闇の中に佇んでいる。
正面には開けたフロア。その中央で、
「ギャハハハ! 本当に来やがった、陸のギャグかと思ってたぜ!」
髪と服が真っ赤な女、肆が手を叩いていた。
視認するや否や、鉞子がカーマインを伸ばし、肆目掛けて振った。先端に錘を付けたそれは、しかしニタニタと笑む肆の上で弾かれる。
「いいねいいねぇ! そうでなくちゃあなぁ!」
軽やかに跳ね、構える肆の手には大ぶりなナイフ。
鉞子は周囲を警戒する。
時間を稼ぐべく篤が銃を構えて前に出る。
「アンタら、ずいぶん見境なしに暴れてるそうじゃねえか。何考えてんだ?」
「何も考えてねーし」
「阿呆か。阿呆なんだな?」
「てめぇらみてぇな馬鹿よりマシだ!」
言って肆は壁側に移動、窓から身を乗り出し、屋上に向かって叫んだ。
「『逃げろ』、壱!」
「んの野郎!」
篤が放った銃弾を肆は大げさにバック転して回避。
彼女目掛けて再び鉞子がカーマインを振るう。が、闇から伸びた深紅の鋼糸に絡め捕られてしまう。
鉞子は今度こそはっきりと確認した。糸の先、天井から蝙蝠のようにぶら下がる、真っ黒なパーカーで目元を隠した女、伍の姿を。
鉞子がカーマインを仕舞うと同時、伍も糸を収納し部屋の角まで後退する。
「さぁ! さぁ! さぁ!」
勇み、悠々と歩を進める肆。
「阿修羅と忍軍のタッグバトルだ! 存分に楽しもうや!」
●
屋上に続く鉄製の扉が重い音と共に閉じる。
「そう。あなたたちはそう動くでしょう」
夜風に髪をなびかせ、壱は目を細める。
「どれほど綿密に作戦を立てたとしても、討伐という不自由がついて回る。だから不利と判っていても屋上に人を裂かざるを得ない。
対して私たちは、全滅を逃れればそれでいい。逃走、迎撃、どちらを選ぶも自由だ。
私たちはそうしてきた。自由に振る舞い、生き抜く。今までも、これからもね。
お判りですか。不自由なあなたたちが自由な私たちに勝てるはずなど、ないのです」
アニエスは肩をすくめた。
「自由と無軌道を履き違えるのは、せいぜい中学生で卒業するものだと思うんだけど」
「……はい?」
「明確なアンチテーゼ大いに結構。愚にもつかない主張の末路をその身で示せばそれでいいよ。
『自由』の下に勝手をやったんだ。『自らを由として』起こる結末、受け入れる覚悟はできているんだろうね?」
「……もちろん、できていますよ」
憤怒に満ちた笑みを浮かべる壱。
「――無知蒙昧の輩をぶちのめす覚悟が、ね」
「おや、奇遇だね」
本が開き、撃鉄が起きる。
●
幾度となくぶつかり合う剣閃には明確な力の差があった。
陸の押し返しで沙都梨の体が地を転がる。
同じ光景を彼は少なくとも十度は見ていた。
即ち。
「……にはぁ……」
陰湿な笑みを浮かべて立ち上がる敵の姿を。
鋭く息を吐き呼吸を整える陸。熱を帯びた彼の顔にもまた、朗らかに歪む。
「貴様はこちら側だろう?」
「フフフ……フフフハハ!」
上体を前に倒し低い姿勢で迫る様は宛ら蜥蜴。
「これは仕事……仕事し事仕ごとしごとシゴト……!」
勢いを乗せた振り上げ。
直撃すれば致命傷は免れないそれを陸は紙一重で回避、刀の流れに沿って切り上げ、沙都梨の刀を弾いた。
持ち主の手を離れ月に浮かぶ蛍丸。
陸はそれを目で追った。追ってしまった。
「シゴトおおおおおおお!」
油断していたところに大鎌が振り下ろされる。受けなど間に合わぬ、躊躇なき一撃を陸は辛うじて回避。
だが、
「楽しいいいイい! シゴト楽しいよお!!」
続く斧槍の薙ぎ払いは直撃を許した。
「ぬ……っ!」
足元を掬われ、豪快に尻餅をつく陸。
仰向けに倒れた彼に、再び蛍丸を携えた沙都梨が飛び乗り、顔の真横に突き立てた。
「……俺の、負けだ。殺せ」
一層笑みを深め、刀を振り被る沙都梨。
「フフ……仕事、し……おっと、仕事でありました」
ふい、と表情を戻すと、得物をワンドに持ち替え、陸の頭を全力で打ち抜いた。
剥かれた白目と痩躯から抜ける力を確認する。
沙都梨は彼の脇に立ち、揃えた手を額に当てた。
「いやー、とっても気分がいいであります!」
●
笹緒の左肩をとうとう銃弾が貫いた。
参は彼の周囲を左右に大きく移動して、二丁拳銃の専売特許である断続的な射撃を行使していた。光弾による威嚇を併用しても、被弾面積の広い笹緒が攻撃を回避し続けるには限界があった。
加えて参も口だけではなかった。怯みを逃さず、すかさず右の腿を狙撃する。
「ぬ……」
膝を突く笹緒に、参は軽やかな足取りで近づき、首に抱き着いた。
「じゃ、失礼して……。んー、モフモ……」
げっ、と舌を出す参。
「なによ、ただの着ぐるみじゃないのー! せっかく手加減してたのにがっかりだよ!」
「――ふむ」
ぞわり、と参の背が粟立った。例えようのない本能の警鐘に従い、彼女は慌てて距離を取る。
むくりと立ち上がる笹緒。
「憤慨の――」
投げるように広げた巻物から――
「――極みだ」
数多の光弾が放たれた。それらは編隊を成して参を追尾する。
「っとと!」
参のいた位置に続々と着弾する光の群れ。
「まだだ」
掌を合わせる笹緒の両脇に燈籠が生える。笹緒が顎で指すと、灯された幽玄な光から焔の玉が射出された。
「うわわわわわ!」
直撃すれば重症は免れぬそれを参は大きく跳んで回避する。
ここで笹緒の敵意が活きた。彼女は回避を焦る余り、着地に失敗、姿勢を崩してしまったのだ。
腕を組んで彼女を眺める笹緒。
「手温いな」
彼の背後に展開された黄金色の屏風から6本の氷錐が放たれた。それらは一度高い位置まで浮かび上がって――
「……っ!」
ドガドガドガドガドガドガッッッッッッ!
――参の周囲に突き刺さり、頑丈な柵をこしらえた。
「ちょ、何よこれ!」
蹴っても撃ってもびくともしない氷の柱。
その隙間から彼女が見たものは、軽い音を立てて畳まれる金色の屏風と、
「白面を悔やむがいい」
笹緒が放った、薄紫色の矢だった。
●
既に大勢は決していた。
鉄屑同然となった盾は静流の一閃で両断、地面に落ちて乾いた音を立てた。咄嗟に振り下ろした釘バットも避けられ、逆に鳩尾へつま先を叩き込まれてしまう。
「ぐぉ……っ」
たまらず四つん這いになる弐。
「……ァァァッ!」
悲鳴に視線を送ると、笹緒が放ったエナジーアローの爆風を受けて転がる参の姿が見えた。離れた位置では沙都梨が陸に手錠を掛けている。
静流は双剣を仕舞った。
「……ま、まだだ……!」
よろめきながら弐は立ち上がる。
「これ以上は加減できん」
両手で握られたバットが頭の上まで持ち上げられる。
「先へは……行かせねぇッ!!」
全力で振り下ろされる釘バット。
その軌道の先には静流が放った小袋があった。
釘が触れただけで袋が裂け、刺激物の粉末が舞い上がる。それはあっさりと弐の視力を奪い去った。
「うおおっ!」
バットを手離し悶える弐の股間を静流が強かに蹴り上げる。
「こ……っ!」
彼が患部を抑えて両膝を折ると、静流はその垂れた頭部に拳を振り抜いた。
「そこで寝ていろ」
静流が言い捨てると、弐はどさり、とアスファルトに転がった。
「さて……」
彼女はビルから離れ、屋上を見上げた。銃声と雷鳴が撃ち合っている様子がありありと見て取れる。
●
「そらそら! どぉしたぁ!!」
マインゴージュによる連撃を鉞子がエネルギーブレードでなんとか捌く。だが元来受けには適さぬ得物。短い刃は度々するりと守りを抜け、鉞子の体を刻んでいた。致命傷には至らないが、この上なく鬱陶しい。
何度目かの鍔迫り合い。肆が鉞子に顔を寄せる。
「時間ばっかり過ぎてくなあ? 今どんな気持ち? 今どんな気持ちなんだよ、なあ!?」
鉞子が押し返せば、得物の差で肆が大きく下がり、床に手を突く。
そこに狙いを定めて篤が引き金を握ると、決まって錘の付いた鋼糸が彼の狙撃を阻む。まごついている間に肆は再び鉞子に突っかかる。
「舞草先輩!」
声を張り上げ篤が前に出る。肩越しに視線を送り鉞子も駆けた。
「どーせスイッチだろうが!!」
「うるっせぇ!」
跳ねた両者が空中で激突する。
篤は脚を――
「あぁ!?」
――折り曲げ、肆の斬撃を食い止めた。
間髪入れず鉞子がカーマインを振る。存分に勢いが乗った錘は肆の額を捕らえた。
2対2の状況下で『1』に集中したが故に功を成した奇策。無論代償が伴う。
闇から伍が放った鋼糸が伸び、先端の分銅が鉞子の顔面に激突した。
「――ッ」
たまらずよろめく――が、倒れない。どころか、彼女は分銅を両手でしっかりと掴んだ。
彼女は『武器』だ。
武器は折れても欠けても、怯みはしない。
伍が鋼糸を引っ張るその度に、闇に月光を反射する赤いラインが浮かぶ。
この機を逃す篤ではない。腰を落とし、一瞬で伍の脚に照準を合わせてトリガーを引いた。
「――っ!」
暗がりで黒がのたうつ。
鉞子は分銅を離し、袖で顔を拭った。
「あとは、私が」
「判りました!」
踵を返し、走り去る篤。
彼の背中を忌々しそうに肆が見上げる。
「こ……んのぉ……がっ!!」
鉞子が放った銃弾が肆の膝を貫いた。
顔中に脂汗を浮かべる彼女に、拳を固めた鉞子が無慈悲に歩み寄る。
●
雷の矢を受け、アニエスは屋上の鉄柵に背中をぶつけた。
「か……っ!」
衝撃は器官まで届いていた。微振動を続ける柵にもたれながら彼女は激しく咽た。
「……っと……」
壱もまた膝をつく。彼の肩と腿には銃創から漏れた血が咲いていた。
「ふふ。あの雷光を回避しつつの射撃、見事という他ありません。手数では劣っていたかも知れません。
ですが、最後に物を言うのは火力。今回は私の勝ちのようですね」
「ごほっ! げほっ! ……勝ち、ねぇ……」
「せいぜいドライを気取ればいい。結末は変わりませんからね」
「ふん、腹立たしいな」
ずるりと体を滑らせ、腰を下ろすアニエス。
「君とはしばしば意見が合う」
ダァン!!
扉を蹴り開け、屋上に篤が乱入した。
「アニエス先輩!」
名前を呼び、篤が彼女に駆け寄る。アニエスは苦笑いを返した。
「ごめん。足止めで精いっぱいだったよ」
「お疲れ様です。あとはアイツだけですから!」
「馬鹿な……肆と伍はどうした!?」
へっ、と唾を吐く篤。
「仲良く寝てるぜ」
「……一階の連中が、まだ……!」
「でかい花火が上がってから、ずいぶんと静かになったね」
言われて壱は柵の向こうを見下ろす。
縛り上げられた弐、参、陸の上に沙都梨が腰を下ろしていた。ビルの入口には静流が、離れた位置に笹緒が陣取り、屋上を見上げている。
もう一度鉄の扉が動き、鉞子も合流する。
1対6
「馬鹿なッ!」
壱が叫ぶ。
「私たちには才能があるんだ! 完璧な策だってあった!
それを、こんな……こんなことがあってたまるか!! こんな結末、私は認めないッ!!」
「アンタらは随分とまあ、自由って奴を楽しんでたみたいだけどな。何をしたって結果は必ず付いてくるんだよ」
「そうとも。この結末も分からなかったのなら……そんな才能、たかが知れてる」
「うるさいィッ!!」
壱は彼らに背を向け、柵を登ろうとした。飛び降りて逃げる、という選択肢は確かにあった。
だが、それも五体満足なら、の話だ。
撃たれて上手く動かない脚に、鉞子のカーマインが絡みつく。
「ぐぅ……っ!」
彼女はそのまま鋼糸を収納していく。
仰向けになり、背中をずりながら三人の下に連行される壱。
その先では、篤がタイミングを取りながらステップを踏んでいた。
「これが『結果』だ」
「や……やめ……!」
「受け取れ!」
腰の入った、篤渾身のローキックが、壱の顔面を蹴り飛ばした。
●
「うぉーい」
捕縛した6名を駐車場に集めたところへ、小日向千陰(jz0100)が声を投げた。
「小日向殿!? 学園で待機していたのでは……?」
「待ちくたびれて、来ちゃった」
言うと、彼女はぱんぱんに膨らんだ携帯灰皿に煙草を押し込んだ。
手錠を掛けられた上から荒縄でがんがら締めにされた6名を一瞥し、ふむ、と千陰は顔を上げる。
「警察に連絡は?」
「今終わりました」
言って静流が携帯を閉じた。
「ん。IDは?」
彼女が尋ねると、6人は1枚ずつIDを取り出した。
千陰はそれらを受け取り、1枚1枚念入りに確認してから、まとめて鋏で裁断、切れ端を灰皿に詰め込んだ。
そしてパン、と手を叩く。
「お疲れ様。慰労会ってことで、皆で焼き肉食べに行こうか。奢るわよ」
「おっ! ごちそう様です、小日向先生!」
「司書だって言ってるでしょ。……ま、いいわ。行くわよ」
言いながら歩き出した彼女は、ふ、と立ち止まり、振り返った。
そして左目を線にして
「――ありがとね」
満面の笑みをあなたたちに向けた。