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マスター:十三番
シナリオ形態:ショート
難易度:易しい
参加人数:6人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2014/12/19


みんなの思い出



オープニング

●学園図書館

 Prrrr

「はい図書館、司書見習いの三ツ矢です。
 ああ市川さん。お疲れ様です。どうしました?
 資料。資料ってどっちの資料ですか? 午後使う資料なら朝一でメールを――ああ、明日の出張のほうですか。ひとつだけ斡旋所から書類を預からないとできない項目があって、今それ待ちです。来たらすぐにまとめられると思うんで、どうしましょう、プリントアウトして持ってけばいいですか? あ、メールで。はい……はい、あー……ん、でもそれだとあたしがやった方が早くないですか? 大丈夫ですよ、手間あんまり変わらないんで。はい、任せてください。失礼しまーすお疲れ様でーす」

 がちゃ。
 Prrrr

「はい図書館、司書見習いの――あーお疲れ様です。書類の件ですよね。
 あ、メールしていただいたんですね、ちょっと待ってくださいねー……うん、これで大丈夫ですーありがとうございます助かりました! すいませんでした急に無理言っちゃって。いえいえそんな! 間に合うんで大丈夫ですーはい! ありがとうございましたーお疲れ様ですー失礼しまーす」

 がちゃ、と受話器を置き、三ツ矢つづりは左手で書類を繰りながら右手でてきぱきと入力業務をこなしていく。
 この様子を、カウンターの外側から上司と同僚が口を曲げて眺めていた。

「――あ、あの……何か、やる、こと……」
「掃除も書架の整理も朝一でやっといたし、これももう終わるから」
「次私がパソコン使うからね」
「職員のアレならあたしやっといたよ。あ、昨日見せたシフトの雛型使えそう?」
「スッゴク使エソウ」
「よかった。なら、とりあえずやることないよね」
「でも、使うから」
「何にさ。やることないでしょ」
「使うの」
「だから何に?」
「つーーかーーうーーのーーーー!!!」

 小日向千陰はバァンとカウンターを叩いた。つづりは一瞥しただけで入力を進める。

「そんなに独りでなんでもかんでもやらなくていいの! 具体的には私の仕事は残しておいてよ!」
「上司としてその発言はどうなのさ」
「仕事がないのは嬉しいけど先回りされて処理されるのは何かこう、あの、だから違うのよ!!」
「はいはい。図書館ではお静かにお願いしまーす」
「でえい、埒が開かないわ。
 伍(ウー)! 頭におっぱい乗せてやんなさい! 精神攻撃よ!!」
「――わ、わかった……!」

 たんっ、くるっ、ひらり、すちゃっ、ぽにゅん。

「――……ど、どう……?」
「五所川原さん、どいていただけますか?」
「――……ど、どかない」
「泣かすよ?」
「――……な、泣かない!」
「ふーーーん」

 つづりは仕事を中断して席を立った。
 30秒後。
 席に戻ったつづりの背後では、胸を抱えるようにうずくまった五所川原合歓が床を濡らす程べそをかいている。

「……あんた、どこでそんなテクを……」
「千陰以上伍未満の看護士さんに教えてもらった」
「なんなの、その医療機関にあるまじきオプションプランは。私の時無かったわよ」
「気を効かせてくれたんじゃない?」

 芝居掛かった調子で言い、つづりはプリントアウトした書類を検める。漏れがないことを認めると安堵の息が口をついて出た。
 それを疲労の現れと取った千陰が身を乗り出して真顔を寄せる。

「……冗談抜きで、そんなに気負わなくてもいいのよ?」
「気負ってなんかないよ。あたしは大丈夫だから」

 そっちこそ、あんまり気にしないで。
 上司の丸まった背中を叩き、つづりは図書館を後にする。



●休憩所端のベンチ

「うん、完璧な仕事だ。ありがとう、助かった」
「これでおつりが来ますよ」

 にへへと笑い、つづりは缶ジュースを傾ける。市川は鼻を鳴らし、それにしても、と図書館の方角に目を向けた。

「小日向はようやく焦りを見せたか。剛毅なようで繊細なのにのんびりしているところがあるからね」
「あー……そのことなんですけど」

 つづりは体を前に出し、先程千陰に言われたことをそのまま伝えた。私の仕事は残しておいてよ。
 市川は嘆いた。

「部下の成長を見ることだけが上司という立場の醍醐味だろうに。まだまだだね、小日向も」
「ちょっと回したほうが良い部下だったりします?」
「仕事を片付けてくれて図書館をきちんと回してくれれば、私はどちらでも構わないよ。
 そこから先は君個人の在り方だ、好きにしなさい」
「ウス」
「小日向の本心も別にあるのだろうし」
「はい」
「体調は?」
「万全です。相変わらずですけど」
「そうか。では、午後は半休を取りなさい」
「いいんですか?」
「仕事は片づけてもらったし、見舞いらしい見舞いもできなかったからね、私は。特別手当兼快気祝いだよ」
「じゃあ……いただきます。すいません、いつも」





 退院前日になって、医師はつづりに彼女の容態――2週間にも及んだ検査の結果、結論を伝えた。
 その内容は、つづりが抱えるアウルの量が極端に減少しているというものだった。過去に数例しか報告されていない非常に稀な現象で、その全ての事例で復調した結果は無い。高熱と直接の因果関係は認められておらず、或いは予兆としての熱だったのかもしれないが、それさえもはっきりとはしていない。あらゆる手を尽くしたが快復の兆しは認められず、これからも減少の一途を辿るだろう。そう告げられた。

 戦いを望んでいなかったつづりにとって尚、それは余りに重く強い衝撃であった。
 忘れまいと、背負っていこうと決意した矢先に、何よりの証を手離していくことになると宣告された。
 崩れそうになり、壊れそうになり、腐りそうになった。

 そうならなかったのは、そうなったときに彼や彼女にどんな影響が及ぶかをまざまざと見たからであり、
 そしてそうなる前に、
 「気付けなくてごめんなさい。何もできなくてごめんなさい」と千陰が子供のように泣いて、
 「もし天と冥の総大将が殺しに来ても、私が絶対に守り抜く」と合歓が痛みを感じるほど抱き締めてきたからだ。

 退院と症状の連絡をしに赴くと、市川は
「アウルがなければ本を運べないわけではないし、アウルがあるから君を雇用したわけでもない」
 と逃げ道を丁重に封鎖してから、
「どうせなら小日向を越えるほど成長してみないかね」
 と特大の発破をかけてきた。

 しかしそれでも、やはり悩んだ。
 これから歩こうとしている道は正しいのか、から始まり、歩き方は正しかったのか、あたしに歩けるのか、あたしは歩いていいのか、まで波及した。
 出勤の日になり、大きな鏡の前で髪を結った。右側を橙が、左側を青が彩った。
 鏡を覗きこんだ直後、夜を思い出した。
 幾つもの夜を思い出した。

 大丈夫だと思った。

 大丈夫になった。

 そしてそれからは、そうだと必死に証明しようとしている。



●久遠ヶ原学園/正門前

「んー……っ」

 凝り固まった背中をぐい、と伸ばした。吊られて首の根元まで持ち上がったパッド入りの下着を直す。
 さてさて、行きますか。

「参(サン)の恩返し、ってねー」

 呟いてからわざと髪を揺らし、助走をつけてひょい、と学園の外に飛び出した。


リプレイ本文

●公園/慰霊碑前

 清掃はつつがなく、完璧に終了した。三ツ矢つづり、そしてアニエス・ブランネージュ(ja8264)を筆頭に、一同が率先して動いた結果だった。
 つづりにお願いされ、黒百合(ja0422)が石碑の前に花束を手向ける。白、青、赤、紫。

「文句、言われるかもねェ」
「その時はあたしがきっちり説教するよ」

 目を閉じる。石碑のすぐ前に神喰 茜(ja0200)、黒百合、つづり。やや離れたところで月詠 神削(ja5265)、赤坂白秋(ja7030)、アニエス。遠く離れたベンチで雪代 誠二郎(jb5808)。

 木々の間を風がひとつ抜けた。さざめく葉の下、つづりが立ち上がる。

「じゃ、行こっか」
「なんでも付き合ってくれるんだっけ?」
「うん」
「じゃあ甘いものでも食べに行かない?」
 できれば屋根と壁のあるところで。両腕を抱えた茜がその場で駆け足をする。
「なら、お店はボクに任せてくれないかな」上着の前を引き絞ったアニエスが歩き出す。
「いいわねェ。ほらほらァ♪」
 黒百合に背中を押され、女性陣が出発した。


 そこから僅かに後ろで、「なんでも、かあ……」と思案を重ねる神削の肩に
「よお」
 と白秋が腕を置く。いやに真面目な表情の奥で、やれやれ、と誠二郎がマフラーを巻き直していた。



●モール内/ケーキショップ

 アニエスが指さしたのは通りの交差に面した店舗。大きなガラスの向こうには甘味を嗜む先客の笑顔が見て取れる。
「一人で何個も頼むとさすがに目立ってね……人数が多ければ一人頭の数は少なく見えるかなと思って」
 夕食分は開けておくけども、と携帯を仕舞い、ショウケースの前に進む。
 アニエスの注文は迅速だった。欠かさず頼むチーズケーキとアップルパイ、普段は二の足を踏んでしまうクリームたっぷりのロールケーキ等々次々と注文していく。
 とどめとばかりに大きなサイズの紅茶をオーダーする段階に至っても、茜は短い溜息を何度も漏らしながら、つづりは難しい顔で腕を組んでケースの前を右往左往していた。
「お会計のことなら心配しなくてもいいのよォ?」
 携帯を仕舞った黒百合が財布を取り出す。
「そんな、悪いって」
 と、慌てて告げようとしたつづりの目に飛び込んできたのは、黒百合の財布の中身、バウムクーヘンの断面ような紙幣の束だった。
 結局この場は自分持ちということになり、それぞれの注文したものを携えて奥のテーブルへ進んだ。
 いただきますもそこそこに次々とフォークを運んでいく。ロールケーキを口にしたアニエスは満足げに頷いた。
「うん、思っていた以上の味だ」
「参ー、それひと口ちょうだい?」
「はい(あーん)」
「あーん(ぱく)」
「すっかり元気みたいねェ」
「いっぱい看病してもらえたからだよ。あの時は本当にありがと」
「今の参、いい感じだよ。自信に満ちてるって感じ」
「えへへ……ありがと、茜」
「でも」茜はやけに真面目な顔で「無理はしないようにね?」
 そうだね、とアニエスが紅茶を舐める。
「良ければ、これからもボクの『先生』修行の手伝いと思って、何か相談とかあれば声をかけてくれ」
「……ありがとうございます」
 つづりは目を線にして笑うと、それじゃ早速、と腰を浮かした。
「ロールケーキ、ちょっともらってもいいですか?」



●モール内/ファッション店

 更衣室のカーテンを開けるとすぐに三方から歓声を受けることとなり、つづりの顔は更に俯いた。
「とっても似合ってるわよォ♪」
 そうかなあ、とつづりが持ち上げるのは白いフリルをふんだんにあしらった黒いドレス。同じ装飾は上半身側にも、ヘッドドレスにも施されている。
「次はこれを着てみてよォ♪」
「こっ……! ちょ、近くに豆腐先輩いないよね!?」
「いないよ、安心して」携帯を仕舞った茜が笑う。
「ほらほら、早くゥ♪」
 暫く唸り声が聞こえてきたが、やがてはつらつとした布ずれの音が聞こえてきた。
 そうして現れたのは、先程よりは控えめな、しかし先程よりも数倍愛らしいフリルだらけのメイド衣装。
「おー……!」
「しっくり来るね」
「来てませんってば!
 も、もういいよね!? 次のお店いこ!」
「まだあそ――楽しみ足りないなァ?」
「遊ぶって言った!?」
「なんでも付き合ってくれるのよねェ?」
「言ったけどおおお……!」
 次の衣装を黒百合が差し出す。顔を真っ赤にしたつづりはそれをふんだくるようにして三度更衣室へ。
「なんでこんなの置いてあんの……!?」
 絞り出すような疑念から数分、現れたつづりは、袴の丈が短い巫女服を着こんでいだ。
「おおー(ぱんぱんっ)」
「なんで拝んだの!?」
「いや、確かにご利益がありそうだよ」
「無いですよ!?」
「ううん、いつもの参のままで大丈夫だよ。自信持って」
「う、うん? あ、ありがと、茜」
「無理に背伸びする必要なんて無いからね」
「どこ見てるの茜?」
「次は何を着せて遊ぼうかしらねェ♪」
 とうとう遊ぶと言い切った黒百合を先頭に、茜もアニエスも衣装を探しに向かった。
 つづりはこの隙に着替えを済ませ、一旦店の外へ向かう。そこで神削と鉢合わせた。
「……なあ、今の話、本当か?」



●モール内/エントランス

「学園の購買でくじを引いたんだ」
「やってたね。温泉旅行とか当たるやつ」
「今回、俺は十回連続で引いてみた」
「すごいじゃん」
「品物にランクがあるのは?」
「EからSまでだっけ」
「……一番高いランクが、Cの2つだったんだ……」
「ん、お、おう……」
「十回引くとB以上が確定でもらえる抽選券が貰えるんだ」
「やったじゃん」
「……Bランクだったんだ……」
「ん……んー……」
「参」
「ん?」
「……ご利益、有るん「 無  い  よ  !? 」
「さっき話してた、よな……?」
「なんでその後の反論聞いてないの!?」
「頼む。少しだけでいいから、ご利益をくれ。もし本当に無いなら……」
「だから無いって! 大体、欲しいのが手に入らないなんて抽選じゃよくあることじゃん」
「そうなんだけど……心が折れそうで……」
「気の持ち方ひとつだってー。『どうしても欲しい!』ってのがあれば続ければいいと思うし、そうじゃないなら、こんなもんかー、って貰えたのの使い道考えればいいんじゃない?
 あ、でも止め時見失わないようにね。欲しいのは手元にないから欲しいんだし」
 ほら元気出して、と、つづりは神削の背中を三度、強めに叩いた。



●モール内/メインストリート

 神削と別れ、置いて来てしまった女性陣を探し回ったものの見つけられず、連絡もつかない。途方に暮れてベンチに掛けていたつづりの前に、同じく途方に暮れた様子の誠二郎が現れた。
「一つ、頼まれてくれないか。君くらいにしか、頼めない」
 つづりはすっと腰を上げた。

「クリスマスだの年末だのと賑やかな事だ」
「ワクワクしません?」
「俺に言わせれば寒いだけでね、出歩くのが億劫で仕方ない」
 本題を促すと、誠二郎の眉は再び寄った。
「君に頼むのもどうかと思ったんだが……生憎、若い友人なんてそう居るもんじゃあない」
 クリスマスのプレゼントに悩んでいるのだと言う。つづりにしてみれば意外でしかなかった。
「誰に贈るんですか?」
「同じ寮の少年だよ。誂うのが楽しくてね」
 冗談めかして答える誠二郎に対し、つづりの頬は既に引き締まっていた。あごに手を当てて店先の品々を見て回る。 
 やがて足が止まり、ぽん、と手が打たれた。
「靴とかどうですか?」
 つづりは一足を手にする。黒と白のシンプルな、背の低いスニーカーだ。
「気分に合わせて履き替えられますし、お出かけに誘う口実にもなるかなーって思ったんですけど」
「ふむ。いいじゃあないか。これに決めよう」
「あ、サイズとか――」
「なに、問題ないさ」
 誠二郎の行動は早かった。靴を抱えてカウンターへ向かい、支払いを済ませて包装を依頼する。
 するとつづりを残して店を後にした。追う訳にもいかず、つづりはその場で立ち尽くす。やがて差し出された紙袋を受け取り表に出ると、誠二郎が別の紙袋を抱えて戻ってくるところだった。
「いや、助かったよ。有難う。此れは君の分だ」
「ええ!? そんな――」
 振り回されそうになる腕をやんわりと抑え、誠二郎は袋の中身を取り出し、つづりに纏わせる。落ち着いた色合いのストールだった。
「よく似合っているよ」
「……ズルいです、雪代さん」
「では行こうか。そろそろ夕食の時間だろう」



●商店街/喫茶店前

 ストールの温かみを噛み締めながら歩き、辿り着いたのは、学生時代にアルバイトをしていた喫茶店の前だった。入り口には『準備中』の札が下げられているのに店の明かりはついており、誠二郎は躊躇いなく入店していった。
 抑えてもらったドアを潜る。見慣れたはずの店内に、しかしつづりは目を見張った。
「おう、いらっしゃい」
「……は?」
「何つー顔してんだよ」
 厨房で、白いエプロンを下げた白秋が鼻を鳴らす。
 どうぞこちらへ、とカウンター席を促すアニエスも黒いエプロンを提げている。コーヒーを運んできた神削も同じ装いだ。
「これ、何?」
「夕食よォ」と、黒百合。
 その隣から茜がひょっこりと顔を出す。
「当店は一品しかご用意してません――美味しい美味しいオムライスしか、ね」
「あ……」
「約束、してたんでしょ?」
 つづりが顔を向ける。白秋は笑顔の横を見せ、厨房に向き直った。

 遠い日に交わした約束。
 忘れるはずもなく、嬉しいに決まっていて、でもそれを表に出せず、つづりは涼しい顔で足をぱたぱたと動かした。

 さて、オムライスである。
 ひと皿を作る予定だったが、全員料理はそれなりということで3皿に変更となった。
 2人体制を組むべく班分けを行う。

「なんでチョキ出すんだよ……!」
「気が合ったからだろうね。生憎それほど経験があるわけではないが、勿論教えてくれるんだろうさ、二枚目君?」
 目頭を抱える白秋を余所に、茜・アニエスペアは着々と調理を進めていく。
「味付けはこんな感じ?」
「うん、問題ないと思うよ」
 あのペアは安心、安全だろう。こちらもなんとかするし、なるはずだ。
 白秋が問題視していたのはもうひとつの組、黒百合・神削ペア――というより黒百合であった。
「何よォ?」
「いいか、食えるもん作れよ? 脈打ってたり、突然動いたりするもん作るなよ!?」
「……ここで言うのも何だけどォ、狙撃の指導してくれないかしらァ?」
「どてっ腹を〇距離で撃ってみよう!」
「期待してるぜ、シェフ黒百合!」
「的が動くもんじゃあ無いよ」
「外でね、外で」
「あー……ご飯、炊けたんだけど」

 厨房から芳ばしい香りと、卵の甘い匂いが漂ってくる。
 しかしつづりはそれらよりも、和気藹々と調理に取り組む6名を見て、へにゃり、と頬を緩めていた。

 程なく、大盛りの金色を抱えた白い皿が3つ並んだ。
 つづりの表情にあどけなさが一気に差し込んでくる。
 見透かした茜が、自身らが作ったオーソドックスなそれを促した。ケチャップで『3』と描かれている。
 そのほんの端っこを卵に誘い、トマト色のライスと口に運ぶ。つづりはすぐに身悶えした。
 続いて黒百合に勧められたのは、濃厚なデミグラスソースが掛かった一品。こちらはソースを多めに絡め、口を大きく開けて頬張る。落ちそうになるほっぺたを抑え、何度も頭を揺すった。
 残るひとつは半熟で、薄っすらとソースが透けて見えている。初めて目にする形式だった。いったいどんな味がするんだろう。運んだスプーンは、しかしカン、とテーブルを叩いた。
 目を丸くして見上げた先で、皿を取り上げた白秋がニヤリと笑った。
「今日はなんでも付き合ってくれるんだよな?」
「ものすっごいデジャヴなんだけど×3」
「いいか、よく聞いてろよ」
 咳で喉を整える白秋。他の面々は何かを感じ取ったのか、自分の皿を持ち上げてその場を離れていく。
 そして、それは始まった。
 全て白秋の裏声である。


「ご主人様あ☆
 私のラブにゃんにゃんがこもったおむおむをお(くるっとターン)
 召し上がってくださいにゃあん☆」


 店内を絶対零度で凍て付かせた白秋は、一仕事終えた男の顔で無い汗を拭い、つづりに手を伸ばした。

「今のを、猫耳猫しっぽを付けたメイド姿でやってくれ」
「あの時のあたしより熱あるんじゃないの?」
「ド平熱だ」
「いや、メイド服なんてあたし持ってないしお店にもないし――」


「あるわよォ♪」


 黒百合がつづりの傍らに、昼間試着させ、秘密裏に購入していたメイド服を置いた。その上に白秋が猫耳と猫しっぽ(共に私物)を置く。両者はアイコンタクトの後に親指を立てて見せ合い、つづりはカウンターに額からぶっ倒れた。

「冷めるぜ?」
「だああああもう!!!」

 一式を抱え、つづりは事務室に消えていく。

「ボクたちは見たけども(もぐもぐ)」
「耳としっぽは付いてなかったろ。つまりそういうことだ」
「貸し一、ねェ♪」
「事務室からずっと呻き声するね(ぐもぐも)」
「今更何も言うまいさ」
「……あ、きのこ良く煮込めてるな」

 バアアン!!

 事務室の扉が開く。この時はまだ、彼女の姿はなかった。
 一同がじっと見つめる中、3秒か、3分かが経って、ようやくつづりは現れた。
 ぴょん、と跳ねて現れたつづりは、頭と腰に猫のパーツを付け、愛らしいフリルだらけのメイド衣装。


「おおお……!」


 ててて、と両手を広げて歩く姿に、アニエスは顔を逸らして咽込み、茜は撮影を開始し、神削は呆然とする。
 頬杖をつく誠二郎、口角を限界まで上げた黒百合に見守られる中、白秋からオムライスを奪うと、スプーンでそれを掬い、満開の笑顔でくね、と腰を曲げた。


「ご主人しゃまあ☆」

「(あ、噛んだ)」
「(噛んだね)」

「あたしのラブにゃんにゃん☆ がいーっぱいこもったおむおむをお(くるっとターン)」

「(……いやはや)」
「(参……)」

「召し上がってくださいにゃあん☆」


 ころころした言葉と対照的に強く強くオムライスを突き出す。白秋はそれを謹んで戴くと、膝から崩れ落ち、天に向かって抱き締めようとするように両手を伸ばした。


「――……はい、おしまいッ!!」

 着替えに向かおうとするつづりの腕を黒百合が掴んだ。

「そのままでいいんじゃないのォ?」
「やーだー! 着替えるー!」
「そうなのォ? 残念だわァ、貧血になりそォ……ねェ、血を吸わせてくれないかしらァ♪」
「それ攻撃でしょ!? あたし耐えられないって! あ、茜……!!」
「巫女服着たあたりからパッドずれてるよ(ぐもぐも)」
「ぅ茜ーーーーッッッ!!!」












 いつまでもと願いたくなるような食事会も、やがて終わりを迎える。
 半日共にいてくれた仲間と、場所を提供してくれた店長に深く頭を下げ、つづりは帰路についていた。
 やっぱり気を遣わせてしまったかも知れない、と、夜に白い息を溶かす。
 闇雲に拒むでなく、逆に頼られる存在になるんだと、彼女は決意を新たにしていた。



 その想いは、この夜早くも僅かに形を変えることとなる。



 彼女は帰り際に手渡された1通の手紙を大事に握り締めていた。
 自室に戻り、文面に目を走らせる。
 内容は、彼女が最もひっかかった一文を除き、両者の胸に秘めることとする。


――その時俺が生きていればだが


 ふざけんな、と頬を膨らませ、そうか、と目を見開いた。
 自分は今、生徒ではなくなって、撃退士ですら危うくなって、
 でもその代わりに、本当に僅かだけかもしれないけれど、みんなを守れる立場になったんだ。

「まったく……こんなの、やるしかないじゃん」

 休みは今日で最後だったのかも知れない。
 髪留めで手早く栗色を結うと、彼女は、真っ白な紙に思いつく限りの提案を綴り始めた。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:9人

血花繚乱・
神喰 茜(ja0200)

大学部2年45組 女 阿修羅
赫華Noir・
黒百合(ja0422)

高等部3年21組 女 鬼道忍軍
釣りキチ・
月詠 神削(ja5265)

大学部4年55組 男 ルインズブレイド
時代を動かす男・
赤坂白秋(ja7030)

大学部9年146組 男 インフィルトレイター
冷静なる識・
アニエス・ブランネージュ(ja8264)

大学部9年317組 女 インフィルトレイター
撃退士・
雪代 誠二郎(jb5808)

卒業 男 インフィルトレイター