●公園/慰霊碑前
清掃はつつがなく、完璧に終了した。三ツ矢つづり、そしてアニエス・ブランネージュ(
ja8264)を筆頭に、一同が率先して動いた結果だった。
つづりにお願いされ、黒百合(
ja0422)が石碑の前に花束を手向ける。白、青、赤、紫。
「文句、言われるかもねェ」
「その時はあたしがきっちり説教するよ」
目を閉じる。石碑のすぐ前に神喰 茜(
ja0200)、黒百合、つづり。やや離れたところで月詠 神削(
ja5265)、赤坂白秋(
ja7030)、アニエス。遠く離れたベンチで雪代 誠二郎(
jb5808)。
木々の間を風がひとつ抜けた。さざめく葉の下、つづりが立ち上がる。
「じゃ、行こっか」
「なんでも付き合ってくれるんだっけ?」
「うん」
「じゃあ甘いものでも食べに行かない?」
できれば屋根と壁のあるところで。両腕を抱えた茜がその場で駆け足をする。
「なら、お店はボクに任せてくれないかな」上着の前を引き絞ったアニエスが歩き出す。
「いいわねェ。ほらほらァ♪」
黒百合に背中を押され、女性陣が出発した。
そこから僅かに後ろで、「なんでも、かあ……」と思案を重ねる神削の肩に
「よお」
と白秋が腕を置く。いやに真面目な表情の奥で、やれやれ、と誠二郎がマフラーを巻き直していた。
●モール内/ケーキショップ
アニエスが指さしたのは通りの交差に面した店舗。大きなガラスの向こうには甘味を嗜む先客の笑顔が見て取れる。
「一人で何個も頼むとさすがに目立ってね……人数が多ければ一人頭の数は少なく見えるかなと思って」
夕食分は開けておくけども、と携帯を仕舞い、ショウケースの前に進む。
アニエスの注文は迅速だった。欠かさず頼むチーズケーキとアップルパイ、普段は二の足を踏んでしまうクリームたっぷりのロールケーキ等々次々と注文していく。
とどめとばかりに大きなサイズの紅茶をオーダーする段階に至っても、茜は短い溜息を何度も漏らしながら、つづりは難しい顔で腕を組んでケースの前を右往左往していた。
「お会計のことなら心配しなくてもいいのよォ?」
携帯を仕舞った黒百合が財布を取り出す。
「そんな、悪いって」
と、慌てて告げようとしたつづりの目に飛び込んできたのは、黒百合の財布の中身、バウムクーヘンの断面ような紙幣の束だった。
結局この場は自分持ちということになり、それぞれの注文したものを携えて奥のテーブルへ進んだ。
いただきますもそこそこに次々とフォークを運んでいく。ロールケーキを口にしたアニエスは満足げに頷いた。
「うん、思っていた以上の味だ」
「参ー、それひと口ちょうだい?」
「はい(あーん)」
「あーん(ぱく)」
「すっかり元気みたいねェ」
「いっぱい看病してもらえたからだよ。あの時は本当にありがと」
「今の参、いい感じだよ。自信に満ちてるって感じ」
「えへへ……ありがと、茜」
「でも」茜はやけに真面目な顔で「無理はしないようにね?」
そうだね、とアニエスが紅茶を舐める。
「良ければ、これからもボクの『先生』修行の手伝いと思って、何か相談とかあれば声をかけてくれ」
「……ありがとうございます」
つづりは目を線にして笑うと、それじゃ早速、と腰を浮かした。
「ロールケーキ、ちょっともらってもいいですか?」
●モール内/ファッション店
更衣室のカーテンを開けるとすぐに三方から歓声を受けることとなり、つづりの顔は更に俯いた。
「とっても似合ってるわよォ♪」
そうかなあ、とつづりが持ち上げるのは白いフリルをふんだんにあしらった黒いドレス。同じ装飾は上半身側にも、ヘッドドレスにも施されている。
「次はこれを着てみてよォ♪」
「こっ……! ちょ、近くに豆腐先輩いないよね!?」
「いないよ、安心して」携帯を仕舞った茜が笑う。
「ほらほら、早くゥ♪」
暫く唸り声が聞こえてきたが、やがてはつらつとした布ずれの音が聞こえてきた。
そうして現れたのは、先程よりは控えめな、しかし先程よりも数倍愛らしいフリルだらけのメイド衣装。
「おー……!」
「しっくり来るね」
「来てませんってば!
も、もういいよね!? 次のお店いこ!」
「まだあそ――楽しみ足りないなァ?」
「遊ぶって言った!?」
「なんでも付き合ってくれるのよねェ?」
「言ったけどおおお……!」
次の衣装を黒百合が差し出す。顔を真っ赤にしたつづりはそれをふんだくるようにして三度更衣室へ。
「なんでこんなの置いてあんの……!?」
絞り出すような疑念から数分、現れたつづりは、袴の丈が短い巫女服を着こんでいだ。
「おおー(ぱんぱんっ)」
「なんで拝んだの!?」
「いや、確かにご利益がありそうだよ」
「無いですよ!?」
「ううん、いつもの参のままで大丈夫だよ。自信持って」
「う、うん? あ、ありがと、茜」
「無理に背伸びする必要なんて無いからね」
「どこ見てるの茜?」
「次は何を着せて遊ぼうかしらねェ♪」
とうとう遊ぶと言い切った黒百合を先頭に、茜もアニエスも衣装を探しに向かった。
つづりはこの隙に着替えを済ませ、一旦店の外へ向かう。そこで神削と鉢合わせた。
「……なあ、今の話、本当か?」
●モール内/エントランス
「学園の購買でくじを引いたんだ」
「やってたね。温泉旅行とか当たるやつ」
「今回、俺は十回連続で引いてみた」
「すごいじゃん」
「品物にランクがあるのは?」
「EからSまでだっけ」
「……一番高いランクが、Cの2つだったんだ……」
「ん、お、おう……」
「十回引くとB以上が確定でもらえる抽選券が貰えるんだ」
「やったじゃん」
「……Bランクだったんだ……」
「ん……んー……」
「参」
「ん?」
「……ご利益、有るん「 無 い よ !? 」
「さっき話してた、よな……?」
「なんでその後の反論聞いてないの!?」
「頼む。少しだけでいいから、ご利益をくれ。もし本当に無いなら……」
「だから無いって! 大体、欲しいのが手に入らないなんて抽選じゃよくあることじゃん」
「そうなんだけど……心が折れそうで……」
「気の持ち方ひとつだってー。『どうしても欲しい!』ってのがあれば続ければいいと思うし、そうじゃないなら、こんなもんかー、って貰えたのの使い道考えればいいんじゃない?
あ、でも止め時見失わないようにね。欲しいのは手元にないから欲しいんだし」
ほら元気出して、と、つづりは神削の背中を三度、強めに叩いた。
●モール内/メインストリート
神削と別れ、置いて来てしまった女性陣を探し回ったものの見つけられず、連絡もつかない。途方に暮れてベンチに掛けていたつづりの前に、同じく途方に暮れた様子の誠二郎が現れた。
「一つ、頼まれてくれないか。君くらいにしか、頼めない」
つづりはすっと腰を上げた。
「クリスマスだの年末だのと賑やかな事だ」
「ワクワクしません?」
「俺に言わせれば寒いだけでね、出歩くのが億劫で仕方ない」
本題を促すと、誠二郎の眉は再び寄った。
「君に頼むのもどうかと思ったんだが……生憎、若い友人なんてそう居るもんじゃあない」
クリスマスのプレゼントに悩んでいるのだと言う。つづりにしてみれば意外でしかなかった。
「誰に贈るんですか?」
「同じ寮の少年だよ。誂うのが楽しくてね」
冗談めかして答える誠二郎に対し、つづりの頬は既に引き締まっていた。あごに手を当てて店先の品々を見て回る。
やがて足が止まり、ぽん、と手が打たれた。
「靴とかどうですか?」
つづりは一足を手にする。黒と白のシンプルな、背の低いスニーカーだ。
「気分に合わせて履き替えられますし、お出かけに誘う口実にもなるかなーって思ったんですけど」
「ふむ。いいじゃあないか。これに決めよう」
「あ、サイズとか――」
「なに、問題ないさ」
誠二郎の行動は早かった。靴を抱えてカウンターへ向かい、支払いを済ませて包装を依頼する。
するとつづりを残して店を後にした。追う訳にもいかず、つづりはその場で立ち尽くす。やがて差し出された紙袋を受け取り表に出ると、誠二郎が別の紙袋を抱えて戻ってくるところだった。
「いや、助かったよ。有難う。此れは君の分だ」
「ええ!? そんな――」
振り回されそうになる腕をやんわりと抑え、誠二郎は袋の中身を取り出し、つづりに纏わせる。落ち着いた色合いのストールだった。
「よく似合っているよ」
「……ズルいです、雪代さん」
「では行こうか。そろそろ夕食の時間だろう」
●商店街/喫茶店前
ストールの温かみを噛み締めながら歩き、辿り着いたのは、学生時代にアルバイトをしていた喫茶店の前だった。入り口には『準備中』の札が下げられているのに店の明かりはついており、誠二郎は躊躇いなく入店していった。
抑えてもらったドアを潜る。見慣れたはずの店内に、しかしつづりは目を見張った。
「おう、いらっしゃい」
「……は?」
「何つー顔してんだよ」
厨房で、白いエプロンを下げた白秋が鼻を鳴らす。
どうぞこちらへ、とカウンター席を促すアニエスも黒いエプロンを提げている。コーヒーを運んできた神削も同じ装いだ。
「これ、何?」
「夕食よォ」と、黒百合。
その隣から茜がひょっこりと顔を出す。
「当店は一品しかご用意してません――美味しい美味しいオムライスしか、ね」
「あ……」
「約束、してたんでしょ?」
つづりが顔を向ける。白秋は笑顔の横を見せ、厨房に向き直った。
遠い日に交わした約束。
忘れるはずもなく、嬉しいに決まっていて、でもそれを表に出せず、つづりは涼しい顔で足をぱたぱたと動かした。
さて、オムライスである。
ひと皿を作る予定だったが、全員料理はそれなりということで3皿に変更となった。
2人体制を組むべく班分けを行う。
「なんでチョキ出すんだよ……!」
「気が合ったからだろうね。生憎それほど経験があるわけではないが、勿論教えてくれるんだろうさ、二枚目君?」
目頭を抱える白秋を余所に、茜・アニエスペアは着々と調理を進めていく。
「味付けはこんな感じ?」
「うん、問題ないと思うよ」
あのペアは安心、安全だろう。こちらもなんとかするし、なるはずだ。
白秋が問題視していたのはもうひとつの組、黒百合・神削ペア――というより黒百合であった。
「何よォ?」
「いいか、食えるもん作れよ? 脈打ってたり、突然動いたりするもん作るなよ!?」
「……ここで言うのも何だけどォ、狙撃の指導してくれないかしらァ?」
「どてっ腹を〇距離で撃ってみよう!」
「期待してるぜ、シェフ黒百合!」
「的が動くもんじゃあ無いよ」
「外でね、外で」
「あー……ご飯、炊けたんだけど」
厨房から芳ばしい香りと、卵の甘い匂いが漂ってくる。
しかしつづりはそれらよりも、和気藹々と調理に取り組む6名を見て、へにゃり、と頬を緩めていた。
程なく、大盛りの金色を抱えた白い皿が3つ並んだ。
つづりの表情にあどけなさが一気に差し込んでくる。
見透かした茜が、自身らが作ったオーソドックスなそれを促した。ケチャップで『3』と描かれている。
そのほんの端っこを卵に誘い、トマト色のライスと口に運ぶ。つづりはすぐに身悶えした。
続いて黒百合に勧められたのは、濃厚なデミグラスソースが掛かった一品。こちらはソースを多めに絡め、口を大きく開けて頬張る。落ちそうになるほっぺたを抑え、何度も頭を揺すった。
残るひとつは半熟で、薄っすらとソースが透けて見えている。初めて目にする形式だった。いったいどんな味がするんだろう。運んだスプーンは、しかしカン、とテーブルを叩いた。
目を丸くして見上げた先で、皿を取り上げた白秋がニヤリと笑った。
「今日はなんでも付き合ってくれるんだよな?」
「ものすっごいデジャヴなんだけど×3」
「いいか、よく聞いてろよ」
咳で喉を整える白秋。他の面々は何かを感じ取ったのか、自分の皿を持ち上げてその場を離れていく。
そして、それは始まった。
全て白秋の裏声である。
「ご主人様あ☆
私のラブにゃんにゃんがこもったおむおむをお(くるっとターン)
召し上がってくださいにゃあん☆」
店内を絶対零度で凍て付かせた白秋は、一仕事終えた男の顔で無い汗を拭い、つづりに手を伸ばした。
「今のを、猫耳猫しっぽを付けたメイド姿でやってくれ」
「あの時のあたしより熱あるんじゃないの?」
「ド平熱だ」
「いや、メイド服なんてあたし持ってないしお店にもないし――」
「あるわよォ♪」
黒百合がつづりの傍らに、昼間試着させ、秘密裏に購入していたメイド服を置いた。その上に白秋が猫耳と猫しっぽ(共に私物)を置く。両者はアイコンタクトの後に親指を立てて見せ合い、つづりはカウンターに額からぶっ倒れた。
「冷めるぜ?」
「だああああもう!!!」
一式を抱え、つづりは事務室に消えていく。
「ボクたちは見たけども(もぐもぐ)」
「耳としっぽは付いてなかったろ。つまりそういうことだ」
「貸し一、ねェ♪」
「事務室からずっと呻き声するね(ぐもぐも)」
「今更何も言うまいさ」
「……あ、きのこ良く煮込めてるな」
バアアン!!
事務室の扉が開く。この時はまだ、彼女の姿はなかった。
一同がじっと見つめる中、3秒か、3分かが経って、ようやくつづりは現れた。
ぴょん、と跳ねて現れたつづりは、頭と腰に猫のパーツを付け、愛らしいフリルだらけのメイド衣装。
「おおお……!」
ててて、と両手を広げて歩く姿に、アニエスは顔を逸らして咽込み、茜は撮影を開始し、神削は呆然とする。
頬杖をつく誠二郎、口角を限界まで上げた黒百合に見守られる中、白秋からオムライスを奪うと、スプーンでそれを掬い、満開の笑顔でくね、と腰を曲げた。
「ご主人しゃまあ☆」
「(あ、噛んだ)」
「(噛んだね)」
「あたしのラブにゃんにゃん☆ がいーっぱいこもったおむおむをお(くるっとターン)」
「(……いやはや)」
「(参……)」
「召し上がってくださいにゃあん☆」
ころころした言葉と対照的に強く強くオムライスを突き出す。白秋はそれを謹んで戴くと、膝から崩れ落ち、天に向かって抱き締めようとするように両手を伸ばした。
「――……はい、おしまいッ!!」
着替えに向かおうとするつづりの腕を黒百合が掴んだ。
「そのままでいいんじゃないのォ?」
「やーだー! 着替えるー!」
「そうなのォ? 残念だわァ、貧血になりそォ……ねェ、血を吸わせてくれないかしらァ♪」
「それ攻撃でしょ!? あたし耐えられないって! あ、茜……!!」
「巫女服着たあたりからパッドずれてるよ(ぐもぐも)」
「ぅ茜ーーーーッッッ!!!」
●
いつまでもと願いたくなるような食事会も、やがて終わりを迎える。
半日共にいてくれた仲間と、場所を提供してくれた店長に深く頭を下げ、つづりは帰路についていた。
やっぱり気を遣わせてしまったかも知れない、と、夜に白い息を溶かす。
闇雲に拒むでなく、逆に頼られる存在になるんだと、彼女は決意を新たにしていた。
その想いは、この夜早くも僅かに形を変えることとなる。
彼女は帰り際に手渡された1通の手紙を大事に握り締めていた。
自室に戻り、文面に目を走らせる。
内容は、彼女が最もひっかかった一文を除き、両者の胸に秘めることとする。
――その時俺が生きていればだが
ふざけんな、と頬を膨らませ、そうか、と目を見開いた。
自分は今、生徒ではなくなって、撃退士ですら危うくなって、
でもその代わりに、本当に僅かだけかもしれないけれど、みんなを守れる立場になったんだ。
「まったく……こんなの、やるしかないじゃん」
休みは今日で最後だったのかも知れない。
髪留めで手早く栗色を結うと、彼女は、真っ白な紙に思いつく限りの提案を綴り始めた。