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――それじゃあ、春を守りに行こうかねっと
仲間の言葉に応じ、青い空と苔生した土の間を、六輪の華が駆けていく。
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砲腕を構えた黒色に白蛇(
jb0889)が先んじる。大きく回り込んだ白蛇を狙い、銃口がずるりと流れた。怯む理由にはならなかった。
「宴は終わりじゃ。ここから先、貴様に興じる猶予なぞ無いと知れ」
言い終わると同時、白蛇の背後に白鱗金瞳の翼竜が浮かび上がる。それは大きな口を広げると、並ぶ鋭い歯を剥き出しにして、地を震わせるような咆哮を放った。
―――――――――――!!
ただの声ではない。意志を孕んだ音は圧となって黒色を怯ませる。
二歩後ずさり、何する物ぞと首を張る黒色へ麻倉 弥生(
jb4836)が駆け込んだ。握るは太刀、烈光丸。刀身と持ち主に銘の通りの光を塗す得物を、弥生が低い位置から振り上げた。
不意を突いた一撃は、しかし砲腕に阻まれてしまう。ぐちゃり、と粘ついた音に弥生が眉間を狭めると同時、黒色が思いきり腕を振った。挙動の直前で弥生は跳び退き、宙で一度後転、身を低くして着地する。
その背後では、
「狼藉の代償を払え」
南雲 朔夜(
jb9506)が構え終えていた。
「その命でだ、愚物が」
白糸を絡ませた腕を振る。光に招かれ生じた火球は、一切の躊躇無く黒色の顔面に直撃、爆発する。
強い光と重い黒煙が場に炸裂した。幾らか舞い散る花弁に紛れ、刀を携えた葛山 帆乃夏(
jb6152)が走る。
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相対していた『敵』が別の『敵』に強襲され、こちらに背を向けて攻撃を受けている。この機をどうして逃すことができようか。猛るサーバントは、しかし不意に声を受ける。
「おい、そこの青!」
信太 樟葉(
jb9433)の伸び伸びとした声はよく響いた。青色がパーツの無い顔を向けてくる。
「宇宙人みたいな顔をしているな!
どうせなら月面で戦ってくれないかい? そしたら応援してやらん事もないぞ!」
言葉の意味は通じずとも、中身は確かに伝わっていた。小首を傾げ、煽り返すように両の斧腕を振り回す。頭の上に振られたそれが、石畳の上まで伸びた花をひとつ刻んだ。
「おい!!」
樟葉の言葉に動じず、また顔に張り付いた白い花びらに一瞥もくれず、青色が右手でくい、と二度招く。
樟葉は笑って、
「威勢がいいのは認めるが、断じて許せないねぇ!」
駆け出す。手に握った十字架、そこに集う光は、次第にばちばちと粗ぶりながら手近な空気を焦がした。
「風流を理解しない戯け者は――こうだッ!!」
近距離にて拳を突き出せば、雷光はまるで杭のような挙動で飛び出した。正面から、真っ直ぐ、胴を狙った一撃を、青色は真上に跳んで回避する。忙しなく何度も回転し、反撃に向かおうとした青色に、格子状の影が被さった。
「さて、緊縛プレイは嫌いかい?」
アサニエル(
jb5431)の赤い髪が蜘蛛の巣を模してサーバントを襲う。
斧手が踊る。必死に、しかし的確に対処した。潰れた刃に裂かれた髪が散る。それらが地面へ落ちる前に青色は着地、膝を曲げておちょくるように見上げてくる。
「嫌いなようだな!」
「あたし色に染めてやるさ」
「遣り甲斐はありそうだな! なにせあの成りだからな!」
強く短く笑い、樟葉が走る。青色は両手で石畳を叩いてから地を蹴った。
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白鱗の竜。爆炎と黒煙。剣閃。咆哮。そして殺意。
この時世に於いては日常の一歩外に溢れている事象と光景。だとしても、例えその半数が味方のものだとしても、身を置いた時間が浅い者にしてみれば十二分に脅威で、恐怖足り得て。
(「……だからって、怖いなんて言ってられない、わよね」)
顔の周りの煙を吹き飛ばすように、己を鼓舞する為に鋭く息を吐き、雷光を宿した刀を振り降ろす。
僅かに怯えながら、しかし迷わず放たれた一撃は、しかし黒色が突き出した左腕――盾を模した手に阻まれてしまう。
五感が警鐘を打ち鳴らすのと、顔の横に大きな物が添えられるのはほぼ同時だった。帆乃夏は急ぎ重心を傾ける。が、彼女を襲った光の散弾、その密度は回避という選択肢を到底許さないものだった。四肢を、体を、頭を、一息で放たれた弾丸が叩き尽くす。
「……っ!」
堪らず転倒する帆乃夏。その目まぐるしく揺れ動く視界には刀を振り被った弥生が前へ出る姿が映り込んだ。仲間は懸命に闘っている。この戦況を維持する為にもう片方を食い止めている仲間もいる。
「っ……まだまだ……!」
簡単に散るつもりはない。こんなところで、一撃で沈むわけにはいかない。
決意が滲む背に、遠くから白蛇が声を投げる。
「無謀をするなよ。独りで戦っているわけではないのじゃ、ゆめ忘れるな」
「……うん。ありがとっ」
音が鳴る程柄を握り締めた。
「ならばこれではどうですか」
言い、踏み込み、弥生が放った刺突は左腕、盾に激突。刹那拮抗の兆しを見せたものの、黒色は片足を引き、巧みに引き込もうとする。その兆候を伺った弥生はすぐさま後退。身を屈めた彼女の上を再び炎の球が、続けて白蛇が放った白光の矢が通過する。
先ず空を焦がすような爆発音、次いで痛快とさえ言えそうな矢が突き刺さる音。
ありありと怯む黒色。
今度こそ。
口を真一文字に結んだ帆乃夏が向かう。正眼に構えた刀に光が満ちた。足の裏を擦るような挙動で前進、腹の底から声を張り、足元目掛けて振り降ろした。
刀は石の道を叩く。黒色は片足を軸にして大きく後退したのだ。移動した先は帆乃夏の刃圏の外で、帆乃夏を射程に捉えた位置だった。
半身の姿勢から砲腕が突き出される。一瞬で光の充填を終えると、狙いを定めて撃ち放った。
高速の鋭いそれに帆乃夏が対応しようとする。が、間に合わない。脇腹を穿たれた帆乃夏はその衝撃を殺し切れず、再び石畳の上に倒れてしまう。
朔夜が視線を流す。仲間を貫いた光は散ることも止まることもなく春の中を邁進していく。果てには梅の木があった。
黒ずんだ光がそこへ至る直前、盾を携えた白蛇が割り込んだ。尖った光は楕円型の重盾に阻まれ軌道を変更、4名の遥か後方、路面に墜落する。
息を吐く白蛇。微かに痛んだ腕を見遣れば、負荷のかかった部位が僅かに痛んでいた。それで構わなかった。梅が無事であるならば、それで。
だが、それよりも。
伸ばした視線の先、帆乃夏はまだ立ち上がれない。
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低く跳んだ青色は、首元を庇うように両腕を退いていた。距離は一瞬で詰まり、しかし樟葉の笑みは曇らない。
斧が振られた。左右から同時に、首を刈り取るように。そうだ、その構えからならそうするつもりなのだろう。樟葉は脚を大きく前に出すと、姿勢を低くして斬撃を潜り抜け、ロザリオを握った腕を突き出した。
ほぼ〇距離から放たれた雷が青色の腹部に直撃する。ばん、と強い炸裂音。体をくの字に折った青色は肘と膝から道に落下した。
「今だな!」
「どう見たってね」
アサニエルが振った手、二本の指から放られた符が、道中で火球と化して青色を襲った。樟葉が翳したロザリオから射出された光もまた、青色の、パーツのない顔面に炸裂する。
足止めのつもりだったが、このまま押し切れるか。樟葉が光を再装填させた瞬間、青色が突然地を蹴った。おっと、と後退した樟葉とすれ違うように、再び赤髪の網が伸びる。それは今度こそ青色を絡め取り、自由を奪い去った。
ここぞとばかりに光の刃が無数に叩き込まれる。地を舐めながら飛来した火球も胸元を抉るように直撃した。
いける。
樟葉が腕を突き出した瞬間、髪を振りほどいた青色が猛然と前に出た。瞬く間に距離を詰めた青色が体を歪めながら足刀を放ってくる。まるで四肢が伸びたように見えた。鋭いつま先は鳩尾に直撃、樟葉は足を地から離し、後方へすっ飛んで行く。
「おっと」
腰を落としたアサニエルが抱き留める。彼女の腕の中で、樟葉は何度も深く咽込んだ。天冥の差に加えて当たり所の悪さも災いしていた。
ったく。小さく呟いて、右手は樟葉の頭、柔らかな金髪をわしゃわしゃと撫で、左手は腹部、患部に添えて傷を癒した。心強い優しい光が体の中に溶け込み、それでやっと樟葉は呼吸を整える。
「――ふぅ。有り難うだな!」
「礼は後だよ。来年の花の養分になりたくなければキリキリ働きな」
軽口を叩きながら、そっと樟葉の視線を誘導する。
にっ、と笑みを改めた。
「そうだなあ! 休んでいる暇など無さそうだなあ!」
樟葉が得物を替える。身の丈に迫りそうな両手持ちの戦槌。
確りと握り、重心を前へ傾けると同時、青色が両腕で空をかき混ぜながら猛進した。
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目に映るもの全ての輪郭は滲んでいた。辛うじて色合いは把握でき、自分が仰向けになっているのだと気付いた。
撃たれた脇腹はじゅくじゅくと痛んでいた。手を添える気にさえならない。
(「……最期に、綺麗な花を見ていけるなら、私にしては上出来、かな……」)
帆乃夏は自嘲気味に笑う。
(「もっと色々楽しみたかったけど……いいの、一生懸命やってきたから、後悔なんて――」)
地鳴りが聞こえた。全身で聞いた。
あごを引く。
黒色がこちらに一歩、踏み込んできていた。
(「……だ――」)
両腕で上体を起こし、そこから一気に立ち上がる。
「……やっぱりやだ! 絶対に、生きて帰るんだからっ!!」
思いが強くて、声が上ずった。
強い思いが、黒色の気を強引に惹いた。
一瞬仲間と視線を交わし、弥生が駆ける。身を返し、紅色の着物を舞わせながら放った斬り払いは盾腕を『捉えた』。
三度得物に光を宿し帆乃夏が前に出る。腹の底から出した声は敵と、仲間と、花々を震わせた。
手負いが突っ込んでくるのなら。黒色の砲腕が持ち上がる。
そして引っ張られた。盾を拮抗させていたことも相成り、バランスを崩して膝を付く。何事だと腕を見れば、純白の糸が固く、複雑に絡み付いていた。
「二度見た。飽いたぞ」
朔夜が敢えて力を緩める。機と見た黒色が狙いを定めた。呆けが。発砲の直前に身と腕を引けば、銃口はがくん、と下がり、放たれた光は石畳を粉砕した。
立ち昇る土煙と散り跳ぶ石片を肩で裂いて帆乃夏が進む。鋭く叫び、振り払った雷光の一太刀が、遂に真っ黒な胸板へ炸裂した。
細かく、大業に痙攣する黒色。合図を出す者はいなかった。誰もがこの瞬間を待ち、備えていた。
白い糸が砲身を離れ、全身に纏わり付く。鼻を鳴らした朔夜が手のひらを握れば、次の瞬間には全身に裂創が生まれた。噴き出す、表面と同じ色の体液を掻い潜り、弥生が舞う。盾腕を突き出そうとしたその出鼻、肩に白蛇が放った矢が突き刺さり、背後に回った帆乃夏が渾身の一閃を見舞った。黒色が身を反れば、そこは弥生の間合い。絶好と言えた。弥生が振るった光刃は、ばん、と強い音を残し、黒色のシンプルな頭部を刎ねた。
砲腕が前へ滑り、盾が折れて潰れる。倒れ行く黒色の痙攣は治まっていた。『克服』でなく『淘汰』であることは誰の目にも明らかで、一同は仲間の許へ駆けて行く。
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炎符の軌道は既に見切られていた。しかしそれは『知っている』だけであり、避けるのが容易い、という含みではなかった。寸前まで引き付けて、紙一重で身を反って躱し、その奥へ。前へ。
「その威勢の良さだけは認めてやらんでもないなあ!」
樟葉の挙動はこの上なく大きかった。背中まで引かれた戦槌が脚の横を通り、対角の肩へ向かって振り上げられる。これを潜り抜けなかったのは先程の猛攻に因る消耗が酷かったからだ。また樟葉の読み通りでもあり、アサニエルも追撃に備える。
跳び退いた青色の背に、帆乃夏の斬撃が打ち込まれる。サーバントが事態を把握するより早く、駆け込んだ弥生の太刀が更に青い背を断つ。
回避とは、知り、察し、備え、行うことでようやく成る。ならば知られぬ内に封じてしまえばいい。分担、足止め、片側の早期撃破。その全てが今実を結んだのだ。
若葉のような碧い糸と雲のような白い糸がよろめく青色に絡み付く。次の展開は一瞬だった。白蛇と朔夜が同時に腕を引けば、青色は全身を滅多矢鱈に裂かれた。ぶしゅう、と飛び出る体液、それごと焼くようにアサニエルの炎符が胴体に炸裂する。
衝撃と痛みに身を反る青色へ、花々と陽の光を背負った樟葉が迫る。
「これで終いだ、馬鹿者があ!!」
発声と同時に振り降ろした大槌が、青色の頭部を叩く。
得物の重さをそのまま生かして押し倒し、石畳と挟んで潰した。
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梅の花のさざめきは、彼女らが駆け付けた瞬間とほぼ遜色のないものだった。戦場から少し離れた梅の木の下で、今、ぷしっ、と軽い音が鳴る。持ち込まれた梅ジュースは6名全員に行き渡っており、配布した樟葉が真っ先に封を開け、喉に流し込んだ。
「っぱぁ……なんか風流だなぁ、あたし!」
「そう……でしょうか?」
「酒なら或いは趣もあったやも知れんな」
「確かにねえ……まあ、あたしは飲んだら怒られるんだけど」
語らう面々に頬を緩め、よいではないか、と白蛇がタブを引く。
「梅の木は守られた。今年はもう終わり際かも知れぬが、来年も花は咲く。
それを見に来れば良い。今度は武器ではなく、好みの酒を手にしてな」
「……だねっ」
三回目の軽い音。帆乃夏はぐい、とジュースを煽る。香りは実物に及ばなかったものの、芳醇な酸味が喉に広がり、糖分に反応した節々に心地よい痺れが走る。
「……うん、ジュースも悪くないかも」
「いい呑みっぷりだねぇ、あんた」
「奮迅のご活躍でしたからね」
「もうひとつ飲むかい?」
「いいの? ありがとっ」
「気にするな! 風流だからな!」
語らう6名の上で、赤と白の花が柔く揺れる。
春そのものであるかのような香りを漂わせるそれは、微笑みを湛えて、何度も何度も手を振っているように見えた。