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マスター:十三番
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2013/12/16


みんなの思い出



オープニング


 慣れ合うことを受け入れられず
 自分は違うと叫びながら
 近寄ることを拒むことしかできない
 青過ぎる心が招いた麻疹



「久しいですね」
 道化の姿をした悪魔が笑う。
「怪我の具合は、もう?」
 青い髪の悪魔は答えない。半分閉じた瞳で相手を見、すぐに遠くを眺めた。
「……何か用?」
「以前私が言ったことを覚えていますか? 覚えていますよね、貴女なら」
 形の良い唇からため息が零れる。道化は構わず身振りを強めた。
「『楽しい宴』へご招待しますよ。もちろん演者として」
「枯れ木に花でも咲かせばいいの? 姿を偽装するくらいなら世話ない話だわ」
「片手間ではなく、せっかく両手が使えるようになったのですから、人の子を相手に――」
「厭よ」
「おや。何故ですか?」
「私は魂を集めるだけ。より良いものをより多く集める、ただそれだけ。それに――遊べる相手ではないわ」
「貴女は間違えていますよ」
 悪魔は両腕を広げて悪魔の前に躍り出る。
「だからこそ、なのです。一筋縄でいかない相手だからこそ、騙し合う楽しさがあるのですから。その為の準備に手を抜くべきではないと、私は思いますよ」
「迂遠なだけよ」
「しかし実際、貴女は手を射抜かれた」
 再び視線が交錯する。今度は長く。
「時には遠回りも必要です。同じ遠回りなら道中は楽しい方がいいでしょう。私は貴女を気に掛けているのですよ」
「……何処かに行って」
 道化が肩を竦めて道を開け、青髪の悪魔が飛び去る。
 その光景は、傍から見れば、演者をステージへ送り出すように見えた。



●久遠ヶ原学園
「うちの子はまだ見つからないんですか!!」
 中年女性のがなり声に、斡旋所職員は目を線にして耐えていた。
 要約すれば『行方不明の娘を探して欲しい』に帰結する訴えには深海魚のような尾ひれが付随した。なんとか纏めようとメモにペンを走らせてはいるが、受話器から引っ切り無しに訪れる騒音は徐々に頭痛を呼び寄せる。
「ぇああっと……あ、少々お待ちくださいね」
 強引に会話を打ち切り、受話器を置く。それでも声は続き、テーブルの上で暴れ回らんばかりだった。
 怪訝な表情を浮かべるあなたたちに、職員は苦笑いを浮かべて資料を差し出す。紙くずを千切ったような、粗末な代物だった。

―――――――
 しょたぃじょう

 来り
―――――――

 辛うじて解読できるものの意味の解らない文面の下には、やはり雑――というよりは、下手な地図が描かれていた。
「『しょうたいじょう』、でしょうね。右が長すぎる所為で判りにくいですが、『来い』だと思います。
 今、学園に冥魔からの招待状が多く届いているのですが、他の招待状に比べると、なんというか、毛色が違い過ぎるでしょう? ですがまあ、無視するわけにもいきません。特に個体なども確認されていない土地ですので、どうぞ気楽に。
 ――ああ、もし黒髪ロングの女子高生を見つけたら、保護してください」
 私が少しだけ楽になります。苦笑を浮かべて覚悟を固め、職員は受話器を手にする。




 職員の名誉の為に補足すると、その街には確かに強力な個体など目撃されていなかったし、少女に関する情報は本当に著しく欠如していた。つまり、あなたたちの前に現れた存在は、全て良く出来た偶然、ということになる。
 住宅街から程近い位置に存在する、とある高校の屋上。体育館ほどもありそうな巨躯の黒竜が着陸した瞬間にあなたたちは立ち会った。ずしん、と校舎が揺れ、窓から星の数ほどもいそうな生徒らが顔を出し、見上げ、一瞬でパニックに陥った。
 阿鼻叫喚の中、澄み切った声が校庭へ落ちてくる。


「――あなたが、『敵』ね」


 白いブラウスだけを纏った髪の長い女性は、竜の黒い身体に良く映えた。


「『知識(し)って』いるわよ。『組織(ギルド)』に派遣されてここへ来たんでしょう?
 ようやく本来の『日常(いつも)』に戻った私を、再び仮初の『日常(いつも)』に連れ戻す為に――」


 顔や背丈は出発時に貰った情報と一致している。そして彼女は間違いようもなく人間の姿をしていた。


「嫌よ。私は取り戻したの。この子と一緒に、私は『本当(ありのまま)』の私としての道を進むの。
 そうでしょ? 一緒に来てくれるよね、『漆黒の暗黒郷(ノワール・カコトピア)』」


 大業な名前で呼ばれた竜は、長い首をぐいと振り、少女の前でおどけるように首を振った。
 撫でようと、微笑みを浮かべて手を伸ばした少女に影が降りる。


「来てくれたんだ」


 人影が浮いていた。


「ありがとね、タリーウ」


 青い髪の人影は、不揃いな翼を左右に大きく広げると、深紅の両目を見開いて――










「呼ばれて飛び出てすぐSU☆I☆SA☆Nッ! ターリウちゃん、ここに降! 臨! なのにゃーッ♪」










 ――満面の笑みを浮かべたまま、両手足をピンと伸ばして言い切った。
 光景に眉を寄せるあなたたちを余所に、少女は小さく微笑む。
「少しだけ、来てくれないかもって思ってた。ありがとう、タリーウ」
 ちっちっと呟きながら指を振る。
「ターリウの名前はターリウなの! 間違えるとオシオキしちゃうのらーッ!!」
 ごめんなさい、と少女は苦笑い。
「それじゃあ、私を導いて、ターリウ」
「がってんしょーち! まっかしとけってばよ♪」

 人間離れした姿の女性はひらりと身を返し、少女の背中に寄り添い、首に腕を回す。

「アイツラは間違いなくこいつを狙ってくるにゃん。
 おっかない武器とかすっごい魔法とかでガンガン攻撃してくるに決まってるでござるよ」
「了解したわ。それが私たちの『敵』が持つ力なのね」
「でも安心してオッケー☆ こいつはとーーーーーーーーっても強いのだ! ちょっとした攻撃はなんともないッス!
 でもでも、ほら、ココ見てココ! この胸元の赤いところだけは急所で弱点なんだにゃん。
 こればっかりは、ターリウにもどうすることもできなかったでござる。面目ないッ!」

 だから。
 女性は指を少女の頬に這わせ、呟いた。

「ココだけは、あなたが守ってあげないといけないの。
 もちろん、こいつも避けようとするよ? 遠ーくの誰かの頭に乗った果物にナイフを投げてヘタだけ落とすような正確さでもなきゃ当たらないけど、もしそんな攻撃が来た時は、こいつが頼れるのはあなただけ。
 だって、あなたは特別なんだから。あなただけは、特に別なんだから」

 わかってる。少女は力強く頷いた。

「私にはもう、この子とターリウしかいないから。
 あなたたちがいないなら、死んだのと一緒だから」

 少女の独白を聞き届け、女性は子供のような笑みを残し、高く高く飛び上がった。

「さーてさてさて! しょーぶだ、ゲキタイシー!
 早くしないとここのやつらぜーいん殺しちゃうぞー?」

 女性の言葉を肯定するように、黒竜が首を持ち上げ、青空に黒焔を吐き出した。
 その陰から女性の
「あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」
 底が抜けて螺子が外れたような笑いが響くと、校舎の中は沸騰したように騒がしく、慌ただしくなる。
 それら一切に関心を向けず、少女は、

「――やらせない。絶対に、やらせないから」

 黒竜の背から、じっとあなたたちを見据えていた。


リプレイ本文


 校庭から屋上を見上げ、高野 晃司(ja2733)は頬を掻く。浮きそうになった歯はなんとか鎮まりそうだ。頓狂な事態だが、切迫しているのもまた事実。
 彼の隣から三善 千種(jb0872)が笑顔で問う。相手はブラウスを羽織った少女。
「随分ご大層な出迎えですねぇ、歓迎ありがとうございますよ」
 少女の鼻が鳴る。
「歓迎?」
「えぇ。招待されて来ましたよぉ☆」
「覚えが無いわ。気の所為か、妄想じゃないかしら」
 晃司は眉を顰める。貴女がそれを言いますか。
 千種は表情を変えない。晃司に横目で短い合図を送り、頬に手を添え、声を張る。
「あなたは人間? それとも別の存在? あ、そっちの飛んでる方のは別にいいです、見てわかりますから☆」
 空に浮く女性は答えない。ぴくりとも動かない笑みは仮面のようにも見て取れた。
 少女が大げさな身振りで口を動かす。
「後者よ。私も、ターリウも、あなたたちとは別の存在だわ」
「って言ってますけどぉ?」
「人間ですね」
 晃司は断言する。
「浮いてる方は……すみません、よく判りません。あれも間違いなくディアボロ、みたいです」
 歯切れの悪さは違和感から。屋上に居るのは間違いなく、人間と何かとディアボロだ。なのだが。
 ふむふむと頷き、千種は再び声を投げた。
「人間ですってよぉ」
「違うわ」
 言葉には棘が生えていた。
「違うのよ、あなたたちとは」
 お、と千種は口の中で呟く。もう少し話が広がりそうだ。これで更に時間が稼げる。
 だが、少女は千種の思惑を裏切り、空の女性に顔を向けた。
「そうよね、ターリウ」
 うんうんと頷く。
「ターリウが太鼓判を押すのにゃ! あなたは間違いなく特別なのでごわす!」




 窓から届いた声に、秋桜(jb4208)は何もない右上に視線を投げた。
「……ターリウ……?」
 聴き間違えではない。空のあれは再三自分の名前を繰り返している。
 いつかの大きな戦いで似た成りの悪魔を見た。似た名前の悪魔だった。
 別の悪魔、なのだろうか。以前の様子では堅実な印象を抱いた。必要でないことはせず、ましてや、こんな三文劇のようなやり方はとても結びつかない。あのピエロ気取りの悪魔ならまだ分かるのだが。

 屋上の奇特な存在。
 ピエロ気取りの悪魔。
 三文劇。
 招待状。

 線になりかけた点は、やはり腑に落ちず点のまま。思案を傍らに片付けながら、秋桜は『放送室』と掲げられた一室に入っていく。手には愛用のスマートフォン。
 初めて見る器材にはボタン一つひとつに用途のシールが貼られていた。事もなく、操作する。


♪〜(校内のスピーカーから流れるあのテーマ)

「あー、緊急事態だから、おまいら体育館に集合しろくださーい(ぽりぽり)」


 大きく揺れた校舎。スピーカーから流れるのは聞き覚えの無い声と、誰でも一度は聞いたことのあるあのテーマ。
 何が起こっている。誰が放送室にいる。あと何食ってる。
 一時パニックは更に深まるかと思われた。動揺していたのは、生徒らよりは彼らを護るべき教師陣。右往左往していたまだ若さの残る男性教諭の肩に、駆け付けた鈴木悠司(ja0226)が手を置く。
「落ち着いてください。撃退士です。屋上は危険だから、取りあえず体育館へ皆を避難させてください」
 でも、でもと職員は狼狽える。悠司は別の肩に開いていた手を置いた。
「確りしてください。大丈夫です。先ずは生徒達の安全。そして彼方の安全も」
 微かにあどけなさの残る顔は真剣そのもの。
 アイスブルーの双眸に見詰められた教師は、しばらくしてから頷いた。よろしくお願いします、と頭を下げる。
「大丈夫です。敵は必ず倒します」
 悠司はゆっくりとあごを引く。


 3階でも似た光景は繰り広げられていた。
 慌てふためき、少数が異様に盛り上がる中、新任の女教師は生徒ら以上に右往左往している。そんな彼女を、背後から誰かが優しく抱き締めた。突然のことに女教師は短い悲鳴を上げて振り解くが、その動作さえサポートしてのけ、ルティス・バルト(jb7567)は微笑んでみせる。
「助けに来ました、レディ」
 漂う香りは薔薇のそれに似ていた。女教師は相変わらず切羽詰まった表情のまま、頬だけを赤らめていく。
「生徒達と一緒に避難して。放送が聞こえるかい?」
 首を傾げる女教師にスピーカーを指さして見せる。抑揚のない秋桜の言葉と耳慣れたテーマは続いていた。
「さあ、急いで」
 もう一度ルティスが告げると、女教師はこくこくと頷いて生徒らを先導し始めた。懸命な仕草に頬を緩めつつ、ルティスは教室の隅で怯えていた女生徒に付き添い、体育館を目指す。




「聴いた通りよ。それで、どうするの?」
 千種は困ったような笑みを浮かべてから、晃司の肩をポン、と叩いた。
「高野さん、あの子を口説いちゃってください☆」
「えっ」
 張った声は屋上まで軽く届いた。
「やってみます」
「ええっ」
 照れる、というよりは驚く少女を余所に、晃司は行動を開始する。纏った淡い光は少女の視線を一手に引き受けた。その隙に千種が別働する。彼とは対照的に、気配も息も押し殺し、校舎へ向かった。
 晃司が校舎の陰に消えるまで少女は目で追い続けた。だから、屋上に起こった異変に気付くのは、彼の姿が見えなくなってから、ということになる。
「っ」
 息を呑んで顔を向ける。


「気付かれちゃった、か……やっぱり、『惹かれ合う』のかな」


 桜 椛(jb7999)は穏やかに微笑みながらもふもふの翼を動かし、屋上に着陸する。
 少女は口元を抑えた。
「あなたは――!」
 笑みに不敵を混ぜる椛。
「そう……よく気付いたね。ボク達は『組織(ギルド)』から派遣された『光輪の救済者(ロスフェイル・メサイア)』。真実のキミをボクは『知識(し)って』いる」
 少女の頬は赤みを増していく。先程までとは別の赤だった。憤怒には程遠く、恋慕とも異なる。
 敢えて表現するなら――待望。
「……来ると思っていたわ、『光輪の救済者(ロスフェイル・メサイア)』」
 初めて耳にしたはずの単語を完璧に返す。
「『真実(ほんとう)』の私を『知識(し)って』いる、と言ったわね?」
 静かに頷く。
「キミは勘違いしている。『暗黒郷(そこ)』にキミの望む『楽園(エデン)』なんて無いんだよ」
「嘘よ」
「嘘じゃないよ。
 全てを失った先に残るのは……『虚無(ゼロ)』だけなんだから」
 言葉の中ほどで目を伏せる。
 息を呑む気配がして、荒くなった鼻息が聞こえた。効果は絶大だったようだ。




 全校生徒がほぼ一斉に移動したにも関わらず、避難は比較的スムーズに行われた。教師らが一丸となって行動した事に加え、撃退士らの姿があったことにより適量の緊迫感と安心感が合ったことが大きい。
 無駄口も最小限に避難していく中、場に不釣り合いな成りの人物がいた。サイズの合っていない作業着のなんとか前のボタンで閉じた秋桜が、方々から(主に思春期ど真ん中の男子の)視線を浴びながら『捜す』。
 生徒らと職員らで埋め尽くされた体育館。その入り口の手前で悠司が教師らの質問へ簡潔に答え、ルティスが女生徒と女教師をなだめていた。そこへ最後の生徒らと、彼らに付き添っていた千種が到着する。
「これで全部、かな」
「みたいですねぇ」
「追撃は?」
 千種ははにかんで肩を竦める。
「まだ屋上で盛り上がってるんでしょうかねぇ」
「ここからが本番、いや、第2章かな?」
「急ごう」




「『虚無(ゼロ)』なんかじゃないわ。だって、私は手に入れたんだもの。見つけてもらえたんだもの」
 少女の奥、女性は動かない。笑みは、その質も形もずっと変わらない。
「ターリウに出会えた。この子に出会えたの」
 そして『黒竜』も動かない。首を振りはするが、仕掛けて来る様子はまるで無い。
「だから――『虚無(ゼロ)』なんかじゃない……!」
「この後は? ボク達を退けて、その後は、ターリウと、その子と一緒に?」
「そうよ」
「キミはそこで何を手に入れるのかな」
「きっと、何もかも」
「それは本当にキミが望んだものなのかな」
「――っ」
「キミはまだ失っちゃいけないものがあるんじゃないかな」
「ない! そんなの……そんなもの、ない!」

 歪んだ父母の愛は彼女に届いていなかった。
 孤独の中で育んだ『個』は周囲の同年代に受け入れられず、更に歪み続けていた。
 帰るところは必死で探すか、或いは作るか、気付くしかなかった。

 頑なさでは椛も負けていなかった。
「キミが嫌だと言っても、ボクはキミを守るよ」
「違うわ」
 私が護るの。少女は両腕を広げた。
「……そう。わかった」
 喜劇は終わりを迎える。
「ここからは――」


「――取り敢えず貴女の覚悟、見せてもらいますよ!」


 屋上に飛び出した晃司が咆え、走る。
 踏み込み、腕を振った。先端の輪は風を斬りながら少女の奥、赤い光を目指す。
 少女は――そして『黒竜』も――避けようとしなかった。唇を噛み締め、顔を逸らす彼女の足元へ、晃司は咄嗟に手錠を叩き付ける。
 ふう、と一息。
「そこまで日常が嫌いかー。でもま、帰ってもらうけどね」
 言う彼の後ろには椛、そして
「なんとか間に合った、かな?」
「一気に行くよ」
 駆け付けた悠司とルティスが。


 ああ、ここまでか。溜息をつく。


 少女の心臓は高速で叫んでいた。
 望んでいた非日常の先にあった、本当の非日常に、たった一発で度肝を抜かれてしまった。
 このままではいけない。私だけではこの子を守れない。
 顔を上げる。
「た、ターリウ!!」
 そこに彼女はいなかった。


「誰の事?」


 ウェイブのかかった青い髪。片側が折れた羊のそれに似た角。感情の失せた貌。虚を湛えた双眸。


「はぁ……」
 溜息、次いで指が鳴る。
 直後、『黒竜』が消え失せる。頭が、首が、翼が、尾が、跡形も無く北風に消えた。
「あ……」
 残ったのは胴――の形をした、蛞蝓(なめくじ)のような成りのディアボロ。
「あ……あ……!」
 少女は酸欠の魚のように口をぱくつかせるだけで、動けない。
 舌打ち、溜息、あるいはぼやき、椛を先頭に駆け出す撃退士たち。
 そこへ――


「……鬱陶しい」


 タリーウが掌を翳した。
 刹那、椛は全身で強い風を感じ取る。が、それだけ。懸命に走り抜け、狼狽える少女を強く抱き締める。
「ひっ……」
「ボクを信じて!」
 訴える。
「必ずキミのことはボクが守るから!」
 縮こまる少女の後ろで、黒い塊がごぽりと蠢いた。
 椛の肩には仲間の足音が当たる。
「晃司サン!」
 振り返る。
 昏い瞳のまま多節棍を振り被る晃司の姿がそこにはあった。
 咄嗟に広げた凧の形をした盾が白塗りの棍を弾く。
 高い音に紛れる、泥が沸騰しているかのような音。
 考えるより先に、椛は横に大きく跳躍する。彼女がいた位置に、ディアボロが吐き出した色濃い紫の液がぶつけられた。
 こちらを向くディアボロ。
 こちらに迫る晃司。
 椛は翼を広げ、飛び上がる。更なる非日常に、少女は椛の服を強く握った。
 離さないで、と囁き、弓を取り出す。孔雀の飾り羽がひらひらと揺れた。
 視線の先には赤い光。一瞬で照準を合わせ、光を乗せた矢を放つ。それは寒空を切り裂きながら直進し、しかし寸でのところで顔を背けられ、墜落してしまう。
「あ……ああ……!」
「大丈夫。もう、大丈夫だから」



 少女の救出は、成った。あとはあのディアボロを払えれば、悪魔は去るだろう。
「ということで、そろそろ集中したいんだけどね?」
 口角を上げ、黒い円形の盾を構える。そこへ、我を見失った悠司が我武者羅に斬り込んで来た。曲刀による渾身の斬撃をルティスは辛うじて受け止める。が、重い。肘と肩が軋む音を聴き、それでも尚ルティスは余裕を崩さない。
 面妖なディアボロ。心を奪われた仲間。他者の心に踏み込む悪魔。
「君ならどうする、千種さん?」
「知ったこっちゃありませんね☆」
 応え、踊り場を蹴り、千種が屋上に躍り出る。可能な限り移動した先はギリギリ射程内。つんのめるような体勢で、しかし力強く弓を構える。
 狙いを定めた先、椛の攻撃を避けた赤い光がこちらを向いた。
 笑い、目を見開き、矢を放つ。
 炎に似た光を纏った矢は地を這うように疾走し、赤い光源を抉るように突き刺さった。

 ―――――――――

 声なき声を上げ、身体を大きく反るディアボロ。
 そこへ間髪入れず千種が手を翳す。即後、ディアボロの周囲に大小様々な刀剣が浮かび上がり、主の命に応じて一斉に斬り掛かった。成す術の無いディアボロは、主に狙われた光源から、滅多矢鱈に切り裂かれた。


 溜息をつき、手を閉じるタリーウ。
 彼女を見上げながら、椛は、崩れて落ちるディアボロからやや離れたところに着陸した。へたり込む少女の元には、自らの傷を癒すルティスと、彼に謝り倒す悠司が駆け寄る。
 ふぅ、と息を吐き、晃司があごを上げた。
「始めましてーですよね? 美人さん?」
 タリーウは応えない。
 ねえ、と椛。
「この宴の感想を聞かせてほしいな。一体何が目的だったの?」
 タリーウはやはり応えなかった。
 千種が興味なさそうに見送る先で、翼を動かして旋回、給水塔を飛び越える。
 その陰から声が訪れた。
「最低の上司がいると大変だねぇ」
 最後のチョコ菓子を平らげた秋桜が指を舐める。
「意味のない事はしない性格だと思っていたけど、誰かに唆されでもしたかぉ?」
 表情が一際険しくなる。
「『はぐれ』に話すことなんて、殊更無いわ」
 鼻を鳴らし、秋桜が腕を振る。
 放り投げられた物――最近流行した、銀行員の仕返しを描いたベストセラー小説――を、タリーウは面倒そうに受け止めた。
「糞上司に嫌気が差したら、コッチにくるといい。『いろは』くらいは教えるぉ」
 青毛の悪魔は表紙を一瞥すると、無造作に放り投げ、寒空を飛び去って行った。



 少女は泣きじゃくっていた。『誰も居なくなった』虚無感と、目の前で屈み込むルティスの身体に刻まれた傷。彼女は泣く事しかできなかった。
 ルティスは微笑み、優しく語り掛ける。
「黒竜を護ろうとした貴女はとても強い意志を持っていたよ。その力を目の前のことに向けられたら、もっと魅力的だ」
 指で頬を拭う。
「貴女は唯一無二の存在なんだよ。不安なら、いつでも訪ねておいで。俺がいくらでも証明しよう」


 語らう二人の後方で、悠司は俯いていた。
「(あれが、悪魔の幻術……)」
 震えは寒さの所為でなく。
 己の身体にこべりつく感覚に、拳を硬く握り締めた。




 やはり駄目だ。
 術が通じないものがいる。餌を場に出すのも面倒なだけ。並のディアボロでは壁にもならない。
 もっとだ。もっと何か考えなくてはならない。だが迂遠なのは向いていない。研鑽を積む気はさらさら無い。
 では、さて、これからどうするべきか。
 溜息を落とし、タリーウは半ばほど目を閉じて冬の空を飛んでゆく。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: 目指せアイドル始球式☆・三善 千種(jb0872)
 この音色、天まで響け・桜 椛(jb7999)
重体: −
面白かった!:4人

撃退士・
鈴木悠司(ja0226)

大学部9年3組 男 阿修羅
覚悟せし者・
高野 晃司(ja2733)

大学部3年125組 男 阿修羅
目指せアイドル始球式☆・
三善 千種(jb0872)

大学部2年63組 女 陰陽師
エロ動画(未遂)・
秋桜(jb4208)

大学部7年105組 女 ナイトウォーカー
優しさに潜む影・
ルティス・バルト(jb7567)

大学部6年118組 男 アストラルヴァンガード
この音色、天まで響け・
桜 椛(jb7999)

大学部3年187組 女 ルインズブレイド